倉庫へ入ると、薪と干し草の匂いが鼻の奥まで届いた。壁に沿って束ねられた薪の山は、僕の背丈の倍ほどあった。秋が深まり、倉庫では男たちがもう冬の話をしていた。
「今年の寒さは早いかもしれん」
水路番のゴードン爺さんは、太い指で帳面の数字をなぞった。
「去年の冬は長かったからね。運べるうちに運ぶさ」
「こんなにあるのに足りないの?」
「足りるようにするために数えるんだ」
僕は差し出された小さな板に、薪の束を一つずつ記録した。最初は十の次を間違え、二十まで数え直した。
「一束を二度数えたら、どうなる?」
「本当はないのに、あることになる」
「じゃあ、冬になってどうなる」
「……寒い」
「そういうことだ」
ゴードン爺さんは頷いた。
屋敷では、薪の置き場によって札の色が違った。食堂用は赤、台所用は黄、客室用は青。けれど、青い札のついた山だけが今年は小さかった。
「お客さん、来ないの?」
「来ないんじゃない。来たときには別の部屋から回す。今は使わない部屋を暖めないだけだ」
帳面には数字が並び、その横には名前があった。食堂、厨房、執務室、母さまの居室、兄さんの寝室。そして僕の勉強部屋。僕の部屋には、去年までなかった欄が増えていた。
「先生の授業があるからな。手がかじかんでは筆も動かん」
ゴードン爺さんは何気なく言った。そのとき、廊下から父さまの声がした。
「そちらの欄は減らせん。帝都からの客人にも見せられる教育だ」
父さまは倉庫の入口に立ち、帳面を受け取った。僕の顔を見ると少し驚き、それから仕事を邪魔するなとだけ言った。戻る途中、兄さんの部屋の前を通った。
扉の下から冷たい風が流れていた。暖炉はあるけれど、灰が白く固まっている。兄さんは机で木剣の柄に布を巻いていた。
「寒くない?」
「今日はまだ平気」
兄さんは手のひらを見せて笑った。霜焼けのように赤い。
「僕の部屋、朝から暖かいんだ」
「先生が来るからだろ」
「兄さんもそこで稽古したらいいよ」
「剣を振ったら窓を割る」
「じゃあ、書く練習だけでも」
兄さんは返事をしなかった。僕がしつこく言うと、ようやく顔を上げた。
「お前が頑張ってるのは知ってる。だから、変な顔するな」
変な顔をしていたのだろうか。僕には分からなかった。夕食のとき、父さまに聞いてみた。
「兄さんの部屋にも薪を増やせない?」
父さまは食事の手を止めた。
「今年の薪は決まっている。どこかを増やせば、どこかが減る」
「僕の部屋から少し分ければ」
「魔術の訓練を休むつもりか」
僕は口を閉じた。
父さまが怖かったわけではない。僕が習っている魔術が、誰かの暖かさと引き換えになっていると、初めて分かったからだ。食堂を出ると、兄さんが廊下で待っていた。
「怒られた?」
「ちょっと」
「別に寒くないって言っただろ」
「手が赤かった」
「剣を振ればあったまる」
兄さんはそう言って僕の額を小突いた。でも、僕は知っていた。兄さんが寝ているあいだは、剣を振れない。
その夜、帳面に薪の数を書き写した。何束あれば兄さんの部屋を一晩暖められるかを考えたけれど、僕にはまだ分からないことが多すぎた。
翌朝、倉庫へ行ってゴードン爺さんにその帳面を見せた。もっと大きな火を出す魔術を覚えるより先に、火を消さないために必要なものを知りたかったからだ。
「一晩だけなら三束で足りる。だがな、坊ちゃん、冬は百日以上続くんだ」
爺さんは僕の書いた数字の横に、冬のあいだに必要な総数を書き足した。一晩に三束なら、十日で三十束、百日で三百束になる。倉庫の山がどれほど高く見えても、春まで屋敷の全員が凍えずに過ごすには、最初からぎりぎりの数だった。
「……ひとつ増やすだけで、こんなに要るんだね」
「ああ。だから旦那様も、どこの火を残すかで頭を悩ませておられる」
僕は帳面の数字を見つめたまま、すぐには言葉を返せなかった。自分の部屋で燃えている火の重さが、初めて分かった気がした。