増援隊の先触れとして、ひとりの若い士官が補給所へ来た。名をユリウス・フェルナーという。整った軍服に、まだ新しい肩章がついていた。
「補給の帳面を見せていただきたい」
彼は丁寧に言った。
ミラが在庫表を渡すと、ユリウスは最初の頁だけを見て頷いた。
「十分ですね。三日後の出発に合わせ、荷車を四台準備してください」
オルドが顔を上げた。
「四台? 荷の内容も分からんのに」
「兵百人分の食糧と装備です」
「三日分か、十日分か」
ユリウスは少し言葉に詰まった。
「作戦はまだ確定していません」
「なら、四台という数字も確定しない」
オルドの声は落ち着いていた。
僕は書類を覗いた。
食糧のほかに、矢、予備の弦、馬の飼葉が必要なはずだ。
「隊の馬は何頭ですか」
僕が尋ねると、ユリウスはこちらを見た。
「君は?」
「補給係の見習いです」
「その質問は、補給長がすることでは」
僕は黙った。
オルドが書類を机へ置いた。
「答えてやれ。必要な数字だからな」
ユリウスは少し赤くなり、言い直した。
「騎馬十二、荷馬八。途中で増える可能性もあります」
僕は帳面へ書いた。
これまでの輸送では、馬の数を後から知らされて困ることが何度もあった。
その日の夕方、ユリウスは僕を倉庫の外で呼び止めた。
「さっきは失礼した」
「いえ」
「士官として初めて大きな輸送を任されて、少し焦っていた」
僕は驚いた。
「僕も最初、地図だけで到着時刻を決めて、半日遅れました」
ユリウスは小さく笑った。
「それは困る」
「はい。本当に困りました」
二人で少し笑った。
「君の名前を、もう一度」
「アルヴィス・ランカスターです」
ユリウスの顔が変わった。
「ランカスター……あの、北で名を上げた騎士と同じ家か」
僕は息を止めた。
「兄をご存じなんですか」
ユリウスは僕の顔を見つめた。
「レオンハルト卿は、うちの隊の指揮を任されています」
僕は何も言えなくなった。
◇
兄さんが来る。
そのことを知ってから、僕は仕事へ集中できなくなった。木札の番号を二度読んでも頭へ入らない。ミラから呼ばれても返事が遅れる。
「無理なら今日は休んでもいいよ」
彼女が言った。
「大丈夫」
「大丈夫な顔じゃないけど」
僕は帳面を閉じた。
兄さんへ何を言いたいのか、自分でも分からない。兄さんと最後にまともに話したのは、北へ発つ前の夜だった。魔術を失ってから、兄さんが何を考えているのか分からなくなった。僕も自分のことで精いっぱいで、返事の手紙さえ書けなかった。
今の僕は補給所で働いている。失った魔術は戻らないけれど、できる仕事が少しずつ増えた。そのことを伝えたい。昔のように笑ってほしい。でも、昔の僕と違うと分かったら、兄さんはどんな顔をするのだろう。
会いたい気持ちと、会うのが怖い気持ちが、胸の中でぶつかっていた。夕方、補給所へ手紙が届いた。
差出人は母さまだった。
屋敷の白百合が今年も咲いたこと。父さまが冬支度を始めたこと。ゴードン爺さんが腰を痛めたが、まだ働こうとして周りに叱られていること。
最後に短い一文があった。
『レオンハルトも北で仕事を続けています。あなたたちがいつか話せる日を、私は待っています』
僕はその一文を何度も読んだ。母さまだって、兄さんのことを全部知っているわけじゃない。
それでも、待っているのだと思った。翌朝、増援隊の先遣兵が到着した。黒い外套の騎士はいなかった。僕は安堵して、それから自分が安堵したことを恥ずかしく思った。
テオが横から覗き込む。
「誰を探してたんだ?」
「別に」
「そういう顔に見えないぞ」
僕は苦笑した。
「会うのが怖い人が来るかもしれない」
テオは少し考えた。
「なら、会う前に仕事を終わらせとけ。会ったあと、仕事どころじゃなくなるだろ」
その答えが妙にまともで、僕は笑った。確かに、今できることはある。僕は荷の一覧を持ち、倉庫へ戻った。