騎士兎さん、毒娘の過剰摂取にはご注意を   作:たそ@ハーメルン

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短編集
トリッチ・トラッチ・トニック


01 副隊長なら仕方ない

 

「見たんだよ」

 

第5小隊の詰所で、一人の隊員が声を潜めた。

 

「昨晩、副隊長が女の人と密会してるところ」

「んなアホな」

「あの副隊長だぞ? 槍とデートしてたって方がまだ信じられる」

「本当だって! 二人きりで物陰に隠れてたんだ。距離もすげぇ近かった」

「ほーん。それで、どこで見たんだよ」

「城門の外。巡回中に、話し声が聞こえたからこっそり木の陰から覗いたら、副隊長が誰かと楽しそうに会話してた」

「楽しそうな副隊長とか怖すぎる」

「新しい罠でも仕掛けてたんじゃねぇの」

「……いや、待て。確か、夜間訓練の途中で副隊長が抜けてた時間があったな」

「そう言えば、訓練の後半はやたら上機嫌だったような……」

「おいおいマジかよ」

「急に信憑性が増したぞ!?」

 

机を囲んでいた隊員たちが、いっせいに身を乗り出した。

 

「どんな相手だった? 顔は見たか?」

「紫色の髪で、マントを羽織ってた。小柄だったし、たぶん若い。副隊長と同じくらいかも」

「可愛かったか!?」

「暗くて顔は見えなかった。俺も粘ったんだが、あと一歩のところで副隊長に睨まれた」

「覗いてたのバレてるじゃねーか」

「今日の訓練が倍になったの、絶対お前のせいだろ!」

「でも、何でわざわざ夜に隠れて会ってんだ? なんかやましいことでもあんのか……?」

「そういえば、小瓶みたいなのをやり取りしてた気もする」

「小瓶!?」

「毒か!? 闇取引か!?」

「バカ! 副隊長がそんな怪しいやつと取引なんて……しそうだな」

「自分から持ち掛けてるかもしれない」

「毒ならより積極的になってるまである」

「じゃあ、心配する必要ないか」

「むしろ相手が心配になってきた」

 

そこへ、書類の束を抱えたミカが入ってきた。

 

「あの、皆さん。先ほどから何を……?」

「ミカ! 大変だ! 副隊長が闇取引してるかもしれん!」

「えっ!?」

「しかも毒まで買ってるっぽい」

「ど、どういうことですか!?」

 

ひとしきり説明を聞いたミカは、困ったように眉を下げた。

 

「……あの、それは普通にお薬を買っていたのでは?」

「……薬?」

「はい。副隊長、スメールの薬売りさんから、よくお薬を買っていらっしゃいますし……。紫色の髪の、小柄な方なので……もしかしたら」

「なんだ、ただの買い物か」

「勝手に勘違いしていたのは皆さんでしょう!?」

 

ミカはほっと息をついた。

 

「……いや、待て」

「まだ何かあるのか?」

「副隊長、瓶を受け取った時、すっげぇ嬉しそうに笑ってたんだ」

「……ただの薬を買って?」

「ああ」

 

誰かが、ぽつりと呟いた。

 

「……やっぱり毒だな」

「毒だ」

「絶対に毒だ」

「皆さん!!」

 

 

 

---------------

 

 

02 レンジャー長は見た

 

「こんにちは、ヴィシュカ。久しぶりだね」

「あら、レンジャー長さん、こんにちは。あたしのお店に直接来るなんて、珍しいわねぇ?」

「君に教わった湿布薬について、報告したくてね」

 

作業台越しに、ティナリはメモを差し出した。

 

「使用した四人の経過報告だよ」

「律儀に書き起こしてくれたの? あたしはなかなかデータが取れないから、とっても助かるわぁ」

「そうだろうと思ってね。……この二人が、翌日体調を崩した。副作用かもしれない」

「お仕事で、無理に身体を動かしたりした?」

「軽く周囲を巡回したって。『すぐ痛みが引いたから、もう大丈夫だと思った』と言ってたよ」

「使っている間は、安静にしてなきゃダメって言ったのに」

「それは僕からも注意した。処方時の注意にはちゃんと従うようにってね。特に、君の薬を使う時は」

「あなたが言ってくれたなら、次は守ってくれそうねぇ」

「とりあえず、現段階での報告はここまでだ。残りの二人の経過は、もう少し追ってみるつもりだよ」

「ありがとう。他のお薬についても、お願いねぇ♪」

「まったく……。君の調合を見るたびに心配になるよ。腕は信用してるけど、あんまり型破りなことはするもんじゃない」

「ふふっ。疑われるのは嫌いじゃないわ。効くだけのお薬じゃ、困るでしょう」

 

ヴィシュカは笑いながら、薬品棚から手帳を取り出した。

 

「あたしも相談していいかしら。この調合なのだけれど」

「……ずいぶん際どい配合だね。これ以上効き目を強くするつもりなら、僕はアドバイスしないよ」

「違うわよぉ。普通のお薬が効きにくい子がいてね。効き目は落とさず、刺激を減らしたくて」

「『三日目。辛味が足りない』……何だい、これは」

「お客様のありがたーいお言葉よぉ。毎回感想をくれるの」

「これ、全部同じ人の記録かい?」

「そうよ。常連さんなの」

 

ティナリは、さらに一頁めくった。

余白には薬効の記録より長い文章が続いている。

 

「任務の日まで記録しているのかい?」

「予定が分からないと、次のお薬を用意できないでしょう?」

「……休みの日も書いてあるけど」

「休みだからって大人しくしてくれる子じゃないのよぉ」

「その人のこと、ずいぶん知っているんだね」

「そうかしら? 分からないことばかりで、困っているくらいだけど」

「その人の名前を聞いても?」

「ローエン。モンドの騎士さんなの」

「ああ、前にも話していた……」

 

ティナリの耳が、ぴくりと動いた。

 

「それで、相談はこれだけかな?」

「実は、あと三つあるの」

「……全部、彼の?」

「ええ。レンジャー長さんが来てくれてよかったわぁ♪」

 

ヴィシュカは楽しそうに頁を繰った。

ティナリはため息をついて、客用の椅子に深く座り直した。

 

 

 

---------------

 

 

03 大団長のお悩み相談

 

「そう言えば、ローエン。お前、ヴィシュカ嬢と仲がいいらしいな」

「あん?」

「隊員たちの間で噂になってるぞ。お前が新しい毒の仕入れ先を見つけたって」

 

ファルカは、ローエンが提出した書類に目を通しながら続ける。

 

「へえ、そうかよ。くだらねぇこと話してねぇで、早くサインくれ」

「今読んでるからちょっと待てって! ……お前が一番彼女と親しいと見込んで、頼みがある」

「……なんだよ」

「あのお嬢さんと仲良くするコツを教えてくれないか?」

「はあ?」

「最近うちの医療班も、お嬢さんの薬を買い始めただろう。先日、納品用の薬箱を運んでやろうとしたら、断られたんだ」

「本人が持てるってなら持たせとけよ」

「昨日なんて、挨拶したら、笑顔で会釈して回れ右して戻っていったんだぞ。これが偶然か?」

「思いっきり避けられてんなァ。ハハハッ」

「年頃のお嬢さんを怖がらせるのは本意じゃないが、立場上、全く顔を合わせないというわけにもいかん。頼む、お前だけが頼りだ!」

 

手を合わせるファルカに、ローエンは呆れた顔を向けた。

 

「やたらでけぇから、警戒されてんじゃねぇの。縮こまって下から話しかけてみろよ」

「お前、他人事だと思って適当言ってるだろ」

「じゃあ、酒臭ぇおっさんが嫌なんだろ」

「やっぱり、そういうお年頃か……」

「知らねぇけどな」

「うーむ。それだけならいいんだが……俺相手に限らず、時々ひどく怯えたような顔をするのが、気になってな」

 

ローエンは笑うのをやめた。

 

「……あいつは『近づくな』って言ったのか?」

「いや、何も。俺の感覚だ」

「なら、あいつのペースに任せときゃいい」

「今のままでいい、と?」

「用がありゃ普通に話せばいい。何かしてやろうと構えるから、余計警戒されんだろ」

「……なるほどな。こっちが気を遣いすぎてたか」

「そういうこった」

「はっはっは! なるほど、一本取られた!」

 

ファルカは署名した書類を差し出した。

 

「そうそう。医療班の連中が言っていたぞ。お嬢さん、納品に来るたびお前の話をするそうだ。注文の多い、困った常連客だとな」

「注文の多いだあ? 毎回あれこれ感想を聞いてくんのはあいつのほうだぞ。俺ほど物分かりのいい客、そういねぇよ」

「はっはっは! 仲がよさそうで何よりだ。……遠征の時が懐かしいな。お前が目を泣き腫らしたヴィシュカ嬢を連れて朝帰りしたときは、何事かと思ったぞ」

「怪我人を連れてきただけだろ。いつまでも大げさなんだよ」

「今じゃずいぶん気を許してもらってるようだ。……よかったな」

「……フン」

 

ローエンは書類を受け取り、執務室を後にした。

 

「気を許してもらってる、ねぇ」

 

ふと唇に触れかけて、ローエンは手を止めた。

 

「……チッ」

 

代わりにポケットからガムを取り出し、口へ放り込んだ。

 

 

 

---------------

 

 

04 知らない店番さん

 

ヴィシュカの店に入った瞬間、コレイは足を止めた。

普段はヴィシュカがいるはずの作業台の向こう側で、知らない男が退屈そうに本を読んでいる。

 

「えっ、と……」

「あ? 何だ、客か?」

「その……ヴィシュカさんは……」

「裏に薬草を採りに行った」

「あなたは……?」

「店番させられてる客」

「そ、そうですか……」

 

コレイは男から距離を取りつつ、客用の椅子に腰かけた。

店内には、男が頁をめくる音だけが響いていた。

 

「……おい」

「は、はい!?」

「名前を教えろ。取り置きなら、後ろの薬棚に用意してあるはずだ」

「こ、コレイです……」

「コレイ? ……これか」

「か、勝手に取っていいんですか?」

「嫌なら待ってろ」

「はあ……」

「ローエン、お待たせ……って、コレイちゃん!?」

「ヴィシュカさん……! よかった、来てくれて……!」

「ごめんなさいね、ちょっと薬草を採りに行ってて! すぐに用意するわ」

「遅ぇよ。待ちくたびれた」

「あなたの薬草を採りに行ってたのよぉ!?」

「だから店番してやっただろ。……ほら、お客様のご希望の品はこれだろ?」

「もう! ……コレイちゃん、お待たせ。今回の注文分よぉ」

「あ、ありがとう!」

 

コレイは薬瓶を急いで鞄へ入れた。

瓶同士がぶつかり合い、こつんと鳴る。

 

「おい、割るぞ。布かなんか巻け」

「え? ……わっ!」

 

男が急に身を乗り出したので、コレイは反射的に鞄を抱え込んだ。

 

「ちょっとローエン!?」

「……取らねぇよ」

「す、すみません。びっくりして……」

「瓶を出せ、包んでやる」

「これですか……?」

「ぶつかったら割れるだろ。間に布を噛ませとけ。片方に巻けば十分だ」

「本当だ……。店番さん、上手なんですね」

「客だって言ってんだろ」

「ご、ごめんなさい!」

「……ふふっ」

「おいヴィシュカ。なに笑ってんだ」

「だって、ちゃんとお客さんのお世話までしてくれるんだもの」

「瓶が割れそうだったからだろ」

「あ、あの! 本当にありがとうございました!」

 

コレイは包み直してもらった瓶を、そっと鞄へ収めた。

 

「そうだ! ヴィシュカさんにも、お礼があるんです」

 

コレイは持ってきたベリーを差し出した。

 

「この前の薬のお礼です。すっごく苦かったけど、ちゃんと飲みきりました!」

 

ヴィシュカはベリーより先に、コレイの顔を見た。

 

「偉いわぁ。もう痛くないのね?」

「はい!」

「それはよかった。ベリーもありがとう。今夜、早速いただくわねぇ」

 

コレイは二人に小さく手を振り、店を後にした。

帰り道、コレイは鞄をもう一度揺らした。

もう、瓶がぶつかる音はしなかった。

 

 

 

---------------

 

 

05 副隊長の薬箱

 

補給品の点検に来たミカは、ローエンの薬箱を開いて目を丸くした。

大きさの違う薬瓶が、どれも金具に収まっている。

揺らしても瓶同士が触れ合わない。

 

「副隊長、この固定具は支給品ではありませんよね?」

「自作だ。ヴィシュカの瓶は寸法が毎回違うからな」

「揃えてもらわないんですか?」

「薬に合わせて形を変えるんだと。なら、こっちを合わせるしかねぇだろ」

 

ミカは端に空瓶を見つけた。

 

「これも保管するんですか?」

「次に返す。使い切るまでの日数も教えろだとよ」

「……こちらは?」

「次の分だ」

「もうお薬を注文されているんですか?」

「寸法だけ先に聞いてある」

「……ずいぶん用意がいいんですね」

「割れたら困るのはこっちだろ」

 

ミカは点検報告に、『医薬品の保管状況、良好』とだけ記すことにした。

 

 

 

---------------

 

 

06 おもり

 

「あれ、ローエン?」

 

モンドの林の外れで、旅人は足を止めた。

ローエンが木に凭れ、摘んだ野草を指先でくるくると回している。

 

「こんなところで何してるの?」

「おもり」

「その野草のか? 変わったおもりだな」

「んなわけねぇだろ」

「じゃあ、誰の――」

 

パイモンが聞き終わる前に、林の奥から悲鳴が上がった。

 

「ローエン、助けてぇ! こいつ、風元素が効かないのぉ!」

 

ローエンは野草を放り投げ、林の奥へ駆け出した。

旅人もすぐさま後に続く。

木々の間で、狂風のコアが風を巻き起こしていた。

ローエンが槍を構えると、冷気を帯びた穂先が風の塊を切り裂いた。

やがて風が収まり、散らばった薬草が地面へ落ちる。

 

「うぅ……。こんな敵がいるなんて、聞いてないわよぉ……」

「お前、ヴィシュカか? モンドに来てたのか!」

「あら、パイモンちゃん? それに旅人さんも。久しぶりねぇ」

「久しぶり、ヴィシュカ。怪我はない?」

「大丈夫よぉ。……そうだわ、薬草が!」

「もう持ってる。籠のまま向こうに吹っ飛んでた」

「ありがとう、ローエン。……よかった、中身は無事だわぁ」

「俺の言った通り、蓋付きに変えておいて正解だったろ」

「そうねぇ。誰かさんがそばにいてくれたら、あんな奴に襲われて、籠が飛んでっちゃうこともなかったでしょうけれど」

「ハハッ、そりゃ悪かったな。『これで最後』って言いながらどんどん奥へ行きやがって。もう元のルートには戻れねぇぞ」

「だって、スメールでは珍しい薬草が次から次へと見つかるんだもの。見て、これなんて向こうじゃ貴重なのよぉ」

「あれ、その葉っぱなら、オイラたちもさっき見たぞ」

「本当!?」

「おう。向こうの茂みだ!」

「ありがとう、パイモンちゃん。……ローエン、早速行くわよ!」

「……おい。また『これで最後』か?」

「今度こそ、本当に最後よぉ!」

「へいへい」

 

文句を言いながらも、ローエンはヴィシュカの隣へ歩き出した。

茂みまで来ると、ヴィシュカはしゃがみ込み、目当ての薬草を探し始めた。

 

「……おい、こっちも薬草か?」

 

ローエンがすぐ脇の葉に手を伸ばしかけた。

 

「待って、ローエン!」

 

ヴィシュカが彼の袖を引く。

 

「その葉には触らないで。裏に細かい棘があるの。刺さると手が痺れちゃうわよぉ」

「……へえ。毒か?」

「もう! 何を嬉しそうにしてるのよぉ」

「気になるだろ、そりゃ」

「何でもかんでも手を出しちゃダメよぉ。本当に危ないものだって、世の中にはいっぱいあるんだから」

「どの口が言ってんだ」

 

ヴィシュカは笑いながら、ローエンの袖を掴んだまま歩き出した。

ローエンも、その手を振りほどかずについていく。

二人を見送って、パイモンがぽつりと呟いた。

 

「あれ、どっちがおもりなんだ?」

「……両方じゃない?」

 

 

 

---------------

 

 

07 陽の当たる場所

 

秘聞の館の執務室には、午後の日差しが差し込んでいた。

ネフェルは机に並んだ薬瓶を一本持ち上げ、光に透かして眺めた。

 

「ナド・クライでも、あんたの薬の売り上げは上々だよ、ヴィシュカ」

「ふふっ。ネフェルさんが販売ルートを拓いてくれたおかげよぉ」

「こっちも、手数料でだいぶ稼がせてもらってるからねぇ。値を上げても注文が減らないんだ。まったく、ありがたい商売だよ」

「それなら、次の便は少し多めに用意しましょうか?」

「助かるね。……そうだ」

 

ネフェルは引き出しから、一通の封書を取り出した。

 

「『蜜花』にも依頼が来てるけど……受けるかい?」

 

ヴィシュカは封書へ目を向けた。

けれど、手は伸ばさない。

 

「……このところ、薬売りのお仕事が忙しいの。だから、『蜜花』は当分お休み」

「へえ。随分あっさり決めるんだね。中身も見なくていいのかい?」

「見たら、引き受けないといけなくなっちゃうかもしれないでしょう?」

「なるほどね」

 

ネフェルは笑い、封書を引き出しへ戻した。

 

「じゃあ、断りを入れておくよ。いつまで休むつもりなんだい?」

「まだ決めてないわぁ。今は、捌かなきゃいけない注文がたくさんあるの」

「そりゃ結構。こっちとしても、売り上げが増えるならそれに越したことはないからね。……だけど、用心するんだよ。あんたのことを嗅ぎまわってる連中は多いんだ」

「ええ」

「『蜜花』を探してる連中だけじゃない。あんたの身体には、あんたが思っている以上に価値があるんだ。あんまり派手な騒ぎになると、大マハマトラまで動くかもしれないよ」

「……大マハマトラ様まで?」

「そうなったら、あんただって困るだろう?」

「……あの方の手を煩わせるのは、申し訳ないわ」

「あんたねぇ。まずは自分の身を心配しな」

「もちろん、気をつけるわよぉ」

「まったく。本当に分かってるんだか」

 

ネフェルはため息をついて、机の上のリストをヴィシュカに手渡した。

 

「これが、次の注文リストだよ。あとはいつも通り、在庫から予備分を見繕っておくれ」

「分かったわぁ。新作のお薬もあるから、それも入れておくわねぇ」

「また新しいのができたのかい? 最近はかどってるじゃないか」

「あら。お薬を作るのは、昔から大好きよぉ?」

「ふふっ。そうだったね」

 

ヴィシュカはリストを鞄にしまい、立ち上がった。

 

「それじゃあ、ネフェルさん。また次の便で」

「ああ。気をつけてお帰り」

 

ヴィシュカが部屋を出て間もなく、廊下から楽しげな笑い声が聞こえてきた。

ヤフォダと立ち話でもしているのだろう。

以前は夜の雨林でしか聞かなかったその笑い声を、最近はずいぶん明るい場所で聞くようになった。

 

「……いい商売を見つけたもんだね、『蜜花』」

 

 

 

---------------

 

 

08 お友達の設計図

 

「あっ! 君、あの時の薬売りの子じゃないか!?」

「あら?」

「やっぱりそうだ! 僕はカーヴェ。前に、このオルモス港で、君の薬に助けられた男だよ」

「……もしかして、二日酔いでうずくまってた、建築家さん? よく覚えてるわぁ。あの時は、とっても面白いお顔をしていたものねぇ」

「うぐっ! そりゃあ、あんなに苦い薬を飲まされたら誰だって――いや、効き目は本当に素晴らしかったんだが!」

「ふふふっ。二度とあの苦いお薬を飲みたくなかったら、お酒はほどほどにねぇ」

「……肝に銘じるよ」

 

カーヴェは咳払いをすると、抱えていた図面の筒を持ち上げた。

 

「それで本題なんだけど、あの時のお礼がしたくてね」

「まあ。お礼なら、もういただいたのに」

「僕の悲鳴を代金にするのは、どうかと思うよ! ……でも、君はそう言うと思った。あの時はお金を受け取ってくれなかったしね。だから、僕なりのお礼を考えてきたんだ」

 

カーヴェが広げた図面には、持ち手のついた小さな箱が描かれていた。

 

「薬草採取用の道具箱だよ。仕切りを動かせるようにしてあるし、蓋を開けば展示台にもなる。どうだい?」

「これを、あたしのために、わざわざ?」

「もちろんさ!」

「でも、こんなに立派なものをいただくわけにはいかないわぁ。お薬一本のお代には高すぎるでしょう?」

「お金じゃないよ。君に助けられたから、僕も何かしたいと思ったんだ。まだ設計図だけだし、気に入らなければ断ってくれていい。ただ、使う人の意見は聞いてみたいんだ」

「……それなら」

 

ヴィシュカは図面の端を指さした。

 

「この仕切り、もう少し細かく分けられるかしら?」

「もちろん!」

「それと、雨林は地面が湿っているから、箱の底を少し浮かせられると嬉しいわぁ」

「なるほど。折り畳み式の脚をつけるか……」

 

カーヴェはそこでようやく、傍らに男が立っていることに気づいた。

 

「……君は?」

「あら、ローエン。いつからそこに?」

「最初からいたろうが」

「ふふっ。冗談よぉ」

「ああ、知り合いがいたのか! ごめん、つい図面に夢中になってしまって……。僕はカーヴェだ。よろしく!」

「おう。……で、その脚、蓋を開けたら前に倒れねぇか?」

「あっ、確かに! 瓶を並べたら重心が前に寄ってしまうな」

 

カーヴェは図面を覗き込んだ。

 

「君も、こういうものに詳しいのかい?」

「詳しくはねぇが、こいつの薬箱の構造は知ってる。店番までさせられたからな」

「あの時は助かったわぁ」

「二度とやらねぇぞ」

「ふふっ。そう言いながら、いろいろ考えてくれるんだもの」

 

カーヴェは二人を見比べた。

 

「君たち、ずいぶん仲がいいんだね。友達なのかい?」

「お友達?」

 

ヴィシュカが首を傾げる。

 

「ローエン、あたしたちってお友達なの?」

「俺に聞くのかよ」

「だって、お友達って誰が決めることなのか分からないんだもの」

「……お前がどう思うかは、お前が自分で決めていいだろ」

「勝手には決まらないの?」

「……時と場合によるんじゃねぇの」

「ふぅん。人間関係って、大変なのねぇ」

 

ヴィシュカは少し考え、それから図面へ目を戻した。

 

「ねえ、カーヴェさん。この道具箱のこと、また今度相談していいかしら? 今の薬箱と見比べて、しっかり考えたいわ」

「もちろん! この図面はぜひ持って帰ってくれ。僕も、それまでにもう少し案を練っておくよ」

 

カーヴェが嬉しそうに図面を巻く傍らで、ヴィシュカは鞄から小さな包みを取り出した。

 

「カーヴェさん、よかったらこれを持っていって」

「何だい?」

「飴よぉ。お仕事で疲れた時の気分転換にでもどうぞ。味はお楽しみ♪」

「ハハッ。気をつけろよ。こいつの『お楽しみ』は、ろくなことにならねぇからな」

「まさか、あの時の薬みたいな――」

「ふふっ。どうかしらぁ?」

「僕の悲鳴は、おかわり自由じゃないんだけどね!?」

 

 

 

---------------

 

 

09 懐にしまう

 

「はい、いつものお薬。残りが少なくなったら、また来てちょうだいねぇ」

「おう」

 

ローエンはヴィシュカから受け取った薬瓶を、薬瓶を一つずつ鞄に収めた。

そして最後の一本を、懐に滑り込ませた。

 

「あら、そんなところにも入れられるの?」

「手元になきゃ、いざって時に使えねぇだろ。割れ物をまとめて持ち歩くわけにもいかねぇから、分散させてる」

「どんな構造? 参考にしたいから見せてちょうだい」

「今か?」

「ダメ?」

「構わねぇけど。ほら」

 

ローエンが外套の前を少し開くと、ヴィシュカがその中を覗き込む。

彼女の柔らかな髪が、ローエンの胸元をくすぐる。

 

「革のベルトを縫い付けたのね……。これからは、瓶の大きさを揃えたほうがいい?」

「いや、今まで通りでいい。ここにはいつもの傷薬くらいしか入れねぇしな」

「分かったわ。あの大きさの瓶がピッタリはまるのね。覚えておくわぁ。……こっちも何かあるの? 触ってもいい?」

「分かった分かった。貸してやるから、自分で着てみろ」

「あら、いいの?」

「おう」

 

ローエンは懐の小瓶を鞄に収め、外套を脱いで差し出した。

ヴィシュカが嬉しそうに袖を通すと、すっぽりと外套に埋もれてしまった。

裾は余り、肩の鎧もずり落ちかかっている。

 

「すっごく重い……。あなた、いつもこんなのを着て暴れまわってたのぉ?」

「暴れまわるってなんだよ。……騎士団の装備なんざ、大体こんなもんだ。ある程度丈夫じゃねぇと、戦闘なんてやってられねぇだろ」

「騎士さんって大変なのねぇ」

 

ヴィシュカは裾を持ち上げたり、くるりと回ったりと、すっかりはしゃいでいる。

大きすぎる肩当てが揺れるたび、ローエンの口元も緩んだ。

こんなふうに彼女を目で追う理由を、もうほかの何かに言い換える気はなかった。

 

「ねえ、こっちの袋は何?」

「煙幕」

「これは?」

「矢だな」

「腰にしまってるんじゃなかったの?」

「そっちにもある。どっちの手でも取り出せるようにな」

「ふぅん。この手首の弓で撃つんでしょう? 器用ねぇ」

 

ヴィシュカはローエンの手を取り、手首に取り付けられた弓をしげしげと眺めた。

 

「撃ってみるか?」

「いいの? あたしにもできるかしら?」

「支えといてやるよ。……一旦外套を脱げ。袖が邪魔になる」

「ええ? あったかいのよ。このままじゃダメ?」

「……また貸してやる」

「それなら仕方ないわねぇ」

 

ローエンは受け取った外套を脇に置くと、手首の弓を外し、ヴィシュカの左腕に留め直した。

 

「まずは構えからだ。撃つのは外に出てからな」

「分かったわぁ」

 

ローエンはヴィシュカの背後へ回った。

 

「左腕を上げてみろ」

「こう?」

「そうだ。……もうちょい肘を張れ」

 

ローエンはヴィシュカの左手に自分の手を重ね、もう片方の手を腰へ添えて重心を整えた。

手袋越しに、互いの指が重なる。

甘い花の香りに、ミントの香りが混ざった。

すぐそばにある彼女の横顔へ、ローエンは目を向けた。

ヴィシュカは真剣な顔で、手首の弓を見つめている。

 

「……ねえ、ローエン」

「あ?」

 

視線がかち合う。

シアンブルーの瞳が、すぐそこにある。

熟れた果実のような唇が、わずかに開く。

 

「弓って、どうやって撃つの?」

「そこからかよ」

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