カガリ(ポケスペ)→ルビー
カガリ(初代)→ルビー
あたしは選ばれなかった。
無数の流星が空を彩り、天翔ける竜に握られた二人の英雄が地上へと帰っていく。
避難が終わり、日常がまた始まる。
「……やあ、久しぶり。そんなに驚くことはないじゃないか。ほら、あんた毛づくろい上手だったろ? 暇があったら、また頼もうかと思ってね。……またコンテストに出ようと思うんだ。いいじゃないか、カントーから来なよ、ポロック作りもしようか? こっち? もうすっかり落ち着いてるよ――ああ、またね、ナナミ」
ポケナビを切る。今いる場所はシダケタウン、ポケモンコンテストライブ会場。
「うつくしさコンテスト、ノーマルランクに出場ですね! コンテストライブ衣装にお着替えいたしますか?」
「……ライブ衣装……ふふっ。いや、そんなのはないよ。かまわないだろう?」
「はい! それでは頑張ってください!」
そういえばあいつはそんな衣装を着て、ディアンシーというポケモンのマジカルシャインでライブを彩っていた。
頭の傷を隠していたであろう帽子を外し、パンクルックじみたアイドル衣装で、ディアンシーと共に無駄にポーズを決める。
さまになっていた。
隣にはあの少女がいた。
あたしは、選ばれなかった。
……いや、あたしの行方なんざ、知る由もないんだろうけどさ。
また、あんたに"ヤく"なんてね。
「おっと、安心しなキュウコン。集中をきらしちゃいないさ」
かつて私が灰にしたリボンを、再び取りに行くだけ。
「さあ、はじめようか……ほのおのうず!」
「おめでとうございます! ポケモンの魅力を一番アピールできた"カガリ"さんは、次からうつくしさコンテストスーパーランクにポケモンを参加させることができます! つぎのランクにもぜひ参加してくださいね!」
「ああ、そうさせてもらうよ」
スーパー、ハイパー、マスター。あいつとやるために必要なのはあと二つ。
ここからホウエン中を周り、ポロックを作って毛艶と技を磨き、優勝を目指す。
のん気なもんだ。あたしも、ここで暮らしている連中も。
時間がゆっくりと流れているかのよう。マグマ団にいたころは各地で暴れ回り、あいつと出会ってからは、文字通り地の果てまであいつを追いかけたというのに。
今、会おうと思えばいつでも会えるだろう。このまえコンテストライブの中継で、男の癖に画角を気にしてポーズを決めていたのを見たばかりだ。
記憶の炎など使わなくても、今ならその足取りはすぐに追える。
会うタイミングはあたしに決めさせてもらおうか。いや、積極的に会おうとしてなくてもいいのかもしれない。
目指していた場所で、自然とその道が交わるように、そんな再会の方が、ロマンティックだろう?
なんてね。
おかしなもんだ。
戦いも、混乱も、マグマ団も全部終わったというのに、あいつのことばかり考えている。
あたしは、選ばれなかったのにさ。
別に悔しいわけでも、失恋みたいな情があるわけでもない。
そもそも会いたいなら、あたしからあいつに伝えればいいだけの話。
期待してしまう。
マスターランクに至ったあたしとキュウコンが最高のパフォーマンスを見せて、全員を魅了する。
その時、あいつはどんな顔をしているだろう。
どうだい? あんたが言ったんだよ? 一緒にコンテストに出ようってさ。
あたしのキュウコン、最高だろ。
そんな光景を、ふと夢想してしまう。
今は夢想でしかない。きのみを育てて、ポロックを作って、技を磨いて、コンテストのランクを一つずつ上げていく。
マグマ団の連中が見たら目を疑うだろうな。
こんな地道な積み重ねをするような"カガリ"なんて。
でも今が楽しいし、やっぱり嬉しいもんさ。
コンテスト受付から少し離れた場所で、誇らしげなキュウコンにノーマルランクのリボンをつける。
「安心しな。もう燃やしたりしないよ」
キュウコンが首を擦り付けてくる。本当のん気なもんだ。ちょっと前はすぐ近くのトンネルで、一緒に暴れまわったのにさ。
だから油断していたのかもしれない。
「Beautiful……!!」
もっとも会いたくて会いたくないやつの声が、間近に聞こえた。
こんな近くに来るまで、気づかないなんて!
振り返る前に一息つく。悔しいから表情は変えない。
ゆっくりと振り返る。
まったく、なんだそのにやつき顔は。
目線をあえてそらし、白い帽子を被った少年へ声を向ける。
「……3つのリボンをつけたキュウコンで、挑戦状をたたきつけるつもりだったのにさ。ロマンチックを台無しにしたんじゃないかい?」
「……まさか。ボクですよ? 今が絶好のタイミングだと確信したから、顔を出したんです」
「かわいくないね。まるであたしの居場所なんて筒抜けだったみたいな言い方じゃないか」
「カガリさんに言われたくないですよ。幻の島まで追いかけて来て。ホウエンのノーマルランクの会場に網を張るなんて、かわいいもんでしょう」
「ふ、そうかい」
だめだ。どうも声のトーンが上がりそうになる。
偶然なわけがない。あたしをずっと待っていたんだ。
種を植え、ホエルコジョウロで水をやり、きのみからポロックを作ってコンディションを作り、満を持してコンテストに復帰したあたしの初戦を、こいつは……。
ルビーは……待っててくれていた。
「よくあたしだってわかったね。こんな落ち着いた服装してるのにさ」
半そでのブラウスに長ズボン、こいつが来るんだったら、もっと違う服にするべきだったかな。
「顔見れば間違えようがないですよ。今の服装のカガリさんも素敵ですけどね」
こいつ。
「……で、どうだった? あたしのキュウコンは」
「レベルが違いましたよ。カガリさんとキュウコンなら、すぐにマスターランクに行くことができるでしょうっ」
「おや、油断させようってはらかい?」
「そんなことないですよ! むしろボクは……悔しいんです、くっ、やっぱり一歩遅かった……! もっと積極的にカガリさんを探すべきだった!」
「はあ?」
「なんでカガリさん、衣装を用意してないんですか! コンテスト"ライブ"なんですよ!!」
「ちょ、ちょっと」
ルビーがこちらの手を握りながら、顔を近づけてくる。まつげ長いなこいつ。
「『ポケモンコンテストライブ!』はショーなんだから、出場トレーナーもドレスアップすべきなんですよ! それで会場が盛り上がるのをが楽しみで見に来たのにっ」
「トレーナーもドレスアップねえ……あんたのロック歌手みたいな衣装のことかい?」
「そうです! カガリさんだって、きっとアイドル衣装を着れば!」
「は、はあ? あたしが?」
『キラキラ~! くるくる~?』
「ないない。あんなの着ろっていうなら、マグマ団の衣装の方がマシだ」
「それはダメです。あーもーボクが一緒に出ようって言いだしたのに、こんな大事なことが抜けてたなんて! カガリさん、今から時間ありますか?」
「は? あとは帰るだけだけど……」
「今から衣装づくりのために、採寸しましょう!」
「……あんたねえ……」
忘れてた。こいつはこういう奴だった。
まあでも確かに、せっかく会えたんだから……。
「そういえば、この前あんたがコンテストライブに出ていた時に隣にいたあの娘。あの娘の衣装もあんたが?」
ルビーは得意げに笑う。
「当然です。彼女に似合う衣装は、ボクだけが作れますからね」
「本当、変わんないね、あんたは」
「そうですか? カガリさんは変わりましたね」
「……そうかもね」
コンテスト会場を出て、オオスバメを出す。
「カガリさんっ?」
「なんだい、外で服を脱げっていうのかい? あの娘みたいには中々できなくてね」
「い、いやいや」
「ついてきな」
オオスバメに肩を掴まれたまま飛ぶと、後ろからトロピウスに乗ったルビーがついてくる。
あれもあの娘の手持ちだったか。……ちっ、何を意識してるんだか、あたしは。
少し飛べば、眼下にカナシダトンネルが見えてくる。
「懐かしいね。危うくあんたに焼かれて灰になるとこだったよ」
「炎を出したのはカガリさんでしょう? トンネルを封鎖して皆大変だったんですから」
「ふふ、シダケタウンの連中、あたしとキュウコンを見てもぴくりとも気づいていなかったよ。平和なもんさ」
「……カガリさんはもう、マグマ団として活動する気はないんでよね?」
「見りゃわかるだろう? ま、信用されるとは思ってないけどさ」
「信用はしてますよ! でも、わからないんです。さっきのカガリさんのコンテストを見てましたけど、本当に素晴らしかった。どうしてマグマ団なんかに入ったんですか?」
「……あたしが言った事、覚えてるかい?」
『こんなリボンが美しさの象徴? そんなはずないだろ。この世でもっとも美しいのは、全てが炎に飲み込まれていく瞬間さ!』
「覚えています。でもカガリさんはこうも言った。『ホウエンが丸ごと滅んじまったら元も子もない』と。それから、命をかけて一緒に戦ってくれて、今コンテストに出ている。知りたいんです。コンテストでもキュウコンとあれだけの連携ができるカガリさんが、どうして……」
「ふ、つまりあんたはこう言いたいわけだ。ポケモンと絆を紡いでコンテストで一生懸命になっていた人なら、なにか辛いきっかけがあって、マグマ団に入ったんじゃないか、てね」
「そうじゃ、ないんですか?」
カナズミシティ、トウカのもりを抜けて、あたしが管理するきのみ農園が見えて来た。そのままトウカシティの郊外に降りていく。
あたしが返答しないからか、ルビーは周りのきのみ農園を見回していた。
「驚かないんだね」
「いえ、実はカガリさんを見つけたのはここで、飛んでいくカガリさんをコンテスト会場まで尾けていったんです」
「なんだ、あたしも焼きがまわったね。昔はホウエン中を飛び回って暗躍してたのに、気づかないなんて」
オオスバメを戻し、キュウコンを出しながら、ルビーへと近づいていく。
視線をきつくし、ルビーがポケモンを出す間もなく、キュウコンに命令を下す。
「燃やし尽くして」
キュウコンが吐いた炎の先で、草木がみるみるうちに朽ちていき、残るのは灰と黒ずんだ土。
ルビーは緊張した顔をしながら、大きく息を吐いた。
「焼き畑、ですか」
「知ってたのかい。ここの土はきのみで栄養を吸われすぎたからね。あと15年は土の回復を待たなきゃいけない。草木の灰を土と混ぜて、しばらくお休みさ」
「15年……カガリさんは、ずっとここに住んでるんですか?」
「いいや、ここの主人が不在の時に、仕事で管理を請け負ってるのさ。近くのフラワー・ショップにもきのみを卸してるしね」
荷物からエプロン取り出して身に着け、管理邸宅への道の途中で実っているズリのみを回収し、キュウコンの背中に乗せた籠へと入れていく。
ルビーが軽く走りながら近寄ってくる。
「手伝います」
「いいよ、べつに。その小奇麗な服が汚れちまうよ」
「やります。女性一人に任せるなんて、美しくないですから。ZUZU! 実を傷つけないように落とすんだ!」
「まったく……」
結局管理邸宅に入ったのは、二人で籠を満杯にしてからだった。
「お邪魔します」
「楽にしな。あたしたちしかいないよ」
部屋は相変わらず土の匂いが濃いが、寝泊まりすることもあるので掃除はかかしていない。
「あの、カガリさん、あとは帰るだけって行ってましたけど、どうして職場に来たんです?」
「……ふふ、あんたが心配そうな顔であたしを見てたからさ。今はもう足を洗ってうまくやってるてところを、見せておこうと思ってね」
「……すいません。心配というより、どうしても気になってしまって」
「マグマ団に入ったきっかけ、そんなに気になるかい?」
「……話したくないなら……」
「……そうだね。いつか話す日がくるかもね。でも、今日じゃない」
「……わかりました」
「シャワーを浴びてくるよ、適当に寛いでな」
「あ、ちょっと」
服を脱ぎ、風呂場に入り、シャワーの蛇口をひねる。きのみと土の匂いを落としていく。
念入りに体を洗っておく。いい香水もあった。
さて、どこまで薄着で行こうか。
ふふ、ませてはいるだろうけど、どこまで意識するかな?
「お待たせ」
「あ、カガリさ……て!? なんて格好してるんですか!?」
「ん? これぐらい普通だろう?」
「普通……!?」
薄手のタンクトップに短パンにしてみたが、
「なんだい、採寸すると言ってたから薄着にしたのに、かわいいところもあるじゃないか、ふふ」
「あ……!? そ、そうでした……今、いいですか?」
「遠慮する必要はないよ、ほら」
頬を少し赤くしたルビーがメジャーを取り出したので、両手を上げて身を任せる。
「押し倒されるか、警戒した方がいいかい?」
「い、いや……」
ルビーがあからさまに目を反らす。ほう。
「その反応はもしや……やるねえ」
「ち、ちがいます! サファイアじゃなくてっ」
「へえ、別の娘か」
「もう……黙っててください」
ルビーがこちらの腹に手を回しながら、仏頂面を強める。
案外気が多いのか、そういう天の下に生まれているのか。
コンテスト覇者としてルビーの名と顔はホウエン中に知れている。黄色い声も、案外本人は慣れているのかもしれないな。
「話してもいいじゃないか。戦うよりもコンテストを選んだ者同士、仲良くしようじゃないか」
「カガリさんのことは話してくれないのに、ボクの事は聞くんですか?」
「話してるじゃないか。今の私をさ。すぐにスーパーランクを受けようかと思ってたけど、あんたが来てくれたから、少し待とうと思ってるよ」
「……そうですか」
その言葉で、ルビーの口元が綻んだ。こういう言葉の方が、利き目があるようだ。
「きのみを育てて、ポロックを作って、毛並みを整えて……コンテストで勝てて、楽しかったよ。あのキュウコンとは長いけど、うつくしさのコンテストは初めてでね。焼いちまったリボンの代わりを、さっそくつけることができてよかったよ」
「……」
ルビーが目を細め、胸元にメジャーを持ってくる。そのタイミングであたしはルビーの手をつかみ、あたしの胸元に押し当てる。
「な、なにを!?」
ルビーは顔を真赤にして引こうとするが、まだあたしは伝えたいことがある。
「感じるかい?」
ドクン、ドクンと波打つあたしの心臓の音を、聞いてほしかった。
ルビーも意図を察したのか、あたしのなすがままになる。
「……動いてますね」
「ふ、今のあんたの顔を見てわかったよ。やっぱりあたしは死んでいた。でもあんたが、なにかしてくれたんだろう?」
「いえ、ボクの力じゃないです。本当に……奇跡が起きたんですよ」
ルビーの目尻に、一瞬光るものが見えた。
「あんたのおかげで、あたしの未来がつながった。この前の隕石騒ぎだってそうだ」
「知ってたんですか?」
「いろいろと伝手があってね」
ルビーの頬に手を添え、真正面から見つめ合う。
「あんたはがむしゃらだったんだろうけど、それでも一度は伝えとくよ。ありがとう、ルビー。全部、あんたのおかげさ」
ルビーは一瞬呆けていたが、すぐにあたしの胸元から手を離し、優しい微笑みを向けてくる。
「カガリさん……ボクからもお礼を言わせてください。あの幻の島で、あなたがボクの相棒になってくれたことが、どれほど心強かったか。隕石騒ぎの時も、ボクは……一番最初に、カガリさんが傍にいてくれたらって、そう思ったんです」
「! あたしを……」
「でも、今は……このきのみ農園と、コンテストでカガリさんが優勝する姿を見て、思い直しました」
「……」
「隕石が無事解決したのも、本当に奇跡みたいなものだったんです。カガリさんは今、新しい道を歩んでいる。土に種を植えて、きのみを育てて、ポロックを作って、キュウコンと共にコンテストの道を進み始めている。あの時ボクとカガリさんが再会していたら、カガリさんの努力を足止めするだけでなく、カガリさんを危険にさらしていた」
「……それでも、あたしはかまわなかったよ」
「いいえ、だって……」
ルビーの真剣な眼差し、そして笑顔から、目が離せなかった。
「コンテストでのカガリさんとキュウコン、本当に輝いてた。カガリさん、あの時あなたが傍にいなくて、よかった」
……本当に、本当に、憎い子だよ、あんたは。
ルビーは手もとを狂わせることなく、てきぱきと採寸を終えていく。ノートとペンを取り出し、ぶつぶつと独り言をしはじめた。
「足の長さやスタイルを考えると、フリルは控えめにしたほうが……いや、スポーティ過ぎたらステージでの華やかさが……」
「待ちな」
「え、ちょ、ちょっと」
ノートが見えないからルビーの後ろへと忍びより、そのまま背中からこいつに覆いかぶさるようにしてノートを掴む。
いい匂いがする。こいつまた香水つけてるな。
「ステージでのドレスップなら、あたしの要望だって聞くべきだろう」
「それはそうですね」
あたしの体が密着して、顔も間近なのに、ルビーのたじろぎは一瞬、あたしの言葉に納得したようで、すぐに真剣な眼差しになる。
まったく。
「あまりヒラヒラして動きにくいのはごめんだよ。少女って年じゃないんだから、そこは考えてくれないとね」
「それじゃあ、キュウコンの燃えるような赤と、スマートな美しさをイメージして……」
「あんたのロック歌手みたいな衣装、結構似合ってたじゃないか。あれに似たようなものを作れないかい?」
「あれですか? それなら……赤と黒で、体の曲線を見せるように……」
ルビーが即席衣装を描いていく。あたしはその絵を見て、噴き出してしまった。
「ふふっ、マグマ団の衣装を思いだすじゃないか」
「……これからアレンジしていくんです」
「足のスリットが大分深いな。昔から注目してたのかい? ませてるねえ」
「純粋に、美しさを追及してるだけですからっ。ジャケットに、お腹は出しても平気ですか?」
「あんたは見たいかい?」
「……その方が綺麗だとは思います」
「じゃあそれで」
「ボトムスは、ホットパンツかキュロットもいいか……アシンメトリーショートパンツという手も……」
ルビーを後ろから抱きしめたような態勢のままでも、こいつは意識していないのか、それとも単に衣装づくりに集中しているだけなのか。ルビーの肩に顎をのせても、身じろぎ一つしない。
こういうことに案外慣れてるのか、それとも徹頭徹尾意識されていないのか。
まあ、どちらでもいいさ。今こいつは、あたしの事だけを考えている。
それでいい。こいつの綺麗な横顔をもっと間近で見ようと、少しずつ顔を近づけていく。
だから、事故が起きた。
「カガリさんは、どちらが――」
不意にこちらを向いたルビーの唇と、あたしの唇に感じる、柔い感触。近づきすぎていたらしい。
あたしはそのまま、瞳を閉じた。呼吸を止め、こちらからは動いてやらない。
数秒後、ゆっくりとルビーが顔を引いていく。
「事故にしては、長かったね」
「……」
ルビーが下を向いたまま、ペンの手を止めてしまっている。
「事故、じゃないでしょ。カガリさん」
「そうかい? いやなら、離れればいいさ」
顔を上げたルビーへ、今度は意識して唇を近づけていく。目を閉じながら。今度は事故じゃない。
また、柔らかい感触がある。わざとらしく唇の音をたてて、あたしから離れる。
「今度は、避けれただろう?」
「……今日は、帰ります」
「ああ」
ルビーが歩き出そうとするのを、止めなかった。ここで引き止めるのはださいからね。
一瞬見えたルビーの表情は、頬を紅く染めながらも、悩んでいる様な困っている様な、混乱している様な感じ。喜んでいるようには見えない。
少し、やりすぎたかな。
あたしも結局、浮かれていたのかもしれない。どこまでも追いかけた相手が、今度は自ら会いに来て。
スタスタと背を向いて歩いていたルビーだったが、振りかえってまた戻ってくる。ポケナビを出していた。
「連絡先、教えてください。衣装合わせ必要ですから」
努めて真面目な表情をしているが、頬は赤いまま、目線が泳いでちらちらとこちらの顔を見てくる。かわいいじゃないか。
「ふふ、はいはい。そうだ、近くのフラワーショップは知ってるかい?」
「サン・トウカ、ですよね」
「ああ。行く機会があったら、あたしのつけで好きなものを買っていきな。それが衣装のお返しだよ」
「……はい。では、また」
「ああ、またね」
また、すぐに会えるか。
外まで見送りに行くと、あたりは暗くなり始めていた。
ルビーはトロピウスに乗り、空へと上がっていく。
あいつの顔が見えなくなる前に、こちらから微笑んで、軽く手を振った。
ルビーもまた、微笑んで手を振ってくる。
日が沈む。キュウコンでかがり火を灯す。
今度会う時は、衣装を合わせて、スーパーランクコンテストに出場して、それからあいつと――。
「ふふ」
まるで乙女のようじゃないか。
夜空に消えていくあいつの影をいつまでも見送る。
あたしは選ばれなかった。
「あいつ、避けなかったな……」
だからって、これからもずっと選ばれないなんて、思い込む必要はないだろう?