転生司祭は靡かない   作:卍錆色アモン卍

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レドココと行商人

 

 シスターの仕事は教会の管理、運営だけではない。所属している村や都市で勉強会を開いたり、子守りを引き受けたり、奉仕活動をしたりする。地域住民との関係は非常に重要で、いかに良好な関係を築けるかで今後の生活や教会内での立場が変わってくるのだ。

 

「シスター・レドココは勉強会と奉仕活動の担当でしたね。上手くいっていますか?」

「おう、こちとら家庭教育を受けた身なんだ、勉強会は全く問題ないぜ! 奉仕活動については畑の世話だけど、村人たちに教わりながらやってるよ。中々に大変だけど、嫌いじゃない」

「素晴らしいですね。これからも頑張ってください」

 

 慰撫室の掃除をするエンシェンは、共に働いているレドココを見やった。今はベッドを綺麗にしている最中のようで、シーツの下にある藁の山を新しいものに変えている。少し離れた場所からでも分かるほどに漂う男女の香りは、あまり気分の良いものではなかった。

 

「なあ、司祭様……」レドココが大きな巾着袋に藁を詰めながら言った。「ラビワビに聞いたんだけど、また交わったんだよな……?」

「ええ、それがどうかしましたか」

 

 レドココはこちらに振り向くことはせず、ただ淡々と告げた。

 

「オレも、その、早く覚えたいっていうか……」

「貴方が言いたいことは分かりました。では、慰撫室の掃除が終わったらやりましょうか」

「……ああ!」

 

 先ほどとは打って変わって、レドココの手捌きが早くなった。エンシェンは勉強熱心なレドココに好印象を抱いて、小さく笑みを浮かべた。

 

 

 エンシェンがやってきたのは、教会裏の果樹園だ。何故ここに来たのかというと、レドココがこの場所を望んだからである。

 

「貴方もエロス教徒らしくなりましたね。まさか外で学びたいだなんて」

「いやっ、せっかく掃除した慰撫室を汚すのは嫌だろ⁉……言っとくけど、これは別に最初の体験が忘れられないとか、そんなんじゃねえからなっ!」

「ええ、分かってますよ」

 

 頬を染めて反論するレドココに言いたいこともあったが、エンシェンはひとまず水に流した。

 

「ではシスター・レドココ、私にキスをしてください」

「それは、その、一回だけか……?」

「何回でも構いませんよ」

 

 ごくりと生唾を飲んだレドココが、意を決したようにエンシェンの胸元に手を置いて、軽いキスをしてきた。

 

「ふむ、まだ遠慮がありますね。もっと本心を曝け出してください」

「わ、分かった……!」

 

 今度はエンシェンの肩を掴み、強引にキスをしてきた。咥内にレドココの舌が入ってくる。

 エンシェンはそれに答えるように、自身の舌をレドココの舌に絡めた。レドココが驚いて目を見張るが、エンシェンはすかさず腰に手を回して、引くことを許さなかった。

 

 何度も何度も舌を絡め合い、一呼吸を挟んだら再び絡め合う。これもまた、交わりと言えるだろう。

 

「はあ……♡ はあ……♡ 司祭様、そんなにオレを求めるなよ……♡」

「エロス教徒は隣人を愛するのです。シスター・レドココ、私の言いたいことは分かりますよね?」

「ああ、オレを愛してます、だろ?」

「正解です。貴方は交わりを、愛し合う行為を知りたかったのでしょう。今、教えてあげますよ」

「んああっ……♡」

 

 レドココを手繰り寄せて、エンシェンはひたすらに唇を奪った。レドココもただされるがままではなく、自らがエンシェンを求めて動いていた。

 

 レドココの悩みも、これで少しは解決するだろう。エンシェンは蕩けた表情を浮かべるレドココに一心不乱に求められながら、そう思った。

 

 

 リトラ村に行商人がやってきたらしい。エンシェンは火照った様子のレドココを引き連れて、リトラ村の広場に足を運んだ。

 

 広場には多数の村人たちがいて、一人の大柄な青年を囲っていた。安山岩を思わせる灰色の肌や高い鼻、長く伸びた耳から推測するに、トロールの血を引くエロスの子だろう。彼らは生まれながらに頑健であるため、都市や村を行き来する行商人の他に、石工や鉄工といった手工業ギルドに所属していることが多かった。

 

「アイツはロールって言うんだ」エンシェンの隣を歩くレドココが言った。「都市ダンピルから来てて、ターセル村、コルサ村、リトラ村を回ってるんだよ」

「なるほど。ここが終着点ですか?」

「ああ、そうだ。おかげで殆ど売れ残りしか残ってない。リトラ村は平和で良いけど、こればっかりは辛いぜ」

 

 ため息をつくレドココを見るに、本当に売れ残りしかないのだろう。行商人をぱっと見る限り、家畜のロバを一頭引き連れているだけなので、ここに来るまでに殆ど売れてしまっているのは容易に想像ができる。それを裏付けるように、村人たちは買い物なんてそ(・)っ(・)ち(・)の(・)け(・)で世間話に興じていた。

 

「はじめまして、ロールさん。私は新たにリトラ村の住民となった、司祭のエンシェンです」

 

 エンシェンは行商人ロールに近づいて、挨拶をした。すると、ロールは人の良さそうな笑みを浮かべて握手を交わしてくれる。

 

「これはこれは司祭様。はじめまして、行商人のロールと申します。どうです? なにかお一つ買っていきませんか?」

 

 風呂敷に広げられた商品は、縫い針や手斧、麻布や新品の衣服、薬草や塩、砂糖といった細々とした品だった。どれも今必要なものではなく、特にそそられるものはなかった。

 

「一つ聞きたいんですが、ジャムは仕入れていないのですか?」

「ジャムですか。ここらではあまり手に入らないんですよ。もしあっても少量しかないので、すぐに売れてしまいます」

「そうですか……」

 

 教会でオレンジを育てているため、マーマレードは作れる。しかし、村人全員に行き渡らせられるほどの生産は出来ていないし、売ろうにも商品がない。各村にもそういった事情があるのだろう。

 

 エンシェンが考え事に耽っていると、ゴブリンの血を引くエロスの子らがロールを囲いだした。少女然とした女性たちに囲われるロールは、満更でもなさそうに頬をかいている。

 

「ねね、この後ウチに来ない? わたしらが相手したげるよ~!」

「そうそう! 来なよ来なよ~!」

「最近、夫が軟弱でさ~!」

「もう我慢できない! いっちゃお~よ!」

 

 あれよあれよという間に荷物を勝手にまとめ上げられたロールが、一つの家屋に連れて行かれた。その一部始終を見ていたレドココが、羨ましそうに呟く。

 

「リトラ村は田舎だからな。ああやって外の奴が来ると盛大に歓迎するんだよ……エロス教徒なりの方法で」

「これで村の評判が良くなるなら、何も問題はありません。行商人は情報を売るのも仕事ですから」

 

 姦しい家屋から淫らな声が聞こえ始めた頃に、エンシェンはレドココと共に教会へ戻った。

 

 

 ⸸

 

 

 今日も一日、司祭としての務めを果たしたエンシェンは、就寝前に読書をしていた。読んでいるのは『シグルの歌』であり、十二使徒の一人、シグルが魔界の東部に広がる未開拓領域からやってくる魔のモノたちから、エロスの地を守護する物語だ。

 

 勇猛果敢に戦うシグルのカッコよさ、しかし配下に裏切られてしまい、死の淵を彷徨うハラハラとした展開、最後は決別した配下にケジメをつけさせ、女神エロスに首を差し出す良い結末(グッドエンディング)。魔界のベストセラーだけあって、何度読んでも面白いと思える名作だった。

 

 コンコン、とノックがされた。エンシェンは『シグルの歌』を脇に置き、誰何をする。

 

「あー、オレだよ。レドココだ」

「こんな夜更けにどうしたのですか。とりあえず、中に入りなさい」

 

 ゆっくりと扉が開かれて、そろりそろりとレドココが入ってくる。緊張した様子のレドココは普段のシスター姿ではなく、寝間着のネグリジェ姿だった。対してエンシェンは全裸だ。そのためか、レドココが食い入るようにエンシェンの股間を見つめてきていた。

 

「あ~、そのっ、日頃のお礼というか! そういうのを司祭様にシたいなあ~、なんて⁉」

「そうですか。もし必要ないと言ったら?」

「それは困る‼」

「なら、お願いをしましょう。どんなお礼をしてくれるのですか?」

 

 エンシェンがそう問えば、レドココがベッドに近づいてきて、そのまま上に乗ってきた。エンシェンの眼前にレドココが陣取る形だ。

 

「手でスるんだよ。べ、別におかしくないだろ……?」

「ええ、おかしくありませんよ」

 

 背もたれに深く背を預けたエンシェンは、股を開いてレドココを近寄らせる。やけに息の荒いレドココはごくりごくりと生唾を飲んで、そっとエンシェンの魔剣(マラ)を触ってきた。

 

「時にシスター・レドココ。私は〝剣〟が好きなんですよ」

「え? ああ、そうなんだな」

「剣の刃の部分は剣身(ブレイド)と言いまして、刃の根本の部分をリカッソ、古い言い方ではフォルトと呼びます。一部の両手剣(トゥ・ハンド・ソード)のリカッソには刃が無く、持ち手になっている……何故なら、そこを握って槍のように扱えるように考えられたからです。実は長刃剣(ロング・ソード)のリカッソも、刃が無い場合が殆どなんですよ」

「へえ……」

 

 レドココがリカッソを意識しながら、エンシェンの魔剣(マラ)を刺激してきた。

 

「次に、古い剣には剣身(ブレイド)に血溝──樋(フラー)が入っていることがよくありますが、最近の剣にはありませんよね。それは何故だか分かりますか?」

「……分からないぜ」

「元々は鉄剣でした。そのため簡単に曲がってしまうのです。そこで用いられたのが〝焼き入れ〟なんですが……それだけでは解決にならず、強度を上げるため、そして剣自体の重量を軽くするために血溝が掘られたのです。現在は〝知恵者〟によって鋼の製錬方法が確立されましたので、それが剣の材料となっています。古い剣に比べて軽く、薄く、強度が高い。だから樋(フラー)を設ける必要がなくなったんですね」

「それは知らなかったな……」

 

 エンシェンの魔剣(マラ)の樋(フラー)がスーッと撫でられた。レドココが、息が掛かるほど近くで観察してくる。

 

「最後に、刃先(カッティング・エッジ)と切先(ポイント)について語りましょうか。この部位はとても大切なんです」

「とても大切……!」

「リカッソの話にも関係することですが……刃の根本で斬りつけようとしても、相手に致命傷を与えることは難しい。必要なのは剣の重みを活かして、刃先(カッティング・エッジ)で斬りつけることです。だからこそ刃先(カッティング・エッジ)は非常に鋭く研がれています。そして切先(ポイント)ですが、用途は単純明快で突くためにあります。鋭く尖っていれば、槍のように突けるでしょう。生身で受けようものなら身体の奥深くまで食い込みますし、下手をしたら貫通します」

「カラダの奥深くまで……⁉ それに姦通……⁉」

「ええ、そうです。ですが、それだけ強度が求められるし、損耗が激しい。剣に限らないことですが、武器に最も求められる事はとにかく丈夫なことです。すぐに使い物にならなくなってしまっては、生死に関わりますから」

 

 レドココが興奮した様子で、魔剣(マラ)の切先(ポイント)を刺激してきた。エンシェンは限界が近いことを察して、レドココに合図を送った。

 

「ぐっ、私が剣を好きな理由は合理性の塊だからです。無駄なモノが一切なく、ただ目的を果たすために作られている。そこに美しさを見出しているんです……!」

「司祭様、オレも剣が好きになったよっ……!」

 

 最後に激しく擦(こす)られたエンシェンは、顔を歪めながら果てた。息を整える最中、レドココが手にベッタリとついた〝熱〟に頬を赤らめて、すんすんと匂いを嗅ぐ。

 

「はあ、オレの手でイッたんだよな、司祭様……」

「ええ、大変よかったですよ」

 

 事の終わりにお休みのキッスを所望されたのでエンシェンはしっかりと応えて、レドココを下がらせた。カラダの中で少しだけ熱が燻っていたが、すぐに収まるだろうと思って豚脂(ラード)キャンドルの火を消す。

 

 部屋に漂う豚脂(ラード)の香り。小窓から差し込む月明かり。村のどこかで、誰彼が働いているのだろう。エンシェンは微かに聞こえる生活音に耳を澄ませながら、穏やかな眠りについた。

 




 魔界の豆知識
・時折、女神エロスから知恵を授かった者が現れる(知恵者)。彼らは突拍子もなく便利な物を発明して、世の中に貢献する。マーマレードもその一つだ。
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