襲撃者のうち二人は捕まり、残りは森へ逃げた。物を奪うためだったのか、隊の行き先を妨げるためだったのかは、まだ分からない。僕は破れた麦袋と、矢で傷ついた木枠の数を記録した。書類を書き終えても、頭に残ったのは兄さんの右腕だった。
夜、中継所の医療室で兄さんを見つけた。手甲を外し、古い布で腕を巻き直している。布には血が滲んでいた。
「怪我したんだね」
兄さんは顔を上げた。
「少しな」
「魔術を使ったから?」
しばらく沈黙した。
「……そうだ」
僕は腕を見た。野犬に噛まれた昔の傷。その周りを囲むように、細い線がいくつも走っている。兄さんはいつの間に、こんな大きな術を覚えたのだろう。昔は剣を振っている姿ばかり見ていたのに。
「前から、あんな魔術が使えた?」
「いや。いろいろ勉強した」
「どうしてそこまでして?」
兄さんは答えるまで、少し時間をかけた。
「必要だと思ったからだ」
「でも、無理してるのは分かるよ」
「そうだな」
その短い返事が、かえって心配だった。
「僕は魔術のこと、もうよく分からない。でも、兄さんが元気じゃないと困る」
兄さんは顔を上げた。
「お前もか」
「当たり前じゃないか」
しばらくして兄さんは、ほんの少し笑った。僕はそれ以上聞かなかった。いつから強い術を覚えたのかは気になったけれど、今はまず休んでほしかった。
隣の部屋から負傷した兵たちの声が聞こえた。僕は新しい布をそばへ置き、邪魔にならないように立ち上がった。扉を出ようとしたとき、兄さんが呼んだ。
「アルヴィス」
振り返らずに止まる。
「今日、荷のそばに残ってくれて助かった」
あのとき僕は怖かった。ただテオと一緒に、荷を守るために動いた。僕は小さく頷いて廊下へ出た。兄さんの魔術については、まだ分からないことが多い。それでも、無理をしてほしくないと思った。今の僕に言えるのは、それくらいだった。
◇
中継所へ着いて二日後、増援隊はさらに北へ向かうことになった。
僕ら補給係は西谷へ戻る。
荷を渡すための書類には、兄さんの署名があった。レオンハルト・ランカスター。見慣れた名前なのに、字は昔より大きく、力強くなっていた。出発前、ユリウスが僕を呼んだ。
「今回の襲撃について、補給所へ詳しい報告が必要だ」
「書いてあります」
僕は被害の一覧を渡した。
ユリウスは最後まで読み、頷いた。
「助かった。怪我した者の報告も別に出す」
「……兄さんの腕もですか」
「レオンハルト卿の?」
彼は少し驚いた顔をした。
「軽傷と聞いているが」
僕はそれ以上言わなかった。兄さんが何を隠しているのか、僕にも分からない。荷車が出る少し前、兄さんが門のそばへ来た。
「帰るのか」
「うん」
「道の護衛はつけてある。気をつけて」
僕は頷いた。
以前なら、こういうとき兄さんは僕の頭を撫でていた。今日は手を伸ばさなかった。
「兄さんも、無理しないで」
口から出た言葉に、自分で驚いた。兄さんも少し驚いた顔をした。
「……ありがとな」
短い返事だった。
馬が動き、荷車が門を出る。
僕は振り返らずにいた。
けれど坂道の途中でどうしても気になり、後ろを見た。兄さんはまだ門の前に立っていた。黒い外套が風に揺れ、右手だけが手甲で覆われている。
やがて兄さんは背を向け、北へ行く兵たちのところへ戻っていった。西谷へ帰るまで、テオは兄さんのことを聞かなかった。
僕も話さなかった。
補給所へ戻ると、ミラがいつものように言った。
「お帰り。書類はこっち」
机には出荷の予定が山ほど積まれている。僕は外套を脱ぎ、帳面を開いた。兄さんがいくら強くても、ここにある荷を全部運べるわけではない。そう考えたとき、少しだけ呼吸が楽になった。
僕の仕事はまだ残っている。
明日も、その次の日も。