セレスちゃんねる ~TSして四百年、異世界の英雄が地球へ生配信を始めました~ 作:セレスちゃんねる
市場を後にした私は、王城へと続く大通りを歩いていた。
先ほどまでの朝市の賑わいが少しずつ遠ざかり、行き交う人々の服装にも変化が見えてくる。商人や冒険者に代わって、役人らしい方や、立派な馬車に乗った貴族らしい方の姿が増えてきた。
通りの先には、白い城壁と青い屋根を持つ王城がそびえている。朝日を受けて輝くいくつもの尖塔は、こうして近くで見上げると、やはり見事なものだ。
「皆さん、あちらがグランフェルト王国の王城です。昨日お話ししたとおり、今日は許可をいただいた場所をご案内しますね」
『城きたああ!』
『門の大きさがすごい』
『中まで入れるの楽しみ』
『王様に会えるのかな?』
「ふふっ。それは、もう少し後のお楽しみということで」
そう答えながら、私は撮影の視点を少し高くした。重厚な正門には王家の紋章が掲げられ、両側に立つ衛兵さんたちの鎧が陽光にきらめいている。
正門に近づくと、そのうちの一人が私に気づき、すぐに姿勢を正した。
「セレスティア様。お待ちしておりました」
「こんにちは。今日はよろしくお願いしますね」
「宰相閣下より、ご案内と撮影の件は承っております。どうぞお通りください」
「ありがとうございます!」
短いやり取りを終えると、衛兵さんは丁寧に一礼し、私を中へ通してくださった。昨日のうちに、マティアス様が手配しておいてくださったようだ。
『え、通れたw』
『顔パス!?』
『セレスティア様って呼ばれてたぞ』
『門番の態度がめっちゃ丁寧なんだけど』
「事前にお話を通していただいているんですよ。王城ですから、どこでも好きに入れるわけではありませんけれど」
『そりゃそうか』
『でも普通の観光客じゃないのは分かったw』
まあ、そうでしょうねぇ。
私は王家からいただいた特別通行章も持っているけれど、それと撮影の許可は別の話だ。警備に関わる場所を地球へ公開するわけにはいかないので、今日は指定された範囲を案内していただくことになっている。
門をくぐると、目の前には大きな噴水のある中庭が広がっていた。きれいに刈り込まれた植え込みの向こうには白亜の建物が連なり、庭師の方々が花壇の手入れをしている。
「こちらが王城の中庭です。王族の方々だけでなく、たくさんの方がここで働いていらっしゃるんですよ」
『噴水きれい!』
『庭が広いなあ』
『お城って生活の場でもあるんだな』
そんなコメントに頷いていると、建物の入り口から落ち着いた礼服姿の女性が歩み寄ってきた。
「セレスティア様。本日のご案内を担当いたします。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、お世話になります」
「まずは来客用の大広間と回廊を。その後、庭園へご案内いたします。撮影に支障のある場所は通りませんので、ご安心ください」
「ありがとうございます。では皆さん、さっそく中へ入ってみましょう!」
期待に満ちたコメントを眺めながら、私は案内役の女性と一緒に王城の扉をくぐった。
◇ ◇ ◇
最初に案内された大広間は、何度訪れても見応えのある場所だった。
高い天井から吊り下げられた豪華な照明。磨き上げられた石の床。規則正しく並ぶ白い柱には細かな彫刻が施され、窓から差し込む朝日が金色の装飾を照らしている。
私は撮影の視点をゆっくりと動かし、広間全体を映した。
「こちらは来客をお迎えするための広間の一つです。式典の前後などにも使われるそうですよ。あちらの柱には王家の紋章に使われている鳥の意匠が刻まれています」
『うおお、豪華!』
『天井高すぎない?』
『装飾の細かさがすごい』
『どこを切り取っても絵になるな』
「ふふっ。こういう建物は、その国の歴史が感じられていいですよね」
続いて歩いた回廊には、歴代の国王や王族の肖像画が飾られていた。
何百年も前の衣装をまとった方から、比較的新しい時代の方まで。額縁の形や描き方も少しずつ違っていて、見比べるだけでも面白い。
……あら。懐かしいお顔ですね。
そのうちの一枚に目を留め、思わず足を緩めた。まだ私がこの王国を訪れるようになったばかりの頃に、お会いした方だ。
『この人たちって歴代の王様?』
『服装にも時代の違いがあるんだ』
『セレスちゃん詳しいね』
『知り合いが混ざってたりしてw』
「そうですねぇ。長く旅をしていると、いろいろな方とご縁ができますから」
『えっ、今のどういう意味?』
『また意味深なことをw』
詳しくお話しし始めたら、それこそ一日では終わらなくなってしまう。私は微笑んで話題を切り替え、回廊の窓から見える景色をご紹介した。
白い建物の屋根が幾重にも重なり、その間を大きな川が流れている。さっきまで歩いていた市場の辺りも、ここからならよく見渡せた。
「あちらが、先ほどの朝市のある地区です。こうして眺めると、王都の広さが分かりますね」
『あそこから歩いてきたのか』
『街の作り込みがすごい』
『これリアルタイムで動いてるんだよな……』
時折、映像の仕組みを気にするコメントが流れてくる。地球の皆さんにとっては、こうした町並みも珍しいのだろう。
その後、私たちは庭園へと向かった。
石畳の小道の両側には季節の花々が咲き、中央の小さな噴水から澄んだ水音が聞こえてくる。木陰には休憩用の椅子も置かれ、城内とは思えないほど穏やかな空気が流れていた。
「こちらの庭園は、私も昔からお気に入りなんです。季節によって咲く花が違うので、いつ訪れても楽しめるんですよ」
『めっちゃ綺麗!』
『ここでお茶会したい』
『セレスちゃん似合いすぎる』
「お茶会ですか。まあ、それも楽しそうですね」
そういえば、以前この庭園でお茶をいただいたこともあった。あの頃は、まだレオンハルト様もお若かったような……。
懐かしい思い出に頬を緩めていると、案内役の女性が静かに声をかけてきた。
「セレスティア様。陛下が間もなくこちらへお越しになるそうです」
「あら! お時間を作っていただけたんですね」
昨日お願いしたときは、ご都合が合えばというお話だった。国王としてお忙しい方なのだから、少しでもお会いできるならありがたい。
「皆さん、実は嬉しいお知らせがあるんですよ。国王陛下が、地球の皆さんへご挨拶に来てくださるそうです!」
『えっ!?』
『王様本人!?』
『マジかw』
『観光配信で国王に会えるの強すぎる』
驚くコメントが一気に増えたところで、庭園の奥から見覚えのある方々が歩いていらっしゃった。
◇ ◇ ◇
先頭を歩くのは、濃紺の礼服を身につけた壮年の男性。整えられた髪にはわずかに白いものが混じり、その立ち姿には、一国を治める者にふさわしい威厳がある。
グランフェルト王国の国王、レオンハルト様だ。その傍らには、宰相のマティアス様もいらっしゃる。
「レオンハルト様、マティアス様。こんにちは!」
「セレスティア殿。お待たせしましたな。城内の見学は楽しんでいただけていますか?」
「ええ! 皆さんにも、とても好評ですよ。こちらこそ、お忙しいところありがとうございます」
「我が国に関心を持ってくださる方々がいるのです。国王としても、挨拶くらいはさせていただきたい」
穏やかに微笑むレオンハルト様を見て、コメント欄がまた騒がしくなった。
『王様きたあああ!』
『渋くてかっこいい!』
『セレスちゃんと普通に話してる』
『しかも王様の方が敬意払ってない?』
「それでは、ご紹介してもよろしいでしょうか?」
「もちろんですとも」
私は撮影の視点をお二人の方へ移し、庭園の花々を背景にレオンハルト様を映した。
「皆さん、こちらがグランフェルト王国の国王、レオンハルト陛下です!」
撮影魔法の位置をご説明すると、レオンハルト様は少し不思議そうにしながらも、まっすぐこちらへ向き直られた。
「異なる世界にお住まいの皆様、初めまして。グランフェルト王国の国王、レオンハルトと申します」
落ち着いた声が庭園に響く。
「セレスティア殿から、皆様が我が国の暮らしや文化に興味を持ってくださっていると伺いました。遠く離れた世界の方々にこうしてご挨拶できることを、嬉しく思っております。どうぞ、今日の王都を楽しんでいってください」
そう言って、レオンハルト様は丁寧に一礼された。
『国王陛下かっこいい!』
『めっちゃちゃんとした挨拶だ』
『こちらこそよろしくお願いします!』
『王様が生配信に出演してるの面白すぎるw』
『これ全部リアルタイムで演じてるの?』
「皆さん、とても喜んでくださっていますよ」
「それは何よりです」
私がコメントをいくつかお伝えすると、レオンハルト様は嬉しそうに頷かれた。ただ、視聴者の興味は、国王ご本人のことだけではなかったらしい。
『ところでセレスちゃんと王様ってどんな関係?』
『昔からの知り合いって言ってたよな』
『呼び方が親しそう』
『あのドラゴンにも英雄殿って呼ばれてたし……』
「そうですねぇ。レオンハルト様とは、もう随分と長いお付き合いになるんですよ」
「私がまだ幼い王子だった頃からですな」
その一言に、コメントが一瞬で流れ始める。
『幼い王子!?』
『え、何年前の話?』
『セレスちゃん見た目が若すぎない?』
「昔、私が危険な目に遭った際、セレスティア殿に命を救っていただいたのです」
レオンハルト様は静かにそうおっしゃった。
「私にとっても、王家にとっても、かけがえのない恩人ですよ」
『命の恩人!?』
『思った以上にすごい人だった』
『王様があそこまで敬意を払う理由それか』
『いくつなんだよセレスちゃんw』
『設定だとしてもこの人間関係、作り込みすごいな』
……ううん。あまり改まってお礼を言われると、少し照れくさいですね。
でも、あのときのことは私もよく覚えている。今こうしてレオンハルト様が立派な国王として過ごしていらっしゃるのを見ると、お助けできてよかったと心から思う。
「私も、こうしてお元気なレオンハルト様にお会いできるのは嬉しいですよ」
「あなたは昔から変わりませんな。姿ばかりでなく、そういうところも」
「まあ、ありがとうございます。レオンハルト様も、昔と変わらずお優しいですね」
「国王になっても、昔と同じように扱ってくださるのはセレスティア殿くらいでしょうな」
少しだけ苦笑するレオンハルト様に、マティアス様が控えめな笑みを浮かべた。
『王様が苦笑してるw』
『セレスちゃん、国王を身内みたいに扱ってる』
『長年の付き合いって感じがする』
レオンハルト様が幼かった頃を知っているのだから、私にとっては今のお姿を見ても、つい懐かしくなってしまう。もちろん国王のお立場は理解しているけれど、こうして昔と変わらずお話しできるのはありがたいことだ。
その後も、王都でおすすめの場所や、国王のお仕事についていくつか質問をいただいた。レオンハルト様は慣れない撮影魔法に戸惑いながらも、一つ一つ丁寧に答えてくださった。
私は地球の皆さんから届くコメントをお伝えし、ときどきマティアス様も補足してくださる。いつもは国王として多忙な方と、こうして穏やかな時間を過ごせるのは、何だか不思議な感じがした。
そんなとき、庭園の入り口から柔らかな声が聞こえてきた。
「まあ。ずいぶん楽しそうなお話をしていらっしゃいますのね」
振り向いた私は、思わず笑顔になった。
「エレオノーラ様!」
◇ ◇ ◇
そこにいらっしゃったのは、落ち着いた金色の髪を結い上げ、淡い青色のドレスを身にまとった女性だった。上品な物腰と柔らかな微笑み。レオンハルト様の奥方であり、グランフェルト王国の王妃、エレオノーラ様である。
「セレスティア様。本当にお久しぶりでございます」
「まあ、お元気そうで何よりです! 昨日はお会いできませんでしたから、今日お顔を拝見できて嬉しいです」
「私もですわ。陛下から、昨日はセレスティア様がいらっしゃったと伺って、ぜひご挨拶をと思っておりましたの」
そう言って、エレオノーラ様は懐かしそうに私の手を取られた。
以前お会いしたのは、レオンハルト様がまだ王太子だった頃。当時は婚約者として隣にいらっしゃったけれど、今では王妃として国を支えている。時が経つのは早いものですねぇ。
『誰!?』
『すごい美人さん来た』
『まさか王妃様?』
「皆さん、こちらはグランフェルト王国の王妃、エレオノーラ様です」
『王妃様きたああ!』
『王族が揃ったw』
『めちゃくちゃ上品だな』
王妃様は、レオンハルト様から配信について説明を受けていらっしゃるらしい。私が撮影の方向を示すと、慣れない様子ながらも優雅に一礼された。
「遠い世界の皆様、初めまして。エレオノーラと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
『よろしくお願いします!』
『王様とお似合いだ』
『こんな人まで出てくるとはw』
「皆さん、お二人とも素敵だとおっしゃっていますよ」
「まあ、嬉しいこと。ありがとうございます」
エレオノーラ様は嬉しそうに微笑み、それからふと思い出したようにレオンハルト様を見つめた。
「そういえば陛下。昨日は、セレスティア様にお会いできたと大層お喜びでしたわね」
「久しぶりの再会だったのだから、当然だろう」
「ええ。私がまだ婚約者だった頃も、命を救ってくださった美しい英雄の方のお話を、それは熱心に聞かせていただきましたもの」
「……エレオノーラ。その話を今する必要があるか?」
「あら。大切な恩人のお話でしょう? 何かお困りになることでも?」
エレオノーラ様はどこまでも穏やかに、けれど少し楽しそうに微笑まれる。レオンハルト様は言葉に詰まり、マティアス様はそっと視線を逸らされた。
……ふふ。お二人とも、相変わらず仲がよろしいようで。
『ん?』
『王妃様の言い方w』
『これはもしや……』
『王様の初恋、セレスちゃん説』
『王妃様が全部知ってそうなの草』
なかなか想像力の豊かなコメントが並んでいる。……まあ、あの頃のことに心当たりがないわけではない。けれど、今のお二人を見れば、わざわざ昔話を掘り返す必要もないだろう。
「それにしても、お二人がお元気そうで安心しました。こうしてまたお会いできて嬉しいです」
私がそう伝えると、エレオノーラ様は優しく微笑まれた。
「ええ。セレスティア様も、またいつでもお立ち寄りくださいね。今度はゆっくりお茶でもご一緒したいですわ」
「ぜひ! 楽しみにしています」
そのやり取りを聞いていた皆さんからは、さっそく『お茶会配信希望』というコメントが流れてきた。……あら、それも悪くありませんね。もちろん、また許可をいただけたらのお話ですけれど。
やがてマティアス様が時間を告げ、レオンハルト様は名残惜しそうに小さく頷かれた。
「そろそろ政務へ戻らねばなりませんな。皆様、今日はお会いできて嬉しかった。また機会があれば、ぜひ我が国へ関心を寄せていただきたい」
「皆さんも、ありがとうございました。エレオノーラ様も、お時間をいただいてありがとうございます」
「こちらこそ。セレスティア様、またお会いしましょう」
お二人は最後に撮影の方向へ一礼し、庭園を後にされた。マティアス様もいったんご一緒に戻られ、案内役の女性は少し離れた場所で待ってくださっている。
『国王夫妻、いい人たちだったな』
『セレスちゃんの昔話もっと聞きたい』
『王城すごかった!』
『これはまた見に来るしかない』
私はお二人の背中を見送りながら、胸の奥が温かくなるのを感じていた。
数十年も経てば、人の姿も立場も変わっていく。それでも、こうして再会して笑い合えるのだから、人とのご縁は大切なものですね。
◇ ◇ ◇
「さて、皆さん。王城のご案内はいかがでしたか?」
『最高だった!』
『王様まで見られるとは思わなかった』
『王妃様も素敵だった』
『セレスちゃんの人脈どうなってるんだw』
「楽しんでいただけたなら何よりです。今日は朝市も王城もご紹介できて、私もとても楽しかったですよ」
配信画面の端には、増え続けるコメントと視聴者数が表示されている。地球の皆さんと一緒に街を歩くのは、思っていた以上に賑やかで、新鮮な経験だった。
「そろそろ今日の配信は終わりにしようと思います。また別の場所もご紹介したいですね」
『えー、もう終わり?』
『次は冒険者ギルド見たい!』
『セレスちゃんが依頼受けるところとか』
『魔物と戦うところ見てみたい』
『とにかく次回も楽しみ!』
「冒険者ギルドですか。そういえば、まだ皆さんにちゃんとご紹介していませんでしたね」
昔はよく依頼を受けていたものだけれど、最近は旅の途中で立ち寄るくらいになっている。せっかくだから、久しぶりにお仕事を受けてみるのも楽しそうだ。
「皆さんからいただいたご希望も参考に、次の配信を考えてみますね」
『待ってる!』
『今日も楽しかった!』
『セレスちゃんお疲れさま!』
「それでは、今日はありがとうございました! また次の配信でお会いしましょう。エルセリアから、セレスティアがお届けしました!」
手を振る私に、次々とお別れの言葉が返ってくる。それを見届けてから、私は腕輪の術式を操作した。映像と音声の送信が止まり、流れていたコメント欄も静かになる。
【第2回LIVE】王都グランフェルトを散策!
チャンネル登録者数 6.7万人
8.6万回視聴 ・ ライブ配信終了
「……ふう。今回も楽しかったですねぇ」
朝市で食べた串焼きも美味しかったし、お城の素敵な場所をご紹介できた。なにより、久しぶりにレオンハルト様やエレオノーラ様とゆっくりお話しできたのが嬉しい。
地球の皆さんも楽しんでくださったようだし、第二回LIVEは大成功と言っていいだろう。
私は大きく伸びをして、庭園の花々を眺めた。
――さて、この後はどうしましょうか。せっかく王都へ来たのだから、もう少し散策してから帰るのもいいですね。
「セレスティア様。少々、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
不意に声をかけられて振り向くと、そこにはマティアス様が立っていらっしゃった。
「あら、マティアス様。どうなさいました?」
「実は、陛下とも相談していた件がございまして。配信が終わるまでお待ちしておりました」
その言葉と、いつもより少し真剣な表情に、私は姿勢を正した。
「何かお困りごとですか?」
「はい。王都近郊のダンジョンについて、冒険者ギルドから気になる報告が届いております」
「ダンジョン、ですか」
王都の近くには、昔から冒険者たちが出入りしているダンジョンがある。私もずいぶん前に訪れたことがあるけれど、比較的安定した場所だったはずだ。
「先日、探索に向かった熟練の冒険者たちが、これまで知られていなかった通路を発見したそうです。その付近では、通常とは異なる魔力反応も確認されております」
「……なるほど」
「さらに、そこには本来なら、もっと危険度の高いダンジョンでしか確認されないような強力な魔物が現れたとのことでして」
私は少し眉を上げた。
魔力の異常だけなら、ダンジョンでは時折起こり得る。けれど、地図にない通路と生息域の異なる魔物が同時に見つかったとなると、少し話が変わってくる。
「その冒険者の方々は、ご無事だったんですか?」
「ご安心ください。全員、無事に帰還しております。問題の魔物も討伐したそうです。ただ、さらに奥に何がいるか分からないため、深追いをせず撤退したと」
「それは賢明な判断ですね。知らない場所で無理をしても、良いことはありませんから」
私は頷いた。魔物を倒したからといって、その先まで安全とは限らない。異常を確認した時点で情報を持ち帰るのは、経験のある冒険者らしい判断だ。
「現在、ギルドでは問題の区画への立ち入りを制限し、周辺の探索者にも注意を促しております。今すぐ人命に関わる事態ではございませんが、原因が分からないままでは、今後の探索にも影響が出るでしょう」
「そうですねぇ。それで、私に調査を?」
「はい。セレスティア様ならば、魔術的な異常の調査にも、万一の魔物への対処にも、安心してお任せできると考えております」
マティアス様は一度言葉を切り、丁寧に頭を下げられた。
「王国と冒険者ギルドからの正式な依頼として、調査をご検討いただけないでしょうか。もちろん、相応の報酬と必要な資料はご用意いたします」
……ふむ。
未知の魔力反応に、今までなかった通路。しかも、そこに出るはずのない魔物が現れたという。単なる偶然なのか、それともダンジョンの仕組みに変化が起きているのか。今のお話だけでは、まだ分からない。
けれど、少し興味をそそられるのも事実だった。
「承知しました。まずはギルドで詳しい報告を確認させてください。状況を見て、調査の方針を決めましょう」
「ありがとうございます。陛下もお喜びになります」
「お仕事ですから、条件はきちんと確認させていただきますよ?」
「無論でございます」
そう答えたマティアス様の表情が、ようやく少し和らいだ。
私は手首の腕輪へ目を落とした。
そういえば、先ほど地球の皆さんも冒険者ギルドに興味を持っていらっしゃった。調査中の情報をどこまで公開できるかは別として、安全な範囲なら、実際のお仕事をお見せするのも面白いかもしれない。
「それと、調査の様子を地球の皆さんにご紹介できるか、ギルドの方とも相談してみたいのですが」
「公開できる情報の範囲を確認する必要はございますが、ご相談いただくこと自体は問題ないかと」
「ありがとうございます。もちろん、調査に支障が出ないようにしますね」
さて、久しぶりに冒険者らしいお仕事になりそうだ。
王都観光の次は、ダンジョンの調査。
地球の皆さんがどんな反応をしてくださるのか、今から少し楽しみですね。