蔵井累はオカルトに屈しない   作:カピバラバラ

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蔵井累はオカルトを信じない

──デート。

 

それは長く短い人生の中で、あまりにも機会の『差』があるとされるイベントの一つである。真面目な人生、まとも過ぎる程にマジメな人生を送っていたとしても必ずしも恋物語に遭遇するわけでも無い。正に奇遇。

 

容姿性格金の余裕、コミュニケーション能力に運命のイタズラetc……一生の内に一度も巡り会う事が無い悲しき獣も存在するし、相手がよりどりみどりのバイキングなワイルドマンも居る。

 

ツッコミ役気取りの俺が円滑な男女関係を築くには、趣味のオカルトを捨てて『一般的な』会話のキャッチボールを出来るようにならなくてはいけないのだが、

 

「イメトレだけはしてたんだけどさ、いざ本当に承諾して貰っちゃうと…俺としても困るんだよね」

 

「あら。貴方のおどけた言葉や態度が自尊心の無さ故の、防衛反応だって事かしら」

 

「人の尊厳を一々貶めないと話せないのか君は」

 

今の今に至るまで純粋純朴な蔵井累少年は、自分の『好き』に忌憚の無い子供であるせいか、それとも交友関係の無さ故か、いやまぁ十割の確率で両方の可能性があるのだが置いておいて。

 

現状に対する心情は一つ、凄まじい恐怖心である。

 

「やぁ、以前は助かったよ。クライくん。…くん呼びで良いかな?」

 

「呼び捨てでも、さんでもくんでもルイとかでも構いません。サクヤさんの方こそ元気な様で良かった。肝臓は大切にして下さい、お酒にしても毒呪いにしても、濾してくれるのは肝ですから」

 

戦力差二倍、少女一人から逃げ切れる自信はあるが、大の大人の力が加われば結果はどうなることやら。というかナンパ後に親父さんを連れて来るなよ、一般常識はどうなってるんだ一般常識は。

 

「いやぁ……私の育て方が色々悪かったんだ。御伽噺より先に恋愛小説でも聞かせれば良かったかな」

 

「──。顔に出てました?」

 

「分かりやすいぐらいにね」

 

「いやぁ、あはは。それで…その、色々な事がお互いの身に会った訳ですけれど、ここは一つ。全部丸く解決してるっぽいし、ここで軽食を済ませたら後は解散っ!てな感じでどうですか?」

 

「それは難しい事を言う。クライくんと私がこうして、喫茶店でパンケーキを囲む一日を送れている事実は本当に喜ばしい事だけれど…──何事にも理由は必要さ」

 

「……必要ですかぁ…?」

 

「水に混ざった墨汁とワインをそれぞれ一滴残らず絞り出す。一切の濁りの無い水が目の前に、そんな奇跡を目の当たりにして、君を目前にして、僕達の様な専門家が引き下がれると思うかい?」

 

専門家も何も貴方達の言葉は何一つ事実だと思っていないと、今この場でそう言った所で負感情を煽るだけで状況は好転しないだろう。

 

俺は俺がやるべき、すべき事をしたまでだ。ソレを欠いては怠惰だ怠慢だと非難を浴びせられる様な行動をしなかっただけだ。呪いは存在しない。存在しないものは祓うもな何も無い。であるのならば、今回の件から推測出来るだけの『リスク』に対応したまで。

 

苛立ちが目に、口に運ぶ超チョコまみれ甘々チョコフラペチーノのストローに現れているミカゲと、探求心溢れる少年の心を取り戻したサクヤさんがニコニコと口に運ぶパンケーキを頼んだのは俺であり、わざわざ身銭を切った理由は『口の中に物がある時はぺちゃくちゃと話さない』という一般良識を信じ、ついでに機嫌を取る目的で頼んだ様に、予測して推測して、予防しておくのだ。

 

実際、ミカゲをナンパしてオキニの喫茶店に二人共々連れ込んだ後、昨日彼女が手に取ったお菓子の傾向から激甘フラッペを差し出した事で──三度目の胸倉掴みを受ける事態には陥っていない。

 

「引き下がりますよ、そりゃ。引き下がざるを得ない」

 

「ふむ?」

 

「俺は二人の事を詐欺師だと思っている。警察にも通報したし、今もまた携帯に手が伸びそうだ。そんな状況で俺を問い詰めたとして、普通の会話が出来ると思ってます?腹から捻り出てくんのは精々、恨み言ぐらい」

 

「ここから話は前にも後ろにも進みません。それでもまだ何か?」

 

「ある」

 

「────」

 

以前、フラフラの状態で出会った時よりも断然、数十歳は若く見えるサクヤが目を細めながら断言する。つまりそれは、テコでも動かない俺の心を前にも後ろにも動かせる宣言だ。

 

フォークに突き刺したパンケーキを再度口元へ運び、「お代は僕が払うよ」と用意していた逃げ道の一つを潰しながらフワフワのソレを咀嚼して、

 

「んっ、さて。クライくんは僕の娘を口説いた。ナンパした。ナンパの目的は私的なお付き合いの為だろう?」

 

「え、ええまぁ。生憎彼女いない歴イコール年齢なもので」

 

──。

踏み込みすぎではないかこの父親。そう聞かれればそうだと言うしかない、遊びのみを目的にナンパする輩も居るだろうが生憎俺は手狭な男である。

 

「──ミカゲ」

 

「……!」

 

俺は今までの自身の至らなさを拭おうとするあまり、失念していた事がある。というか男の三大欲求に直進猛進、人間としての汚さを隠そうとしなかったせいなのだが、やはり──詐欺師と二回目のお茶会はよしておいたほうが良かった。

 

「実はねクライくん。ミカゲは君に一目惚れしていたんだ」

 

「……なんだって??」

 

「ミカゲは君から何かアクション…それこそナンパみたいな、君からの好意を示す行動があれば即座に僕に紹介して、家まで連れ込みたいとも話していたんだ。けれどそれは……流石に急かし過ぎだと制止したが話を聞かなくてね。ミカゲが妙な気を起こさないように同伴してきたんだが……いやぁ良かった良かった、君もミカゲの事を好いてくれているようだし、ね?ミカゲ」

 

「ええそうね。ちなみに私はナンパを『告白』と受け取ったわ。さぁ早く実家に挨拶回りを──」

 

「おいッ!?おまっ、俺にぶち殺されてもいいならって…!てか絶対全部後付けだろ!?」

 

「後付けだと証明してみなさいよ。二面性があるのが人の常、でしょ」

 

「二面性って付け加えたら嘘をまかり通せると思うなよ!?そりゃ影のある美少女がどんな振る舞いをしていても、何かしら事情がありそうな感じがして頷けもするけどさ!?」

 

「あら。私は影のある美少女よ、数々の男共は私の影の中に沈んでいったわ」

 

「なんで物理的に沈めてんだ」

 

呪い界隈じゃ別に不思議な事でもないのだろうか?いやそれでも、確実にこの女は『影のある美少女像』を履き違えている。

 

影がある。つまりは自分の生きている今に疑問と疑惑を持ち、不信感を持ち、後ろめたさを持ち、生きているだけで哀しみを背負うからこそひたむきに、故に表情には影が落ちる。そういう女の事を言うんじゃないか。

 

影どころか光源そのものみたいなコイツには──面影が重なる所はあるけどな。

 

「物理的に沈めれるからよ」

 

「出来るからって沈めんなよ…」

 

「それに影がある、というのなら貴方の方じゃない?言動から見るに卑屈に塗れた人生だった様だし」

 

「おい。俺の人生を影扱いするな。後暗い人生でしたってか?確かに俺だって暗い過去の一つや二つ、三つや四つくらいあるが…」

 

「へえ。例えば?」

 

「……小学校の頃、好きな女の子に渡そうとした手紙を机の中に入れたら、間違えた相手に渡ってたとか」

 

「そんなの暗い過去じゃなくて、単に確認を怠っただけじゃない」

 

「過去に対する評価が厳しすぎるだろ。人間の歴史なんて大半は確認不足でできてるんだぞ」

 

一通り台詞を吐き終わって、テーブルに溜息を落とした後にサクヤさんを睨み付ける。よくも嵌めてくれたな、よくぞ嵌めやがったな。警戒心がポメラニアン程ある俺を、娘を使って油断させやがって。

 

許せはしないが──怒りもできない。彼女からの好意がホンモノだった場合、ついに俺は寂しく冷たい人生から抜け出せるのかもしれないという事だ。

 

「君としては…ある種のチャンス、じゃないかい?」

 

「…人と付き合う事に憧れてはいますけど、こんな形はあまりに不健全ですよ。正しくない」

 

「正しさ。…それは絶対に必要な要素でもない」

 

「必要ですよ。最低限。俺が無下にされるから嫌がってるんじゃなくて、下らない秘密の為にミカゲが、彼女の感情が雑に扱われるのが嫌なんです」

 

「私は別に──」

 

「君自身がそうやって交渉のカードにしている限り、俺は受け取らないぞ」

 

「むぅ…じゃあナンパの責任ぐらいは取りなさい」

 

「…………責任…」

 

常識的に考えてもこの間柄に、関係に、真実の愛が存在する可能性は限りなく──0.0000001%程度のもの。けれど、それでも、一目惚れでなくとも、今こうして会話をしてしまった。

 

これから何度でも会えると思っていた中学校の友人と、高校が別れたせいで結局は死ぬまで顔を合わせなかったりする世界じゃ、一期一会はそう珍しくない。

 

蔵井累が何を言いたいのかというと、蔵井累の人生におけるターニングポイントとはまさに今ここではないのか、一度取り止めたそんな話である。出会った初日に巡りに巡らせた思考ではあるが、出会いから三日目。拒絶、と結論の出た話も撤回の余地は出てくる。

 

「……隠していた事があるんだ。サクヤさんとミカゲ…君たちの事を詐欺師、と評価していたんだけれど…」

 

「隠せてないわよ」

 

「──理屈的に考えて、君たち二人が俺みたいな天涯孤独の金なし人脈なし男気なしの奴なんか詐欺の対象にする筈がない。あるとしても内臓目的や美人局で、こんな複雑な手順を踏まなくていい」

 

「僕は君を男気なしとは思わないけどね」

 

「フォローありがとう。それでまぁ、俺が三日の間に考えたのは、やむを得ない事情って奴だ。二人にはとてつもなく大きな目標の為の、やむを得ない事情があると思った。それこそ、こんな人間に時間を費やすぐらいの事が」

 

勿論、ミカゲの説明を全部嘘であるとした上で、俺は信じるに値しないものから信じるに値するものへと思考をシフトさせた。

 

──解呪を仕事とするのなら、自らの手を離れた場所で解決してしまった事案が一つでもあれば、信頼がガタ落ちしてしまう。こういう類のものは信頼が大切だと相場が決まっている。

 

俺を放置する事で、一人の父親と一人の娘が路頭に迷う事になる。二人が必死になる理由は金、それぐらいが人間らしい。

 

「……はぁ」

 

「──。割とさ、話してみると普通の人間で…──別にいいかなって、流されつつあるんだよ。徹底して拒絶するほどでもなくて、嘘だ嘘だと思っていても……嘘に真剣に向き合うのも良いかなって」

 

「三日前とは随分な変わりようじゃない」

 

「色恋が関われば男は一夜で漢に変わるものなのさ。三日分の思考時間もある、それに俺が三日の間にやった事を話せば引き下がってくれるんだろう?」

 

「納得出来れば、だけれど。理屈も道理も通らない説明はそれこそ、貴方が勘違いしているように『嘘』だと私達も思う事にするわ」

 

「そりゃまた厄介な」

 

理屈も道理も通る正しい説明、俺にとっては無理難題のソレをどう説明すれば良いかと頭を悩ませる。

 

例えばの話、鼻をつまみながら生麦生米生卵と叫びつつそこら辺の公園でバク転をしたら治った。というのが事実であった場合、そんな事実を人に飲み込ませるにはどうすれば良いのか。

この場合『俺は特に何もしていなかった』なんて説明は彼女達にとって同様の代物になるに違いない。

 

「……取り敢えず話してみるか」

 

さて。

語る上で必要なものがある、俺という人間の価値観や行動基準といったものだ。ホワイダニットに答えるには、俺という人格を知ってもらう必要がある訳だが──省略しよう。

 

卑屈さの説明ほど惨めなものは無いだろう?自分の気持ち悪さを説明して得をすることなんて絶対無いし、弱さを見せて良い事もない。

 

端的に、簡単に、怠惰と言われない為に、自分の行動を見直してみる。

 

「──病院に行った」

 

「「…………」」

 

「当たり前だ、俺が最初に疑ったのはインフルエンザなんだから」

 

気の所為か、サクヤさんを背負ってから肩が重くなったと感じた俺はまず伝染病を疑った。常識的にも呪術的にも、体の異常を調べるのは効果的。

 

税金を啜り昼食程度の金を払い、正確に言うなら釜玉うどん(大)を頼んだつもりで診断を受け、結果は若干の栄養不足以外は正常。

三日後に死ぬ男の肉体にしては健康で、正常で普通過ぎた。危機感を持とうとしても、頭の中は今失った釜玉うどん(大)のお金の事ばかり。

 

それからは情報収集が主だった。蠱毒。呪い。カミシロという単語。二人組の詐欺師。これといった特別な行動ではなかったけれど、秘密を秘密のままにしておける訳がない現代社会の何処かには情報の欠片が転がっている筈だと。

 

調べ物をするだけで初日は終わり。夜食はペペロンチーノだったかな。

 

「貴方、一々余計な情報を挟む癖があるわよね」

 

「余計じゃない。呪いに掛かったぐらいで人生が終わる訳じゃない、でもいつかは終わる。いつまで続くか分からないなら、セーブはこまめにしておくものだろ?それとも、ボス戦直前にセーブを挟まないタイプ?」

 

「……私が悪かったわ、話を続けて」

 

終わりたくとも終われない、終わりたくなくても終わりが来る。人生がそんなけったいな、痴れたものだから抗うべきなのである。

 

──。

二日目はどうしていたものか。宛のない迷路の中を彷徨うのに疲れて、ゴールのないランニングにほとほと疲れきって、いっその事大胆に動いてみたんだっけか。

 

俺なりに緊張していたのだろう、嘘だと分かっていても、理性と常識がいつも通りの毎日を送れと電気信号を放っていても、怖いものは怖い。

 

自分が死ぬから、というよりかは。

自分が死ぬ時に、道連れ形式で…もしかすれば他人も死ぬ。

自分が自分で、そんな現実に納得出来なかったというべきだ。

 

呪いが俺を殺して、そこで止まれば問題ない。だがもし、止まらなければ、止まることなくカミシロ・サクヤの体を蝕めば、俺の自己犠牲虚しく犠牲者+1である。

 

更に更に、カミシロ・サクヤが死ねばどうなるか。未だうら若きカミシロ・ミカゲが、青春真っ貞中の年齢である彼女が父親を失う。

 

──到底、許し難かった。あんな美少女が俺と同じようなしみったれた青春を送るなんて、絶対に許せない。正義感と呼ぶにはあまりにも欲に塗れていたが、ボーイミーツガールとはそういうものだ。

 

見た目に関しては世界遺産登録を受けるべきカミシロ・ミカゲが、本当に影のある美少女になってしまうなんて、

 

「俺は許せない!憂いのある美少女はそりゃ最高だけど!そうなった原因が俺にあるとか言語道断!!考えてみてくれミカゲ、今ここに父親が居なくて、憎悪と殺意が詰まった目で俺を見つめる君の姿を!」

 

「いや……別にそんな事にはならないけど?私も父も、この仕事をする上で呪いによる死は受け入れてる。それにどうして貴方を憎む必要があるのよ。蠱毒を作り上げた本人でもないくせに」

 

「それもそうか」

 

ともかく、俺は奮起した。呪いの話が嘘であれ何であれ、日本男児たるもの失ってはいけない男心を燃え上がらせて──一旦神社に御参りをしたのであった。

 

身近で最もスピリチュアル的な場所は神社しかない。幽霊が出る廃墟とか、自殺名スポットとか、辺鄙な所を巡るよりかはずっと安心感がある。

 

いつもより高めの銭を、正確に言うなら行きつけの中華そば屋の醤油ラーメン単品の金額を投げ入れて願う。これにて明日の昼飯と晩飯がモヤシ焼肉のタレ炒めになるのが決定したがそれでも願う、旅路の無事は当然、願わくばここで解呪が果たされる未来を。

 

「実際、どうなんですか?神社って如何にも神様的な存在が居て、普段は現世には干渉しないけど、特殊な事情があれば手を貸してくれる…みたいな」

 

「うーん……。確かに神社はある種の『スポット』ではあるよ。よいものも、わるいものも、どちらでもないものも、集めに集めて各地に流す。クライくんにも納得しやすい形で言うのなら…ダムだ。神様はそこの管理者とでも」

 

「へぇ。だったら少しだけでも足を運んだ意味はあったのかもしれませんね」

 

「…………」

 

「あ、そうでもない感じ?」

 

「うんまぁ、場所にもよるかな。今は管理者を立てている場所の方が少ないから」

 

「一応二件回ったんですけどね。──御影神社と朔夜大社って所に」

 

「おや」

 

昨日の内に情報収集を済ませておいたのだから当然と言うべきだが、何も俺はハナからスピリチュアルを信じて神社に訪れる様な男じゃない。本気で理屈が伴わない神頼みをしていいのは、天災に対してだけだ。

 

「人間、知ろうとしない事はいつまで経っても認識出来ないものだと改めて思い知らされましたよ。ウチの市内に御影神社なんてのがあるなんて」

 

朔夜大社は電車に一時間半揺らされて辿り着けた。どちらの社も良く手入れの行き届いた、近年では稀になってしまった物静かな神社だった。参拝者は俺だけで、どちらにもしっかり中華そば代を納めておいた。

 

純粋に驚きの感情しかなかったよ、その時も今この瞬間も、内心はバクバクである。

 

当初は望み薄の旅足だ、その瞬間の驚きはあの詐欺師と同じ名前の神社を見つけた事の驚きと、今まで思い当たりもしなかった事への驚きで、今この瞬間はそんな『望み薄』の糸が繋がった気がした事への驚きでもある。

 

「何か期待してくれている様なら、残念だけど今回の件とは関わりは無いよ。管理者の居ないスポットじゃ、呪いを祓うどころかよくないモノを引き寄せかねない」

 

「あれ……ニュアンス的にクリティカルが出た気がしたんですけど…」

 

「調べるだけじゃ到達出来ないよう細工をしているからね、紙媒体でも電子媒体でも。だから驚いているだけさ」

 

やっぱりヤバめの詐欺師じゃないか。そんな言葉を珈琲と共に飲み込んで、俺は二日目の動向について語り出す。

神社の参拝後は……どうだったか、御守りも買おうとして、流石にこれ以上の出費は許せないと帰り道のジュース一本を買うのも憚って……。

 

「そうだ、二人共。俺がもし、呪いというものを信じて行動する、と仮定した場合、この後の行動は予測できるかい?」

 

「貴方が?……これからどんでん返しが待っているみたいな言い草だけれど、あまりに率直な行動ばかりなせいで全く分からないわ」

 

「サクヤさんは?」

 

「──……僕も予想がつかないね。何か危ない事でもしてしまった、ぐらいかな」

 

──。

泣きっ面に蜂、とはよく言うけど、蜂にだって刺す相手は選ぶ権利がある。流行病に罹っている間は別の病になる事はないように、火事場に火をつける馬鹿が居ないように、水で満ちた器にはそれ以上何も注げないように、俺の体に一つの不幸が居座っている間は、別の不幸も順番待ちというわけだ。

 

毒で毒を制す……とまでは言わないが、まぁ、ここまでツラツラ話すと分かりきった台詞でもあるが、

 

「俺はオカルト大好きマンを名乗る高校生で、三日後に死を控えたメンタル無頼漢でもある。三日後に自分が、世界が滅ぶとなれば、好きな事を好きなだけしてもおかしくない」

 

「世の中のオカルトの十割は嘘であったとしても、その嘘が別の事実を隠している場合もある。ましてや大前提、俺が患った呪いは人の手によるもの──なんだろ?」

 

「…………」

 

人を呪えば、人が呪いを解き明かす。人から産まれたものは、人の輪の中で終結する。彼女は、ミカゲは『蠱毒』の呪いを人から化け物に向けて作られたものだと話していたのに、ソレが人を殺す呪いであってはならない。

 

まだ──俺は彼女から何か大きな隠し事をされている。を、前提に、俺は人が人を何のために殺すのかも分からない、ドラマ性のない呪いを解き歩き始めた。

 

あの一夜は勇気をくれた。背中を押してくれた。一歩前に進む力を、理由を貰えた。三日後に死ぬからといって何をしても良い理由は無いけれど、何時だって何かになろうとしてもいい事実を思い出させてくれた。

 

「貯金八十二万。それが三日前の貯えで、今は三千二百円」

 

「──?」

 

「俺はさ、今までの人生で徹夜した事も朝飯抜いた事もないんだよね」

 

「……話が見えてこないんだけど」

 

「初めて徹夜して、初めて朝飯を欠いて、初めて豪遊…遊んだ訳じゃないか、豪快に金を使った。詐欺に引っかかって嘘に引っかかって、今の今まで無視してきたものに触れてきた。知見だけは広いつもりだったから精一杯、な」

 

「嘘だと分かっていても怖くない理由にはならない。三日後に死なないと分かっていても、三日後に死ぬかもしれない。二日後に死ぬかもしれない。初日に死んでいたかもしれない」

 

けれど、死ぬのが怖いのは勿論として、それよりも──呪いが本物である方が恐ろしくて、怖くて、怖くて怖くて怖くて怖くて、怖くて仕方がない俺が欲しかったのは、あの夜から沸き立っている胸のワクワク(恐怖)を消し去る方法だった。

 

期待を、喜びを消し去ることが出来たのなら、心の何処にも恐怖は無い。

 

「そうやって走り回っていたら──いつの間にか、家に帰って朝飯を作ってたんだよ。貯金全部吐き出して得られたのは、『ああやっぱり、呪いなんて実在しない』って気持ちだけ」

 

「…………」

 

「病は気からっていうだろ?呪いは気の所為っ!そう思うことにした。実際気の所為だった訳だし」

 

「っ───!」

 

予防線が足りなかったか、要領を得ない説明にストレスの限界値が来たのか、二度あることは三度あると胸ぐらを掴まれ──る直前に、サクヤさんが間を割って入ってくれる。

 

眉をひそめるミカゲは正に、獲物に喰らいつこうとする野犬そのものだが、手綱を握るサクヤも同様に納得はしていないだろうに、パンケーキを一口頬張って、

 

「…済まないねクライくん。色々と済まない、申し訳ない」

 

「いえいえ、お互いこうやって三日目の昼飯を食べれるだけで幸福って奴ですよ」

 

「──。色々と申し訳がなさ過ぎるから、君に一つ聞きたい事がある」

 

「何ですか?」

 

「君は呪いの実在を否定する為に、身銭を切って行動してくれた。君からすればそれは唯の私的な感情によるものだとしても、結果的には僕の命も助かった訳だ」

 

「は、はぁ」

 

「で、あるのならば──君の出費は経費じゃないかい?」

 

「ん。……──あ。ああ!え?い、いいんですか!?いや待て蔵井累!ここまで来てあっさりと信じてどうする!?そもそも経費って何だよ事業ですら──」

 

「事業ではあるかな、ほら」

 

──。

俺の目の前、テーブルの上、珈琲の横に置かれた真白いカード。名刺と名の付くソレが、今の俺には極上のお宝に見えた。

 

ミダスの黄金、呪われた金貨。必然、飛びついて舐め回して撫で回しては、絶望を味わう事になってしまう。恐れ多くも携帯をパパパッと取り出して、チラチラと顔色を伺いつつ会社の実在を確認する。

 

「うっそだろ…」

 

「ここに関しては嘘は一つも無いさ。こっちは命を救われてるんだから、諸々の手間は大人に任せるといい。あぁただ、裏が取れたモノに限るけど」

 

ネット社会は常に求める情報を与えてくれるが、見たくない代物も見えてしまうのが難点だな。──国に認められてる企業のトップが、目の前でずっとパンケーキを頬張っていたとは。

 

「うぁぁ…現実と夢の堺が消えていくぅ……。ズルいぞ!卑怯だ!恥はないのか!?一生懸命現実逃避してる俺になんて酷な事を!?」

 

「はははっ、恩人にそんなそんな。気にしないでくれていいよ、クライくん。それこそ狐に化かされた思いで、この出会いの事は覚えておいてくれても、忘れてくれても大丈夫だ」

 

「…ん。サクヤさんは納得してくれたんですか」

 

「納得した。納得するしかない、理解はしていないけれど飲み込めはした」

 

「────」

 

「だから真っ直ぐ帰ろう。それに…どうかな?僕としてはこれ以降も、私的に食事を共にしたい仲になりたいのだけれど、クライくんとしては……ふふっ、その顔を見れば返事は要らない、か」

 

「…………。へぇ、まぁ、はい」

 

零細探偵二人組かと思いきや、割と食い扶持があるようで良かった。これなら俺一人がどうこうって話じゃなさそうだし。いやはやどうして、人を騙して魂(金)を喰らっていそうな相手にしちゃ、肩透かしも良い所。

 

うん。──確かに狐にでも化かされたと思えば、良い経験だったのかもしれない。そう悪い思考ばかりに寄せても、明日の朝飯が不味くなるだけだ。

 

「手札は使い切ったし、これにてお開き……でいいかな、カミシロ・ミカゲさん?」

 

「チッ…」

 

「影がある儚い系美少女は舌打ちなんかしねーぞー」

 

「儚い系は貴方が勝手に言ってる事だけれど?」

 

「影がある方は自称しただろ。影がある奴は儚い系でもあり、それ相応の振る舞いをしてもらわないと困る」

 

「勝手に困ってなさい」

 

「…………」

 

さて。

 

サクヤさんの仰る通りに、たった四日の間で色々色々色々とあったけれども、紆余曲折を経て丸く収まった。そう断言しても良いだろう。

極悪詐欺師だと思っていた相手は身元が証明された、金も歪な形ではあるが返ってきそうで、返ってこなくても別に良い上、蠱毒なんて呪いも存在しなかった。

 

オカルトはいつも通り、俺に振り向いてくれなかったけれど、万事解決というヤツである。

 

「バイトの仲間に聞かせる、良い怪異談になりましたよ。……人間は三日の間に八十万以上の金を使っても、運命が悪戯をしてくれれば返ってくる事もある。現代人にとっちゃ、こんな語り出し以上のホラーは無い」

 

「ははは…あんまりマルチみたいな語り草にはして欲しくないんだけどね……」

 

未だ睨みを利かせるミカゲから逃げるように、「ご馳走様」と水を一杯かっこんだ後、振り返りもせず喫茶店を出る。

会話を重ねる中、彼ら彼女らが所謂『気持ちの悪い人間』の味を感じなかったのは俺としても意外だった。

 

金の、醜悪な人間性が発する『人』の味。

会話は腹から出た言葉を舌に乗せる、腹の中がどす黒ければ、聞こえてくる音も汚くなる。漂ってくる匂いはそりゃもう、激臭だ。

 

だからこそ、後腐れなく店を出れた。──その事実は案外、胸の中ではこれまでの何よりも驚愕を与えていて、俺の見当違いが、俺の頓珍漢さが、余計な詮索を生んでしまっていたのだろう。

 

「………」

 

「……」

 

「──素直になればいいのに」

 

道端の石を蹴り、口の中に残る珈琲の味を鼻に通しながら自戒する。

 

素直になればいい、とは、俺の人生の総括でもある。

素直になれば、楽しめる事は多い。

素直になれば、希望を抱ける事は多い。

素直になれば、絶望する事も多い。

 

それと、アレだな。

素直になっておいた方が色恋沙汰は上手くいく。

 

今回の件も素直に言葉を受け取っていれば、欠伸の出る様な人生から抜け出せ───、

 

「なんてな」

 

「…………」

 

「……お金、本当に戻ってくんのかなぁ…」

 

「…思い悩むな俺。こういうのは期待すれば期待する程、返って来なかった時の憎しみ苦しみ妬みが増えるんだから」

 

「チックショー…いいなぁ、大企業の社長やりながら呪い祓い〜なんて道楽できるの。やっぱ成功者は──」

 

「きゃっ!?」

 

きゃっ。

 

きゃっ?

きゃっ、から始まるものといえば、一つだろう。街角を走る男と女、パンを加えた片方が注意散漫の末、ラブコメ上等のぐんずほぐれつ。より先に、転倒して頭を打ち付けないかの心配だ。

 

「っ、すみません!大丈夫ですか?」

 

「あぅ、ぁ…はい、ごめんなさい前を見てなくて…」

 

「俺の方こそ周りを見てませんでした、怪我の方は…?」

 

「だっ、大丈夫ですっ!急いでいるので失礼します!ごめんなさい!」

 

──。

嵐のように訪れ過ぎ去った女性だが、彼女の視点では嵐は俺側か。何処にも怪我をしてないといいけれど、あんなに慌てて向かう先はさぞロマンチックだと願いたい。

 

さてさて、俺は早く家に帰って有給をたっぷりと楽しまなければ──、

 

「…………。ん…?」

 

「…んん…?」

 

「──。あー。ね。テンプレだけどさ。流れって奴?似た様な事が重なる……的な……」

 

「……はぁ」

 

先程の女性の落し物、だろう。

俺の目の前に落ちているモノは確かに、今の衝突の瞬間に視界へ入り込んできたものだ。誰かが外から投げてきた訳でも、唐突に現れた訳でもなく、実はぶつかった時に視界の端で捉えていたものでもある。

 

──見ないようにはしていた。

何故か、何故を問うのかこの流れで。必要ないだろ。そうとも、落し物とはオカルティズムに塗れた品であるからだ。全くもって腹立たしい。運命を操る神がいれば今頃大爆笑待ったなし。

 

オカルトを暴き、逃げた先で再び俺は、

 

「よし。警察に届けよーっと」

 

──赤い包帯でぐるぐる巻きにされた、小さな形代をそっと拾い上げ、即刻警察署へと向かうのであった。

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