寝ている間に遊べる国営VRMMO。夜勤明けの会社員ケイは、同僚から譲られたチケットで、崩落の穴が空いたサリアータの地に降り立った。

見習い冒険者として歩き出した彼の目に映ったのは、熊の教官に連れられた学生服の子どもたちと、驚くほどおいしい食事だった。

原作『VRMMO『異界撹拌』 政府ちゃんは国民の皆さまの良識に期待しています』(カイリ様/小説家になろう)を知らない方にも雰囲気を味わってほしくて書いた、序盤の設定だけを使った入門短編です。ネタバレはありません。
原作の面白さの足元にも及びませんが、ぜひ原作を知っていただきたく、筆を執らせていただきました。拙作を読まずともぜひ小説家になろうにて原作をお読みください。

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原作『VRMMO『異界撹拌』 政府ちゃんは国民の皆さまの良識に期待しています』(カイリ様/小説家になろう)を知らない方にも雰囲気を味わってほしくて書いた、序盤の設定だけを使った入門短編です。ネタバレはありません。


国営十八禁ゲームで、見習い冒険者になった夜

 オレは、うさん臭いものが嫌いだ。だから、夜勤明けの休憩室で、同僚が「寝てる間にゲームができるんだよ」と言い出したときも、麦茶の紙コップを持ったまま、聞き流すつもりでいた。ところが同僚は、ゲームの中では時間が加速していて三時間で一日が過ぎること、眠っている間に遊べるから睡眠もしっかり取れて、翌朝は体調までよくなることを、やけに熱心に説明してくる。話がうますぎる、と顔に出ていたのだろう。同僚はにやりと笑って、封筒から一枚の券を取り出した。

「使わなくなったチケットだ、お前にやるよ。ただし国営の十八禁だからな。ほのぼのだけだと思って入ると、痛い目を見るぞ」

「国営の、十八禁」

「そう。運営は国。ゲーマーはみんな、政府ちゃんって呼んでる」

どこの誰が、国に「ちゃん」を付け出したのだろう。そう思いながらも、夜勤明けの頭に「寝ている間にゲーム」という言葉は、悪魔の囁きのように甘く響いた。

「……まあ、試しにやってみるか。」

その夜、オレは券に書かれた手順どおりに手続きを済ませ、部屋の電気を消して目を閉じた。

 

気がつくと、目の前に白い画面が浮かんでいた。アンケートの集計が完了しました、という一文に続いて、手続きの途中で答えた条件がいくつか並んでいる。この条件でアバターをランダム生成してもよろしいでしょうか、と問われ、その下には、生成されたアバターは名前も種族も容姿も年齢も変更できない、という小さな注意書きが添えられていた。迷う理由もないので「はい」を選ぶと、しばらくお待ちください、の文字が点滅して、画面が切り替わる。

貴方の身分は、サリアータの冒険者ギルドに登録した見習い冒険者です。

• ケイ カザミ

• 年齢 十七歳

• 性別 男

• 種族 人族

• 容姿 栗色の髪 栗色の目

貴方は、サリアータ界面大崩落の知らせを受け、故郷を離れ、新しい暮らしを求めてこの地へ流れてきました。

続いてムービーが始まった。黄金色の稲穂が風にそよぐ穀倉地帯が、鳥の視点で映し出される。その豊かな景色の真ん中に、黒くて巨大な穴が口を開けているのを見て、オレは、この土地が何か大きなものを失ったのだと理解した。

 

ムービーが終わると、オレは石畳の通りに立っていた。目の前には、冒険者ギルドの看板を掲げた大きな木造の建物があって、足元では、見習いにふさわしい少し古びた革靴が、乾いた土の匂いを掻き立てている。

受付の女性に名前を告げ、登録の控えを受け取ったとき、ふと「ここ、ゲームの中なんだよな」と声に出しかけて、慌てて口を閉じた。この世界の人たちにとって、ここは本物の暮らしの場所のはずで、ゲームの話をしたところで通じるわけがない。さらに、ロールプレイ推奨と手続きの案内にも書いてあった気がする。代わりに、崩落のあとで故郷を出てきたのだと、キャラ作成にあったとおりの身の上を口にすると、受付の女性は「このところ、そういう人が多いのよ」と、慣れた様子でうなずいてくれた。

手続きが終わり、ギルドから続く道を歩いていくと、長方形の広場があった。木漏れ日の差す森の中に作られた、小さな駅のような場所で、馬を象ったゲートのついた小屋とモニュメントのようなものが、ぽつんと建っている。そこが森の道駅と呼ばれていて、この先の低階層のダンジョンへ向かう入口になっているのだと、ギルドの掲示に書かれていた。見習いのオレはさっそく覗いてみようとして、ゲートの手前で足を止めた。小屋の前に人影が見えたからだ。

先頭に立っていたのは、見上げるほど大きな熊だった。上等そうなマントをまとい、腕には教官と書かれた腕章をつけている。その後ろにいる金髪の子は、胸ポケットに手帳を差していた。その子が首から下げた銀の鎖を引っ張り出して、先端の石をゲートの小屋に近づけると、静かな音を立ててレバーが持ち上がる。子どもは、熊の教官に促されて、ゲートの向こうへ消えていった。声をかける理由もなかったので、オレは広場の隅に立ったまま、その背中を見送っただけだった。

 

夕方、ダンジョン帰りにギルドに併設された食堂で、オレはこの世界で最初の食事をとった。運ばれてきたのは、焼きたてのパンと、バターをのせた焼き林檎、それに根菜がごろごろ入った温かいスープで、見た目は素朴そのものだった。ところが、スープをひと口すすった瞬間、体の芯までじんわり温まるような出汁の旨みが広がって、思わずスプーンを持つ手が止まってしまう。寝ている間に遊べて、しかも五感まで本物と同じだと聞いてはいたけれど、ここまでとは思っていなかった。焼き林檎の上でとろけていくバターを味わいながら、あの子どもたちも、どこかで同じようにおいしい食事をとっているのだろうかと、ぼんやり考えた。

隣のテーブルでは、ギルドの常連らしい冒険者たちが、声を潜めて崩落の穴の話をしている。穴は今も少しずつ広がっていて、だからこの地では学校を作り、迷宮領主の預かり子たちをダンジョンマスターに育てているのだ、という内容だった。その話に耳を傾けるうちに、オレは、昼間に見かけた熊と子どもが、あの穴を塞ぐために集められた人たちなのではとぼんやり考えた。ゲームの主役はあの子で、オレはその隣で見ていた、ただの見習い冒険者だ。そう思うと、まだまだこれからだと気合が入る気がした。

 

その晩は、ギルドの二階に用意された簡素な寝台で休むことになった。窓の外には、夕焼けに染まった稲穂の海が、どこまでも広がっている。ここでは三時間で一日が過ぎるそうだから、現実で朝が来るまでに、あと何日分かをこの世界で過ごせるはずだった。国営の十八禁、という同僚の言葉が頭をよぎって、穏やかな景色の向こうに潜んでいる何かを少しだけ想像する。それでも、明日の朝ごはんは何だろうと考えたとたん、不安よりも楽しみのほうがわずかに勝って、オレは、この世界で過ごす明日を、いつの間にか待ち遠しく思っていた。




この短編は、原作を読んで、「この雰囲気を知ってほしい」と思って書きました。
原作は、寝ている間に遊べる、国営VRMMOを舞台にした物語です。ゆるい日常と、ダンジョンと、やたらと良識的な政府ちゃんが好きな方に、ぜひおすすめしたいです。ここで描いたのは、ほんのさわりだけです。続きは、ぜひ原作で。
原作:小説家になろう https://ncode.syosetu.com/n5666ib/

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