あの鐘の音が聞こえるか   作:もこもこ

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完結

 

 

もうもうと立ち込めていた分厚い粉塵が、夜風に流されてゆっくりと晴れていく。

 

 

激戦の爪痕が深く刻まれたデッドエンド・ホロウの外周、特設広場跡地。

かつて次期市長が演説を行っていたその場所は、今は原型を留めないほどに破壊し尽くされていた。コンクリートの地面は爆破した膨大なエネルギーによって円形にドロドロに溶け落ち、すり鉢状の巨大なクレーターを形成している。

 

そのクレーターの中心。

 

赤熱し、チリチリと白煙を上げている巨大な大剣だけが、大地の底深くに突き立てられていた。

ジャスティン・ブリンガーという、特級変異体すら凌駕するほどの力を得た化け物は、細胞の欠片一つ、紫紺の瘴気のひと握りすら残さず、この世界から完全に消し飛ばされている。

だが。

 

 

その大剣の柄を握っているはずの、真っ白な髪の青年の姿が、どこにもなかった。

 

 

「……イサム?」

 

 

静寂を取り戻した戦場に、星見雅の震える声が落ちた。

風が吹き抜ける。周囲からは、パエトーンや邪兎屋、第6課の面々が息を呑んでクレーターを見下ろしている気配がする。しかし、雅の耳にはもう、周囲の音など何も入っていなかった。

 

 

「イサム。どこだ……イサムッ!」

 

 

雅は弾かれたように駆け出し、まだ高熱を帯びているクレーターの斜面を滑り降りた。

軍靴の裏が焼け焦げる嫌な匂いが立ち昇るが、彼女は全く気にも留めない。ただひたすらに、クレーターの底へと向かって駆け下りる。

 

「返事をしろ、イサム! どこにいる!?」

 

いつもは氷のように冷たく、完璧な『対ホロウ第6課課長』としての威厳を纏っている彼女の姿は、そこには微塵もなかった。

漆黒の制服を泥と煤で汚し、長く艶やかな黒髪を振り乱しながら、瓦礫の山を掻き分ける。その瞳には、かつて誰も見たことがないほどの焦燥と、むき出しの恐怖が浮かんでいた。

 

返事はない。

 

ブリンガーを細胞一つ残さず消し飛ばすほどの、あの異常なまでのエネルギー爆発。限界を超えてエーテルを暴走させ、自らを『恒星』と化した彼自身もまた、あの蒼い炎の渦に巻き込まれて燃え尽きてしまったのではないか。

その最悪の想像が、雅の心臓を鷲掴みにし、氷のように冷たくしていく。

 

 

「頼む……ッ、イサム、返事をしてくれ……ッ!!」

 

 

雅は素手で、赤く焼けた鉄骨や、鋭く尖ったコンクリートの破片を次々とどかしていく。

手のひらの皮膚が焼け、破片で切れて血が滲むが、痛みなど感じる余裕もなかった。

 

(私のせいだ。私が、星見の呪いなどに囚われていたせいで)

 

瓦礫を掘り返しながら、雅の脳裏に旧都陥落の夜の記憶がフラッシュバックする。

致死量のエーテルに侵され、化け物に成り果てようとしていた母。その絶望的な呪いを、幼かったイサムは自らの身体に引き受け、今日この日まで、あの青い『エーテル結晶』の激痛と共に生きることを背負ってくれた。

彼はいつだってそうだ。寿命は削られないと強がりながら、雅が背負うべき痛みを、呪いを、すべて横取りして笑ってみせる。

 

あの時も。先ほどホロウに落ちた時も。そして今も。

 

「お前は、いつもそうだ……! 私が守ると誓ったのに、なぜいつもお前が盾になる……ッ!」

 

瓦礫を掘る雅の目から、大粒の涙がボロボロと溢れ落ち、煤けたコンクリートに黒い染みを作っていく。

 

 

「私を置いていくな……! イサムッ!!」

 

 

声を限りに叫んだ、その時だった。

 

 

「……おいおい。勝手に殺してんじゃねぇよ、雅……」

 

 

ふと。

クレーターの端、崩れかけてひしゃげた巨大な鋼鉄コンテナの陰から、ひどく掠れた、だが聞き慣れた憎まれ口が聞こえた。

 

「……!」

 

雅は弾かれたように顔を上げ、声のした方角へと風のように駆け寄った。

瓦礫の陰。ひどくひび割れたコンクリートの窪みに、全身を血と煤でドロドロに汚し、仰向けに転がっている真っ白な髪の青年がいた。

 

「イサム……!!」

 

雅は膝から崩れ落ちるようにして彼にすがりつき、瓦礫の隙間に倒れ込んでいる彼の身体を、両腕で力強く、すがるように抱き起こした。

 

「いってぇ……! 痛ぇよ、雅……骨折れてるかもしんねぇのに、力強すぎ……」

 

「生きて……生きているのだな。本当に、お前という奴は……ッ!」

 

雅は、文句を言うイサムの胸に顔を埋め、子供のように声を上げて泣き崩れた。

彼女の細い腕が、イサムの背中を折れんばかりの力で抱きしめている。漆黒の制服にイサムの血が滲むことも構わず、ただ、彼の身体から伝わってくる確かな『熱』と、不規則に打つ『心臓の鼓動』だけを、必死に確かめるように。

 

「悪かったよ……泣くな、お姫様。……新エリー都最強の執行官が、こんなとこで鼻水垂らしてたら、示しがつかねぇだろ」

 

イサムは力が入らない右手をゆっくりと持ち上げ、雅の頭をぽんぽんと不器用に撫でた。

その優しい感触に、雅はハッと顔を上げる。

至近距離でイサムの顔を見つめ、そして彼女は、信じられないものを見るように息を呑んだ。

イサムの首元や腕、そして顔の半分を覆い尽くし、常に彼を苛み続けてきたあの凶悪な『青いエーテル結晶』。

それが、跡形もなく綺麗に消え去っていたのだ。

 

「……お前の、結晶が」

 

「へへっ……気づいたか」

 

イサムは血まみれの口元を歪めて、弱々しく笑った。

 

「最後の一撃……ちょっと気合入れすぎちまってよ。俺の中に溜まってたエーテル、全部使い切っちまった。おかげで空っぽだぜ」

 

彼は、ブリンガーを滅ぼすために長年、己の肉体を蝕んできた呪いのチカラを、文字通りエネルギーの燃料として完全に燃やし尽くしたのだ。

その反動で、彼自身も爆発の衝撃で吹き飛ばされ、こうして瓦礫の陰に叩きつけられてしまったらしい。

 

「本当に……消えたのだな。あのチカラが。……お前をずっと縛り付けていた、苦しみが」

 

雅は震える手で、結晶の消えたイサムの首筋にそっと触れた。

冷たく、硬く、不気味に脈打っていたエーテル結晶の感触はもうない。そこにあるのは、傷だらけだが、温かく、柔らかい、ただの人間の肌だった。

 

「これで、お前も……俺も、自由だ」

 

イサムが穏やかに言う。

 

「でもまぁ、最後に一世一代の大見得切って、カッコよく親玉を粉砕したつもりが……反動で自分も一緒に後ろにぶっ飛ばされて気絶してたなんて、最高にダッセェよな。アキラとリンに笑われちまう」

 

「……馬鹿者。誰も笑うものか」

 

雅は再びイサムをきつく抱きしめ、彼の肩に顔を埋めた。

 

「お前は、私の誇りだ。……新エリー都を、私を救ってくれた、最高の剣士だ」

 

「……雅」

 

「もう二度と、私の目の前からいなくなるな。私より先に死ぬことなど、絶対に許さない……」

 

普段の毅然とした口調とは違う、か細く、震える少女としての懇願。

イサムは小さく息を吐き出し、雅の背中に回した手に、少しだけ力を込めた。

 

「ああ。約束するよ。……もう、どこにも行かねぇ」

 

二人が瓦礫の中で静かに身を寄せ合い、互いの体温と命の鼓動を確かめ合っていた、その時だった。

 

「イサムーーッ!! 雅さーーん!!」

 

クレーターの上方から、涙声の叫びが響き渡った。

見上げると、リンとアキラが、斜面を転がるような勢いで駆け下りてくるところだった。

 

「よかった、二人とも無事だね……!!」

 

「イサム!血だらけじゃないか! ……待って、その身体……結晶が……!」

 

アキラが、イサムからエーテル結晶が消え去っていることに気づき、驚愕に目を見開く。

 

「へへっ……アキラ、リン、大仕事は終わったぜ」

 

イサムが雅の腕の中で、ニヤリと笑ってVサインを作ってみせた。

 

「もう、心臓に悪いったらありゃしないわよ!! まったく、どいつもこいつも無茶苦茶なんだから!」

 

二人の後ろから、ニコ・デマラが重火器を引きずりながら降りてきた。腰に手を当てて呆れたように怒鳴っているが、その目元は真っ赤に潤んでおり、声も盛大に上ずっている。

 

「ニコ、泣いているの?」

 

「泣いてないわよ! 粉塵が目に入っただけ!!」

 

アンビーの冷静な指摘に、ニコが慌てて顔を背ける。

 

「スターライトナイトも、ハラハラしっぱなしだったぜ……! 最高のフィナーレだ!」

 

「にゃははっ! さっすがイサムと雅だね!」

 

ビリーが大げさにポーズを決め、猫又が尻尾を立てて飛び跳ねる。

 

「課長も、イサムさんも……本当にお疲れ様でした」

 

月城柳が眼鏡を押し上げながら歩み寄り、深く一礼する。

 

「いやぁ、あのままブリンガーが再生した時はどうなるかと思いましたけど……イサムさんのあの一撃、マジで規格外でしたね」

 

「蒼角、お腹すいたぁ……。イサムのおごりで、美味しいものいっぱい食べたい!」

 

浅羽悠真が弓を降ろして苦笑いし、蒼角がぐうぐうと鳴るお腹を擦りながらイサムを覗き込む。

さらにクレーターの上からは、白祇重工の面々や、ヴィクトリア家政、カリュドーンの子たちまでもが顔を覗かせ、無事を確認して歓声を上げていた。

 

「おい、イサムの兄ちゃん! あの炎、最っ高にロックだったぜェ!」

 

「ふふ、お見事でした。私などもはや不要だったかもしれませんね」

 

「アキラとリンのダチは、ウチらカリュドーンのダチでもあるからね! 今度、一緒にツーリング行こぜ」

 

アンドー

、ライカン、シーザーたちが、口々に上から声をかけてくる。

 

「……ったく。どいつもこいつも、騒がしい連中だぜ」

 

血だらけで倒れたままの不器用なレイダーは、自分たちを取り囲む新エリー都の騒がしい仲間たちを見渡し、照れ隠しのように小さく悪態をついた。

雅はそっとイサムの身体から離れ、自分の顔についた涙と泥を袖で乱暴に拭い去ると、いつもの凛とした表情を作って立ち上がった。

しかし、その瞳の奥には、隠しきれない優しさと、深い安堵の色が満ちていた。

 

「イサム」

 

雅が、泥だらけの手を彼に向けて差し伸べる。

 

「立てるか?」

 

「ああ。……手ぇ貸してくれ、雅」

 

イサムは差し出されたその手をしっかりと握り返し、雅の細くも力強い引き上げによって、ゆっくりと立ち上がった。

夜明け前の冷たい風が、クレーターの底を吹き抜けていく。

新エリー都の空の向こう側が、微かに白み始めていた。

彼らを縛り付けていた呪いは消え、真の巨悪は討たれた。

だが、彼らの周りに集まったこの騒がしくも温かい仲間たちとの絆がある限り、これから先どんな依頼が舞い込もうとも、決して恐れることはないだろう。

 

「さあ、帰ろう。……私たちの、新エリー都へ」

 

雅の静かな、だが誇り高い号令と共に、パエトーンと仲間たちの長く過酷な夜は、ついに終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

             *    *    *

 

 

 

新エリー都ヤヌス区。星見家の息がかかった、厳重なセキュリティと最新の医療設備を誇る総合病院。

その最上階にあるVIP専用の特別室に、イサムは入院していた。

 

「……なんか、スースーして落ち着かねぇな」

 

真っ白なシーツの上に胡座をかきながら、イサムは自分の首元や腕をペタペタと触り、一人ごちた。

幼い頃からずっと彼の皮膚を突き破り、血管の代わりに脈打っていた青い『エーテル結晶』。それが跡形もなく消え去った肌は、ひどく滑らかで、そして信じられないほど軽かった。

まるで、ずっと着込んでいた重く冷たい呪いの鎧を、突然脱がされたような感覚。

しかし、イサム自身は自分の身体の変化を誰よりも正確に理解していた。

 

(呪いが完全に消え去ったわけじゃねぇ。ただ……『空っぽ』になっただけだ)

 

ジャスティン・ブリンガーを完全に消し飛ばすため、彼は体内に蓄積されていたエーテル結晶を、己のエネルギーの燃料として文字通り「全放出」した。

長年彼を苦しめてきた蓄積されたエーテルは尽きた。だが、彼の特異体質である『エーテルを吸収する器官』そのものが失われたわけではない。

 

コップの中の水(エーテル)を完全に飲み干したから、水面(結晶)が見えなくなっただけだ。これから先、ホロウに潜り、再び他者のエーテルや呪いを吸い上げれば、空になったコップに水が注がれ、再びあの青い結晶が皮膚を突き破って現れるだろう。

 

「ま、当分は身軽でいられるってだけでも儲けもんか」

 

彼が窓の外の夕焼けを眺めて小さく息を吐いた時、コンコン、と控えめなノックの音と共に病室のドアが開いた。

 

「イサム、調子はどう?」

 

「お、アキラとリンじゃねぇか」

 

ひょっこりと顔を出したのは、見舞いのフルーツバスケットを抱えたリンと、その後ろで微笑むアキラだった。

 

「顔色がすごく良くなったね。ほら、首元の結晶もなくなって……なんだか少し若返ったみたいに見えるよ」

 

アキラがベッド脇のパイプ椅子に腰掛けながら言うと、リンがさっそく持ってきたリンゴの皮を剥き始めた。

 

「そりゃどうも。……だが、勘違いすんなよ?」

 

イサムはシャリッとリンゴの欠片を齧り、ニヤリと笑った。

 

「俺の特異体質が治ったわけじゃねぇ。あのデカブツを吹っ飛ばすのに、体内のエーテルを限界の底の底まで出し切ったから、一時的に結晶が消えてるだけだ」

 

「えっ……そうなの!?」

 

リンが驚いて手を止める。

 

「ああ。俺の身体はエーテルを吸い込む『スポンジ』みたいなもんだ。今はカラカラに乾いてるから結晶もないが……またホロウに潜って無理にエーテルを吸い込めば、少しずつ結晶は顔を出す。そういう体質になっちまってるんだよ」

 

イサムのあっけらかんとした説明に、アキラとリンは顔を見合わせた。

 

「じゃあ……また前みたいに激痛が走ったり、命を削るようなことになるかもしれないってこと?」

 

「だからこそ、お前ら優秀なプロキシの腕の見せ所だろうが」

 

イサムはベッドから身を乗り出し、アキラの肩をポンと叩いた。

 

「俺が無駄なエーテルを吸わずに済むように、完璧なルートで俺たちをナビゲートしてくれ。……頼りにしてるぜ、パエトーン」

 

「……うんっ! もちろんだよ!」

 

リンが力強く頷き、アキラも真剣な表情で頷き返した。

 

「で、外の様子はどうなってる? 俺はスマホもぶっ壊れちまって、ここじゃ浦島太郎状態なんだが」

 

「もう、大変な騒ぎだよ」

 

アキラが端末を操作しながら答える。

 

「ブリンガーの悪事が全部インターノットにばら撒かれたから、市長選は当然中止。治安局は上から下まで大粛清の真っ最中。……それにね、インターノットの都市伝説スレじゃ、『ブリンガーを吹っ飛ばした、青白い炎を纏う白髪の処刑人』の噂で持ちきりなんだから!」

 

「ゲッ……マジかよ。目立ちたくねぇのに」

 

「ははっ、もう遅いよ。でも安心して、映像は不鮮明だったし、僕たちで上手く情報をフェイクに誘導してあるから」

 

アキラがウィンクをして見せる。さすがは伝説のプロキシだ。

 

「そうか。……お前らの探してる『旧都陥落の真相』と、カローレ・アルナ先生のこと……。手がかりは掴めそうか?」

 

 

イサムが声を落として尋ねると、二人の表情も引き締まった。

 

 

「うん。ブリンガーが隠し持っていたデータの中に、いくつか怪しい暗号通信の痕跡があった。それをフェアリーに解析させてる。……道は遠いかもしれないけど、絶対に辿り着いてみせるよ」

 

「そっか。……なら、何かデカい壁にぶち当たったら、いつでも俺を呼べ」

 

イサムは真っ白な髪を掻き回し、力強く笑った。

 

「一時的とはいえ、身体は絶好調だ。大剣を振るう準備はできてる。お前らパエトーンの専属用心棒として、いつでも先陣を切ってやるからよ」

 

 

 

 

 

アキラとリンが帰ってから数時間後の、夕暮れ時。

再び病室のドアがノックされ、今度はイサムが思わずベッドの上で背筋を伸ばしてしまうような来客があった。

 

「……失礼するよ。体調はどうかな、イサム君」

 

和装に身を包んだ星見家当主・総一郎と、その後ろから、雅によく似た美しい面差しを持つ、物腰の柔らかな女性が静かに病室へと入ってきたのだ。

 

「あ、あんたは……」

 

イサムの目が、その女性を見て見開かれる。

 

「お久しぶりね、イサム君。……立派な青年に育って」

 

「雅の……母ちゃん……」

 

星見家前当主であり、雅の母親。

11年前の旧都陥落の夜、致死量のエーテルに侵され、命を失いかけていた彼女。その呪い(エーテル)をイサムがすべて吸い上げたことで、彼女は一命を取り留め、星見家の奥で長く静養を続けていたのだ。

 

「……ずっと、貴方にお礼を言いたかった。あの日、貴方が私の呪いを背負ってくれたおかげで、私はこうして生きている。……そして今回、貴方は再び命を懸けて、あの子の……雅までも救ってくれた」

 

雅の母は、ベッドの傍らに歩み寄ると、イサムの手を両手でそっと包み込んだ。

その目から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちる。

 

「私たち星見の一族を縛り付けていた、長く悲しい宿命。……それを、貴方が断ち切ってくれたの。本当に……本当に、ありがとう……」

 

「イサム君。君は、我ら星見家にとって最大の恩人だ。この恩は、一族に代えても必ず報いよう」

 

総一郎までもが、武門の長としてのプライドを捨て、深々と頭を下げた。

大の大人二人、しかも新エリー都きっての名家のトップに泣きながら頭を下げられ、イサムはすっかり困り果てて頭を掻き回した。

 

「や、やめてくれよ、顔を上げてくれ! ……俺は、恩なんて売ったつもりはねぇ。ただ、俺は雅が泣いてるのを見たくなかった……それだけなんだからよ」

 

照れ隠しでぶっきらぼうに言い放ったイサムの言葉に、総一郎と妻は顔を見合わせ、ふふっと優しく微笑んだ。

 

「そうだな。……娘は、本当に良い男を見つけた。これは立派な婿になってくれる」

 

「ええ。私たちの自慢の不器用な剣士様ね」

 

「だーっ! もう、そういうのはいいから!」

 

顔を真っ赤にしてベッドに潜り込もうとするイサムを見て、病室に温かな笑い声が響いた。

 

 

 

 

 

そして、夜。

すっかり日も落ち、病院の廊下が静寂に包まれた頃。

カチャリと音を立てて、病室のドアが静かに開いた。

 

「……起きているか、イサム」

 

「ああ。昼間寝すぎて、目が冴えちまってな」

 

病室に入ってきたのは、任務終わりの漆黒の軍服を着た星見雅だった。

彼女はベッドの横の椅子に静かに腰を下ろすと、少しだけ疲れたように息を吐いた。ブリンガーの事件の事後処理で、第6課の課長である彼女は寝る間も惜しんで飛び回っていたはずだ。

 

「随分と、顔色が良くなったな」

 

「お前こそ、少しは休めよ。クマができてるぜ」

 

「ふふっ……そうだな。明日からは、少し休暇をもらえそうだ」

 

雅はそう言うと、イサムの首元——かつて禍々しい結晶が張り付いていたその場所に、そっと冷たい指先を伸ばした。

 

「……本当に、なくなったのだな。長年お前の身体を蝕んでいた痛みが消えたと思うと……これほど嬉しいことはない」

 

雅の指先が、イサムの肌を優しく、愛おしむようになぞる。

その瞳には、彼を縛り付けていた運命から解放されたことへの、深い深い安堵が揺れていた。

その純粋な喜びに、イサムは少しだけ心苦しさを覚えながらも、彼女の手を自分の大きな手でそっと包み込んだ。

 

「……悪い、雅。ぬか喜びさせるようで言いにくいんだが」

 

「ん?」

 

「俺の体質が完全に治ったわけじゃねぇんだ」

 

イサムは真っ直ぐに雅の瞳を見つめ返し、パエトーンに話したのと同じ事実を彼女に告げた。

 

「あの戦いで、俺の中にあったエーテルを限界まで出し切った。だから今は『タンクが空っぽ』になってて、結晶が引っ込んでるだけだ。……これから先、ホロウに入ってエーテルを吸い込んだり、他人の侵食を肩代わりしたりすれば、また少しずつ結晶は生えてくる」

 

その言葉に、雅の指先がピクリと震えた。

 

「……そう、か。消え去ったわけでは、ないのだな」

 

雅は少しだけ目を伏せた。

自分が彼を完全に解放できたわけではなかったという事実に対する、微かな悲壮感。

しかし、彼女はすぐに顔を上げ、かつてないほどに強く、そして澄み切った光を瞳に宿して、イサムの手を両手で強く握り返した。

 

「ならば」

 

雅の声は、静かで、揺るぎない覚悟に満ちていた。

 

「お前の身体に、二度と結晶が生えないようにすればいいだけのことだ」

 

「……雅?」

 

「お前がエーテルを吸い込まねばならない状況など、私が一切作らせない。お前を傷つける刃も、呪いも、エーテリアスも……すべて、お前に届く前に私が斬り捨てる」

 

普段の毅然とした『第6課課長』としての顔ではない。

 

たった一人の幼馴染を守り抜くという、一人の剣士としての純粋な誓い。

 

「もう二度と、私を庇って痛みを背負うことは許さない。……これからは、私が絶対にお前を守る」

 

その言葉の真っ直ぐさに、イサムは一瞬言葉を失い、やがて腹の底からこみ上げてくるような笑いを漏らした。

 

「ハッ……ハハハッ! 言い切りやがったな、お姫様。新エリー都最強の剣士様に守ってもらえるなんて、俺は世界一の果報者だぜ」

 

「笑い事ではない。私は本気だ」

 

「分かってるよ。……でもな、雅」

 

イサムは雅の手を優しく引き寄せ、彼女の身体を自分の胸の中へと抱き寄せた。

 

雅は少し驚いたように肩を揺らしたが、すぐにその細い腕をイサムの背中に回し、彼の温もりを確かめるように額を押し当てた。

 

「俺は、俺の意志で戦う。お前がピンチの時は、やっぱり俺が前に出るさ。……お前の背中を預かるのは、呪いなんて関係なく、俺の勝手な『特権』だからな」

 

「……本当に、お前という奴は。どうしようもない頑固者だな」

 

雅の口から、呆れたような、それでいて深い愛情に満ちた声が漏れる。

 

「ああ。だから、互いに守り合おうぜ。……もう誰も、一人で背負い込む必要はねぇんだからよ」

 

「……ああ。約束する」

 

月明かりだけが差し込む静かな病室。

呪いという枷を乗り越えた二人は、これまでの11年間の空白と痛みを埋めるように、ただ静かに、互いの温もりと命の鼓動を確かめ合っていた。

新エリー都の夜は深く、そして優しい。

彼らの前には、明日というまだ見ぬ未来が、静かに、そして確かに広がっていた。

 

 

 

 

            *   *   *

 

 

 

 

抜けるような青空が、新エリー都の空に広がっていた。

ジャスティン・ブリンガーによる巨大な陰謀と、それに伴うデッドエンド・ホロウでの死闘から数週間。

星見家の息がかかった厳重なセキュリティを誇る総合病院の正面玄関から、一人の青年が軽い足取りで歩み出てきた。

 

「……すげぇな。外の空気を吸っても、首元がチクチクしねぇ」

 

真っ白な髪を夜風ならぬ心地よい真昼の風に揺らしながら、イサムは大きく深呼吸をした。

いつもの着慣れたレイダーのジャケットに袖を通しているが、長年彼の身体を覆い、皮膚を突き破っていたあの『青いエーテル結晶』がないせいで、服のサイズが少しだけ大きく感じられる。

一時的にエーテルを出し切ったことで訪れた、痛みのない日常。これから先、ホロウに潜ればまた少しずつ結晶は顔を出す体質であることには変わりないが、それでも、この「何の重りも枷もない身体」で歩く新エリー都の空気は、彼にとって生まれて初めて味わうほどの自由な匂いがした。

 

「イサムーっ!」

 

病院の門の先で、大きく手を振る姿があった。

ビデオ屋『Random Play』の店長であり、伝説のプロキシ・パエトーンであるリンとアキラだ。リンは両手いっぱいの退院祝いのブーケを抱え、アキラはどこから持ってきたのか「祝・退院」と書かれた手作りの小さな横断幕を広げている。

 

「お前ら……迎えに来るってのは聞いてたが、なんだよその仰々しい出迎えは。恥ずかしいからやめろって」

 

「何言ってるの! イサムは新エリー都を救った陰の英雄の一人なんだから、これくらい当然でしょ!」

 

「そうだよ。それに、君が万全の状態で退院してくれたことが、僕たちは本当に嬉しいんだ」

 

呆れながらも照れ臭そうに頭を掻くイサムに、アキラとリンは満面の笑みを向けた。

 

「ありがとな、アキラ、リン。……最高の気分だぜ。身体も軽いし、大剣の素振りだって今すぐ一万回はできそうだ」

 

「それはやめておくだ。お医者さんからも、しばらくは激しい運動は控えるようにって言われているだろう?」

 

アキラが苦笑しながら釘を刺す。

 

「分かってるっての。……それより、これから『H.A.N.D.』の支部に行くんだろ?」

 

「うん。雅さんたち第6課の皆さんに、今回の件のお礼と、イサムの退院の挨拶をしておこうと思ってね。向こうも、今日はオフィスに全員揃ってるみたいだし」

 

リンの言葉に、イサムは首を鳴らしてニヤリと笑った。

 

「そっか。……ま、あのお姫様にも、迷惑かけた分きっちり顔を見せてやらねぇとな」

 

     

 

 

対ホロウ特別行動課 第6課のオフィス。

 

 

 

普段は厳格な空気が漂うその場所も、今日ばかりはどこか和やかな空気に包まれていた。

 

「おっ、噂の不死身の用心棒のお出ましじゃん。退院おめでとう、イサムさん」

 

オフィスに入るなり、浅羽悠真がデスクからひらひらと手を振って出迎えた。

 

「おう。見舞いのフルーツ、ありがとな。おかげで腹いっぱいビタミン摂れたぜ」

 

「イサムー! 退院したってことは、もうお腹いっぱいお肉食べられるの!?」

 

ドタドタと駆け寄ってきた蒼角が、イサムのジャケットの裾を引っ張って目を輝かせる。

 

「ああ、今日は快気祝いだ。後で好きなだけ肉食わせてやるよ、デッカいステーキ」

 

「やったぁっ! 蒼角、お肉だーいすき!」

 

「イサムさん、甘やかしすぎないでくださいよ。蒼角の食費で、我々の部署の経費が圧迫されているんですから」

 

書類の束を抱えた月城柳が、眼鏡のブリッジを押し上げながらため息をつく。しかし、その口元は微かに綻んでいた。

 

「アキラさん、リンさんも、よく来てくださいました。……イサムさんの体調は、いかがですか?」

 

「バッチリだよ、柳さん。結晶が引っ込んでるおかげで、痛みがまったくないみたいなんだ。まあ、無理をすればまた出てきちゃう体質らしいけど」

 

リンの報告に、柳は静かに頷いた。

 

「そうですか。……彼が限界を迎えるような事態にならないよう、我々も全力を尽くします。新エリー都の平和は、もう我々治安局とH.A.N.D.の手で守り抜かなければなりませんからね」

 

「へっ、頼もしいこった。で、肝心のお姫様はどこだ?」

 

イサムがオフィスを見回した、その時だった。

 

「——ここだ」

 

執務室の奥のドアが開き、漆黒の制服に身を包んだ星見雅が、凛とした足取りで姿を現した。

彼女はイサムの姿を認めると、その美しい黒髪を揺らして真っ直ぐに彼の目の前まで歩み寄り、立ち止まった。

 

「雅。……色々世話になったな。今日、無事に退院……」

 

イサムが照れくさそうに挨拶をしようとした言葉を遮るように、雅は無言で彼に向かって『あるもの』を突き出した。

 

 

「ん? なんだこれ」

 

 

イサムが手渡されたそれを受け取ると、それは対ホロウ6課のロゴが入った真新しい『漆黒の制服(特注サイズのコート)』と、身分証の代わりとなる『H.A.N.D.の認識票』だった。

 

「今日から、お前のデスクはそこだ。サイズは目算で測っておいたから、ぴったりのはずだぞ」

雅が、オフィスの悠真の隣にある、真新しい空きデスクを指差して堂々と言い放った。

 

 

「は?」

 

 

イサムが素っ頓狂な声を上げる。

 

「とりあえず、午後からヤヌス区のホロウ周辺のパトロール任務がある。着替えたらすぐに出発するぞ、イサム」

「いやいやいや! 待て待て待て!」

 

イサムが慌てて制服と認識票を雅に押し返そうとする。

 

「なんだこれ! 俺、こんなの聞いてねぇぞ!?」

 

「聞いていないも何も、当然のことだろう。お前のその実力と、ホロウにおける戦闘経験。そして何より……私と背中を預け合うパートナーとして、お前は第6課に必要不可欠な存在だ」

 

「だからって、勝手に入隊手続き済ませようとしてんじゃねぇよ! 俺は組織に縛られるのが一番嫌いな名無しのレイダーだぞ!」

 

イサムの抗議に対し、雅は腕を組み、一切引く様子を見せない。

 

「名無しのレイダーなどともう言わせない。お前は私の命を救い、星見の呪いを打ち破った立派な騎士だ。……私の傍で共に新エリー都の悪を斬ると、病室で約束したではないか」

 

「それはそうだけどよ! 限度ってモンがあるだろ!」

 

二人が言い争っていると、横から猛然と割って入ってきた影があった。リンだ。

 

 

「ちょっと待って、雅さん!」

 

 

リンがイサムの左腕をガシッと両手でホールドし、雅をキッと睨みつけた。

 

「イサムは、私たち『パエトーン』の専属用心棒だよ! 勝手に第6課に引き抜かないでよ!」

 

「……リン」

 

雅が、静かに、しかし冷気を纏ったような鋭い視線でリンを見据える。

 

「確かに、お前たちのプロキシとしての腕は認めているし、恩もある。……だが、イサムのその特異体質を管理し、彼に余計なエーテルを吸わせないようにするには、圧倒的な武力と医療設備を持つ我々第6課の下に置くのが最も合理的だ」

 

「そんなの、私とお兄ちゃんの完璧なナビゲートがあれば問題ないもん! イサムは昔からずっと、私たちの用心棒なんだから! ね、お兄ちゃん!」

 

「えっ、あ、うん。まあ、イサムの意志を尊重したいとは思うけど……」

 

アキラが苦笑いしながら一歩下がる中、リンの言葉を聞いた雅の狐の耳が、ピクリと不機嫌そうに動いた。

 

「……昔から一緒だからと言って、これからもそうだとは限らないだろう」

 

雅はふいと目を細め、静かな、しかし有無を言わさぬ圧を放って一歩前へ出た。

 

 

「それに、『昔から』という絆の長さを張り合うのであれば……イサムは幼い頃、私が母上と剣の修行に明け暮れていた時からずっと傍にいた。あの庭で、共に汗を流してきた仲だ。……お前たちより、私と共にいた時間の方が遥かに長いはずだぞ」

 

 

「なっ……! ず、ずるい! いきなりそんな幼馴染マウント取ってくるなんて!」

 

「マ、マウントなどではない! 私はただ、客観的な事実を述べたまでだ!」

 

図星を突かれたのか、雅の白い頬がカッと朱に染まる。

そして彼女は、リンが掴んでいるのとは反対側——イサムの右腕を、ガシッと両手で掴み取った。

 

「と、とにかく! 彼は第6課に必要な人材だ! イサム、こっちへ来い!」

 

「やだ! イサムはビデオ屋の看板スタッフなの! 返して!」

 

「おい、ちょっと待てお前ら……!」

 

イサムの制止も虚しく、新エリー都最強の執行官と、伝説のプロキシによる、イサムの両腕を引っ張り合う『綱引き』が勃発した。

 

「ぐえっ……! おい、引っ張んな! 雅、お前見た目に反して腕力強すぎだろ! リンも本気で引くアホがいるか!」

 

「イサムは私と一緒に行くんだ!」

 

「ダメですー! イサムのご飯作ってるの私なんだから!」

 

「ご飯くらい、私がいくらでも……作らせてやる!」

 

「自分が作るんじゃないんだ!」

 

「やかましい!! 身体の治りかけの関節が外れるゥッ!!」

 

真っ白な髪を振り乱し、両腕を限界まで引っ張られて「痛ぇ痛ぇ痛ぇ!!」と情けない悲鳴を上げる、かつてブリンガーを単騎で粉砕した凄腕の処刑人。

そのあまりにも滑稽な光景に、オフィスで見ていたアキラと悠真は、耐えきれずに吹き出した。

 

「あーあ。うちの課長、剣の腕は一流だけど、独占欲も一流になっちゃいましたね」

 

「雅さんがあんなに感情的になってるの、初めて見たよ……。イサムも大変だなぁ」

 

平和な笑い声がオフィスに響く中、「お肉! お肉の綱引き!?」と蒼角までが参戦しようとし、イサムの悲鳴はさらに大きくなった。

 

「——そこまでになさい」

 

パンッ、と。

 

一冊の分厚いバインダーがデスクに叩きつけられ、その鋭い音に、雅とリンの動きがピタリと止まった。

月城柳が、呆れ果てたように眼鏡の奥の瞳を細め、二人の間に割って入った。

「課長。公私混同も甚だしいですよ。民間人を無理やり徴用するのはH.A.N.D.の規定違反です。それからリンさん、病院上がりの患者の関節を極めるのはやめてあげてください」

 

「うっ……」

 

「面目ない……」

 

柳の正論に、雅とリンがシュンとして手を離す。

 

解放されたイサムは「死ぬかと思った……」と呟きながら、だらりと垂れた両腕をさすり、その場にへたり込んだ。

 

「まったく……。これでは埒が明きませんね。私が『妥協案』をご提案します」

 

柳はバインダーをめくり、一枚の書類をサラサラと書き上げてイサムの目の前に突き出した。

 

 

「対ホロウ6課『外部特別顧問』。……実態としては、我々の管轄下における『アルバイト』契約ですね」

 

 

「アルバイト?」

 

 

イサムが瞬きをする。

 

「ええ。イサムさんの本籍と主な活動は、今まで通り『パエトーンの専属用心棒』としてビデオ屋に置いていただきます。……ですが、我々第6課が単独で処理するには危険が伴う特異なホロウ災害や、雅課長が『どうしてもイサムさんの力が必要だ』と判断した特別任務の時のみ、時給制の外部スタッフとして召集に応じてもらう。これなら、お互いの条件を満たせるはずですが」

 

柳の完璧な折衷案に、オフィスは静まり返った。

 

「……つまり、普段はわたしたちと一緒にいていいけど、時々雅さんたちのお手伝いをするってこと?」

 

リンが尋ねると、柳は頷いた。

 

「はい。それに、H.A.N.D.の外部顧問として登録されれば、彼のエーテル吸収体質に対する最新の医療サポートと定期検診を、我々の経費で堂々と受けることができます。パエトーン側にとっても、悪い話ではないと思いますが」

 

「……なるほど。それなら、イサムの体調管理も安心だね」

 

アキラが納得したように頷く。

 

イサムはぽかんとして書類を見つめ、そして、ばつが悪そうにそっぽを向いている雅を見上げた。

 

「……ま、時給が出るなら悪くねぇか。お前の背中を守るって約束も、嘘にはなんねぇしな」

 

イサムが笑って書類を受け取ると、雅の耳がピクンと嬉しそうに跳ね、リンも「それなら許してあげる!」と満面の笑みを浮かべた。

 

「というわけで、契約成立ですね。……さ、新米アルバイトさん。退院祝いのお肉を食べに行く前に、さっそく書類の記入を済ませてください」

 

「へいへい。鬼の副長様には逆らえねぇな」

 

イサムがパイプ椅子に座り、アキラやリン、そして第6課の面々がその後ろからわいわいと覗き込む。

雅もそっとイサムの隣に立ち、彼が不器用な字でサインを書き込むのを、この上なく穏やかで、満ち足りた表情で見つめていた。

窓の外では、新エリー都の昼下がりの太陽が、眩しいほどの光を街に降り注いでいる。

 

「よし、書けたぜ! これで俺も、立派なフリーターってわけだ!」

 

イサムが書類を天に掲げて笑う。

 

「じゃあ、みんなでお祝いに行こう! イサムの退院と、新しい門出に乾杯だ!」

 

アキラの号令に、全員が一斉に歓声を上げた。

彼らを縛り付けていた呪いの過去は、もうどこにもない。

かつて絶望と痛みを一人で背負い続けたレイダーは今、新エリー都で最も騒がしく、最も温かい『家族』と『仲間』たちに囲まれている。

 

(……悪くねぇな。こういう賑やかな日々も)

 

イサムは真っ白な髪を掻き回し、隣で微笑む雅と、前を歩くリンとアキラの背中を見つめながら、心からの笑顔を浮かべた。

新エリー都の闇を斬り裂き、呪いを終わらせた彼らの物語は、ここからまた、新たな賑やかな日常へと続いていく。

どんな巨大なホロウの脅威が待ち受けていようとも。彼らが共に歩む限り、その道が閉ざされることは決してないのだから。

 

 




これにて一旦終了です。 雅とのやりとりはもう少しおまけ編で作りたいですがいつになるかはわかりません。

一週間近くの間ありがとうございます。
また日間ランキング、週間ランキングに載せていただいたりありがとうございます。
2作目でこの結果をさすがに驚きました!
誠にありがとうございます。

シーズン2の内容やアウトロシーズンの話は、イサムの力が相性悪い
(シナリオのギミックや見せ場をごり押しでぶっ潰せちゃう)ので
作成予定はありません。瞬光ちゃんはパエトーンのカプが良いです。

宣伝ですが
仮面ライダーカブトの題材のものもちょっと前に作っています。
良ければどうぞ。
初めて作ったものなのでこちらより違和感出てるところあると思います…
でも自分が見たかったものなので良しとしてます。
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