長い冬が明け、春を越えて、新しい年の夏が始まる少し前のことだった。雪がすっかり消えた道を、僕はゴードン爺さんと一緒に村へ出かけることになった。母さまは僕の薄手の上着を直しながら、森には入らないよう何度も言った。兄さんは中庭で木剣を振っていたけれど、僕が馬車に乗ると近づいてきた。
「道の向こうには深い溝がある。落ちるなよ」
「そんな子どもじゃないよ」
「五歳のときもそう言ってた」
言い返せなかった。
馬車で半日ほど進むと、畑の間を細い水路が走る村に着いた。水は夏でも冷たく、石の隙間には茶色い苔がついていた。村人たちは水門の前に集まっている。農夫が板を指し、別の農夫が首を振った。
「上の畑に回しすぎだ」
「そっちが去年、水路を広げただろう」
僕は大人たちの声に驚いて、ゴードン爺さんの後ろに隠れた。爺さんは喧嘩を止めなかった。代わりに、誰がいつ水を使うのかを一人ずつ聞き、板に印をつけた。
「わしらが争っているのは水が少ないせいか、それとも順番が決まっていないせいか」
農夫の一人が、両方だと答えた。ゴードン爺さんは僕を呼んだ。
「坊ちゃん、ここへ石を置いてごらん」
乾いた地面に棒で二本の線を引き、上流と下流に見立てる。僕は小石を運び、水門の代わりに並べた。
「この石を動かしたら、どうなる?」
「上の畑の水が増える」
「下は?」
「減る」
「では、下の畑の人は何と言う?」
僕はさっきの喧嘩を思い出した。
「怒ると思う」
「そうだ。だから、水を動かせるだけでは足りん」
僕は最近、ヴォルク先生に習ったばかりの術を試してみたかった。皿の水を少し揺らせるのだから、水路でも手をかざせば流れを変えられるかもしれない。そうしたら、みんな驚くだろう。けれど爺さんは、試すことさえ許してくれなかった。
「水路の水は皿の水と違う。下流には人も畑もある。何が起こるか分からん力を、勝手にここへ使うな」
僕は頷いた。
そのあと、村人たちと泥を掻き出す作業を見学した。古い木板を外すと、水路の底から折れた枝と石が出てくる。職人が小さな溝を通し、水は少しずつ元の筋へ戻った。
「魔術じゃなくても直るんだね」
「魔術で直したって、枝はまた流れてくる。誰が見回るかを決めなきゃ同じことだ」
爺さんはそう言って、村人たちへ見回り当番の札を渡した。帰りの馬車で、僕は地面に描いた二本の水路を帳面へ写した。水の向きだけではなく、誰が水門を開けるのかまで書き足した。屋敷へ戻ると、兄さんが待っていた。
「魔術で水を飛ばしてきたか?」
「使っちゃ駄目だって」
「残念だったな」
「でも、誰が困るか分からないのに使うのは、もっと駄目だって」
兄さんは少し驚いた顔をした。
「ゴードンが言ったのか」
「うん。僕もそう思った」
兄さんは僕の帳面を覗き、曲がりくねった線を指でなぞった。
「それなら俺にも教えてくれ」
僕らは床に棒切れを並べて、水路の形を作り直した。兄さんはわざと一本を塞ぎ、「こっちの村はどうなる」と聞いた。僕はすぐに答えられず、何度も石を置き直した。魔術を使った日より、ずっと頭が疲れた。でも、その夜は不思議と嬉しかった。