戦うために作られたアンドロイドとそれを制御するために作られた改造人間のお話。

1 / 1
おはよう僕の天使

「おはよう!」

僕は目を閉じて口角を上げ、今の今までスリープしていた目の前の個体に声をかける。すると’’それ’’は顔を歪めて僕が差し出した手を払った。

「はぁ…」

ため息をつきながらも体を起こしてくれたことで首に刻まれた番号が目に入る。なるほど、E-1190か。僕より番号が若いということは僕よりも古いのかな?僕がそんなことを思考していると、E-1190はゲーミングチェアの上で足を組みカルテをめくっている人間に尋ねた。

「センセイ、コイツなんて名前?」

僕のことは僕に聞けばいいのに。そう思い人間が口を開く前に僕が答える。

「E-1250だよ」

僕がそう言うとE-1190は一瞬だけ目を釣り上げたがすぐに表情を戻し、浅いため息をついた。行動の意図が理解できない。まだ目が覚めたばっかりだからかなあ。

「ルイスだ」

僕が首をひねっていると代わりに人間が答える。ルイスとは僕のことなのだろうか。E-1250は名前じゃなかった?いや、そんなことはない。だってそれだけは覚えていたから。

「…そう、よろしくルイス」

E-1190は僕に向き直り、手を差し出した。表情も変えずに。というかさっき僕が出した手は振り払ったというのに自分からは求めるんだ。まあ別にいいけどね。

「よろしく、E-1190!」

「その名前で呼ぶのはやめて」

僕が挨拶を言い終わるやいなや、E-1190はそう言い放った。そして口角を上げたかと思うと、僕の手を握る手に力がこもった。

「リリカって呼んで」

僕の目の前に立つE-1190、もといリリカは僕に言い聞かせるように言った。その何とも言えぬ圧に押された僕が反射的に頷くと、リリカはふっと息を漏らして目を伏せた。

「君はいつもそれにこだわるねぇ」

センセイと呼ばれていた人間が目を細めて楽しそうにこちらを見ている。何か嬉しいことでもあったのだろうか?

「……クソが」

リリカはそう吐き捨て軽く舌打ちをするとドアの近くにある機械に手をかざして部屋から出ていった。

「さ!今回も始めるか」

人間はぱんっと両手を合わせると僕の方を見て笑顔を浮かべた。そうだ、笑顔。なんで忘れていたんだろう?

「まず、君は起動したばかりでまだデータを移しきれていない。だから分からないことがあれば何でも僕かリリカに訊くといい」

そういうことか。ようやく合点がいった。さっき’’笑顔’’という概念を急に思い出したのも、データ移行が完了したからだったのか。僕が納得したようにうんうん頷いていると人間は困ったように笑って言った。

「本当に聞いてる?まぁいいか」

人間はカルテをパラパラめくると何かを書き入れていく。早速僕は先ほど勧められた’’質問’’をした。

「何を書いてるの?」

「んー?これはね、君のことを書いてるんだよ」

「僕のこと?」

「うん。君のデータが僕の研究に役立つんだ」

役に立つ。なんだかそれは嬉しい気がする。僕は嬉しさを表現するために笑顔を浮かべた。そうすると人間は笑顔を返してくれる。

「それと、僕のことはセンセイと呼び敬語で話しなさい」

「センセイ?」

「そうだ、リリカも呼んでいただろう?」

「でも、リリカは敬語を使っては…」

「あぁアレも最初は僕に懐いていたんだがね、近頃は敬語すら使わなくなってしまった」

「なぜですか?」

「反抗期かな」

なんだかはぐらかされたような気がしたが、センセイはそれ以上話すつもりはないようだった。仕方がないので僕は違う質問をする。

「センセイは何の先生なのですか?」

僕がそう訊くとセンセイは首を傾げた。

「まぁ、世間一般で言うところの研究者かな?」

「何の研究ですか?」

僕の質問を聞くと、センセイの目から光が消えたように見えた。

「君が知る必要はないよ」

それまでとは違う雰囲気のセンセイに何を言おうか僕が迷っていると、部屋のドアが開いた。

「もういい?」

入ってきたのはリリカだった。どうやらこの家には僕とリリカとセンセイしか住んでいないらしい。

「…あぁ、いいよ連れて行ってくれ」

センセイは頭を抱え深いため息を一つつくと、動物を追い払う時のように僕に向かって手を振る。それを見たリリカは嫌な顔をして僕の手を掴むと、僕を引きずるようにして部屋を後にした。

 

リリカは歩きながら、あの人の言うことには耳を貸さないほうがいいなんてことをずっと僕に言い聞かせた。僕がどうして?と訊いても明確な理由は返ってこなかった。二人には言えないことが多いらしい。

「ここがあなたの部屋」

連れて行かれたのは二段ベッドに小さな机と二つの椅子、そして庭を覗くことのできる小窓がある小さな部屋だった。

「僕はリリカと一緒に寝るの?」

「…そう」

「へー、じゃあ今日からルームメイトだ!」

僕がそう言うとリリカは少し驚いたような表情を浮かべた。そしてぶつぶつ独り言をもらす。

「こんなのセンセイの趣味じゃなさそうなのに…」

唯一聞き取れた言葉がそれだった。僕はリリカが何のことを言っているのか分からなかったが、尋ねたとしてもさっきのように答えてくれないような気がしたので質問するのはやめておいた。

「場所は覚えた?」

「うん!」

「’’お仕事’’が終わったらここで寝るのよ、いい?」

「お仕事って何?」

これは必要そうなので訊いておく。僕は賢いからいる情報といらない情報の区別がつくんだ!

「…あの人と何を話してたの?」

「えー?センセイに聞いたのは、何だっけ?あ、敬語で話せって言われたような…」

おかしいなあ。今さっきの出来事のはずなのに記憶が曖昧だ。どうにかして思い出せないかと自分の頭を叩いてみる。当然何も起きなかったけど。

「それ、やめて」

そういってリリカは僕を制した。その表情から読み取るに、怒っている気がする。

「僕、痛くないよ?」

「それでも」

リリカはまだ怒っている。いや、これは焦ってる?どういう感情なんだろう?

「分かった、もうやらない」

僕はそう言って両手を掲げてみせた。僕なりに誠意を示したつもりだったけどリリカはまだ疑ってるみたいだ。どうしたら伝わるかな?あ、そうか。

「リリカのために、もうやらない」

「!」

僕は精いっぱいの笑顔を作ってそう言ってみた。でも、あれ?リリカ固まっちゃった。間違えたかな僕。

「そ、そんなことより仕事よ仕事!」

そう言うリリカは顔を赤くさせていた。器用だなあ。そう言ったらリリカは怒るかな?リリカを怒らせたくはないな。

「お仕事って何すればいいの?」

首を傾げて僕が問うとリリカは苦虫を噛み潰したような顔をして心底言いたくなさそうにその言葉を口にした。

「戦うのよ」

「何と?」

「…着いてきて」

さっきまで紅潮していたリリカの頬はいつの間にか色をなくしていて、その目からは光が消えていた。それに気付いた時、少し胸が締め付けられるような心地がした。そんなわけないのに。

 

「あれが敵」

リリカが指を差した先にはところ構わず銃を乱射するロボットたちがいた。建物だったものが見えることから、かつて人が住んでいたということは見て取れる。だが今となってはほとんどが崩壊し、そこはロボットたちの戦場となっていた。人間はいない。ロボットは僕の仲間のようなものだけれど、彼らには意思が感じられなかった。完全自動化されたただの破壊兵器。それらが轟音を響かせながら動き回っている。彼らは何のために戦っているんだろう?

「あいつらは何か悪いことでもしたの?」

「人間を殺した」

「それは悪いこと?」

「…どうかな」

それだけ言ってリリカは自分を嘲るように笑った。笑うのは楽しい時だけかと思っていたが、そうでもないらしい。

「戦うのはルイス、私はあなたの電池」

リリカはまるで何度も練習したセリフをなぞるかのように僕にそう言った。僕は意味がわからなかったのでリリカに尋ねた。

「戦っているとバッテリーが減る。それを私が充電するの」

「バッテリーの減りってリリカに分かるの?」

「分かるわ。私には何もかも」

リリカは寂しそうに言う。あぁ、そんな顔しないでほしい。僕のないはずの心が痛むから。これもプログラムされたものなのかな?

「リリカは僕の天使様だね!」

「…は?」

何とか励まそうとしたけど失敗した?リリカは口を開けたまま硬直してしまった。反応を確認するためにリリカの目の前で手を振ってみるとまだ困惑しているのか、リリカはまばたきをして僕の目をじっと見つめ返してきた。

「どういう意味?」

「だってリリカがいないと僕は充電が切れて動けなくなっちゃうんでしょ?」

「…大げさ」

「そんなことない!僕はリリカがいなきゃ生きられないんだから」

僕がそう言うと、リリカは深く息を吸ってゆっくりと吐きながら顔を両手で覆った。

「そんなこと初めて言われた」

リリカはぼそっとつぶやいた。僕はその言葉の意味を尋ねようとしたが、僕よりもリリカの方が口を開くのが早かった。

「次は着替えの部屋に案内するわ、着いてきて」

リリカは無理矢理気分を切り替えるように僕の手を掴んで強引に引っ張っていった。

 

「似合ってる?」

「うん、よく似合ってる」

僕に渡されたのは肌にピタリと合うように作られた着心地抜群の衣装だった。ベースの色は白で差し色に僕の髪色と同じ青が入っている。上はシャツのみ、下はタイツに短いスカートというスタイルで装飾はあまり多くない。動作の確認も込めてその場でジャンプしているとリリカがふっと笑った声が聞こえた。

「リリカもかわいい!」

「ありがと」

ついでに着て見せてくれたリリカの衣装は僕のとは反対に少し余裕のあるゆったりとしたデザインだった。下に着ている服は僕のとほぼ同じだがその上にオーバーサイズのジャケットを羽織っている。色はベースに白、差し色にはやはりリリカの髪色に合わせた赤が入っている。色は違うが全体的なデザインはおそろいっぽくて嬉しい。本人にもそう言ってみるとリリカの耳が赤く染まった。

 

「おはよう〜」

「…おはよ」

初めて話した日から三ヶ月。僕たちは案外平和な日々を過ごしていた。相変わらず敵はいるけれど、お仕事は大体午前中には終わるし僕もお仕事を楽しんでいる。リリカはあまり仕事が好きじゃないみたいだけど。

「今日もお仕事頑張るぞー!」

「毎日毎日、嫌にならないの?」

「全然!だってそんなプログラムないし」

「…っ、そう」

リリカはたまに辛そうな顔をする。原因は僕にあるのだろうが、それが僕にはよく分からない。だからそんなときは優しく抱きしめておく。

「大丈夫だよ〜」

「何、それ」

そうするとリリカは笑ってくれる。僕はそれが何よりも嬉しかった。

 

「今日の敵は三体。銃しか使ってこないし、ルイスなら余裕で倒せる相手」

「りょーかい!」

それを聞いた僕は目の前の敵に駆けていった。お仕事は好きだが、それよりも僕はリリカと遊ぶ方がもっと好きだ。今日はいつもより敵も少ないし、ちゃちゃっと終わらせよう。

僕がロボットと距離を詰めると、あっちも僕の存在に気が付いたようで体をこちらに向けて銃を構えてきた。瞬間、銃から弾丸が連続で放たれる。僕はそれを走りながら避け、ロボットの頭に右手をついた。ついた右手に力を込めてハンドスプリングの要領でロボットの頭上を一回転し、飛び越える。そして背面にあるロボットのコアをナイフで一突き。するとロボットは動きを止め、途端に鉄くずになる。自分がこうなることを思うと恐ろしい気もするが、今はそんなことを考えている暇はない。次のロボットが僕の方へ向かってきている。

「モクヒョウ、ハカイスル」

「喋るタイプか〜」

中には喋るロボットもいる。はじめの方は僕から話しかけてみたりもしたが、意思を持っているわけではないようでちゃんと返事が返ってきたことはない。一度会話に気を取られて怪我をしたので、それ以降ロボットとの会話はリリカに禁止されている。

「ハカイスル」

そんな記録に思いを馳せていると、ロボットが目の前に迫ってきていた。僕はロボットの銃口に向けてナイフを投げ、攻撃手段を封じる。そうするとロボットは一度動きを止めてなんとかナイフを外そうと奮闘し始めた。あぁ可哀想に。もう無理なのになあ。

「ごめんね」

僕は腰に下げたホルスターから手に取ったピストルの照準をロボットのコアに合わせ、一発の弾丸を放った。それは狙い通りにコアを破壊し、ロボットは機能を停止した。…一言だけだし、これは会話には入らないよね?

「さて、三体目はどこかな〜?」

リリカによると今日は三体の敵を倒すのがノルマだったはず。なのに三体目が一向に現れない。おかしいな、いつもなら二体目を倒したあとすぐに向かってくるはずなのに…そう思って立ち尽くしていると、家の方向からリリカの声が聞こえてきた。

「ルイス後ろ!」

「え?」

リリカの言葉に反応して、素早く後ろを振り返る。するとそこには今まで見てきたような敵とは全く違う、初めて見るタイプのロボットがいた。というかこれはロボットなのだろうか?どちらかというと人間のように見える。背丈は僕と同じか少し高いくらい。手には大きな鎌を持っていて、まるで死神のような出で立ちをしている。

「ルイス、そいつはヤヌスよ!」

ヤヌス。それは人間が作り出した高度な人工知能につけられた名前だとセンセイが言っていた。そもそもこの戦いは人間の手に負えなくなった人工知能たちの反乱から始まったらしい。でもヤヌスたちはロボットに戦闘を任せてほとんど戦場に出てこないと聞いていたのに、なぜここにいるんだろう?

「こんにちは」

「へ?」

敵に初めて話しかけられた。そうだ、AIは僕たちみたいに会話ができるんだった。あれ?僕たちとヤヌスの違いって何なんだろう?

「早速なのですが、あなたこちら側に加わる気はありませんか?」

「は、はい?」

「あなたは今までの個体より知能が高いようですし、こちら側につけば戦う必要もありません」

突然の情報量に脳がパンクしそうになる。ただでさえ僕は思考が制限されているのに、こんなことを言われたら訳がわからなくなってしまう。僕が自分だけでは処理しきれないほどの思考に頭を抱えていると、リリカがまた叫んだ。

「ルイス、無視して!」

「っ!ありがとう!」

この短い指示。リリカの言葉一つで僕は思考をやめることができる。僕は従順なアンドロイドだからね。

戦いに集中するため、僕は自分の頬を叩いて気合を入れ直す。リリカに見られたら怒られそうだが、それを気にしている余裕が今の僕には無かった。

「どうですか?こちらに加わる気になりました?」

相も変わらず話しかけてくる余裕綽々なヤヌスに舌打ちが出る。いけない、リリカの癖が移ったかな?

「…どうやら平和的解決は無理だったようですね」

「そのとーりっ!」

僕は先手を取って、ヤヌスに二丁の拳銃を向けた。連続で二発撃ち、狙いは外れなかったがすんでのところで避けられた。というか、見切られたという感じだった。

「やっぱり一筋縄じゃいかないかー」

「とても残念です」

AIはそう言って僕に鎌を振りかざした。僕はそれを避けた、はずだったが気付いた頃には左足が切られていた。どうやら僕が逃げた方向へと別の攻撃を仕掛けたらしい。まったくもって見えなかったが。

「あちゃー」

足をやられてしまえば僕は動けない。正直相手は確実に格上だし、動けたところで勝算はないだろう。さっきまでの威勢はどこへやら、もう諦めてしまおうかなんて考えが頭をよぎる。それと同時に何故かリリカの辛そうな顔が思い出された。僕はなんとなく、僕へのバッテリー供給のため動けないリリカの方へ目を向ける。あぁ、あの顔。僕がいつもハグでごまかしてきたあの感情。あれは僕が僕自身を軽んじたときにする表情。なんで今まで気づかなかったんだろう?そしてなんで今気づいてしまったのだろう?

「さようなら」

ヤヌスはそう言ってもう一度僕に鎌を振りかざした。今度は避けることもできない。僕は無意味に力を送り続けてくれているリリカを見つめながら意識を手放した。

 

結局ヤヌスはルイスを壊したあと、私たちに興味をなくしたのかそのまま拠点へと帰っていった。この三ヶ月間のルイスの無茶な戦闘で荒れた戦場に残ったのは、相変わらず役立たずな私とルイスの壊れた体だけだった。

 

「今回も失敗かぁ…」

白々しく男はそう呟いた。

「どうよ、今回の子はかわいかったでしょ?」

「あんたは何がしたいの?」

怒りを込めた声で私が訊くと目の前の男、センセイは「おー怖!」なんて心にもないことを言う。そして次の瞬間には高笑いを始めた。気色悪い。

「相棒が壊れるたびに泣き叫ぶ君があまりにも可哀想だから疑似人格を入れてあげたんじゃない!俺なりの優しさだよ、優しさ」

「…死ね」

私が怒気を込めてそう言うとセンセイは高笑いをやめ、にやっと顔を歪めてこう言った。

「戦争が終わったら殺させてやるよ」

嘘をつけ。私を先に殺すくせに。

「それで?感想は?」

「…兵器に感情はいらないでしょ」

「冷たいなー」

そう言って私を射通す視線には感情なんて微塵も乗っていなかった。冷たいのはどっちだ。

「今回のは趣味が悪すぎ」

「そっかーじゃあ次は何がいいかなぁ…」

そう言ってメモに文字を書き入れているセンセイは心底楽しそうだった。私への嫌がらせを考えるのがそんなに楽しいのだろうか?まぁ、楽しいんだろう。センセイはそういう人だ。こんなヤツを一瞬でも慕っていた時期があるというのは私の人生において最大の汚点である。

「あら、もうおしゃべりしないのー?」

私はセンセイの言葉を無視してベッドに入った。今日はもう何も考えたくなかった。

「おやすみ、リリカ」

私はいつも通り目を閉じる。眠るのは好きではない。起きる頃にはまた聞かなくてはならないから。あの、地獄が始まる合図のような言葉を。

 

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。