セレスちゃんねる ~TSして四百年、異世界の英雄が地球へ生配信を始めました~ 作:セレスちゃんねる
第二回LIVE配信を終えてから、エルセリアでは二日ほどが経過していた。
その間、私は王都の冒険者ギルドを訪ね、マティアス様からご相談いただいたダンジョンについて、詳しい報告を確認していた。
今回の調査対象は、王都から少し離れた山間部にあるダンジョンだ。昔から冒険者たちが探索している比較的安定した場所で、私も随分と昔に訪れたことがある。
ところが先日、未知の通路と異常な魔力反応が確認され、本来そこには現れないはずの強力な魔物まで出現したという。先遣隊は魔物を討伐したものの、さらなる危険を考えて探索を打ち切り、全員無事に帰還している。
報告書に記されていた魔物は、私もよく知っている種類だった。通常ならもっと魔力濃度の高い場所に生息しているはずなので、あのダンジョンに現れたというのは確かに不自然だ。
「……それにしても、興味深いですねぇ」
未知の通路に魔力の異常、そして生息域の異なる魔物。これだけの変化が同時に起きているとなると、何らかの原因があると考えるべきだろう。
私はギルドの担当者と調査内容や報酬を確認し、王国とギルドからの正式な依頼として引き受けることにした。
幸い、今すぐ救助が必要な方はいない。問題の区画も立ち入りが制限されているため、必要な準備を整えた上で調査へ向かうことになった。
また、せっかくの機会なので、地球の皆さんにも冒険者のお仕事をご紹介できないか相談してみたところ、公開する情報や撮影範囲に気をつければ問題ないとのお返事をいただけた。
そんなわけで、今日の私は王都の冒険者ギルドの前に来ていた。
「さて、久しぶりに冒険者のお仕事ですね。今回はどんなものが見つかるのか、楽しみです!」
目の前に建つのは、立派な石造りの建物だ。正面には剣と盾を組み合わせた意匠の看板が掲げられ、開け放たれた扉からは冒険者たちの賑やかな話し声が聞こえてくる。
まだ朝の早い時間だけれど、これから仕事へ向かう方々で、建物の中はずいぶん賑わっているようだった。
昔は私も、こうして朝早くから依頼を探しに来たものだ。仲間たちと掲示板の前で相談したり、仕事を終えた帰りに食事を楽しんだりと、思い返せば懐かしいことがたくさんある。
そんなことを考えながら、私は手首の腕輪へ視線を落とした。
前回のLIVE配信が終わってから、こちらでは既に二日ほど経過しているけれど、地球側ではまだ一時間半ほどしか経っていないはずだ。
普通ならもう少し間隔を空けるところなのかもしれない。でも、今回は皆さんにも興味を持っていただけそうなお仕事なので、思い切って突発配信にしてみることにした。
前回の配信でも冒険者ギルドを見たいというコメントがあったし、せっかくなら実際のお仕事の様子までご紹介したい。
「ふふっ。皆さん、驚くでしょうか」
私は少しだけ悪戯っぽい気分になりながら、腕輪に組み込んだ配信術式を起動し、第三回LIVEの配信を開始した。
◇ ◇ ◇
その少し前、地球では第二回LIVE配信の興奮がまだ冷めていなかった。
美しい王都の朝市から始まり、王城の内部を見学し、最後には国王夫妻まで登場するという、盛りだくさんの配信だったのだ。
終了から一時間半ほどが経過した今も、SNSや掲示板ではセレスティアの話題が続いていた。
『王様が普通に出演してきたの、何度見ても笑う』
『王妃様のあの言い方、絶対なんかあっただろw』
『国王の子供の頃から知り合いって、セレスちゃん何歳設定なんだよ』
国王夫妻の登場は大きな話題となり、セレスティアとの関係を考察する者や、王城の景色を何度も見返す者など、視聴者たちはそれぞれの楽しみ方で配信の余韻に浸っていた。
一方、映像制作に詳しい者たちの間では、別の議論が盛り上がっていた。
『それにしても、あの王都と王城のCG、制作費いくらかかってるんだ?』
『建物だけじゃなくて、通行人や店の商品まで作り込まれてるからな。あの規模なら、相当な予算と時間が必要だと思うぞ』
『最初の動画が公開されてから一週間ちょっとだろ? この短期間であれだけの映像を用意できるものなのか?』
『いや、公開前から何年もかけて制作してた可能性はあるだろ』
確かに、公開前から長い時間をかけて映像を制作していたのであれば、説明はつく。
しかし、それでも疑問は残っていた。セレスティアは視聴者のコメントに応じて行動し、街の住人たちとも自然に会話している。朝市では荷車の荷崩れを咄嗟に魔法で防いでいたし、王城では国王夫妻まで登場した。
あれほど自由度の高い配信を、いったいどうやって実現しているのか。誰もが納得するような説明は、まだ見つかっていなかった。
『もう本当に異世界から配信してるんじゃないか?』
『さすがにそれはないだろw』
『でも、ここまでくると逆にその方が説明しやすい気がしてきた』
『異世界が実在するって話の方が、よっぽど説明難しいだろw』
もちろん、異世界からの配信という説を真剣に信じている者は、まだ少数だった。大半の視聴者は何らかの映像技術によるものだと考えており、異世界説も半ば冗談として語られている。
それでも、最初の動画が公開された頃には笑い飛ばされていた話題が、今ではこうして議論に上がるようになっていた。
そんな中、突然、スマートフォンやパソコンに新しい通知が表示された。
『セレスちゃんねるがライブ配信を開始しました』
つい先ほどまで配信の感想を語り合っていた視聴者たちは、その通知を見て思わず手を止めた。
しかも、表示されているタイトルは『【第3回LIVE・突発配信】冒険者ギルドからダンジョン調査へ!』である。
『は!? もう次の配信!?』
『待て待て、さっき終わってから一時間半くらいしか経ってないぞ!?』
『しかも突発!? 予告なしでもう始まってるんだけどw』
『今度はダンジョンってマジかよ! さっきまで王城だっただろ!?』
『新しいステージまで用意してるのか? どれだけ作り込んでるんだよ……』
『いや、もう本当に異世界なんじゃね?w』
『とりあえず見に行くぞ!』
予告もなく始まった第三回LIVEには、驚いた視聴者たちが次々と集まっていた。
配信ページを開くと、黒い動画画面には「ライブ配信中」の文字が表示され、その横では早くもコメントが勢いよく流れている。どうやら、セレスティア本人の映像はまだ映っていないようだ。
◇ ◇ ◇
【第3回LIVE・突発配信】冒険者ギルドからダンジョン調査へ!
チャンネル登録者数 6.75万人
8,426人が視聴中 ・ ライブ配信中
やがて黒い画面が切り替わり、冒険者ギルドを背景に微笑むセレスティアの姿が映し出された。
◇ ◇ ◇
映像の送信が始まったことを確認して、私はいつものように笑顔で挨拶をした。
「地球の皆さん、こんばんは! エルセリアの大地から、こんにちは! セレスティアです! 今日は急遽LIVE配信をすることにしました。前回からあまり間が空いていませんけれど、またお付き合いいただけると嬉しいです!」
目の前に浮かぶ半透明の配信画面には、早くもたくさんのコメントが流れていた。突然の配信にもかかわらず、こんなに多くの方が集まってくださるなんて、ありがたいですね。
『セレスちゃんきたあああ!』
『こんばんは!』
『いや、早すぎるw』
『さっきぶり!』
『寝ようと思ってたのに通知来たw』
そのコメントを見て、私は思わず目を丸くした。
そういえば、前回の配信は地球時間の夜八時から始めたのだった。そこから一時間ほど配信し、さらに一時間半以上経過しているのだから、今はもう夜も遅い時間になっている。
「あら、もうそんな時間なんですね。遅い時間に突然お邪魔してしまって、すみません。明日もお忙しい方は、どうぞ無理なさらないでくださいね。後からでもご覧いただけますから」
『セレスちゃん優しい』
『大丈夫! 明日休みだから!』
『明日仕事だけど見たいんだよw』
『気遣いありがとう!』
「ふふっ。ありがとうございます。それでは、無理のない範囲で楽しんでいただけると嬉しいです!」
皆さんの温かい反応に頬を緩めながら、私はいつもの調子で言葉を続けた。
「それにしても、お久しぶりですねぇ。こちらではもう二日ほど経っているので、また皆さんとお話しできて嬉しいです!」
『久しぶりじゃないwww』
『まだ一時間半くらいしか経ってないぞ!』
『さっきまで王様と話してただろw』
『って、二日!?』
何気なくそう答えたところ、コメント欄が一段と賑やかになった。そういえば、地球とエルセリアの時間の流れについては、皆さんにまだ詳しく説明していなかったかもしれない。
「実はこちらの世界では、地球の皆さんが一日を過ごしている間に、およそ三十日ほど時間が進むんですよ。ですから、皆さんにとっては一時間半ほどでも、私の方では二日近く経っているんです」
『一日で一か月!?』
『時間の流れまで違うのかよw』
『設定が壮大すぎる』
『じゃあ前回の配信はどうやって会話してたんだ?』
「LIVE配信中は、皆さんとリアルタイムでお話しできるように、時間の流れを合わせているんです。少し大変な魔法なんですけれど、おかげでこうしてお話しできるんですよ」
もちろん、実際にはもう少し複雑な仕組みがある。世界間の時間差を調整するには相当な魔力が必要になるし、今の通信魔法を完成させるまでにも、ずいぶんと試行錯誤を重ねてきた。
ただ、その辺りを詳しく説明し始めると、それだけで一回の配信が終わってしまいそうだ。
『魔法で時間まで合わせてるのかw』
『なるほど、分からん』
『二日経ってるなら準備する時間はあったってこと?』
『いや待て、本当ならすごいこと言ってない?』
「時間の流れについては、また機会があれば詳しくご紹介しましょうか。それより皆さん、今日はいつもと少し違った場所に来ているんですよ!」
私は笑顔で話題を切り替え、撮影の視点を少し後ろへ下げた。すると画面には、大きな石造りの建物と、正面に掲げられた剣と盾の看板が映し出される。
「こちらがグランフェルト王都の冒険者ギルドです! 今日はここで受けたお仕事をしながら、実際の冒険者の活動をご紹介しようと思います!」
『ギルドきたあああ!』
『ファンタジーの定番施設!』
『看板かっこいいな』
『本当に依頼を受けるの!?』
「はい! 王国とギルドから、ダンジョンの調査依頼をいただいたんです。詳しいお話は中でご紹介しますけれど、今日はいつもの観光とは少し違った配信になりそうですね」
皆さんの反応を楽しみながら、私はギルドの入り口へ向かった。
久しぶりの依頼となると、冒険者として活動していた頃を思い出してしまう。あの頃は仲間たちと一緒に各地を歩き回り、依頼のたびに新しい発見があったものだ。
もちろん、今でも旅は大好きだけれど、こうしてギルドのお仕事として出かけるのは、また少し違った楽しさがある。
「それでは皆さん、中へ入ってみましょう!」
◇ ◇ ◇
扉をくぐると、賑やかな話し声と足音が一気に近づいてきた。
広々とした受付ホールにはいくつもの窓口が並び、受付の方々が冒険者たちの応対に追われている。壁際の依頼掲示板には何枚もの依頼書が貼られ、奥の机では地図を広げて相談している一行の姿も見えた。
金属鎧を身につけた剣士らしい方や、杖を携えた魔術師らしい方、旅装束に大きな荷物を背負った方など、服装も装備も実にさまざまだ。
「こちらが冒険者ギルドの受付ホールです。朝はこれから依頼へ向かう方が多いので、いつもこんなふうに賑わっているんですよ」
『うおおお!』
『冒険者ギルドだ!』
『鎧着てる人いる!』
『ゲームの街に入ったみたいw』
私は撮影の視点をゆっくりと動かし、ホール全体の様子をご紹介した。もっとも、ほかの方のお顔や依頼書に書かれた情報などは、必要以上に映さないようにしている。事前にギルドの方と相談し、撮影してよい範囲は確認してあるのだ。
「皆さん、あちらの掲示板をご覧ください。薬草や鉱石の採取、魔物の討伐、商人さんの護衛など、冒険者の方々が受けられる依頼が貼り出されているんですよ」
『クエストボードきたw』
『薬草採取って本当にあるのか』
『セレスちゃんも昔はこういうの受けてた?』
「ええ、もちろんですよ。私も若い頃はいろいろな依頼を受けましたし、採取のお仕事で森を歩き回ったこともありますね」
魔物の討伐だけでなく、珍しい薬草を求めて山奥まで足を運んだり、古い遺跡に残された魔術を調べたり。報酬だけでなく、旅先で得られる知識や経験も、私にとっては大切なものだった。
「冒険者のお仕事というと魔物との戦いを想像する方も多いかもしれませんけれど、人々の暮らしを支えることも大切な役割なんです。依頼によって必要な経験や実力も違いますから、自分に合ったお仕事を選ぶことが重要なんですよ」
『なるほどなあ』
『ちゃんとした職業なんだな』
『でもセレスちゃんの戦闘も見てみたいw』
皆さん、やっぱり魔物との戦闘にも興味がおありのようですね。もっとも、今回の依頼はあくまで調査が目的だ。魔物と遭遇しないのであれば、それに越したことはない。そんなことを考えていると、受付の女性がこちらへ歩み寄ってきた。
「セレスティア様。調査に関する書類の確認が終わりましたので、いつでもご出発いただけます」
「あら、ありがとうございます。お忙しいところ、お手数をおかけしました」
「いえ。こちらこそ、今回の依頼をお引き受けいただき、ありがとうございます」
彼女には事前に撮影への協力をお願いしているので、少しだけ地球の皆さんにもご挨拶していただくことになっている。
「皆さん、こちらは今回お世話になっているギルドの受付の方です。今日は特別に、ご挨拶していただけることになったんですよ」
私が撮影の方向を示すと、受付の女性は少し緊張した様子ながらも、にこやかに微笑んだ。
「遠い世界の皆様、初めまして。グランフェルト王都の冒険者ギルドへようこそ」
『受付のお姉さんきた!』
『よろしくお願いします!』
『美人さんだ』
視聴者から届いた挨拶をお伝えすると、受付の女性も嬉しそうに頷いてくださった。
「ありがとうございます。今回の調査につきましては、事前にお話しした範囲であれば公開していただいて構いません。詳しい調査結果については、お戻りになってから確認させてください」
「ええ、もちろんです。何か分かったら、まずはこちらへご報告しますね」
受付の女性にお礼を告げてから、私は改めて配信画面へ向き直った。
「さて、皆さん。先ほども少しお話ししましたけれど、今回は王国と冒険者ギルドから正式な調査依頼をいただいているんです」
『王国から!?』
『さっきの王様のところ?』
『セレスちゃん、王様と知り合いなだけじゃなくて仕事も頼まれるのか』
「レオンハルト様から直接というより、宰相のマティアス様を通じてご相談いただいたんですよ。ダンジョンで少し気になることが起きているそうなので、調べてほしいというお話なんです」
私は皆さんに、今回の依頼内容を簡単に説明することにした。
「以前から冒険者の方々が探索しているダンジョンで、地図に載っていない通路と、普段とは違う魔力反応が確認されたんです。さらに、本来そこには現れないはずの強力な魔物まで出現したそうなんですよ」
『未知の通路!?』
『隠しエリア発見イベントじゃん』
『強い魔物って大丈夫なの?』
『先に行った人たちは無事?』
「ええ、ご心配なく。先に探索された冒険者の方々は、魔物を討伐して全員無事に帰還されています。ただ、その先に何があるか分からないので、無理をせず撤退されたんですね」
私は一度言葉を切り、皆さんの反応を確かめた。
「ですから今回は、どうしてそんな異常が起きているのか、原因を調べに行こうと思っています。魔物の討伐が目的ではありませんので、まずは現地の様子を確認するところからですね」
『なるほど、調査クエストか』
『セレスちゃん一人で行くの?』
『強い魔物がいるなら危なくない?』
どうやら、私の身を案じてくださっている方もいるらしい。ありがたいことだけれど、私も四百年以上生きてきた中で、いろいろな魔物と戦ってきた。報告にあった種類であれば、対処に困ることはまずないだろう。
それよりも気になるのは、異常な魔力反応の原因だ。そちらについては、実際に調べてみるまで何とも言えない。
「ありがとうございます。でも、私も長く冒険者をしてきましたからね。魔物への対処は問題ないと思いますし、調査も慎重に進めるつもりですよ」
『頼もしいw』
『セレスちゃんってそんなに強いの?』
『そういえば剣持ってるけど戦ってるところ見たことない』
「そうですねぇ。今までの配信では、そういう場面をお見せする機会がありませんでしたからね。剣も魔法も使いますので、必要になれば戦うところもご覧いただけるかもしれませんよ」
『マジ!?』
『ついに戦闘シーン!?』
『セレスちゃんの剣技見たい!』
コメント欄が一気に盛り上がった。
皆さんには少し申し訳ないけれど、できれば何事もなく調査が終わる方がいい。とはいえ、あのダンジョンなら普通の魔物くらいは出てくるだろうし、冒険者のお仕事がどういうものなのか、実際の様子を見ていただくにはちょうどよいかもしれない。
「それでは皆さん、そろそろ出発しましょうか。帰ってきたら、今度は依頼の報告や報酬についてもご紹介できればと思っています!」
私は受付の方々に改めてご挨拶をしてから、ギルドの外へと向かった。
◇ ◇ ◇
冒険者ギルドを出た私は、王都の大通りを歩きながら、地球の皆さんとお話ししていた。
前回の配信では朝市をゆっくり見て回ったけれど、今日はお仕事へ向かう途中なので寄り道はしない。目的地は王都から離れた山間部にあるダンジョンで、普通なら馬車や徒歩で移動することになる場所だ。
「皆さん、今回のダンジョンまでは少し距離があるんです。歩いて向かうとなると、結構な時間がかかってしまうんですよ」
『馬車で移動かな』
『道中も見てみたい!』
『冒険の旅って感じするw』
「道中の景色をご紹介するのも楽しそうですね。ただ、今日は調査のお仕事がありますから、移動にはあまり時間をかけないことにしましょう」
『どうやって行くの?』
『まさかドラゴンさん!?』
「いえいえ。ドラゴンさんに毎回お願いするわけにもいきませんから」
あの方なら、事情を説明すればまた空に乗せてくださるかもしれない。けれど、ダンジョンへ向かうたびにお呼びするのも申し訳ないし、そもそも私には別の移動手段がある。
「今回は、転移魔法を使って移動しようと思います。離れた場所へ一瞬で移動できる、とても便利な魔法なんですよ」
『……え?』
『転移魔法!?』
『今ワープって言った?』
『ファストトラベルあるのかよw』
「ええ、もちろん。ただし、どこへでも自由に移動できるわけではありませんよ。転移先の場所をきちんと把握しておく必要がありますし、魔力も使いますからね」
転移魔法は便利だけれど、決して万能ではない。よく知らない場所へ無理に転移しようとするのは危険だし、移動先の状況を考えずに使えば、思わぬ事故につながることもある。
今回向かうのは、私も以前から知っているダンジョンの近くだ。何度か訪れたことのある開けた場所なので、転移先としても問題ない。
そんな説明をしながら歩いているうちに、私は王都の城門を抜け、街道から少し外れた草原へとやってきた。
周囲には緑の草が広がり、少し離れたところに木々が茂っている。王都へ向かう馬車が遠くに見えるものの、この辺りにはほかの人影もない。
「さて、この辺りなら大丈夫そうですね」
私は足を止め、周囲の安全を確かめてから手首の腕輪へ軽く触れた。
転移魔法そのものは何度も使っているけれど、地球へLIVE配信をしている最中に使用するのは今回が初めてだ。
撮影魔法は私を自動で追いかけるように調整してあるし、転移した際にも撮影位置がずれないよう、事前に術式を確認しておいた。準備は済ませてあるけれど、地球側の画面にどんなふうに映るのかは、私も少し楽しみだった。
『いよいよワープ?』
『どういう演出になるんだろ』
『ロード画面入ったら笑うw』
「ふふっ。皆さんには、少し不思議な光景に見えるかもしれませんね。念のため、移動先の確認もしておきましょう」
私は目を閉じ、転移先の位置を思い描いた。
王都から離れた山あいにある、昔から知っている場所。岩山の裾野には森が広がり、その少し先に、今回調査するダンジョンの入り口がある。
転移先の空間に問題がないことを魔法で確かめながら、周囲の魔力を静かに整えていく。
「それでは皆さん、移動しますよ!」
『おおお!』
『ワープきた!』
『どうなるんだ!?』
「――転移」
短く告げると同時に、周囲の景色が音もなく切り替わった。
つい先ほどまで広がっていた王都近郊の草原は消え、代わりに切り立った岩山と深い森が目の前に現れる。頬を撫でる風の匂いも足元の土の感触も変わり、湿り気を帯びた木々の香りが漂ってきた。
私は慣れた動作で周囲の安全を確かめ、撮影魔法の状態にも問題がないことを確認した。
どうやら、無事に到着できたようですね。
「はい、到着しました! こちらが今回の目的地の近くです!」
笑顔でそう告げたところ、コメント欄には何やら妙な反応が並んでいた。
『は?』
『え?』
『?????』
『ちょっと待ってw』
『今、何が起きた!?』
『景色変わったよな!?』
どうやら皆さん、想像していた以上に驚いていらっしゃるようだ。
私にとって転移魔法は普段から使っている便利な移動手段だけれど、地球の皆さんは実際に見るのが初めてなのだから、無理もないのかもしれない。
「ええ。転移魔法ですから、一瞬で移動するんですよ。ちゃんと目的地の近くに着いていますので、ご安心くださいね」
『いやいやいやwww』
『そういう問題じゃないw』
『さっきまで王都の外にいたよな!?』
『一瞬で山の中になったんだけど!?』
『いや、セレスちゃんの声はずっと繋がってたぞ』
『これ本当にLIVEだよな!?』
なるほど。どうやら皆さんが驚いているのは、単に遠くへ移動したことだけではなく、その様子が映像としてどのように見えたのか、という部分らしい。
確かに、地球には転移魔法がないのだから、目の前の景色が一瞬で変わるというのは想像しにくいのだろう。
「ちゃんと移動できていますよ。ほら、周りも見てみましょうか」
私は撮影の視点を少し高くし、周囲の風景を映し出した。
険しい岩山の裾野には深い森が広がり、その間を細い道が続いている。遠くには山々が幾重にも重なり、朝日に照らされた尾根が青く霞んでいた。
「綺麗な場所でしょう? この辺りは自然が豊かで、季節によって山の景色もずいぶん変わるんですよ」
『景色めっちゃ綺麗!』
『いや、そうじゃなくてw』
『どうして一瞬でここにいるんだよwww』
『マップ切り替えにしても自然すぎない?』
『セレスちゃんが普通に観光案内始めてるの草』
皆さんはまだ転移のことが気になっているようだった。
私にとっては当たり前の魔法でも、地球の方々にとっては珍しいものなのだと、改めて実感できる。転移魔法について詳しく説明する配信をしてみるのも、いつか楽しそうですね。
けれど、今日はダンジョンの調査というお仕事がある。あまり寄り道ばかりしているわけにもいかない。
「転移魔法のお話は、また別の機会にしましょうか。それより皆さん、今日はもう一つ見ていただきたいものがあるんです」
私はそう告げると、岩山の方へ続く細い道を歩き始めた。
木々の間を抜けて少し進むと、大きな岩壁が見えてくる。その一角には、自然にできた洞窟とは少し違う、整った形の入り口があった。
左右には古びた石柱が立ち、暗い通路が岩山の奥へと続いている。周囲の岩肌には長い年月を経たような風化の跡が残っているけれど、入り口そのものは今もはっきりとした形を保っていた。
ここが、今回の調査対象となるダンジョンだ。
「皆さん、見えてきましたよ! こちらが今回調査するダンジョンです!」
私は撮影の視点を入り口へ向け、その全体が見えるように調整した。
『うおおおお!』
『ダンジョンきたあああ!』
『入り口の雰囲気すごい』
『これから中に入るの!?』
地球の皆さんの反応に、私も自然と笑顔になった。
こうして実際のダンジョンをご紹介するのは、なかなか楽しいものですね。地球には魔物が出現するような場所はないのだから、内部の構造や探索の様子にも、きっと興味を持っていただけるだろう。
私は入り口へ近づきながら、周囲に漂う魔力の気配を探ってみた。
今のところ、特に大きな異常は感じられない。通常のダンジョンに見られる魔力の流れも確認できるし、入り口付近の状態は比較的安定しているようだ。
ただ、今回の報告にあった異常は、もっと奥の区画で確認されたものだ。ここから調べただけでは、詳しいことまでは分からない。
「それでは皆さん、これからダンジョンの中をご案内します。普段の探索がどんなものなのかも、できるだけ分かりやすくご紹介しますね!」
私は腰に下げた剣の位置を確かめ、暗い入り口へと足を向けた。
地球の皆さんにとっては初めてのダンジョン探索。私にとっても、久しぶりに正式な依頼を受けて行う調査だ。
未知の通路に、通常とは異なる魔力反応。そして、本来なら現れないはずの強力な魔物。
何が原因なのかはまだ分からないけれど、調べてみれば、きっと何かしらの手がかりは見つかるだろう。
さて、今回はいったい、どんな発見が待っているのでしょうね。