同日夜 某吸血鬼 自宅
「えへへ。また会おうだって」
はじめて出来た友達へ思いを馳せ、デレデレの笑顔を浮かべる某吸血鬼・常磐真昼。
「小説家ってバレちゃったけど、狩沢さん変わらなかったな」
小柄な真昼からすれば十分広いバスタブ。
にも関わらず、膝を抱え、なるべく隅っこに縮こまった真昼はもう帰宅してからずっと狩沢絵理華の反応を思い返していた。
【真昼ちゃん、小説家なんだ】
【え、まじで。すごい! え、ペンネーム聞いてもいい? 読んでみたい!!】
【え、いいの!? やった! 次また話したい事増えちゃった♪】
【私はね、シルバーアクセサリーの製作とか販売を個人でやってるんだ~】
【時間の融通が利くからさ。今度また会お?】
「うぇへっ。へへへへへへへ」
余談ではあるが、今使っている入浴剤は狩沢おすすめの入浴剤である。
なので、脳内を狩沢の名場面集で埋め尽くし、身体は狩沢の香り(※真昼意訳)を纏わせる。
今の真昼にとってこれ以上の悦びは他に無かった。
「狩沢さん、どういうのが好きなんだろ。漫画はだいたい好きそうだけど……。……フェアリーテイル…みてみようかな」
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「───でさー! その真昼ちゃんってのがさー!」
真昼が気持ち悪い笑みを浮かべている同時刻。
「マジすか。マジで居るんスか。その合法ロリ! リアル月詠小萌っスか!?」
狩沢の相棒であり、オタク仲間・遊馬崎ウォーカー。
「なんだ俺はてっきり狩沢の作り話だと」
皆の兄貴分・門田京平
「もう嫌だなぁ、ドタチン! だから今日会ってきたんだって~! 滅茶苦茶良い子でさぁ!」
通称・ドタチン
「成人してる女がそんな小っこいってあり得んのか? 狩沢、お前犯罪に片足突っ込んでないよな?」
常識人・渡草三郎
真昼が知る由もない狩沢絵理華のもう一つの顔。
それは元はカラーギャング繋がりの交友関係。今は渡草のワゴン車に集まっては仲間内で騒ぎ、時折時折自警団じみたこともしている。
「えーでもなぁ。確かにちょっとオドオドしてるけど、気の配り方とか、考え方が大人っぽいんだよな~。少なくとも大学生以上だね」
「確かに話の通りスポーンの盛り上がりを生で見ているのであれば、まぁ俺らくらいの歳でもおかしくはないっスねぇ」
「ああ、裏原とかで流行ってたやつだろ?」
何処かで響く馬の嘶きと白バイのサイレンをBGMに、一同「うーん」と考える。
「ま、どうでも良くない? 仕事してるって言ってたし。少なくとも成人はしてるでしょ。あ、渡草っち、ジュンク堂寄ってよ。欲しい本あんだよね」
「アニメイトじゃなくていいのか?」
「うん! 多分、そっちには売ってないと思うんだよねー」
「また真昼ちゃん絡みっスか? 最近の洋画ハマりっぷりみたいな」
「んまぁ、そんな感じ!」
今日も眠らぬ街をワゴンは駆ける。
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常夜灯。
デビューして7年。
刊行冊数は5冊、内1冊は短編集。不定期で雑誌に短編掲載有り。
新刊を出せば、新発売コーナーに並べられるものの、大々的にアピールされる訳では無い。
売り上げは当たって8~10万部、平時は2~4万部くらいとそこそこ。
締切には毎回苦戦することで有名な遅筆作家
作品傾向は一般文芸寄りの伝奇・歴史もの・人間ドラマ。怪異そのものを主役にするというより、「怪異が存在する状況で人間がどう振る舞うか」を書くタイプ。時代背景の投影、物語に生活感を持たせるのが得意な一方、恋愛表現になると途端に少女漫画チックになったり、現代の若者への解像度が低かったりと、得意不得意がハッキリしている。
代表作は『遠雷の町』
昭和初期あたりを舞台にした人間ドラマ+薄い伝奇要素。常夜灯作品の特徴である「時代の生活感が異常に生々しい」が一番評価された作品。ただし大ヒットではなく、既刊の中では一番売れた程度。代表作が一本だけ突出してるというより、「常夜灯ならこれ」という入口になる本。
メディア展開は無し。受賞歴も無し。作者自体の露出も無し。
知る人ぞ知る、中堅くらいの作家。
これがざっくり、狩沢が調べた範囲の常夜灯の概要であった。
「ふぅん。これが真昼ちゃんの書く文章かぁ」
狩沢から言わせてみれば地味な文章であった。
これは単に彼女が普段から勢いがあるライトノベルを愛読しているために抱いた感想なのかもしれない。
でも確かに、少なくとも映像化がされる様な派手さはないだろう…そう思わせるくらいには。
「聖杯戦争がサーヴァントの描写抜きの一般人目線でずっと語られる…みたいな地味さ?」
でも決して引き込まれない訳ではなかった。
生活感に説得力があるからか、【次はどうなるんだろうという未知へのワクワクは無い】が、【この生活が続いていて欲しい】みたいな気持ちは抱く。
「なんか、真昼ちゃんっぽいなぁ」
作品に対しての評価軸が【なぜそこに至ったか】という余白の部分を予想して語っていたが、たしかにこの文を書くのであればそうなるだろう。
「なんか、緩急無いから、逆に止めどき分からないな」
あとちょっと、あとちょっととページが進む。
あの真昼ちゃんが。こういう考え方なんだ。
本人の人間性を知っていると余計に面白く感じるタイプかもしれない。
「あー好きかも」
時刻はとっくに丑三つ時。
狩沢は指の向くまま、もう1ページ捲った。
◇◇◇
『恋愛ぃ? 先生が?』
「え、あ。はい。書いて、みたいなって……。ダメ…ですかね」
『ダメじゃないんですけど…これまた何でです?』
「いや、あの苦手ジャンルも…敢えて挑戦しようかな……と…」
『先生が? 自信満々で少女漫画のお手本みたいな内容出して、9割修正喰らって泣きべそかいてた先生が?』
「あは、は。それは…その節は、どうも………」
一つの作品が完成すれば、そのまた次を求められるというのが作家の業。
しかも今回に関しては自ら【次回作の構想がある】とばらしてしまったものだから、編集者の動きも早かった様だ。
『以前仰っていた新しいヒロインですか?』
「……そう、ですね」
『今度は何の影響受けたんですか?』
「あはは……」
『……はぁ…それなら今度草案を私宛に送ってください。一旦、その方向で行きましょう。結末はもう決まってますよね? そこと表現したい要所要所の整合性で判断を──』
「あ、いや…それが……序盤しか決まっておらず…」
『先生が? 序盤だけ? ……先生、ヒロインのモデルって──』
「あ、えっと。すみません。このあと予定が!!」
編集者が『待って』のまの字も言う前に、持ち前の反射神経で終話ボタンを押す。
「ふぅ……」
編集者さんとの電話は相変わらず緊張する。冷汗を拭い、真昼は零した。
悪い人ではない。
寧ろいい人。
それが真昼からした編集者の印象。遅筆でしどろもどろな自分のペースに合わせてくれて、たまに…時々…定期的にお尻を叩き、なんだかんだで真昼の意図を反映させようと動いてくれる。
Dr.スランプで言う所のマシリトさん。
だからたまに勝手に心の中でミス・マシリトと真昼は呼んでいた。
『潔く カッコ良く 生きて行こう~♪』
携帯が鳴る。
心臓がまた跳ねる。
だけどこれは曇天ではない。いつか友達が出来た時用にあらかじめ登録しておいた着メロ。
そして、真昼の言う友達は一人しかいない。
「か、狩沢さん!!!」
脳内のミス・マシリトを追い出して、脳内で次なる行動をシミュレートする。
さて、今回は前提条件が違う。
今までメールでのやり取り。真昼的・一番カッコイイ返信タイミングを選ぶことが出来、尚且つ内容も精査出来た。
しかし電話はリアルタイムだ。それでいて、対面とは違って声のみの情報しか伝わらない。つまり声だけで正確に、不快にさせないように物事を進めなければならない。
「う……、友達…との、はじめての電話……!」
ただ何時までも出ない訳にもいかない。
メールと違ってリアルタイムで相手の時間を奪っているのだから。
「はいぃ! 常夜ですぅ!!」
『アハハ! 真昼ちゃん? 私は編集者さんじゃないよ~ん』
「うぅ、存じております……! 狩沢さん!」
思い通りに動かないこの口が憎たらしい……!
下唇を悔しそうに牙で食む。
……痛いの嫌だから、唇切らないくらいの力加減で。
「な、なにか。御用でしょうか」
真昼の陰キャ的・改善点。
自ら要件を聞く。
『えー? 用が無きゃ電話しちゃダメ?』
「い、いつでも、電話してください!!」
真昼の陰キャ的・課題点。
目的の無いコミュニケーションに耐性無し。
『あのね。真昼ちゃんの本読んだの。遠雷の街』
「あ、あの。えっと…お目汚ししてしまい……」
『面白かった! なんかずーっと真昼ちゃんが傍に居るような気がして!』
「そ、傍に………」
主人公の怪異に対する捉え方がー。街全体の昭和チックな雰囲気がー。心理描写が丁寧で初心者に読みやすくー。
なんて狩沢は続けて感想を述べる。誰が聞いても明らかに『すっかり夢中で読んだ』と捉えられるテンション感。
しかし、当の真昼は『ずっと傍に』がリフレインして、以後の言葉は右から左へ流れていっていた。
『でねー。真昼ちゃんのステキな作品読ませてもらったから、私もなにかあげたくてねー』
「……はひ…」
『なにかアクセサリーあげたいなぁって! 真昼ちゃん可愛いから似合うと思うんだよねぇ!』
「…あ、アクセサリー?」
『そうそう! 私シルバーアクセの仕事してるって言ったでしょ? 結構自信あるよ! 何が良い? ブレスレット? ネックレス?』
「狩沢さんの……? 手作り……?」
『もっちろーん』
チャレンジ項目:友達から手作りアクセを貰う。
これはもう大気圏くらいまで聳え立っていた前人未到のハードルでは?
嬉しい。嬉しくて小躍りしてしまいそうな位、真昼の心には幸せ物質が溢れていく。空いた片手の指は行き場を失って、ずっと机の上で円を描いている。
「え、いや…ですが……」
だが真昼はこれでも吸血鬼である。
人間が良く想像する様に銀は致命的な弱点…というのは遥か先祖の話。
真昼の家系では長い年月をかけ、そういった吸血鬼らしい弱点は、ある種のアレルギーのような軽い体質へと変わっていった。なぜそうなったのか、血統によるものか、単純な時の積み重ねによるものか、それとも全く別の理由なのか。
そんなこと、真昼は知る由も無いし、なんなら強く残ってたら生活しにくいからむしろラッキーくらいにしか思っていない。
要するに真昼にとって銀とは、触ったらちょっとヒリヒリするくらいのもの。
だが、折角狩沢に貰うのであればずっと使いたい。でもずっとヒリヒリするのはちょっと……。
と、どう切り出そうとモジモジしていたのだが──。
『あ、もしかして金属アレルギーだったりする?』
「……え…あ、はい……ちょっと、銀が肌に合わなくて……」
『じゃあ銀じゃない素材で作ろっか。ステンレスとかさ!』
電話越しだというのに、真昼はスーパーフレアを浴びた様な感覚に陥った。