※アンチ・ヘイトのタグは念のため付けておきますが、原作に対する否定的な内容を含むつもりはありません。
ちなみにビッチである。
アルベドの設定を確認したモモンガは、その最後の一文を書き換えることにした。
どう変えようか考え、ふとバカバカしい考えが浮かぶ。
だが、まあ、最後だし。
そう思って、その考えを実行した――「モモンガを愛している」――つもりだった。
「うわ~恥ずかしっ! バカじゃないの、俺~」
骸骨の顔に手をやり、目を覆うように仕草する。
もうすぐサービス終了の時刻だ。
お遊びはこのくらいにして……と設定画面を閉じようとして、気づいた。
「あっ、誤字った」
モモンガを愛している――ではなく。
モモンガ「が」愛している。
直前の文字が「ガ」だったから、続けてもう1文字同じものを入力してしまった。しかも本来入力するはずの「を」は入力し忘れて。
タイピングに慣れた者によくあるミスだ。単なるキーの押し間違いというよりは、早口言葉に挑んで噛んでしまうのと同じようなもので、考えた文章を指の動きに変換する過程で「噛んで」しまう。
「直し……ああ、くそ。もう時間がない。
最後はアレをやらないと」
モモンガは杖を掲げた。
ガツンと床を叩き、魔王らしくロールプレイで締める。
「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!」
23:59:59――
00:00:00――
00:00:01――
「「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!」」
連れてきたセバスとプレアデス、そして最初から玉座の間に待機していたアルベドが、声を上げた。
「……!?」
モモンガは驚いたが、種族特性ですぐに沈静化され、異変が起きていることを理解した。
そして、それがどのような内容で、どのような規模のものなのか、調べるべきだと判断する。
「セバス。地上に出て、周辺を調査せよ。
知的生命体と接触した場合は、可能な限り友好的に接するのだ」
原作通りに指示するモモンガ。
しかし、そこに割り込むアルベド。
「お待ちください、モモンガ様」
彼女には「自分はモモンガに愛されている」という自負があった。だって設定にそう書いてあるのだから。
しかし、愛されている理由や目的は書かれていない。「女性として」愛されているとは限らないのだ。なにしろモモンガはアンデッドなので、性欲とか無いも同然のはずである。ならばなぜ愛されているのか?
知恵者として創造されたアルベドの優秀な頭脳は、たちまちその答えにたどり着いた。「優秀なNPCとして」愛されているはずだ。ならば己の優秀さを示し、モモンガにもっと愛されることが唯一の方法である。最後に残った至高の御方を、去ってしまわないようにするための!
「どうした、アルベド?」
「モモンガ様は最大限に警戒しようとお考えですよね?
であれば、セバスやプレアデスを外に出し、万一何者かと敵対した場合、死亡したり装備品を奪われたりしては大きな損失になります。
まずは失っても惜しくないシモベを出すべきかと」
「ふむ……なるほど。それは確かにその通りだ。
ではナザリックの自然湧きモンスターを――」
「いえ、最初は隠密偵察に徹するべきです。
襲ってこないアンデッドなどというものは逆に不自然で目立ちますので、隠密偵察には向きません。それに、発見された場合に友好的に接するのも無理でしょう。問答無用で即座に撃滅されるかと」
「ふーむ……」
「威力偵察には向きますので、必要なときまで温存しておきましょう。
隠密偵察には、恐怖公の眷属が適任です」
「恐怖公の……なるほど。あれなら、どこに居ても不思議ではないな。
隠密偵察という意味では、あれほど優れたシモベも居ないか」
「はい。もし発見されても偵察であることが露見しにくいかと。
数が多いので、広域を偵察できるメリットもございます」
「うむ。確かにその通りだ。
ではその案で行くとしよう。
よく言ってくれた、アルベド。素晴らしい働きだ」
モモンガの決定に異を唱える。不敬にも思えるほど辣腕をふるい――褒められた。
その事で、ますます「愛されている理由はこれだ」と思い込むアルベド。
にこりと淑女の笑みを浮かべる。
「モモンガ様にお褒め頂けるなんて、身に余る光栄ですわ」
よく教育された貴族令嬢のごとき振る舞い。
それを絶世の美女であるアルベドがやるという破壊力。
「お、おう……」
モモンガは思わず気圧された。
◇
カルネ村。
エンリにポーションを渡して飲むように促すが、この世界のポーションは青く、モモンガが差し出したユグドラシルのポーションは赤い。すわ血液か何かか、と警戒し、およそポーションだなどとは思わない姉妹。
その不敬な態度にアルベドは――
「お前たちは、これが何だと思っているの?」
不快感をにじませながらも、そう尋ねた。
設定の改変。モモンガ「を」愛しているとは書かれていない今、行き過ぎた愛情は持っていない。
ゆえに、不敬だから即座に処分、ではなく。
なぜ不敬を働くのか、その原因を突き止め、再発防止に努めよう――内政担当たる守護者統括であればこそ、内部の者たちを統率するのと同じ理論で、外部の反応を分析しようとした。
「これは治癒のポーションだ。飲めば傷が治るだろう」
モモンガが言う。
そしてアルベドが言葉を重ねた。
「飲んだら、ひとつ教えなさい。
お前達が知っている治癒のポーションは、どのようなものなの? 何か違いがあるのかしら?」
エンリはポーションを飲んで、その効果を実感し、そして答えた。
自分たちが知っているのは青いポーションで、傷の治りが早くなるものの、こんなふうに即座に傷が消えるような効果ではない、と。
「お前たちが知っているポーションは、ずいぶん性能が劣るようね」
呆れたようにため息交じりに言って、アルベドはモモンガに視線を送る。
視線を受けてモモンガは頷いた。
第5位階「龍雷」だけで簡単に死ぬ兵士。
色も性能も違うポーション。
ナザリック周辺にあるはずの地形がなく、ないはずの地形がある。
常闇と冷気の世界であり、常時夜の世界は陰惨な風景で、天空を重く厚い黒雲が覆っている――はずのナザリック周辺は、青い空に白い雲が浮かぶ緑の草原が広がる美しい大自然。これではまるでミズガルズではないか。
あくまでヘルヘイムだと仮定すると、そもそもヘルヘイムにレベル1桁の人間NPCの村があるなんて考えられない。矛盾だ。
状況はだいぶ奇妙だ。ナザリックがどこか不明の場所へ転移してしまったらしい。しかもミズガルズに近い環境の。つまりナザリックがあったヘルヘイムとは異なる世界だ。
だが悪いことばかりではない。この地の人間にとって、ナザリックは非常に有利な状況のようである。
◇
ガゼフの部隊がカルネ村にやってきた。
そしてガゼフを狙う陽光聖典も。
天使たちを殲滅したモモンガに、低位の位階魔法が浴びせられるが、どれもモモンガにダメージを与えるほどのものではない。
「しつこいわね」
アルベドは1人の首をはねた。
とたんにピタリと攻撃が止まる。
何が起きたのか分かる者は居ないようだ。
ただ近寄って攻撃して戻ってきただけなのに、反応できないどころか、見えてもいない。速度に特化したステータスでもなければ、隠密系のスキルを使ったわけでもないのに。
アルベドは呆れた。
「いい加減に理解しなさい。その程度の攻撃は、何度やっても無駄よ。
無抵抗で受けてもダメージが通らないのよ? 『繰り返せばいつかは削れる』なんていう『高い水準』ではないのよ、お前たちは。
もっと他の出し物はないのかしら? 無いのなら、退屈だからもういいわ。大人しく死になさい」
しっしっ、と追い払うように手を振るアルベド。
無駄に魔力を消費する前に、切れる手札があるなら切れ、もっと多くを見せろ、情報をよこせ――という真意に気づいて、モモンガは心の中でうんうん頷いた。
同時にアルベドの行動を高く評価する。相手が安全と見るや否や、煽ってより多くの情報を引き出そうとする。弄ぶように見えて、情報収集のために行動を誘導している。どこまでも威力偵察。どこまでも戦略的。徹底している。
「最高位天使を召喚する!」
ニグンは魔封じの水晶を取り出した。
最高位と聞いて熾天使を連想し、警戒を強めるモモンガ。
しかし、現れたのは主天使だった。
善なる極撃でちょっぴりダメージを受けるモモンガ。
「ククク……! これがダメージを負う感覚……痛みか」
原作では「身の程を知れー!」とブチギレていたアルベドだが、それは「モモンガを愛している」という設定による暴走だ。
その設定がない代わりに「モモンガが愛している」と設定されたアルベドは冷静だった。満足そうなモモンガの様子に、転移前と何か違いがあるのだろうか、と小首をかしげた。
「やればできるじゃない。
けれど笏を砕いて強化した一撃は使い切り……二度は使えないわね。
振り出しに戻ったわけだけれど、他には何が出来るのかしら? 今度は私にも試してもらえると嬉しいのだけど?」
究極の一撃と自負して放ったそれを受けて笑っているモモンガ。
余裕綽々で自分にも撃ってこいと言うアルベド。
ポッキリと心が折れたニグンは命乞いを始めたが、返ってきたのはちょっと前に自分が吐いた言葉だった。
「たしか、こうだったな。
無駄なあがきをやめ、そこで大人しく横になれ。せめてもの情に、苦痛なく殺してやる」
◇
威力偵察に満足したモモンガは、ナザリックに帰ってNPCたちに名前を変えたことを告げた。
この変化は、アルベドを不安にさせた。設定には「モモンガが愛している」と書き込まれており、「アインズが愛している」とは書いてないのだ。名前を変えたことで設定を回避したアインズは、アルベドに向けたはずの愛情を否定することなく、いつか去ってしまうかもしれない。そこには一切矛盾がない。
まさか己の働きが不十分だから? などと悪い方向に考え、独りで顔を青くしていた。
しかし「普遍の伝説にせよ」と大号令を出した後、アインズはアルベドを呼んだ。
「改めて、私が独断で動いたことを詫びよう。
だが、にも関わらず、お前の働きは素晴らしいものだった。
ポーションの違いを尋ね、襲撃者の手札を引き出し、常に冷静に私をサポートしてくれたな。私は非常に満足している。感謝するぞ、アルベド」
キョトンとするアルベド。
「名前を変えられたのは、私の働きが不十分だったからではないのですか?」
尋ねられて、今度はアインズが宇宙猫になった。
「……どうしてそうなる?」
「え?」
「え?」
「え?」
どうも認識にズレがあると理解したアルベドは、己の考えたことを説明した。
それを聞いたアインズは下顎骨が落ちそうになりながら沈静化されたが。
そのあとアインズはアルベドの誤解を解くのに苦労した。とても苦労した。そして結局、2人きりのときはモモンガと呼ぶことを許すことで落ち着いた。
◇
アルベドの働きには満足したアインズだが、それでもガチすぎる忠誠心には疲れ、逃げ出す口実として冒険者モモンとしての活動を選んだ。
だが、その供回りにナーベラルを選んでしまった。
「あんたさ、ご立派な鎧着てるぐらいなんだから、治癒のポーションぐらい持ってるんでしょ? 現物でも構わないからさ」
「持ってはいるが……」
「……!」
ブリタの背後で剣に手をかけるナーベ。
慌ててポーションを取り出すモモン。
これは、ほんの始まりに過ぎなかった。
「ですが、このような場所に至高の御身が滞在されるなど」
「そう言うな、ナーベ。
しかし、あれが冒険者か。組合という組織に管理され、依頼はモンスター退治ばかり。予想以上に夢のない仕事だ」
「あの不快な女は、どう致しましょうか?」
「彼女は我々より格上のアイアンのプレートだ。
後輩たる者、多少は顔を立ててやろうじゃないか」
うつむくナーベ。
明らかに渋々だ。
「時に質問なのだが、人間をどう思うか?」
「ゴミです」
こいつもかー。
アインズの下顎骨が落ちそうになった。
「ナーベよ。その考えを捨てよとは言わんが、敵対的行動を誘発する考えは出来る限り慎め」
「畏まりました、アインズ様」
「この街にいる間は、私をモモンと呼べと言っただろう」
「はい、モモン様」
「モモンだ。
そしてお前はナーベラル・ガンマではなく、モモンの冒険者仲間のナーベだ」
「申し訳ありません、モモンさー……ん」
「『モモンさー……ん』て、少し間抜けだが、まあいい。
とりあえずは、これからの行動方針だ」
「はっ」
跪くナーベ。
畏まりすぎて「申し訳ありません」がただの開き直りになっている。
「あのな……」
呆れるモモンだったが、その後も散々だ。
「黙れナメクジ。身の程をわきまえてから声をかけなさい。舌を引き抜きますよ」
「蛆虫が。目玉をスプーンでくり抜かれたいの?」
畏まりましたとは何だったのか。全く慎んでいない。
そして指名依頼の依頼主だと紹介されて出てきたンフィーレアに向かって、剣に手をかける。さすがに脳天へチョップを食らわせた。敵味方の区別がつかないのか、このポンコツは。
アインズは内心で転げ回っていた。
なんだ、この差は? アルベドはあんなにも優秀で、完璧にサポートしてくれたのに、ナーベラルはどうしてこんなにポンコツなのだ? 設定に「ちなみにポンコツである」とか書いてあったっけ?
もしカルネ村に連れて行ったのがナーベラルだったら、情報収集する暇もなく相手を殺害していたに違いない。アインズがダメージを受けても冷静に相手の手札を引き出そうとしたアルベドの優秀さよ。創造主の違いだとでもいうのか? たしかにタブラは頭脳派で、弐式はあえて事前情報なしで突っ込むスタイルだったが。
周囲から「高嶺の花」的な評価を受けたおかげで幸運にもギリギリ邪魔にはならないし、成績をつけるなら十三英雄のことを尋ねたから少しプラスではあるのだが、内申点は大きくマイナス評価だ。
今からでも相方をアルベドに変更して……駄目だ。アルベドにはナザリックの運営をしてもらわないと。代わりが務まる者が居ない。いっそスキル「アンデッドの副官」を使用して新しく作るか? いやでも経験値を消費するのは痛い。弱者ばかりの世界で経験値を消費すれば、取り戻すのにどれだけかかるか分からない。うーむ。
◇
アインズがナーベラルのポンコツぶりに苦悩しながら冒険を終えてエ・ランテルに戻り、ハムスケの手続きをするため「漆黒の剣」とンフィーレアから別れた頃――
ナザリックでは、アルベドが動いていた。
「恐怖公、状況は?」
「変わりありませんな。
アインズ様であれば、たいていの状況は『異変』になりませんが……おっと、アインズ様がエ・ランテルに到着なさいましたぞ。
同行していた依頼主ンフィーレア・バレアレと『漆黒の剣』とは別行動なさるようです。アインズ様の偉大さに触れて、荷下ろしなどさせるのは申し訳ないから、ですか。なるほど、多少は礼儀をわきまえているようですな。
ンフィーレア・バレアレと『漆黒の剣』への監視は終了しますかな?」
「いいえ。
ンフィーレアと『漆黒の剣』への監視も続けて。彼らが自衛できないレベルの異変があれば報告を」
「了解しましたぞ。
ちなみに、理由を伺っても?」
「アインズ様はカルネ村のときに『言葉をかわした相手には小動物程度の愛着がわく』とおっしゃったわ」
「ほう? そのようなことを……?」
「言うまでもなく、アインズ様は最後までナザリックに残ってくださった慈悲深き御方。41人もいらっしゃった至高の御方々のうち40人は去ってしまったのだから、私たちごときは取るに足らず、去っていくのが『普通』ということでしょう?」
「それはそうですな」
「そんな特別にお優しいアインズ様のことですもの。多少なりとも愛着がわいた相手が不幸になったというのでは、御心を煩わせてしまうでしょう?」
「確かに。
承知いたしましたぞ。そういう事であれば、報告すべき異変がひとつございますな。ンフィーレア・バレアレの店に、不審者が2名うろついておりますぞ」
「排除できるかしら?」
「吾輩の眷属では無理のようですな」
「では急ぎアインズ様にご報告を……エントマと連絡は取れるかしら?」
「お任せを」
エントマはフジュツシの職業を持っていて、「伝言」と同じ効果のフジュツを使える。恐怖公の眷属をおやつ扱いしており、「不死者のOh!」では持ち歩いている描写も何度かある。
恐怖公にはフジュツシの職業が無いようだ。ダンスの講師を探していた場面で登場する際も、「伝言」に類する魔法やスキルを使った様子は見られない。
だが、方法がないわけではない。現地へ派遣している眷属を並べて人文字(人じゃないけど)を作る方法だ。日本語でやれば現地人には読めないはずだが、虫が不自然に並ぶのは目立つだろう。ナザリックでやるだけなら目立つ心配などしなくて良いが。
◇
「君がンフィーレア・バレアレ? お姉さんと一緒に来てくれると嬉しいな~」
「訪問診療ですか?」
「そういうのじゃなさそうだぜ」
ンフィーレアを守るために前に出る「漆黒の剣」だが、勝ち目がないのは感じていた。
格上の猛獣でも相手にしているような気分だ。ネコ科の猛獣。虎やライオンというよりは、豹とかチーターのような。
「大~正~解~」
イメージそのまま、高速で迫るクレマンティーヌ。
シルバーの冒険者「漆黒の剣」では、反応が間に合わない。
防御も回避もままならない中、繰り出されたスティレットが横から指2本でつまんで止められた。
「大正解どころか大失敗だな。
この私が友誼を結んだ相手を狙うとは」
「「モモンさん!」」
「な……!? え? あ……! はぁ……!?」
目を輝かせる「漆黒の剣」の面々。
目を白黒させるクレマンティーヌ。
指2本だけでつままれたスティレットは、まるで岩に埋め込んだようにピクリとも動かない。
驚いている間に、ガシッと体を掴まれ、もう逃げられない。
「お仕置きだ」
小さい子供でも扱うようにお尻ぺんぺんするモモン。
だが、レベル100のパワーで繰り出されるお尻ぺんぺんは骨盤を砕く威力だった。
肉体の要と書いて「腰」である。ぎっくり腰やヘルニア、あるいは腰が抜けた経験がある人なら分かるだろう。闘争も逃走もない。立ち上がることすら、はるか遠い。
「……なんということだ。あのクレマンティーヌが子供扱いとは。
こうしてはおれん。逃げねば――」
「どこへ行くのかしら、ムシケラ」
カジット・デイル・バダンテールは逃亡に失敗した。
骨の竜で調子に乗る暇もなかったので、ナーベラルは最短最速で役割をこなすことにした。スッと行ってドスッである。こういう方法で殺すこともできますよを地で行く。
だが当局に引き渡された2人は、翌日までに姿を消していた。どこの誰がこっそり連れ出したのか、真相は闇の中だ。武王と戦う魔導王の手によく似たスティレットがあったりするが、関係ないのだろう。たぶん。きっと。おそらく。
◇
セバスとソリュシャンが盗賊と接触。
道中でシャルティアと合流して「死を撒く剣団」と対峙する。
だが探知系の能力を持つシモベがいない構成で挑んだシャルティア。アジトの前の落とし穴に、吸血鬼の花嫁がズボッと落ちる。
そこへ「伝言」が届いた。
『アルベド様からですぅ。
だから『よく考えて』と言ったのに。『転移門』を開きなさい。エイトエッジアサシンを送るから。
以上ですぅ』
恐怖公の眷属が状況をモニターしていた。
「ぐぬぬ……癪でありんす」
シャルティアは渋い顔をした。眉間にシワを寄せて、下唇を突き出した。
アルベドとの正妃争いは、余裕を見せつけるように受け流されている。シャルティアが何を言っても「そう。頑張りなさい」と子供を応援する母親のようなことを言われるのだ。
なんでそんなに余裕ぶっているのか尋ねたら、「モモンガが愛している」と設定されているのだから、愛されているのは自分だという。ぐうの音も出なかった。
NPCとして有能だから愛されていると理解したくせに、そんな時だけ都合よく女性として愛されていると解釈するのだから、このアルベド、原作とそう変わらない。
とにかく、そんなわけでシャルティアはもうアルベドと張り合ってもうまくいかないと学習しつつあった。
「はぁ……確かに考えが足りなかったようでありんす。
――【転移門】。
エイトエッジアサシン。あの洞窟にいる連中を逃さず捕まえるのに協力しなんし」
アルベドにしてやられたようで癪だという感情を、アルベドに向けても仕方ないからと別の方向へ捻じ曲げ――もとい、曲がっていたそれをまっすぐに伸ばした。1周回ったともいう。
恥じるべきは、人間ごときと侮った己の油断であり、考えろと言われても考えが足りなかった己の不明である。
かくて血の狂乱は発動せず、シャルティア洗脳イベントは回避された。
◇
アインズは悩んでいた。
「スクロールの素材が足りない」
司書長の実験では、現地のスクロールに使われている羊皮紙では、第1位階の魔法しか込められないことが分かった。
だが現地人はそれに第3位階まで込める方法を編み出している。真似すれば同じ事ができるかもしれないが、方法が秘匿されているため真似できない。しかもわざわざ手間をかけて秘匿情報を暴いたところで、第3位階……ナザリックで役立てるには弱すぎる。
「やはり、より上位の素材が必要か……」
「では提案がございます」
アルベドが言った。
「聞こう」
「ひとつは近くに発見したリザードマンの集落を支配下に置き、その皮を使うことです。まずは有用かどうか調べてみなければなりませんが、有用である場合、生産量を増やすためにリザードマンの個体数を増やさなくてはなりません。
つまり扱いは家畜になりますが、そうすると『家畜化現象』が起きて皮の質が落ちる可能性がございます」
「家畜化現象……」
「はい。攻撃性が低下し、主人あるいはその同族に対して懐きやすくなるとともに、外見もそうした変化を象徴するように変化する……狼が犬になり、イノシシが豚になったのと同じように、野性味を失って『強さ』も失われる可能性がございます。
皮としての価値は『強さ』――すなわち野生の厳しい環境で磨かれるレベルに依存する可能性がございますので……」
「それでは意味がない、か……。
だが『ひとつは』と言ったな? 他にも案が?」
「2つめの提案は、ナザリックのレベル100のNPCから皮を剥いでみることです」
「お、お前たちの皮を剥ぐというのか!?」
「より上位の種族ほど素材として高品質という傾向がある以上、種族レベルの高い者の皮は試す価値があるかと。
殺害するわけではありませんから、ペストーニャの魔法で治りますし、損失はありません」
「いやいやいや……! 痛いだろう?」
「戦闘でお役に立つためにダメージを受けるのと何が違うのでしょう?」
「違うだろう!?」
「誰にやられるか、だけの違いですわ。
むしろ、敵にやられては恥ですが、モモンガ様に身を捧げるのなら誉です」
「お、お前たちの忠誠はありがたく思うが、私はお前たちに傷ついてほしくはないのだ。そのためのスクロールなのだからな。だから、その提案は却下する。いいな? やるなよ? 絶対やるなよ? フリじゃないからな? 絶対だぞ?」
作ったとて使いにくいわ、そんなもん!
アインズは心の中で突っ込んだ。
本当に作って持ってきてしまったら、無下にするのも……と受け取るだろうけども。
「では第3案ですが、素材の開発を始めましょう」
「うむ……開発か」
「継続的にリザードマンの集落を攻撃して勝利させ、レベルが上がったところで殺害して、戦闘のどさくさに紛れて収穫……さらにリザードマンの集落に蘇生魔法の使い手を送り込み、蘇生させて再利用すれば、その個体が寿命で死ぬまで何度も素材を得られます。
また、並行してリザードマン以外の皮……いえ、シート状の素材になるものは全て試していきます。植物系モンスターを素材にしてパピルスや経木、あるいはパルプ紙を作った場合も試してみましょう。そこに骨粉を混ぜた場合どうなるかも調べてみます」
パピルスは植物の茎を薄く割いて縦横に並べただけのもの。
経木は、木を削って薄いシート状にしたものだ。たこ焼きの器とかに使われているアレである。
「なるほど。植物と骨粉は生産効率が良さそうだな。植物を育てるならマーレにやらせてみるか。自然湧きするモンスターを使えば、経費もゼロで済む。
素晴らしいぞ、アルベド!」
「成果が出るまでに時間がかかります。リザードマンの集落への攻撃と合わせて、同時並行で進めましょう」
「うむ。そうだな。
ではそのように頼む」
リザードマンのパワーレベリングが決定した。
原作よりはだいぶ犠牲者が減る見込みだ。個体数を減らせば収穫量が減るので、適度に手加減される。収穫以外では、怪我はさせるが殺しはしない。これによって後方で回復魔法に専念する個体のレベルアップも図る。
適当なタイミングでコキュートスとペストーニャを派遣し、それぞれの技術指導をおこなう。
◇
「助けてほしいですか?」
リ・エスティーゼ王国の王都に滞在し、情報収集を行っているセバスとソリュシャン。ある日、スクロールを購入した帰りに街中を探索していたセバスは裏路地に入り込む。そこで、人目をはばかるように奇妙な布袋が捨てられるのを目にする。その中に詰められていたのは、痛々しい姿の女性だった。救いを求める声に応えたセバスは彼女を屋敷に連れ帰り、ソリュシャンに治療を命ずる。
そして、そんな不潔な環境であれば、ゴキブリの1匹や2匹、居ないほうが不思議なのだ。
「アインズ様にご報告を……」
「いえ、その必要はありません。
この程度のことでアインズ様のお手を煩わせるのは――」
「セ~バ~ス~!」
突如「転移門」が開いて、アルベドが現れた。
その横にシャルティアも。
2人そろって完全武装だ。
「こ、これは、アルベド様にシャルティア様。
突然のご来訪、それにその装備は……いったいどうしたことでしょうか?」
「お黙りなさい。何が『どうしたことでしょうか』よ? それはこっちのセリフだわ。王都にいて八本指の存在も調べたというのに、不用意にその一部へ介入しておいて報告をしないとは、どうしたことかしら?」
「セバス。おんし、アホでありんすか? それとも裏切るつもりでありんすか?」
「う、裏切るなど、滅相も……!」
セバスは慌てて跪いた。
ナザリックという組織を代表して現れたのだと理解して。
つまりそれは、ほとんどアインズの名代として来たのと同義だ。
その頃ナザリックでは、ユリとエントマが「伝言」を使い、アインズとアルベドにそれぞれ繋いでいた。アルベドの発言から現場の状況を知ったエントマが、隣にいるユリに報告し、ユリがアインズに「伝言」で伝えるという状態だ。これによってアインズはリアルタイムに状況報告を受けていた。
そうしてアインズは、セバスの心理を正確に見抜き、その場へ乗り込むことにした。
「そこまでで良い」
アルベド以外のNPCたちにとっては突如のこと。「転移門」からアインズが現れた。
即座に全員が跪く。
「我々は悪のギルドだ。
しかし、セバスを含む幾人かのNPCたちは善良な存在として創造されている。
だから、己の善意に従って人を助けたなどという事は、悪のギルドの方針と合わない。イタズラをした子供と同じ。見つかったら叱られると思って隠したのだろう?」
「は――」
「ああ、いや、答えなくて良い。
報告の重要性はこのあとアルベドからみっちり叱られておけ。
だが他に、私からひとつだけ伝えることがある。
もしお前が、私に報告して『処分しろ』と命じられたら自身の正義感との間で板挟みになってしまう……などと恐れたのならば、私はいささか悲しい。いや、恥ずかしいというべきか」
「……?」
「セバス。お前のその正義感は、創造主たるたっちさんから受け継いだものだ。
私がそれを許さないほど度量の狭い主人だと思われたのなら、私の努力が足りていないという事だ。すまなかった」
ぼんっ! と音がするほどの勢いで顔を真赤にしたセバスは、深々と平伏した。
恥じるべきは主人を信じきれなかった己のほうだというのに、それを主人に指摘されたばかりか悲しませ、しかも逆に謝られてしまった。立つ瀬がないにも程がある。これはどんな説教よりも強烈に効いた。
創造主から受け継いだものだと言われたことも嬉しく、そして恥ずかしい。そんな創造主たちのまとめ役だったのだから、すでに度量の広さは示されていたというのに。
「アルベド。セバスには報告・連絡・相談の重要性をよく説明しておきなさい。
だが説教はそこそこで良い。
それよりも、状況は少しばかり変わった。八本指はセバスが拾った女からこちらをたどって接触してくるだろう。デミウルゴスとよく相談して、私へ報告を頼む」
ではな、とアインズは去った。
立ち上がったアルベドとシャルティア、そしてソリュシャンが、セバスを見下ろす。
未だに平伏したまま肩を震わせるセバス。
その心理を読み取り、アインズの言葉を思い出して、3人は感心した。
「さすがはアインズ様ね」
「たしかに説教はそこそこで良さそうでありんす」
「あのように言われては、何よりも効きますわ」
◇
「わぁ……!」
最古図書館。
司書長が新しい紙を使ってスクロールの作成実験をするのを、マーレが見物していた。その紙の素材となる植物を育てたのはマーレであるがゆえ、どのような結果になったか見ておき、さらなる改良に役立てようという勤勉さの現れだった。
「第2位階魔法の封入に成功……素晴らしい。確かな前進だ。
おめでとう、守護者マーレ。これは君の成果だ」
「だ、第3位階以上の魔法はどうなんでしょう?」
「試してみよう」
結果、第3位階の封入は無理だった。
マーレと司書長は、紙の性質について話し合った。
「なぜ失敗するんでしょう? だって現地人は現地の羊皮紙に第3位階まで込められるんですよね。技術はナザリックのほうが上のはずでは?」
「技術的な相性の差というべきだろう。ナザリックの製法は、完璧な羊皮紙を前提としている。だが現地の製法は、劣悪な羊皮紙を前提としている。
ザルに物を入れるようなものだ。魔法を豆粒のようなものだと思うといい。現地の羊皮紙は目の粗いザルで、そのままでは豆粒が落ちてしまう。だから現地の製法では、ザルに粘着液を塗布するような工程を挟んでいると推測される。
だがナザリックの羊皮紙はもともと目が細かいので、そのような工程は不要なのだ。まさにその粘着液を塗布するような工程を、君の工夫で目の細かいザルを作ろうとしているわけだな」
「骨粉では粘着液として不十分だった、ということですね」
「そうかもしれない。骨粉はどれだけ細かく砕いても粉だ。紙に混ぜ込むという意味では、繊維の隙間へ溶け込む液体のほうが適する可能性がある。
それに、植物性の紙ではそもそも目が粗すぎるのかもしれない」
「たとえば10枚重ねたらどうでしょうか?
それに、目の粗さでいうなら、パルプ紙よりも経木のほうが適切かも……」
「効果はあるだろうが、巻物として『巻く』のが難しくなる。特に経木は、無理に巻くと折れてしまう」
「あ、そうか……。
なら、粘着液のほうを工夫しないと。液体かぁ……」
「ポーションはどうだろう? 魔法との親和性は高そうだ。
ナザリックのポーションを使うのでは開発目的に合わないから、現地のポーションで試す必要があるが」
「そうですね。劣る素材でも濃縮すれば効果が高まるかも」
飲むには適さないひどい味になるだろうが、飲むわけではないので問題ないだろう。ちょうどそんな無茶な注文を引き受けてくれそうな薬師が、エ・ランテルからカルネ村に移り住んだばかりだ。
◇
八本指の拠点を襲撃。さらにヤルダバオトが王都を襲う。
そうしてナザリックは王都から大量の物資を手に入れたが、拉致する予定だった人間はほとんど拉致しないまま終わった。
なぜなら――
「第4位階のスクロール作成に成功しただと!?」
「は、はい! カルネ村のンフィーレアに濃縮ポーションを作らせ、経木を浸してみたところ、成功しました」
「素晴らしい! 素晴らしいぞ、マーレ!
アルベド。デミウルゴスの研究では、例の羊の皮では第3位階までだったな?」
「はい、アインズ様。仰る通りです。
ただちに濃縮ポーションの量産体制を構築いたします。
マーレは、引き続きより上位の魔法を封入できる素材の開発を。それと第4位階に耐えられる経木の量産体制も考えてもらえるかしら?」
「は、はい。お任せください」
「頼むぞ、2人とも。
良い知らせだった。ご苦労、マーレ。
それにアルベドもな」
「私ですか?」
「そもそも素材開発を提案したのはお前だろう? 植物系モンスターを使うという原案もお前が出したものだ。私は忘れていないぞ」
「恐れ入ります。
ですが実際に作ったのはマーレですので」
「もちろんだ。何か褒美でも考えておかねばな」
そのような流れで「羊」は不要になったのだ。
そもそも継続的な資源獲得を考えるなら、わざわざ殺して個体数を減らすのは愚策である。放っておけば勝手に死ぬのだから、こっそり墓荒らしでもすれば十分に事足りる。
上位アンデッド創造に耐えられる素材は見つかっていないし、中位アンデッド創造は1日12体まで、そして下位アンデッド創造なら自然湧きモンスターで代用できる。急いで大量に死体が必要というわけではないのだ。
◇
マーレが成果を出してから間もなくのことだった。
濃縮ポーションというアイデアから何か見つけたのか、ンフィーレアが紫色のポーションを開発した。
さらに、東の巨人グの徴兵から逃れてきたゴブリンのアーグが、たまたま森の中で薬草の採取を行っていたエンリ達に助けられ、カルネ村に入ることになった。
そして、これらの動きは監視を任せたはずのルプスレギナからは上がってこず、広域偵察のために放っていた恐怖公の眷属から上がってきた。
これを受けて、アルベドはこっそりルプスレギナを呼び戻した。
「あなた何を考えているの? アインズ様を失望させるつもり?」
「え? は……? え……?
あの……何の話っすか?」
本気で分からないという顔をするルプスレギナに、アルベドは大きなため息をついた。
と、そこへノックが。
「アルベド。ここにいるか?」
「アインズ様。どうぞお入りください」
「邪魔するぞ。ん? ルプスレギナ?」
「ようこそお越しを。
ほら、ルプスレギナ。ちょうどいいから、報告なさい」
「???」
「カルネ村で起きた『報告すべき事案』が2つあるでしょう?」
「???」
「ンフィーレアが紫色のポーションを開発したことと、東の巨人が何やら動いていることよ!
ルプスレギナ。あなた、何のためにアインズ様がカルネ村の監視をお命じになったのか分かっているの?」
「「あー……」」
アインズとルプスレギナの声が重なる。
一方は、ナーベラルと比べて「こいつもかー」という声で。
もう一方は、「あの程度の件を?」という声だった。
そして、すべてを察したアルベドは、頭痛をこらえるように頭へ手をやった。
「アインズ様はブリタとの一件で優秀な薬師をあぶり出し、ンフィーレアを見つけ、わざわざ手間をかけて救ってやり、カルネ村に移住させてポーション開発の研究に専念させたわ。
その意味が分かるかしら?
ナザリックの物資は現状、補充する手段がないからよ。外の世界のポーションは青色で、性能はひどく劣るもの……完全ではないにせよ、代替品として使えるかもしれないレベルのポーションを開発したなら、報告するのが当然でしょう。
そのための監視なのよ?
研究しているンフィーレアと、それをカルネ村に縛るためのエンリおよびリイジーは守らなければならないの。それを理解せずに監視していて、何を見るつもりだったの? あなた、アインズ様がこれまでなさってきた事を無にするつもり?」
「は、はい……こちらがンフィーレアが開発したポーションです」
おずおずと差し出すルプスレギナ。
あるんかい! とアインズは心の中で突っ込んだ。
「……つまり、あれか?
目的を理解せずに任務に当たっており、分からないことを相談せず分からないままにした挙句、報告すべき状況が発生しても報告しなかったと」
ぐうの音も出ない状況に、ルプスレギナはうつむくしかなかった。
その様子を見たアインズは、鷹揚に頷いた。
セバスという前例はあったが、それは報告の必要があると承知の上で隠そうとしたものだ。そもそも相談や報告の必要があること自体を認識していないというのは、それに劣る。
「ナザリックの者たちが、まさかそのような事はあるまいと信じているが。
もし本当にそのような事であれば……非常に効果的だな、ルプスレギナ」
「こ、効果的……?」
「私を失望させるには、非常に効果的だとも」
「っ……!」
ルプスレギナは青顔をして震えだした。
アインズは背を向けて歩き出す。
「も、申し訳……!」
――バタン。
アインズが自ら部屋を出ていく。
ここへ来た目的も果たさぬままに。
謝罪の言葉も届かぬままに。
叱責もない。
罵倒もない。
処罰もない。
かつて存在した40人と同じように、ただ静かに去っていく。
そのあまりに象徴的な光景は、アルベドの顔色も悪くなるほどだったが――
『アルベド。私だ。応答はするな。ルプスレギナには反省を促したい。
だがお前は知っておけ。私はお前たちを愛している。良いな?
それともう1つ。よく気づいてくれた。頼りにしているぞ』
己の説明不足も原因だったと内省したアインズは、密かにアルベドへ「伝言」をつなげた。
◇
東の巨人と西の魔蛇を下し、カルネ村を襲わせてルプスレギナへのテストを実施。
それが終わったら、帝国のワーカーたちをナザリックに引き入れ、「侵入者を送り込んだ」と帝国に難癖をつけてナザリックを表に出そうという計画が動き出す。
エルヤーは死んだ。エルフたちは保護された。
「ヘビーマッシャー」は捕まり、「竜狩り」は死んだ。原作通りだ。
そして「フォーサイト」は――
「まずは謝罪をさせていただきたい。アインズ・ウール……殿」
「アインズ・ウール・ゴウンだ」
「失礼。アインズ・ウール・ゴウン殿。
この墳墓にあなたに無断で入り込んだことは、謝罪いたします」
「お前たちはアレか? 家の食べ物に蛆が湧いたとき、殺すのではなく外に優しく解放するような事をするのか?
いや、蛆は産み付けた親蠅が悪いと言えなくもないが、お前たちは違う。金銭欲というくだらない欲望を満たすために、この墳墓を襲撃した」
「もし、許可があったとしたら?」
「くだら――」
ズドン!
いつの間にか完全武装したアルベドが飛び込んできて、ヘッケランにバルディッシュを突きつけた。
「帝国全域はすでに調べてあるわ。
ヘッケラン・ターマイト。『フォーサイト』のチームリーダー。元は商家の四男で元々は冒険者を目指していたが、金好きな性格のためワーカーになった。同じチームのイミーナとは恋人同士。
ロバーデイク・ゴルトロン。信仰系魔法詠唱者。元上級神官で、神殿界隈における様々なしがらみに嫌気が差してワーカーになった。孤児院に報酬の一部を寄付している。
イミーナ。半森妖精のレンジャー。言葉遣いと酒癖が悪い。弓の扱いに長ける。ヘッケランとは恋人同士。
アルシェ・イーブ・リイル・フルト。第三位階魔法を使える魔力系魔法詠唱者。相手の魔力を、使用可能な最大位階も含めて見抜く事が可能な『生まれながらの異能(タレント)』を持つ。没落貴族の娘で、未だに現実を受け入れず浪費し続ける両親に嫌気が差して、妹達を連れて一緒に暮らそうと考えている。チームからは妹分として大切にされている。
もっと詳しく読み上げましょうか? 嘘をついてバレないなんて、考えないことね。無駄にアインズ様の御心を煩わせるなら、死ぬだけじゃあ済まなくなるわよ」
「…………」
名乗っていない名前から経歴・家族構成まで、何もかもバレている。
人質を取られたも同然だ。「フォーサイト」の面々は、愕然として力なく崩れ落ちた。
「真実あなたたちは金銭欲のために来たのでしょう?
そこのアルシェが親のせいで借金まみれだから。
困っている仲間のために協力したのよね? 美しい友情だわ」
肯定するような言葉に、僅かな希望を感じて、「フォーサイト」の面々は顔を上げる。
だが、見上げたアルベドの姿は、鎧越しでも分かるほど怒りに満ちていた。
「だからといって他人の家から奪って良いという理屈にはならないわよね?
それをやったのだから、あなたたちはワーカーではなく強盗団だわ。アインズ様が仰った通り。あなたたちは強盗団に襲われた時、殺すのではなく外に優しく解放するような事をするのかしら?」
蛆のたとえでは、わざわざ殺すよりも捨てるだけだ。それは「優しく解放する」のとほぼ同じ。
だが強盗のたとえでは、身にしみて分かった。これまでも護衛依頼などで対応したことがあるからだ。
「不思議ね。
なぜあえて危険で強大な相手を狙うのかしら。
金銭がほしいなら、わざわざ遠出をして危険に飛び込まなくても、近所の家でも襲えばいいものを」
呆れたように言うアルベドの言葉を、「フォーサイト」は不思議なくらいすんなり受け入れた。
言われてみればその通り、と。
ここまで強大な相手だったとは、事前に知る由もないのだが。
◇
この先はナザリックの誰かが損失を生じるような行動を起こすこともなく、ゆえにアルベドが原作と違う動きをする理由もない。
ジルクニフは謝罪のためにナザリックを訪れ、国として認め、同盟を結び、その所在地をナザリックの国土であると主張して、王国に通達――例年の通り宣戦布告することになった。
ナメてかかる貴族たちに、アインズの実力の一端を知るガゼフは警告したが、その声は届かない。バルブロはカルネ村へ派遣され、やらかして撃滅され、覚醒したエンリ大将軍は5000のゴブリン軍団を手に入れた。
そして、「黒き豊穣への貢」は実行され、ガゼフも死亡する。
「な、7万……!? バカな……7万を一撃だと?」
「その魔法は、続いて5体の巨大なモンスターを召喚し、王国軍を壊滅。
そしてゴウン閣下自ら王国戦士長ガゼフ・ストロノーフを一騎討ちにて討ち取ったそうです。
わ、我が軍の被害は警備なれど、混乱はなはだしく――」
「ヒ、ヒ、ヒ……ヒッヒッヒッ……!」
能力の上限を見極めてやろうと思ったら、城だと思った相手は山だった。
ジルクニフはもはや笑うしかない。
20万の王国軍の、その3分の1ほどを一撃で殲滅するなど、もはや「強力な個」というより「単一の災害」である。死者7万とか激甚災害でしか聞かない数字だ。
◇
ガゼフを失って意気消沈したランポッサは、カーテンを締め切った部屋に閉じこもっていた。
バルブロはまだ戻らない。もはや生存は絶望的だ。
ザナックの励ましも、その耳には届かないようだ。
所変わってエ・ランテル。
その住民たちも、ランポッサのように家の中へ閉じこもっていた。
それは敗戦に意気消沈したからではなく、おぞましくも荘厳なアンデッドの行列を迎えたからだ。
そして、なぜかそうするのが正しいと思った、と述懐する子供が、行列へ石を投げた。
「アインズ様に対する不敬、万死に値する」
「子供が石を投げた程度で乱暴だな。嫁の貰い手がないぞ」
「お前に言われても嬉しく……んんっ。アインズ様に無礼を働いたものには、子供も大人も関係ありません。すべてことごとく死になさい」
「それは俺が許さない! といったら、どうする?」
「この地を統べる王への反逆とみなし、潰します」
「そうか。しかし、この俺の命が容易く取れると思うなよ!」
という小芝居を挟んで、冒険者モモンを緩衝材に仕立て上げる。
「監視者として侍れということか」
「あなたが剣をアインズ様に捧げないというのであれば、危険人物としてここで殺すわ。どれだけの人間が巻き添えになるとしても」
「わかった。受け入れよう。
しかし、この町の人間を無意味に傷つけるような事をしたときは、この剣がお前たちの首をはねると覚えておけ」
冒険者モモンの存在が住民の不安を抑え、モモンへと情報を集め、団結することで外部からの干渉も弾く。
最初からここまで計画していたのかと感心しきりのアルベドとデミウルゴス。
「お前たちは私の大切な友人たちの、子供のような存在だ。
陛下などという堅苦しい敬称は不要。今まで通りアインズと呼んでほしい」
建国という華々しい舞台の片隅で小さく語られた真実――モモンガが愛している。
記載されていないその理由は。
アルベドの予想は――優秀なNPCだから、であろうというのは――間違っていた。
予想よりもっと良い方向に。
「畏まりました、アインズ様」
アルベドはその名を呼んだ。
設定によらず、転移後に育まれた感情を込めて。
「ついにナザリックが表に出るときが来た。
私はここにアインズ・ウール・ゴウン魔導国建国を宣言する!」