増援隊と一緒に歩いていると、兵士たちの足音が道いっぱいに広がった。先頭の騎兵が角を曲がるころ、最後尾の荷車はまだ橋を渡っていない。
僕はその長さに驚いた。
地図では一本の線なのに、実際には数百歩も続いている。昼の休憩で、ユリウスが隊の若い兵たちへ剣の基本を教えていた。僕は荷馬のそばで水桶を運びながら、その様子を見た。若い兵が木剣を振る。相手はそれを受け、足を引いた。
「もう少し踏み込め」
ユリウスが声を掛ける。
兵がやり直そうとしたとき、レオンハルトが近づいた。
「一度、俺とやってみるか」
兵の顔が引き締まった。
「お願いします」
二人が向かい合う。
兵が剣を振る前に、兄さんはもう半歩動いていた。
木剣が空を切る。
兵が振り返るより早く、兄さんの剣先が肩の前で止まった。
「一本」
ユリウスが言った。
次は兵が慎重に構えた。
兄さんはそれを待ち、今度は短く踏み込んだ。剣がぶつかった音は一度だけだった。兵の木剣が横へ流れ、兄さんの先端が胸元へ届いた。
「どうして動く前に分かるんですか」
兵が尋ねた。
兄さんは相手の足元を指した。
「剣より先に、重心が動く。踵と肩を見ろ」
「でも、そんなに早く」
「練習すれば少しずつ分かる」
兄さんは木剣を返した。
僕は自分の胸の奥がざわつくのを感じた。あのころ中庭で負けていた兄さんの動きとは、まるで違っていた。兵たちが散ると、僕は兄さんのそばへ行った。
「昔から、あんなふうにできたの?」
兄さんは僕を見た。
「今ほどじゃないよ」
「でも、客人が来たときも、相手の動きが見えてたでしょ」
兄さんは返事をしなかった。
「見えてたのに、どうして負けたの?」
「勝つだけなら、ほかにも方法はあった」
「じゃあ、なんで」
「……あの庭で、俺が本気になる必要はなかったからだ」
僕は納得できなかった。
父さまに叱られるのも、知らない子に笑われるのも、兄さんは嫌だったはずだ。
「僕は、兄さんが弱いと思ってた」
「そう思わせたのは俺だ」
兄さんは淡々と言った。
それが僕には、少し悲しかった。
休憩が終わる鐘が鳴った。
兄さんは馬へ向かい、僕は荷車へ戻った。背中を見送っていると、あのころ知りたかった答えが一つ見つかった気がした。でも、その答えから新しい疑問がいくつも生まれていた。
◇
中継所へ向かう途中、道は岩壁に沿って細くなった。先行した騎兵が角の向こうへ消えると、後ろの荷車は少し速度を落とした。僕はロウの横で、積み荷の縄を確かめていた。
短い笛の音がした。
すぐに、先頭の方から叫び声が上がる。
「止まれ!」
ロウが手綱を引いた。
次の瞬間、岩の上から矢が飛んできた。荷車の木枠へ刺さり、乾いた音を立てる。
僕は身をかがめた。
荷馬が驚いて跳ね、テオが慌てて鼻先を押さえる。
「伏せろ!」
ユリウスの声が響いた。
護衛の兵が盾を上げ、荷車の脇へ走った。僕は地面へしゃがんだまま、何が起きているのか分からなかった。岩の上に人影が二つ。弓を持っている。どこから来たのかも、何人いるのかも分からない。
兄さんはどこだろう。
そう思ったとき、道の先から風が押し寄せた。
矢が一斉に地面へ落ちた。
次いで、岩の上の弓兵たちが姿勢を崩す。風は一瞬だけ強く吹き、すぐに収まった。
僕は顔を上げた。
兄さんが、先行隊の方から歩いてきていた。片手を上げたまま、岩の上を見ている。
「弓を下ろせ。逃げ道は残してある」
静かな声だった。
相手が弓を引き直そうとすると、兄さんは手を振った。道端の砂と小石が巻き上がり、弓兵の足元へ叩きつけられた。
人影が退いた。
兵たちが斜面を回り、襲撃者を追った。ユリウスは追いかけようとする兵を止めた。
「荷を守れ! 人数が分からない!」
僕はその声を聞いて、ようやく息ができた。敵を追う人と、荷を守る人。誰かが決めなければ、みんな同じ方向へ走ってしまう。騒ぎが収まると、矢が刺さった荷車を確かめた。
袋の一つが裂け、麦が地面へ散っている。テオは口を結んで、破れた袋を押さえた。僕はその横で、予備の布を広げた。
「使える分だけ集めよう」
声が震えた。
テオが僕の腕を掴む。
「怪我してないか」
「うん。テオは?」
「平気」
僕らは互いの顔を確かめた。ふと見ると、兄さんが道端の石へ手をついていた。右腕の手甲の下から、細い血が流れている。僕は駆け寄りかけ、止まった。
兄さんは誰にも気づかれないように布を巻き、そのまま兵たちへ指示を出した。
僕は何も言えなかった。
あれほどの力を使っても、兄さんは平気ではないのだ。