泥まみれの英雄たち   作:初時雨

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第40話 雨の日の報告書

雨が弱まった朝、見張り台への配給が再開された。僕はミラと一緒に、出荷する荷の一覧を確かめた。

 干し肉、塩、麦、薬。

 番号のついた木札を袋へ結び、荷車へ載せる。

「間違えないように、行き先も声に出して読んで」

 ミラが言う。

 僕は一つずつ確認した。

 昼前、荷車が出ていった。

 僕は大きく息を吐いた。

 今日は昨日までより落ち着いて仕事ができたと思った。ところが夕方、見張り台から伝令が戻った。

「薬箱が一つ、足りません」

 オルドが僕とミラを呼んだ。

「荷札を確かめろ」

 僕はすぐ帳面を開いた。

 薬箱は確かに二つ載せたことになっている。でも、印をつけたのは僕だった。

「二つ、確認しました」

「実際に箱を見たか」

 オルドが尋ねた。

 僕は言葉に詰まった。

「木札を見ました」

「中身は?」

「……確認していません」

 

 ミラが倉庫を調べると、棚の奥に一つ残っていた。前日に空箱へ付け替えた木札が、そのまま別の箱にも使われていたらしい。僕は木札の数字を信用して、重さを確かめなかった。

 

「今から追いかければ」

 僕が言うと、オルドは首を振った。

「今夜の道は危ない。まず見張り台へ知らせる。薬が急ぎなら、近い砦から回せるか確認する」

 彼は伝令へ短い指示を書いた。僕はその横で立ち尽くしていた。数字は合っていた。なのに、荷は届いていない。

 ミラが隣に来て言った。

「間違えたところを一緒に見よう」

「僕が木札を見ただけだった」

「じゃあ、次は箱そのものも確かめる。あと、札を付け替えた人の記録も残さないと」

 彼女は紙へ二つの欄を書き足した。

『札の確認』『現物の確認』

 僕はそれを見つめた。

「僕、迷惑をかけたよね」

「かけたよ」

 ミラははっきり言った。

「でも、ここで止まってても明日の荷は正しくならない」

 

 僕は頷き、棚の薬箱を取り出した。今度は蓋を開け、中の包みを一つずつ確かめた。夜、オルドから伝令の返事を聞いた。足りなかった薬は、近い砦に予備があり、明朝までには届くらしい。

 僕は胸を撫で下ろした。

 でも、それで失敗が消えたわけではなかった。明日の朝、荷札のつけ方から見直さなければならない。

 

◇

 

 翌朝、僕はいつもより早く倉庫へ行った。ミラが来る前に、昨日の荷札を机へ並べる。番号は同じでも、結び方が違うものがある。中身を移したあと、札だけ付け替えたものだ。僕は帳面を開き、誰がいつ付け替えたのか聞いて回った。

 全員が覚えているわけではない。忙しいときに移した箱もあった。でも、理由を聞けば、ただの不注意だけではないと分かってきた。

 午前中、ミラが来た。

「もう始めてたんだ」

「昨日のことを、忘れないうちに」

 僕は紙を渡した。

 木札を使い回すときは、古い印を消すか、新しい札に取り替える。出荷するときは札と箱の両方を見る。

 確認した人の名前を残す。

 書きながら、手順が増えすぎていないか気になった。

「これ、面倒かな」

「全部を毎回やると、時間がかかるね」

 ミラは考え込んだ。

「薬だけは必ず現物を確かめる。麦袋は秤と木札。荷物の種類でやり方を変えた方がいい」

 僕は頷き、紙を書き直した。最初の案より、短くなった。昼、オルドへ報告書を出した。彼は最初から最後まで読み、赤い線を一本引いた。

 

「『確認した者』だけじゃ駄目だ。出荷を許可した者も書け」

「どうしてですか」

「確認しただけで荷が出ていいわけじゃない。責任を持つ者を決めておく」

 僕は赤い線の下へ書き足した。報告書を返してもらえると思ったが、オルドは机へ置いた。

「これで試してみる。次の便からな」

 それだけだった。

 夕方、テオが声を掛けてきた。

「明日の荷、俺が積む。お前は札を読むんだろ」

「うん。間違えないようにしたい」

「俺もだ」

 テオは肩をすくめた。

「昨日の薬箱、倉庫の奥へ押し込んだのは俺かもしれない」

「え?」

「忙しくて覚えてない。だから、俺の方も数え方を変える」

 僕は少し驚いた。

 自分だけが失敗したと思っていたからだ。でも、そうじゃないからといって、自分の失敗が軽くなるわけではない。

「じゃあ、二人で確認しよう」

「そうしよう」

 テオは笑った。

 夜、寝台で帳面を開いた。

 軍へ来てからの十日ほどの記録が並んでいる。麦袋の数を忘れたこと。橋が通れなかったこと。馬の休憩を考え忘れたこと。薬箱を積み間違えたこと。

 失敗ばかりだ。

 でも、そのたび誰かの名前が横に書いてある。テオ、ミラ、ロウ、オルド。

 僕は最後の行へ書いた。

『次の荷は、昨日より正しく送る』

 

 それから帳面を閉じた。明日の仕事は、まだ決まっていない。けれど朝になれば、きっと誰かが困っている。そのとき、僕もここにいて、できることを探したかった。

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