『踊る大捜査線 N.E.W. メトロポリスを駆け抜けろ!』で何かと話題になった授業参観シーンにオリキャラを放り込んだ、短編アンチ二次創作です。
『刑事に予断は禁物』とよく言われるが、思い込みをいかなる時も排するのは難しいもので。
捜査会議に向かう途中の青島俊作が、
「あれ、もしかして真下○○ちゃん?」
とその少女に声を掛けたのは、結果から言えば完全な予断だった。
青島を弁護するならば、ここ数日ほど彼の周囲では俄かな真下家ブームが起きていて。管理官となった
「ほら、覚えてる? お父さんの部下だった青島。
いや大きくなったなー。今日はお母さんと一緒に来たの?」
「え? あ、いや、わたしはその、、、」
思春期特有の人見知りなのか戸惑う彼女を促して、特別捜査会議室が置かれている大部屋へと向かう。そこではちょうどお手製の焼き菓子を携えた真下雪乃を先頭に
「あ、——せっかくだし、ちょっと手伝ってみる?」
部屋前に貼られた『都内ホテル連続殺人事件』の戒名に目を見開いた目で
「はい皆さん、ちゅーもーく!」
会議室へ踏み入る雪乃に気付いた捜査員の一人——かつて彼女の同僚だった緒方薫が、声を張り上げる。雪乃や厚生課課員たちに続いて入室した少女も、青島経由で受け取った焼き菓子を
「あ、あの、これ——捜査頑張ってください、よろしくお願いします」
と戸惑いつつも捜査員たちへの配布を手伝って、
「この方は真下雪乃さん、管理官のお母様であります!」
「この子の母親から、一言ご挨拶させてください。
うちの子の名前は勇気と言います——」
ただ菓子を配っていたその手は、部屋の前方でされていた雪乃のスピーチが進むにつれてもたついて。代わりに瞬き回数を増やした双眸を、真下勇気と雪乃の間を行き来させる。
「勇気ですが、別に勇気はありません。だから皆様のお力で、どうかこの子に勇気をお与えください」
少女の反応に青島は首を傾げつつ、スピーチを終えて一礼する雪乃へ賛同の拍手を送る。
青島に、加えて緒方というベテラン刑事二人の主導により、拍手はすぐに広がって——最終的には部屋にいた捜査員の九割超が参加。その同調圧力とアットホームさを綯い交ぜにした雰囲気に、しかし馴染めぬ者もいて——その一人である若手刑事、芝田ひばりは受け取った焼き菓子を矯めつ眇めつしながら、
「絶対犯人見つからない」
「みつから、ないん——ですか?」
ぽつりと溢されたそのつぶやきに、いつの間にか傍らに立っていた少女が反応する。
「?」
「ああ、彼女は——」
「あれ、この子って確か■■■■の娘だろ」
ひばりに説明しようとした説明を別の捜査員に遮られ、青島はようやく自分の勘違いに——そしてその勘違いをした理由に気付く。
「ほらこの資料に載ってたぞ」という捜査員が口にした『■■■■』は、第一の事件で殺された被害者の名前で。
少女に似ていると青島が感じた『初めて会った時の”雪乃さん”』は、そういえば父親が殺された事件直後の失声症を患っている姿だった。
事件発覚後の聴取における少女の扱いは、被害者遺族というよりも容疑者候補に近かった。その時点での警察は、『製薬会社が強力なウイルスを開発した』という
「何か聞いてないのか、父親から!?」「よく考えて、思い出せ」
「おとうさんが大切なものを保管するとしたら、どこだと思う? 自宅以外に心当たりとかないの?」
「というか製薬会社を脅迫していたこと、本当に知らなかったのか? 知ってて隠していた場合、共犯と見做される可能性もあるぞ」
その取り調べを、少女は受け入れた。
まだ死んだ実感の湧かない父との
だって、きっとこれは罰だから。
金のために書いた陰謀論の本がヒットして、それを生業とするうちに自身も陰謀論へどっぷり填まっていった父を、見て見ぬ振りしていた自分への。
彼女の父は、元は売れないライターだった。
母親は、知らない。物心ついた頃にはもうおらず、一度酔った父が「あいつは俺たちを捨てたんだ」と零したことから死別したわけではないらしいが。
それでも小学生くらいまで寂しい思いをした覚えがないのは父がいつも家にいたからで、なのに家計が苦しくなかったのは彼がほとんど取材せずに書いていた『世界の真実』についての本のおかげであることを、中学生になるころには少女も理解できていた。
マンションの家賃も、着ている服も、こないだ休みに友達と行った遊園地のチケット代だって、みんな父の妄想を詰め込んだ陰謀論本が稼いだもので。だからそういった妄想に父自身が捕らわれて、「アメリカの同時多発テロは自作自演で……」とか「カエル急便は不幸を運ぶ宅配便だ!」とか「製薬会社が新型コロナに匹敵するウイルスを開発して、」といった話を本気で振ってくるようになっても、「へえ、へえ、そうなんだ〜」と聞き流して。それもキツくなってきた高校生ごろからは父親との会話を——そして父親自体を避けるようになった。
一緒に洗うと臭いが移りそうだから洗濯物も別洗いにして。勉強や部活が忙しいからと食事当番の半分はコンビニ惣菜で済ませ、それを口実に3倍にさせた小遣いで好きな作家の画集を揃えた。所属している美術部で描いた絵が文化祭で展示されることになった時は、恥ずかしいから絶対に見に来ないでと念押しした。
それでも同じマンションに住んでいる以上は仕事部屋の掃除くらいすることはあって——その時に覗き見てしまったスマホのアプリ通知から、父が自分とほとんど変わらない年齢の女性と『遊んで』いることを知った。
吐き気がした。
死ねと思った。
でも自分が冷たく当たったことがその原因なのかも、なんて思いもほんの少しだけ頭をかすめて——SNSで呟けば即座に否定と彼女への同情コメントで溢れるだろうそんな些細な後ろめたさは、父が殺されたという急報をパクリと呑み込みブクブクと成長した。
本当に死ぬなんて、思わなかった(本当に? 心の底では?)。
陰謀論妄想に填まった時にちゃんと向き合って止めていれば——ううん、そもそも陰謀論本を出そうとした時点で反対してれば(でもその収入でわたしは養われていて)、
置いて行かれた わたしのせいだ 寂しい 友達にどう誤魔化そう 最後まで迷惑かけて 誰が殺したの これからどうしよう おととい「行ってらっしゃい」って言われたとき、
——どうして、しんじゃったの。
本音と建前と保身と悲嘆が全部ぐちゃぐちゃに混じり合い、どれがどれかも分からなくなって。
だから彼女は縋り付いた——捜査に協力するという市民の義務に。
なるべく、感情を殺して。後悔からも悲しみからも目をそらして。
ただただ事実を思い出し、それをそのまま正確に捜査員へ伝えるように努力する。
そうすれば警察は、きっと父を殺した犯人を捕まえてくれるはずだから。
だから急に聴取が終了して解放された警察署内で緑コートの刑事さんに声を掛けられたときも、戸惑いながらも父の事件の捜査会議室へ一緒に行って、そこで捜査してくれている人たちへのお菓子配布を手伝って、「絶対犯人見つからない」
怒りは、湧かなかった。反発も、抱けなかった。
「みつから」
『捜査協力』という義務を果たしていれば与えられる権利であるはずの『犯人逮捕』をあまりにも自然に否定され、少女に生じたのはただただ混乱。
「ないん」
本当に訳が分からなくて、分からない自分がおかしいようにも思えて、
「——ですか?」
その困惑のまま口から漏れた言葉は、詰めていた捜査員たちを一斉に振り向かせ、
「あれ、この子って確か■■■■の娘だろ」
そのうちの一人は、
当たり前だが、刑事というのも人間で。予断を抱くこともあれば、事件内容によってやる気を上下させることもある。
被害者が
「あれ、この子って確か■■■■の娘だろ」
「あのパパ活やってたっていう男の」「じゃあこの子も陰謀論者なのか?」
「なんで部外者が——ああ、青島さんが連れてきたの」
「別にいいけど、
よって厳しいものとなる少女への当たりは、先ほどまで彼らの拍手を受けていた真下雪乃の耳にも入る。
へぇ、この娘が
『殺された柏木満男さんの娘さんですね』
警察官になるより更に前、実父が殺された事件直後に病室で受けた聴取を。
『あなた、
『その前後に、誰かと会いませんでしたか? 何か見ませんでしたか?』
『殺される前にお父さんに変わったことは?』
『答えるんだ』
もうずいぶんと、思い出していなかった記憶。
当時の彼女は事件のショックによる失声症で、でもそれ以上に問われた言葉に頭が真っ白になって、だからなんの意思表示もできずに呆然とすることしかできなかった。
ただただ、怖かった——鋭く問い詰めてくる室井の声が。
でも今は、三十年近く前に聞いたその声より、少女に向けた捜査員たちの視線のほうが何故かずっと怖くって。
自分が今はその捜査員たちの側に立っているという事実は、更にもっと恐ろしかった。
【少女】
第一の事件の被害者(青島と地下鉄でぶつかった中年男)の娘。容姿が若い頃の雪乃に似ているのは偶然という名のご都合主義だが、加えて『父を殺され、そのことで警察の厳しい取り調べを受ける』という類似の経験をしたために、当時の雪乃そっくりの雰囲気を漂わせることとなり、青島に「雪乃さんの娘」と勘違いされた。
本人は陰謀論など微塵も信じてはいないが、父が陰謀論系の本を書くことには反対せず、その収入でぬくぬく育ってきた『ズルい子供』——という自己認識のため、もともと自罰的なところがある。そこに「父のパパ活発覚」⇒「父の殺害」⇒「警察の取り調べ」というコンボをたたき込まれたため、頭の中はぐちゃぐちゃ状態——なのだが『父の事件を捜査してくれる警察』を依存相手に選んだため、取り調べには熱心に応じていた。そんな取り調べもウイルス入りカプセルが被害者の妄想と分かったために中止となり、解放された警察署内で呆然としていたところに青島から声を掛けられる。
アンチ創作らしく、なるべく雪乃さんにクリティカルダメージが入るように、と色々盛り込んだキャラ——ですが、ぎりぎりいてもおかしくないラインには抑えられたつもり。
またもし「踊る」シリーズで映画の続きが作られてそこに雪乃さんも登場するなら、この少女やかつての雪乃自身のような警察外にも目を向けさせて、色々葛藤してほしいなぁ、と、こちらはかなり本気で期待しています。