カラオケ。
そう、カラオケ館に来た。
安く、ドリンクバーがあって、密室で、防音で。
ゆっくり話聞くのがちょうどいい。
真昼も、友達と行ってみたい施設トップ5には入れていたくらいには、リサーチをしていたから知っている。
(でも…まさか)
「じー」
初めての友達とのカラオケが、こんなことになるなんて……!!
おのれ、平和島静雄め。
今度、見かけたら覚悟しておいてくださいよ……!
遠くから【風邪ひいて鼻水止まらなくなってティッシュ使い過ぎて鼻が痛くなってしまえ】という呪いを掛けてやる*1。
と、脳内では静雄への恨みつらみは消えない。
「……ねね、でさでさ!!」
「ひぃ!」
興奮抑えきれず、と言った様子で狩沢は身を乗り出す。
いや、狩沢にしては大分我慢したかもしれない。パルコ別館前から、60通り手前のカラオケ館まで5分ほど。
その間、狩沢は慌てふためく真昼に問い詰める事無く、無言でここまで引っ張ってきたのだから。
「吸血鬼って、どうやって血ぃ吸うの? やっぱ首から?」
まるでここに来るまでの5分間が無かった様に、さらりと話を再開する狩沢。その瞳は明らかに輝いていて、鼻息が荒い。
「く、首からなんて……! そんな…え……エッチなこと…しません!!」
「え、首からってエッチなの? なんで? なんでなんでなんで?」
「だ、だって…。首って急所、ですよ!? それを、他者に委ねて…、牙入れるんですよ!!!」
それに創作物側もやけに色気を助長していると真昼は語る。
映画ではやたらグラマラスな女性が大体吸われ、よりライトな文芸になると催淫効果なるものが付与されているのだ。
「完全に、我々の食事がエッチな眼で見られてます! エッチな同人みたいに!!」
「あははは! それって真昼ちゃんがエッチなもの見過ぎてるだけじゃん!」
面白!と狩沢はバタバタと足をばたつかせる。
「え、なになに。それってさ、吸血鬼にも個別の価値観あるってことだよね! 真昼ちゃんは首からはエッチ。でも他の人は?」
「ほ、他…!? 他は…どうなんでしょう………」
他、と言われて脳裏に過ぎるのは、長野の山奥でひっそりと暮らす両親の姿くらい。
「ふぅん! なるほどなるほど。他の吸血鬼は知らない……と」
興味深そうに頷き、そして取り調べの警察みたいにメモに書きつける狩沢。
テンポの良いペンの音が響くたび、真昼はびくびくと肩を震わす。
「じゃあやっぱ真昼ちゃんの個人的なこと聞いちゃおっかなー♪」
ペロリと唇を舐め、狩沢は思案する。
Q:晴れの日はやっぱ嫌い? 晴れの日と雨の日だったらどっちが好き?
A:晴れ、ですね。どっちにしろ、傘で手は塞がりますし……。湿気が少なくて洗濯物も乾きますから。
Q:真昼ちゃんはやっぱ夜が好きなの?
A:い、いえ…。基本的に朝に起きて、夜に寝ています…。編集さんからの連絡もありますし、お店や映画館だって夜中は開いてませんから。……締め切り前は別ですけど。
Q:流水は苦手?
A:いえ、普通に湯船とかにも入りますよ……。 ただ、海とかプールはちょっと……、なんか遊んでいる人達皆キラキラしていますし………なによりカナヅチなので…えへへ…
Q:にんにくは?
A:苦手というか……口臭が気になり、ます。
Q:鏡に姿は映る?
A:うぇっ!? 映らないことあるんですか!? ……こわぁ…!!
Q:棺桶で寝る? もしくは寝た事ある?
A:……棺桶…? FF7のヴィンセントさんの様なもの…ですか? ………いえ、普通にセミダブルベッドです。無限に寝返りが打てて気持ちいいんですよぉ……!
Q:十字架は苦手?
A:別に何とも……。そもそも、十字架って人間の宗教的な象徴じゃないですか。それがどうして生物としての吸血鬼の弱点になるんでしょうね?
もちろん創作物における吸血鬼の成り立ちや、宗教観との結びつきは理解できるんですけど、種族全体の生態にまで当てはめるとなると……(オタク特有の早口)
Q:噂では池袋の吸血鬼は髪が白いと聞いたけど?
A:ち、調子にのって、白に染めた時期があったんです! 道行く人たちの、視線が…怖くで……すぐに黒に戻じまじだぁ………!
それからあれも、これも、それも──。
何十回にも及ぶ質問。
その間も狩沢は常に笑顔を絶やさず、途中からはもう真昼の隣に座ってまでグイグイと迫る。
そうしてある程度聞きたい事が収まったのか、ふと自分のメモを見返して言う。
「真昼ちゃん、めっちゃ普通だね!」
「ずみまぜんでじだぁ!!」
靴を脱いで、ソファの上に正座し、額をソファに押し付ける真昼。いわゆる、土下座。
突然の奇行に狩沢は眼をぱちくりとさせながら
(……靴を脱ぐ冷静さは有り……と)
またメモに加える。
「すみません、つまらないですよね。こんな吸血鬼。月姫に出てくる様な能力ありません…。ブレイドに退治されるような悪事も働きません……! お眼鏡、かないませんよね!!!」
「えーそう? 私はめっちゃ面白いけどなぁ。すっごく人間社会に溶け込んでる真昼ちゃん」
がばっ。と顔を挙げる。
強く擦りすぎて額に残る跡と、乱れた髪がやや間抜け。
そう、狩沢の瞳には映った。
「……おもしろい?」
「うん。すっごく。最初から面白かったけど。真昼ちゃん、もう属性持ちすぎだって」
あははは!
お腹を抱えて笑う狩沢。
「あはは…そうです、かねぇ…」
笑ってくれる狩沢にほっと胸を撫でおろす。
(……あれ)
ふと、真昼は思う。
なんで、自分は狩沢が笑ってる事に安堵したのだ、と。
初めは、血を吸う事自体に気味悪がられるかと思った。
その次は、普通と言われたことに焦りを覚えた。
(あれ?)
どっち?
(私は、どっちを狩沢さんに受け入れて欲しいんだ?)
そんな戸惑いを余所に、狩沢は「ひー、おもろ」と笑い過ぎて溢れた涙を拭う。
「いやいや、まさか偶然出来た友達が長命吸血鬼ロリ小説家とは……事実は小説より奇なりだねぇ」
あ、『遠雷の街』の人外描写細かいのも、真昼ちゃんならではだ!
また新しい発見。そうして狩沢はより笑みを増す。
「だから銀がダメなんだねぇ……。なるへそなるへそ」
と笑みを崩さず、狩沢はトートバッグをガソゴソ。そうして取り出したるは、小さいポーチ。
「じゃーん」
真昼に見せつける様に、顔の前に出し、横からひょこっと満面の笑顔を覗かせる。
「お約束の、アクセサリー! あ、勿論ステンレス製ね」
「────あくせ、」
ポカン。
口をあんぐりと開けて、真昼は見つめる。
「うん。あげるって言ったじゃん」
「……ええと」
おかしい。
想像していたシチュエーションじゃない。
いや、勿論、貰うのを楽しみにしていたが、あのパツキンバーテンに流れを壊されてからは、最悪その場で解散も有り得た筈だ。
………どこから軌道修正した????
真昼は必死に考える。
生きている年月に釣り合わない、同人誌よりも薄い脳内の対人マニュアルを引っ張り出して。
───検索中、検索中。
該当0件。
「狩沢さん」
「ん、なぁに?」
「私、吸血鬼」
「うん、さっきシズちゃんから聞いた」
「血、吸います」
「うん。吸血鬼だもんね」
「はい????」
「うん????」
お互い首を傾げて、数秒固まる。
隣の部屋から響くアニソンのメロディと歌声。
ちょっと上手い。
「じゃあ真昼ちゃんにプレゼントを──」
「ちょっと待ってください」
「んー?」
「こわく、ないんですか?」
「え、なんで?」
なんで????
なんでって感想が、なんで?
もう真昼の脳内は完全に宇宙だった。
宇宙吸血鬼。
「恐がって欲しいの?」
「いえ、そういうわけじゃ………」
「じゃあ、いいじゃん」
いい、のか?
割と、人によっては人生最大のイベントになってもおかしく無い様な……。
「……真昼ちゃんさ」
「は、はいっ」
「もし私がカラーギャングやってた…って言ったら驚く?」
カラーギャング。
あの、池袋の、ウエストゲートパーク的な。
悪いことじゃない、ダサい事を嫌うキング…的な。
ぐるぐるぐる。
思考は巡るが、結局、結論が出るよりも先に、言葉が出る。
「…驚きはしますが、恐くないです……」
「どして?」
「狩沢さん、だからです」
「うん、それそれ。私もそんな感覚」
なるほど。
分かる様で、分からないような──。
「だから、はい。真昼ちゃんにプレゼント! 友達って、そう簡単に離れるものじゃないでっせ?」
真昼、スーパーノヴァを真正面から浴びる。
宇宙に漂っていた吸血鬼など、もう消し炭。
「ぷ、ぷれぜんと……! と、ととと友達…!!!!!!!」
友達。
真昼を知って尚、常夜灯を知って尚、吸血鬼と知って尚……!
狩沢さんは…、いえ、この聖女は……いえいえ、このメシアは……!
それでも私を友達と呼ぶ!!!!
「えへっ」
何度妄想した。
何度、怪異×人間の友情ものを書いてきた。
もはやこれはもうヴァルハラと呼ばれた領域。
そう、前人未到の神域。
「真昼ちゃーん。おーい。早く意識戻してつけてみてよぉ」
身体をゆすられ、首ががくがく振られたところで、真昼帰還。
「そ、そそそそれでは……僭越ながら……!」
ゆっくり、ポーチを開ける。
緊張で手が震える。でも、落とす訳には、傷つける訳にはいかない。
そして中から出てきたのは、軽くて、ややしなやかで、それでいて上品な銀色のステンレス製のブレスレット。
目測、ちょうど真昼の手首に入るくらいのもの。
「い、いつのまに…サイズを…!」
「前に手握った時、さりげなく、ね」
これでも生計立てられるくらいにはプロなんだぞ~。
そう、狩沢は胸を張る。
「つけてみよ?」
「はひっ」
腕を引っ張られ、いつの間にか狩沢の手に移動していたブレスレット。
それがゆっくり、狩沢の手によって、装着。
「あ……」
さりげなく植物の葉の様な装飾が施された、ワンポイントとしてとても映えるブレスレット。
「重くない? 真昼ちゃん、小説家だし、手先よく使うよね? 邪魔にならなそう?」
「…! そ、そんなことまで考えていただけたのでしょうか!?」
「そりゃそうでしょ。ずっと付けてて欲しいし」
真昼の宇宙、コスモが弾ける。
「だ、大丈夫です…! かるいです。軽い…! つけてるのも忘れてしまうくらいには……い、いえ! 決して狩沢さんの事を忘れるとか、そういうのじゃなくてその……!」
「うん! よかった! よく似合ってるよ!」
「…ふひっ」
メシア…いや、もう天使。
ほんの僅かに加わった重みが、狩沢さんを感じさせて、意識する度に真昼の心は浮足立つ。
「えへへ…えへ、」
何度も何度も、目をキラキラさせながら、色々な角度でブレスレットを見る真昼。
「…………ふふ」
色々な人にアクセを売って来たけど、ここまで目の前で喜ばれたのは初めてかもしれない。
狩沢からも不思議と笑みが零れる。
「──あ、ねぇねぇ」
そして、狩沢は思い至る。
再び、湧き上がった好奇心は、もう止められない。
「はい? なんでしょう、か?」
得物を見つけた猫の様に、ソファを這って、真昼に迫り、怪しい笑みを浮かべる狩沢。
「私の血、吸ってみてよ」
「……はい? 血を、」
「うん」
「…吸う?」
「そうそう」
「…誰が?」
「真昼ちゃんが」
「誰の?」
「私の」
真昼、すかさず後退。
部屋の中央辺りに座っていた真昼は、逃げる様に壁側へ。
「な、なんてことを……!」
「いや、なんで真昼ちゃんが顔を真っ青にするのさ」
「い、いえ…だって! 血を吸われるんですよ!!」
「うん。吸われてみたい」
「献血とは違うんです!!」
「……なんか、吸血鬼から言われてると思うと、感慨深いなぁ……」
いいですか!
と真昼から語られる吸血について。
貧血の可能性が、とか。
傷からの感染症の可能性が、とか。
「でも、真昼ちゃんって人間から吸うんだよね?」
「……たまに、たまにです。人間でいう、外食レベルの贅沢です…………」
「じゃあ、今日は外食にしようよ。首…じゃないや。腕からでいい?」
首以外のどこから吸うか、狩沢は分からなかったが、恐らく腕だろう……そう予測した。
だって注射も腕からだし、と。
ずいっと出される狩沢の腕。
普段は服の下に隠されていた腕。
細い、そして白い。きめ細かい肌。
「……ですが…!」
口では言いつつ、差し出された腕から目が離せない。
──美味しそう。
それはとても、食欲をそそるご馳走だったから。
「ほれ、ほれ。目は口程に物を言うんだぞ~。真昼ちゃんの眼、釘付けだぞ~」
あはははは。と、感覚的には猫と猫じゃらしと遊ぶ感覚の狩沢。
「……うぅ…うううう!」
真昼とて吸血で人を害そうとは思ったことは一切ない。
なんなら、生きる為には必要なこと。そうちゃんと自覚している。
だから、この葛藤は小さなプライドだ。
狩沢から【吸血目当てで仲良くなった】と思われたくない…という、極めて人間臭いプライド。
「……真昼ちゃん。これはね、スキンシップだよ。友達同士のスキンシップ」
「ともだち…すきん…しっぷ……」
耳元で狩沢は囁く。
友達、と強調して。
「そうそう、だから、遠慮しないで。だいじょーぶ、他の吸血鬼もみんなやってるって…多分」
「う、……わ、わかりました………!」
きゅっと覚悟を決めて、狩沢に向き合う真昼。
「ちょっと、ちょっとだけ、頂きます! ほんのちょっとだけですから、ね!」
なんで吸う側が念押しするんだろう。
クスクスと狩沢が笑う。
そうして、狩沢の腕に添えられた、真昼の小さな手。
慣れた手つきで、マッサージの様に指を滑らせ、血管を探り当てる。
そして、顔を近づける。
息遣いが、生暖かい吐息が、垂れる髪が当たる程近い。
そして口からきらりと光る、牙。
(……吸血鬼…か)
信じていないわけじゃない。
だけど、そのあまりにも馴れた仕草が、本当に真昼は人間じゃないんだ。
そう、まじまじと見せられ、狩沢は実感した。
「ちょっと、チクっとしますから」
「────うん」
そして、ゆっくりと肌に刺さる牙。突き破られる皮膚。チクっとした痛みと同時に感じる熱。
ほんの少しの時間。
だけど、その時間が、狩沢にとって永遠の如く、長い。
「…………!」
一方の真昼は、目を見開く。
予感はあった。
腕を差し出された時から。そして、顔を近づけた時から。
そして、こうして少量の血を口に含んだ瞬間、身体が震えた。
初めての感覚だった。
勢い良く、顔をあげ、狩沢から距離を取る。
後退り、部屋の壁に背中をぶつけて尚、真昼は後ずさろうと足を動かしていた。
「……狩沢さん…その、血液型って…」
「えっと…Bだけど……」
「B……」
おかしい。
ただの食事。されど食事。生きる為に必要な事。
生き血かそれ以外かで、差はあれど、真昼の認識的には血液型に差は無かった…筈であった。
思わずこぼれそうになる涎を拭う。
(───美味しい)
涎を拭った手に付いた血が、未だに強烈な誘惑を発していた。