あの鐘の音が聞こえるか   作:もこもこ

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独自設定注意 オリジナル展開注意

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ちょっと急ぎの仕事が駆け込みで来ておりまして、
とりあえず完結まで予約投稿できました。
忙しくなりそうで修正対応や感想とかの返信できなくなりそうです。

それでも良ければ残りの期間もよろしくお願いします。



第6話

 

邪兎屋の面々が一斉に武器を構え、星見雅が妖刀『無尾』の柄に手を添えた、まさにその瞬間だった。

 

——タタタタタタタッ!!

 

突如として、赤茶けた荒野の静寂を切り裂くように、無数の銃弾が彼らの足元の砂埃を激しく跳ね上げた。

 

「なっ……!?」

 

「伏せてッ!」

 

リンが叫び、邪兎屋の面々とイサムが咄嗟に岩陰へと飛び込む。

第6課の面々も即座に散開し、飛来する銃弾の雨を躱した。

 

「……銃撃。制圧射撃のリズムだな。完全に我々を包囲するつもりだ。三方向からの」

 

岩陰に身を隠しながら、雅が氷のように冷たい声で分析する。彼女の視線の先、荒野の岩場や廃墟の陰から、完全武装した正体不明の傭兵部隊が次々と姿を現していた。

 

「まさか、刺客を用意していたのか? 邪兎屋、お前が悪党に組しているとはな」

 

「そりゃあこっちのセリフよ! あんたが待ち伏せさせたんじゃないわけ!?」

 

ニコが重火器を構えながら、雅に向かって怒鳴り返す。だが、互いの頭上を掠めていく銃弾の密度を見れば、それがどちらの差し金でもないことは明らかだった。ジャスティン・ブリンガーの私兵部隊が、証人もろともすべてを郊外の砂漠に葬り去ろうと襲いかかってきたのだ。

 

「チィッ、これじゃあハチの巣よ! リン、そこのブタ……パールマンを車に押し込んで!パイパーに運転してもらって、とにかくここから離脱するのよ!」

 

「わ、分かった! イサムも乗って!」

 

リンがパールマンをオフロード車両の後部座席に押し込み、第六課を連れてきていた運転席にいるパイパーに合図する。だが、イサムは車には乗らず、背中の大剣を抜き放ってニヤリと笑った。

 

「俺はここで殿(しんがり)を務める! お前らごと蜂の巣にされちゃたまんねえからな!」

 

「イサム、無茶だよ!」

 

「平気だって! 後で絶対合流するから、とっとと出せ!」

 

イサムが力を全開にし、蒼白の『火炎』を爆発させて敵の陣形へと突っ込んでいく。その圧倒的な質量と青い炎が敵の注意を引いた一瞬の隙を突き、パイパーはアクセルをベタ踏みにして、猛烈な土煙を上げながら包囲網を突破した。

 

「逃がすな! 追えッ!!」

 

傭兵部隊の装甲車や武装バイクが、一斉にリンの車を追跡し始める。

雅は部下たちに迎撃を命じると、自らも恐るべき脚力で岩場を蹴り、リンの車を追う傭兵たちの車列へと単騎で飛び込んでいった。

 

 

 

 

     * * *

 

 

 

 

一方、荒野を爆走するパイパーの車は、絶体絶命の危機に陥っていた。

バックミラーには、重機関銃を乱射しながら迫り来る武装バギーの群れ。弾丸が車体を掠め、パールマンが後部座席で「ひぃぃぃッ!」と悲鳴を上げている。

その時、前方の脆い岩盤に向かって、敵の放った特殊なエーテル榴弾が着弾した。

 

——ズドドドドォォォンッ!!!

 

 

大地が悲鳴を上げ、巨大な亀裂が走る。

局地的なエーテル濃度の急上昇により、アウターリングの地盤が限界を迎え、巨大なすり鉢状の『未登録ホロウ』が突如として口を開いたのだ。

 

急ブレーキも間に合わず、リンの乗ったオフロード車両は、崩れ落ちる岩盤と共に、赤黒い渦巻くホロウの暗闇へと真っ逆さまに転落していった。

 

 

     * * *

 

 

(……ここは)

 

激しい衝撃の後。

イサムは、周囲を不気味な赤黒いノイズに覆われた、見知らぬホロウの空間で目を覚ました。殿を務めていた彼もまた、連鎖的な空間の乱れに巻き込まれ、ホロウに飲み込まれてしまったのだ。

 

「痛ってぇ……。どんだけ深いホロウなんだよ、ここ」

 

身体を起こし、首元の結晶をさする。

周囲を見渡すが、リンの乗っていた車も、敵の残骸も見当たらない。どうやらホロウ内の空間の歪みに落ちてしまったらしかった。

 

「……通信も繋がらねえし。参ったな」

 

イサムは真っ白な髪をガシガシと掻きむしった。

昔からそうだ。森の中や入り組んだ場所に入ると、どういうわけかすぐに方向感覚を失ってしまう。パエトーンのナビゲートなしでは、出口を見つけるのすら一苦労だ。

彼はふと、胸元に忍ばせたお守りに服の上から触れた。チリン、という微かな音が鳴る。

 

「まあ、迷子なのはいつものことだ。雅があっちに向かったなら、リンの護衛は心配ねぇだろ」

 

自分を探し求めているあの不器用な幼馴染なら、きっと地の果てまで車を追いかけているはずだ。ならば、自分がやるべきことは一つ。

 

「さてと……このホロウを探索して合流しないとな」

 

イサムは大剣を肩に担ぎ、一人歩き出した。

 

 

     * * *

 

 

「……っ、痛っ……」

 

車から放り出された衝撃で、リンはうめき声を上げて目を覚ました。

車は完全に横転しており、フロントガラスは粉々に砕け散っている。後部座席にいたはずのパールマンの姿はなく、転落の衝撃で外に放り出されたか、すでに追手によって回収されてしまったようだった。

 

「お兄ちゃん……聞こえる……?」

 

耳元のインカムを叩くが、ひどいノイズが返ってくるだけだった。横転した時の衝撃で、インプラントの通信機器が損傷してしまったらしい。メインの機能が使えないとなると、兄であるアキラとの連絡は絶望的だ。

 

リンが痛む身体を引きずって割れた窓から這い出すと、赤黒いホロウの空間に、コツ、コツ、と静かな足音が響いた。

 

「……逃げるなと言ったはずだ」

 

リンが顔を上げると、そこには漆黒の軍服に身を包み、妖刀に手を添えた星見雅が立っていた。

息一つ乱していないが、その軍服には僅かに砂埃が付き、彼女がどれほどの死線を潜り抜けてここまで来たのかを物語っていた。

 

「雅さん……。隊員の人たちは? それに、どうしてあなたがここに……?」

 

「車で逃走を図ったお前たちに追いつけたのは、私一人だ」

 

雅は極めて真面目な顔で、とんでもない物理法則を無視した追跡劇の事実を告げた。

 

「私は11台のバイクと4台のジープ、さらに5人の兵士を飛び移って、お前の車両に追いついたのだ」

 

「……ええ?」

 

「ホロウの中で見つけたのは幸運だった。次はないだろう。星見の人間として、同じ過ちを二度繰り返すわけにはいかないのでな」

 

「二度と繰り返さないなら分かるけど……まあ、私は逃げたりしないよ。そもそも、道も分からないし、キャロットもないのにむやみに動き回っても迷うだけだしね」

 

リンが苦笑しながら手を上げると、雅はわずかに目を細めた。

 

「ならば座れ。ホロウに迷った折は、安全な場所で救助を待てと指南書にあった。私の仲間は必ず救援に来る。ただ待ちさえすれば……」

 

「雅さん的には、本当にそれでいいと思ってるの?」

 

リンは真剣な眼差しで、雅の言葉を遮った。

 

「こんな重要な市長選挙の合間にホロウへ閉じ込められて、外では怪しげな謎が横行していると知りながら微動だにできず、仲間たちが果敢に敵と刃を交えている最中に、ただ座って呆けている状況を良しとするの?」

 

図星を突かれ、雅は押し黙った。

 

その手は刀の柄を強く握りしめ、彼女の内側で燃える焦燥感を隠しきれていない。

 

(イサムが、このホロウのどこかにいる。今も痛みに耐えながら、命を削っているというのに……!)

 

自分はここで足止めを食らっている。内心では焦りで火炙りにされているような気分だった。

 

「……このままでいいなどとは思っていない。だが、他に方法がない。できることと言えば、内心焦燥に駆られ、火炙りがごとき苦しみの中で、冷静な顔を保つ修行だけだ」

 

「そっか。もし雅さんが今の状況を歯痒く思ってるなら、私の提案を聞いてみない?」

 

リンは立ち上がり、プロキシとしての自信に満ちた表情を見せた。

 

「ここは力を合わせるってことでどう? 自慢じゃないけど、私、プロキシとしては結構キャリアが長いんだよ。ただホロウの出口を探すならお任せなんだけど、自分の身を守るってなるとイマイチで。その点、雅さんは滅茶苦茶強いでしょ」

 

雅は静かにリンを見つめ返した。

 

「先ほど何やら重要な機能が使えないとこぼしていたのは、お前自身だろう。それで案内が務まるのか?」

 

「えっと、雅さんは『迷路のアルゴリズム』って聞いたことある?」

 

リンは周囲の暗闇を見渡しながら説明を始めた。

 

「ホロウは人知を超えた危険のバーゲンセールだけど、人を迷わせるっていう特性だけ見ると、いわゆる『迷路』とそんなに変わらないの。迷路の歩き方とか出口の導き出し方って、旧文明の頃から体系的に研究されてきた数学の一種なんだよ。迷路に関する基本的なデータさえあれば、それ自体の複雑さは大して問題じゃない」

 

「基本的なデータ。それが、ホロウの観測データだと?」

 

「そういうこと! 調査協会の調査員たちがホロウで一番よくやる作業は、観測データを収集する装置の設置か、もう設置済みの装置から最新のデータを回収することなんだよ。そういうデータこそがホロウ探索の土台で、キャロット作りの原料ってわけ」

 

リンは胸を張り、力強く宣言した。

 

「だから、ここから出られる方法があるってこと。星見課長はデータスタンド探しさえ手伝ってくれたら、あとは私に任せてくれていいから」

 

雅は少しの間、リンの言葉を吟味するように黙り込んだ。

彼女がただの民間人ではないことは、これまでの行動が証明している。何より、一刻も早くこの空間を抜け出し、あの真っ白な髪の幼馴染の首根っこを掴まなければならないのだ。

 

「……承知した」

 

雅は刀から手を離し、小さく頷いた。

 

「ここは一時休戦とし、手を結ぶとしよう」

 

「よかった! それじゃあもう、手は掴んでなくていいよね。私、本当に汗とか拭きたくて」

 

こうして、奇妙な巡り合わせによってホロウの底に落ちた二人の、出口を求める共同戦線が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よし! データスタンドのアクセス完了。さすが私、出口の大体の方向は掴めたよ!」

 

薄暗く、赤黒いノイズが明滅するホロウの迷宮。 いくつか点在していた旧文明の観測データスタンドを巡り、手元の端末に情報を打ち込んでいたリンが、パッと明るい声を上げた。インプラントのメイン機能が破損していても、彼女に染み付いたプロキシとしての経験と知識は、見事に迷路の「正解」を導き出していた。

 

「あっちの歪んだ空間を抜ければ、浅層エリアに出られるはず! ほら雅さん、行こう!」

 

リンが振り返り、得意げに笑いかける。 だが、その笑顔はすぐに凍りついた。

 

「……雅、さん?」

 

少し離れた場所で周囲を警戒していた雅が、その場から一歩も動いていなかったのだ。 いや、動けなかった。 彼女は苦しげに眉をひそめ、腰に帯びた妖刀『無尾(ムビ)』の柄を、震える両手で必死に押さえ込んでいた。

 

「えっ……何これ。無尾が……熱を持ってる!?」

 

リンが息を呑む。 普段は冷ややかな青白い光を帯びているはずの無尾の鞘から、禍々しい紫紺の『狐火』が漏れ出していた。それはまるで、内側に封じられた巨大な化け物が、檻を破って外へ出ようと暴れ狂っているかのような異様な光景だった。

 

「近寄るな……ッ、リン!」

 

雅が鋭く叫ぶ。その声には、普段の冷静沈着な課長としての余裕は微塵もなく、明らかな苦痛と焦燥が混じっていた。

 

「鞘が……言うことを聞かない。封印の機構が、破壊されている……!」

 

雅の脳裏に、彼らをホロウへと突き落としたあの凄まじい銃撃戦がフラッシュバックする。 あの時、反乱兵の特殊なエーテル崩壊弾が岩盤を穿った。ただの崩落誘発だとばかり思っていたが、違ったのだ。極めて精密に計算されたその一発の破片が、無尾の鞘の『物理的な封印ロック』を正確に破壊していたのだ。

 

雅が奥歯を噛み締めた、その時だった。

 

 

『……斬れ』

 

 

突如として、雅の脳内に直接、地の底から響くようなおぞましい「声」が囁きかけてきた。

 

「——ッ!?」 『斬れ。……お前を縛るものを、すべて』

 

それは、旧文明から星見家が代々封じ込めてきた、特級エーテリアスをも凌駕する『最悪の災い』そのものの意思だった。物理的な鞘の封印が緩み、偽の主(母のデータ)によってロックを外されかけたことで、刀の中に眠る怨念が雅の精神へと直接侵食を始めたのだ。

 

 

『血を吸わせろ。肉を断て。……目の前にいる軟弱な命から、すべて叩き斬れ』

 

 

「黙れ……ッ! 私は……!」

 

雅の意識が、猛烈なエーテルの濁流に飲み込まれ、急速に朦朧としていく。 視界が赤黒く点滅し、周囲の景色がぐにゃりと歪む。彼女の強靭な精神力をもってしても、星見家の歴代当主たちを苦しめてきたその怨念を、壊れた鞘のまま抑え込むことは不可能だった。

 

『斬れ。斬れ。斬れ斬れ斬れ斬れ——』

 

カシャンッ!!

雅の必死の抵抗も虚しく、主の意思を完全に無視して、無尾がひとりでに鞘走った。 限界まで圧縮されていた巨大なエーテルエネルギーが、爆発的に解放される。

 

ゴォォォォォッ!!

 

「きゃああっ!?」 リンが凄まじい突風とエーテルの波動に吹き飛ばされ、地面を転がる。

解放された無尾の刀身から、天を焦がすほどの巨大な紫紺の『狐火』が噴き上がった。 雅の口から、これまで誰も聞いたことがないような悲痛な叫び声が上がる。刀から溢れ出したエーテルが、彼女の腕から全身へと逆流し、その意識と肉体を容赦なく支配していく。

 

「雅さん……! だめ、正気を保って!」

 

リンが立ち上がり、猛烈な暴風に逆らって手を伸ばす。 だが、雅は自らの意志を完全に奪われる直前、残された最後の理性を振り絞って、リンに向かって叫んだ。

 

「来、るな……ッ!! 逃げろ、リン……ッ!!」

 

私に近づけば、斬ってしまう。 罪なき人々を、この刃で傷つけてしまう。

 

(嫌だ……! 私は……斬るために剣を学んだのではない……! 母上のように、あいつのように……守るために……!)

 

薄れゆく意識の中。 雅の脳裏に浮かんだのは、生命の色が抜け落ちた真っ白な髪を揺らし、激痛に耐えながら不器用に笑っていた、あの幼馴染の顔だった。

 

(イサ、ム……)

 

その名を心の中で呼んだのを最後に。 星見雅の意識は昏睡へと沈み込み、主の理性を失った妖刀『無尾』がホロウの空間に咆哮を上げた。

 

 

 

     * * *

 

 

同じ頃。 ホロウのさらに深部を一人で歩いていたイサムは、突如として空間全体を揺るがした『巨大なエーテルの爆発』を感じ取り、ピタリと足を止めた。

 

「……なんだ、今の異常なエーテルの波長は」

 

彼の特異体質である『他者のエーテルを吸い上げる』器官が、これまで経験したことがないほどの強烈な反応を示し、首元や腕の結晶がビリビリと悲鳴を上げるように脈動した。

 

「この青紫の光……まさか」

 

遠くの暗闇の向こう側で、天を突くように噴き上がった紫紺の狐火。 それを見た瞬間、イサムの心臓が早鐘のように打ち鳴らされた。あの光を知っている。旧都陥落の夜、雅の母親を蝕み、星見の当主たちを苦しめてきた『呪い』の色だ。

 

「雅……ッ!?」

 

イサムは背中の大剣を力強く握り直した。 結晶化の痛みなど、もはや気にも留めなかった。彼は蒼白の火炎を爆発させるように地を蹴り、狐火の上がる方向へと、己の最高速度で駆け出した。

 

 

 

     * * *

 

 

 

ゴォォォォォッ!!

紫紺の狐火が渦を巻き、ホロウの空間そのものを飲み込もうと荒れ狂う。

圧倒的なエーテルの暴風に吹き飛ばされ、地面を転がったリンだったが、彼女はすぐに顔を上げ、猛烈なエーテルの奔流の中で目を細めた。

 

視線の先には、理性を失いかけ、虚ろな瞳で妖刀『無尾』を振り上げようとしている星見雅の姿があった。

そして彼女の足元には、先ほどの衝撃で手放してしまった『無尾の鞘』が転がっている。

 

 

「このままじゃ……雅さんが完全に刀に飲まれちゃう!」

 

 

リンは這い上がるようにして立ち上がると、肌を刺すような高濃度エーテルの嵐の中へ、迷うことなく飛び込んだ。

プロキシである彼女に、前線で戦うような戦闘力はない。それでも、ここで背を向けることなど絶対にできなかった。

 

「う、くっ……息が、詰まる……!」

 

炎のように燃え盛る見た目に反して、その紫紺の狐火に一切の『熱』はなかった。

あるのはただ、純粋な呪いと死を思わせる、背筋が凍るような冷たさと息苦しさだけだ。息をするだけで高濃度のエーテルが肺を侵し、痺れるような痛みを伴う。

 

だがリンは、吹き荒れる冷たい狐火を掻き分けるようにして雅の足元へ滑り込み、転がっていた『鞘』を両手でしっかりと拾い上げた。

 

「雅さん!!」

 

リンの叫び声が、轟音を劈いて響き渡る。

 

「目を覚まして! あなたは……誰も傷つけたりしない! 私たちを、新エリー都を守るために剣を振るうんでしょ!!」

 

鞘を両手で構え、リンは一歩も引かずに雅の正面へと立ち塞がった。

その必死の呼びかけが、昏睡の底へと沈みかけていた雅の意識に、一筋の光を投げ入れた。

 

『……斬れ。血を吸わせろ……』

 

(違う……!)

 

脳内に響く呪われた怨念の囁きを、雅はギリッと奥歯を噛み締めて撥ね退けた。

焦点の定まっていなかった瞳に、わずかに理性の光が戻る。狐の耳がピクリと動き、目の前で必死に鞘を構えるリンの姿を捉えた。

 

「リ、ン……ッ!」

 

雅は震える両腕に全精神力を集中させ、振り上げていた妖刀の切っ先を、リンの構える鞘へと無理やり向けた。

 

「雅さん! 今だよ!」

 

「あ、ああ……ッ!!」

 

リンが鞘を押し出し、雅が刀を押し込む。

二人の息を合わせた共同作業。だが、旧文明から封じられてきた特級の怨念が、そう簡単に大人しく檻に戻るはずもなかった。

 

ガギィィィィンッ!!

 

刃が鞘の入り口に触れた瞬間、凄まじい紫紺のスパークが弾け飛んだ。

 

刀そのものが意思を持っているかのように、強烈な反発力を生み出し、二人を力任せに押し返そうとする。

 

「きゃあっ……!?」

 

「ぐ、うぅぅぅッ!!」

 

リンの手のひらが強烈なエーテルの反発力で痺れ、雅の腕の筋肉が限界を超えて悲鳴を上げる。

 

暴走するエーテルの質量は、二人の力だけでは到底抑え込めるものではなかった。刀身が再び鞘から抜け出そうとし、熱を持たない紫の炎がさらに巨大に膨れ上がる。

 

(だめ、押し負ける……ッ!)

 

リンが絶望しかけた、その時だった。

 

 

 

 

——チリン。

 

 

 

 

 

暴風の中で、微かな、だが確かに知っている『鈴の音』が鳴った。

 

 

「大丈夫か、お前ら!!」

 

 

背後から凄まじい速度で飛び込んできた影が、リンと雅の間に割って入った。

新雪のように真っ白な髪。首元や腕に痛々しい青いエーテル結晶を這わせた青年——イサムだ。

 

「イ、サム……!?」

 

「お前……なぜ……ッ」

 

驚愕する二人の横顔を挟み込むように、イサムは左右から伸びた大きな両手で、雅の刀の柄と、リンの持つ鞘を同時に力強く鷲掴みにした。

 

「ぐ、ぁああアアアアッッ!!」

 

刀から溢れ出そうとしていた紫紺の『エーテル』が、イサムの手に触れた瞬間、猛烈な勢いで彼の体内へと吸い込まれていく。

強制的なエーテル吸収。全身の血管に砕けたガラスを流し込まれたような激痛にイサムの顔が歪み、腕の結晶がメキメキと音を立てて凶悪に成長していく。

 

だが、彼が身を呈してエーテルを限界まで吸い上げ、己の青い『火炎』へと変換して散らしてくれたおかげで、無尾の異常な反発力が一瞬だけフッと弱まった。

 

「いっっっっっっってぇなクソ刀!! 大人しく、鞘に収まってろォ!!」

 

血を吐くようなイサムの咆哮。

彼は全身の筋肉を限界まで軋ませながら、雅とリンの手ごと、強引に刀を鞘へと押し込んだ。

 

「今だッ、雅!!」

 

「——シィッ!!」

 

イサムの叫びに呼応し、雅が渾身の力を込めて柄を押し込む。リンもまた、最後の力を振り絞って鞘を支え切った。

 

カチャァァァンッ!!!

 

甲高い金属音と共に、ついに妖刀『無尾』は鞘の奥底へと完全に収まった。

 

 

その瞬間、荒れ狂っていた紫紺の狐火が嘘のように掻き消え、ホロウの空間に静寂が舞い降りた。

 

 

 




雅さんですが

ストーリー本編と若干違いがあります。

お母さんが生きている為、パラメータが若干違う設定です。

剣術  今作>原作
無尾の扱い(エーテル操作) 今作<原作

という感じで考えてます。

原作より無尾のことを硬くてよく切れる刀扱いしている雅さん。

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