僕のヒーローアカデミア:妖精の参謀 作:並行世界とかという概念最高
雄英高校に入学して、まだ数日。
チセ・トオノは、早くもこの学校の教育方針について考えていた。
――いや、教育方針というより。
目の前で繰り広げられている光景について、だ。
「これより、ヒーロー基礎の実技演習を始める!」
オールマイトの声が演習場に響く。
広い屋内演習場には、街並みを模した建物が並んでいた。道路、曲がり角、建物の出入口。実戦を想定した構造らしい。
生徒たちはヒーロー側と敵役側に分かれ、模擬的な戦闘を行う。
チセは壁際に立ち、周囲の地形を眺めた。
この世界の戦闘訓練は興味深い。
魔法を使う者がほとんどいない代わりに、個性という生まれ持った能力を前提として戦術が組まれている。身体能力も能力の性質も個人差が大きい。戦い方は、魔導士の世界とはかなり違う。
だからこそ、観察する価値があった。
「今回の組み合わせは……緑谷少年と麗日少女がヒーロー側! 爆豪少年と飯田少年が敵役側だ!」
名前を呼ばれた4人が前に出る。
緑谷は緊張した面持ちで、隣に立つ麗日へ何かを話していた。
「麗日さん、今回はまず建物の構造を確認して、それから――」
「う、うん! 頑張ろうね、緑谷くん!」
一方、爆豪は不機嫌そうに舌打ちしている。
「……チッ」
「爆豪くん、作戦を確認しよう。敵役としての目的は、核を守り切ることだ。無用な交戦は避けるべきだろう」
「うるせぇ、分かってる!」
飯田の真面目な忠告を、爆豪はまともに聞いていない。
チセはその様子を眺め、わずかに目を細めた。
なるほど。
演習開始前から、いくつか問題が見える。
「それでは――演習、開始!」
開始の合図と同時に、緑谷と麗日は建物へ突入した。
爆豪もすぐに動く。
爆発音が演習場に響いた。
彼は建物の内部を移動しながら、緑谷の姿を探しているようだった。模擬核の防衛という目的よりも、目の前の相手を追い詰めることに意識が向いている。
飯田は核の防衛を優先しようとするが、爆豪の動きに振り回されていた。
チセは腕を組んだまま、静かに口を開いた。
「……馬鹿ね」
隣にいた生徒たちが、一斉に彼女を見た。
「えっ?」
「今、誰のこと?」
「両方」
チセは即答した。
周囲が微妙な沈黙に包まれる。
「え、ええと……チセさん、まだ始まったばかりだけど……」
麗日の姿をモニター越しに追っていた芦戸が、困惑したように言った。
「始まったばかりだから分かるのよ」
チセはモニターを指さした。
「まず、爆豪。敵役なのに、敵を倒すことばかり考えている。守るべき対象があるのに、そちらへの注意が薄い。飯田の指示も聞いていない。あのままなら、相手の挑発ひとつで防衛線を崩すわね」
「でも、爆豪くんは強いよ?」
上鳴が口を挟む。
「ええ。能力も戦闘センスも優秀だと思うわ」
チセはあっさり認めた。
「だから余計に問題なの。強い人間が、自分の強さを証明することに夢中になっている。戦闘の目的を見失ったら、能力が高くても意味がないでしょう?」
モニターの中で、爆豪が爆発を使って移動する。
その先には緑谷の姿があった。
爆豪の目が鋭くなる。
「見つけたぞ、デク!」
「かっちゃん……!」
緑谷の声に、チセの眉がわずかに動いた。
――かっちゃん?
幼い頃からの呼び方なのだろうか。
その疑問は、すぐに戦闘の展開に押し流された。
爆豪は緑谷へと突進する。
緑谷もまた、爆豪を意識して動きを変えた。
麗日が何かを伝えようとするが、緑谷の注意は爆豪に向いている。彼は相手の攻撃を受け止めるため、無理な姿勢で腕を振り上げた。
チセは目を細めた。
「……そっちもか」
「緑谷くんも?」
「ええ」
彼女は淡々と説明する。
「緑谷は相手の能力を理解しようとしている。観察力も悪くないし、状況に応じて考えようともしている。でも、爆豪が相手になった途端、判断が乱れている」
「それは……」
「過去に何かあったのかもしれないわね。でも、事情が何であれ、今は実戦を想定した訓練よ。目の前の相手に意識を奪われて、身体を壊すような攻撃を選んでいる」
チセの視線が、緑谷の腕に向けられる。
「勝つために自分を壊すのは、戦術じゃない」
その言葉は、思った以上にはっきりと響いた。
周囲の生徒たちが口を閉じる。
チセは続けた。
「自分の身体を守れない人間に、仲間を守れるとは思えないわ」
モニターの中では、爆豪の攻撃が続いている。
緑谷は何とか対応しようとしていたが、その動きには焦りが見えた。攻撃を受けるたびに、身体への負担が積み重なっていく。
チセは小さく息を吐いた。
「本当に、馬鹿ね。両方とも」
「チセさん、言い方……!」
芦戸が引きつった笑みを浮かべる。
「事実を言っただけよ」
チセは悪びれない。
「ナツとグレイだって、戦闘中に喧嘩を始めることはあるわ。意地の張り合いもするし、相手の挑発に乗ることだってある」
「ナツとグレイだって、戦闘中に喧嘩を始めることはあるわ」
チセはモニターから目を離さずに言った。
「意地の張り合いもするし、相手の挑発に乗って本来の目的を忘れかけることもある。周囲からすれば、迷惑極まりない連中よ」
「……ナツ? グレイ?」
緑谷が不思議そうに首を傾げた。
「誰のこと?」
「チセちゃんの知り合い?」
麗日も首を傾げる。周囲の生徒たちも、聞き覚えのない名前に顔を見合わせていた。
チセはそこでようやく、クラスメイトたちへ視線を向けた。
「馬鹿1と馬鹿2よ」
「説明が雑すぎない!?」
芦戸が思わず声を上げた。
「もう少しこう、どういう人なのか説明してくれない?」
「そうね。馬鹿1は、考えるより先に突っ込むタイプ。馬鹿2は、馬鹿1と顔を合わせると張り合わずにはいられないタイプ」
「どっちも馬鹿じゃねーか!」
上鳴が突っ込む。
「ええ。だから馬鹿1と馬鹿2なのよ」
チセは何の迷いもなく頷いた。
「ちょっと待って、チセさん! その2人、友達なんだよね!?」
「仲間よ」
「友達じゃなくて!?」
「仲間ね」
きっぱりと言い切られ、麗日は困ったように笑った。
切島は腕を組み、感心したように頷く。
「でも、そこまで言えるってことは、相当付き合いが長いんだな」
「ええ。何度、後始末をさせられたか分からないわ」
チセは深々とため息をついた。
「依頼書を最後まで読まずに現場へ突っ走る馬鹿。売り言葉に買い言葉で建物を壊しかねない馬鹿。おまけに、どちらも自分が正しいと思っているから始末が悪いの」
「それ、本当に仲間なの……?」
八百万が戸惑いがちに尋ねる。
「仲間よ。腕は立つし、いざというときには頼りになるわ」
チセはあっさり答えた。
「ただし、普段の行動に関しては、まったく信用していない」
「評価が厳しい!!」
上鳴の声が演習場に響いた。
チセは気にする様子もなく、再びモニターへ視線を戻す。
「でもね、あの2人は仲間が危険になれば、くだらない意地の張り合いをやめてそちらへ向かうわ。少なくとも、私が知る限りではね」
その声からは、先ほどまでの呆れとは違う、確かな信頼が感じられた。
「だから、あの2人の喧嘩と今の2人の戦いは違うのよ」
モニターの中では、緑谷と爆豪が互いを強く意識しながら動いていた。
「ナツもグレイも、無茶はする。考えなしに突っ込むし、感情的にもなる。でも、戦闘の目的や仲間の存在まで見失うわけじゃない」
チセは淡々と続けた。
「一方で、あなたたちはどう? 緑谷は爆豪を止めることに意識を奪われて、自分の身体を壊すような攻撃を選んでいる。爆豪は緑谷を追いかけることに夢中で、敵役として守るべきものを忘れかけている」
彼女は小さく息を吐いた。
「馬鹿1と馬鹿2のほうが、まだその辺りは分かっているわね」
「その比較対象、相当ひどくない!?」
芦戸が叫ぶ。
「そうかしら。事実よ」
チセは平然としていた。
「勝つことと、相手に自分の価値を認めさせることは違う。戦闘中にそこを履き違えたら、仲間を危険にさらすわ」
彼女はモニターを見つめたまま、静かに言い切った。
「勝つのは当然。そのうえで、全員が無事に生きて帰ってくる。そこまで含めて戦術よ」
今度は、誰もすぐには突っ込まなかった。
ただひとり、上鳴だけが小声で呟く。
「……馬鹿1と馬鹿2、どんな人たちなんだよ」
「会えば分かるわ」
チセは少しだけ遠い目をした。
「できれば、会わないほうが平和だけど」
「そこまで!?」
A組の声が重なった。
チセは、ほんのわずかに口元を緩めた。
――まったく。あの2人がこの世界にいたら、今ごろ何をやらかしていることやら。
考えるだけで頭が痛くなりそうだった。
「でも、あの2人の喧嘩と、今の2人の戦いは違うわ」
チセの声から、わずかに温度が消えた。
「これは、相手に勝ちたいというだけの話じゃない。自分が相手より上だと証明したい。相手に負けたくない。相手に何かを認めさせたい。そういう感情が、戦闘の判断に入り込んでいる」
彼女はモニターを見つめた。
「それを整理できないまま、他人と一緒に戦うの?」
答える者はいなかった。
チセは肩をすくめる。
「怖いでしょう? 戦闘中に自分の感情を整理できない人間に、仲間の命を預けるのは」
その言葉に、今度こそ誰もすぐには反論できなかった。
もちろん、学生の演習だ。
実際に命を懸けているわけではない。
けれど、チセにとって戦闘とは、そういうものだった。
敵の攻撃ひとつで仲間が倒れる。
判断が一瞬遅れただけで、助けられたはずの人間が死ぬ。
勝利しても、帰ってこられなければ意味がない。
それを知っているからこそ、目の前の光景が危うく見えた。
そして、チセの懸念は的中する。
爆豪は緑谷を追うことに意識を傾け、飯田の指示を無視する。
緑谷は爆豪を止めることに集中しすぎて、身体への負担を顧みない。
結果、戦闘は模擬核の防衛という本来の目的から逸れていった。
演習が終了したとき、勝敗はついた。
だが、チセは結果を聞いても、特に感心した様子を見せなかった。
「……で?」
彼女の一言に、近くにいた生徒が目を丸くする。
「で、って……」
「何か得るものはあったのかしら。少なくとも、今の戦い方をそのまま実戦で使うのは勧めないわね」
オールマイトが演習の講評を始める。
チセは説明を聞きながら、緑谷の腕と爆豪の立ち姿を観察していた。
緑谷は自分の行動を振り返ろうとしている。
一方の爆豪は、納得していない顔で立っていた。
チセは、講評が終わるのを待った。
そして、緑谷がこちらへ来たところで声をかける。
「緑谷」
「は、はい! チセさん!」
「あなた、身体を壊すことを前提に戦っているの?」
「えっ……」
緑谷の顔が強張った。
「そういうつもりでは……」
「なら、なおさら問題ね。自分が何をできるか、何をできないか。どこまでなら身体が耐えられるか。それを把握しないまま、無理な攻撃を選んでいる」
チセは彼の腕を見た。
「あなたが倒れたら、その後は誰が戦うの?」
「それは……」
「仲間がいるなら、仲間を信じなさい。自分ひとりが壊れれば解決するなんて考え方は、ただの自己満足よ」
緑谷は言葉を失った。
チセの声は厳しかったが、怒鳴っているわけではない。
責めるというより、危険な戦術を見つけた指揮官が、改善点を告げているような口調だった。
「あなたの観察力と分析力は武器になる。だったら、まず自分自身を分析しなさい。自分の身体も、戦力のひとつでしょう?」
「……はい」
緑谷は俯き、それから顔を上げた。
「ありがとうございます。僕、もっと考えます」
「ええ。考えるのは得意そうだものね」
少しだけ、チセの表情が和らいだ。
だが、それも束の間だった。
「爆豪」
「……あ?」
呼ばれた爆豪が、鋭い目で振り返る。
「あなたも馬鹿ね」
「……はァ!?」
近くにいた生徒たちが、目に見えて固まった。
爆豪はチセに詰め寄りかける。
「テメェ、今なんつった!?」
「聞こえなかったの? なら、もう一度言うわ。あなたも馬鹿」
「ぶっ殺すぞ!」
「演習で勝敗がついたばかりなのに、今度は口喧嘩で勝とうとしているの? 忙しいわね、あなた」
「んだとォ!?」
爆豪の額に青筋が浮かぶ。
チセは一歩も引かなかった。
「あなたの能力は優秀よ。爆発の威力も、機動力も、攻撃の組み立ても。ただし、緑谷を相手にすると、判断が雑になる」
「知ったような口を利くんじゃねぇ!」
「では、反論してみなさい。飯田の指示を無視したこと。模擬核の防衛より緑谷との交戦を優先したこと。相手の行動に意識を奪われて、目的を見失ったこと。どれかひとつでも違う?」
「……ッ!」
爆豪は言い返そうとした。
しかし、チセはその隙を与えなかった。
「相手を倒すことと、任務を達成することは違うわ。あなたは戦闘能力が高い。だからこそ、自分の感情で判断を狂わせるのは損失が大きいのよ」
「テメェに何が分かる!」
「あなたの過去は知らないわ」
チセは即答した。
「知ろうとも思っていない。今の私が見ているのは、あなたの戦い方だけよ」
爆豪が睨みつける。
「過去に何があったとしても、戦闘中に何を優先するかは自分で決めることでしょう?」
静かな声だった。
「怒るのも、悔しがるのも自由。でも、その感情のせいで仲間や自分を危険にさらすなら、戦士としては未熟だわ」
爆豪の拳が握られる。
周囲の生徒たちは、誰も口を挟めなかった。
入学して間もない転入生が、クラスでも特に気性の激しい爆豪に真正面から言い切っている。
しかも、挑発するためではなく、心底そう考えているらしい。
そこが、余計に反応に困るところだった。
「……チッ!」
爆豪は舌打ちし、チセから顔を背けた。
「覚えてろよ!」
「ええ。次の演習も見るわ」
「そういう意味じゃねぇ!!」
怒鳴り声が演習場に響いた。
チセは小さく息を吐く。
「やっぱり、馬鹿ね」
「チセさん、もう少し言い方を……!」
麗日が慌てて間に入る。
「言い方を変えたら、戦い方も変わるの?」
「そ、それは……」
「なら、今は必要ないわ」
チセはあっさり言った。
「もちろん、改善する気があるなら話は別よ。戦術の相談くらいなら乗るわ」
その言葉に、緑谷が顔を上げる。
「本当ですか?」
「ええ。あなたたちが、自分の身体と仲間を大切にするならね」
チセは演習場を見回した。
「私は、勝つこと自体には反対していないわ。勝つのは当然よ。でも、勝った後に全員が無事で帰ってくるところまで含めて、戦術でしょう?」
その場にいた生徒たちは、しばらく黙っていた。
やがて切島が、難しい顔で頭を掻いた。
「……なんつーか、チセって、戦いに対する考え方が俺たちと違うんだな」
「そう?」
「うん。普通は、もっとこう……勝つために頑張る、みたいな感じじゃねえか?」
「勝つために頑張るのは当然でしょう」
チセは首を傾げた。
「でも、勝つことだけ考えて、帰ってこられなくなったら意味がないじゃない」
彼女は何でもないことのように言った。
それから、少しだけ遠い目をする。
「……ナツやグレイに同じことを言ったら、たぶん『分かってる!』って返事をした直後に喧嘩を始めるでしょうけど」
「えっ、それって分かってるの?」
「分かっていないのよ。身体で覚えているだけ」
チセは淡々と答えた。
「それでも、あの2人は仲間が危険になれば、ちゃんとそちらを見るわ。自分の意地より、仲間を優先する。少なくとも、私の知る限りではね」
緑谷は、その言葉を考えるように聞いていた。
爆豪は少し離れた場所で、まだ不機嫌そうにしている。
チセは2人を交互に見た。
似ているところもある。
けれど、彼女の知る戦士たちとは、どこか違う。
ナツもグレイも、衝動的で、無茶をして、時には仲間を巻き込んで大騒ぎを起こす。
それでも、彼らの戦いには、仲間と帰ることが当たり前の前提としてあった。
目の前の2人は、まだそこに辿り着いていない。
あるいは、辿り着いているのに、互いを前にすると見失ってしまうのか。
そこまでは、チセにも分からなかった。
「まあ、いいわ」
彼女は手元の小さな袋を取り出した。
中には、魔力を補うために調整した菓子が入っている。
ひとつ口に放り込むと、ようやく頭の奥の疲労が和らいだ。
「次の演習では、もう少しまともな戦い方を見せてちょうだい」
緑谷は真剣に頷き、爆豪は遠くから睨みつける。
その様子を見て、チセは内心で結論づけた。
――前途多難ね。
もっとも。
仲間を守るために戦い方を変えられる人間なら、まだ伸びる余地はある。
チセは菓子をもうひとつ取り出しながら、次の演習に思いを巡らせた。
この世界のヒーローが、どんな戦い方を身につけていくのか。
そして、自分がその中で何を教えられるのか。
それを見極めるのも、ここにいる理由のひとつになるかもしれなかった。