あの鐘の音が聞こえるか 作:もこもこ
「……敵の目的を推測する上で、ブリンガーたちが雅さんから『何を得ようとしているのか』を知る必要があります」
六分街のビデオ屋「Random Play」のHDDルーム。
通信モニターの向こう側で、特務捜査官の朱鳶が厳しい表情で語りかけた。
「思いつく方法は、彼女の父親である星見家当主・総一郎氏に尋ねることくらいでした。ただ、私の社交範囲では家を訪ねるのが限界です。総一郎氏は今夜、スロノスクで上流階級が催している市長選の宴会に出席しています。あそこの警備は治安局の管轄外で、私では手出しができません」
「上流階級のパーティーか……」
アキラが顎に手を当てて思考を巡らせる。
その時、隣にいたリンがポンッと手を打った。
「上流階級にコネがある人なら、ひょっとして行けるかも! お兄ちゃん、ヴィクトリア家政に連絡して!」
「そうか! ライカンさんなら……!」
新エリー都の富裕層や名家を顧客に持つ、プロの家政派閥『ヴィクトリア家政』。
パエトーンからの緊急の通信要請に対し、ほどなくしてモニターに、優雅な執事服に身を包んだ狼の獣人——フォン・ライカンが姿を現した。
『これはこれは、プロキシ様。大変ご無沙汰しております。このような日にご連絡をいただけるとは、想像にしておりませんでした』
「ライカンさん、よかった繋がって! すっごく大事な用件で、ちょっと助けてほしいの。ビクトリア家政って、あの星見家にサービスを提供してたこととかない?」
リンの切羽詰まった問いに、ライカンは胸に手を当てて恭しく一礼した。
『都市の安寧と保安に多大な功績のある、高名な武門のご一族でございますね。大変光栄なことに、私どもにも度々お声をかけていただいております。お得意様と言って差し支えないかと』
「本当ですか!? 実は、星見の一族のことで知恵をお借りしたいんですが……!」
朱鳶が通信に割り込み、事の経緯を簡潔に説明した。
雅が何者かに狙われ、連れ去られたこと。そして、その背後には新エリー都の法を司るトップが絡んでいる可能性があること。
『……事情は承知いたしました。聞く限り、道理にも義にも反してはいないように思われます。が、お客様の機密保持の観点から、含む規定に反するため、私からお伝えすることはできかねます』
ライカンの言葉に、一同の顔が曇る。しかし、優秀な執事はすぐに言葉を継いだ。
『ですが。それでもこの場に、当主様をお繋ぎすることであれば可能です。……少々、お待ちください』
通信の背景が、豪奢なパーティー会場の控え室へと切り替わる。
やがて、重厚な足音と共に、和装の上に羽織をまとった恰幅の良い初老の男が画面に現れた。星見家当主、星見総一郎だ。
『どなたかな? 急ぎの用で私を探していると、ライカン君から聞いたが……』
「お久しぶりです、総一郎おじ様。突然お呼び立てしてしまい申し訳ありません」
朱鳶が背筋を伸ばして一礼する。
『おお、朱鳶さんではないか。久しぶりだな、娘が世話になっている』
「雅のことなんですが……彼女が何者かに狙われている可能性があります。こうしている今も、危険に晒されているかも……」
朱鳶の悲痛な報告。
だが、それを聞いた総一郎は、ふはは、と豪快な笑い声を上げた。
『危険? 冗談ではなかったのか。続けてたまえ、朱鳶さん。……私が心配ではないのか、と? もちろん心配だとも。だが、私に言わせれば、あいつを手に入れようとしている輩のほうが、よほど心配だな』
「……え?」
『娘は強い。かなり強い。かなりどころではない、超強い。いやいや、そんな一文字ついたぐらいで表せないほどに……おっと、すまない。どうも娘の自慢となると、饒舌になってしまう癖があってね』
総一郎は咳払いをして、誇らしげに目を細めた。
『とにかく、娘に悪意を持って近づく者は、総じて悲惨な結末を迎えてきた。……それに比べると、星見の「情報」が漏れることのほうが、よほど問題かもしれないな』
「それは……どういう意味ですか?」
朱鳶の問いに、総一郎の目がすっと細められ、武門の長としての鋭い眼光が放たれた。
『決して朱鳶さんを疑っているわけではない。だが、我ら星見の一族には、特別な事情がある。安易に外の者に漏らしてはならないという掟と共に。……時に、この場には雅の客人も同席しているようじゃないか。君たちが娘とどういった関係なのか、証明することはできるかね?』
画面の向こうの総一郎の視線が、アキラとリンに向けられた。
リンが一歩前に出て、真っ直ぐに答える。
「雅さんの刀は、星見家に代々伝わる家宝で、歴代の当主と魔物を斬ってきた刀ですよね。それも、星見の直系の人にしか触れないとか」
『……よろしい。娘がそれを教えるだけの信頼はあるわけだ。だが、あの娘の同僚であれば、少なくない数の人間が知っていることだな』
「総一郎さんは、お酒の席でこっそり自分のだけ中身をジュースにすり替えてるって聞きました!」
『なっ!? 娘はそんなことまで君に話したのかね!?』
総一郎が慌てて周囲を見回す隙を突き、朱鳶が核心を突いた。
「総一郎さん、聞いてください! 雅の刀の制御が効かなくなったんです。大きな狐火が湧き出て……鞘の封印機構が、何者かによって破壊されました」
『……なんだと?』
総一郎の顔から、一切の余裕が消え去った。
手からグラスが滑り落ちそうになるのを必死に堪え、彼は低く、震える声でライカンに命じた。
『……ライカン君。市長殿に、今夜は早めにお暇すると伝えてもらえるかね。……そして君たちには、これから極めて大事なことを伝える。誰にも絶対に口外してはならない。いいかね』
画面越しの空気が、一気に張り詰めた。
『もし、星見によからぬことを企んでいる悪党がいるとしたら……それは間違いなく、あの「刀」を狙ったものだ。あの刀は、星見の力の源。星見の当主が代々、剣王として名乗りを上げられたのは、全てが自身の力というわけではない。あの刀のおかげだ』
総一郎は、己の一族の最大のタブーを絞り出すように語り始めた。
『だが、あれに封じられている力は、ある種「禁忌」だ。旧文明が残した災い、特級エーテリアスそのものと言ってもいい。星見の当主だけがそれを受け継ぐ資格があるが、継承には極めて危険な過程が伴う』
『娘は、唯一の例外だ。刀の力を借りず、己の力だけで強くなった。あの子は、星見が授かった本物の天才だ。……だからこそ、あの刀の鞘は、必ず完全な状態を維持している必要がある』
総一郎の声が、恐怖に震えていた。
『鞘が機能していない状態で、娘が刀身に触れるようなことがあってはならない…』
通信が切れる。
「そんな……! じゃあ、急いで雅さんを助けないと、雅さんの精神が刀に完全に食われちゃうってこと!?」
リンが青ざめて叫んだ。
沈黙が降りた部屋の中で、アキラが静かに立ち上がった。
「……ブリンガーの演説会場は、デッドエンド・ホロウのすぐ近く。もしそこで雅さんの刀が完全に暴走すれば、被害は大変なことになる」
『ふざけんじゃないわよ。アタシたちの稼ぎ場を、そんな悪趣味な実験で壊されてたまるもんですか!』
ニコが通信越しに重火器を構え、獰猛な笑みを浮かべる。
「行くよ、イサム、お兄ちゃん! 治安局のトップだろうが関係ない。……全部まとめて、ぶっ飛ばしてやる!」
『ああ。……待ってろよ、雅』
通信機越しに聞いていたイサムの首元の結晶が、かつてないほどの激しい青の明滅を放つ。
* * *
ヤヌス区、デッドエンド・ホロウ外周に設けられた特設広場。
次期市長候補であるジャスティン・ブリンガーの演説をひと目見ようと、会場には数え切れないほどの熱心な市民と、各メディアのカメラが集まっていた。
「新エリー都の皆さん! 私たちは今、歴史的な岐路に立たされています!」
きらびやかな照明に照らされた演壇の上で、ブリンガーが杖を振り上げ、芝居がかった熱弁を振るっている。
「未登録ホロウの脅威、そして都市の秩序を乱す無法者たち。我々治安局こそが、この街に真の法と絶対的な安全をもたらす盾となるのです!」
ブリンガーの口から吐き出される、大衆を扇動するための美辞麗句。
広場を埋め尽くす市民たちが割れんばかりの歓声と拍手を送る中、演壇の横に設けられたVIP専用の通路から、ゆっくりと歩み出てくる一つの影があった。
漆黒の軍服。長く艶やかな黒髪。
対ホロウ特別行動課 第6課課長、星見雅。
「おお……! これは、これは光栄なことだ!」
雅の姿を認めたブリンガーが、大げさに両手を広げてみせた。
「まさか私の演説に、あの星見の執行官が自ら足を運んでくださるとは! 市民の皆様、彼女に盛大な拍手を! 彼女こそが、新エリー都の秩序を守る、類まれなる才能です!」
会場のボルテージが最高潮に達し、地鳴りのような歓声が雅へと向けられる。
しかし、広場の後方、市民の群れに紛れてフードを深く被っていたイサムとパエトーンの片割れ(アキラ)、そして邪兎屋の面々は、その異様な光景に息を呑み、完全に足を止めていた。
「……おい。なんだ、あれ」
イサムがテックマスクの奥で、信じられないものを見るように目を細める。
歓声を浴びながら演壇へと歩みを進める雅の歩調は、ひどくおぼつかなかった。
足を引きずるような、まるで糸の切れた操り人形のような不自然な足取り。彼女の顔は生気を失ったように蒼白く、その瞳には一切の焦点が合っていない。完全に意識が虚ろな状態だった。
そして何より、イサムの特異体質である『エーテル吸収器官』が、頭を叩き割られそうなほどの強烈な警鐘を鳴らしていた。
雅の腰に帯びられた妖刀『無尾』。
その壊れた鞘の隙間から、熱を持たない、呪いのように冷たい紫紺の『狐火』がチロチロと漏れ出し始めていたのだ。
(……斬れ。血を吸わせろ。群がる羽虫どもを、すべて叩き斬れ)
雅の朦朧とした意識の中で、刀の中に封じられた怨念が、甘く、そしておぞましい声で囁き続けていた。
彼女の強靭な精神力をもってしても、サラによって物理的なロックまで破壊された刀の暴走を抑え込むことは、すでに限界を迎えていた。
「……斬る」
雅の血の気のない唇から、彼女自身の意思とは全く無関係の、ひどく冷酷な呟きが漏れる。
漏れ出す紫の狐火が、彼女の腕を這い上がり、制服を侵食していく。
「……マズい! マズすぎるぞ!!」
イサムが顔面を蒼白にして叫んだ。
あそこであの刀が抜かれれば、どうなるか。
理性を失った雅は、周囲にいる無実の市民たちを一瞬にして肉塊に変え、広場は文字通りの血の海と化す。雅自身も、取り返しのつかない罪を背負い、精神を完全に呪いに食い殺されてしまう。
「アキラ、邪兎屋! 雅を止めるぞ!!」
「イサム、どうする気!? あの状態で戦えば、市民が巻き込まれる!」
「戦わねえ!! あのバカを、後ろの『デッドエンド・ホロウ』に無理やり叩き込む!!」
イサムの悲痛な叫び。
演壇のすぐ背後には、デッドエンド・ホロウの巨大なエーテルの壁が口を開いている。あの中に押し込んで現実世界から隔離しなければ、被害は甚大なものになる。
「……っ!」
イサムは背中の大剣を抜くことすらせず、一気にワープで最前列へと躍り出た。
「そこをどけェェッ!!」
怒号と共に、イサムが猛然と演壇へと駆け上がる。
「な、何者だ! 警備部隊、彼を取り押さ——」
ブリンガーが慌てて指示を飛ばそうとするが、イサムの目にはもはや次期市長の姿など一切映っていなかった。
「雅ァッ!!」
雅の右手が、ゆっくりと、無尾の柄を握りしめた。
カチャリ、と。刀身が鞘から数ミリ引き抜かれ、紫紺の狐火が爆発的に膨れ上がろうとした、まさにその刹那。
「おらァァァッ!!」
弾丸のような速度で飛び込んできたイサムが、抜刀しようとする雅の両腕ごと、その細い身体に正面から激しく抱きついた。
「——ッ!?」
虚ろだった雅の瞳が、衝撃で見開かれる。
イサムの身体が雅に触れた瞬間、無尾から漏れ出していた特級のエーテルが、凄まじい勢いでイサムの体内へと流れ込み始めた。
「ぐ、ぁああアアアアッッ!!」
全身の血管に氷の刃を流し込まれるような激痛。
イサムの首元や腕の結晶がメキメキと凶悪な音を立てて肥大化していく。
「イサム!!」
「ボス、私たちも!!」
アキラとニコ、アンビー、ビリー、猫又の五人が演壇に飛び乗り、イサムごと雅の身体を背後から全力で押し込んだ。
「離せ……ッ! 斬る……すべて、斬る……ッ!!」
雅の中に巣食う怨念が、恐ろしい膂力でイサムたちを撥ね退けようと暴れ狂う。
しかし、イサムは血を吐きながらも、決して雅の身体を離さなかった。彼女の背中に回した腕に、さらに渾身の力を込める。
「お前は……誰も斬らねえ!! こんなクソみたいな呪いに、お前を渡してたまるかよォォォッ!!」
イサムの絶叫と共に、彼自身の持つ蒼白の『火炎』が爆発的に噴き出し、無尾の紫の狐火と激しく衝突する。
その凄まじい反発力と、邪兎屋たちの押し込む力が完全に合わさった瞬間。
ガシャァァァァンッ!!
イサムと雅、そして彼らを支えるパエトーンと邪兎屋の面々は、演壇の背後にそびえ立つ防護壁を突き破り、渦巻く赤黒いノイズの壁——デッドエンド・ホロウの深淵へと、もつれ合うようにして真っ逆さまに転がり落ちていった。
(……斬れ。お前を縛る、脆く弱きものたちを)
デッドエンド・ホロウの深淵へと落下していく中、雅の意識は、冷たく暗い精神の海の底へと沈み込んでいた。
周囲には無数の「声」が渦巻いている。
それは、旧文明から星見の当主たちを苦しめてきた怨念たちの声だ。
彼女の眼前に広がる心象風景は、血のように赤い空と、無数に突き立てられた星見家の歴代の刀たち。そしてその中央で、彼女はひとり、紫紺の狐火に包まれていた。
『血を吸わせろ。肉を断て。……目の前にいる無力な民どもを、すべて叩き斬れ』
(……違う)
雅は、重く鉛のように動かない身体を引きずり、内なる声に抗おうとする。
(私は……決して、無辜の民には刀を振るわない。彼らを守るために、私は剣を……)
『守る? 愚かな。お前の母親も、その呪いの前には為す術もなく崩れ去ったではないか』
おぞましい幻影が、雅の心に揺さぶりをかける。
旧都陥落の夜。自らを保てず、幼い雅の胸に『無尾』を突き立てようとした母の絶望の顔。
(母上……)
怨念たちの言葉に同調するように、心象風景の中に、数人の『老人たち』の幻影が浮かび上がった。
それは、星見家の長老たち。古き掟に縛られ、呪いを「力」として信奉してきた者たち。
『星見雅よ。あの時も、母にこう囁いたのか』
雅は、長老たちの幻影に向かって、静かに、だが確かな怒りを孕んだ声で問いかけた。
『あの時もこうして、母に宿命を促したのか。そして彼女を、呪いの贄へと仕立て上げたのか。……答えろ。この、旧時代の亡霊ども』
『……我らが掟こそが、星見を崇高たらしめるもの。犠牲なくして、天の頂には立てぬ』
老人たちの声が、無機質に響く。
雅はギリッと奥歯を噛み締めた。
『私は一つ、提案をしたい』
雅の瞳に、再び鋭い剣士の光が宿る。
『災害が都市を覆う中にあって、お前たちが重い決断を下したことは分かっている。過去の犠牲は、それ以上の犠牲を食い止めるためのものだ。……だが、もはや星見の使命は、そんな血塗られた贈り物を継承するだけでは足りぬ』
雅は、周囲で荒れ狂う狐火を睨みつけた。
『外界にはもう、この掟を無視して力を盗み取る手段が存在している。お前たちがこの残酷な儀式に固執する意味は何だ。……いいか、私と手を組め』
『……!』
『私は、今までの星見が求めるような後継者ではない。おじい様ほどの度量もなければ、祖母様ほど機敏でもない。父上の学識も、母上の聡明さも持ち合わせてはいない』
雅は、腰の『無尾』の柄に手を添え、ゆっくりと、己の意思で引き抜いた。
『だが、私には「剣術」がある。この一点において、私は正真正銘の天才だ。もしお前たちが、私の名を聞き入れてくれるなら……この手で、星見の運命を書き換えてみせる』
雅の放つ気迫が、心象風景の空を揺るがす。
『私の刃となれ。悪だけを断つために。かつてお前たちに犠牲を強いた悪ともども……私が打ち取ってくれる。お前たちに払われる犠牲は、我が母で終わりだ』
雅が妖刀を天に掲げる。
紫紺の炎が、彼女の意思に屈服するかのように、静かに、青白い澄んだ光へと変わっていく。
『これよりは、私の手で……お前たちを、真の天下無双にしてやる』
怨念と老人たちの幻影が、その圧倒的な覚悟の前に沈黙した、その時だった。
「——雅ァッ!!」
心象風景の空を突き破るように、底抜けに明るく、そして血を吐くような必死の声が響き渡った。
(……イサム)
雅はハッと目を見開いた。
現実の感覚が、急速に引き戻されていく。
「お前は……誰も斬らねえ!! こんなクソみたいな呪いに、お前を渡してたまるかよォォォッ!!」
目を開けると、そこはホロウの中。
イサムが、激痛に顔を歪め、腕の結晶から血を流しながら、雅の細い身体を全身で抱きしめていた。
彼女から溢れ出そうとしていた紫の狐火を、彼自身の蒼白の火炎が必死に食い止め、吸収し、中和してくれていたのだ。
(……ああ。私は、一人で戦っているわけではなかったな)
雅の瞳に、完全に理性の光が戻る。
彼女は、自らを抱きしめる幼馴染の腕の中にそっと手を添え、小さく、だがはっきりと呟いた。
「……もう、大丈夫だ。イサム……市民たちは」
雅の声が、微かに震えていた。
「演説会場にいた市民たちは、どうなった……? 私は、理性を失いかけていた。あの刃で……無辜の民を、傷つけてしまったか?」
彼女の脳裏には、自分が妖刀の柄に手をかけた瞬間の記憶が残っていた。もしあのまま抜刀していれば、歓声を送っていた罪なき人々を斬り捨てていたはずだ。その恐怖が、星見の当主としての彼女の心を激しく締め付けていた。
「安心して、雅さん。あなたは誰も傷つけてないわ」
リンが、雅の手を両手でしっかりと包み込み、優しい笑顔で首を振った。
「奇妙な炎が現れて、刀を抜こうとしたあの瞬間……イサムが真っ先に飛び込んで、呪いを吸い上げてくれたの。そして私とお兄ちゃんと邪兎屋のみんなで、力ずくであなたをこのデッドエンド・ホロウに押し込んだの」
「……」
「現実世界の会場には、一本の傷もついてない。……だから、安心していいんだよ」
アキラの温かい言葉に、雅はゆっくりと目を見開いた。
「……そうか」
雅は、その場に力なくへたり込んだ。
常に完璧な『第6課の執行官』であり、『星見の天才』である彼女が、他人の前で初めて見せた、心の底からの安堵の姿だった。
「皆、ありがとう。……私は、もう少しで大きな過ちを犯すところだった」
雅の瞳から、一筋の涙が頬を伝って零れ落ちた。
「怖かった……。もし私の刀が、親しい人を傷つけていたら。もし私が、罪なき人々を斬り続けていたら……私は、自分を絶対に許せなかった」
震える声で吐露された、等身大の少女としての本音。
ニコが重火器を下ろし、やれやれといった様子で腰に手を当てた。
「あんたがそんな顔するなんて、明日は雪でも降るんじゃないかしら。……まあ、一人で全部背負い込むからそうなるのよ」
「まったくだぜ」
真っ白な髪を掻き回し、結晶の痛みを堪えながら、彼は不器用に笑った。
「言っただろ、お前は誰も斬らねえって。お前がどんなに呪われようが、俺たちが……俺が、絶対に止めてやるからよ」
「……イサム」
「だから、もう怖がるな。お前は、新エリー都を守る最高の剣士だ」
イサムの大きな手が、ポンッと雅の頭に乗せられた。
雅はその手を払いのけず、少しだけ目を伏せて、その温もりを確かめるように小さく頷いた。
「……ああ。そうだな」
涙を拭い、雅は再び立ち上がった。
彼女の瞳にはもう、迷いも恐怖もない。あるのは、仲間と共に真の悪を断ち斬るという、揺るぎない覚悟だけだった。
今作雅は、原作雅よりも剣術がより能力が上乗せしている理由として
師匠であるお母さんが存命だというのももちろんあります。しかし
何より剣術の力が強いからこそ無尾の中の人達と話した際、
剣術の力で頂点へいくと言う場面が良いものになるんじゃないか
と思いました。