その日の真昼はルンルンであった。
「~~~♪」
重めの前髪を少し横に流し、長い髪を高めに結んでいた。
いつも好んで履いていたパンツも今日はロングスカートで。そこに白いシャツを合わせた。いつもの重くどんよりとした雰囲気とは一変、まるで育ちの良いお嬢様の様な雰囲気を醸し出していた。
(狩沢さん……褒めてくれるかな…!!)
一言で言えば調子に乗っていた。
流石の真昼とて、何十回か交流を重ねれば、慣れていくというもの。
会えない期間であっても、頻繁に交わしたメール。そして時々電話。
その要所要所で自己肯定感にバフをくれた狩沢の言葉は、この吸血鬼を浮つかせるには十分だった。
例えば、真昼ははじめてヘアアイロンを購入した。
例えば、真昼ははじめて洋服を思い切ってマネキン購入した。
例えば、真昼ははじめて踵の高い靴を購入した。
話していく内に…いや雰囲気的には最初から感じるものはあったのだが…狩沢が容姿に結構気を使っているのを知った。
それはつまり、狩沢の見る目は真昼の想像以上に肥えていると言う事で。
相手の時間を貰うなら、せめて相手が納得する水準まで持っていかないと、せめてその努力をしないと失礼だろう、と。真昼は急いで通販サイトを開きポチった。
(手作りアクセサリー……かぁ…!)
そう、今日は例の狩沢からプレゼントを貰える日。
真昼は今日の為に締め切りも守ったし、普段は5時間くらい寝るところを8時間くらい寝て、身体のコンディションを整えた。
圧倒的な全能感。
この日、初めて真昼は自分はリア充になったのかもしれない。
そう本気で思った。
(よ、よぉし。今日は私からたくさん話しかけるぞぅ!)
人混みを華麗に縫い、駅前のヤマダ電機のところの信号で一時停止。
──早く信号変わらないかな。
気持ちがはやる。
ドクンドクンと忙しなく心臓が脈動する。
信号を渡って、マクドナルドの横を抜ければいつものパルコ別館…つまり待ち合わせ場所。
青に変わる。
他の人よりもワンテンポ先に足を踏み出す。
その足取りは早く、誰よりも先に対岸に辿り着く。
そして、ついに──
「あ! 真昼ちゃーん!」
そこには真昼の太陽・狩沢絵理華と───。
「───あ? お前………。前に会ったな」
金髪のバーテンが居た。
「ひぃ!? へ、平和島静雄…………!」
折角作った前髪は、いつの間にか元通りに。
溢れ出ていた幸せドーパミンはへなへなと萎んでいき、高い踵の靴は今更になって不安定さを真昼に感じさせた。
「んだよ、その反応。傷つくじゃねーか」
「え、なに? シズちゃんと知り合い?」
「か、かかかかりさわさんこそ、こ、この……平和島、静雄…さん……と知り合いなのですでしょうか!?」
んーまぁ、友達の友達って感じ?と狩沢は真昼の様子を不思議に思いつつも、至って普通に答える。
【まぁ池袋に居る以上、静雄の喧嘩くらい見た事あるだろうから、きっとそれにビビってるんだ】という認識の様だ。
「それで、ふたりは?」
「あー。前に血ぃ飲ませた」
「あー! あーあーあーあー!! 飲んでない! 飲んでないです! なんで血なんて飲むんですか!」
「飲んだだろ。それで腹壊したじゃねーか」
「お、お腹壊したんじゃなく! あれは人間で言えば、酒に呑まれた状況でしてぇ───あ」
慌てて口を塞ぐ。
自分と、静雄。
しかし、もう遅い。
「血…飲んだ? 真昼ちゃんが? シズちゃんの?」
「あばばばばばばばばばばばば」
▼
話は遡り、約一年前。
ちょうど情報屋・折原臨也が吸血鬼・常磐真昼と出会ったばかりの頃。
「へぇ、生きてる人間の血を安全に飲みたい、ねぇ」
「はいぃ…。もう吸血営業かけるのも限界で……」
「最近は警察も厳しいからねぇ。君のその見た目じゃ大変だろう」
当時の真昼は己が足で頑張っていた。
夜更けに出かけては、
【あの……すみません……血とか…飲ませていただくのって……興味、ありませんか……? 手当はさせていただくので】
と、消毒液と絆創膏片手に純度100%の妖しさで声を掛けていた。
(この際、酔っぱらいの男性が狙うと良い by真昼)
当然、打率は1割も満たず。
三日間まったく飲めないこともざらではなく、コンビニやスーパーのレバーとかヨーグルトで何とか生活していた程だ。
「吸血鬼がスーパーのレバーで食いつないでるって、随分夢のない話だねぇ」
「えへ、多少、マシになるんですよね。何でかは……知らない、ですけど」
椅子ごとクルクル回りながら、臨也は思案する。
どう扱うのが一番面白いか、と。
「紹介しようじゃあないか。どんなに沢山血を吸っても、平気なヤツ。何なら吸いつくしてもいい」
「……いや…それ…死んじゃいません……?」
・
・
・
そそのかされるがまま、真昼がやってきた60通り。ちょうどゲームセンター・アドアーズがある十字路。
「……え」
そこで真昼はにわかには信じられないものを、そして己の価値観を決定的に変えてしまう男と遭遇する。
「オラァァァァァ!」
標識を地面から引っこ抜いて振り回し。
自販機を持ち上げては飛び道具の様にぶん投げ。
たった一振、拳を振るうだけで人間を数十mは吹き飛ばす。
「………あの人?」
平和島静雄の臨也から聞いた情報と言えば
・ツンツンとした金髪
・バーテンの服
・サングラス
「……怪我無いっすか、トムさん」
「応、いつも悪いな」
・トムというドレッドヘアの男と一緒にいることが多い
うん、全部コンプリート!
「……無理。むりむりむりむりむりむりむりむりむりむりむり」
真昼、ここではじめての人生最大の恐怖をまの当たりにする。
ホラー映画とか、創作物上の人外とか、サイコスリラー的な人間の知能犯とか、締め切りとか。
たくさん怖いものがある真昼であるが、それどころじゃない。
「はひ…!? こ、腰抜け、たぁ……」
Uターン後、しれっと即帰宅という手札を切ろうとしたが、あまりの恐怖に身体がそれをさせてくれない。
「あ?」
そして静雄、気付く。
ずっとこちらに視線を向けていて、何故か地面に座り込んでいる少女に。
「…………お前…」
見た目は人畜無害の少女である。
しかし、ずっとこちらを窺っていた以上、ただ居合わせただけとも思えなかった。
そして静雄がそういう妙な人間を目にした時、真っ先に思い浮かべる心当たりなど一人しかいなかった。
「い、やぁ…。あ、あの、私は……、ひぃっ!」
一歩、また一歩。
静雄が近づく度、真昼の顔はどんどんと青冷め、瞳は焦点を失っていく。
そして───。
「お前……なに?」
物凄くドスの効いた地響きの様な低い声(真昼フィルター有り)が、一直線に向けられ───
「ど、ときわ、まひると…申しまずぅ……! きゅうけつきを、やらぜでいだだいでまずぅ!! ごべんなざい!!」
と威厳とかプライドも無く、すぐさま土下座&カミングアウト。
「あ? 吸血鬼…?」
しかし、真昼はどう思ってるかは知らないが、静雄とて無駄な暴力を振るうわけではなかった。
しかも人間じゃないとはいえ、明らかに降伏を全身で表し、しかもそれが年端もいかない少女の見た目なのだから尚更。
「そうか、そんなのも居るんだな」
そう一言、まるで何も響いてなさそうな感想を残した後、静雄は真昼に再び背を向けた。
(……あれ、見逃してくれる……?)
やはり土下座。土下座が全てを解決したのか。
いや、それとも見た目以上に優しいのか。
あるいは──
いろいろな憶測が真昼の中に飛び交うが、兎にも角にもこの場は切り抜けそうだった。
そしてもうあの男とは会わない。絶対に会わない。
そう真昼は心に誓いを立て、安堵のため息を溢す───と同時に。
ぐうぅぅぅぅぅぅ~
という間抜けな音が真昼の腹から響いた。
「……………………ったく。めんどくせぇな」
あまりにも大きいものだから、一度は興味を失った筈の静雄も、ため息を吐きながら戻ってくる始末。
「………腹ぁ減ってんのか?」
「お、おなか……? いえいえいえいえいえそんなこと───」
ぐうぅぅぅぅぅぅ~
「………………ずみまぜん……。もう3日もまどもに食事じでなぐでぇ……」
「…なんか、不憫そうな嬢ちゃんだなぁ……。思わずどうにかしてやりたいって思っちゃうぜ……」
元より威厳もプライドも持ち合わせてない真昼であったが、全力で泣きべそをかく真昼を見て、トムは頬を掻く。
「……血、吸うか?」
「……はへ?」
「トムさんに感謝するんだな」
「おい、誰もそこまでやれとは言ってねぇって」
真昼に衝撃走る。
さっきまで怖かった男が一変。今は後光を携えた神に思えるのだ。
「……吸血鬼ってどこから血吸うんスか?」
「俺に聞くなよ……。やっぱ首なんじゃね?」
不良が雨風に晒された猫を助けるお決まりの如く。
ヒーローが冒頭で民間人を助けるが如く。
一見怖いこの男も、実はこの不器用な情け深さまでがセットの紹介なのでは無いか。
そう、文字通りのセーブ・ザ・キャットの如く。
「……腕…! 首は…ちょっと…アレなので………腕でお願いします!」
「腕か。……ほらよ」
そして差し出される右腕。
筋肉質ではある。でも、さっき見た光景を説明できるほどでは到底ない。
しかしそんな考察、今の真昼には関係ない。
やったー! 久しぶりの生き血だー! 臨也さんの口添えあるし*1ちょっと多めに───。
「遠慮なくぶっこ抜いたらただじゃおかねぇぞ」
───ちょっとだけ頂くぞぅ!
「で、では……。えへ、お言葉に…甘えて…………」
そして控えめな牙を、目に見える範囲で一番太い血管に突き立て、次第に流れる温かな血を口に含んで、喉を潤し──。
「──────っ!」
あまりの刺激に真昼は意識を手放した。
・
・
・
「うん、あれだね。有り体に言えば、酔ってるね」
場所は変わり、岸谷新羅宅。
血を飲み、そしてそのまま気絶した真昼を放っておく訳にもいかず。
彼ならまぁ何とかするだろう、とそんな軽い気持ちで静雄は訪れた。
「あ? 酔っ払いだぁ?」
「近い症状で人間基準に当て嵌めると、ね。急性アルコール中毒ってやつ。──で、気分はどうだい? 吸血鬼さん?」
好意で寝かせてもらっていたソファからむくりと起き、火照った頭に氷嚢を当てたまま真昼は告げる。
「頭…痛い……、気持ち悪い……」
「そんなになるまでなにを飲ましたんだい?」
「俺の血…だが、切り傷程度だぞ」
「……今までに、飲んだことのない不味さでした……。喉が灼けるくらい熱くて…、辛くて……、白眉道人が魚を食べた時って、こんな感じだったのかなって……」
「何言ってんだ、コイツ」
「あははは。つまり君の血は劇毒だったってことさ」
いやー興味深い。と新羅は真昼に関心を示す。
「吸血鬼にも個人による血液に対する好悪があるのか、それとも実は血液型によって相性があるのか。それとも静雄が特別なのか……。是非とも研究したい……。静雄ってO型だっけ?」
「……んなの知ってどうすんだよ」
「いや、なに。まずはデータを取らないと。ねぇ、真昼ちゃん…かな? O型の血液パックなら出せるけど、お口直しにどうだい?」
そして───
『血飲んでる!? 怖い!』
「首が無い!? 怖い!」
───へ繋がる。
▼
「─────吸血鬼? マジ?」
やっとひねり出した、ほとんど反射に近い言葉。
脳はまだ言葉を発したと認識せず、視線はずっとアワアワしている真昼を映していた。
「おう、コイツがそう言っていた」
添えられた手を軽くあしらい、静雄はまたも悪気も無さそうに事実を語る。
「あ、えっと…。これはですね、その………。血を吸うのは…ですね……。えっと。ほんとーにたまにでして、一か月に一回くらい、ちょーっと飲めれば満足するいうか、普段はヨーグルトとかレバーでもう十分というかぁ。私自身あまり吸血は好きじゃないというかぁ……」
「え、気にするのそこ?」
狩沢、真昼のあまりにもズレた誤魔化しに思わず現実に意識を戻す。
「へ…? だって血吸うの怖くないんですか?」
「え? いや普通、隠したいのって【吸血鬼です】って方じゃないの?」
「いや、そっちは…別に隠していた訳じゃないですし……。聞かれたら、答えようかな位には……思ってました」
真昼にとって、吸血鬼であるということは【違う種族だから嫌われるかもしれない】という、社会に馴染めるかどうかの問題。
知らない土地で暮らす異邦人が、周囲に馴染めるかを心配するのと近い。
だが吸血は違った。
血を口にするという行為そのものが、人間から見れば生理的な嫌悪を催すのではないか――真昼がより恐れていたのは、そちらである。
「いや、普通は人間かどうかなんて確認取らないけど……。まぁでも確かに…。割と要素はあった……のかな…?」
日傘。白い肌。コンビニで買ったヨーグルト。銀が苦手………。
「日陰を選ぶのに慣れてたというか、自然だったし……。笑った時に見えた犬歯ってもしかして牙…?」
「え、あ。は、ハリボテ…! ハリボテの、牙! ですね! 私、ほとんど吸血しませんので!! えぇ!」
「嘘つけ。新羅のとこから血、貰ってんだろ」
「もう、何なんでずかぁ! 平和島静雄は私をどうしだいんでずがぁ!」
そして始まるやいのやいの。
明らかにビビりまくってる癖に、こういう時の文句だけはいっちょ前に引かない真昼。
静雄も静雄で真昼の気持ちが伝わったのか、それとも単純に仕事の時間なのか。
「まぁ、あとは任せたわ」
と欠伸をしながら散らかすだけ散らかして去っていく。
「なるほどー。真昼ちゃんがねぇ。ふぅん」
その間も狩沢は変わらず今までの真昼との思い出を振り返っていた。
そう言えば月姫や、ブレイドを語る時のぎこちなさがとか。やけに古い例えが多いのって…とか。
考えれば考えるほど、それっぽい要素が出て来て。
それが狩沢にとっては──。
「ねぇ……真昼ちゃん」
「は、はいぃっ!?」
「───池袋の吸血鬼伝説って、真昼ちゃん?」
──堪らなく面白い。