【第四話】来ちゃったかぁ
さて、皆さまごきげんいかが? 良好? それは良かった。
えっ、僕はどうかって? そりゃ~僕は……頭の中がかつてないほどにとっちらかっちゃってるよっ!
嬉しさ半分、何だそりゃー!っていう困惑が半分。僕の脳内設定資料集が猛スピードでページをめくりすぎて、ちょっとした知恵熱が出そうだ。……ふぅ。
と、いつまでもこんな一人芝居してる場合じゃないよね。現実を見るとしよう。……ふぅ。
理由は極めてシンプル。
今、僕のベッドの上で我が物顔で寝転がり、『まぐろなるど』のオニオンリングを摘まみながら優雅に読書をしている、この糸目の青年のせいである。
そう、昨夜、素晴らしい演出を決めてみせてくれた裏ボス君。……いや、先ほどまでのカオスでエクセレントな会話を経て、彼は裏ボス君なんかではなく、僕と同じ現代日本からの知識を持った男だと判明したのだ。
あぁ、思い返すだけでも、つい数十分前までのやり取りは突っ込みどころが満載すぎた。
◆
ガチャリと僕が部屋のドアを開けた時のことだ。
いつも通り、後ろ手にドアの鍵をかけようとしたとき、『おかえり~』という、およそ我が家に響くはずのない気の抜けた声が僕の耳に届き、バッと顔を上げた。
そこには信じられない光景が広がっていた。昨夜、あれほどスタイリッシュに僕と渡り合った裏ボス君が、なぜか僕のベッドの上に我が物顔で寝転がり、『まぐろなるど』のオニオンリングを摘まみながら優雅に読書をしていたのだ。
僕が魂の絶叫をあげると、彼は読書を止め、すっと上体を起こした。ベッドの縁に腰掛け直したものの、やっぱりどこか気だるげでダレた態度だ。それでも、そのにこやかな笑みを崩さないまま語りかけてきた。
「ボクは、ミル。ミル・ヴィシャス。昨日はお互いに名乗る暇もなかったもんね~、シド・カゲノーくん」
お、おぅ。そう言えばそうだった。まさか彼がネームドキャラだなんて思いもしなかったし、まあ、仮にあの場で名前を聞いていたとしても、いつも通りすぐに忘れちゃってただろうけど。
そんな僕の納得を置いてけぼりにしながら、彼はそのにこやかな笑顔のまま言葉を続けた。
「それにしてもさ、シド・カゲノーとミル・ヴィシャス。こうして二人の名前が並ぶとさ、凄いよねぇ。こんな偶然ってあるんだね~」
「え? 何が?」
「んー? いや、何でもないよ」
彼は一瞬だけ不思議そうな顔をして小首を傾げた。
いや、彼が言わんとしている事は分かる。分かるのだが! そっちの方面は詳しくないのだ。だから僕は、気づかないフリをすることにした。……ぐぬぬ、ちょっと悔しい。
「あ、シドの分もあるよ~。はいっ」
袋の中からバーガーの包みを一つ取り出し放り投げてきた。
いやいや、そういう問題じゃないだろっ!と、鋭くツッコミたいところだったのだが、あまりにも自然に自分の部屋のようにくつろいでいる彼を見ていると、何だか怒るのすらバカらしくなってきた。
……うん、美味い。
とりあえず、一口ほど齧り、口をもしゃもしゃと動かす。二口目に行く前に、これだけは聞いておかねばならない事を問うてみた。
「で、何で来たのさ?」
ベッドの上の彼は、オニオンリングを人差し指にハメたまま、誇らしげに親指を立ててみせた。
「チャリで来た!」
「そう言う、意味じゃなっ―――い!」
思わず全力の音量でツッコミを入れてしまった。男子寮の壁が薄かったら隣の部屋の学生に壁ドンされるレベルの絶叫である。
いや、意味は違わない。違わないんだけど、完全に世界線が違っている。まさか異世界に転生してまで、前世のあの有名なネットミームを耳にする羽目になるとは誰が予想できただろうか。
銃、核、そしてチャリ。これだけ役満レベルの現代日本のワードを並べられて、気づかないバカはいない。
そこから僕たちは、互いの素性を紐解くように、どちらからともなく転生事情を明かし合い始めた。
僕の場合は、現代日本でついに魔力を見つけたと思ったら、気づけばこっちの世界に転生していたのだけど、彼の場合は何だか一味違っていた。
元々はこっちの世界に生まれて、事故で死んじゃった瞬間に、なぜか現代日本へ転生。でもって、そこで18年間過ごした後、今度は次元の歪み(バグ?)に自ら突っ込んで、肉体ごとこっちの世界に逆流して戻ってきたんだそうだ。
……あぁ、もう、ややこしい! 転生のリバーシブルかよ!
◆
ま、細かい事は良しとして。
何はともあれ、お互いが現代日本の知識を共有できる唯一無二の存在だと分かった僕たちは、先ほどの一連の話し合いで一気に打ち解けることになり現在に至る。
ベッドの上では、再びミルがのんびりとオニオンリングを咀嚼している。
と、まぁ、こんな感じだった訳だけど。ここからは二人で真面目な話をした。そう、あの日本でどのように思い、どのような努力をしてきたのかと言う事を。
僕がミルに熱く語ったのは、核に負けないためには己自身が核になれば良いという、あの非の打ちどころのない完璧な理論だ。そのために、肉体的にも精神的にも限界を超えるような特訓を重ねたこと。そして、物理を超えるためには未知の力必要であることに気づき、脳に直接ショックを与えるといった、あの狂気的――もとい、涙ぐましい修行の数々を包み隠さず伝えてあげた。
うん、今思い出しても我ながら涙ぐましい努力と言えるだろう。
ミルの僕を見る目が何か言いたそうだけど、気にしないでおこう。
僕の壮絶な修行の歴史を聞き終えたミルは、いつものにこやかな笑みを浮かべて口を開いた。
「ははっ、シドは凄いねぇ~。魔力のない日本で魔力の必要性に気づくとかセンスあるー」
うん、悪い気はしない。もっと褒めるのだ。何なら崇めてもいい。
「なるほど、物理に勝つために物理を鍛える。ある意味、真実をついているよね」
うんうん。そうだろうそうだろう! いっやー やっぱりミルなら、分かってくれると思ったんだよねー!(僕はこれ以上ないにっこにこの笑顔を返した)
「でも、裸で駆け回る? 木に頭を打ち付ける? うん、やっぱりシドって変だね」
うっそ!? ここで極上スマイルの否定キタ―――!!?
褒めちぎられて天まで昇りかけていた僕のテンションは、ミルのにこやかな笑顔のまま放たれた一言によって、一瞬で男子寮の床へと叩きつけられるのだった。
「……ふん。じゃぁ、ミルはどんな事してたの?」
極上スマイルで全否定されてちょっと拗ねた僕は、ハンバーガーの包み紙をクシャッと丸めながら聞き返した。
「それはねぇ――」
ミルがにこやかに微笑んだ、まさにその直後だった。
表情も雰囲気も変わらないのに、ミルの口から怒涛の勢いで謎の専門用語が弾丸のように飛び出し始めた。
バレル、チャンバー、ライフリング、固有波長、電磁的圧縮率、果ては量子力学や解剖学に基づいた戦闘神経回路の強制書き換えプロセスうんぬん――こわいこわい。テンション変わらないのにその喋りは怖いって。
前世の限界突破したオタク語りとは違う謎の熱量がある。
ちょっとこれは、オタクあるあるだよね~とは言えない……
そして一番の問題は、何を言ってるのかさっぱり分からないってことだ。
格好良い単語がものすごい勢いで飛び交っているのだけは分かる。男のロマンを刺激する素晴らしい響きなのは間違いないのだけども、僕の脳の処理速度を遥かに超え怪電波の羅列にしか聞こえない。
「……うん、うん。そうだねー。で、要約するとどういうことかな?」
あまりにも話が終わる気配がないので、僕は人差し指を立てて、笑顔のままミルの超高速詠唱をストップさせた。
ミルは「あ、ごめんね」とちょっと照れくさそうに頬を掻いているのをみて、あぁ~…恥じらいあったんだ……
コホンと一つ咳払いをして、今度は驚くほど簡単にまとめた返答をくれた。
「要するにさ、自作の『魔改造VR』を使って脳内で何千万回も実戦の『死に覚え』を繰り返してね、その戦闘経験を魔力で肉体に強制書き込み(インストール)したんだよぉ。だから、剣はそこまで得意じゃないんだよねぇ」
……僕は心の中で叫ぶことにすら疲れた。だから、代わりにミルの頭を叩いてやった。こう手首のスナップを効かせてね。
「えっ? イタっ! 何っ!?」
ペチンといい音が鳴った。うむ、満足。
どうして叩かれたのか分からず、不思議そうに見てくるのでこう言ってやったのだ。
「ずるいっ!」
「えぇ!? ずるくないよっ!?」
いいや、ずるい。魔改造したVRで死に覚え? 戦闘経験をインストール? 何でそんな楽しそうな事を僕をさしおいてやっていたんだ。これをずるいと言わずとして何と言えばいいのだろうか。
まぁ、確かに、あっちの世界じゃ実戦経験を積むのは難度が高いのは分かるんだけどさ。実際、僕も満足するほど実戦は出来なかった訳だしね。あれ? って言うかー…身体鍛えてないんじゃない?
「実際に身体を鍛えてないじゃないか」
「あぁ、うん。それはそうなんだけど」
よし、僕の核心をついた指摘に困ったように苦笑している。 やっぱり、ずるはダメだよね~
「大体、VR特訓(?)で、どうして身体まで鍛えられるのさ? おかしくない?」
「それは、VR内の絶命の危機において脳が放つ限界突破した神経信号がね。それを体内の魔力がアンプのように数千倍に増幅して現実の微細な筋肉細胞を――」
あぁ、ミル式高速詠唱が始まってしまった。 つまり、どう言う事だ? 要約すると…
「えーっと、簡単に言うと、魔力を使ったイメージトレーニングを、死ぬほどやりすぎたせいで、現実の身体までバキバキに鍛えられちゃったってこと?」
ミル式高速詠唱が止まり、少し驚いたように小さくうなずいた。
「そうだね~ すっごく簡単に言うとそんな感じだねぇ~ ……厳密には、イメージじゃなくて高周期の擬似運動による筋繊維の超回復なんだけど……」
小声でまだ何か言っているけど…自分の説明が伝わったと思ったのだろうか。実際は半分も分からなかったんだけども。
ただ、一つだけ分かったと言うか、確信したことがある。
僕はミルの身体を改めて上から下まで見た。…うん、やっぱり見た目は普通だ。どっちかと言うと細身で頼りないように見える。つまり、彼もフィジカルをしまっているんだろう。それなら納得だ。
しかし、それはそれとして。
「ミル………それは、変だよ」
――って、どうして君が「こいつ何言ってるんだ?」みたいなきょとんとした顔をしてるのさ。変なのは100%君の方だからね?
と、まぁ、リスペクト出来るような出来ないような、お互いの修行時代の話をした。
ただ、ミルのあの高速詠唱の中で、強く引っかかった言葉がある。
――『最強の力である核を安全に自由に使えば、それは最強である』という、ミルの最強論だ。
……よく聞き取れたな僕。えらいぞ。
僕が目指すのは、核をまともに喰らっても蒸発しない究極の肉体と魔力。対してミルが目指すのは、核の力を安全にコントロールして自分の手で放つこと。
アプローチは全く違うけれど、目指す頂が同じなのは素真に嬉しかった。
陰の実力者は孤高であらねばならない。それは大前提だ。
だけど、そこはそれ。こうして同じ高みを目指す『同士』に出会えたということは嬉しいものだ。ミルと僕じゃ見た目も属性も違うからキャラが被る心配もないしね。
その後は、しばらく他愛のない世間話を交わす時間が流れる。久しぶりに他人から聞く日本の話は、未練はないけれど、どこか懐かしい響きを帯びて少し優しい気持ちにな……ってる場合じゃなかった! そうだ、そうだ。重要なことを思い出したぞっ。
今回も読んでいただきありがとうございました。
新しいお話がスタートして、シドの視点から描かれる二人の空気感、楽しんでいただけると幸いです。
文中のミル式高速詠唱は、シドと同じく「格好良いけど何言ってるかさっぱり分からない!」となったら、雰囲気で読み飛ばしていただいて大丈夫です(笑)。
今後の更新スケジュールですが、一旦は【毎週金曜日の22:50】に定期投稿していきたいと思います。
それでは、また金曜日の夜に。