レオンハルトが補給所へ来たのは、夜の鐘が鳴ったあとだった。僕は書類を届けるため食堂から出たところで、門をくぐる一団を見た。先頭の騎士が馬から降りる。黒い外套には旅の泥がつき、右腕には革の手甲があった。
顔を上げた瞬間、僕は分かった。
兄さんだ。
兄さんは僕を見つけると、ほんの一瞬足を止めた。それから何事もなかったように、オルドへ礼をした。
「レオンハルト・ランカスターです。夜分に失礼します」
「補給所長のオルドだ。隊の到着は明朝と聞いていたが」
「道が空いていたので、先に来ました。兵は明朝到着します」
「なら宿舎を用意する。話は朝にしよう」
兄さんは頷いた。
僕の方を見なかった。
書類を持つ手が冷たくなった。
何か言いたかった。
でも、兄さんの周りには知らない兵がいる。彼らが僕を見て、ひそひそと何か話した。僕は踵を返し、倉庫へ向かった。夜遅く、宿舎の廊下で兄さんとすれ違った。
互いに立ち止まる。
「……久しぶりだな」
兄さんが言った。
声は昔と同じだった。
「うん」
「元気そうだ」
「仕事してるから」
自分でも変な答えだと思った。兄さんは少し笑いかけたが、すぐに表情を消した。
「補給所で働いてるって、母さまから聞いた」
「兄さんも、北で仕事してるって」
「ああ」
沈黙が落ちた。
僕は勇気を出して尋ねた。
「北の暮らしはどう?」
兄さんは少し考えてから答えた。
「寒い。雪の日は馬の世話が大変だ」
「そっか」
僕はほかにも聞きたいことがあった。でも、それ以上言葉が続かなかった。兄さんは何か話そうとしたけれど、僕は先に歩き出した。
背中で足音が止まる。
振り返りたかった。
でも、振り返らなかった。
寝台へ戻ると、テオが半分眠った声で言った。
「会えたのか」
「……会った」
「どうだった」
「分かんない」
テオはそれ以上聞かなかった。僕は毛布をかぶり、目を閉じた。兄さんがすぐ隣の宿舎にいる。その事実だけで、ずっと遠くにいたときより眠れなくなった。
◇
翌朝、補給所の庭には百人近い兵が並んだ。これは北部戦線の軍勢ではない。レオンハルトが率いる独立した前進部隊で、斥候と騎兵を含めても百人ほどだ。
ほかの方面では別の部隊が動いている。兄さんがいくら強くても、北の国境に散らばるすべての兵を、一度に守ることはできない。革鎧の擦れる音、馬の鼻息、誰かが小声で交わす冗談。これだけの人が集まると、庭が別の場所になったようだった。
僕はミラと一緒に、荷の受取書を並べていた。
「前列の二十人は歩兵。後ろの十二騎は先行する。荷馬は八頭」
ユリウスが確認する。
僕は帳面の数字と照らし合わせた。
「予備の飼葉が、一日分だけ少ないです」
「計算上は足りるはずだ」
「それは予定日に到着した場合です。峠で一日止まったら」
ユリウスは答えかけ、紙を取り直した。
「……追加できる?」
ミラが頷く。
「その分、荷台を少し空けてください。ほかの荷をどうするか決めないと」
僕らは積む順番を変え、予備の弦の箱を後便へ回した。書類の上なら、数行の変更だった。実際には、テオが積んだ箱を全部いったん降ろすことになった。
「これ、最初に聞けなかったのかよ」
テオは汗を拭いた。
「ごめん」
「謝るのはいいから、次は先に言ってくれ」
「うん」
僕は彼と一緒に箱を降ろした。新しい靴の底に、早くも泥がついた。出発前、レオンハルトが庭へ現れた。昨日は旅装だったが、今日は黒い外套の下に薄い鎧を着けている。
兵たちの前に立つと、兄さんは短く言った。
「荷を先へやりすぎるな。川沿いの道は落石がある。先行する者は、曲がり角ごとに後続へ知らせろ」
大声ではなかった。
でも、聞いていた兵士たちはすぐ動いた。兄さんは自分で馬の腹帯を確かめ、ユリウスと何か相談していた。僕は少し離れたところから見ていた。昔の兄さんは、僕の木剣を持って笑う人だった。
今の兄さんは、百人が動き出す合図を出している。同じ人なのに、どうしてこんなに遠く見えるのだろう。
「お前も同行するか」
オルドが僕へ尋ねた。
僕は驚いた。
「僕が?」
「次の中継所までだ。出荷した荷の受け取りを確かめろ。軍属としての仕事だ」
「……行きます」
僕は答えた。
兄さんのいる隊へ近づきたいからなのか、荷の行方を確かめたいからなのか、自分でもよく分からなかった。ただ、今度こそ仕事から逃げたくなかった。