セレスちゃんねる ~TSして四百年、異世界の英雄が地球へ生配信を始めました~ 作:セレスちゃんねる
いただいた感想は一つひとつ楽しく拝見しており、執筆の大きな励みになっています。
今後は個別のお返事に代えて、前書きなどでまとめてお礼をお伝えすることもあるかと思います。また、過去話に大きな修正を加えた場合なども、こちらでお知らせしていく予定です。
それと、ご指摘いただいたセレスの「ふふっ」についてですが、口癖のつもりで入れていたものの、改めて読み返すと確かに多かったので、今回から少し控えめにしています(笑)。
良かったところも気になったところも、気軽に感想や評価をいただけると嬉しいです。今後の執筆の励みにもなりますので、引き続きよろしくお願いいたします!
目の前に浮かぶ魔法陣が、ゆっくりと回転している。
幾重にも重なった光の輪には無数の術式が刻まれ、淡い青白い光を放っていた。複雑に絡み合った魔力の流れを慎重に確かめながら、私は指先を動かして術式の一部を書き換えていく。
「……ここをもう少し絞れば、魔力の損失を抑えられるはずなんですけど」
空中に浮かぶ文字列へ指を滑らせると、魔法陣の一部が形を変え、魔力が新しい経路へと導かれていく。先ほどまで不安定だった部分も落ち着き、今度こそ上手くいきそうだ。
ところが、最後の術式を接続した瞬間、魔力の流れが大きく乱れた。
「あっ……!」
慌てて制御を戻そうとしたものの、一度崩れた魔力の均衡は元に戻らず、魔法陣は甲高い音を立てて弾けてしまった。
もっとも、爆発したわけではない。異常が発生した場合には自動的に術式を停止する仕組みを組み込んでいるので、危険はないのだけれど、せっかく組み上げたものが崩れてしまったことに変わりはなかった。
「……うーん。やっぱり、そう簡単にはいきませんねぇ」
小さくため息をつきながら、私は作業机に置いてあった手帳を開いた。
そこには、これまで試してきた術式の構成や実験結果がびっしりと書き込まれている。成功したものもあるけれど、残念ながら失敗した実験の方がずっと多かった。
何しろ、今回取り組んでいるのは、世界間通信魔法の改良なのだ。
もともとはエルセリアにも存在する遠話の魔法を応用し、かつて神々から聞いた世界の仕組みを手がかりに、長い年月をかけて研究してきたものである。
ようやく地球との通信に成功したと思ったら、今度は好きな場所から気軽に配信できるようにしたくなってしまった。世界をつなぐ大掛かりな術式をそのまま持ち歩くわけにもいかないし、魔力の消費もできるだけ抑えたい。
我ながら少々欲張りな気もするけれど、一つの問題を解決すると、今度は別のところが気になってしまうのだから仕方がない。
「でも、そろそろ形にはなってきたんですよね」
手帳をめくりながら、初めてLIVE配信を行った日のことを思い返す。
それ以前から、録画した映像を地球へ届けることはできていた。けれど、リアルタイムで会話をするとなれば、求められる術式の規模も安定性も桁違いだったのである。
あの日は安全性を最優先に、魔力の消費も術式の規模も二の次にした結果、とんでもない量の魔力を使う羽目になってしまった。
実験場所として選んだ高原には巨大な魔法陣をいくつも展開したし、その尋常ではない魔力の動きを感じ取ったドラゴンさんまで、わざわざ様子を見に来てしまった。
「……まさか、あの方までいらっしゃるとは思いませんでしたね」
突然現れた巨大なドラゴンに、地球の皆さんは随分と驚いていた。ドラゴンさんご本人も、私が別の世界と通信していたと知って驚いていたようだったけれど、最後には空の旅にまで付き合ってくださったのだから、本当にありがたいことである。
ただ、次の配信でも同じような騒ぎを起こしてしまっては申し訳ないし、何より毎回あの高原まで足を運ぶのは面倒だった。
初めてのLIVE配信を終えてから、エルセリアでは既に二か月ほどが経過している。地球ではおそらく二日程度しか経っていないはずだけれど、私はその間、ほとんど毎日のように通信魔法の改良へ取り組んでいた。
そこまで熱心に研究を続けているのは、次の配信でもっと色々なものを紹介したいと思っているからだ。
「せっかくですから、今度は街の中を歩いたり、お店を紹介したりもしてみたいですね」
初配信では、街歩きや市場の紹介、魔法や魔導具を見てみたいというコメントがいくつも流れていた。
前回はドラゴンさんのおかげでエルセリアの雄大な自然を紹介できたので、次は人々が暮らす街を案内するのも楽しそうだ。
市場で珍しい食べ物を見つけたり、面白い魔導具を紹介したり、ときには視聴者の皆さんからの質問に答えながら街を歩いたり。そうした光景を想像するだけで、自然と頬が緩んでしまう。
何しろ、私にとっては見慣れた景色でも、地球の皆さんにとっては初めて見るものばかりなのだ。どんなものに興味を持ってくださるのか、今から楽しみで仕方がない。
「……よし。そうと決まれば、もう一度挑戦ですね!」
私は気合を入れ直すと、改めて魔法陣へと向き直った。
術式のどこで問題が起きたのかは分かっている。あとは、その原因を調べて必要な部分を修正すればいい。
……まあ、言うほど簡単なことではないのだけれど。
◇ ◇ ◇
そもそも、世界間通信魔法で最も厄介なのは、映像や音声を送ることそのものではない。
異なる世界同士をつなぎ、時間の流れを合わせながら、安定した通信状態を維持することこそが最大の難題だった。
エルセリアと地球では時間の流れ方が違う。普段はこちらの方がずっと速く時間が進んでいるけれど、LIVE配信中は両方の世界の時間が同じ速さになるように調整しているのだ。
当然、それには莫大な魔力が必要になる。
前回は世界間の接続を確立するため、人里離れた高原に大掛かりな術式を展開していた。一度接続してしまえば、あとは私自身の魔力で維持できるため、ドラゴンさんに乗って遠くまで移動しても問題はなかった。
ただし、新たに配信を始める際には、再びあれほど大掛かりな術式を展開しなければならない。起動のたびに周囲へ異常な魔力反応を発生させてしまうのも困りものだし、何より気軽に配信できないのが難点だった。
そこで私は、世界間の接続を確立するための術式を、安全な場所に常設することにした。
そして、その術式を遠隔操作する機能と、映像や音声を送り出す機能を、小さな魔導具へ組み込むことにしたのである。
これなら高原へ足を運ばなくても好きな場所から配信を始められるし、接続時の魔力を適切に制御すれば、周囲への影響も抑えられるはずだった。
「……さて。今度はこちらを試してみましょうか」
私は机の上に置いてあった、小さな銀色の腕輪を手に取った。
細い金属の輪には青く澄んだ魔石が一つ嵌め込まれている。見た目は普通の装飾品とそれほど変わらないけれど、その内部には私が組み込んだ無数の術式が封じられていた。
今回開発している、携帯用の通信魔導具である。
普通の魔導具であれば、ここまで小さくする必要はない。大きな魔石を使った方が扱いやすいし、術式にも余裕を持たせられる。けれど、街を歩きながら配信したいのだから、邪魔にならない大きさに収めておきたかった。
「うん。やっぱり、このくらいの大きさがいいですね」
腕輪を手首に嵌め、そっと魔力を流し込む。すると、青い魔石が淡く輝き、目の前に半透明の板が現れた。そこには、今まさに私が座っている研究室の光景が映し出されている。
これは地球へ送る映像を確認するための、試験用の表示だった。まだ実際に世界をつないでいるわけではないけれど、映像を取得する部分が正しく動いているかどうかなら、こうして確かめられる。
「……よし。ここまでは問題なさそうですね」
椅子から立ち上がり、試しに部屋の中を歩いてみる。すると、映像は研究室を映したままで、私の姿はすぐに画面の外へ出てしまった。
もちろん、視点を手動で動かせば追いかけられるけれど、実際の配信では、歩いたり魔法を使ったりするたびに操作するわけにもいかない。できれば、私の動きに合わせて自動的に見やすい構図を保ってほしいところである。
「それでは、こちらも試してみましょうか」
私は腕輪に魔力を流し込み、撮影位置を自動調整する術式を起動した。
すると、映像の視点がゆっくりと上昇し、やがて天井近くで動きを止めてしまった。半透明の板には研究室全体と、その中央に立っている白銀の女性の姿が映し出されている。
「……あら?」
思わず首を傾げると、映像の中の私も同じように首を傾げた。
どうやら、周囲の景色を広く映そうとして、必要以上に視点を高くしてしまったらしい。確かに研究室全体を確認するには便利だけれど、肝心の私が随分と小さく映ってしまっている。
「うーん。これでは私の表情がよく見えませんね。もう少し近づけた方がよさそうです」
私は自動調整の設定を少し変更すると、改めて術式を起動した。今度は視点がゆっくりと下がり、私の正面で落ち着いた。試しに左右へ移動してみても、ほどよい距離を保ちながら追いかけてくれる。
「うん。これなら大丈夫そうですね」
鏡とは違って好きな角度から自分の姿を確認できるので、こうして試しているだけでもなかなか面白い。
せっかくなので軽く手を振ってみると、映像の中の私もにこりと笑って手を振った。
「エルセリアの大地から、こんにちは! セレスティアです!」
誰もいない研究室で、少しだけ配信の真似をしてみる。もちろん、今は地球と接続していないので、向こうに私の声が届くこともなければ、コメントが返ってくることもない。
それでも、こうして映像の中の自分へ話しかけていると、初配信のときに届いたたくさんの言葉が思い出される。
『セレスちゃんかわいい!』
『景色すごい!』
『ドラゴンさん優しい』
『また配信してほしい!』
四百年以上を生きてきた私にとっても、あれほど不思議で楽しい経験はそう多くない。遠い故郷の人々と会話できるだけでも嬉しかったのに、まさかあんなにも温かく迎えていただけるとは思っていなかったのだ。
「……ふふっ。また皆さんとお話ししたいですね」
自然と零れた言葉に、初配信のときの嬉しさが蘇ってくる。
長い年月をかけてようやく実現した地球との通信だけれど、いざつながってみると、あれも紹介したい、これも見ていただきたいと、次々にやりたいことが増えてしまった。
配信を始める前は、自分がこんなにも次の機会を楽しみにするようになるとは思っていなかったのだから、不思議なものである。
……もっとも、そこでふと我に返った。
誰もいない研究室で、映像の中の自分へ向かって笑顔で挨拶している。改めて考えると、なかなか恥ずかしいことをしている気がする。
「……まあ、誰もいませんよね」
念のため扉の方へ視線を向けてから、私は確認用の映像を閉じた。この家には私しか住んでいないのだから、誰かに見られる心配などないはずなのだけれど。
……うん。こういうのは、なかなか慣れませんね。
◇ ◇ ◇
それからさらに十日ほど、私は屋外での実験と調整を繰り返した。
庭や近くの森、ときには少し離れた丘まで足を運び、携帯用の術式がどの程度安定して動作するのかを確認していく。
もっとも、最初から何もかも順調だったわけではない。
特に厄介だったのは、私が別の魔法を使った際に、余計な魔力が通信術式へ流れ込んでしまうことだった。
あるときなど、試しに小さな風の魔法を使ってみたところ、映像の視点が突然空高くへ飛び上がってしまったのである。
「あ……! ちょっと、どこへ行くんですか!」
慌てて制御を戻そうとしたものの、確認用の映像には青空ばかりが映し出されている。どうやら視点を制御する術式に、風の魔法で生じた魔力が干渉してしまったらしい。
幸い、すぐに元の状態へ戻すことはできたけれど、これが本番だったら視聴者の皆さんはさぞ驚いたことだろう。
……もっとも、ドラゴンさんに乗って空を飛んだときの反応を思い出すと、案外喜ばれてしまうのかもしれないけれど。
「……いえいえ、そういう問題ではありませんね」
思わず笑ってしまいながらも、私は気を取り直して術式を調整した。
今後は魔法そのものを紹介する機会もあるだろうし、そのたびに映像が乱れていては困ってしまう。そこで、必要な魔力だけを取り込み、余計な干渉を受けないように、魔力の経路を組み直すことにしたのだ。
試験と改良を重ね、ときには一度完成した部分を最初から作り直しながら、少しずつ問題を解消していく。
こうして術式を組み上げていると、昔、まだ魔術を習い始めたばかりだった頃のことを思い出す。あの頃は簡単な術式を一つ覚えるだけでも苦労したものだけれど、できなかったことができるようになる喜びは、今も昔もあまり変わらないらしい。
そうして試行錯誤を重ねた末、ようやく納得のいく動作ができるようになった。
「……よし。今度こそ大丈夫そうですね」
自宅近くの草原で、私は再び腕輪へ魔力を流し込んだ。
目の前に現れた確認用の映像には、周囲に広がる緑の草原と、その向こうに連なる森の木々が映し出されている。
私はそのまま、小さな風の魔法を使ってみた。
柔らかな風が足元の草花を揺らし、長い白銀の髪をふわりと持ち上げる。けれど、今度は映像が乱れることもなく、私の姿と周囲の景色をきちんと映し続けていた。
続いて水や光の魔法も試してみたけれど、どれも問題ないようだった。
「やりました! ようやく成功ですね!」
嬉しくなって、思わず小さく手を叩いた。
世界間の接続には今でも相当な魔力が必要になるけれど、大掛かりな術式を常設したことで、起動時の負担や周囲へ漏れ出す魔力も大幅に抑えられる見込みだ。
少なくとも、腕輪そのものの動作は十分に安定している。異常が発生した場合に安全に停止する仕組みも確認できたので、あとは次の配信で、実際に地球との接続を試してみるだけだった。
「これで、ようやく好きな場所から配信できそうですね」
私は満足げに頷きながら、手首の腕輪を眺めた。
普通に身につけているだけなら、少し洒落た装飾品にしか見えない。映像を取得する術式も周囲からは認識されないようになっているので、配信中に不思議がられることも少ないはずだ。
ただ、一つだけ気になることがある。
「何もないところへ向かってお喋りしていたら、ちょっと変な人だと思われてしまうかもしれませんねぇ」
地球の皆さんには私の姿が見えるけれど、エルセリアの人々からすれば、私が一人で楽しそうに話しているようにしか見えない。街中で突然手を振ったり、誰もいない場所へ向かって質問に答えたりしていたら、多少は不思議がられるだろう。
とはいえ、ここは魔法が当たり前のように存在するエルセリアだ。遠く離れた相手と声をやり取りする魔導具もあるし、独り言を呟きながら術式を調整している魔術師だって珍しくはない。
「まあ、もし何か聞かれたら、遠話の魔法を使っていると説明すればいいでしょう」
嘘ではないし、それ以上詳しく説明する必要もない。そもそも、私としてはこの魔法を一般に広めるつもりもなかった。
遠く離れた大勢の人々へ同時に映像を届け、言葉をやり取りできるというのは、使い方によっては厄介なことにもなりかねない。研究そのものは楽しかったけれど、だからといって何でも世の中に広めればよいというものではないのだ。
私がやりたいのは、もっと気楽なことである。地球の皆さんとお喋りをして、エルセリアの景色を紹介して、一緒に楽しい時間を過ごす。
今は、それだけで十分だった。
こうして、二か月以上に及んだ通信魔法の改良作業は、ようやく一区切りを迎えた。残すは、次の配信で実際に地球との接続を確かめることだけである。
◇ ◇ ◇
翌日。
私は自宅の居間でお茶を飲みながら、一冊の地図帳を広げていた。
そこには、エルセリア各地の国々や都市、街道、山脈などが細かく描かれている。四百年以上も旅を続けてきた私にとっては、大抵の場所が見覚えのある土地だけれど、こうして地図を眺めながら次の行き先を考えるのは楽しいものだった。
「うーん……どこがいいでしょう?」
初配信ではドラゴンさんのおかげで雄大な自然を紹介できたので、今度はもう少しゆっくりと、街や建物を見て回りたいと思っている。
観光名所を巡ったり、珍しいものを紹介したり、ときには美味しいものを食べたり。視聴者の皆さんから質問をいただいたら、それに答えながら街を歩いてみるのも面白そうだ。
私にとっては何度も訪れた場所でも、地球の皆さんと一緒なら、また違った楽しみ方ができるかもしれない。
「せっかくですから、皆さんにも旅行しているような気分になっていただきたいですね」
そうなると、行き先は慎重に選びたいところだった。
例えば、東の大陸にある水上都市。幾つもの運河が街中を流れ、白い橋と色鮮やかな建物が並ぶ、私のお気に入りの街だ。
ただ、最初に投稿した動画でも似たような街並みを紹介しているので、今回は少し違う景色の方がいいかもしれない。
それなら南の港町はどうだろう。青い海に面した港には多くの船が集まり、市場には遠方から運ばれた珍しい品物が並ぶ。魚介料理も美味しいし、観光先としては申し分ない。
もっとも、海の景色なら前回の空中散歩でも紹介しているのだ。
他にも森の中に築かれた都市や、古代文明の遺跡が残る街、魔術師たちが集まる学術都市など、候補を挙げればきりがない。
「……困りましたねぇ。行きたいところが多すぎます」
どこへ行ってもきっと楽しい。それは間違いないのだけれど、候補が多すぎて決められないというのも、何だか贅沢な悩みだった。
いっそのこと、視聴者の皆さんに行き先を選んでもらうのも面白いかもしれない。けれど、今回はまだ二回目の配信なので、まずは誰が見ても分かりやすい場所から紹介した方がいいだろう。
初配信では、ドラゴンや魔法、冒険者といったものに随分と盛り上がっていた。それなら、いかにもファンタジーらしい街並みや建物にも興味を持ってくださるのではないだろうか。
例えば、大きなお城とか。
「……あら。それなら、いい場所がありますね!」
私は地図の上で指を動かし、ある王国の都に目を留めた。
そこは、広い川に沿って白い石造りの建物が立ち並ぶ、歴史ある王国の都だった。
街の中心には壮麗な王城がそびえ、その周辺には賑やかな市場や美しい庭園が広がっている。人々の暮らしを紹介するにも、いかにもファンタジーらしい景色を楽しんでいただくにも、申し分のない場所だ。
何より、あの王城の庭園から眺める王都の景色は、私も気に入っている。
「そうそう。あそこなら、きっと喜んでいただけそうです!」
私は思わず手を合わせた。
あの王都には何度も足を運んだことがあるけれど、考えてみれば、観光という目的で歩き回ったことはあまりないかもしれない。知り合いに会いに行ったり、用事を済ませたり、ときには買い物をしたりするくらいだった。
だからこそ、今度は地球の皆さんと一緒に、改めて街を見て回るのも楽しそうである。
大通りに並ぶ商店や市場の露店、街角で売られている焼き菓子、それから人々の暮らしを支える魔導具。そうしたものを紹介しながら歩けば、エルセリアの日常も少しは伝わるのではないだろうか。
特に、市場は外せませんね。せっかくなら美味しいものも色々と紹介したいけれど、画面の向こうの皆さんに食べていただくことはできないので、私が味をお伝えすることになる。
……そう考えると、責任重大ですね。美味しいものを食べるのは得意でも、その美味しさを上手く説明できるかどうかは、また別の話である。
これは事前に少し練習しておいた方がいいかもしれない。そんなことまで考えているうちに、すっかり気持ちは次の配信へ向かっていた。
「よし。ここにしましょう!」
ようやく行き先が決まり、私は地図に記された王都の名前を改めて眺めた。ただ、一つだけ考えておかなければならないことがある。
王都の街中ならともかく、王城は誰でも自由に入れる場所ではない。庭園や広間など、来客に公開される場所はあるけれど、王族の私室や執務に関わる区域まで勝手に紹介するわけにはいかないだろう。
通信魔法が周囲から見えないとしても、だからといって何でも自由に映していいわけではない。王城には他国へ知られてはいけない情報もあるだろうし、私の配信が原因で迷惑をかけるようなことは避けたかった。
「その辺りは、ちゃんと相談しておかないといけませんね」
幸い、あのお城には昔からの知り合いがいる。
事情を説明すれば、王城のどこを案内してもよいか、一緒に考えてくれるだろう。もちろん、無理をお願いするつもりはないし、難しいようなら外から眺めるだけでも十分である。
でも、せっかくなら、あの美しい庭園も皆さんに見ていただきたいところだった。
「……そういえば、あの子に会うのも久しぶりですねぇ」
ふと、懐かしい顔が思い浮かんだ。
初めて会った頃は、まだ随分と小さかった。それが今ではすっかり立派な大人になり、忙しい立場になってしまったのだから、時間が経つのは早いものである。
もっとも、私の中ではどうしても昔の姿の印象が強く残ってしまっている。
最後に会ったときには、もう子供扱いしないでほしいと、少し困ったような顔をされてしまった気がするけれど。
……うん。今度こそ気をつけないといけませんね。そんなことを考えながら、お茶をもう一口飲む。
そういえば、あのお城では昔から美味しいお茶を出していただいていた。久しぶりに訪ねれば、また一緒に飲むことができるだろうか。
「これは、早めに出かけた方がよさそうですね」
私はお茶を飲み干すと、広げていた地図帳を閉じた。
まずは王城を訪ねて、昔馴染みに挨拶をしておこう。その際に配信のことも相談して、どこまで紹介してよいか確認しておけば安心だ。
それから王都の下見をして、配信でご案内する場所を考えることにしよう。以前訪れたときから街の様子も変わっているだろうし、新しいお店ができているかもしれない。
せっかくなら、そうした発見も地球の皆さんと一緒に楽しみたいところだった。
もちろん、相談が済んでから配信するつもりなので、今回はまだ地球の皆さんには何もお知らせしていない。
けれど、きっとまた驚いてくださるだろう。
初配信では、ドラゴンさんの背中からエルセリアの雄大な自然を紹介した。今度は立派なお城と賑やかな王都、そしてそこで暮らす人々の日常をご案内するのだ。
「それでは、明日にでも出発しましょうか!」
椅子から立ち上がった私は、窓の外へ視線を向けた。
庭には色とりどりの花が咲き、木々の向こうには澄んだ青空が広がっている。次の配信も、こんな良いお天気になってくれると嬉しい。
地球の皆さんは、今頃何をしているのだろう。
こちらでは二か月以上が過ぎたけれど、向こうではまだ数日しか経っていないはずだ。私がこうして研究に没頭している間も、皆さんは普段どおりの生活を送っているのだろうと思うと、何だか不思議な気持ちになる。
「……また、お会いできるのが楽しみですね」
もちろん、今は通信魔法を起動していないので、この声が地球へ届くことはない。それでも、次の配信で皆さんがどんな反応をしてくださるのか想像していると、自然と笑顔になってしまうのだった。
こうして、私の二度目の配信先は決まった。
目的地は、とある王国の王都。そして、その中心にそびえる美しい王城である。