バキ、という嫌な音が聞こえて、京楓共々昂っていた感覚から一瞬で引き戻された。
「今のって……」
「ベッドの支柱、だよなぁ……?」
裸のまま、部屋の電気を付けて、二段ベッドの上段から下りて確認して見れば。
「あーあーあー、こりゃまずいわ」
俺がこの家に来た時から使っていたベッドが、寿命を迎えていた。
俺が来たのも急だったし、どこかから中古で譲ってもらったとは聞いてたけど。耐久年数的にはぼちぼちだったらしい。
「支柱、だいぶヒビいってるわこれ。悪い、俺が激しくし過ぎたせいだ」
「そもそも上でするなって話だったかなぁ……私がちゃんと毎回下行けばよかったね」
このまま使い続ければ、京楓が落ちるのが先か、俺が押し潰されるのが先かということになりかねない。
幾ら大誠を呼べば生き返りうると言っても、それまで死なないこと前提だし、そもそもそんなことで大誠を呼ぶなという話でもあって。まず怪我そのものをしないに越したことはない。
「とりあえず……暁の方、いい?」
「ま、いつもの事だしな、駄目なんて言うわけないさ」
おずおずと京楓が枕を抱えながら降りて来た。なんか、YES/NO枕を抱かせたら色々とそれっぽいよなぁ……じゃなくて。
さて、重いものを載せてなければ、下段だけなら大丈夫だろうし、なんなら事の最中だったわけで。
「それで……私も欲求不満なんだけど……」
「――下でな」
流石に、上にあるのが京楓用の布団だけなら、寝てる間に落ちて押し潰されることもないだろうということで。
とりあえずは今考えても仕方がない。京楓に下りてもらって、一通り京楓と愛を育んで、そのまま二人で寝た。
それでも、急に上が落ちてきたらどうしようとか頭の片隅で考えてしまって、却って興奮してしまったのは内緒だ。内緒にする先もないけどな。
「こりゃまずいなぁ……」
翌朝、改めてちゃんと見ると、現段階で上に上るのは危険なように見えた。
何れにしても、寿命。俺が、この野々宮家に転がり込んで来てからずっとお世話になっていた二段ベッドは、終ぞ成長を見守り続けて、役目を終えた。
……まぁ、最近は酷使というか、ちょっと荒い使い方をしてしまっていた気がするので、申し訳なさもだいぶあるのだけれど。
ねじで留めているとこにひびが入っている以上、ねじを抜いて下ろして横にベッドを並べるというのも、結局はそこそこ危ないままだ。そもそもスペース的にも現実味がないし。
とりあえず、上段は危ないからすぐにでも使用停止するとして。
「で、京楓はどうする?」
「一番安牌なのは布団をとりあえず床に敷くことだけど……」
「ベッドから下ろしたのだと狭くない?」
「普通のベッドや布団より本来小さいもんねぇ……」
二段ベッドのマットレスは、通常のベッドとかと比べて、『収まる』ようにしなければいけないため、サイズが小さい。割と騙し騙し使ってはいたが、正直俺に関してはもうそもそもがギリギリだ。俺が京楓を抱きしめて正常位、なんてやろうとすると余裕で淵に頭を打ち付ける。
かと言って、マットレスだけ出して布団同様に使おうとすると、やっぱり小さい。なんだかんだ寝返りを打ってると、柵がなければ布団はずれるわマットレスから落ちるわするので、寝心地悪いことこの上ないだろう。
「やっぱり一旦は琥珀ちゃんと一緒に寝た方がいいかなぁ」
「あーうん、そうだなぁ……ちょっとお勧めしないわ、それ」
「というと?」
「いや考えてもみろ、琥珀は俺たちが付き合ってるとわかっているわけだけどさ、なんだかんだで俺たち、事が終わったらそのまま寝てることも多いだろ? それで、京楓が毎回琥珀の所に寝直しに行くならいいんだけど、来る日と来ない日とあるんだとすると……」
「あー……」
流石に、幾ら琥珀相手でも、今日はシてるんだなとか考えられるのは割と嫌だ。今更かもしれないけれど、それでも琥珀に一々気を使わせたくない。後処理はするとしても、そもそも臭いが残った状態で琥珀と一緒に寝ることになるかもしれないわけで。
「えっとぉ……その……ある意味変わらない気がするんだけど……」
少し、上目遣いになって京楓が尋ねる。うん、アレコレする時以外でのこれは中々珍しいな。
「最初から暁と一緒に、下段で二人でもいい?」
「――ま、それしかないよな」
イチャコラする時としても、基本的にはそのまま寝落ちはしない。することもあるけど、多くても三回に一回とかそんなもんだ。
シングルよりも少し狭いぐらいのサイズに二人は、密着しなきゃいけないわけで、いくら恋人同士と言えども、夜間の睡眠で暫くそれは、寝返りが上手く打てるかどうかという問題はある。
ま、仕切り的に落ちることはないから、お互いを抱き枕にするしかないだろう。恋人相手ならね、それくらい。
で、かくなる上は、当座じゃない寝床が必要なわけで。流石に一時的でもなくシングル未満に二人で常に寝るわけにもいかない。片方が体調崩した時とかどうするんだともなるわけで。
ということで、家具売り場に並ぶベッドを二人して眺めてたのだけれど。
「ベッドも色々あるねぇ……」
必要がなければあまり来る場所じゃないというのはあるからだけど、なんというか、それとなく場違い感がある。
「やっぱり、少し年上の人が多いのかな……」
売り場は、新婚ほやほやっぽいような人が多くて、それとなく幸せな雰囲気がある。やっと一緒に暮らせるというような、そんな感じの会話も聞こえてくる。
まぁ、俺たちはある意味ではそういった状況は既に通過済みと言えるのかもしれないけれど。なんなら、俺たちの関係も、収めるべきところに収めてしまって問題ないのかもわからないけれど。
「ねね、暁は何が希望とかある?」
そんなことを考えていたからか、京楓への反応が遅れた。
「何考えてるの」
「――ん、ごめん。ベッドの希望?」
「そう。暁が来た時とかと比べても、体型成りなんなり変わってるんだし、
「正直拘りがない――というより、あるだけでありがたい、が染みついちゃってる節があるせいで、不満も何も、なんだよな」
「――もう」
それ自体は冗談ではなく、いつぞやのことを考えれば、随分と贅沢になってしまったものだよなぁとも思う。ベッドどころか、布団すら満足になくて、ささくれだった板の床で寝てた頃のことが頭から離れることはなくて、それを思えばどんな環境も贅沢なのだと。
「で、上の空だった理由は? 今の嘘ではないんだろうけど、それだけじゃなさそうだったから」
流石に京楓にはお見通しだった。
「いやぁ……他のお客さんみたく、俺たちも新婚とかそれっぽく見えてるのかなって。たまたまかもしれないけど、周りが幸せそうな人多かったから」
それを口にすると、京楓の顔が見る見るうちに赤くなった。
「そうだよね、そろそろ将来的にも、だよね……」
なんだかんだ遅れて京楓も気付いたらしい。今買おうとしているものは、今後家を出るにしろ出ないにしろ、京楓と一緒に暮らしていく上で末永くお付き合いすることになるものだ。だから、軽い気持ちで選ぶわけにもいかないものなのだって。
そして、俺と京楓の視線は、いつの間にか同じ方向を向いていた。
「やっぱり……」
「それがいい?」
「これとは言わずとも、暁となら、ね……?」
それは、隣同士でいつも眠ることの出来る、ダブルサイズのベッドだった。
「そういや、あの時のシミ、まだ残ってたんだね」
夜、二人して二段ベッドに横になった時に、不意に京楓が声を上げた。
「シミって……なんかついてたっけ?」
「ほらこれこれ、ちょっと色変わってるとこ」
「あぁあれ……あれなんでこうなったんだっけ?」
「一回暁が頭ガツンとぶつけた時じゃなかったかな。私は上段に居たら突き上げ喰らった覚えある」
「あーそれか。あれは慣れる前だったから痛かったなぁ……」
二段ベッドがやってきて、最初は京楓とどっちが上かで取り合いになって、結果的に俺が下に落ち着いてから。寝床の真上に天井があるという経験がなかった俺は、強かに頭を打ち付けた。
その時のシミなんて、意識しなければよくわからないのに、よく京楓は気付いたものだ。俺は言われるまで忘れてた。
「それより、一緒に寝よーよと言った時に、朝起きたらぐちゃぐちゃの落書きが貼ってあった時はびっくりしたなぁ」
「あーやったやった。直前にホラーだったかを見て、そこに出てきたおどろおどろしい絵、これ京楓が見たらどんな反応するかなと思って描いたんだったっけ」
「あれほんとに心臓止まるかと思ったんだからね!」
そっちは覚えてる。男児なんて、誰かを驚かせたいというようなことはよくあって、そして俺が霞に対してやってたようなことを、京楓に対してもやってみたんだったか。
――あの時は京楓にも父さんにもしこたま怒られて、二度とやらないって誓ったんだった。
「こうしてみると、思い出ばかりだなぁ」
「私はずっと住んでたけど、暁が来てからの生活は、この二段ベッドと共にあったから、暁との生活そのものだったよ。暁との色々な初めては、全部ここからだったって気がするし」
確かにそうだと思う。京楓の『初めて』を貰ったのは言わずもがな、それ以外の様々な思い出も、この部屋と、この二段ベッドと共にあった。
だから、この二段ベッドとお別れすることは、ある意味で俺の、俺たちの半生を思い出に閉じ込めることと同義なんだ。
「色々する時、いつも暁の顔しか見てなかったから、改めて気付けて良かったな」
「俺も京楓の顔を――と言っても、正直風景の一部になってると忘れてた」
「……たまには、思い出話だけしたいなー……」
「そうだな……たまにはいいな、そういうのも……」
別に、今日もシたいとかと話をしていたわけじゃない。それでも、どうしてか、京楓と同じ気持ちだったのはくすぐったかった。
なんとなくだけど、寝て起きたら、色々なことを進めるんじゃないかという気がする。結果的に一歩を踏み出すためのことがこんなことでいいのかではあるけど、人生得てしてそんなもんだ。
だから、今日は、このまま、何もせず。
ただ、あの頃の思い出をなぞるように。