泥まみれの英雄たち   作:初時雨

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第47話 若い士官

増援隊の先触れとして、ひとりの若い士官が補給所へ来た。名をユリウス・フェルナーという。整った軍服に、まだ新しい肩章がついていた。

 

「補給の帳面を見せていただきたい」

 彼は丁寧に言った。

 ミラが在庫表を渡すと、ユリウスは最初の頁だけを見て頷いた。

「十分ですね。三日後の出発に合わせ、荷車を四台準備してください」

 オルドが顔を上げた。

「四台? 荷の内容も分からんのに」

「兵百人分の食糧と装備です」

「三日分か、十日分か」

 ユリウスは少し言葉に詰まった。

「作戦はまだ確定していません」

「なら、四台という数字も確定しない」

 オルドの声は落ち着いていた。

 僕は書類を覗いた。

 食糧のほかに、矢、予備の弦、馬の飼葉が必要なはずだ。

「隊の馬は何頭ですか」

 僕が尋ねると、ユリウスはこちらを見た。

「君は?」

「補給係の見習いです」

「その質問は、補給長がすることでは」

 僕は黙った。

 オルドが書類を机へ置いた。

「答えてやれ。必要な数字だからな」

 ユリウスは少し赤くなり、言い直した。

「騎馬十二、荷馬八。途中で増える可能性もあります」

 僕は帳面へ書いた。

 これまでの輸送では、馬の数を後から知らされて困ることが何度もあった。

 

 その日の夕方、ユリウスは僕を倉庫の外で呼び止めた。

「さっきは失礼した」

「いえ」

「士官として初めて大きな輸送を任されて、少し焦っていた」

 僕は驚いた。

「僕も最初、地図だけで到着時刻を決めて、半日遅れました」

 ユリウスは小さく笑った。

「それは困る」

「はい。本当に困りました」

 二人で少し笑った。

「君の名前を、もう一度」

「アルヴィス・ランカスターです」

 ユリウスの顔が変わった。

「ランカスター……あの、北で名を上げた騎士と同じ家か」

 僕は息を止めた。

「兄をご存じなんですか」

 ユリウスは僕の顔を見つめた。

「レオンハルト卿は、うちの隊の指揮を任されています」

 僕は何も言えなくなった。

 

◇

 

 兄さんが来る。

 そのことを知ってから、僕は仕事へ集中できなくなった。木札の番号を二度読んでも頭へ入らない。ミラから呼ばれても返事が遅れる。

 

「無理なら今日は休んでもいいよ」

 彼女が言った。

「大丈夫」

「大丈夫な顔じゃないけど」

 僕は帳面を閉じた。

 兄さんへ何を言いたいのか、自分でも分からない。兄さんと最後にまともに話したのは、北へ発つ前の夜だった。魔術を失ってから、兄さんが何を考えているのか分からなくなった。僕も自分のことで精いっぱいで、返事の手紙さえ書けなかった。

 

 今の僕は補給所で働いている。失った魔術は戻らないけれど、できる仕事が少しずつ増えた。そのことを伝えたい。昔のように笑ってほしい。でも、昔の僕と違うと分かったら、兄さんはどんな顔をするのだろう。

 会いたい気持ちと、会うのが怖い気持ちが、胸の中でぶつかっていた。夕方、補給所へ手紙が届いた。

 差出人は母さまだった。

 屋敷の白百合が今年も咲いたこと。父さまが冬支度を始めたこと。ゴードン爺さんが腰を痛めたが、まだ働こうとして周りに叱られていること。

 最後に短い一文があった。

『レオンハルトも北で仕事を続けています。あなたたちがいつか話せる日を、私は待っています』

 僕はその一文を何度も読んだ。母さまだって、兄さんのことを全部知っているわけじゃない。

 それでも、待っているのだと思った。翌朝、増援隊の先遣兵が到着した。黒い外套の騎士はいなかった。僕は安堵して、それから自分が安堵したことを恥ずかしく思った。

 テオが横から覗き込む。

「誰を探してたんだ?」

「別に」

「そういう顔に見えないぞ」

 僕は苦笑した。

「会うのが怖い人が来るかもしれない」

 テオは少し考えた。

「なら、会う前に仕事を終わらせとけ。会ったあと、仕事どころじゃなくなるだろ」

 その答えが妙にまともで、僕は笑った。確かに、今できることはある。僕は荷の一覧を持ち、倉庫へ戻った。

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