石門砦から、兵が一人やってきた。軍服の上に旅の泥が乾いている。名をラウルという若い兵士で、頬がこけて見えた。
「砦の食糧は何日もちますか」
オルドの問いに、ラウルはすぐ答えなかった。
「配給を減らせば、あと二日。ただ、見張りが増えているので、兵たちが疲れています」
僕は思わず聞いた。
「最初の二台は届いたんですよね」
「届きました。それでも、想定より人が増えたんです」
ラウルはそこで言葉を切った。
「ほかの河岸の便も、雨と増水で数日止まっています。西谷からの荷だけが遅れたわけじゃない。それでも、食べる人数は減りません」
僕は、別の道も同時に滞っていることを初めて知った。ひとつの橋が壊れただけではない。複数の補給経路が、同じ悪天候で細くなっていた。
「三日前、雪崩を避けて別の部隊が砦へ入ってきました」
その人数は、僕らの予定表にない。
オルドは腕を組んだ。
「増員を知らされていない」
「こちらも、昨日になって確定しました」
ラウルの声には、疲れが混じっていた。誰が悪いのか決めても、腹は満たされない。僕は口を閉じた。砦へ送る荷をもう一度数えた。麦袋は足りている。ただし川を渡せない。
旧街道を使えば、早くても二日はかかる。天候が崩れれば三日だ。
「少人数で運べるものを先に送れませんか」
僕が提案すると、ロウは考え込んだ。
「荷車を使わず、荷馬だけで峠を越す道ならある。だが、運べる量は少ない」
「少しでも」
「少しで足りるのか?」
僕は答えられなかった。
ミラが紙を引き寄せた。
「ラウルさん、砦で今いちばん不足しているのは何ですか」
「麦と塩です。火を燃やす薪も減ってきた」
「薬は?」
「急ぎのものはあります。でも、まず食事が必要です」
ミラは項目を並べ替え、必要な量を聞いて書き込んだ。僕はそこで初めて、三台分を丸ごと送ろうとしていた自分に気づいた。必要なのは予定通りの袋数ではなく、砦の人が明日食べられることだ。
オルドは荷馬で先に塩と乾パンを送り、麦は安全が確認された道で後便とする案を採用した。僕は荷の一覧を作り、テオと一緒に小分けの袋を縛った。
昼過ぎ、荷馬を連れた三人が出発した。
間に合ってほしい。
僕は門が閉じるまで、何度もそう思った。夜、ラウルが砦へ戻る前に僕へ言った。
「補給の予定が遅れるって聞くと、兵は自分たちのことを忘れられたと思うんです」
僕は顔を上げた。
「忘れていません」
「分かっています。でも、腹が減ると、人はそういうことを考える」
彼は疲れた顔で笑った。
僕は帳面の余白へ書いた。
『遅れるときこそ、相手へ知らせる』
その字を書いても、砦の空腹が軽くなるわけではなかった。
◇
荷馬の一行が出発してから二日目、補給所へ戻ってきたのは三人ではなく二人だった。僕は門のそばで、泥のついた袋を降ろす兵士を見ていた。
「もう一人は?」
若い兵は唇を噛んだ。
「中継小屋で休んでいます。足を傷めました」
オルドがすぐに詳しく聞いた。峠の北側にある石段で、荷馬が足を滑らせた。落ちそうになった荷を支えようとして、案内役のダニルが斜面へ転んだという。
「命に別状は?」
「ありません。でも足首がひどく腫れて、歩けません」
荷馬一頭分の袋は、斜面を滑って谷へ落ちた。水に落ちた袋を拾いに下りることはできなかったらしい。報告を聞くうち、僕の耳には自分が言った言葉ばかり響いた。
『少人数で運べるものを先に送れませんか』
あの提案がなければ、ダニルは怪我をしなかったかもしれない。
「僕が言い出したんです」
僕がオルドへ言うと、彼は首を振った。
「運ぶ案を出したのはお前だ。送り出すと決めたのは俺だ」
「でも……」
「誰の責任か決めるのはあとだ。まずダニルを迎えに行く」
オルドは救護用の担架を用意させ、峠の状態を知る兵を選んだ。僕も行きたいと言いかけたが、言葉を飲み込んだ。今そこへ出ても、人を増やすだけだと思った。ミラは怪我の報告と失った荷の一覧を別々に書いた。
「何を積んでた?」
「塩が二袋と、乾パンです」
「水に落ちた分は戻らないとして、残りは?」
「半分くらい、砦へ届いたそうです」
僕が答えると、ミラは小さく頷いた。
「足りないことを隠さず知らせよう。向こうは届くつもりで待ってる」
僕は新しい報告書を作った。負傷者一人。運搬途中で荷の一部を喪失。砦へ届いた量は確認中。数字を書き込む手が震えた。夜、ダニルが担架で帰ってきた。
僕は診療室の前まで行ったけれど、扉の前で足が止まった。中から医師の声が聞こえる。
「骨が折れていなければ、しばらく休めば歩けるでしょう」
その言葉を聞いて安心しかけ、自分が安心したことに腹が立った。歩けるようになるまで、ダニルは仕事ができない。家族がいたら、その人たちも困る。部屋へ戻ると、帳面を開いた。
『荷馬で先に送る案を出した』
その下に何を書けばいいのか分からず、長いことペンを持っていた。
やがて一行足した。
『危ない場所で何が起きるか、案内役に十分聞かなかった』
それは事実だった。
明日、オルドへそのまま話そうと思った。