セレスちゃんねる ~TSして四百年、異世界の英雄が地球へ生配信を始めました~ 作:セレスちゃんねる
翌朝。
グランフェルト王国の王都は、朝早くから活気に満ちていた。
街道から次々と荷車が入ってきて、商人たちが店先に商品を並べている。大通りの先からは威勢のよい呼び声が聞こえ、焼きたてのパンの香りが風に乗って漂ってきた。
「今日も賑やかですねぇ」
私は宿屋を出ると、朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
昨日は王城でレオンハルト様たちと久しぶりにお話ししたあと、王都の下見を兼ねて街を歩き回った。昔から知っているお店もあれば、見覚えのない新しいお店もあって、なかなか楽しかった。
もっとも、下見の途中で美味しそうなものをいくつか見つけてしまい、予定より少しばかり食べすぎてしまったのだけれど。
……まあ、それも必要な調査だったということで。
「さて、今日は地球の皆さんにも楽しんでいただきましょう!」
手首に嵌めた銀色の腕輪へ目を落とす。世界間通信のために新しく作った、携帯用の魔導具だ。
これまで何度も試験を重ねてきたけれど、この腕輪を使って実際に地球との通信を行うのは今回が初めてになる。世界間の接続に必要な大規模な術式は別の安全な場所に設置してあるので、ここから遠隔で起動させればいい。
もちろん、撮影機能や魔力の制御については十分に検証しているし、万が一の場合に備えた安全装置も組み込んである。理論上は問題ないはずだけれど、実際に運用するとなると、やはり多少は緊張するものだ。
「……よし。始めましょうか」
私は人々の往来を妨げない場所へ移動すると、腕輪へ魔力を流し込んだ。
青い魔石が淡く輝き、内部に組み込んだ術式が順番に起動していく。離れた場所にある大規模な魔法陣との接続を確認し、続いて地球側との通信経路を確立。最後に二つの世界の時間の流れを同期させれば、準備は完了だ。
以前はこの処理に膨大な魔力を消費していたものの、今回の改良によって負担は随分と減っている。魔力の流れも安定しているし、これなら問題なさそうだった。
「……つながりました!」
私の目の前に、半透明の配信画面が浮かび上がった。
そこには懐かしい動画サイトの画面が表示されており、配信開始前だというのに、既にたくさんの方々が集まっているようだった。
……あら、こんなに?
少し驚きながら、私は画面に映し出されたコメントへ目を向けた。
【第2回LIVE】王都グランフェルトの朝市を歩きます!
チャンネル登録者数 6.34万人
本日 20:00 に開始予定 ・ 19,842人が待機中
……すごいですねぇ。
前回の配信を終えたあとも、地球の皆さんは私の動画を見てくださっていたらしい。チャンネル登録者数も随分と増えているし、こうして次の配信を待ってくださっている方々が大勢いることが、何よりも嬉しかった。
画面に表示されている地球側の時刻は、もうすぐ午後八時。一方、エルセリアではまだ朝である。
二つの世界では時間の進み方が違うので、昼夜の移り変わりが一致するとは限らない。今日は朝市をご紹介するため、こちらの時間に合わせて配信を予定していたのだった。
「それでは、皆さんにご挨拶しましょうか!」
私は撮影用の術式を自分の正面へ移動させると、地球側の時刻が午後八時になったところで配信を開始した。
待機画面が切り替わり、コメントが一斉に流れ始める。
『きたあああ!』
『始まった!』
『セレスちゃん!』
『こんばんはー!』
『待ってた!』
『今日もかわいい!』
『ドラゴンさんは!?』
「エルセリアの大地から、こんにちはー! セレスティアです! 今日も遊びに来てくださって、ありがとうございます!」
私は撮影用の術式に向かって、笑顔で手を振った。
「前回はドラゴンさんと一緒に空の旅を楽しみましたけれど、今日は少し趣向を変えて、こちらの街をご紹介したいと思います!」
『ドラゴンさんwww』
『あのドラゴン元気?』
『初配信が濃すぎた件』
『今度は街歩きか!』
『観光配信助かる』
『ところでセレスちゃん、そっちは朝なの?』
「ああ、そうでしたね。地球の皆さんは、今は夜なんですよね」
私は朝日に照らされた大通りへ目を向けた。
「こちらはちょうど朝ですよ。今日はお天気もいいので、街歩きにはぴったりなんです!」
『こっちは20時だぞw』
『めっちゃ明るいな』
『時差すごいw』
『そもそも異世界設定なら時差とか関係なさそう』
「そうですね。世界が違いますから、時間の流れ方も地球とは随分違うんですよ」
『世界観の設定も凝ってるなw』
『こっちは夜なのに朝市を見られるの面白い』
『異世界の朝市とか楽しみすぎる』
『こういうファンタジー世界を歩き回れるゲーム欲しい』
『今回は街の生活まで見られるのか!』
皆さんの反応を眺めながら、私は撮影の視点をゆっくりと動かした。
「それでは、まずはこちらをご覧ください!」
画面に映し出されたのは、朝日に照らされた王都の街並みだった。
白い石造りの建物が大通りの両側に立ち並び、その屋根の向こうにはいくつもの尖塔が伸びている。建物の間には色鮮やかな看板が掲げられ、店先では商人たちが商品を並べたり、通りかかった客と談笑したりしていた。
大通りには人々の話し声や荷車の車輪が石畳を転がる音が響き、時折、遠くから鐘の音も聞こえてくる。
「ここはグランフェルト王国の王都です。私も昔から何度か訪れている、お気に入りの街の一つなんですよ!」
『うおおおおお!?』
『街でっか!』
『完全にファンタジーの王都じゃん』
『建物すごいな』
『ちゃんと人が生活してる感じする』
『背景の奥まで作り込まれてるのすごくない?』
どうやら、皆さんも気に入ってくださったらしい。
私としても、白い建物が立ち並ぶこの街並みは大好きだ。街の中心を流れる大きな川や、その向こうにそびえる王城も素晴らしいけれど、今日はまず、王都の人々の暮らしを紹介したい。
「実は、この先に大きな朝市があるんです。せっかくなので、今日はそちらへ行ってみましょう!」
そう告げて、私は大通りを歩き始めた。
◇ ◇ ◇
市場へ近づくにつれて、人々の声が大きくなっていった。
「新鮮な野菜だよ! 今朝採れたばかりだ!」
「そこの旦那! 今日はいい魚が入ってるよ!」
「焼きたてのパンはいかがですかー!」
威勢のよい声があちこちから飛び交い、買い物客たちが露店の前で足を止めている。
木箱いっぱいに積まれた赤や黄色の果物。採れたての野菜。大きな籠に詰められたパン。通りの反対側には布製品や日用品を売る店も並び、その間を荷物を抱えた商人や買い物客たちが行き交っていた。
これだけ人が集まっていると、歩くのにも少し気を遣う。撮影の視点を人々の頭上へ移動させ、市場全体が見渡せるようにすると、コメント欄が一段と賑やかになった。
『うわ、人多いな!』
『すごい活気』
『市場っていうか祭りみたい』
『こういう場所いいなあ』
『豊洲の市場みたいな雰囲気ある』
『海外の朝市を思い出す』
『これ何かのイベント?』
「ああ、ここは毎朝開かれている市場なんですよ。特別なお祭りではないんです」
『毎朝!?』
『これが日常なのかw』
『近所にあったら通いたい』
『スーパーとは全然違うな』
「ええ。王都にはいくつか大きな市場がありますけれど、ここは特に賑やかな場所ですね。周辺の村から届いた野菜や果物のほかにも、遠くの町から運ばれてきた品物がたくさん集まるんです」
エルセリアでも食料を長持ちさせる魔導具は存在するけれど、便利なものほど値段も高くなる。普通の家庭や小さな商店では、毎日必要な食材を市場で購入する方が一般的だった。
それに、こうした朝市は単に買い物をするだけの場所ではない。近所の人々が顔を合わせたり、商人同士が情報を交換したりする、大切な交流の場でもあるのだ。
「私はこういう市場を歩くのが大好きなんですよ。旅先で初めて訪れる街でも、市場へ行けばその土地でどんなものが食べられているのか、どんな人たちが暮らしているのか、色々と分かりますからね」
『なるほど』
『市場ってその土地の文化が出るもんな』
『そういう旅行の楽しみ方いいね』
『セレスちゃん食べ物目当てでは?』
『さっきから屋台ばっか見てない?w』
「まあ! ちゃんと他のお店も見ていますよ?」
そう答えながら、少しだけ視線を逸らした。
……美味しそうな匂いがすると、どうしても気になってしまうのは否定できないのだけれど。
『セレスちゃんの世界ってスーパーとかないの?』
『こっちはスーパーとかコンビニが多いけどね』
ふと目に留まったコメントに、私は興味を惹かれた。
「そうですね。地球ではスーパーやコンビニが身近なんですよね。皆さんの近くにも、こうした賑やかな朝市はあるんでしょうか?」
『地域によるかな』
『うちの近くにはないなあ』
『商店街ならあるけど、こんなに賑やかじゃないw』
『地方だと定期的に朝市やってるところもあるよ』
『スーパーが多いけど、こういう市場も好き』
「なるほど。やっぱり、場所によって随分違うんですね」
私が日本で暮らしていた頃から、地球では既に十五年ほどが経過している。その間に新しいものも随分増えただろうし、私の知らない文化や習慣が生まれていても不思議ではない。
こうしてエルセリアの暮らしを紹介するだけでなく、地球の皆さんから今の地球について教えていただけるのも、配信の楽しみの一つだ。
「これからも、皆さんの暮らしについて色々と教えてくださいね!」
『いいよー!』
『スーパー紹介配信する?w』
『コンビニの品揃え見せてあげたい』
『文化交流してる感じでいいな』
そんなコメントに笑顔を返しながら歩いていると、少し先で金属の触れ合う音が聞こえてきた。
大きな剣を背負った男性と、革鎧を身につけた女性が、並んで歩いている。少し後ろには杖を手にしたローブ姿の女性もいて、三人で何やら相談しながら店を見て回っていた。
どうやら、冒険者の方々らしい。
『お、冒険者っぽい人たちいる!』
『前回も戦ってる人たち映ってたよな』
『あのときは遠かったけど、近くで見ると装備すげえな』
『剣も鎧もめっちゃ本格的』
『あの杖持ってる人は魔法使いかな?』
『しかし街中で普通に武装してるのすごいなw』
「ああ、冒険者の方々ですね。もちろん、街中で正当な理由なく武器を振り回したり、攻撃魔法を使ったりすれば罪になりますけれど、武器を身につけているだけなら問題ありませんよ。魔物の討伐や護衛の仕事で、街の外へ出る方も多いですからね」
『なるほど、武器の携帯自体は合法なのか』
『まあ魔物がいる世界ならそうなるよな』
『でも普通に鎧と剣で買い物してるの新鮮だわw』
『普通に市場で買い物してるの生活感あっていいな』
『そういえば冒険者ギルドとかもあるの?』
『ギルドの中も見てみたい!』
「もちろんありますよ。王都にも大きな冒険者ギルドがありますし、依頼を受けて周辺の森や街道へ出かける方も大勢いらっしゃいますからね」
冒険者にとっても、市場は身近な場所である。
食料の買い出しや装備の補充はもちろん、長旅に備えて日用品を揃えることもある。これから依頼へ向かう者もいれば、仕事を終えて休息を楽しんでいる者もいるのだから、こうした市場で姿を見かけるのは珍しくなかった。
「私も昔は冒険者として活動していましたから、こういう光景を見ると懐かしくなりますね」
『セレスちゃんも冒険者だったの!?』
『あの装備だし納得』
『剣も魔法も使えるもんな』
『ドラゴンと知り合いの冒険者って何者だよw』
『冒険者時代の話聞きたい!』
「そうですねぇ。色々な土地を旅していましたし、依頼を受けて魔物を討伐したり、遺跡を探索したりもしていましたよ。今もあちこち旅していますから、あまり変わらないかもしれませんけれど」
冒険者として活動していたのも、今となっては随分と昔の話である。それでも、各地を巡って困っている方のお手伝いをしたり、珍しい場所を探検したりするのは今でも好きなのだから、根本的なところは変わっていないのかもしれない。
そんなことを考えていると、今度は別のお店から威勢のよい声が聞こえてきた。
「おっちゃん! 回復薬を六本買うんだから、少しくらい安くしてくれよ!」
「馬鹿言うな! こっちだって薬草の仕入れ値が上がってるんだ。これでも随分安くしてるんだぞ!」
「そこをなんとか頼むって! 明日から森の討伐依頼なんだよ!」
「だったら余計に必要だろうが! 命に関わるもんを値切るんじゃねえ!」
……あらあら。どうやら、回復薬の値段を巡って交渉中らしい。声のする方へ目を向けると、薬草や小瓶を並べた店の前で、若い冒険者と店主らしい男性が向かい合っていた。
『ポーションだ!』
『回復薬普通に売ってるw』
『おっちゃん値引きしてくれないのか』
『薬草の仕入れ値www』
『物価まであるの妙に生々しいな』
『ポーションの値段交渉とか初めて見た』
「こちらは薬草や回復薬を扱っているお店ですね。冒険者の方々にとっては、怪我をしたときに使う大切な品物なんですよ」
『飲んだらHP回復するやつ?』
『ゲームみたい』
『どういう仕組みなんだ』
「怪我の回復を助ける薬ですね。色々な種類がありますし、品質によって効き目も違うんですよ」
私がそう説明している間にも、若い冒険者と店主の交渉は続いていた。
「じゃあ五本分の値段で六本!」
「無理だ!」
「せめておまけくらい!」
「薬草の切れ端ならくれてやる!」
……ふふっ。
こういうやり取りも、昔からあまり変わらないものだ。
店先には淡い緑色の液体が入った小瓶がずらりと並んでいる。ごく一般的な回復薬で、王都のような大きな街なら比較的簡単に手に入る品物だった。
せっかくだから、もう少し近くで詳しくご紹介したいところだけれど、その前に店主の許可をいただいておいた方がいいだろう。
私は交渉が一段落したところで、店主へ声をかけることにした。
「こんにちは。少しよろしいでしょうか?」
「おう、いらっしゃい! ……おや、ずいぶん綺麗なお嬢さんだな。冒険者さんかい?」
「まあ、ありがとうございます。実は少しお願いがありまして」
私は、遠く離れた人々へ街の様子を紹介する魔法を使っていることと、お店の回復薬について少し紹介したいことを説明した。
店主は最初こそ不思議そうな顔をしていたけれど、自分の商品を紹介してもらえると知ると、快く頷いてくださった。
「商品を見せるだけなら構わねえよ。うちの薬は品質に自信があるからな!」
「ありがとうございます!」
お言葉に甘えて、私は商品を中心に映しながら、回復薬の効能や使用するときの注意点を説明していった。
『本当にポーションだ!』
『緑色だw』
『飲むだけで傷治るの?』
『中身どうなってるんだろ』
『瓶の反射すごいな』
『ラベルの文字も読めそう』
「飲むだけで何でも治るわけではありませんよ。深い傷や重い病気には専門の治療が必要ですし、回復薬にも得意不得意がありますからね」
そうした質問に答えながら、私はいくつかの商品を紹介した。
すると、途中から店主まで熱心に説明へ加わってくださり、薬草の産地や品質の違いについて色々とお話ししていただけた。どうやら、こちらの方はよほど自分の商品に自信を持っているらしい。
最後にお礼を言って店を離れると、今度は香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
……これは。
思わず足が止まる。
『あっ』
『セレスちゃん?』
『急に止まったw』
『何か見つけた?』
「……皆さん。ちょっと、こちらのお店もご紹介していいでしょうか?」
視線の先には、熱した鉄板の上で肉を焼いている屋台があった。焼き色のついた肉からは食欲をそそる香りが漂い、店先には焼き上がったばかりの串焼きが並べられている。これは、素通りするわけにはいかないだろう。
「こんにちは! こちらの串焼きを一本いただけますか?」
「はいよ! お嬢さん、いいところに来たね! 今朝仕入れたばかりの肉だよ!」
「まあ、それは楽しみですね! それと、遠くの方々へ街の様子を紹介する魔法を使っているのですが、こちらの串焼きもご紹介してよろしいでしょうか?」
「おう、うちの串焼きかい? もちろん構わないよ!」
「ありがとうございます!」
代金を支払って串焼きを受け取る。
焼きたてのお肉は表面が香ばしく、中からは肉汁がじんわりと染み出していた。香辛料の香りもよく、手に持っているだけでお腹が空いてきそうだ。
「こちらは、森に生息する魔物のお肉を使った串焼きなんですよ。エルセリアでは、こうしたお肉を食べることもあるんです!」
『ん?』
『今なんて?』
『魔物の肉!?』
『モンスターって食べられるの!?』
『なんか普通に美味しそう』
『食文化までファンタジーw』
「ええ。魔物にも食用にできる種類がいますからね。もちろん、何でも食べられるわけではありませんよ。きちんと処理されたものを使うんです」
そう説明してから、私は串焼きを一口いただいた。
……うん!
「んーっ、美味しい!」
表面は香ばしく、中のお肉は柔らかい。少し濃いめの味つけだけれど、香辛料の風味がよく合っていて、噛むほどに旨味が広がっていく。
これは当たりのお店を見つけてしまったかもしれない。
「このお肉、脂がしつこくなくて食べやすいですね。お肉自体の味もしっかりしていますし、焼き加減も絶妙です!」
『幸せそうwww』
『めっちゃ美味そう』
『こっちまで腹減ってきた』
『魔物肉って言われなきゃ普通に食べたい』
『セレスちゃん食レポ上手いな』
『そういえばドラゴンの肉も食べるの?』
「ドラゴンさんですか? ……さすがに、あの方のお肉を食べようと思ったことはありませんねぇ」
『あの方www』
『友達を食材扱いするなw』
『ドラゴンさん逃げて!』
『本人に聞いたら怒られそう』
思わず笑ってしまった。
まあ、ドラゴンにも色々な種類がいるけれど、少なくとも私の知り合いの古竜を食材として考えたことはない。そんな話をしたら、きっとひどく呆れられてしまうだろうし。
私は残りの串焼きを楽しみながら、再び市場の中を歩き始めた。
周囲では相変わらず、商人たちの声が飛び交っている。鎧姿の冒険者たちが朝食を頬張りながら仕事の相談をしていたり、子供連れの女性が野菜を選びながら店主と世間話をしていたりと、誰もが思い思いに朝の時間を過ごしていた。
どれもこの街では当たり前の光景だけれど、地球の皆さんにとっては新鮮なものらしい。
『こういう雰囲気いいなあ』
『ずっと見てられる』
『観光地っていうより本当に生活してる街って感じ』
『細かい会話まで作り込まれてるのすごい』
『いや、作り込まれてるにしても人多すぎない?』
『背景の人たち、みんな別々のことしてるよな』
『CGなら制作環境どうなってんだよ』
どうやら、また映像の仕組みについて考えている方々がいらっしゃるらしい。魔法もドラゴンも存在しない地球では、こうした光景を見てCGを疑うのも無理はないだろう。
もっとも、今すぐ本物だと信じていただく必要はない。私としては、まずエルセリアのことを楽しんでいただければ、それで十分だった。
「皆さん、気になることがあれば何でも聞いてくださいね。私に分かることでしたら、お答えしますので!」
そう声をかけると、コメント欄にはさっそくいくつもの質問が流れ始めた。
『じゃあ後ろの赤い果物見せて!』
『あの鎧の人たち何してるの?』
『もう少し右の店が見たい』
『街の名前もう一回教えて!』
「はいはい、順番にいきますね!」
私は撮影の視点を動かしながら、皆さんが興味を持ったものを紹介していった。
赤い果物はこの地方でよく食べられるもの。鎧を着た方々は出発前の買い出しをしている冒険者。そして、右側に見えるのは布製品を扱うお店だ。
前回の空中散歩では景色が次々と変わっていくこともあって、ゆっくりご紹介できなかったものも多かった。今回はこうして皆さんの反応を確かめながら、のんびり歩いていきたいものだ。
――そう思っていた、そのときだった。
「危ない! 荷物が落ちるぞ!」
突然、通りを歩いていた男性が声を張り上げた。振り向くと、荷車に積まれていた木箱が大きく傾いている。
どうやら、積み荷を固定していた縄が緩んでしまったらしい。荷車の片側へ寄った箱が次々と滑り、通りを歩いていた人々の方へ崩れ落ちようとしていた。
……あら、これは危ないですね。
私は反射的に片手を上げ、崩れ落ちようとしていた木箱を魔法で受け止めた。宙に浮いたいくつもの木箱は、まるで時間が止まったかのようにぴたりと静止し、そのまま私の操作に従ってゆっくりと荷台の上へ戻っていく。
ついでに積み荷の位置を整え、緩んでいた縄もしっかりと結び直しておいた。これなら、ひとまず荷物が崩れる心配はないだろう。
「お怪我はありませんか?」
「あ、ああ……! 助かったよ、お嬢さん!」
荷車の持ち主らしい男性が、驚いた顔でこちらへ駆け寄ってきた。
「まさか、全部まとめて止めてくれるとは……! すごい魔法だな! 本当にありがとう!」
「いえいえ。皆さんにお怪我がなくてよかったです。荷物は元に戻しておきましたけれど、縄が少し傷んでいるようなので、替えた方がいいかもしれませんね」
「ああ、そうするよ! いや、本当に助かった!」
男性は何度も頭を下げてくださった。周囲の方々もほっとした様子で足を止めていたけれど、大きな事故にならなかったことが分かると、少しずつ元の賑わいが戻っていった。
何人かの方からは感心したような視線を向けられたものの、それ以上に騒がれることもない。魔法そのものは、この世界では珍しいものではないからだろう。
多少注目を集めてしまったけれど、私としては怪我人が出なかったことが何よりだった。
「さて、皆さん。お待たせしました!」
私は改めて配信画面へ向き直った。そして、目に入ったコメント欄の様子に、思わず瞬きをする。
『は????』
『木箱浮いたぞ!?』
『いやいやいやいや』
『今の魔法!?』
『何の予備動作もなかったよな?』
『全部同時に止めた!?』
『これリアルタイムなんだよな?』
『さっきまで普通に食レポしてたのにwww』
……あらあら。どうやら、ずいぶん驚かせてしまったらしい。
「ええと、先ほどは荷物が崩れそうになっていたので、魔法で少しお手伝いしたんです。大きな事故にならなくてよかったですね」
『少し!?』
『少しって何www』
『無詠唱じゃなかった?』
『セレスちゃん何者なの』
『ドラゴンと知り合いな時点で普通じゃないだろw』
コメントの流れがなかなか収まらない。
確かに、あのまま荷物が落ちていたら危なかっただろう。でも、魔法で止められる距離だったし、難しい術式を組み立てる必要もなかった。
もちろん、魔法の存在しない地球では、こうした光景に驚くのも当然だろう。ただ、四百年以上も魔法のある世界で暮らしていると、荷物を浮かせる程度のことはすっかり日常の一部になってしまう。
地球の常識を忘れたわけではないけれど、こうした何気ない行動がどれほど驚かれるものなのか、少し感覚が鈍っているのかもしれない。
それに、今回は危ないと思った瞬間に身体が動いていたので、皆さんにどう見えるかまで考える余裕はなかった。
「こういう魔法は、色々な場面で役に立つんですよ。重いものを運んだり、高いところの荷物を取ったり。戦うためだけに使うわけではないんです」
『便利すぎる』
『引っ越し業者いらなくなるなw』
『いや、その前に魔法の存在について説明してくれw』
『さっきのおっちゃんも驚いてたよな』
『あっちでも結構すごい魔法なのでは?』
「そうですね。魔法は使う方の技量によって、できることも変わってきますから。今回のように複数のものを同時に動かすには、それなりに練習も必要になりますよ」
地球の皆さんにとっては、魔法の種類や使い方も気になるところだろう。いずれ、実演を交えながら詳しく紹介するのも面白そうだ。
「魔法についても、また機会があれば詳しくご紹介したいですね。今日はせっかく王都に来ていますから、もう少し街を楽しみましょう!」
そう告げると、私は市場の奥へ向かって歩き始めた。
◇ ◇ ◇
セレスティアの配信を楽しんでいた地球の視聴者たちは、この頃になると、少しずつ異なる反応を見せ始めていた。
もちろん、大部分の視聴者はいつもどおりに配信を楽しんでいる。美しい街並みに活気あふれる市場、普通に武装して買い物をしている冒険者たち。そして、楽しそうに食べ歩きを続けるセレスティア。
ファンタジー好きにとっては、それだけでも十分すぎるほど魅力的な配信だった。しかし、一部の視聴者は、映像の美しさとは別のところに違和感を覚え始めていた。
『これ、さっきから背景の人たちもずっと動いてるよな』
『そりゃゲームならNPCくらいいるだろ』
『いや、会話とか動きが妙に自然なんだよ』
『あの荷車の事故も最初から決まってた演出なのか?』
『仕込みでしょ』
『だったらセレスちゃんの反応も全部リアルタイムで演じてるってこと?』
『モーションキャプチャーとかじゃないの』
『それで通行人まで全員あの精度で動かせるのか?』
『最近の技術すごいからなあ』
『でも、ここまでできる技術があるなら普通にニュースになってそう』
最初の風景動画は、あらかじめ制作されたCG映像だと考えることができた。古竜との空中散歩についても、リアルタイムで操作できる仮想空間を用意したのだとすれば、一応の説明はつく。
だが、今回映し出されているのは、ごく普通の街の朝の風景である。
何百人もの住民が行き交い、商人たちは客と値段を交渉し、冒険者は装備や食料を買い求めている。セレスティアが撮影の許可を求めた店主たちも、ごく自然に受け答えをしていた。
しかも、突然起きた荷車の事故に対しては、周囲の人々までその場の状況に合わせて反応している。
『一応聞くけど、これ本当に生配信なんだよな?』
『さっきコメントに反応して果物見せてくれたじゃん』
『つまりリアルタイムで映像動かしてるわけだろ』
『だからゲームエンジンとかだって』
『あの規模の街と人間を全部リアルタイムで?』
『セレスちゃんの顔も背景も全部同じ質感なんだよな』
『……なあ、これ本当にCGなのか?』
『いやいや、本物の異世界って言いたいのかよw』
『さすがにそれはないだろ』
『でも、どうやって撮ってるんだこれ』
誰かが発した疑問に、すぐさま反論が返ってくる。それでも、本物の異世界だと信じる者はまだ少数だった。どれほど映像が不可解でも、異世界が実在するという結論は、あまりにも突飛なものだったからだ。
しかし、今回の配信によって、少なくとも一つの変化が生まれ始めていた。
これまでは「どうやってこんなに綺麗な映像を作ったのか」という疑問が中心だったのに対し、今では「そもそも、これは本当に作られた映像なのか」と考える視聴者が現れ始めたのである。
そんな議論が交わされている一方、当のセレスティアは相変わらず楽しそうに市場を歩いていた。
「皆さん、こちらにも面白そうなお店がありますよ!」
『セレスちゃん自由すぎるw』
『本人が一番楽しんでるな』
『かわいいからヨシ!』
『もう何でもいいから続き見せてw』
結局のところ、画面に映し出される光景が本物かどうかという疑問と、それを楽しめるかどうかは別問題なのだった。
◇ ◇ ◇
市場を一通り見て回った頃には、太陽も少しずつ高くなっていた。
お店を紹介したり、視聴者の質問に答えたりしていると、時間が経つのは本当に早い。気づけば随分長いこと市場にいたようだけれど、皆さんも楽しんでくださったようで何よりだ。
それに、私自身も久しぶりの王都を満喫できた。懐かしい街並みを歩きながら、地球の皆さんとお話しする。以前は考えもしなかった楽しみ方だけれど、こうしてみるとなかなかいいものだと思う。
「さて、そろそろ別の場所へ行ってみましょうか」
『次どこ?』
『冒険者ギルド!』
『魔法のお店もっと見たい』
『王都の全景見たい!』
『城とかある?』
……おや。ちょうどいい質問が流れてきた。
「ええ、もちろんお城もありますよ。グランフェルト王国の王城は、白い石造りがとても美しいんです」
私はそう答えながら、遠くに見える尖塔へ視線を向けた。街の中心にそびえる壮麗な王城。王都へ来るたびに眺めているけれど、いつ見ても立派な建物だと思う。
「それに、今日は皆さんに少し嬉しいお知らせがあるんですよ」
『お?』
『なんだなんだ』
『新情報?』
『まさか城に行くの?』
「はい! 実は昨日、王城の方々にご相談してきたんです。公開してもよい場所を確認していただいているので、今日はお城の方もご紹介できそうなんですよ!」
『えっ』
『王城の中!?』
『マジで!?』
『ただの観光客じゃ無理だろw』
『城の見学イベントとか?』
『王様いるの!?』
皆さん、ずいぶん興味を持ってくださったようだ。もちろん、王城には警備上の理由で公開できない場所もある。今回は事前に相談しているので、許可をいただいた範囲だけを案内するつもりだった。
それに、レオンハルト様が地球の皆さんへご挨拶してくださるかどうかも、まだ分からない。国王としてお忙しい身なのだから、あまり無理をお願いするわけにもいかないだろう。
でも、もしお時間が合えば、きっと皆さんにも喜んでいただけると思う。
「それでは、次は王城へ向かいましょう!」
私はそう告げて、白い石畳の大通りへと足を向けた。
『王城きたあああ!』
『すげえ楽しみ』
『内部まで作り込んであるのか』
『国王とか出てきたら笑う』
『セレスちゃん、どういう立場の設定なんだろ』
『あのドラゴンに英雄殿って呼ばれてたしな』
『何かありそうで楽しみ』
流れてきたコメントを眺めながら、私は小さく微笑んだ。前回はドラゴンさんと一緒に大空を飛んだけれど、今回の配信もなかなか楽しいものになりそうである。
それに、もしレオンハルト様が地球の皆さんにご挨拶されたら、いったいどんな反応が返ってくるのだろう。
そんなことを考えながら、私は王城へ続く道を歩いていった。