常磐真昼は純血の吸血鬼である。
「ヒッ……!! バラバラになっても復活するとか……! タイプムーンの吸血鬼怖い……!」
これでも、純血の吸血鬼である。
「でも十七分割した主人公も怖い……!」
一応、純血の吸血鬼である。
両親ともに吸血鬼で、産まれた時から血が食事で、自分が人外である事も理解している。
「これが人間からの偏見……!!! 人間の発想力はかくもおそろしかや……」
ただ怖いものは怖い。
因みに真昼が苦手な映画のジャンルはホラー映画である。
「うぅ…想像以上に作品のカロリーが重い………でも…」
ぼんやり浮かぶ狩沢の顔。
感想を伝えたら、なんて言ってくれるかな。
月姫だけじゃなく、他の作品まで手を伸ばしたら、喜んでくれるかな。
なんて次会った時のシミュレーションを繰り広げながら、何度見返したか分からないメールに目を落とす。
買い貯めたカフェオレを流し込み、口内に甘い香りが広がった。
「狩沢、絵理華…さん」
自然と指はメールの画面へ。
例の如く、この手の自分からのメッセージは初めてのこと。僅かに胸を跳ねさせながら、【読みました】と入れては消す。そしてまた【また話しませんか】と入れては消す。
話したい事はある。
だけど、こっちから誘っていいものか。
狩沢絵理華さんのお仕事は?年齢は?彼氏さんは?もしかして結婚されてる?私生活の邪魔にならないかな。というかアレは社交辞令では?出会ってまだ3日も経ってないのに送ったら気持ち悪い?
なんて真昼の脳内がぐるぐるぐる。
また打った文を消して、携帯を閉じようとしたその時。
『鉛の空、重く垂れこみ~♪』
と、携帯から勢いよく流れるロック調のアニソン。
「ヒィ! こ、この曲は──」
真昼、一気に顔が青ざめる。
携帯の画面には大きく【編集者さん】の文字。
陽光差す青空だった心の天気が、一気にどんよりと訪れた曇天。
「は、はい……。
『あ、先生。やっと繋がった』
「ごべんなざい!!!!」
『まだ何も言ってないんですけど! 進捗ゼロなんですね! そうなんですね! その反応!!』
常磐真昼の裏の顔。
それは
「ちょっと、この数日…ですね……あの、資料集めに………」
『……資料集め………? あの……作品の方向性、決まってますよねぇ。物語の結末も執筆前に決めてましたよねぇ。以前確認した時、もう終盤に差し掛かってましたよねぇ。まだ何か?』
「はへへ、えっと…ちょっと新ヒロインを…思いついて、ですね………」
『それは次回作でやってください』
「…………………はい」
常磐真昼に小説家として天性の才能があるとか、そんな事は無い。凄く遅筆で、執念深く誤字とか言葉選びをチェックしても、だいたい編集から半分くらいの指摘は受ける位には、人並み。
では何故、小説家として生活が出来ているかと言うと、それは単純な長寿による引き出しの多さであり、時代背景の投影などは非常に精度が高く、一定の評価がある。
『あと、改めて前回頂いたのを見返したのですが…、作中の時代設定って現代でしたよね?今どきの高校生が怖さの例えに真っ先に[オーメン]出します? せめて怖いという感情を映画に例えるのであれば、[リング]とか[ソウ]では?』
ただし、現代描写になると疎い。
「そ、そうですね…。ではリング0の…仲間由紀恵さんの、方にします」
『はぁ……。兎に角、今週中にもう一回進捗確認しますからね』
そして終話。
しかし、心はまだ晴れない。
「うぅ、純血なのに。純血ってもっとこう……名門とか、お金持ちとか……そういうのじゃないんですかぁ……」
悲しきかな。
少なくとも真昼の知る日本の純血吸血鬼は言わば、時代遅れの田舎者という証でしかない。
人間社会の発展に合わせて徐々に生活の様式を変えていくのが日本吸血鬼界隈では一般的なのに、自ら進んで社会から切り離された没落家系。決して尊ばれるものではないのだ。
「結婚するなら絶対人間が良い。うっでも人間の男の人か……。ちょっと良くない思い出が………」
ブツブツと言いながら真昼はカフェオレ片手にパソコンへと向かう。
慣れた手付きでパソコンを立ち上げて、現在執筆中の作品を開き、そして間も開けず真新しいメモを開く。
「えっと…次回作のヒロインは……明るくて…年上で……ぐいぐい引っ張っていく………」
その数日後、真昼は再び怒られた。
◇◇◇
岸谷新羅は池袋を拠点とする闇医者で、彼の元に訪れる患者は少々癖がある人物が多い。
人間離れの怪力を持つバーテンとか、ヤクザとか、容姿を丸ごと変えたストーカーとか。
要するに表の病院にかかるには、多少なりとも不都合がある面々だ。
その中には勿論、人外も含まれていて──。
「血液パック? いつも通り女性から採った血液でいいかな? 血液型の指定は? 無し? それならB型が沢山余ってるから、そっちを中心にしよう。けど、採血させてくれた後にね」
池袋の吸血鬼。
純血の田舎者・常磐真昼もその1人。
「……うぅ、はい…………」
勢いよく袖を捲り、青白く細い腕を出す真昼。まるで早くしてと言わんばかりに、腕は強張り、力み過ぎて微妙に震えている。
「そんな力込められちゃ、針通しにくいよ? ただでさえ、君の皮膚ちょっと硬いんだからさ」
「だ、だって。怖いんですよ……! 身体に針が入って、血ぃ抜かれるんですよ!?」
「いや君、吸血鬼だよね?」
もう見たくないと目を力一杯瞑る真昼はとても人外…しかもその純血種には到底見えない。
「あ、そうそう」
「なんですか! もう終わりましたか!!!」
「いや、まだ針が入ったところなんだけど。皮膚組織ちょっと貰えるなら、血液パックもう少しサービスするよ」
「そ、そんなもの、貰ってどうするんです……」
チラリと片目で腕を見て、シリンダーに血が溜まっていくのを見てまた目を逸らす真昼。
「いやね、君ってすぐに傷が治るだろ? ただ普通の治癒なら細胞増殖や組織の再構築を伴うはずなんだけど、君の身体はどうにもそれだけじゃ説明がつかないんだよね。そこに、君の身体がほとんど成長しない理由も繋がってるんじゃないかと───」
「セルティさん! 助けて! 新羅さんに! 新羅さんに十七分割にされる!!」
ギャーギャーと騒ぐ真昼と同じ池袋の人外、デュラハンこと首無しライダー『セルティ・ストゥルルソン』は首を傾げながら慣れた手付きでPDAに文字を打つ。
『なんで十七分割?』
「直死の魔眼が!私はバラバラになったら復活出来ないですよー! 多分!」
「真昼ちゃんも順調に人間社会に溶け込んでるよねぇ」
いやはや人間性ってなんだろうね。
そう、岸谷新羅は採血にビビり散らかす吸血鬼と、それを心配そうにオロオロと見守るデュラハンを見て微笑む。
新羅の頭に浮かぶのは2人の初対面。
何故か体内に劇毒のような刺激物が入ってしまい、朦朧とした真昼をたまたまその場に居合わせた平和島静雄が連れてきたのだ。
その時は人間の症状に合わせればアルコール中毒の様な感じだったので、水を飲ませる感覚で血液パックを与えたら落ち着きはした。
しかし面白いのがここからで、丁度パックから血を啜っている時に帰って来たセルティと真昼が鉢合わせて。
『血飲んでる!? 怖い!』
「首が無い!? 怖い!」
とお互いがお互いを指差しながら驚いていたのだ。
その後、暫く固まり
『あぁ、吸血鬼か……』
『あ、デュラハンですか……』
と急に冷静さを取り戻したのだった。
閑話休題
「それで、今回はまた何でそんなに?」
真昼の傍には新羅が用意した血液パックがざっと30個ほど。
彼女曰く、一食1パックらしいが、真昼は基本的に一日2食であり、たまに外食(生き血)も取るため、この量で半月以上は持つ。
だが新羅の疑問は食事ストックが切れる前に貰いに来る筈なのに、今回に限っては切れた後に来たこと。
要するに、
食事がままならない程、生活に変化があったのか。
という医者らしい質問だ。
「いえ、その…今回はいつにも増して、編集者さんから怒られまして……締め切りも3回くらい破ってしまって…。追い込みをかけてたら……」
「作家さんも大変だねぇ。スランプってやつかい?」
「あ、いや、書けないのではなく……。書きたいものが変わったと言いますか………えへへへ」
『「?」』
セルティと森羅は顔を見合わせて首を傾げた。
◇◇◇
この日、真昼の心臓は忙しない挙動をしていた。
『真昼ちゃんおすすめの映画観たよー! 今度会って話そうよ(。・ω・。)wkwk』
とメールが来たのが3日前。
当然、真昼はすぐにメールを読んだ。狩沢との連絡を交換して以降、常に肌身離さず持っていた為、気付かない訳が無かった。
だが、すぐに返事をしたのかと思えば別だ。
すぐに返したらキモイかも。暇人だと思われるかもと、虚栄が働き、メールを受信した翌日に
『はい。私も見終わりました。是非、ご一緒させてください』
とクールを装って返信をした。
そしてあれよあれよと当日。
部屋の隅の姿見の前で、タンスから引っ張り出した服を並べてあーでもないこーでもないと、自問自答する真昼の姿があった。
「うぅ…地味な色しかない………」
服自体はそこそこ良いものを取り揃えていた。
何故なら普段から【無頓着に見られたくない】という見栄が働き、そこそこ品質が良くて、でも余り流行ってないブランドの商品を買っていたから。
だがかと言ってオシャレかと言われればそうでは無く、良い物を着ていてもカラーの組み合わせなどは全く分からない為、黒とかグレーとかに落ち着いてしまう為、服自体のレパートリーは少ない。
そして買い物はネットで済ませるため、サイズ事故が起こらない様に大きめのを買うため、シルエットが本来よりも大きなりがちで、より幼く見えてしまう。
といういかにもらしい問題があった。
「いや、そもそも……まだ二回目……。友達って呼んでいいのかも分からない関係ですよね……。ここまで気合入れなくても……、あ、でもだからこそちゃんとした格好をして───」
長寿の吸血鬼、人間との距離感が分からない。
なぜなら、狩沢が初めての人間なのだ。吸血鬼という体質も、仕事も関係なく、人間と個人的に交流したのが。
田舎暮らしの時はそもそも血縁だけで完結した。
ネットが普及し始めれば、コミュニケーションなど無くとも、必要な情報は集められた。
自己表現や発散の場は気付けば職業になっていた小説が担っていた。
人外コミュ障の出来上がりだ。
「ひっ! もうこんな時間……!」
結局迷いに迷った結果、動きやすさ重視のスポーティー寄りの組み合わせで家を飛び出す。
「日傘、あるから、普段はもう少し早く出るのに!!」
日傘があると走りにくいのは吸血鬼も同じ。
照りつける太陽に文句を言いたいところではあるが、人間社会は陽光と共にあるため、文句は言えない。
「うへぇ、前髪*1も切ればよかったぁ!」
重ためのパッツンの前髪が視界を僅かに阻む。
だらしなく思われるかも、陰キャだと思われるかも。
様々な心配を脳裏に浮かべながら、真昼は明るい街へ溶け込んでいく。