数日後、橋の水位が下がり、補強を確かめたあとで荷車が通れるようになった。残りの麦を運ぶ隊に、僕も同行することになった。砦へ着くころには、日が西へ傾いていた。
石門砦は、谷を挟むように延びる低い石壁と複数の木の見張り台、その内側に並ぶ兵舎や穀物庫からできていた。
守備兵八百人が交代で壁や街道を見張り、ほかに厨房、鍛冶場、荷役、医療を担う二百人ほどがいる。門の外には大きな荷捌き場と、近隣の農家が荷を持ち込む広場もあった。大きな城を想像していた僕は、少し拍子抜けした。
けれど門をくぐると、兵士たちの顔が疲れていることに気づいた。鎧を脱ぐ暇もないのか、肩当てをつけたまま鍋を運ぶ人がいる。壁際には濡れた外套が何枚も掛けられていた。
ラウルが迎えに来た。
彼は砦の在庫表を見せてくれた。普段は十日ほどの食糧を持つが、街道の不通と予定外の部隊の流入が続き、残りは二日分に減ったという。
「こんな大きな砦が、三台の荷車を待っていたんですね」
「三台だけで食べているわけではありません。ほかの道からも来る。でもその三台が来ないと、今日の献立と明日の配給を削ることになるんです」
僕は答えられなかった。大きな軍なら小さな遅れが消えるのではない。遅れの影響を受ける人が増えるのだ。
「よく来てくれました」
僕は頭を下げた。
「遅くなって、ごめんなさい」
ラウルは少し困った顔をした。
「謝ってもらいたいわけじゃないんです」
彼は倉庫へ僕らを案内しながら続けた。
「何が届くのか、いつ届くのか。それが分からないのが一番つらかった」
荷を下ろす間、僕は砦の厨房を見せてもらった。鍋には豆と少量の麦が入っていた。兵士たちの椀は小さい。ひとりの若い兵が、干し肉を手のひらで二つに割っている。
「そんなに少なくても大丈夫ですか」
僕が尋ねると、彼は笑った。
「大丈夫かどうかは、明日にならないと分からないな」
冗談のつもりだったのだろう。
でも、僕は笑えなかった。
砦の医師から、夜番の兵が二人、疲労と冷えで倒れたと聞いた。直接、食糧不足だけが原因とは言えないという。
「眠る時間も足りていません。それでも、温かい食事がもう少しあれば違ったでしょう」
僕は医師の言葉を帳面に書こうとした。
途中でやめた。
その人たちは、記録の中の『二人』ではなかった。今、隣の部屋で眠っている人たちだった。夕食前、ラウルが僕を見張り台へ連れていった。北の森の向こうに、いくつも細い煙が上がっている。
「あれが国境?」
「もっと向こうです。煙は、この辺りで暮らしている人たちの家でしょう」
僕は遠くを見た。
砦が食糧を求めているあいだも、どこかで普通に夕食を作る人がいる。その距離が思っていたより近く、そして遠く感じた。
「また来てくれますか」
ラウルが尋ねた。
「僕が決められることじゃないけど、来たいです」
「じゃあ、次は何が必要か聞いてから来てください」
彼は少し笑った。
僕はしっかり頷いた。
帰りの馬車では、砦の人たちの顔ばかり浮かんだ。
◇
帰還した翌日、石門砦への輸送について正式な報告の場が設けられた。オルドだけでなく、守備隊の副官も来ていた。僕はミラの横に座り、用意した記録を机へ並べた。橋が閉鎖された日。迂回路の判断。荷馬で先行した人数。落とした荷。負傷者。
順番に読めば、全部分かるようにしたつもりだった。
「なぜ、峠の危険を十分に確認せず、荷馬を送った」
副官が尋ねた。
僕は口を開いたが、先にオルドが答えた。
「最終判断は俺だ。砦の残量を急いで補う必要があった」
「危険だと知っていたのか」
「危険があることは知っていた。だが、今回ほど道が崩れているとは思わなかった」
副官は書類を見下ろした。
「なら、案内役に確かめるべきだったな」
「その通りだ」
オルドは言い訳をしなかった。
僕は手を上げた。
「僕からも言いたいことがあります」
副官がこちらを向いた。
「輸送の案を出したとき、峠を通る荷馬の速さと運べる量は計算しました。でも、危ない場所を知っている人に、道の状態を聞いていませんでした」
「お前が決めたのか」
「いいえ。でも、僕は大丈夫だと思って提案しました」
声が震えた。
副官は頷き、紙へ短く何か書いた。
「提案者の見立てが甘かったことは記録する。ただし決裁者とは分ける」
僕は黙って頭を下げた。
会議のあと、オルドが僕を呼んだ。
「よく話した」
「でも、ダニルさんが怪我をしました」
「ああ」
オルドは机の縁に腰を掛けた。
「お前に必要なのは、二度と失敗しないという誓いじゃない。危険を確かめる方法を増やすことだ」
「それで、足りますか」
「足りないこともある」
オルドははっきり言った。
「それでも、やるしかない」
その夕方、僕は診療室へ行った。ダニルは寝台に座り、腫れの引いた足首を布で巻いていた。
「僕が出した案のせいで、怪我を……」
「お前、俺が石段で滑るのを見たのか」
「いえ」
「なら全部を背負おうとするな。俺も足場を見誤った」
ダニルはそう言って、少し笑った。
「ただ、次に峠へ行くやつには言っといてくれ。あの石段は雨のあと危ない」
「はい」
僕はその場所を地図へ書き込んだ。謝罪だけでなく、その言葉を次へ渡すのが僕の仕事だった。