補給所に着いて最初の月が終わるころ、僕はようやく、門の鐘が鳴る回数でおおよその時刻を知るようになっていた。夜明けの鐘で馬番が動き始め、二つ目で倉庫の錠が開く。昼の鐘は少し遅れることもある。厨房の都合だとテオは言っていた。
その朝は、二つ目の鐘が鳴る前にオルドが倉庫へ来た。
「石門砦から急使だ。南の巡回隊が増員される。三日後までに麦と塩を運べ」
机へ置かれた紙には、兵百八十人と書かれていた。それは石門砦にいる兵の総数ではない。これまで砦の外を巡回していた隊に、新たに加わる兵の数だという。
「砦の備蓄から、少し回せないんですか」
「砦の常駐守備兵は八百人。厨房や修理班、負傷者の世話をする者まで含めれば、食べる口は千人を超える。あちらにも余裕はない」
オルドは帳面を指した。
「人間一人一日に食糧を一・五キロと見積もれば、千人で一・五トン。現地で集める分と、ほかの補給所から来る分も合わせて、毎日それを回している」
「百八十人増えたら?」
「一日二百七十キロ増える。三台の荷車で一・五トン送れても、増員分なら五日ほどだ。ずっと足りるわけではない」
オルドは周辺の小砦へ伸びる道を指した。
「西谷は石門方面へ荷を送る補給所の一つだ。ここで百八十人増えると、ほかの荷にも影響が出る」
増員百八十人は、西谷が直接配給を手配する巡回隊の規模に近い。行き先が一つ増えるだけで、いつもの便の順番を崩すことになる。僕は思わず数字を数え直した。
「これ、いつ決まったんですか」
「昨夜だ。国境沿いで小競り合いがあったらしい」
オルドはそれ以上を知らなかった。補給所へ届く命令には、理由が書かれていないことも多い。ミラが在庫を確かめ、テオが使える荷車を数えた。ロウは馬小屋へ走る。僕には、道中で必要になる時間を見積もる仕事が任された。
石門砦へ続く東の街道は、去年修理されたばかりだ。雨が降っても通れるはずだった。僕は地図を広げ、過去の輸送記録と比べる。
「荷車三台なら、二日目の夕方に着けます」
「三台を出せればな」
オルドが言った。
「馬は、この便に出せる分が二台しか揃っていない。残りは商人から借りるか、別の荷を遅らせる」
西谷の帳簿には荷車が二十四台ある。だが、ほとんどは別の街道を往復中だ。荷車を持っていることと、今日使えることは違うのだと知った。
「別の荷って?」
「西の診療所への薬と、北の村への種麦だ」
僕は黙った。
新しい命令を優先すれば、すでに約束している荷が遅れる。数字を動かせば解決するわけではない。
「商人から借りる費用と、遅らせたときの影響を比べよう」
ミラが言った。
彼女は紙を二枚、僕の前へ置いた。一枚には、馬車を借りるための費用。もう一枚には、それぞれの荷を待っている人の数。僕は一枚目ばかり見ていたことに気づいた。
午後、雨が降り始めた。窓を叩く音を聞きながら、僕は道の状態を確かめに来た伝令へ尋ねた。
「東の街道は、まだ通れますか」
「街道はな。ただし、その先の川が膨れてる」
「橋は?」
「今朝までは使えた。明日も使えるかは知らん」
僕は紙の端へ『橋、要確認』と書いた。オルドへ見せると、彼は頷いた。
「よし。橋の向こうの見張り所へ伝令を回せ。返事が来るまでは、到着時刻を確定するな」
夜、食堂の窓から庭を見ると、雨は強くなっていた。テオが僕の隣でパンを食べながら言った。
「去年もあの川、氾濫したんだって」
「知ってた?」
「噂ではね。けど、今年はどうなるか分からない」
僕は帳面を閉じた。
次の日の予定に、まだ空白が残っている。以前なら、空白を埋めたくて仕方がなかった。今は、分からないと書いておく勇気も必要なのだと思った。
◇
翌朝、石門砦へ通じる橋は使えると返事が来た。ただし川の水位は高く、重い荷車は一台ずつ渡るようにという注意がついていた。
オルドは輸送を決めた。
足りない一台は、町の商人から借りることになった。商人の名はセラ。僕の母さまと同じくらいの年に見える女性で、馬車の車輪より値札の汚れを気にするような人だった。
「荷車を貸すのは構いません。けれど、返す日を決めてください」
彼女は机の上へ契約書を置いた。
「軍の皆さんは『すぐ返す』とおっしゃいますが、その『すぐ』が十日になることもあるので」
オルドが顔をしかめる。
「今回は四日だ」
「では五日分の代金を。雨の日の遅れは数えない約束にはできません」
僕は高いと思った。けれど、オルドは値段だけを見ていなかった。
「車軸の状態を確かめさせてくれ。故障で荷を止めたくない」
「もちろんです」
セラは少し嬉しそうに笑った。荷車を見に行くと、僕は板の裏に新しい補修跡を見つけた。
「ここ、壊れたの?」
「先月ね。職人に替えてもらったわ」
「本当に大丈夫ですか」
僕が重ねて尋ねると、セラは僕の顔を見た。
「あなたが心配なのは、荷のこと? それとも、貸した馬車に傷がついたら叱られること?」
僕は言葉に詰まった。
どちらも少しずつだった。
「荷を待っている人がいます」
ようやく答えると、セラは頷いた。
「なら、故障したときに連絡する方法も決めなさい。壊れないと願うだけじゃ運べないわ」
彼女は予備の車輪止めと軸の留め具を荷台へ積んだ。午後、テオと僕は袋を積んだ。借りた荷車には、軍の車より少し小さな荷台しかない。最初の予定通り積むと、車輪の上まで荷が膨らんだ。
「これ、揺れたら落ちるんじゃないか」
テオが言った。
僕は帳面を見た。必要な食糧の量は決まっている。
「じゃあ、上の袋を下ろす?」
「下ろさなきゃ危ない」
「でも、三台で全部運ばないと」
僕が迷っていると、ロウがやってきた。荷台を一目見て、黙って一袋降ろした。
「積めるのと、走れるのは違う」
僕はその言葉を帳面へ書いた。夕方になっても、積み残した麦袋が倉庫の隅にあった。ミラは届ける優先順位を聞いて回り、食糧は先便と後便に分けられた。
「全部一度には届かないね」
僕が言うと、ミラは頷いた。
「だから、先便だけで何日もつか、砦へ知らせておかないと」
僕は伝令用の紙を書いた。
『麦の一部は後便。到着予定は未確定』
自分の字が、いつもより頼りなく見えた。