戦闘が終わると同時に丹霞子のもとへと集まってきた崆峒派の人間の一人に投げ飛ばされた趙活は、ちょうどよく夏侯蘭の足元に墜落した。
「いてて。あ、師匠。お怪我はありませんか?」
「ああ、幸いここまで千灯楼の連中は来なかった」
「それはよかった。それにしても崆峒派の方々が来てよかったですね。最初こそどうなるかと思いましたが、あっという間に蹴散らしちゃった」
「わざわざ玄功門の掌門が寄こした人間だ。それなりに選び抜かれた者たちだろう」
「これだけの人がいれば、小竹と小梅は大丈夫ですかね」
丹霞子が崆峒派の人間からの人望が高いこと、そしてこれまでの戦闘で彼の強さもそれなりに分かっている趙活は、自分が以前戦った金鳥上人ごとき到底かなわないと分かっていた。
あの男はあくまで狡猾な人間なだけであり、特別武功に秀でているわけではなかった。
あの程度の男なら丹霞子があっさり倒して、崆峒派に平穏をもたらし、小梅らを救ってくれるだろう。
そんな思いが、趙活の胸に浮かんだ。
「彼らの目的はあくまで丹霞子に掌派人になってもらうことだ。小梅たちの救出ではない。弟子が帰りたいというのなら私は止めないが、その分、助かる見込みは減るだろう」
「そう……ですね。少し卑屈になってたみたいです」
「ああ。助けるんだろう。私をここまで連れてきたんだ。どうせならかっこいいところを見せて惚れ直させて見せろ」
「はい!」
胸の内にあった迷いが晴れ、趙活は自分が何のためにここにいるのか再確認する。
師妹を救う。そのためにここまで来たはずだ。
「趙兄弟、お主も来て聞くがいい。一緒に策を練ろう」
「分かりました」
丹霞子に呼ばれた、趙活は夏侯蘭の元を離れ崆峒派の人々が集まる丹霞子のもとへと向かうのだった。
玄功門から送られた黄師姉の話を聞き、今の内戦の戦況を把握する。反乱を指揮する金鳥上人側には白兵戦を得意とする飛天門の門徒が多く集まっていることもあり、あまり芳しくないようだった。黄龍泉では大敗を喫し、蝋燭峰はもはや陥落寸前。奪魄門の門徒を優先的に回すことでなんとか戦線を保っていた。
数的には魏掌門の方が優勢だが、個々の戦力では圧倒的に負けている状況、今の崆峒ではぎりぎりの戦いが繰り広げられていることが容易に想像できる。
「最初こそ共に金鳥上人を弾劾した護法も今やバラバラです。火護法は飛天門につき、水護法も黄龍泉での戦いに敗れ、金鳥側に下りました。地護法は当門の魏掌門のおそばに控えております。風護法と奪魄門の嫡伝女弟子、夏侯師姉は行方知れ───」
「呼んだか?」
行方知れず。
そう言おうとしたタイミングで、行方知れずであり崆峒の最高戦力の一人である夏侯蘭が現れた。
「え!?か、夏侯師姉!いらっしゃったんですか!!!」
「ああ、一緒についてきた」
「お二人がいれば金鳥上人の敗北は必至、私たちに負けはない───」
「悪いが私は戦えん。訳があってな、戦力としては見ないでくれると助かる」
「え」
ぱあっと明るくなっていた師姉の顔が曇る。
丹霞子と夏侯蘭の二人が揃えば飛天門ごときちぎっては投げ、ちぎっては投げと、そんな勝利への方程式がはじき出されていたことだろう。
「わ、わかりました」
なぜ戦えないのか、納得できてはいないのが顔から分かるが夏侯蘭相手に食い下がるような真似はしなかった。
賢明な判断である。
夏侯蘭は当初いない想定で動いていた以上、作戦に変化が生じることはない。
丹霞子を主戦力として金鳥上人と戦ってもらい掌派人にさせる。以前から魏菊が描いていた未来図と寸分たがわない。
「それと、奪魄門の大弟子、荊紅が戻ってきました」
「わざわざ戻ってきたのか?」
「師匠のお知り合いで?」
「いや、同門として顔を知っているぐらいだが、一方的に嫌われていた」
夏侯蘭が嫌われそうな理由がいくつも浮かんだ趙活だったが、どれを口に出しても頭をねじ切られそうだったので固く口を閉じた。
「今は金鳥上人の手先として戦っております」
「崆峒への憂さ晴らしか、はたまた千灯楼の人間にでもなったか」
一体どんな人物なのか、趙活には分からなかったが大弟子と呼ばれるぐらいならそれなりの実力者であることがうかがえる。
遭遇することなく終わるといいな、なんて消極的な願望が心の中に浮かぶが自分の悪運の悪さを思い出し、一人恐れおののいていた。
「将軍に申し上げます。お前……いえ、あなた様より仰せつかった件。すべて片付きました」
その知らせを聞き、丹霞子は出撃を命令する。
しかし、それは魏掌門が想定していたものではなかった。
一切脇目もふらず、正々堂々と山を駆け登る。
まさしくそれは、掌派人就任の儀──四門巡礼。
「拙者の帰還を知れば、金鳥上人は乾坤一擲に出るだろう。なら、それを逆手に取り真正面から叩き切るだけのこと」
「ははは!いいぞ!それでこそ俺たちの大旗だ!」
「風火義従、令を聞け。我に続き、山へ上って道を問うのだ!」
丹霞子の号令に従い、崆峒派の弟子たちが彼の後に続く。
どの弟子の顔にも不安も迷いもない。丹霞子が金鳥上人を打ち破り、掌派人になる。皆の顔に希望が満ち溢れていた。
「師匠。俺たちも続きましょう。崆峒に入れれば、小梅たちを救出する手立ても見つかるはずです」
「……ああ、そうだな」
「なにかありましたか?」
少し、反応が悪い。
いつもとは違うわずかな違いに気づいた趙活がどうしたのか問う。
「いや、なんでもない。さっさと救ってさっさと帰ろう。師匠は疲れた」
「道長がいればすぐ終わりますよ!内乱が終わった崆峒で少しばかり休憩しても三師兄は怒らないでしょうし、数日休養を取ってからここを出るとしましょう」
丹霞子らに遅れないように趙活が歩き出す。
その足取りは、実に軽やかだった。
次回 小梅ら救出
次々回 掌派人争い
次々々回 後日談
といった感じになると思います。