あの鐘の音が聞こえるか 作:もこもこ
カチャァァァンッ!!!
甲高い金属音と共に、ついに妖刀『無尾』は鞘の奥底へと完全に収まった。 その瞬間、荒れ狂っていた紫紺の狐火が嘘のように掻き消え、ホロウの空間に不気味なほどの静寂が舞い降りた。
「はぁっ……! はぁ、っ……!」
雅はその場に膝をつき、鞘に収まった刀を杖代わりにして、荒い息を吐き出した。 全身を濡らす冷や汗と、精神の奥底まで侵食されかけた強烈な疲労感。もしあと数秒でも遅れていれば、彼女は完全に理性を失い、目の前にいるリンやイサムを、その手で斬り捨てていたかもしれない。
「雅さん……!」
地面にへたり込んでいたリンが、熱を帯びた手のひらを擦りながら、慌てて雅の元へと駆け寄った。
「大丈夫!? 意識はしっかりしてる? どこか痛むところは……!」
「……問題、ない。すまない、リン。お前を……危険な目に遭わせた」
雅は顔を上げ、気丈に振る舞おうとするが、その顔色は蒼白だった。 狐の耳は力なく伏せられ、瞳にはまだ呪いの名残である微かな恐怖が揺らいでいる。
「謝らないでよ! 雅さんが必死に刀を抑え込んでくれたから、私、無事だったんだし!」
リンは雅の背中を優しくさすった。 そして、二人の視線は自然と、彼らを救ったもう一人の人物へと向けられた。
「……ってぇぇ……。マジで、冗談じゃねえぞ、あのクソ刀……」
数歩離れた場所で、イサムは瓦礫の上に大の字になって倒れ込んでいた。 彼の身体は、今まさに限界を迎えていた。無尾から溢れ出た特級のエーテルを直接その身に引き受けた影響は凄まじく、彼の首元から腕にかけて這う青い結晶は、かつてないほど凶悪に肥大化し、不気味な脈動を打っている。
新雪のように真っ白だった髪は、過酷なエーテル吸収の反動で汗に塗れ、痛々しさを放っていた。
「イサム……! あんた、その身体!」
「平気、平気だっての……。ちょっと、キャパオーバーしただけだ……」
リンが血相を変えて駆け寄ろうとするのを、イサムは片手を上げて制した。 彼は重い身体をゆっくりと起こすと、首元の結晶を軋ませながら、雅の方へと向き直った。
ここまでして自分の素性を隠し続ける意味はないと思い、
顔の半分を覆っていた黒いテックマスクに手をかけ、それをゆっくりと外した。
現れたのは、あの日と変わらない、どこか悪戯っぽさを残した青年の素顔。 白く染まりきった前髪の奥で、彼の瞳だけは、昔のままの優しさと陽気な光を宿していた。
「よお。……久しぶりだな、雅」
飾らない、いつもの口調だった。 『晩鐘のハサン』としての冷酷なレイダーの声でもなく、正体を隠そうとする強がりの声でもない。あの日の太陽の下で、共に木刀を振るっていた幼馴染としての、不器用で、底抜けに明るい声。
雅は、言葉を失った。 目の前にいる真っ白な髪の青年。彼がこれまで、どれほどの痛みをたった一人で背負い、どれほどの孤独な夜をこの暗闇の中で過ごしてきたのか。 その傷だらけの姿を直視し、雅の瞳から、堪えきれずに一筋の涙がこぼれ落ちた。
「……お前は」
雅は震える足に鞭打って立ち上がり、イサムのもとまで歩み寄り体を預けた。
「お、おい…雅」
「お前は……本当に、昔から変わらないな」
顔は見えない、でも雅は怒っているような、泣き出しそうな、ひどく感情の揺れ動く声だった。
「いつも自分のことを後回しにして、馬鹿みたいに笑って……。自分がボロボロになることには無頓着で、誰かを守るためなら、平気で命を投げ出す。……あの夜からずっと、お前は一人でそんな無茶を続けてきたのか」
「あはは……まあな。でも、お前も変わってないぜ、雅」
イサムは痛む右手を持ち上げ、雅の頭にポンッと乗せた。
「一人で全部背負い込んで、眉間に皺寄せてさ。……お前が新エリー都を守るために頑張ってるのは知ってるけど、たまには誰かに頼れよな。こんなヤバい刀、一人で抱え込んでたら、いつか本当に壊れちまうぞ」
「……誰のせいだと思っているのだ、この大馬鹿者が」
雅はイサムの手を払いのけることはせず、ただ静かに、その温もりを確かめるように目を伏せた。
再会の余韻。
十数年の時を経て、ようやく二人の時間が再び交わった瞬間だった。
だが、ホロウの暗闇は彼らに感傷に浸る時間を長くは与えてくれなかった。
グルルルル……ッ!
周囲の暗闇から、無数の不気味な唸り声が響き始めた。 先ほどの無尾の暴走によって空間のエーテル濃度が急激に跳ね上がったことで、浅層にいたエーテリアスたちが一斉に彼らの元へと引き寄せられてきたのだ。
「……マズいな。俺、今はあんまり大剣振るえそうにないぜ。痛みがピークでさ」
イサムが苦笑いしながら大剣に手を伸ばすが、腕がうまく力が入らない。 雅がスッと前に出て、彼を庇うように立ち塞がった。
「お前は休んでいろ。……と言いたいところだが、今の私ではこいつらを全て捌き切るのは難しい。無尾の鞘が壊れている以上、抜刀すれば再び呪いが暴走する危険がある。……素の剣術だけで切り抜けるには、数が多すぎるな」
雅が腰の予備の小太刀に手をかけ、厳しい表情で周囲を睨みつける。 絶体絶命の包囲網。 しかし、ここでパンッ!と威勢よく両手を叩く音が響いた。
「二人とも、諦めるのはまだ早いよ!」
リンだった。彼女は手元の端末を天に掲げ、不敵な——プロキシとしての誇りに満ちた笑顔を浮かべていた。
「雅さんが刀を抑え込んでくれたおかげで、さっきのデータ収集の続き、完璧に終わってるの! このホロウの地形データと、浅層へ抜ける最短の『正解ルート』は、もう私の頭の中に入ってる!」
「リン……!」
「私はパエトーン。伝説のプロキシだよ。……戦闘は二人に任せる。でも、ここから生きて帰るための道案内(ナビゲート)は、絶対に私に任せて!」
リンの力強い宣言に、イサムと雅は顔を見合わせ、同時にふっと笑みをこぼした。
「聞いたか、雅。最高の相棒の言葉だぜ。……ついて来れるか?」
「愚問だな。私を舐めるなよ」
雅の瞳に、再び鋭い剣士の光が宿る。 呪われた妖刀の力など必要ない。彼女には、幼い頃から血の滲むような鍛錬で培ってきた『星見』の純粋な剣術がある。 そして何より、今は隣に、背中を預けられる幼馴染と、絶対の信頼を置ける導き手がいるのだから。
「行くよ、二人とも! まずは三時の方向、崩れたビルの隙間へ走って!」
リンの指示を合図に、三人は一斉に駆け出した。
「——シィッ!!」
雅が小太刀を抜き放ち、前方を塞ぐエーテリアスの群れに流星の如き速度で突っ込む。 無尾の圧倒的な破壊力はない。しかし、彼女の剣閃は極限まで無駄が削ぎ落とされており、敵の急所を的確に、かつ芸術的なまでの美しさで穿っていく。 迫り来る化け物たちの腕が飛び、首が落ちる。
「すっげえ……。やっぱりお前、天才だな」
「無駄口を叩いている暇があるなら、足を動かせ!」
イサムは激痛を堪えながら、大剣を盾のように構えてリンの背後を守り、彼女の歩幅に合わせて進んでいく。
『次は右! 空間の歪みがあるけど、気にせず飛び込んで!』
インプラントの通信が使えないため、リンは直接声を張り上げて指示を出す。 刻一刻と変化するホロウの地形。崩落する瓦礫。迫り来るエーテリアスの増援。 それらすべてを、リンは即座に計算し、「右」「左」「跳べ」「止まれ」と、魔法のような的確さで二人を導いていく。
「そこ、3秒後に床が抜ける! 雅さん、壁を蹴って上に!」
「承知!」
雅が軽やかに壁を駆け上がり、上空から襲いかかってきた飛行型のエーテリアスを小太刀で一閃する。 その隙に、イサムがリンの身体を片手で抱え上げ、崩れ落ちる床を間一髪で飛び越えた。
「ナイス、イサム! あと少し……あの光の向こうが、現実世界の座標だよ!」
リンの指差す先。赤黒い空間の奥に、郊外(アウターリング)の荒野の景色が、まるで蜃気楼のように歪んで見えていた。 しかし、その出口を塞ぐように、先ほどの銃撃戦で巻き込まれた傭兵たちの成れの果て——重装甲のエーテリアスが立ち塞がった。
「チッ、硬そうなのが立ち塞がりやがって……!」
イサムが忌々しげに舌打ちをする。 雅の小太刀では、あの分厚い装甲を断ち切るには質量が足りない。
「……イサム!」
雅が叫んだ。
「お前のその馬鹿でかい剣、一振りだけならできるか!」
「へっ……当たり前だろ! 誰に聞いてんだ!」
二人の間に、言葉以上の打ち合わせは必要なかった。 雅が最速の踏み込みで重装甲エーテリアスの懐に潜り込み、その強固な装甲の関節部分——もっとも脆い一点に向かって、小太刀の柄を全力で叩き込んだ。
「ここだッ!!」 「おらァッ!!」
雅が作り出した一瞬の隙と、装甲の綻び。 そこに向かって、イサムが最後の力を振り絞り、蒼白の『火炎』を纏わせた大剣を全力で振り下ろした。
ドゴォォォォンッ!!!
凄まじい衝撃音と共に、重装甲エーテリアスが真っ二つに両断され、青い炎に包まれて消滅する。 その爆発の勢いを利用して、雅がリンの手を引き、イサムが二人の背中を押すようにして、空間の亀裂へと飛び込んだ。
* * *
「はっ……ぁあっ……!!」
ザザーッという砂埃の音と共に、三人はアウターリングの赤茶けた大地へと転がり出た。 容赦なく照りつける太陽の光。乾いた風。そして、肺を満たす現実世界の空気。
「で、出られた……! 私たち、生きてホロウから出られたよ!」
リンが咳き込みながらも、歓喜の声を上げて空を見上げる。 その横で、雅は静かに小太刀を鞘に収め、緊張の糸が切れたようにふっと息を吐き出した。
「ああ……お前の見事なナビゲートのおかげだ、プロキシ。感謝する」
「へへっ、どういたしまして!」
そして二人は、後ろで大の字になって倒れ込んでいるイサムの方を振り返った。
「おい、イサム。大丈夫か?」
「……ああ。最高に痛いけど、最高に気分がいいぜ」
真っ白な髪を砂埃にまみれさせながら、イサムは空を見上げてにかっと笑った。
絶体絶命の危機を、それぞれの持つ力で補い合い、乗り越えた三人。 だが、彼らの戦いはここで終わりではない。 この郊外のどこかで、アキラと邪兎屋、そして彼らが追う真の黒幕ジャスティン・ブリンガーが、次なる陰謀の火種を燃やしているはずなのだから。
「で、出られた……! 私たち、生きてホロウから出られたよ!」
アウターリングの赤茶けた大地に転がり出たリンは、歓喜の声を上げて空を仰いだ。
容赦なく照りつける太陽と乾いた風が、肺の奥にこびりついたホロウの淀んだ空気を洗い流してくれるようだった。雅とイサムも安堵の表情を浮かべている。
だが、極限の緊張状態から解放された瞬間、リンの身体に異変が起きた。
「あれ……なんか、急に視界が……」
グラリ、と世界が揺れた。
先ほどまで無尾の暴走による高濃度エーテルの嵐を直接浴びていたのだ。イサムが限界まで吸い上げてくれたとはいえ、プロキシの生身の身体が耐えられる負荷をとうに超えていた。
「リン……!」
雅の鋭い声が遠く聞こえたのを最後に、リンの意識はふつりと途絶え、深い闇へと落ちていった。
* * *
「……どうだ、修復はできたか?」
『……メイン機能、再起動します』
遠くで、兄の声と機械的な電子音が聞こえた。
リンは重い瞼をゆっくりと押し上げた。視界に飛び込んできたのは、ひび割れた岩肌と、簡易テントの天井。どうやら郊外のどこかに設営された野営地のようだった。
「おぉーー、店長が目を明けたぜ!」
「ようやくのお目覚めね。死ぬほど疲れたわ」
ビリーの陽気な声と、ニコの呆れたようなため息が聞こえる。
身体を起こそうとすると、ズキリとした痛みが走った。
「うっ……」
「アンビー、委員長、あんたたちは平気? 」
「ふぅ…私は平気。 猫又、そこのケースに水が入ってるから持ってきて」
ニコがテキパキと指示を出す中、猫又がすばしっこくペットボトルを運び、アンビーがそれをリンに手渡した。
「やっと起きてくれた。気分はどうだ? 吐き気はないか? それか、身体の他の場所は……」
「あれ……目の機能が、全部回復してる」
リンは驚いて自分のインプラントに触れた。
「まだ頭痛と目眩がするけど。あと、なんかみぞおちが痛くて、ほっぺと口の周りがヒリヒリする……。私、本当にホロウから出られたの? これ、夢なんかじゃないわよね?」
リンの問いに、ニコが腕を組んでふんっと鼻を鳴らした。
「あんたはもう、とっくにホロウの外よ。もしこれで意識がはっきりしなかったら、あんたの片割れが私をホロウに蹴り込んでたわね」
『お帰りなさいませ、マスター』
傍らに置かれたイアスのスピーカーから、フェアリーの無機質な声が響いた。その後ろから、アキラの安堵しきった声も聞こえる。
『リン! 本当に……本当によかった。フェアリーがイアスを通して、君のインプラントを調整してくれたんだ』
『対ホロウ6課責任者、星見雅があなたたちをホロウから連れ出したのは、約30分前のことです』
フェアリーが淡々と状況を報告し始める。
『その時点で検査した結果、あなた様は致死量寸前のエーテルエネルギーに暴露しており、部分的な侵食症状を発症していました。ホロウ離脱後も拒絶反応が進行して合併症を引き起こし、深刻な心肺停止状態に陥る可能性があったため、邪兎屋と対ホロウ6課により、専門的な蘇生措置が試みられ——』
「そ、その辺でいいってば!」
ニコが慌てたようにフェアリーの言葉を遮った。
「とにかく、命の危機だったから緊急でやることをやっただけよ! 以上! 戻ったらすぐ病院に行って、ちゃんとした侵食治療を受けなさいよね」
「ニコ……。ありがとう」
リンは水を一口飲み、渇いた喉を潤した。
周囲を見渡すと、邪兎屋の面々だけでなく、第6課の月城柳、浅羽悠真、蒼角の姿もあった。彼らは武装を解き、少し離れた場所で休憩している。
「第6課の人たちと、仲直りしたんだね」
「まあね。いろいろあったのよ。共通の敵がいれば、昨日の敵は今日の友ってやつよ」
ニコが肩をすくめる。
リンはハッとして、周囲を見回した。
「ところで、雅さんは? それに、イサムも……!」
「私に、心配は無用だ」
テントの入り口の布がめくられ、漆黒の軍服に身を包んだ星見雅が姿を現した。
その隣には、頭に包帯を巻き、首元の結晶を沈静化させるための特殊な冷却シートをベタベタと貼られたイサムが、苦笑いを浮かべて立っていた。
「よお、リン。目が覚めたか」
「イサム! その身体……」
「今度こそ、本当にただの筋肉痛だぜ。第6課のお堅い連中が、上等な医療キットを持ってて助かったわ」
イサムはいつものように強がって笑ったが、その顔色はまだ蒼白だった。
雅が、呆れたようにため息をつく。
「新雪のように真っ白な髪をして、何を強がっている。……だが、今度ばかりはこいつに救われた。私も、無事だ。今度こそな」
「さすがですね、課長。侵食でぶっ倒れた民間人を抱えて、さらにあんな大立ち回り。それで自分には侵食の『し』の字もないんですから」
悠真が背伸びをしながら、感心したように声をかける。
「浅羽隊員。捕虜から自白は引き出せましたか?」
「一応は吐きましたけど、大した情報じゃないですね。唯一裏付けが取れたのは、僕らの推測が正しかったってことくらいですかね」
悠真の言葉に、リンは首を傾げた。
「ねえ、さっきから全然話についていけてないんだけど……」
「私が説明するわ」
ニコがリンの前にしゃがみ込み、真剣な表情になった。
「車がホロウに落ちた後、私たちは重武装の傭兵集団に囲まれて、そっちに対処せざるを得なかったの。そしたら、ドンパチやってる最中に第6課の連中が現れたってわけ」
「悪い傭兵たちは私たちを追いかけてて、私たちはボスを追いかけてたの」
猫又が尻尾を揺らしながら補足する。
「ボス(リンたち)はホロウに落っこちちゃったけど、ちょうど邪兎屋のお姉さんたちが包囲されてたんだよ」
「ええ。とにかく手一杯だったから、その場は共闘して傭兵どもを撃退したわ。私たちはあんたを探す準備を始めたけど、ちょうどそこへ、雅たちから通信があったのよ。あんたたちが無事にホロウから抜け出してきたってね」
ニコはため息をつき、言葉を続けた。
「で、さっきの『捕虜』の話だけど。私たちに喧嘩を吹っかけてきた奴らから、情報を引き出さないといけなかったのよ」
「情報って……まさか、パールマンさん?」
「そう」
柳がタブレットを操作し、リンに画面を見せた。
「ビジョンコーポレーションの一件の重要参考人であり、取引を求めていた証人のパールマンですが、彼はあなたと同じ車に乗っていました。車が破壊され、あなたがホロウに転落した一方で……彼は、我々を襲撃したブリンガーの一団によって、連れ去られたのです」
「連れ去られた……?」
リンは眉をひそめた。
「ちょっと待って。黒幕のブリンガーやサラの目的が、ビジョンのスキャンダルを闇に葬ることなら、パールマンがいない方がよっぽど都合がいいよね? ホロウに落として見殺しにするか、その場で殺せばよかったはず。どうしてわざわざ、生かして連れ去るの?」
その疑問に、テントの中の空気が重くなった。
「それが、我々も気にかかっている点です」
柳が眼鏡のブリッジを押し上げる。
「もし彼らの目的が単なる『口封じ』ではないとしたら。パールマンを生かしておく理由……あるいは、パールマンの身柄を利用して、別の何かを企んでいるとしか思えません」
『……エリクサーP07』
アキラの低い声が響いた。
『地下室でパールマンさんが言っていた、高濃度エーテルを使った生体兵器の実験。もし、彼自身がその実験の「鍵」だとしたら……』
「クソッ。新エリー都のトップが、どこまで狂ってやがるんだ」
イサムが忌々しげに舌打ちをし、大剣の柄を強く握りしめた。
「リン、もうしばらく身体を休めるんだ。侵食のダメージに郊外からの長距離移動、どちらも君の身体にとって酷なはずだ」
『賛成します。ホロウ内をガイドする上で、マスターの健康は必須です。十分な休息を取るか、強烈な刺激によりアドレナリンを分泌させることを推奨します』
アキラとフェアリーの気遣いに、リンはふっと笑みをこぼした。
「安心してお兄ちゃん、フェアリーのおかげで、もうすっかり大丈夫だよ。本当だって。それより……正体不明の奴らに攫われちゃったパールマンさんを、早く取り返さないと」
「ああ。……今度こそ、私が奴らの目論見をすべて断ち斬る」
雅が静かに、だが確かな決意を帯びた声で宣言した。
彼女の視線は、隣に立つ真っ白な髪の幼馴染——イサムへと向けられていた。もう二度と、彼ひとりに痛みを背負わせはしない。
新エリー都の闇を巡る、邪兎屋、パエトーン、第6課、そしてイサムの共同戦線。
彼らの次なる目標は、ジャスティン・ブリンガーの野望を完全に打ち砕くための、反撃の狼煙を上げることだった。
本日も2回行動