セレスちゃんねる ~TSして四百年、異世界の英雄が地球へ生配信を始めました~ 作:セレスちゃんねる
転移魔法の光が収まると、目の前には見覚えのある街道が広がっていた。
「やっぱり転移魔法は便利ですねぇ」
私は軽く伸びをしながら、遠くに見える白い城壁へ視線を向けた。
あれが、今回の目的地であるグランフェルト王国の王都だ。
自宅からは相当な距離があるけれど、転移魔法を使えば一瞬で到着できる。急いでいるときにはありがたい魔法なのだが、旅好きの私としては、少しばかり物足りなさも感じてしまう。
長い街道を歩きながら景色を眺めたり、途中の町で美味しいものを見つけたりするのも、旅の楽しみというものである。思いがけない出会いから予定になかった冒険が始まることだってあるのだから、そうした楽しみをすべて飛ばしてしまうのは、何だかもったいない気がするのだ。
「……まあ、今回は早めに用事を済ませたいですからね。今度はゆっくり旅をしましょう」
そんなことを考えながら、私は王都へ続く街道を歩き始めた。
ちなみに、わざわざ城壁の外へ転移したのは、突然街中に現れて人々を驚かせないためである。王都には警備を担う方々もいるのだから、面倒をかけないよう、きちんと城門を通った方がいいだろう。
もっとも、私には以前王家からいただいた特別通行章がある。
王家の紋章が刻まれた小さな銀色の徽章で、これを見せれば身元を保証していただけるというものだ。長いこと使っていなかったけれど、城門の衛兵さんは徽章を確認すると、すぐに通してくださった。
……少し驚かれていたようだけれど、王家が直接発行する通行章なのだから、それも当然かもしれない。
「さて。それでは、まずは王城へ向かいましょうか」
王都の大通りには相変わらず多くの人々が行き交い、商人たちの威勢のよい呼び声が響いていた。どこからか香ばしい匂いも漂ってきて、つい足を止めたくなってしまう。
けれど、まずは王城で用事を済ませなければならない。街をゆっくり見て回るのは、その後にしよう。
そう決めていたはずなのに、焼きたてのお菓子を並べた露店が目に入ったときには、思わず足が緩んでしまった。
「……いえ。まずはご挨拶が先ですね」
少々残念ではあるけれど、お店が逃げるわけでもない。
私は後ろ髪を引かれる思いで露店の前を通り過ぎ、王城へ続く大通りを歩いていった。
◇ ◇ ◇
王城の正門には、立派な鎧を身につけた衛兵さんが二人立っていた。私が近づくと、そのうちの一人が姿勢を正し、丁寧な口調で声をかけてくる。
「失礼。王城に何か御用でしょうか?」
「こんにちは。レオンハルト様にお会いしたいのですが、お取り次ぎをお願いできますか?」
「…………はい?」
衛兵さんが、何とも言えない表情で固まってしまった。
……ああ、そうでした。
昔からの癖でついお名前を呼んでしまったけれど、今のレオンハルト様は一国の王なのである。見知らぬ女性が突然国王陛下を名前で呼んだのだから、驚くのも無理はない。
「レ、レオンハルト様と申しますと……国王陛下のことでしょうか?」
「ええ。昔からのお知り合いなので、つい普段どおりに呼んでしまいました」
「さ、左様でございますか……。しかし、陛下への謁見をご希望でしたら、正式な手続きが必要となりますが……」
「もちろん、承知しています。突然お訪ねしてしまって申し訳ありません」
国王陛下のお仕事を邪魔するつもりはないし、お忙しいようなら改めて日を変えればいい。まずは面会が可能かどうか確認していただこうと、私は先ほど城門でも使用した特別通行章を取り出した。
「こちらを確認していただければ、身元は保証していただけると思います。ご都合がよろしければ、お取り次ぎをお願いできますか?」
「……これは?」
衛兵さんは徽章を受け取ると、刻まれた紋章を慎重に確かめた。もう一人の衛兵さんと顔を見合わせてから、改めて私へ向き直る。
「少々お待ちいただけますでしょうか。上の者に確認してまいります」
「ええ。よろしくお願いしますね」
一人が足早に城内へ向かい、私はもう一人の衛兵さんと正門で待つことになった。
残った衛兵さんは相変わらず背筋を伸ばしていたけれど、時折こちらへ向けられる視線には、隠しきれない好奇心が浮かんでいる。無理もないだろう。私だって同じ立場なら、突然訪ねてきた女性が何者なのか気になるに違いない。
そうしてしばらくすると、城内から一人の年配の男性が姿を現した。
白髪交じりの髪をきちんと整え、上質な礼服を身につけた、落ち着いた雰囲気の男性である。その見覚えのある顔立ちに、私は思わず頬を緩めた。
「あら、マティアス様! お久しぶりですね!」
「……セレスティア様!」
男性は私の姿を認めると、一瞬驚いたように足を止め、それから足早に歩み寄ってきた。
「本当にお久しぶりでございます。お元気そうで何よりです」
「ええ。マティアス様もお元気そうで安心しました。突然お訪ねしてしまって、申し訳ありません」
「いえ、どうぞお気になさらず。お会いできて何よりでございます」
丁寧に頭を下げてくださるので、こちらまで恐縮してしまう。
マティアス様とは、レオンハルト様のお父上が国王だった頃からのお付き合いだ。昔から何かとお世話になっている方なのだけれど、今ではこの国の宰相を務めていらっしゃる。
「実はレオンハルト様に少しご相談がありまして。今、お忙しくありませんか?」
「陛下は執務中でございますが、セレスティア様がお越しと知れば、きっとお喜びになるでしょう。私から取り次がせていただきます」
「まあ、ありがとうございます!」
そこで、隣にいた衛兵さんが恐る恐る口を開いた。
「あ、宰相閣下……。こちらの方は、いったい……?」
「この方は王家にとって大切なお客人です。国王陛下への取り次ぎは私が引き受けますので、ここからはお任せください」
「は、はっ!」
衛兵さんたちが慌てて姿勢を正した。
突然の訪問で少し騒がせてしまったようだけれど、きちんと確認をしてくださったのだから、むしろありがたいことである。
私も軽く頭を下げると、マティアス様に案内されて王城の中へと足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
国王との面会が許されたのは、謁見の間ではなく執務室だった。
途中でマティアス様が取り次いでくださり、すぐに了承をいただけたらしい。私としても、堅苦しい謁見より、落ち着いてお話しできる場所の方がありがたい。
重厚な扉が開かれると、大きな執務机と書棚の向こうに、見覚えのある男性の姿があった。
年齢は四十代半ばほど。整えられた髪にはわずかに白いものが混じり、堂々とした立ち姿からは一国を治める者としての威厳が感じられる。
けれど、私にはその顔に、昔と変わらない懐かしい面影が見えていた。
「あら、レオンハルト様!」
「……セレスティア殿!」
グランフェルト王国の国王、レオンハルト様は、私の姿を認めると驚いたように目を見開き、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべた。
「これは驚いた。本当にお久しぶりですな! 最後にお会いしてから、もう二十年以上になりますか」
「まあ、そんなに経っていましたか? お元気そうで何よりです」
「おかげさまで。あなたも相変わらずのようで安心しました」
机の向こうから歩み寄ってくるレオンハルト様を見ていると、初めてお会いした頃のことが思い出される。
あれは、まだレオンハルト様が幼い王子だった頃。命を狙われるという物騒な事件があり、偶然その場に居合わせた私がお助けしたのが、最初の出会いだった。
それから十数年が経ち、久しぶりに再会したときには、既に立派な王太子へと成長していらっしゃった。そして、さらに二十年以上が過ぎた今では、一国を治める国王である。
私の知らないところで、きっと色々な経験を重ねてこられたのだろう。昔よりも落ち着いた物腰からも、そのことが感じられる。
けれど、こうして顔を合わせていると、どうしても初めてお会いした頃の小さな姿が思い浮かんでしまう。
「それにしても、随分と立派になられましたねぇ。初めてお会いした頃は、あんなに小さかったのに」
「……セレスティア殿」
「はい?」
「その言葉、王太子だった二十数年前にも聞きましたぞ」
「……あっ」
しまった。
出発前には、今度こそ子供扱いしないように気をつけようと思っていたのに、顔を見た途端、すっかり忘れてしまっていた。
「も、申し訳ありません。つい懐かしくなってしまいまして……」
「はははっ! 構いませんよ。王太子だった頃にも、もう子供ではないと申し上げたものですが……あなたは本当にお変わりありませんな」
どうやら、二十年以上前のやり取りをよく覚えていらっしゃるらしい。あのときと同じ失敗を繰り返してしまったことに少し恥ずかしくなっていると、レオンハルト様は懐かしそうに目を細めた。
「ですが、あなたとこうしてお話ししていると、昔に戻ったような気がします。幼い頃も、王太子だった頃も、あなたは変わらず接してくださいましたからな」
「私にとっては、今も昔もレオンハルト様ですからね」
「……そうでしたな」
レオンハルト様は穏やかに微笑むと、応接用の椅子を勧めてくださった。
間もなく侍従の方がお茶を運んできてくださり、私たちは久しぶりの再会を喜びながら、しばらく近況を語り合った。
王国の様子や、以前訪れたときから変わったこと。それから、昔の知り合いたちの話。
マティアス様も時折会話に加わり、先王陛下がご健在だった頃の思い出話になると、随分と懐かしそうな表情を浮かべていらっしゃった。
長く生きていると、こうして昔のことを一緒に語り合える相手がいるというのは、それだけで嬉しいものである。
もっとも、レオンハルト様も国王としてお忙しい身だ。あまりお仕事の邪魔をしてはいけないので、ひと通り挨拶を済ませたところで、今回の用件を切り出すことにした。
「実は今日、一つご相談がありまして」
「ほう。あなたが私に相談とは珍しい。何かお困りですかな?」
「いえ、困っているわけではないんですよ。実は、長年研究していた魔法がようやく完成したので、少しご協力いただけないかと思いまして」
「……新しい魔法、ですか」
レオンハルト様が興味深そうに身を乗り出した。
「あなたが長年研究していたというからには、相当なものなのでしょうな」
「それはもう、自信作なんですよ!」
思わず胸を張ってしまう。
苦労した分、完成したときの喜びも大きかったのだ。私はお茶を一口いただいてから、今回完成させた世界間通信魔法について説明を始めた。
かつて神々から聞いた世界の仕組みを手がかりに、エルセリアにも存在する遠話の魔法を発展させたこと。そして、以前レオンハルト様にもお話しした地球という世界へ、映像や音声を届けられるようになったこと。
さらに、大勢の人々へ同時に映像を送り、その反応を受け取る仕組みまで作ったことを伝えた。
最初は穏やかに耳を傾けていたレオンハルト様だったけれど、話が進むにつれて、その表情が少しずつ真剣なものへと変わっていった。
「……少々、お待ちください。異なる世界との通信に成功した、とおっしゃいましたか?」
「ええ! 以前お話しした地球へ、ようやくつなげることができたんですよ!」
「……地球。以前、セレスティア殿からお話は伺っていましたが、まさか本当に通信を実現されるとは……」
レオンハルト様は感慨深そうに呟き、しばらく考え込んでいたけれど、やがて私へ視線を戻した。
「ちなみに、どれほどの年月を費やされたのですかな?」
「そうですねぇ。本格的に研究を始めたのは、六十年ほど前だったでしょうか」
「……六十年」
レオンハルト様は小さく息を吐き、隣にいたマティアス様も感慨深そうに頷いた。
「私が生まれるよりも前から、研究を続けていらっしゃったのですか」
「言われてみれば、そうなりますね」
確かに六十年といえば、普通の人間にとっては一生を懸けてもおかしくない年月である。
けれど、四百年以上生きてきた私にとっては、長い人生の中で取り組んできた研究の一つだった。もちろん簡単なものではなかったけれど、ようやく成果をお見せできるようになったのだから、頑張った甲斐があったというものである。
「それで、その魔法を使って何をなさるおつもりなのです?」
「地球の皆さんに、エルセリアの景色や文化を紹介したいと思っているんです。実は先日、初めてLIVE配信も行ったんですよ」
「LIVE配信、ですか?」
「ええ。こちらの景色を映しながら、地球の皆さんとお話しするんです。前回はドラゴンさんにも付き合っていただいて、空から色々な場所をご案内したんですよ」
「……ドラゴン?」
レオンハルト様が、そこで言葉を止めた。
「失礼。今、ドラゴンとおっしゃいましたか?」
「はい。昔からのお知り合いなのですが、たまたま私の魔法に気づいて様子を見にいらっしゃったんです。せっかくなので、空の旅に付き合っていただきました」
地球の皆さんが見せてくださった驚きも、ドラゴンさんが少し得意そうに空を飛んでいらっしゃったことも、今では楽しい思い出である。
一方、レオンハルト様は少しばかり頭を抱えたそうな顔をしていた。
「……なるほど。あなたらしいと言えば、あなたらしいですな」
「そうでしょうか?」
「ええ。普通であれば、巨大なドラゴンが姿を現した時点で大騒ぎになるところでしょう。それを、空の案内まで頼んでしまうのですから」
そう言われると、少しばかり返す言葉に困ってしまう。
確かに、ドラゴンさんのような存在が人里に現れれば大騒ぎになるだろう。けれど、私にとっては昔からの知り合いだし、今回は偶然お会いして、少し空の旅に付き合っていただいただけなのである。
「……そんなに呆れられるようなことをしたつもりはないんですけどねぇ」
思わず呟くと、レオンハルト様はまたしても苦笑してしまった。
……むむ。何だか納得がいかない。
「それで、地球の方々には何人ほどご覧いただいたのですか?」
話を戻したのはマティアス様だった。
「前回は数万人の方に見ていただけたようですね。皆さん、とても楽しんでくださったんですよ!」
「数万人ですか……。それだけの人数が、同時に映像を見ることができるのですね」
マティアス様はそう呟くと、レオンハルト様へ視線を向けた。先ほどまでの和やかな雰囲気が、少しだけ変わった気がする。
「セレスティア様。一つお尋ねしてもよろしいでしょうか。その魔法は、他の者にも扱えるものなのでしょうか?」
「いいえ。今のところ、私以外が使うことは想定していませんし、術式を一般に公開するつもりもありません」
マティアス様の質問の意図は、私にも理解できた。
遠く離れた大勢の人々へ同時に映像や音声を届けられる技術は、軍事にも応用できる。エルセリアには遠話の魔法が存在するけれど、映像まで含めた大規模な情報共有となれば、その影響は決して小さくない。
「通信に必要な術式も、すべて私自身で管理しています。便利な魔法ですけれど、使い方には気をつけなければいけませんからね」
「そうでしたか。それを伺って安心いたしました」
マティアス様は静かに頷き、レオンハルト様も穏やかな表情を浮かべた。
「……あなたらしいご判断ですな。私としても、その方が安心です」
長く生きてきたからこそ、新しい技術が必ずしも人々を幸せにするとは限らないことも、私は理解しているつもりだった。
「私がしたいのは、もっと気楽なことなんですよ。地球の皆さんとお話ししたり、エルセリアの景色を紹介したり。それだけで、今は十分なんです」
「なるほど。昔から、そういうところはお変わりありませんな」
懐かしそうな口調に、私も思わず微笑んでしまった。
「ところで、差し支えなければ、その魔法を少し見せていただくことはできますかな?」
「ええ、もちろんです!」
私は手首に嵌めた銀色の腕輪を見せた。今回新しく開発した、携帯用の通信魔導具である。
「今日は地球との通信を行いませんけれど、映像を映すところだけなら、ここでもお見せできますよ」
腕輪に魔力を流し込むと、目の前に半透明の映像が浮かび上がった。
そこには私たちが座っている応接用の一角が映し出されている。視点を動かして窓辺の花や庭園へ向けると、映像もそれに合わせて切り替わった。
「実際の配信では、この映像を地球へ届けるんです。向こうからの言葉も受け取れるので、皆さんとお話ししながら街をご案内できるんですよ」
「……ほう。まるで、別の場所にもう一組の目があるようですな」
レオンハルト様は興味深そうに映像を眺めていたけれど、やがて私の腕輪へと視線を移した。
「これほどの魔法を、その小さな魔導具だけで?」
「世界間の接続に必要な大きな術式は、別の安全な場所に設置してあるんです。この腕輪から操作できるようにしたので、街を歩きながらでも配信できるんですよ」
「なるほど。先ほどのお話と合わせると、相当な工夫を重ねられたのでしょうな」
「はい! これで、ようやく好きな場所から配信できそうなんです」
そう答えると、レオンハルト様は楽しそうに笑った。
「六十年かけて世界間通信を完成させ、次は持ち歩けるように改良するとは。まったく、研究者というものは欲張りですな」
「まあ、それは否定できませんね」
一つ完成すると、今度は別のことを試したくなってしまうのだから、我ながら困ったものである。
さて、魔法についても理解していただけたようなので、そろそろ本題に入るとしよう。
「それで、今回のお願いなのですが……次の配信で、こちらの王都をご紹介したいと思っているんです!」
◇ ◇ ◇
王都の大通りや市場、王城の美しい外観。それから、できれば庭園や眺めのよい場所も紹介したい。
そんな希望を伝えると、レオンハルト様は少し考え込んだあと、静かに頷いた。
「王都の街並みを紹介すること自体は構いません。遠い世界の人々に我が国の文化を知っていただけるというのは、興味深い試みでしょう。ただし、王城については案内する場所を事前に決めておく必要がありますな」
「ええ、もちろんです。勝手に何でも映してよいわけではありませんから、その辺りを相談したかったんです」
「それなら話は早い。庭園や来客に公開している区域であれば、案内できる場所もあるはずです。詳しくはマティアスと相談していただけますかな」
「承知いたしました。警備上の問題がない範囲で、案内できる場所を確認しておきましょう」
マティアス様も快く引き受けてくださったので、私はほっと胸を撫で下ろした。
地球側では、一度配信した映像を後から何度でも見返せる。そのことを説明すると、マティアス様は改めて頷いた。
「なるほど。それなら、警備や執務に関わる区域は慎重に除外する必要がありますな」
「ええ。私も、そのつもりです」
「それと、市場などで特定の人物やお店を詳しく紹介される場合には、なるべく相手にも話を通しておいていただきたい」
「ああ、確かにそうですね。分かりました!」
地球の皆さんにとっては珍しい光景でも、エルセリアの人々にとっては普段の生活である。何も知らないまま別の世界の大勢に姿を見られていたと知れば、戸惑う人もいるかもしれない。
私としても、せっかくの楽しい配信で誰かに迷惑をかけるのは避けたいところだった。
王都の紹介については、これでひとまず問題なさそうだ。
……あっ、そうだ。
「もしよろしければ、レオンハルト様も地球の皆さんにご挨拶してみませんか?」
「……私が、ですか?」
「ええ! せっかく王城をご紹介するのですから、国王ご本人にも少しだけ登場していただけたら、きっと喜んでくださると思うんです」
突然の提案に、レオンハルト様は少し驚いた様子だった。
もっとも、今回は単に知人として遊びに来ていただくわけではない。王国の代表として姿を見せることになるのだから、簡単に決められる話ではないだろう。
レオンハルト様はマティアス様へ視線を向けた。
「どう思う、マティアス?」
「陛下のお立場を考えれば、慎重に判断する必要はございます。ただ、今回の配信が我が国の紹介を目的とするのであれば、短いご挨拶をいただくことにも意義はあるかと」
「ふむ……」
レオンハルト様は少し考えたあと、私へ向き直った。
「正式な外交というわけではありませんが、我が国を紹介していただくのであれば、国王として一言挨拶するのも悪くないでしょう。予定と内容を確認したうえで、時間が合えば協力させていただきます」
「まあ! ありがとうございます!」
思いがけず、嬉しいお返事をいただいてしまった。
何しろ、前回はドラゴンさんに登場していただいたのだ。今度は異世界の国王ご本人となれば、地球の皆さんはどんな反応を見せてくださるのだろう。
そんなことを考えていると、レオンハルト様が少しだけ困ったように笑った。
「……ところで、セレスティア殿。一つお願いがあるのですが」
「何でしょう?」
「くれぐれも、あまり大きな騒ぎは起こさないでくださいよ」
「まあ! そんなことしませんよ!」
思わず抗議すると、レオンハルト様は愉快そうに笑い出した。
「はははっ! もちろん、あなたに悪気がないことは承知しております。ただ、昔からあなたが新しいことを始めると、我々の想像を超える出来事になりがちでしたからな」
「……今回は普通に街をご紹介するだけですよ?」
「ええ。ぜひ、そうしていただきたいものです」
隣で聞いていたマティアス様まで、どこか懐かしそうに微笑んでいる。
……むむ。
お二人とも、随分と昔のことを覚えていらっしゃるようだ。確かに、これまで色々な出来事はあったけれど、私だっていつも騒ぎを起こしているわけではない。
「大丈夫ですよ。今回は地球の皆さんと一緒に、王都の景色や美味しいものを楽しむだけですから」
「美味しいもの、ですか」
レオンハルト様が小さく笑った。
「そういえば、あなたは昔から旅先の食べ物を楽しみにしていらっしゃいましたな」
「ええ! 旅の楽しみの一つですからね」
「はははっ。くれぐれも、観光案内を忘れて食べ歩きに夢中になられませんよう」
「まあ! そんなことしませんよ。ちゃんと皆さんにもご紹介しますから!」
「ええ、もちろん。あなたのことですから、きっと素晴らしい案内をしてくださるでしょう」
そうおっしゃるレオンハルト様の口元には、まだ楽しそうな笑みが浮かんでいた。
……まったく。昔はあんなに素直で可愛らしかったのに、今では私をからかう余裕まで身につけてしまったらしい。
けれど、考えてみれば、それだけの年月が流れたということなのだろう。
私にとっては、二十年以上という時間も長い人生のほんの一部でしかない。けれど、レオンハルト様にとっては、王太子から国王となり、多くの経験を重ねてきた大切な年月なのだ。
だからこそ、こうして再会し、昔と変わらず冗談を言い合えることが、私には何より嬉しかった。
◇ ◇ ◇
王城を出た頃には、既に午後になっていた。
久しぶりにレオンハルト様やマティアス様とお会いできたし、王都と王城の紹介についても、無事に話を進めることができた。
王城内で案内できる場所はマティアス様が確認してくださることになっており、レオンハルト様のご出演についても、予定が合えば協力していただけるそうだ。
あとは王都を歩いて、紹介したい場所をいくつか選んでおけばいいだろう。
「今日は色々と収穫がありましたね」
私は王城を振り返り、青空へ向かって伸びる尖塔を見上げた。
あの美しい王城と賑やかな王都を、今度は地球の皆さんと一緒に巡るのだ。
市場には珍しい品物も美味しい料理もたくさんあるし、王城から眺める街並みも素晴らしい。紹介したいものを考えているだけで、今から楽しみになってしまう。
「……さて。それでは、もう少し下見をしておきましょうか」
そう呟いて、大通りへと足を向ける。
街には美味しそうなお店もたくさんあるし、紹介する前に少し味見をしておくのもいいかもしれない。
……もちろん、あくまで下見のためですよ?
せっかく地球の皆さんにご紹介するのだから、どんな味なのか、きちんと確かめておかなければならない。
「ふふっ。次の配信も楽しみですね!」
そんなことを考えながら、私は賑やかな王都の街へと歩き出した。
さて、地球の皆さんには、どんな景色からご紹介しましょうか。
次回はいよいよ第二回LIVE配信!
今度は王都から、セレスがお届けします。