石門砦で、迎えに行く兵たちと合流した。指揮を執るのはセリナという若い女性士官だった。声は低く、地図を見るときはいつも短い鉛筆を指に挟んでいる。
「白樺監視所には、生存者が四十五名。うち負傷者は六名です。歩ける者もいますが、急いで移動させたい」
セリナは短く息を吸った。
「戦死した三名は、この四十五名には含めていません。収容できず、監視所に残されています」
僕は帳面の余白へ三本の線を引いた。名簿の数が合っても、その先に帰れない人がいる。
彼女は僕らへ説明した。
「荷車は三台。うち一台は医療用品と水を積んで北へ行く」
僕は帳面を見た。
「負傷者六人なら、残り二台に全員乗せられますか」
「怪我の程度による。横にならなければならない者が二人いる」
僕はそこで、人数だけ数えていたことに気づいた。監視所へ向かう道は、ところどころ小石が崩れていた。セリナは先行の兵を出し、安全を確かめながら進んだ。僕はロウの隣で地図を見ていたが、何も提案できなかった。
敵の位置も、見張りの人数も分からない。ここで不用意に口を出せば、邪魔になるだけだと思った。監視所へ着くと、負傷者の数は八人に増えていた。
生存者四十五人という数は変わらない。ただし、前夜の矢傷と落石で二人が新たに動けなくなった。監視所の壁には、帰らない三人の名前が残されていた。僕はそれを紙へ写し、軍へ報告すると約束した。夜の間に二人が怪我をしたという。
医師は一人ずつ状態を確かめ、運ぶ順番を決めた。
「この方は揺らさないで。こちらは座れます」
僕は荷台へ毛布を敷き直し、医師の指示を待った。荷車へ積む荷が決まると、監視所の兵が武器箱を運んできた。
「これも持っていってください」
箱は重く、二人がかりでも持ち上げるのが大変だった。
僕は荷台の空きを見た。
「これを載せると、負傷者の寝る場所が足りません」
「置いていけば、敵に取られる」
兵は言った。
僕は困ってセリナを見た。
彼女は箱を確かめ、短く答えた。
「運べないものは破棄する。負傷者を先に乗せろ」
兵は悔しそうに唇を噛んだが、従った。夜、僕は監視所の壁に腰を下ろした。テオが隣に座り、水筒を渡してくれた。
「戦うために来たわけじゃないのにな」
彼が言った。
「うん」
「でも、ここに来なきゃ分からなかったことばっかりだ」
僕は頷いた。
荷車に載るかどうかは、重さだけで決まらない。
誰を先に運ぶか。
何を置いていくか。
その判断をする人の顔を、僕は忘れられそうになかった。
◇
翌朝、監視所の外で遠くから金属の打ち合う音が聞こえた。僕は荷台の縄を結び直しながら、思わず顔を上げた。兵士たちは慌てずに動いている。
それがかえって怖かった。
彼らは、この音に慣れているのだろうか。セリナが監視所の責任者と話していた。
「南へ退く命令は出ています」
「ここを空ければ、川の向こうの動きが見えなくなる」
「残っても負傷者は治りません」
二人の声は低かった。
僕は近づかず、荷の一覧を確かめ続けた。昼前、監視所から南へ戻る準備が整った。
ところが、伝令が駆け込んできた。
「東の道に敵の斥候が出ています」
セリナは地図を開いた。
僕も横から見た。
退く道は西側にもある。ただし橋が狭く、荷車が一台ずつしか渡れない。
「東を避ければ、列が長くなる」
セリナが言った。
護衛の兵は頷いた。
「最後尾の守りを厚くします」
僕はその言葉で、逃げる人を守るにも人が必要なのだと知った。石門砦から、撤退時刻を早める命令が届いた。
セリナが護衛の割り当てを書いているあいだ、僕は西谷から持ってきた輸送記録を開いた。西の橋を通った便には、三台の荷車が詰まり、一台ずつ渡るのに予定の倍の時間を使ったとある。
橋の手前で積荷を直したためだ。馬を繋ぐ場所と、荷車を待たせる場所が同じで、後続が動けなくなっていた。
「橋で止まって荷を積み直したら、今夜は全員渡れません」
僕が言うと、セリナは顔を上げた。
「代わりは?」
僕は道へ指を置いた。
「ここで決めましょう。横になる人は前の二台へ。水と手当ての道具は小分けにして、荷車のどこに積んだか書いておく。三台目は予備の水と毛布を運びます。橋の手前では誰も積み替えない」
「敵が来たら?」
「歩ける人の隊列は、荷車と離れすぎないようにします。でも、護衛の配置を決められるのはセリナさんです」
セリナは僕の図を見つめた。
「橋の入口に先行兵を置く。荷車を止めずに流すには、何人要る?」
「道案内と誘導に二人。対岸にも、渡り切った車を寄せる人が必要です」
ロウが口を挟んだ。
「馬の休憩も先に済ませる。橋の上で暴れられたら終わりだ」
テオが言った。
「毛布は今のうちに結び直す。揺れで落ちるのはごめんだ」
僕は二人の言葉を書き足した。
セリナはうなずいた。
「採用する。ただし負傷者の優先順位は医師が決める。護衛は私が指揮する。お前は名簿と荷の配置を最後まで管理しろ」
僕は頭を下げた。
いつのまにか自分の膝が震えていた。それでも紙の上には、全員を連れて帰るための道筋があった。セリナはその場で皆を集め、短く説明した。
「荷車は負傷者と医療用品を優先する。歩ける者は荷車の横を進め。武器箱は残す」
反対する兵もいた。
「これだけの物を、全部置いていくんですか」
「人を連れて帰る」
セリナはそれだけ言った。
皆が黙った。
僕は荷の一覧を見直し、降ろすものへ印をつけた。毛布は残す。水は残す。重い修理道具は一部置いていく。テオが箱を降ろし、ロウが馬の腹帯を確かめた。作業の途中、僕は急に、ここへ来る前の自分なら何と言っただろうと思った。
たぶん、もっと上手い方法があるはずだと言っただろう。
今も、そう思いたかった。
でも、目の前では負傷した兵が痛みに耐えている。考える時間にも限りがあった。
夕方、列が動き始めた。
監視所の門が最後に閉められる。セリナは振り返らなかった。僕も振り返らないようにした。足元の泥だけを見て、荷車の横を歩いた。