雪は、朝起きるたびに少しずつ高くなっていた。窓の下の石に刻んだ目印が埋もれ、マルタが庭へ出るたび、扉の前の雪を掻かなければならない。その朝、食堂のパンはいつもより薄かった。
「昨日と違う?」
僕が尋ねると、マルタは皿を置く手を止めた。
「粉を大切に使っているんですよ」
兄さんは何も言わず、パンを二つに割った。片方を僕の皿へ置こうとする。
「僕のもあるよ」
「じゃあ取っておけ。昼に腹が減るだろ」
そう言いながら、自分は先に薄いスープを飲んだ。僕はパンを返したかったけれど、兄さんが話題を変えてしまったので、受け取るしかなかった。
午前の授業を終えたあと、廊下でゴードン爺さんを見つけた。いつもは水路のことを話すと楽しそうなのに、その日は重そうな帳面を抱えていた。
「北の集落は大丈夫?」
昨日、父さまの執務室で聞いた話が気になっていた。
「荷を送る道が閉じておりましてな。兵を出すかどうか、旦那様が考えておられます」
「魔術で雪を溶かしたら?」
爺さんはすぐに笑わなかった。
「坊ちゃん、一度外を見てごらんなさい」
窓から見えるのは屋敷の庭だけだった。けれど爺さんが開いた地図には、庭の何十倍もの道が続いている。
「この道全部です」
僕は指でなぞった。坂を上り、沢を渡り、森を抜ける。紙の上ですら長い。
「……僕には無理かも」
「無理と決めつける必要はありません。ただ、できることの大きさを知っておくのも大事です」
僕が地図から目を離せずにいると、爺さんは「古い写しですから、しばらく持っていなさい」と地図を僕に手渡し、帳面を閉じて歩いていった。僕は借りた地図を持って中庭へ降りた。兄さんが雪を踏み固めた小さな場所で木剣を振っている。
「兄さん、前に見張り台までの道を教えてくれたよね。その先の北の村へ行く道も知ってる?」
「兵の人に聞いたことはある。どうした?」
僕が地図を見せると、兄さんは手袋を外し、紙の端を押さえた。
「ここは冬に凍る。馬でも危ないって」
「じゃあ、こっちは?」
「橋が細い。荷車は通れないかもな」
二人で道を探した。遠回りならどうか。見張り台で積み替えたらどうか。兄さんは道について知っていることを次々に教えてくれた。僕は、魔術で雪を消すより、馬をどこへ動かすか考えた方が早いのかもしれないと思った。
夕方、思い切って父さまの執務室へ行った。
「見張り台に馬がいるなら、村まで荷物を運べない?」
父さまは机に地図を広げ、僕らが引いた線を見た。
「お前たちで考えたのか」
「兄さんが道を知ってた」
兄さんは隣で小さく頷いた。父さまはしばらく黙っていたが、やがて一本の線を指した。
「ここで馬を使い切ると、見張り台から急ぎの知らせを送れなくなる。敵が来たとき、領地全体が困る」
僕は口を閉じた。
「なら、馬を半分だけ」
「半分で運べる荷はどれほどだ?」
答えられなかった。どの荷がどれだけ重いのか、知らない。
父さまは地図を畳んだ。
「考えたことは悪くない。だが、数字を知らずに決めてはならん」
三日後、風が弱まった。
父さまは少人数の兵と荷馬を送り、食糧と薬を運ばせた。すべての荷を積めたわけではなく、見張り台にも馬が残されたという。僕と兄さんは門で見送った。荷馬の背で袋が揺れている。
「あれで足りるかな」
「分からない」
兄さんは正直に言った。
「でも、運ばないよりはましだろ」
白い道に残った足跡は、雪が降り出すとすぐ薄くなった。僕は帰ってから、帳面の数字を読めるようになりたいとヴォルクに頼んだ。