その日、夏目アンアンが零した言葉。
魔女候補達は彼女の望みを叶えるため、団結する。
すべては――ポップコーンのため!

【注意点】
・「魔法少女ノ魔女裁判」本編のネタバレを含みます。
・一応、2話目ぐらいの時系列ですが魔女候補達の仲がそこそこ良かったりと、若干謎時空です。

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勧められて軽い気持ちで手を出したら、見事に魔法少女ノ魔女裁判に脳を焼かれました。なんだこの作品は! 公式があれだけ露悪的な広報してたのに、こんな名作だとか聞いてないぞ私は! おのれAcacia!!
そんな感じでSSを書きました。どうぞ温かい目で見てやってください、よろしくお願いします。


夏目アンアンはポップコーンが食べたい

 その始まりは夏目アンアンの一言だった。

 

「……ポップコーンが食べたい」

 娯楽室で映画を見てる途中、アンアンは不満げに言葉を漏らす。共に映画を見ていた面々は、思わずアンアンの方に視線を向けた。

「……いやいや、分かってるっしょ。ここ、絶海の孤島。ポップコーンどころか、マトモな食事も食えない環境なんだよ!」

 沢渡ココが反論するも、アンアンはむくれたように顔をフイと逸らす。

「しかし、映画にはポップコーンとコーラだ。そう相場が決まっている」

「だーかーらーっ、そんなモンねーんだっての! 現実見やがれっての、ヒッキー!」

「――ココ、娯楽室では【静かにしろ】」

 アンアンの魔法によって、ココの口は閉じさせられる。そうして生まれた少しの静寂の中、佐伯ミリアがポツリと呟いた。

「……そうだねぇ、おじさんもポップコーンとか食べてみたいな。いつまでもあんな食事だけなのは、ツラいもんね」

 その言葉を皮切りに、桜羽エマと橘シェリーも口を開いていった。

「うん。まだ一ヶ月も経ってないのに、ジャンクフードとか懐かしく感じるなぁ……」

「映画にポップコーンとコーラ……それだけあれば、ちょっとした映画館気分ですよね!」

 そうやって希望を口にするも、口にしたところでポップコーンが生えてくる訳ではない。娯楽室の中で、多くの溜息の音が響いた。そこへ、宝生マーゴが微笑みかける。

 

「――ポップコーンくらいなら、用意できるかも♡」

 

 面々はぎょっとした顔で一斉にマーゴの方へ向き、口々に問い詰め始める。

「ど、どういうことですの、マーゴさん!?」

「もしかして、マーゴちゃんの魔法は【ポップコーン生成】だったんじゃないかな!?」

「いくらなんでも、それはねーし!」

「じゃあ【トウモロコシ生成】!」

「マーゴさんの魔法は【モノマネ】ですよ! エマさんしっかりしてくださいね!」

 その喧騒の中、声が――アンアンの【魔法】が使われる。

「うるさいっ……マーゴ以外、一度【黙れ】!!」

 ぴたり、と静かになる。そして、アンアンはゆっくりとマーゴに近付いた。

「マーゴ、本当にポップコーンが食えるのか?」

「さあ? もしかしたら、の話だもの♡」

「では、嘘なのか?」

「いいえ、流石にこんな嘘はつかないわ。私から言えるのは、この牢屋敷でもポップコーンを作るのは不可能では無い、ということよ♡」

 マーゴはニコニコと微笑んだままで、その言葉が嘘かどうかを窺い知ることはできなさそうだった。アンアンはじっとマーゴを見たあと、一度目を閉じてスケッチブックを開いて見せた。

『可能性があるなら、わがはいはそれに賭ける。マーゴ、何をしたらいい』

 マーゴは少しだけ目を丸くする。積極的に動かない、生粋のインドア気質なアンアンがここまでやる気になっている事に驚いているのだろう。

「……良いわ、じゃあ教えてあげる♡ エマちゃん、ちょっと良いかしら?」

「――あっ、もう声出せる。うん、何かな?」

「エマちゃんとシェリーちゃんには、ナノカちゃんの所……倉庫に行って、これを渡してきて欲しいのよ」

 マーゴはそう言いながら紙にサラサラと文字を書き、畳んで渡してみせる。

「これって……?」

「【おつかいリスト】♡ 倉庫の何処に何があるのかは私、わからないもの。ナノカちゃんなら把握してるでしょうし、ね♡」

「私は荷物運び担当ですかね? 適材適所ってやつですねー」

 いつもと変わらないシェリーは兎も角、悪戯っぽく笑うマーゴは何かを企んでそうにも思える。しかし、ポップコーンを食べれるかもしれないなら――

「……うんっ、任せて!」

 エマは食い気に負け、疑問を棚に上げた。それを確認すると、マーゴは次々と指示を出していく。

「それじゃあハンナちゃんと私は厨房に行きましょう? 中の掃除が必要かどうか、調理器具が揃っているかどうか……きちんと精査しなきゃいけないもの♡」

「ごもっともですわね……いいですわ、ついて行きましょう」

「次にアンアンちゃんとミリアちゃん……万が一、コンロが使えなかった時のためと、人手を増やすために、アリサちゃんに声をかけてくれる?」

『任せておけ、必ず連れてくる』

「おじさんもついて行けば良いんだね、分かったよ」

「最後にココちゃん……そうね」

 マーゴは再び紙に書いて、ココに手渡した。

「【これ】を、10個ほど集めてきてちょうだい?」

「【これ】って……いや、本当にポップコーンで使うん? いや保管場所も分かるけどさ……」

 手渡された紙を見ると、ココは怪訝そうな表情を浮かべる。それを気にも止めずマーゴは笑顔で頷いてみせた。

「ええ、【これ】があった方が美味しくできるの♡」

「うっわー、なんか含みがあって怖いじゃん……まぁ、やるしかないけどぉ」

 ココは訝しげにマーゴを見つつも、食事の改善には魅力を感じてるのか許諾してみせる。こうして、魔女候補たちによるポップコーン作り計画が開始された。

 


 

 エマ達は牢屋敷を出た裏手側、倉庫に辿り着く。

「ナノカちゃん、いるかな!」

 エマは倉庫の手前で、黒部ナノカへ向けて声をかける。しかし、倉庫からは返事はおろか物音すら聞こえてこない。

「ナノカちゃん、出掛けているのかな……? どうしよ――」

「私はここに居るわ、桜羽エマ」

「ひゃあっ!?」

 エマの背後から声がかけられた。ビックリして振り返ると、探し人であるナノカが茂みから出てくるところだった。

「そんな所にいたんですか、ナノカさん! 実は頼みがありましてー」

「既に宝生マーゴから連絡が来ているわ。中に入りなさい」

 そう端的に伝えると、倉庫へと入っていく。倉庫は薄暗く、照明に使われているだろう蝋燭や備蓄の食料品が木箱に入れられ、幾つも収められていた。

 その中を慣れた足取りでナノカは歩いていき、箱から一つの小さな壺を取り出す。

「ナノカちゃん、これは……」

「塩よ。質は悪いけれど、これで塩味のポップコーンなら作れるでしょう」

 言われてみれば、牢屋敷で出される料理はなんと言うか……独特な味をしているものの、食べていて体調を崩したという話は聞かない。つまり、人間に必要な栄養源――塩だって最低限料理に使われているはずなのだ。 魔女図鑑 更新…*1 

「後は……桜羽エマ。宝生マーゴからリストを受け取っているはずよ、見せてちょうだい」

「あっ、うん!」

 エマはすぐに畳まれた紙をわたす。ナノカはそれを開いて読み――大きく、顔を顰めた。

「これは……宝生マーゴは、この紙について何か言っていた?」

「えっと、【おつかいリスト】としか聞いてないけど? 塩のことじゃないの?」

 エマは不安そうにナノカに問いかけると、ナノカはフルフルと頭を横に振ってみせる。そしてシェリーの方へと向き直り、

「橘シェリー、貴方も手伝いなさい」

「えっ、どういう事ですか!?」

「これを見てちょうだい。私一人では出来ないと判断したから、貴方の力が必要よ」

 そう言ってナノカはシェリーに【おつかいリスト】を渡す。

「えーっと……あぁ、なるほどです。となると、マーゴさんのやろうとしてる事も読めてきますね。分かりましたっ、私はナノカさんを手伝わせてもらいますね!」

 紙を受け取って読んだシェリーは、すぐさま納得した様子を見せた。エマは事情が分からず一人置いてけぼりになり、オロオロする。

「ま、待ってくれないかな! 何がどういう事なの!?」

「悪いけれど、この必要なものがリスト通りだとしたら今から動かないと間に合わないわ。桜羽エマ、あなたはこの塩だけ持って先に戻ってなさい」

「シェリーちゃん達は後から合流しますね!」

 それだけ伝えると、ナノカとシェリーは足早に倉庫から立ち去り、木々の合間を縫って消えていく。そして倉庫の前にはポカンとした表情で固まる桜羽エマと、その足元に置かれた塩が入った壺が残された。 魔女図鑑 更新…*2 

 


 

 エマが牢屋敷に戻ると、食堂の奥から話し声が聞こえる。

「ごしごし、ですわー!」

「ハンナちゃん、フライパンを洗い終わったらこの蓋もお願いね♡」

「そう言うなら、マーゴさんも手伝ってくださいます!?」

 厨房の中を覗くと、遠野ハンナがフライパンを洗っている様子が伺えた。傍にはマーゴだけでなく、ココ、それに何処かで合流したのか氷上メルルの姿があった。ココとメルルはコンロやシンクを洗っているが、マーゴだけはただおかしそうに笑いながら眺めている。

「あっ、ちょうどいいところに! エマさん、マーゴさんが持ってるフライパンの蓋を洗ってくださいまし!」

「ええっ!?」

「はいどうぞ、エマちゃん♡」

「えええっ!?」

 ハンナはエマが来たことに気付くとすぐに指示を出し、それに合わせてマーゴもエマへと黒いヘドロのようなものがこびりついたフライパンの蓋、らしきものとたわしを手渡した。

「私、今日は指示役だから♡ ポップコーン、食べたいんでしょう?」

「くっそー、ですわ! 後で覚えておきやがれ、ですわ!」

「お嬢、口調崩れすぎっしょ……でも、あてぃしも疲れてきたわ」

「あ、それなら少し休憩しましょう……! 私、ハーブティーを用意してきますね……!」

 メルルはパタパタと足音を立てて厨房から離れて行く。普段ハーブティーを入れるのに使っているポット、それがある医務室へ向かったのだろう。

「ではココさんは休憩していてくださいまし。エマさん、こっち来て蓋を洗いますわよ!」

「う、うんっ」

 やけに気合の入っているハンナにエマは戸惑いながら応じ、比較的綺麗なシンクで洗いはじめる。ハンナは苛立ちを隠そうともせず、愚痴をこぼしながらフライパンをたわしで磨いていた。

「まったく、こんな汚い厨房で料理を作っていたなんて! こんなに広くて綺麗な屋敷なのに、掃除が行き届いていないなんて許せないですわ! 宝の持ち腐れですわーっ!」

 その怒りをぶつけるように、力を込めて激しく洗われているフライパンは、随分と綺麗になっているように見える。エマはその様子を見て、今は会う事の出来ない母親の姿を思い出した。

「なんだかハンナちゃんって……お母さんみたいだね!」

「褒め言葉になってねーですわーっ!」

 エマは普通に怒られた。

 

 ココがハーブティーを飲み、休憩を終えて少ししてから。エマはようやくフライパンの蓋を綺麗に洗い終える。そしてその頃には、柴藤アリサを連れてアンアンとミリアも厨房にやって来ていた。

「はぁ、ボクも疲れちゃった……」

「まったくですわ。でもおかげで結構綺麗になりましたわね……まだ汚い場所が残ってるのが気にくわないですが」

 忌々し気に厨房を見渡すハンナは、少しばかり黙っていたが溜息をつく。

「まあ、今日のところは良いでしょう。マーゴさん、これで良いんですわよね?」

「ええ。あとはナノカちゃん達が【おつかいリスト】の物を持って来てくれれば大丈夫よ♡」

 マーゴの言葉にエマは思い出したように声を上げる。

「そうだ! もうボク、塩は受け取ったけど、他に何が必要だったの?」

『……桜羽エマ、貴様はバカなのか?』

 アンアンは心底呆れた表情でエマにスケッチブックを見せる。

(バカだと思われちゃった……!)

「あはは……エマちゃん、今この場にあるのは【塩】と【フライパン】に【蓋】、あとは厨房に備え付けられたコンロとかなんだけど、ポップコーンを作るには必要なものが足りてないよね?」

 ミリアの言葉にエマは少し考える。

「えっと……それは――」

 

꧂ トウモロコシが足りない ꧁

꧂  キャラメルが足りない  ꧁

 

「そうだ、トウモロコシが無いんだ!」

「そうそう! ポップコーンって言うくらいだからね。コーン……つまりトウモロコシが必要なんだよ」

「ミリアちゃんってうっすらボクの事バカにしてない?」

 まるで幼児を相手にするような物言いにエマは少しムッとしてみせると、ミリアはいつものような苦笑いを浮かべ……しかし否定も肯定もしなかった。その様子を見ながら、マーゴは薄く笑ってみせる。

「その通りよ。そしてこの牢屋敷……いえ、監獄島全域に、トウモロコシは存在しないと思うわ」

「えっ!?」

「でもポップコーンは作れるの。この後、ナノカちゃん達が持って来てくれるはずの【あれ】はあったから♡」

 マーゴの言葉に、一同は頭に疑問符を浮かべる。すると、厨房の扉が開かれた。

「待たせてしまったようね」

「シェリーちゃん達が、ちゃんと調達してきましたよー!」

 扉を開けて現れたのはナノカ、そして大きな木箱を抱えたシェリーだった。シェリーの軽い声と共に、木箱は厨房の床に置かれる。

「ちょうど良いタイミングね♡ ココちゃん、持ってきてもらった【あれ】を皆に配ってちょうだい♡」

「えっ、うん……結局【これ】、何に使うん?」

 疑問を口にしてココが取り出したもの。それは、毎朝の身支度などでエマ達も使っている【櫛】、そして【ピンセット】であった。 魔女図鑑 更新…*3 

「これって……【櫛】と【ピンセット】?」

「うん、なんかマーゴがこれを10個ずつ――人数分用意しとけってさ」

 マーゴの意図を掴むことが出来ず、エマは首を傾げる。しかしそれを気にした様子もなく、マーゴはシェリーに声をかけた。

「じゃあシェリーちゃん、中身を見せてもらえるかしら?」

「お任せください!」

 シェリーが木箱の蓋を強引に剥がし取ると、中にはエマ達にとっても見慣れたものが、これでもかという量収められていた。緑色をした、先端にふさふさと毛の生えている、まるでブラシのような形状の雑草。

 

「――【ねこじゃらし】?」 魔女図鑑 更新…*4 

「そう、【ねこじゃらし】よ♡」

「では、私から説明させてもらいますね!」

 そう言ってシェリーはねこじゃらしを片手に持つと、語り始めた。

「まずエマさん! トウモロコシは何の植物の仲間か、分かりますか?」

「えっと、それは……」

 

꧂ トウモロコシの仲間 ꧁

꧂   イネの仲間   ꧁

 

「トウモロコシはトウモロコシの仲間だよ!」

「それはもちろん間違っていませんが、今回聞きたい事とはズレてますね! なので、バツですっ! ぶっぶー!」

(笑顔でバツ付けられちゃった……!)

 シェリーが腕を交差させて大きくバツを示すとエマは縮こまったが、それを気にせずシェリーはマーゴと共に説明を続ける。

「トウモロコシは、イネ科トウモロコシ属……穀物なんですよね! そしてその中でも、種皮の固い“爆裂(ポップ)種”のみがポップコーンにすることができます!」

「加熱時に粒の中の水分が蒸発・膨張することによって生じる圧力、それでスポンジ状に弾けたものをポップコーンと呼ぶの♡」

「なので、普段私達の食用とする“甘味(スイート)種”では、ポップコーンは作れません。弾ける前に種皮が破けてしまいますから!」

「へえ……そうだったんだ」

「そして、ここからが本題です!」

 シェリーはそう前置くと、手に持っていた【ねこじゃらし】をエマの方へ向けた。

「ここまでの話を踏まえた上で! 【ねこじゃらし】は何の仲間か、察しがつきましたか?」

「エマちゃん、“雑草の仲間”なんてつまらない答えはやめてちょうだいね♡ 『雑草という草は無い』わよ♡」

「ああ、昭和天皇の言葉だな」

 アリサが口からこぼした注釈を聞きながら、エマは少し考え……そして、仮説を導き出した。

「もしかして、【ねこじゃらし】は……イネの仲間なの?」

「はいっ! 大正解です!」

 シェリーは満面の笑顔を浮かべ、腕で大きく丸を作って見せた。そして、詳しく説明しますねと言った後、話を続ける。

「【ねこじゃらし】……正式には狗尾草(エノコログサ)と言いますが、こちらもイネ科の植物です! アワの原種とされ、トウモロコシとは属が違いますが食用として使うこともできますね!」

「普通は脱穀したあと粉にして使うのだけど、“爆裂種”と同じように固い種皮を持つから……ポップコーンを作ることも可能なのよ♡」

 

「――す、少し【待て】!」

 

 アンアンは慌てたような顔で、マーゴを問い詰める。

「マーゴ、話が違うんじゃないか!? 先程ミリアも言っていただろう、ポップコーンはトウモロコシ(コーン)を使うからポップコーンなのだと!」

「あら、それはどうかしら♡」

 マーゴは不敵な笑みを崩さず、アンアンに反論してみせる。

「ポップコーンというのは、料理の名前にすぎないわ♡ 本来そば粉を使うガレットだってジャガイモで作って、ジャガイモのガレット……なんて言ったりするわよね?」

「し、しかし……!」

「逆にアンアンちゃん……“イネ科の実を炒って爆発させた、パフ状のお菓子”はポップコーン以外で何と呼べばいいのかしら? 教えて欲しいわぁ♡」

 マーゴの言葉に、何も言えなくなったのかアンアンは歯噛みしてみせた。その様子を楽しそうに見ると、マーゴは再び周りに目を向けて告げる。

「とは言っても、【ねこじゃらし】からポップコーンを作るのはそう簡単な話じゃないの」

「そうですねー。何せこの実っている粒、その全てが弾けてくれるかは怪しいですから!」

「そうなのか?」

 アリサの疑問にシェリーは答えてみせた。

「はい。何せ、品種改良されたわけでもない野生種なので。本当は粒の中が詰まってる方が良いのですが、野生に生えてるものは成長の度合いも一律とはいきませんし……」

 そう言って、落ち込んだような顔を見せるシェリー。マーゴはその様子を見たのち、言葉を続ける。

「そう、だからこそ【おつかいリスト】にはこう書いておいたの――『できるだけ多くのねこじゃらし』って♡」

「うげぇっ! それってつまりぃ……」

 ココは察したのか、苦々しい顔を浮かべた。そのココの表情を見て、マーゴは機嫌良さそうに告げる。

「……試行回数が増えたら、それだけ成功も増えるでしょう? だから私はお願いしたの。人(・)数(・)分(・)の(・)【櫛】と【ピンセット】を、ね」

 そこまで言われて、エマはようやく気づく。マーゴはポップコーンを作るためだけに、これだけの大量の【ねこじゃらし】を集めさせ、そして人海戦術で下処理していくつもりなのだ、と。

 木箱を見る。中に詰まっている【ねこじゃらし】は木箱ギリギリまで収められていて、重さにするとだいたい80キログラム弱だろうか。そしてこの場にいるのは囚人であるエマ達10人のみ――

「さあ、頑張っていきましょう? ――デスマーチの始まりよ♡」

 マーゴの弾んだ声とは裏腹に、エマ達の空気はどんよりと重たかった。

 


 

 【ねこじゃらし】で作るポップコーン、そのために必要な下処理は言葉にすると単純だった。乾燥させ、櫛を使って脱穀し、粒以外のヒゲやゴミを取り除く。それだけである。

 そして、その下処理の工程に――エマ達は1週間もの時間を費やすこととなった。

 

「不思議だな。ボク、ずっと牢屋敷に篭もりきりだったはずなのに、暫く外に出かけたくないかも……」

「わたくしもですわ……外に出て草を見たら、魔女化が進行しそうですもの」

 エマは脱穀の済ませた粒の入った袋を手に、ハンナと共に厨房へ向かっていた。

「これだけ時間をかけて脱穀を済ませて、ゴミを取り除いて……それで今日からようやく、ポップコーン作りに移れるんだね」

「まったくですわ。これでわたくし達の食べれる分が無かったら、マーゴさんを恨みますわ……!」

「さ、殺人事件は起こしちゃダメだからねっ!?」

 慌ててエマが制止してみせると、ハンナは鼻を鳴らして気丈に振舞ってみせる。

「当たり前ですわ! 少なくともわたくしは、人間としてここを出るつもりですもの!」

「そう、だよね……!」

 厨房に着くと、既にエマとハンナ以外は集まっていた。アリサとマーゴはコンロや調理器具に不備がないか最後の確認をしており、ココは配信の準備を、ミリアとアンアンは壁際に食堂の椅子を並べ、そこで座って待っていた。

「あ、待ってましたよ! エマさん、ハンナさん!」

 シェリーは厨房に入ってきたエマ達に気づくと、大きく手を振ってみせる。傍にはメルルも立っていた。

「ごめん、遅れちゃったかな……!」

「いえいえー! 皆さん何だかんだ楽しみにしてたみたいで、私達が集まるの早かっただけだと思いますよ!」

「はあ!? 何適当なこと抜かしてんだ、このハエ女!」

 シェリーの不躾な言葉に、アリサは顔を赤らめて威嚇してみせた。エマは皆の様子を見て、遅れて気づく。

「あれ、ナノカちゃんは……」

「黒部ならいねーよ」

 アリサはエマの疑問に、厨房の扉の向こう――牢屋敷の外の方を向いて答えた。

「あまり長居するとゴクチョーにバレるからって、脱穀済みの【ねこじゃらし】を置いたらすぐ退散していったよ」

「そう、なんだ……」

「それより、そろそろ始めた方が良いんじゃねーか? 沢渡も待ちきれなさそうだしな」

 アリサはそう言って、配信準備を完了させたであろうココを指差した。ココはそれに気づくと、顔を顰めて毒づいてみせる。

「なぁに指差してんのさ。あてぃしが待ってたのは、こういう企画はバズりそうだからだし! そういうヤンキーこそあてぃしより早く厨房に来てて、楽しみにしてたんじゃねーの?」

「なんだとコラァ!」

 一触即発の空気が流れはじめると、それに気付いたシェリーが割って入った。

「喧嘩はやめましょうよー! 続けようとするなら、シェリーちゃんの喧嘩両成敗パンチですよ!」

「「怪力ゴリラ(ハエ女)、殺人事件でも起こすつもりなん(か)!?」」

 幸い、シェリーの仲裁のやり方は良くなかったかもしれないが、空気は和らいでくれた。シェリーが2人の口撃を笑顔で聞き流しているのを横目に、マーゴは一度手を打ち、注目を集める。

「皆揃ったみたいだし、始めましょうか♡ とは言っても……後はフライパンで油を敷かず、蓋をして炒るだけなのだけど」

「成功したらちゃんと弾けて、粒の小さなポップコーンになりますよ!」

 そう付け足すシェリーの言葉に、メルルは恐る恐る手を挙げて質問する。

「あの、失敗したら……」

「焦げちゃうだけですねー!」

「あう……」

 笑顔のままズバッと断ずるシェリーに、メルルは眉を八の字にして目を潤ませた。

「それじゃあ、始めていきますわよ……!」

 ハンナはコンロの前に立ち、【ねこじゃらし】の実をフライパンに投入すると、火をつけてフライパンを揺する。その姿は妙に様になっており、エマはぽろりと言葉を零す。

「やっぱりハンナちゃん、お母さんみたい」

「ホントーに怒りますわよ」

 ハンナが怒りを声に滲ませながらも、フライパンから目を離さず揺すり続けている。ある程度色がついた所でハンナはフライパンに蓋をした。

「こっから、ですわね……ちゃんとできてくれると、嬉しいのですけど」

 その後暫く、ハンナがフライパンを揺する音だけが響き……突然、小さくパチッと弾けたような音がした。

「っ! 今、聞こえたよね!」

「ええ、どうやら本当に作れるみたいですわね!」

 ハンナは根気強くフライパンを揺すり続け、弾ける音がしなくなると火を切った。

「さて、どうかしら……」

 ハンナが蓋を開けると、エマだけでなくココやミリア達までハンナの後ろから覗き込むようにフライパンを見る。

 フライパンに投入された粒の大半は弾けることなく、黒く焦げてしまっているが……3割程度の粒が、爪の先ほどの小さなパフ状に弾けていた。

「ホントだ、ちっちゃいけど、ポップコーンみたいになってる……!」

 ミリアが目を輝かせて言い、エマやココ、アリサ達も思わず感嘆の溜息を漏らした。

「これで作れると分かったのなら! この失敗したのは除けてしまって、どんどん作っていきますわよっ!」

 ハンナもより一層やる気を出し、フライパンから成功したもののみ皿に移すと、残った失敗したものは別の袋に入れる。

 その後、コツを掴んだのかハンナはどんどん量産していき……集まった【ねこじゃらし】が無くなる頃には中くらいの皿いっぱいに小さなポップコーンが集まった。

 

「さあ、できましたわ〜っ!」

 ハンナの声と共に、エマ達から歓声があがる。

 マーゴは皿の中のポップコーンに塩をかけると軽く混ぜ合わせ、10個のコップへ均一になるように分けていく。そしてそのコップの内ひとつをアンアンへと手渡した。

「はい、随分時間も手間もかかっちゃったけど……これでいいわよね?」

「――」

 アンアンは少し固まったあと、それを少々照れ臭そうな笑顔で受け取り、スケッチブックに文字を書いて見せる。

『マーゴ、感謝する』

「ふふっ、どういたしまして♡」

 アンアンは受け取ったコップに少しの間視線を落とした後、顔を上げ、コップを持ったまま厨房から離れていく。それを見たミリアは慌てて声をかけた。

「アンアンちゃん、どうしたの!?」

『当然、映画を見るのだ!』『ミリアも早く来るがいい!』

 そうスケッチブックを掲げるアンアンに、ミリアは苦笑いする。そしてエマ達に軽く頭を下げて、アンアンと共に娯楽室へと向かっていった。

 エマ達はその様子を笑顔を見送った後、時間ギリギリまで談笑しながらポップコーンを摘んだ――。

*1:
塩の入った壺

ナノカが倉庫から持って来た、小さめの壺。

両手で持てる程度の大きさをした壺で、中には粗製の塩が少量入っている。

殺人の凶器とするには、重さが足りなさそう。

*2:
おつかいリスト

マーゴから受け取ったナノカ宛の手紙。

中身を読んでいないが何か妙な事が記されていたらしく、これを読んだナノカは顔を歪ませた。

その後、1人では調達が困難と言い、シェリーを連れて花畑方面へ出て行った。

*3:
櫛とピンセット

各監房や医務室に常備されていた、櫛とピンセット。

櫛は歯の細かいもの。ピンセットも先端が細く、より精密な動きができるもの。

ピンセットは兎も角、櫛は年頃の少女達には必需品。

*4:
ねこじゃらし

ナノカとシェリーが摘んで集めてきたねこじゃらし、1メートル四方の木箱に詰められている。

正式名称はエノコログサというらしい。ココちゃんに向けて振っても、じゃれついてくれる訳ではない。




 夜闇に紛れ、静かな羽音が聞こえる。やがてその主――ゴクチョーは医務室へ窓から入り、そこに居た“彼女”へと話しかけた。
「良かったのですか、メルル様」
 ゴクチョーの視線の先にいる“彼女”……白いシスターのような囚人服を着た少女、メルルはゴクチョーへゆっくりと視線を向ける。
「……何のことですか?」
「厨房のことです。あそこは本来、彼女達の出入りできない部屋のはずですけど」
「ああ、それは良いんです……」
 メルルは遠い過去を思い出すように、窓の外へ視線を動かした。
「昔、大魔女様と一緒に映画を見てて……その時に大魔女様は、ポップコーンについて話されました」
「嬉しかったんです。これが紛い物(だいようひん)だとしても、ポップコーンを食べることの出来たことが」
 笑顔で語る彼女へゴクチョーはやれやれと首を捻り、そして聞いた。
「では、今後厨房は開放するのですか?」
「――しませんよ」
 メルルの返答は早く、慈しみに溢れたその声には冷たさがあった。
「今回は例外です。彼女達にはもっともっと、ストレスを感じて……魔女になってもらわないと」
「そうですか……では看守にもそう伝えておきますね」
「はい、お願いします……」
 メルルはゴクチョーが飛んでいくのを見送ると、空になったコップを机に置いて医務室を後にする。

 ――幾つもの小さなポップコーンが、医務室のゴミ箱に捨てられていた。

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