真昼は耳が良い。
池袋の雑踏の中でも、狩沢の足音を聞き分けられるくらいには耳が良い。
時刻は11時30分。
事前にすり合わせたプランでは、会ったらまずはお昼ご飯。そこで一緒に話しながら……という手筈になっている。
「………………」
無言。
しかしソワソワ。
池袋の東口からやや離れたパルコの別館の入口辺りで、真昼は待つ。
時折……いや頻繁にガラスに映る自分の姿を見ながら。
服装は間違ってなかったか。
髪の毛は乱れてないか。
そうこうしている内に待つことおよそ30分。
「──っ!」
最近知った、それでいて耳から離れなかった足音が聞こえた。
さて、ここでの真昼の問題はどの様に狩沢に声を掛けるか、だった。
通常、気付いたのならこちらから声を掛けるのが一般的であろう。
しかし、真昼は真正の吸血鬼である。
通常の人間には獲得し得ない聴力がある。となれば、真昼の脳内に一つの仮説。
足音で個人の判別が出来るのってキモい?
ともすれば、自然な時間軸でこちらから声を掛けるべきだろう。そう真昼は考察する。ならTPOを弁えて、声量は程々に、それでいて聞き取りやすい声音で。あとはやはり呼び方。いきなり絵理華さんは無いだろうか。いや、でも狩沢さんは真昼ちゃんって呼んでくれてるから。いやいや、自分が良くても相手が良いとは──。
「お~い! 真昼ちゃーん!!」
「はひぃ!?」
「ごめんごめん。待った?」
「い、いえ……! さっき来たところです!!」
真正面から降り注ぐ太陽の様な微笑みを直視できず、視線を逸らす真昼。
逸らした先にあるのは完全に緊張しきった自分の姿が映るビルのガラス。変な顔しない様に、狩沢さんに迷惑かけない様に。そうまた何度もガラスの奥の自分に忙しなく視線をやっていると。
「そんな気にしなくて大丈夫だって。ちゃんと可愛いよ! 真昼ちゃん!」
「あっ……」
また真正面から太陽光…いや、もはやフレアが降り注ぐ。
「……か、狩沢さん、も……かわ………かわ…」
「かわいい? えへへ。ありがと! いやぁそう言われると意識してる甲斐がありますなぁ*1」
じゃあ行こ!っと手に持っていた筈の日傘は瞬く間に狩沢の手に渡り、空いた方の手は繋ぐどころか、日傘から出ないように組まれる始末。
しかも先の『デートの為に意識しました※意訳』が脳裏を反復し、長きにわたる記憶を保持出来ている筈の純血ブレインはオーバーヒート。
「今のペースで大丈夫? 平気?」
「は、はひ………」
人間との初めてのデートの真昼は明らかに過剰火力なエスコートを受け、暫くはボットと化した。
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パフェテラス【ミルキーウェイ】
レトロポップな雰囲気の文字通り星をコンセプトとした喫茶店。サンシャイン60通りの入口に居を構え、その歴史は1983年創業と古く長い。人気のメニューは十二星座+へびつかい座をモチーフにした十三星座パフェ。
そして、真昼が池袋で行ってみたかったお店、TOP10には入る憧れの地だ。
「真昼ちゃん、甘い物好き?」
「だ、大好きです……!」
「じゃあ私も今日はパフェにしちゃおっかなー」
真昼は甘い物が好きだ。
勿論、食事としてではなく、嗜好品として。
田舎暮らしの際は味気ない取り寄せた血のみであったため、人間社会への憧れの一つとしてスイーツがあった。
あとはニンニクと無縁なのも真昼にとってのいい所だった。甘い物であれば気にせず食べられるから。
「真昼ちゃんは何座?」
「え?」
「星座だよー! 星座!」
ニコニコと興味深そうに答えを待つ、狩沢。
これは来た。
と真昼は脳内で歓喜した。何故なら、このお店来たいと思った…時間にすると数十年前から、【友達と来て星座を聞かれる】というシミュレーションをしていたから。だからそれを思い至った矢先、当時はまだ知らなかった【星座】という人間文化を学び、自分の誕生日に当て嵌め、それのシミュレーションの為に星座をモチーフにした小説も書いた。
つまり予習は完璧なのだ。
「えっと…誕生日が8月半ばですので…獅子座ですね」
「うわ、ロキだ!」
「ロキ?」
「ロキ知らない? フェアリーテイルの。かっこいいんだよねぇ」
「……どんなキャラなんです?」
「んーっと人間じゃなくて、星霊っていう…主人と契約して……」
「サーヴァント…みたいなヤツですかね」
「大体そんな感じ! いや、結構違うか? まぁいいか! それよりも真昼ちゃん、もしかしてフェイト入った!? いいねぇ。いやぁ話してて楽しいなぁ!」
ふへっ。
真昼は脳内で何度も【話してて楽しい】という単語を繰り返す。
「じゃあ私は獅子座たのもー!」
「え…、自分の星座じゃ、ないんです…か?」
「折角友達と来ているんだし、交換してみるのも楽しそーだなーって!」
「……友達…!!!」
ちなみに。と狩沢はウィンクを携えて告げる。
「私はさそり座でっせ?」
「……なら、私は狩沢さんの──」
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お互いの星座に当たるパフェを交換し、加えて「そっちもちょーだい」と食べている途中であーんもするという、真昼の妄想以上の事柄が連続で起きたミルキーウェイ。
ひとしきり食べ終わった二人は、食後のドリンクを楽しみながら、再び話に花を咲かせていた。
「でしょ、ヤバかったよね、死徒って! あんなんどうやって倒すんだー! って感じ」
「でも、死徒以上に、人間の方に怖いのが多かったです……! 考えることの恐ろしさとか……!!!」
「そうなんだよねぇ。型月って人外以上にただの人間が怖いんだよねぇ」
「ほ、他にも居るんですか……!?」
「居る居る。空飛んでる燕斬りたくて剣振ってたら魔法みたいな領域まで行っちゃった農民とか、山で育った結果サーヴァントを素手でボコる学校の先生とか」
「に、人間じゃない!」
なるほどなー。と狩沢は思った。
真昼の感性はどことなくまた違った視点で面白いのだ。
能力的に強いのが居て怖い、という感想も勿論抱く。だがそれ以上に、本来の身体能力の限界を、精神性や鍛錬だけで踏み越える人間が怖い。という所にウェイトが置かれているのだ。
狩沢自身、よく仲間内でどの作品の誰が強いとかいう話はする。だが話の中心は、スペックを基準にした純粋な力比べだ。
この子はその土台には乗らず、また別の角度で意見をくれる。それが純粋に面白い。
狩沢は恐怖で肩を震わす少女を見てそう思った。
「か、狩沢さんは…その、映画の…方は………」
「勿論観たよ! スパイダーマン! 3作全部一気に観ちゃった」
「お、お口にあいました……?」
「うん! めちゃくちゃ面白かった! ちょっとヒロインがアレだったけどね…。でもテーマがずっと一貫していたし、ストーリーの明暗の具合が良いよね! ヒーローとして上手く行く、でも私生活は上手く行かない。とかのさ」
話を聞いてるうちにパッと真昼の表情が明るくなり、瞳が星の如くキラキラと反射する。
「そうです、そうなんです! ただの勧善懲悪ものでは無く! 何かを得る為には失わなければならないという厳しい状況が、スパイダーマンに儚さを与えているんです! それでも彼はヒーローとして、事件の大小関係無くですね!」
「あと個人的にね、ハリー・オズボーン。あれはね、イケるね。ピーターと」
「?? イケるというのは……」
「BL的なね! カップリングとしてね。あれは間違いない」
「なるほど…その目線で観た事は無かったですが……。原作コミックではもっと長く友人だったり敵対したりしてますね」
原作ってどんなの?と聞かれれば、真昼はニコニコとまた語る。それこそスパイダーマンだけでは無く、そこに交わるヒーローの話や、現状映画化されている他の作品まで。
「真昼ちゃんってさ。大人しい子かと最初は思ったけど、好きな事だとめちゃくちゃ喋るよね」
「…え、あ、う……。はい……。騒がしかったら、その…すみま」
「違うってばー。そうやって楽しそうにしてた方が私も嬉しいし、好きって話」
「好き!?」
「好きじゃなきゃ誘わないでしょー」
好き。
長い時間の中で、真昼にとって初めて言われた言葉。
しかも常夜灯とか、吸血鬼とか。もろもろのステータスを抜きにして。
もはや狩沢からは後光が差していた。
少なくとも、真昼にはそう見えた。
「真昼ちゃんは何が切っ掛けでアメコミ好きになったの?」
「………」
「真昼ちゃん?」
「……え、あ。はい。えっと、好きになった理由、ですか。そ、それは困っている時に優しくして頂き──ではなく! その、昔にスポーンという作品が日本で流行った時がありまして…ただ、作品自体はというよりはそのコミックデザインとインテリア的なファッション性が見事にマッチしたと言いますか───」
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かれこれたっぷりお話をして2時間ほど。
数回紅茶をおかわりし、店を後にした二人は、次はどうする?と談笑しながら、60通りを歩いていた。
「次なんかオススメある?」
「そうです、ね。映画としては新進気鋭のアイアンマン…、見やすさであればファンタスティック4……。ちょっと大人向けであればコンスタンティン……。あと…ブレイド………はちょっと……はい。まぁ面白いですよ」
「なんか最後だけ歯切れ悪くない?」
「いやまぁ……えっと。吸血鬼が、ですね…はい……」
「あ、分かったぁ。真昼ちゃん怖いんだぁ」
「え、あ、はい。コワイデス。月姫も…コワカッタデス」
という風に、好きを共有するだけでなく、軽口も交わせる様になった頃合い。
『鉛の空、重く垂れこみ~♪
「あ、銀魂じゃん」
「ひっ!! この着信は!!!」
顔を青ざめ、まるで断頭台に立たされた囚人の如く慌てふためく真昼。
脳内を狩沢で埋め尽くされていた真昼は
「はい! 常夜灯ですが!? 締め切りはまだ破ってません!」
「───とこ、よ?」