【ID×GE】~神喰いは無限の系統樹で狩りをする~ 作:初恋ジューサー
□王都アルテア<狩人ギルド> 【狩人】神薙ユウ
【狩人】に就いたので早速フィールドに出て一狩り行こうぜ!……という前に、準備することはたくさんある。狩りゲーに限らず仕事の鉄則は、段取りに八割、実践に二割。装備も知識も整えずに飛び出して、何度も痛い目を見てきた経験がそう教えてくれていた。
役場の補助金で受けた狩猟免許の講習でも、最初に教わったのは道具の扱いよりも安全の確保だった。仮想の世界であってもその心構えは変わらないはずだ。
まず受付で、初心者向けの講習がないかを確認した。このゲームは死亡するとデスペナルティとして現実世界で二十四時間、ゲーム世界で七十二時間ログインできなくなる。こんなに面白そうなゲームを丸一日できなくなるのは耐え難いので、事前準備を完璧に終わらせる必要があるのだ。
「というわけで初心者向け講習とかあったら参加したいんだけど、ギルドで主催してます?してないなら俺からギルド所属のベテランに狩人のイロハを教えてもらう依頼を出すけど?」
「急増する<マスター>向けに新人教育をする講習が定期的に開催されていますので、そちらに参加しますか?ギルド所属なら参加費は無料ですよ」
「おっ、ちょうどいいのがあるじゃん。まだ参加枠残ってます?」
「少々お待ちください……一番早いのだと一時間後に開催される部に空きがありますね。予約しますか?」
「じゃあお願いします」
初心者講習の予約をしたら、まずはギルド内の掲示板をのぞいてみた。壁一面に依頼書が貼られていて、モンスターの討伐から素材の採取まで、さまざまな内容が並んでいた。その一枚一枚を眺めているだけで、胸が躍った。
次は、狩人ギルドの資料室でどんな職業に就けるのか、王都周辺にはどんなモンスターがいるのかを調べていった。モンスター図鑑のページを繰れば、姿形や生態、弱点、ドロップするアイテムが丁寧に描かれていた。こういう資料を端から読んでいくのが、昔から何より好きだった。気がつけば夢中になっていて、時間が溶けるように過ぎていった。
【リトルゴブリン】は子供ほどの背丈の小鬼で、単体なら大した脅威ではないが、数が集まると厄介だという。【パシラビット】は名前どおり兎に似た姿をしていて、後ろ脚が発達し、素早い動きで獲物を翻弄する。どちらも図鑑の隅々まで目を通し、行動の癖や落とす素材を頭に刻んだ。
上級職の【大狩人(グレイト・ハンター)】は【狩人】の上位互換として癖は少なそうなので、<エンブリオ>次第になるが現時点では優先して就きたい職業筆頭だ。派生上級職の【鬼猟師(マタギ)】は武器のほかに猟犬などを使役して狩りをする職業なので、<エンブリオ>が従魔なら選んでみてもいいかもしれない。
いろいろ調べていくうちに講習が開始される時間になり、案内された部屋へ向かった。飾り気のない広い部屋に、長椅子がずらりと並んでいた。俺以外にも<マスター>が数名、そしてティアンの少年少女の姿もあった。ティアンの子たちは背筋を伸ばし、膝の上で拳を固く握りしめていた。一方で<マスター>たちは、早くも仲間同士で雑談に花を咲かせ、落ち着きなく足を揺らしていた。
同期になるわけなので、少し仲良くしておこうかとそちらに近づく前に、講習が始まった。
「諸君、狩人ギルドへようこそ。私は講師を務める【大狩人】のクック・イーヤンだ。気軽にクックと呼んでくれ。まずギルドの役割と依頼受注の流れを説明する」
壇上に立ったのは、日に焼けた肌と鍛え上げられた体躯の四十代ほどの男性だった。狩人ギルドを含めた専門職のギルドでは、住民などからの依頼を受け、達成することで収入を得ることができるようになる。
狩人ギルドの場合、依頼の内容はあらゆる場所に出現するモンスターの間引き・討伐、生産系ギルドからのモンスター素材や採取素材の納入依頼など、多岐にわたる。モンスター討伐以外にも、こういう依頼を受注して達成すれば、職業レベルを上げる経験値を得ることができるらしい。
「ただ散漫に討伐するだけでもレベルは上がるが、依頼と一緒にこなせばより早くレベルを上げることができるからよく考えて行動してくれ。次は王都周辺の初心者向け狩場の説明だな」
そこへ、最前列に座っていたティアンの少年が、おずおずと手を挙げた。
「あの、モンスターに負けそうになったらどうすればいいですか?」
「逃げろ。恥ではない。生きて帰ることが、狩人の最初の仕事だ」
クックは迷いなく言い切った。その真剣な眼差しに、少年はこくりとうなずいた。<マスター>の俺たちには、少し重い言葉だった。
クックは壁に掛けられた王都周辺の地図を示した。東西南北それぞれが初心者向けの狩場になっており、最初の職業レベルが30を超えるまではこの地域で活動した方がよいと教わった。
それぞれの地域の特徴を教えてもらいながら、次は実地講習で東にある<イースター平原>へ赴くことになった。地図に記された地名と、モンスターの分布を、頭の中に叩き込んでいった。隣の席の<マスター>が、小声で「南の狩場にはどんなやつがいるんだろうな」とつぶやいていた。その気持ちは、痛いほどよく分かった。
「<イースター平原>は周囲に障害物が少ないので、特に初心者におすすめだ。現地に向かう前に受付でモンスターの討伐依頼を受注してから行くぞ」
「クック先生に質問、受注するのはいいけど持参した方がいい道具類ってあります?」
「先生呼びはしなくていい。今日は初回講習ということで必要なものはこちらで準備する。後で狩りに必要な道具類の一覧をまとめた資料も配るので、今回は自分で用意した武器防具だけ持ってきてくれ」
そう言われ、受講者たちは順番に受付でモンスターの討伐依頼を受ける。依頼内容は【初回講習:討伐――狩人ギルド 難易度:一】となっていた。
周りを見ると緊張した面持ちなのはティアンの少年少女たちだけで、<マスター>たちは緊張感のない表情を浮かべていた。少年の一人は、依頼書を受け取る指先が小さく震えていた。何かあったら即終了のティアンとは違い、デスペナルティを受ければ何度でも復活できる<マスター>に死の緊張感を持てというのは酷だろう。それでも、あの震えを目にした後では、少しだけ背筋が伸びた。
「全員準備できたようなので出発するぞ。私のほかに引率者が何名かいるので、何かあった際は私たちの近くに来るように」
クックに連れられて、俺たちは<イースター平原>へ向かった。王都の城門を抜けると石畳は土の道に変わり、街の喧騒が少しずつ遠ざかっていった。
途中、同じ<マスター>の何人かと話をしたが、俺と同じく狩りゲー好きが高じて【狩人】を選んだやつがほとんどだった。特に気の合った何人かとフレンド登録をして、複数人を対象にした依頼があれば一緒にこなす約束もした。
「どんな<エンブリオ>が発現すると思う?ウチは可愛いガードナーがいいな~」
「俺はやっぱアームズだな!自分だけの武器ってスゲー主人公っぽいじゃん!」
「俺もアームズがいいけど、それよりどうやって職業と合わせていくかを考えるのが楽しみかな」
そんな他愛のない会話を交わしながら歩く道のりは、遠足のようで悪くなかった。集団で行動していたおかげか、<イースター平原>に到着するまでモンスターに襲われることはなかった。
<イースター平原>は非常に見晴らしがよく、遠くの地平線まで緑の波が続いていた。風が草を撫でるたびに、さわさわと柔らかな音が耳に届いた。俺たち以外にも狩りに勤しんでいる<マスター>の姿がそこかしこで見られた。剣を振り回して派手に笑う者もいれば、慎重に間合いを測っている者もいて、狩りの流儀は人それぞれだと分かった。
「この辺で出現するモンスターは【リトルゴブリン】や【パシラビット】がほとんどだな。下級モンスターで最弱といっても過言ではないが、群れをなして襲ってくることもあるから油断すると大怪我するぞ。今回は一人一体討伐してもらうために、私たち引率者が一対一の形になるように誘導するから安心してくれ。それではそれぞれ分かれて始めてくれ」
クックにそう言われて、何組かに分かれ、実際にモンスター討伐をすることになった。俺はクックのもとに行ったが、ほかの面子を見ると、一番の年長者は俺のようだった。
「あそこに【リトルゴブリン】がちょうど一匹いる。周囲にほかのモンスターがいないからこのまま討伐できそうだな。誰から行く?」
「じゃあ年功序列で俺から行きますよ」
ほかの面子に確認の視線を向けたが、否定的な態度をとる者はいなかった。ティアンの少女が、ほっとしたように小さく息を吐くのが見えた。
「最初はユウからだな。モンスターは予想外の動きをすることがあるから落ち着いていけ。無理だと思ったら声を上げろ」
「初めてなんでいろいろ試してみてもいいですか?」
「む?最後に討伐するなら何をしてもいいが、あまり時間はかけるなよ」
そう言われて俺は初期装備の長剣を構え、ゆっくりと【リトルゴブリン】に近づいていった。鞘から抜いた長剣は、見た目以上にずっしりと重かった。柄を握る手のひらがじんわりと汗ばんだ。【リトルゴブリン】は、図鑑で読んだとおりの緑がかった肌に、尖った耳をしていた。濁った黄色の目が、まっすぐ俺を捉えていた。
【リトルゴブリン】もこちらに気づいたのか、腕を振り上げながら突撃してきた。
「まずは……転がす!」
『GOGYA!?』
攻撃よりも先にしたのは、【リトルゴブリン】に足を引っかけて転がすことだった。突進の際の重心の位置、腕を振り上げる癖、踏み込みの深さ。まずは相手の動きを、体で覚えたかった。起き上がっては転がし、何度も繰り返しているうちに、【リトルゴブリン】は学習したのか、足を引っかけられても踏ん張って耐えるようになった。
その姿勢も一度として同じものはなく、ゲームシステムのアルゴリズムによってもたらされたものではなく、実際に生きている生き物としての動きだと実感させられた。どうすれば倒れないかを、こいつなりに考えている。そう思うと、不思議と愛着さえ湧いてきた。
「やっぱこの世界はゲームを超越したナニかだな……スゲー楽しい……」
「おーい、そろそろ討伐してくれ。時間が押してる」
「了解……ですっ!」
『GYGYA!』
クックに急かされ、突撃してくる【リトルゴブリン】のタイミングに合わせ、長剣を振り下ろした。長剣は【リトルゴブリン】の頭頂部から胸の位置までめり込み、手に、硬い骨を叩き割り、肉が裂けていく感触が伝わった。
リアルすぎる感触に一瞬顔をしかめたが、それと同時にわずかな高揚感を覚えた。胸の奥で、何かが静かに目を覚ましたような感覚。その正体を考える前に、体は次の動作へ移っていた。
長剣を抜き取ると、頭を割られた【リトルゴブリン】は光の粒子になり、流した血もろとも消えてしまい、その場に残ったのは【リトルゴブリンの牙片】というドロップアイテムのみだった。
「この辺はゲームっぽいな。自分で解体する手間がないのはいいけど」
「よし無傷で討伐できたな。では次……」
クックは満足そうにうなずき、俺の肩を軽く叩いた。大きな手のひらの感触が、じんわりと温かかった。
「ユウ、最初に転がすって何だよ。初手からおかしいだろ」
「どう動くのか知りたくてさ。結構面白かったぞ」
先ほどフレンド登録をした仲間に笑われたが、悪い気はしなかった。
ドロップアイテムをアイテムボックスに収納する前に、牙片を指先でつまんで日にかざしてみた。小さく欠けた白い牙が、光を受けて鈍く輝いていた。この牙からは、いったい何が作れるのだろう。素材のことを考えるだけで、また胸が躍った。そうして牙片を収納し、次の番に場所を譲った。
次の番になった少年は、足を震わせながらも、クックの助言に従って短剣を突き出し、見事に仕留めてみせた。力が抜けたようにその場に座り込む少年に、仲間たちから拍手が送られた。
「いい突きだったよ」
「あ、ありがとうございます!」
少年は頬を紅潮させて、深々と頭を下げた。講習に参加した全員が大きな怪我もなく討伐を終えると、クックが全員を集めた。
「今回は討伐のみだったが、狩人ギルドではほかにも素材採取やモンスター追跡などの必修技能の初回講習も行っている。興味があるようならギルドの受付で確認してくれ。今日はここで解散するが、希望者は残って討伐を続けてもいい。希望者が残っているうちは私も残るが、ほかの引率者は交代するのでなるべく私が見える範囲から離れないでくれ」
クックにそう言われ、引率者とともにギルドに戻ろうとするのが半数、残ったのが半数だった。俺は残り、クックが見える範囲から離れないように注意しながら、ほかのモンスターを討伐していった。
【パシラビット】の素早い動きを目で追った。跳ね回る獲物を追いかけて何度も空振りした末に、足元の石につまずかせて仕留めたときは、思わず小さくガッツポーズをしてしまった。【リトルゴブリン】の群れの癖を観察するのも、実に興味深かった。一匹ごとに動きが違うのが面白くて、いつの間にか夢中になっていた。倒すたびに、新しい発見があった。それが、たまらなく楽しかった。
体感二時間ほど狩り続け、視界の端にレベルアップの通知が浮かぶたびに、思わず口元が緩んだ。【狩人】のレベルが5まで上がったのを確認すると、今日はここまでにしようとギルドへ戻った。傾き始めた日が平原を金色に染め、長く伸びた影が王都までの道を指し示していた。
ギルドの受付で依頼の完了報告を済ませると、受付の女性が「お疲れさまでした」と微笑んでくれた。初めての狩りは、想像していた以上に楽しくて、そして手ごたえがあった。明日はもっと奥まで行ってみたい。そんな思いを胸に、受付を後にした。