あの鐘の音が聞こえるか   作:もこもこ

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オリジナル展開が続きます。ご注意を。


第4話

 

 

六分街のビデオ屋「Random Play」のドアベルが、カランと気の抜けた音を立てた。

 

「はぁ〜〜……っ! 疲れた、疲れた、死ぬほど疲れたぁ!!」

 

ドアを開けるなり、カウンターの奥のソファに向かってダイブしたのはリンだった。

 

そのすぐ後ろから、髪や服にこびりついた赤茶けた砂埃を払いながら、アキラが重い足取りで店内に入ってくる。二人とも、目の下にはくっきりと隈ができ、プロキシとしての極限の疲労を全身から漂わせていた。

 

「お帰り、アキラ・リン。……いや、アウターリングの英雄さんたち、って呼んだ方がいいか?」

 

HDDルームに続くスタッフルームの扉に寄りかかり、缶の栄養ドリンクを二つ放り投げたのは、真っ白な髪の青年——イサムだった。

 

アキラがそれを受け取り、一つをソファに突っ伏しているリンの頭にコツンと当てる。

 

「ただいま、イサム。……英雄なんて大層なものじゃないよ。カリュドーンの子たちに振り回されて、とにかく砂埃とガソリンの匂いを浴び続けた数日間だった」

 

「うう……お風呂入りたい。インプラントの隙間まで砂が入り込んでる気がする……」

 

リンがソファで呻きながら、プシュッと缶を開ける。

イサムは苦笑しながら二人の前に歩み寄り、ポンッとアキラの肩を叩いた。

 

「『ツール・ド・インフェルノ』での大立ち回り、ニュースの端っこで見たぜ。覇者ポンペイ相手に、よく生きて帰ってきたな。……二人とも、本当に大変だったな。よく頑張った」

 

イサムの労いの言葉に、アキラは少しだけ表情を和らげた。

 

「わりぃな。お前らが郊外の砂漠で命がけのレースやってる間、俺だけ休暇なんていただいちまって」

 

イサムは頭を掻き、本気で申し訳なさそうに眉を下げた。

 

彼はここ数日、体内のエーテル結晶の過剰な肥大化を抑え、定着させるための『冷却期間』として、パエトーンの任務から外れて療養に専念させてもらっていたのだ。

 

常に痛みと隣り合わせの彼を、過酷なアウターリングの環境へ連れ出すわけにはいかないという、アキラとリンの判断でもあった。

 

「気にしないで、イサム。君には旧都での一件からずっと無理をさせてたし、まとまった休みは絶対に必要だったんだ」

 

「そうそう! むしろ、イサムが万全の状態じゃないと、私たちが安心してナビゲートできないんだから。お休みはプロキシ命令だったでしょ!」

 

リンがソファから身を乗り出し、親指を立ててみせる。

その裏表のない気遣いに、イサムはフッと息を吐き出して口元を緩めた。

 

「ああ、おかげで身体の結晶もすっかり落ち着いた。大剣を振り回す準備は万端だぜ」

 

イサムは姿勢を正し、少しだけ声のトーンを落とした。

それは、友人を労う顔から、新エリー都の裏社会を生きるエージェントとしての顔への切り替わりだった。

 

「……で、ゆっくり休ませてやりたいところなんだけどよ。どうやら、新エリー都の『巨悪』は、俺たちに休む暇を与えてくれないらしい」

 

「……パールマンの件だね」

 

アキラが真剣な表情で頷き、手元の端末を操作してHDDシステムのモニターを起動する。

 

「ああ。ビジョンコーポレーションの裏で糸を引いていた連中の尻尾であり、治安局の飛行船をハイジャックしてアウターリング方面に逃亡した、あの丸々と太ったおっさんだ」

 

イサムがモニターに映し出されたチャールズ・パールマンの指名手配写真を指差す。

 

 

「お前らが『ツール・ド・インフェルノ』で郊外を派手に引っ掻き回してくれたおかげで、隠れていた連中の足並みが乱れたらしい。あのデブの居場所の目星がついた」

 

「本当に!? 」

 

リンが疲労も忘れたように立ち上がる。

 

「ああ。だが、同じように匂いを嗅ぎつけた連中がいる。『邪兎屋』だ。あいつらもパールマンの秘密を狙って、すでに郊外へ向かう準備をしてるらしい」

 

イサムは背中に立てかけてあった大剣を軽く叩いた。

 

「急ごうぜ、パエトーン。あいつらと手を組むにしろ、治安局の追手や黒幕の私兵が黙っちゃいないはずだ。……今度こそ、俺が最前線でお前たちの盾になる」

 

アキラとリンは顔を見合わせ、そして力強く頷いた。

 

「分かった。郊外の地理なら、カリュドーンの子たちと走ったばかりだから僕たちの頭に完璧に入ってる。……行こう、イサム!」

 

「ええ! 私たちパエトーンと、ハサンのコンビの力、見せつけてやろう!」

 

こうして、休息もそこそこにビデオ屋を飛び出した彼らは、再び赤茶けた荒野——アウターリングへと向けて出発した。

 

それが、新エリー都の根幹を揺るがす巨大な陰謀と、星見雅の呪われた運命が交差する、壮絶な戦いの幕開けになるとは、この時の彼らはまだ知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

新エリー都の外側に広がる広大な未開エリア——『郊外』。

舗装すらされていない荒涼とした街道を、一台のタフなオフロード車両が猛烈な土煙を上げながら疾走していた。

 

「あーもう、最悪! せっかくお肌の調子が良かったのに、この砂埃のせいで台無しじゃない! 車のエアコンも効きが悪いし!」

 

車の後部座席で、ピンク色の髪を揺らしながらニコ・デマラが盛大に愚痴をこぼす。彼女がリーダーを務める何でも屋『邪兎屋』の面々は、慣れない郊外の環境にそれぞれの反応を示していた。

 

「ニコ、文句を言っても砂埃は減らない。それに、今回の依頼料と目的の重要性を考えれば、安い代償のはず」

 

「アンビーの言う通りだぜ! ボス、あの大金が手に入れば、特製オイル風呂にだって入れちゃうッスからね! ヒャッハー、郊外の風も悪くないぜ!」

 

「にゃはは! アタシはこの乾いた匂い、嫌いじゃないにゃ!」

 

冷静にハンバーガーをかじるアンビー、窓から身を乗り出して能天気に笑うビリー、そして身軽に座席を移動して外の景色を楽しむ猫又。

 

相変わらず騒々しい彼らを乗せた車を運転しているのは、赤いスカーフを巻いたパエトーンのプロキシ用ボンプ『イアス』だった。

 

ビデオ屋「Random Play」の奥、冷房の効いたHDDシステムの前に座るアキラの表情は、邪兎屋の面々とは対照的にひどく険しかった。

 

『みんな……、もうすぐ目的の座標だよ。周囲に不審な追手の気配はない。でも、油断しないでくれ』

 

アキラがインカム越しに指示を出す。

今回の彼らの最大の目的——それは、ヴィジョンコーポレーションの幹部であり、長らく意識不明となっていた重要証人、チャールズ・パールマンの尋問である。

新エリー都の闇を暴く鍵となるその男は、追手の目を逃れるため、郊外にある放棄された中継地点のセーフハウスにひっそりと匿われていた。

 

『パールマンさんの口から何が語られるにせよ、ヴィジョンコーポレーションの裏で動いている連中は必ず彼を消しに来る。……それに、少し気がかりなことがあるんだ』

 

アキラが、メインモニターの隣にあるサブディスプレイに目を移す。

そこには、彼らの目的地に近い郊外の荒野に突如として発生した、未登録ホロウの座標が点滅していた。

 

『イサムが、僕たちより少し先に郊外へ向かってる。あのホロウで、ポールマンとは別にもう一つヴィジョンコーポレーションの息がかかった『Tops(トップス)』の連中が、ヤバい違法取引をしてるって情報を掴んでね』

 

「へぇ、あの真っ白なお兄さんが? 相変わらず無茶するわねぇ」

 

ニコが感心したように、だが少し呆れたように息を吐く。

彼ら邪兎屋も、イサムの持つ異常な戦闘力と、その代償の痛ましさはパエトーンを通じて知っていた。

 

 

 

 

     * * *

 

 

 

 

その頃。

邪兎屋を乗せた車が向かっている座標からわずかに離れた、郊外の未登録ホロウの内部。

 

「ひぃッ……! ば、化け物……ッ!」

 

ヴィジョンコーポレーションのフロント企業であり、裏社会の汚れ仕事を請け負う『Tops』の武装構成員たちが、恐怖に顔を歪めて後ずさっていた。

彼らの周囲には、護衛用の最新型自律メカの残骸と、不法に持ち込まれた高濃度エーテルのカプセルが無残に転がっている。

空間そのものを震わせるような、腹の底に響く重低音の鐘の音。

 

ゴォォォン……と、死を告げる晩鐘がホロウの淀んだ空気を揺らす。

 

 

「……さて。ヴィジョンの犬共、違法なエーテル密輸の対価を払ってもらおうか」

 

砂埃とエーテルの霧の中から、巨大な大剣を肩に担いだ死神が姿を現した。

イサムだ。

彼の身の丈を超える大剣の刃には、熱を持たない蒼白の『疑似火炎』がゴウゴウと荒れ狂うように吹き出している。

 

「撃て、撃てェッ!!」

 

パニックに陥ったTopsの構成員たちが、一斉にアサルトライフルを乱射する。

しかし、イサムはその場から一歩も動かなかった。銃弾が届く直前、彼の身体が青い炎と共に空間ごと歪み、ふっと掻き消える。

 

「なっ——!?」

 

「遅いぜ」

 

構成員たちの背後。死角から音もなく現れたイサムの大剣が、一切の無駄がない完璧な軌道で振り下ろされた。

凄まじい質量とエーテルエネルギーの奔流が、Topsの武装兵たちを装甲ごと地面に叩き伏せる。悲鳴を上げる間もなく、残っていた構成員たちは全員が泡を吹いて昏倒した。

 

「ふぅ……。これで、このエリアの違法取引はあらかた潰せたな」

 

イサムは大剣の疑似火炎を鎮め、大きく息を吐き出した。

その直後、足元に転がっていた違法な高濃度エーテルカプセルの一つが破損し、濃密なエーテルガスが周囲に漏れ出していることに気づく。

 

「おっと、危ねぇ。こんなもん郊外の空気にばら撒いたら、近くの集落の連中がエーテリアスになっちまう」

 

イサムは躊躇なくそのカプセルに素手をかざし、漏れ出た高濃度エーテルを自らの体内へと強制的に吸い上げ始めた。

ドクン、と心臓が異様な音を立てる。

全身の血管に煮えたぎる鉛を流し込まれたような激痛が走り、彼の首筋や腕の皮膚を破って、青く鋭いエーテル結晶がメキメキと音を立てて成長していく。

同時に、彼の髪からまた少し生命の色が奪われ、新雪のような純白がより一層色濃く染め上げられた。

 

「……っ、痛ってぇ……。だが、これでよし、と」

 

額に大粒の脂汗を浮かべながらも、イサムは満足げに笑った。

彼は昏倒したTopsの連中をホロウの入り口付近に縛り上げると、そのまま空間の亀裂を抜けて、アウターリングの現実世界へと帰還を果たした。

 

 

 

     * * *

 

 

 

「おーい! リン! 邪兎屋のみんな!」

 

郊外の荒野に抜けたイサムが、遠くから土煙を上げて走ってくるオフロード車両を見つけて大きく手を振る。

車は急ブレーキをかけて停止し、中からイアスと邪兎屋の面々が飛び出してきた。

 

「イサム! 取引の阻止は成功したみたいだけど……また無茶をして!」

 

リンの声が響く。

 

無理もない。今のイサムの姿は、首元から腕にかけて青い結晶が痛々しく這い回り、真っ白な髪が汗で額に張り付いているという、誰が見ても満身創痍の有様だったからだ。

 

「あはは、悪い悪い! Topsの連中がエーテル漏らしやがったから、ちょっと吸いすぎちまった。でも平気平気、命が削られるわけじゃないし、激しい筋肉痛みたいなもんだって!」

 

イサムはいつものように屈託のない笑顔を作り、大げさに腕を回してみせた。

しかし、その強がりがパエトーンや邪兎屋の面々に信じてもらえるはずもなく、アキラはHDDの向こうで深いため息をついた。

 

『……君がそうやって笑って誤魔化す時は、だいたい限界ギリギリだって知ってるんだ。少しは自分を大切にしてくれ』

 

「そうだぜ、お兄さん! アンビーのハンバーガーでも食って、少し休んだ方がいいッスよ!」

 

「ビリー、私のハンバーガーを勝手に人の回復アイテムに指定しないでほしい。……だが、彼になら半分譲ってもいい」

 

「にゃはは! 痛い時は無理して笑わない方がいいにゃ!」

 

ビリー、アンビー、猫又が次々とイサムを気遣う。

ニコも腕を組みながら、呆れたように鼻を鳴らした。

 

「まったく、アンタのその自己犠牲精神、どうにかしなさいよね。まあ、Topsの連中を片付けてくれたおかげで、ここから先はスムーズに進めそうだけど」

 

「おう、任せとけ。パエトーンから聞いてるぜ。例のヴィジョンコーポレーションの幹部、パールマンっておっさんから話を聞くんだろ?」

 

イサムは痛む首元をさすりながら、ニコに向かってニヤリと笑った。

 

「俺も護衛として同行する。これだけヤバい連中が動いてるんだ、この先、何が飛び出してくるか分かったもんじゃないからな」

 

『助かるよ、イサム。でも、本当に無理だけはしないでくれ』

 

アキラの言葉に「分かってるって!」と親指を立てるイサム。

彼らの一行は、イサムという強力だが危なっかしい戦力を加え、チャールズ・パールマンが隠れ潜むセーフハウスへと歩みを進めた。

この先に待つ『真実』が、彼らをさらなる陰謀の渦へと引きずり込むことになるとは、この時のイサムはまだ知る由もなかった。

 

 

 

 

 

郊外(アウターリング)の容赦ない日差しと砂埃から逃れるように、パエトーンと邪兎屋、そして彼らの護衛として同行するイサムは、ひっそりと放棄されたガソリンスタンドの地下へと足を踏み入れた。

 

錆びついた鉄階段を降りるたびに、ひんやりとした、カビと古い機械油の混じった淀んだ空気が鼻を突く。

 

先頭を歩くのは、イアスとリン。その後ろを、二丁拳銃を構えたビリーと、静かに剣の柄に手を添えたアンビーが警戒しながら続く。

最後尾では、イサムが身の丈を超える大剣を背負い、周囲の暗がりへと鋭い視線を配っていた。彼の首元に這う青いエーテル結晶が、地下の薄暗がりの中で不気味な明滅を繰り返している。先ほどのTopsとの戦闘で過剰なエーテルを吸い上げた代償の激痛はまだ引いていないはずだが、彼の足取りに一切のブレはない。

 

「まったく、こんな埃っぽい地下室にあの偉そうなヴィジョンコーポレーションの幹部様が隠れてるなんてね。落ちぶれたもんだわ」

 

ニコ・デマラがピンク色の髪についた砂を払いながら、呆れたように鼻を鳴らした。

周囲を警戒していたリンが小声で指示を出す。

 

「ニコ、油断しないで。このセーフハウスはプロキシのネットワークでも極秘の場所だけど、相手はあのヴィジョンコーポレーションを裏で操っている連中よ。いつ嗅ぎつけられてもおかしくないわ」

 

「分かってるわよ。とっとと話を聞き出して、報酬の特別ボーナスをもらうだけよ」

 

一行は、地下通路の一番奥にある分厚い防爆扉の前に到着した。

アンビーが手信号で合図を送り、ビリーがロックをハッキングして解除する。重々しい金属音と共に扉が開いた瞬間、部屋の奥から半狂乱の悲鳴が響き渡った。

 

「ひぃぃぃッ!? く、来るな! 殺される、殺されるゥ!!」

 

薄暗い裸電球に照らされた埃っぽい部屋の隅。パイプ椅子を盾にするようにして震えていたのは、かつて新エリー都の経済界で大きな顔をしていたヴィジョンコーポレーションの幹部、チャールズ・パールマンだった。

高級だったはずのオーダーメイドのスーツは泥と脂汗で汚れ、見る影もないほどヨレヨレになっている。丸々と太った身体をガタガタと震わせ、充血した目をぎょろぎょろと動かすその姿は、追いつめられた惨めなネズミそのものだった。

 

「ちょっと、落ち着きなさいよ! 鼓膜が破れるかと思ったじゃない!」

 

ニコがずかずかと部屋に入り込み、パールマンの前に立ちはだかる。

 

「アタシたちはあんたを暗殺しに来たヒットマンじゃないわ。ほら、伝説のプロキシ『パエトーン』からの紹介よ。あんたをここから逃がしてやるために、わざわざ郊外の砂埃まみれになってまで来てあげたんだから!」

 

ニコがイアスを前に押し出すと、パールマンは小刻みに震えながらも、すがるようにイアスへと這い寄ってきた。

 

「パ、パエトーン……! おお、本物か! 助けてくれ、奴らは私を完全に消す気だ! 私が会社の……いや、あの女の秘密を知りすぎたから……!」

 

『落ち着いてください、パールマンさん』

 

HDDの向こう側から、アキラがスピーカーを通して、努めて冷静で信頼感のある声色を作る。

 

『僕たちはプロキシです。あなたが知っていることをすべて話し、こちらの要求に応えてくれるなら、僕たちの名にかけて、あなたを安全な場所まで護衛すると約束します』

 

「ほ、本当だな!? 絶対にだぞ! 奴らの手は、新エリー都の隅々にまで及んでいるんだ! 普通の逃亡じゃ絶対に殺される……!」

 

「だから、その『奴ら』ってのは誰なのよ。ヴィジョンコーポレーションの残党?」

 

ニコが腕を組み、冷ややかな視線を見下ろす。

パールマンは何度か荒い深呼吸を繰り返し、周囲の暗闇を異常なまでに警戒しながら、ひび割れた唇を震わせた。

 

「……サ、サラだ」

 

絞り出されたその短い名前に、男の芯まで染み付いた根源的な恐怖が宿っていた。

 

「表向きは、私がヴィジョンコーポレーションの幹部としてすべてを取り仕切っているように見えただろう。だが、違う……! あの得体の知れない恐ろしい女が、すべて裏で糸を引いていたんだ! 逆らう者は容赦なくホロウの奥底へ沈められ、会社が得た莫大な利益も、違法に収集した生体データも、すべてあの女の『計画』のために吸い上げられていた……!」

 

「サラ……。」

 

リンが手元の端末で高速検索をかけながら、眉をひそめる。

 

「 ただの裏社会のフィクサーってわけでもなさそうね。どうして今になってあんたの命をそこまで執拗に狙ってるわけ? 幹部の一人くらい、適当にトカゲの尻尾切りにすれば済む話じゃない」

 

リンの疑問に、パールマンは首を激しく横に振った。

 

「私が……奴らの『最大の協力者』の正体と、その恐るべき目的の全貌を知ってしまったからだ。……サラの背後には、裏社会の連中なんかとは比べ物にならない、絶対的な権力がついている。あの女は、新エリー都の『法』そのものと完全に癒着しているんだ」

 

「『法』ですって?」

 

アンビーが、怪訝そうに首を傾げる。

パールマンは唾を飲み込み、まるでその名前を口にすること自体が呪いであるかのように、声を潜めた。

 

「ああ……。今、ヤヌス区の市長選に出馬し、新エリー都の次代の顔として大衆から絶大な支持を集めている、あの男……治安局総監、ジャスティン・ブリンガーだ!!」

 

その名前が地下室に響き渡った瞬間。

聞いていたアキラとリンは、思わず息を呑んで立ち上がった。ニコの表情からも余裕の笑みがスッと消え去り、ビリーの手の中で弄られていたリボルバーがピタリと止まる。

壁際で腕を組んでいたイサムも、真っ白な前髪の奥で瞳を鋭く細めた。

 

「ちょっと待ちなさいよ……」

 

ニコが、信じられないものを見る目でパールマンを睨みつける。

 

「ジャスティン・ブリンガー総監って……新エリー都の治安局のトップじゃない! 厳格でクリーンな法と秩序の象徴が、裏社会の黒幕と手を結んでるって言うの!? そんなの、タチの悪い冗談よ!」

 

「クリーンなものか! 奴の本性は、権力と己の狂った思想のためなら、どんな非道な手段も厭わない冷酷な野心家だ!」

 

パールマンは恐怖と興奮を入り交じらせながら、半狂乱で言葉を紡ぎ続けた。

 

「サラとブリンガーは、裏で完全に結託している。ブリンガーが治安局の絶大な権限を利用して、サラの息がかかった組織の不都合な事件をもみ消し、あるいはホロウ災害を意図的に誘導して証拠を隠滅する。そしてサラが、裏社会のネットワークを使ってブリンガーのための『実験材料』をかき集めているんだ! 新エリー都を騒がせているカルト組織『讃頌会』や、タチの悪い違法レイダーたちすらも、奴らの手のひらの上で踊らされているにすぎない!」

 

「実験材料って……まさか」

 

アンビーが、静かに、だが確かな警戒を帯びた声で呟く。

その言葉に反応したのは、これまで黙って話を聞いていたイサムだった。

 

「……人間の、エーテル侵食か」

 

イサムの低く冷たい声に、パールマンがビクッと肩を震わせる。

イサムは壁から背中を離し、首元の青い結晶を軋ませながら、パールマンの目の前へと歩み寄った。

 

「あんたの言う『実験材料』ってのは、ホロウ災害に巻き込まれた一般人や、逆らって捕まった連中のことだろ。そいつらの身体から、人工的に高濃度エーテルを抽出している……違うか?」

 

「ひっ……! な、なぜお前がそれを……」

 

「やっぱりな」

 

イサムは忌々しげに舌打ちをした。

つい先ほど、彼が郊外のホロウで壊滅させた『Tops』の違法取引。そこにあったのも、人間の身体から抽出されたと思しき高濃度エーテルのカプセルだった。

あの異常な濃度。自然発生するエーテリアスとは違う、人工的に凝縮された『毒』の気配。

 

「そうだ……!」

 

パールマンはイサムの白い髪と異様な気迫に怯えながらも、頷いた。

 

「奴らは新エリー都の郊外や未登録ホロウを、巨大な実験場に見立てている。生きた人間から高濃度エーテルを限界まで抽出し、『エリクサーP07』と呼ばれる未知の薬品や、旧都陥落レベルの究極の『生体兵器(巨大エーテリアス)』を人為的に創り出そうとしているんだ! もしブリンガーが市長の座に就き、新エリー都の全権を掌握すれば……この街の非市民や貧困層は、すべて奴らの狂った実験の犠牲になる!」

 

あまりにも巨大すぎる、そしておぞましい陰謀の全貌だった。

新エリー都の治安の要であるトップと、裏社会の魔女が手を組み、大規模な人体実験と兵器開発を行っているという絶望的な事実。

 

「……点と点が、完全に繋がったね」

 

リンが震える声で呟いた。

イサムがこれまで、限界を迎えた身体を引きずってまで単独で潰しに向かっていた違法レイダーたちの拠点。彼らが進めていた

『巨大エーテリアスの生成実験』は、単なる野盗の悪だくみなどではなかったのだ。

 

『ジャスティン・ブリンガーとサラという、新エリー都を丸ごと飲み込む巨大な黒幕が主導する計画。……イサムが今まで一人で戦っていたのは、この街の「支配構造」そのものだったんだ』

 

アキラの握りしめた拳が、怒りと焦燥で白く染まる。

パエトーンと邪兎屋が、この場末の郊外で掴んだ『真実』。それは、もはや彼らのような裏社会の住人だけで抱えきれる爆弾ではなかった。

 

「……上等じゃねえか」

 

重苦しい沈黙を破ったのは、イサムの低く、しかし力強い声だった。

彼は背中の大剣を握り直し、テックマスク越しに、底抜けに凶悪な笑みを浮かべてみせた。

 

「相手が治安局のトップだろうが、裏社会の魔女だろうが関係ねえ。人の身体に無理やりエーテルを詰め込んで兵器にするような外道は、俺の燃料にして燃やし尽くしてやるよ」

 

彼が普段見せる「平気なフリ」ではない。

己の身を張ってでも、この狂った計画を止めるという、自己犠牲の覚悟がそこにはあった。

 

「イサム、ダメよ! 相手は新エリー都のトップなのよ。君一人の力でどうにかなる相手じゃない!」

 

「なら、どうするんだよリン。放っておけば、この街の連中が次々と化け物にされちまうんだぞ!」

 

「私たちにだって考えがあるわ!」

 

リンの強い声が響く。

 

「ニコ! この証拠を持って普通の治安局に駆け込んでも、もみ消されて終わりよ。……でも、新エリー都には一つだけ、ジャスティン総監の権力すら直接は及ばない「独立した特務機関」があるわよね?」

 

リンの言葉に、ニコの表情がハッと明るくなった。

 

彼女はピンク色の髪をかき上げ、不敵な笑みを浮かべる。

 

「そういうことね……! 毒をもって毒を制す。新エリー都で一番融通の利かない、お堅い連中を巻き込んでやるのよ!」

 

 

 

 

 

 

 




違和感がでないように確認をするようにしていますが
ストーリーの矛盾があれば是非教えてください。
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