【ID×GE】~神喰いは無限の系統樹で狩りをする~   作:初恋ジューサー

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始めまして新世界

□王都アルテア南門前 神薙ユウ

 

「っと、到着~」

 

 チュートリアルが終わった瞬間、突然空に投げ出されパラシュートなしのスカイダイビングを強要されたが、地面に近づくにつれて減速していったのであらかじめ決まっていた仕様なのだろう。着地の瞬間に膝を折って衝撃に備えたものの、足の裏に伝わったのは柔らかな反発だけだった。

 

 落下中、肌に空気を切り裂くような感覚や、風が眼に当たって乾く感覚があった。地面に降り立った時には、土や草の香りが鼻腔をくすぐった。歩き出すと舗装されていない道特有の凹凸を靴越しに感じた。頭上では雲の切れ間から陽光が降り注ぎ、遠くで鳥の鳴き声が響いていた。

 

 試しに手を握って開いてみるが、指先の動きにまったくの遅れがなかった。身に着けた衣装の布地の感触も、腰に下げた長剣の確かな重みも、現実のそれと何も変わらなかった。

 

 このゲームは現実と遜色ない感覚を再現する、異次元のゲームなのだと実感させられた。

 

「はぁ~……これがゲームの世界って信じられんな……。一回ログアウトして確認してみるか」

 

 深く息を吸うと、草いきれと乾いた土の匂いが肺を満たした。つい先ほどまで歩いていた、田舎の畦道の空気とどこか似ている気さえした。

 

 そういえばその辺のシステムについてジャバウォックから聞くのを忘れていたので、頭の中で『ステータスオープン』や『システムオープン』などと唱えて試してみた。『メインメニュー』と唱えたら、目の前にゲーム画面のようなウィンドウが現れた。定番の合言葉を片っ端から試していく作業は、宝探しのようで少し楽しかった。

 

 いろいろいじっていると、項目の中に『ログアウト』の文字を見つけた。

 

「ついでに修一に連絡も取ってみるか」

 

 そう考えた俺は『ログアウト』を選択して、一度現実に戻ることにした。

 

【ログアウトします】

【セーブポイントが設定されていないため、次回のログインポイントは現在位置になりますがよろしいですか?】

 

「了解、っと」

 

【承知しました】

【またのご帰還をお待ちします】

 

 メニュー画面に案内テキストが流れるのと同時に、<Infinite Dendrogram>を始めた時と同じ感覚に包まれた。意識が水底へ引かれていくような、あの感覚だ。

 

◇

 

 気がつくと、自室の天井をヘルメットのサンバイザー越しに眺めていた。

 

 先ほどまでいたゲーム世界の現実と変わらないリアルな感覚がいまだに残っており、一瞬混乱しそうになったがすぐに現実の感覚に慣れてしまった。扇風機の風が頬を撫で、窓の外では相変わらず蝉が鳴いていた。

 

 周囲を見渡すと麦茶のグラスの結露が微かに残っており、時計を見るとゲームを始めてから三十分ほどしか経過していなかった。

 

 ゲーム世界は現実世界の三倍のスピードで経過すると説明書にあったが、チュートリアルの空間も同様だったらしい。体感では一時間半以上が過ぎていたのに、現実ではまだ夏の午後が続いていた。

 

「本当に説明書に書いてある仕様どおりになってるな。なんていう会社が制作したんだ?」

 

 ふと思いついてパッケージや説明書を確認したが、それらしい企業名や運営会社の名前は一切書いていなかった。

 

 ただゲームの開発責任者として「ルイス・キャロル」という人物の名前のみが書かれていた。どこかで聞いたことがある名前な気がしたが、思い出せなかった。

 

 検索サイトでその人物について調べてみたが、詳しい素性などは一切出てこなかった。あれほどの代物を作った人間の痕跡が、ここまで見つからないのは不自然だった。

 

「これは追々調べるとして、修一に連絡するか」

 

 現実とゲームで得られる感覚に差異がないことを確認し終えると、修一にゲームを始めたとメールを送った。

 

 向こうもゲームをしているのかすぐには連絡が来ず、仕方がないので所用を済ませて再度ログインすることにした。所用といっても、グラスに残っていた氷の溶けた麦茶を一息に飲み干し、事前にトイレを済ませるだけなのだが。

 

 ベッドに横になりつつヘルメットを被り、スイッチを入れてゲームの世界へ没入していった。

 

◇

 

 二度目はさすがにスカイダイビングはせず、先ほどログアウトした地点からのスタートになった。

 

 少し先に目を向けると、陽光を弾いて眩しく輝く白い城壁に組み込まれた巨大な門が見えた。見上げるほどの高さがあった。

 

 人や馬車が行き来しており、あそこから入城すればよいと判断し早速向かうことにした。道すがら荷を満載した馬車が追い越していき、車輪が土を噛む音がいつまでも耳に残った。

 

 城門の脇に衛兵が立哨していたので、王都の地理について聞くことにした。

 

「どうもこんにちは、立哨お疲れ様です」

 

「おう、もしかしてあんたも初心者<マスター>か?」

 

「あれ、分かっちゃう?」

 

「二、三週間前からあんたみたいな、いかにもお上りだけど異様な雰囲気をまとった旅人の<マスター>を何人も見てきたからな。何よりその特徴的な左手を見れば一目瞭然だ。『ようこそ、ここは王都アルテア、アルター王国の首都だよ』。こう言うと興奮する<マスター>が多いけどあんたはどうだ?」

 

「少しテンション上がるけど、そこまでかな」

 

 正直に答えると、衛兵は「正直だな」と豪快に笑った。

 

 立哨している衛兵と立ち話をしながら、情報収集を行った。身振り手振りを交えた説明は分かりやすく、人柄の良さが伝わってきた。

 

 話を聞くと、<マスター>たちが真っ先に向かうべきは冒険者ギルドだと教わった。

 

 そこでどのように行動していくか考え、どのような職業に就くか調べ、実際に選んだ職業のギルドへ赴き、就くための手続きなどを行っていくらしい。

 

 この国の固有職業として【騎士(ナイト)】や【司祭(プリースト)】というものもあるらしいが、その場合は騎士団本部や教会で手続きが必要だという。

 

「なるほどね、詳しい説明ありがとう」

 

「いいってことよ。こういうやり取りをすると喜ぶ<マスター>が多いからな。せっかく俺の国を選んでくれたんだから、歓迎してるっていうところを示したいんだ」

 

「そう言ってくれるとこっちも嬉しいよ。しばらくは王都を拠点にする予定だから、次に会った時は何かおごらせてくれ」

 

「楽しみに待ってるよ」

 

 そう言って衛兵に別れを告げ、城門をくぐって王都へ入った。

 

 門の先に広がっていたのは、白い壁と赤い屋根の建物が整然と並ぶ石畳の大通りだった。露店の店主が威勢よく客を呼び、出来立て料理の匂いが漂ってきた。鎧姿の騎士が颯爽と馬を駆り、買い物かごを提げた女性や、笑いながら駆けていく子供たちとすれ違った。誰もが確かにここで暮らしている。そんな実感があった。

 

 先ほどはちょっとしたやり取りだったが、衛兵の受け答えに違和感は覚えなかった。むしろ現実世界の人間との違いが分からず、本当にゲームのNPCなのか疑問に思うほどだった。

 

 道行く人々の中には、俺と同じように落ち着きなく視線を泳がせている者もちらほらと見えた。左手の甲に光る卵があることから同じ<マスター>だと分かるのだろう。

 

「これが冒険者ギルドか、デケー建物だ」

 

 石造りの重厚な建物の前で、思わず足を止めて見上げてしまった。出入りする人々の装いはさまざまで、全身鎧の戦士もいれば、ローブ姿の魔術師らしき人物もいた。

 

 冒険者ギルドへ入り、正面にある受付で自分が<マスター>であること、自分に向いた職業が何か調べたいことを伝えると、すぐに資料室へと通してくれた。

 

 俺以外にも、職業に就くよりも先に調べ物をする<マスター>が多いらしく、ここ数週間で何人と同じやり取りをしたか数えていないそうだ。受付の女性は慣れた様子で微笑んでいた。

 

 資料室は天井まで届く書架が壁一面を埋め、古い紙とインクの匂いが満ちていた。窓から差し込む光の筋の中を、細かな埃がゆっくりと舞っていた。

 

 膨大な資料を前に、何の職業に就くか考え始めた。

 

「まず、まだ発現していない<エンブリオ>がどういう方向性の能力を持つか分からないから、現時点では汎用性の高い職業に就くのがいいな。とりあえず俺のやりたいことを優先して選べばいいんだが……何をやってもいいって実際に言われると、何をやればいいか悩むな」

 

 専門性の高そうなアルター王国の固有職業【騎士】の詳細について記した資料は、早々に脇に寄せた。最初の職業として人気の高い【剣士(ソードマン)】、前衛職業として汎用性の高い【戦士(ファイター)】、RPGの後衛職でおなじみの【魔術師(メイジ)】、非戦闘職の【商人(マーチャント)】【記者(ジャーナリスト)】、生産職の【鍛冶師(スミス)】【薬師(メディシンマン)】など、多岐にわたる資料を前に考えた。商人や記者の資料にも目を通してみたが、拠点を築いて世界を巡る旅人の姿は想像できても、そこに自分がいる姿は思い描けなかった。

 

 自由度が高いと言えば聞こえはいいが、実際に目の当たりにすると選択肢が多すぎて、選ぶのが非常に大変だった。机の上に積み上がっていく資料の山を見て、早くもため息が漏れた。

 

 試しに【剣士】の資料を開いてみれば、剣術の基礎から応用まで丁寧に記されていて、確かに無難な選択に思えた。だが、無難であることと、心が躍ることは別の話だった。

 

 そんなことを考えていると、後ろから声をかけられた。

 

「お困りかな、新人<マスター>君」

 

「あなたは?」

 

「おっと、急に失礼。私はギルドの資料室を管理する【高位記録保管人(ハイ・アーキビスト)】のジェダイ・バルファーだ」

 

 振り返ると、穏やかな笑みを浮かべた眼鏡の男性が立っていた。ジェダイ、という名前にどこか引っかかるものがあったが、今は口に出さないでおいた。

 

「俺は神薙ユウ、ユウって呼んでくれ」

 

「よろしく、ユウ君。何の職業に就くかお困りのようだったから声をかけたが、よかったら手伝わせてもらえないかな?国やギルドの方針で、新人<マスター>にはできるだけ手を貸すように言われていてね」

 

 渡りに船のジェダイの提案に乗り、自分の要望などを伝えながら、ふさわしい職業を選んでいくことにした。

 

 ジェダイが就いている【高位記録保管人】は【記録管理人(アーキビスト)】の上級職で、資料や公文書の記録を収集・整理・保存し管理する職業らしく、資料室の管理人になるには必須とのことだった。

 

 それとなく【記録管理人】を勧められたが、自分のやりたいことではないので辞退させてもらった。

 

「資料を一つひとつ読んで調べるのもいいが、それだと時間がいくらあっても足りない。そういうときにはこの【職業診断カタログ】を使うといい」

 

「【職業診断カタログ】?」

 

「このカタログから流れる音声質問に答えていくと、今就ける職業の中で自身に合ったものを選択してくれるんだ。初期の状態で就ける職業は百を超えるから、選択肢を絞る意味でも使ってみるといい」

 

「なるほど、それじゃあ早速」

 

 ジェダイから借り受けたカタログから流れる質問に、答えていく。

 

 何をしてみたいかとか、こういう時どうするかといった、性格診断のような質問に答えること五分、診断結果で選ばれた職業は下級職の【狩人(ハンター)】だった。

 

 結果を告げる声を聞いた瞬間、胸の奥で何かがかちりとはまる音がした気がした。横から画面をのぞき込んだジェダイが、「ほう」と感心したように声を漏らした。

 

「【狩人】ってどんな職業なんだ?」

 

「【闘士(グラディエーター)】ほどではないが短剣から弓まで幅広い狩猟向き武器の適性を持ち、対人戦闘力よりも対モンスターの狩猟能力を向上させるスキルを多く発現する職業だな。使用する武器によって【弓狩人(ボウ・ハンター)】や【罠狩人(トラップ・ハンター)】などの派生下級職に就くことができるぞ。初めての職業としては悪くないんじゃないか?」

 

 そう言われてみると、現実では昔からモンスターをハンティングする狩りゲーが好きだったし、今も田舎の役場職員のかたわらガバメントハンターになるべく狩猟免許を取得しようと努力してきた。

 

 無意識のうちに害獣やモンスターに対して狩猟本能を発揮していたのかもしれない。思い返せば、ゲームを選ぶときも、将来を考えるときも、いつも獲物を追う側に心が惹かれていた。

 

「我々のようなティアンならまだしも、<マスター>である君たちは自由に職業を選択できる立場だから、試しに就いてみて気に入らなければ転職すればいい」

 

「いや、たぶんこれが俺のやりたいことなんだって納得できたよ。<エンブリオ>が発現しても【狩人】が中心になるジョブ構成にしてみる」

 

「行き詰まったらまたこの資料室を訪れるといい。【狩人】になるには狩人ギルドで手続きする必要があるが、案内しようか?」

 

「いや、そこまで手は煩わせたくないよ。こっから先は一人で行くよ」

 

「そうか、では『フォースと共にあらんことを』」

 

「ブフッ!?……王都に入る前から気になってたけど、<マスター>の世界に毒されすぎじゃないか?」

 

「とある<マスター>から教えてもらったが、君たちの世界では『ジェダイ』の名を持つ者しか言えない台詞なのだろう?」

 

「ちょっと違うけど……手伝ってくれてありがとうございます」

 

 いろいろと手伝ってくれたジェダイに礼を言い、早速教わった狩人ギルドへと向かった。去り際に振り返ると、ジェダイは穏やかな笑みを浮かべたまま、小さく手を振ってくれていた。

 

 たどり着いた狩人ギルドは、大通りから一本入った静かな通りにあった。壁には獣の毛皮や角が飾られ、棚には弓や罠の部品が整然と並んでいた。使い込まれた革と薬草の匂いが鼻をくすぐり、なぜか懐かしい気持ちになった。

 

 狩人ギルドの受付で【狩人】になりたいと伝えると、カウンターの奥の部屋に案内された。

 

 部屋の中央にはクリスタルが鎮座しており、これに触れることで職業に就くことができるらしい。淡い光を内に宿した結晶は、まるで脈打つように明滅していた。

 

 俺は早速触れ、【狩人】の職業に就いた。ひんやりとした感触が手のひらに広がった次の瞬間、温かな光が全身を包み込み、視界の端に開いたメニューの職業欄に【狩人】の文字が静かに刻まれた。ここが、最初の一歩だ。

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