条件2.他ヒロインを攻略せず想い人が小姉妹で好感度が80以上
条件3.西武林盟を成立させる
条件4.小師妹の帰郷イベントで近寄る小師妹を制止しない
条件5.瑞笙との決闘に勝利する
趙活の人生で最大の過ちは何か。
親に捨てられ唐門への手土産に持たされた4つの卵、その1つを空腹のあまり食べてしまい内弟子になれなかったことか?
──違う。どれほど努力しても内弟子になれなかった理由は実父との約束だったと掌門より謝罪され、外弟子であることのコンプレックスは消えた。
では、醜い顔に産まれたことか。
──違う。確かに醜い顔で大いに苦労した。いつも顔だけで卑しい人物だと決めつけられ尊厳を傷付けられてきた。けど、それを気にしない人が、愛してくれる人が居た。しかし──
趙活最大の過ちは、その愛を義理により手放してしまったことだ。
●
裏山にて趙活は独り武功を磨く。
山上にある唐門の中でも裏山は特に俗世から離れた場所だ。雑用係の外弟子に過ぎなかったかつての趙活が他派の技を学ぶ姿は隠す必要があり、ここはうってつけの場所だった。
しかし今は違う、人目のつく場所で堂々と鍛錬しても誰も文句をつけないだろう。だが趙活はこの場所こそが鍛錬に最も集中できるのだ。
流れるように立て続けに技を放つ。その一つ一つの完成度は決して高くない、中途半端で見栄えが悪く多くの者は侮るだろう。
しかし見るものが見ればその武功の高みに気付く。
ただ1つ〈忘形篇〉の思想だけを柱とし、元来の型を忘れ、全てを変幻自在の暗器とする趙活の技は実戦でこそ恐ろしい。
今日もまた1つ秘笈から他派の技、その精髄を盗み出し自身の血肉に作り変えた。
調息をし内功の修練に移る。
師のいない趙活の内功は以前までは劣っていた。
技とは違い他派の内功をつまんで鍛えるのは陰陽の不調和をもたらし走火入魔の危険を伴う。趙活もこれまでに何度も失敗し大事になる前に諦めてきた。
それを見かねた友である南宮深が送った秘笈「巫山洞府九寶圖」に記された修練法が問題を解決した。陰陽は整い、歪だった内功修練が上手くいくようになった。
他派の手法を取り入れ、新たな内功の練り方を時間をかけて模索する。
●
趙活が手放した愛とは小師妹、唐家掌門の一人娘である唐黙鈴だ。
その母に頼まれ、幼い頃から面倒を見て、共に在るのが当たり前だった相手。愛は自身の一方的なものだと思っていたが、あの日そうではないことを知った。
そして選んだ義理とは小師妹も含む唐門そのもの。
唐門は趙活の家であり帰る場所だ。
ずっと自分を見てくれていた掌門、無数のトラブルに巻き込まれたが一番の悪友だった大師兄、威圧的で厳しいが目に掛けてくれた二師兄。
強く頼りになる彼等は失われた。
掌門代理となった三師兄は儒侠と名高く学も人徳もある人物だが、武功はいささか劣る。商人である四師兄も戦いを好む人ではなく、商人として大成する夢のために以前から10年単位の旅商をする準備をしている。
かつての恨みにより他派から攻撃を受け、危機にあった唐門において最も武功高い弟子は趙活だった。
趙活が唐門を支え門下の結束を固めなければならない。
あの日、三師兄の命で沈みつつある唐門から小師妹を逃がすために結婚相手を大々的に募り、江湖中から良縁が集まったのだ。お互い、想いに気付くのが遅すぎた。今更自分が掠め取るなど、唐門に対する裏切りだと趙活は考えてしまった。
小師妹がよい相手に嫁ぐ事は彼女にとっても唐門にとっても良い事だと自分の心を殺し、鳴らぬ筈の鈴を鳴らし涙する彼女を手放してしまった。
●
存分に時間をかけ内功を練り終わる。
本来雑用に追われる外弟子である趙活がこうして鍛錬に時間をかけられるのは、あの日の出来事が原因だ。
あの日、手勢を連れて騒ぎを起こし唐門の名声を汚そうとした崆峒派次期掌派人、金烏上人を正面から破った。武林中の名士が唐門に集まっていた日の事なのでその出来事はすぐさま広まることになる。
それ以降は趙活が雑用をすると師弟達に取り上げられるようになった。
腹を満たすために趙活は魚を捕る。
かつては糸を垂らして釣っていた魚だが、今はそこらに転がる石を投げるだけで容易く捕まえられる。
それは武功の高まりか、情緒を解する余裕を失ったからか、なんにせよ火を起こし魚を焼く。
パチパチと爆ぜる薪と脂の匂いを嗅ぐと、趙活はどうしても昔のことを思い出す。
師兄、師兄と自分の後ろをついて回り、釣った魚が焼き上がるのを待つあの娘を。
程よく焼けた魚を独り齧る。焦げてもないのに口には苦みが走った。
「師兄」
趙活の耳が小さな声を捉え、その方向に弾かれたように振り向く。
「えっ……小師妹?」
「うん。ただいま」
恋焦がれたその姿は、小師妹を想うあまり自分の頭が作り出した幻想だと趙活は思った。
しかし内功の高まりがその気配をしっかりと感じ取る。本物だ。
聞けば寝たきりになった掌門に会うため帰郷したらしい。裏山に来たのは大師兄の墓参りのためだという。
今、唐門は朝廷を後ろ盾に持つ武林盟に潰されようとしている。その前に一目故郷を見に来たのだろう。
「……」
「……」
疑問を解消し終えると趙活は何を話していいかわからなくなり言葉に詰まった。小師妹も元々口数が多い方ではなく黙っている。
かつて共に在った時も会話が無いことは珍しくはなかった。しかしその沈黙は心地良く、気まずいと思ったのは今日が初めてのことだった。
このままでは久しぶりに会えた小師妹が行ってしまう。そう思った趙活は何かないかと考える。
「あっ、これ、食うか?」
慌てていたせいか、焼き魚を差し出してから一口齧っていたことに気が付いた。
「食べる」
食べさしだと言うのに気にした様子はなく、小師妹は焼き魚を喜んで受け取り、小さな口で少しずつ食べる。その光景を目にし先程よりも鮮明に美しい過去を思い出す。
唐門を背負う今とは違い昔の趙活はただの雑用係、雑魚でしかない。しかしあの頃は苦しくも満ちていた。小師妹が側に居たからだ。
だが今の彼女は趙活の庇護を必要とする少女ではなく人の妻、彼女を守るのはその夫がやることだ。
趙活が悶々と考えている内に小師妹は焼き魚を食べ終えた。
「幸せに過ごせているか?」
つい趙活の口から言葉が出た。それは自分の後悔を薄れさせるためのくだらない質問だ。
「まあまあ」
小師妹はいつものように淡泊に答えた。
掌門から秘技「天地無音勢」を授けられた彼女は、身に着けた7つの鈴をいかなる時も鳴らさぬよう感情を表に出さない。
しかし趙活は鈴の音が聞こえたような気がして、気付いた。
彼女の夫、瑞笙は唐門を潰そうとしている武林盟の盟主だ。敵対する事になったが当代一の英雄少年であり好人物である彼は唐門から嫁いできたからといって小師妹を冷遇したりはしないだろう。
しかし小師妹側はどうだろうか、唐門の危機の中何もせずにいられるだろうか。唐門を大切に思っている彼女だから、嫁ぎ先で煙たがられることになってもきっと出来ることは全てしたに違いない。少なくとも趙活はそう確信している。
改めて小師妹を見る。嫁いで行った8ヶ月前よりも少し成長したその姿はいつも通り表情薄く淡泊だが、かつてより元気がないように思えた。
「すまない……こんな事になって君が平穏に過ごせている訳がないよな、頑張ってくれたんだろう」
小師妹はその言葉を聞くと目を見開き肩を震わせた。りぃんりぃんと鈴の音がなる。その音はあの時を思い起こさせ趙活の心が痛む。
「やっぱりそうか、ありがとう、小師妹」
彼女を逃がし守る為に嫁がせたのに、自分達が守られている。趙活は己が情けなくて仕方がなく、せめて慰労の言葉をかけた。
「師兄、師兄、わたし、がんばったの。でも、駄目だった」
趙活の言葉に小師妹は涙をぽろぽろと零した。昔のように師兄を頼ろうと近付く。
「っ……」
しかし彼女はかつての少女ではない、嫁いだ娘だ。趙活は制止しなくてはならない。
●
数ヶ月前、唐門存亡の機の遠因となった武林盟大会。当時は敵対関係になく趙活は三師兄に変わり唐門を代表して門下を引き連れ参加していた。
特に記憶に残っているのは武林盟主と認められ声望を極めた南宮遠が、魔教である泥教の人間道法王と暴かれ独り死にゆく温夫人を庇い共に死んだ事。
南宮遠と温夫人の長年に渡る不仲とその理由は江湖では有名な話だ。若かりし頃想いを通じ合わせた二人だが南宮遠が義理のために温夫人の愛を手放した。
全てを捨てその愛を取り戻した南宮遠を見て、趙活はその行いを自分に重ねた。
どうして立場を投げ出し大切な家を捨てられるのかと軽蔑し、愛する女に殉じた事を羨み、自分の選択は小師妹を不幸にしたのではないかと恐怖した。
その後唐門は陰謀により泥教であると冤罪をかけられ武林盟の敵となった。思い返す余裕もなかったが、その出来事は趙活の心に深く刺さっていた。
●
趙活は胸に飛び込んでくる小師妹を止めることができなかった。
滅びるかもしれない唐門の現状を思えば、このようなことはしてはいけない。触れることなく嫁ぎ先に帰さなくてはならない。
しかし、以前とは違いそれが小師妹の為だと確信を持てず、情を殺すことができなかった。
胸元に顔を押し付け泣きじゃくる小師妹、それを突き放すことも抱き締めることも出来ず、趙活はされるがままだ。
泣きながら小師妹は自分が何をしていたか語る。
嫁ぎ先で虐められたわけではないが辛く寂しかったこと。
武林盟が唐門は魔教に繋がりがあるとして攻撃を決めたとき、必死に夫である瑞笙に唐門の無実を訴えたが敵対をやめてもらえなかったこと。
嫁資をはたいて味方を増やそうとしたが上手くいかなかったこと。
帰郷しても誰もそのことを怒らず触れもせず、自分の家が無くなったようで悲しかったこと。
口下手で途切れ途切れだったが、やはり彼女は独り唐門を救うため暗中模索し戦ったようだった。
心中を全て吐き出しやがて小師妹は泣き止んだ、しかし離れはしない。未だ自身に想いを寄せてくれる彼女に趙活の胸には嬉しさと応えられない申し訳なさが溢れ、情けなくも涙しそうになった。
「小師妹……俺も、唐門を守る為に頑張ったんだ」
趙活も思わず感情を吐露した。
鍛えたのは武功だけではない。学識を高め、何度も読み返した孫子をさらに学び深い理解を得た。
知恵を絞り地図を広げて戦略を練り、朝廷を後ろ盾に唐門を潰そうとする武林盟の二世家、六大派、三幇を切り崩し、三派二幇に中小様々な流派を侠義による説得で味方につけて西武林盟を作り上げた。
「うん。師兄はすごい。ありがとう」
小師妹は趙活の声に震えを感じ、昔よくしていたように背中をぽんぽんと撫でた。
「っ……」
それだけで趙活は努力の全てが報われた気がした。先ほど小師妹が自分の言葉にあれほど泣いた理由が分かった。思わず手のひらで顔を隠す。
やがて感情を落ち着かせた趙活は小師妹から距離を取った。
「あの日、約束したな、君が幸せじゃなければ俺が連れ帰ると」
「う、うん」
趙活が言おうとしていることの重大さに気付いたのだろう。小師妹は緊張した面持ちで次の言葉を待つ。
「唐門は存亡の機にある。出来ることは全てしたが未だ小勢、勝つ確率は高いとは言えない。今、君を連れ帰ることは出来ない」
小師妹を唐門に戻すことはできない。それは敗北した時に小師妹を巻き込まないため、ではない。
趙活は小師妹が今のままで幸せになれると最早信じられなくなっている。
嫁がせて逃がすなど所詮は一方的な想いに過ぎなかったのだ。決定を突き付けず好きなようにさせてやるべきだった。彼女は聞き分けのよい良い子過ぎるから、こうしろと言われると自分を引っ込めて従ってしまう。
ではなぜ連れ戻さないのか。
それは小師妹の幸せのため、唐門存続のため、勝利するためだ。
小師妹を連れ戻すということは武林盟主の妻を奪うということ。
そんな事をすれば義で結盟した西武林盟は崩壊し、万に一つの勝ち目もなくなる。今、小師妹を連れ戻すのは彼女を巻き込んだ自殺に他ならない。それが許されるのは勝ってからだ。
「だが必ず勝つ、勝って君を連れ戻す。それまで待っていてくれ」
この時より趙活に敗北は許されなくなった。
この約束は今の小師妹にとって心を解き放つ希望の言葉であり、趙活が敗れたときは心を縛る呪いの言葉になる。
「うん。師兄、待ってる」
万感の思いを込めて2人は見つめ合う。
趙活は小師妹の純粋無垢な視線に弱い、何だってかなえてあげたくなってしまう。
そして小師妹は師兄のその姿を見て安心感に包まれるのだ。
結果がどうなろうと小師妹はこの日のことを一生忘れないだろう。
やがて小師妹を探す付き人の声がしたので趙活は彼女を見送り、鍛錬に戻った。
その姿はかつてない覇気に満ちていた。
●
その日、唐門に攻め込んだ武林盟を西武林盟は挫いた。
趙活の読み通り武林盟は東部にある泥教の本拠地を警戒して全力を出せず、六大派のうち西部の三派、青城派、峨嵋派、崆峒派を固めた西武林であれば対抗できる戦力だった。
しかし決して容易く勝てる戦力差ではなかった。最大戦力である崆峒派がやむを得ない理由で遅参したからだ。
それを覆した趙活の働きは尋常なものではない。
まず山上の唐門まで降伏勧告に来た南宮深を舌戦で破った。
南宮深は立場上表に出すことはしなかったが、自分が思い描く大侠そのものである友の姿に内心感服しきっていた。
山下の外堡で敵軍の迎撃にあたり、事前の約束通り寝返った錦香宮をつつがなく受け入れ、姉弟と呼び合う龍湘と共に混乱する敵軍を撃退した。
掌門代理である三師兄を狙い山上への奇襲があると読み、外堡に迫る点蒼派の掌門達を金国から帰還した友、葉雲舟に任せ山に上った。
武林盟の奇襲の最中横槍を入れる形で趙活が到着し、掌門が倒れる原因となった釋明禅師を始め名だたる達人を打ち破る。
その日の趙活は正に八面六臂だった。
精鋭による奇襲が失敗し武林盟の士気が挫かれ、山上での戦いの趨勢が決しそうになったその時、武林盟主である瑞笙が現れ停戦を要求した。
盟主といえど所詮一人増えただけ、一見すると状況は西武林盟が依然有利。しかしそれは誤った認識だとすぐに示された。
血気盛んな唐門門下が今更ふざけたことを言うなと武林盟の敗残兵に斬りかかろうとした。しかし瑞笙が立ち塞がる。瑞笙が一振りで武器を弾き二振りで斬り殺すところ、趙活が辛うじて庇った。
疲弊する趙活に対し万全の瑞笙、彼がその気になれば趙活を殺し、唐門門下達を殺し、三師兄を殺すことができただろう。
しかし彼はそうせず、10日後に武林盟と西武林盟の代表者による決闘を提案した。
西武林盟はその提案を認めざるを得ず一時的な停戦が決まった。
武林盟の代表者は瑞笙、西武林盟の代表者は各派掌門を差し置いて趙活となった。
10日間、趙活は傷を癒しながら各派の猛者達と鍛錬を積み己を研ぐ砥石とした。
●
決闘の場で若き英雄が向かい合う。
1人は武林盟代表、瑞笙。もう1人は西武林盟代表、趙活。
何とも対照的な2人だ。瑞笙は麗しく、趙活は醜い。
それを見て趙活を侮る人物は少なくない。
瑞笙の妻達の1人は西武林盟には人が居ないと見下した。別の妻は容易く勝てる相手ではないと警戒し、別の妻は言い争いにうんざりし斬り殺してやろうかと思った。
唐黙鈴はただ愛する者の勝利を信じ、その姿を見守った。
趙活は思う。
瑞笙は見目麗しく、瀟洒な身なりで立ち振舞に気品があり、誰からも認められ、武林盟主に相応しい天が選びし人物。
それに対して何一つ持ち合わせない自分の醜さたるや。大侠に小物が立ち向かうようなものだと。
瑞笙は思う。
趙活は師もなく武功を高め、その知恵で西武林盟を作り、正しき義を持ち、強い意思でこの場に立っている。
それに対して何一つ成し遂げられない自分の矮小さたるや。あのような大侠に自分もなりたかったと。
双方が構える。
動かない瑞笙に対して戦端を切ったのは趙活だ。
真正面で向き合っているにも関わらず虚を突く奇襲じみた歩法で距離を詰め、一刀のもと斬り伏せんとばかりに懐に飛び込む。
その技の原型は点蒼派の颯踏流星剣。元より速さだけを求め他を捨てた技であるが、趙活が崩した型は更に優雅さを欠く。
相対したものはその歩法に狂わされ、迫る趙活に焦り、先を取ろうと迎撃するだろう。その瞬間、趙活から放たれるのは右手に構えた短剣の斬撃ではなく左手に抜いた暗器、心身を攻める回避困難な妙技だ。趙活は数多の敵をこの一撃で下してきた。*1
しかし冷静さを欠かなかった瑞笙は技にかかったふりをして誘い、趙活が放った鏢を弾く。
先制を許し動かなかったのはこの技を知り警戒していた為だった。
(防がれた!じゃあ次だ)
必勝の技を破られた趙活だが動揺はない。趙活にとってこの技は人生を掛けて練り上げた絶招ではなく、無数の手札の一枚に過ぎない。
鏢を弾き剣の位置が悪い瑞笙につけ込み趙活は攻撃を重ねた。嵩山派の金剛脚の鍛錬法で鍛えた蹴りで足を払おうとする。
瑞笙は足を上げて躱す。それは趙活の予想の内にある動作だ。蹴り足を即座に地につけ拳を繰り出そうとするが、想定外が一つ。
瑞笙が流れるような動きで剣を振るったのだ。足を上げたのは回避の為だけではなく攻撃の為の足運びでもあった。まるで美しく舞うような剣で見るものを魅了する。
力を乗せにくい体勢から放たれたにも関わらずその舞剣は鋭く、生半可に受けると致命的となるだろう。
趙活は腕に内功を巡らせ剣と打ち合った。崆峒派鉄拳門、鉄臂神拳の絶招、鉄臂飛拳だ。本来は特殊な鍛錬法で腕を鉄のように鍛え上げ、それを前提とする技だが、趙活は手甲に仕込まれた金属製の暗器を外殻として巧みに使った。
(なんたる妙技か!)
金床に剣をぶつけたような衝撃が瑞笙の腕に返り痺れが走る。緩んだ防御を見逃さず趙活の短剣が迫る。*2
瑞笙は短剣が辿る軌道を見定め、剣を塞ぐように置く。しかしその短剣はするりと剣を躱し瑞笙を斬りつけた。
趙活の持つ短剣は特殊な機関が仕込まれた剣、掌門より授かった唐門伝承短剣だ。
内部には水銀が仕込まれており、内功を巡らせることで重心を変え軌道が僅かにずれる。
線を線で防ぐ刃の攻防においてその僅かなずれは致命的な差異となる。
趙活の刃が瑞笙の肩を傷付けた。この決闘で初めての流血だ。
武林盟からはどよめきが、西武林盟からは歓声が上がる。
唐門の者から攻撃を受け傷を作るとただ出血するだけでは済まない。唐門が得意とするのは暗器と毒なのだ。
内功も優れている瑞笙は少なからず毒の耐性があるが、それで全て防げるほど唐門の毒は甘くない。
隙を見て内功を巡らせ解毒をせねば時間が経つほど毒が回り不利となる。瑞笙は焦りを殺し攻撃を仕掛けようとするが、心の揺れを見抜かれ暗器の投擲を受けてしまった。
身に食い込む鉄橄欖の衝撃に怯む瑞笙、趙活は連撃に勢いづきさらなる追撃を加える。
短剣から繰り出されるのは点蒼派の点破雲関、絶え間なく流れるような連撃に瑞笙は防戦一方となる。
点破雲関は点蒼派の多くの弟子が使うそれほど珍しくない剣技だ。瑞笙も見知っており技の破り方も心得ている。やがて連撃が途切れる時が来る。その瞬間を逃さずに反撃する。
趙活の連撃が続く。短剣であるが故の素早い運剣と緩急が絶妙でまるで途切れない。連撃は8を越え12を超えた。これ程までの連撃は点蒼剣聖が残した剣意を悟らねば不可能で、趙活の技は点蒼派でも数人しかいない高弟に匹敵していた。
しかし瑞笙の守りは固く猛撃を凌ぐ。その連撃が20を超えた時、綻びが見えた。
すかさず瑞笙が反撃に移る。意趣返しのように肩を斬り今度は趙活が血を流す番だ。
互いに距離をとり睨み合う。その隙に瑞笙は内功を練り毒に対処しながら趙活を観察し驚いた。趙活の肩に付けた傷、既に血が止まりかけているのだ。
趙活は中原で三人の神医に数えられる二師兄から薫陶を受けている。元より生傷が絶えず自己治療のための内功が得意で、その上二師兄の弟子である唐芳に次ぐほど医術の知識がある。
時間を与えると先に傷を癒した趙活が有利となる。*3
このままでは敗北が近付くのみと気付いた瑞笙は構えをとる。
それを見た趙活も構えた。
勝負が大きく動くと悟った周囲が固唾を飲む。
仕掛けたのは瑞笙だ。
弧雲山派の絶招、太白仙跡。流派の開祖である詩仙李白、太白仙の名を冠した技だ。
詩仙によって生み出され一子相伝で500年受け継がれた技は華麗で、瑞笙が振るうに相応しい風雅なものだ。
詩仙であり酒仙とも呼ばれた李白の技なので酒を飲んでこそ本領を発揮するが、瑞笙の立場上この場でいきなり酒をかっ食らうことはできない。
対する趙活は点蒼派の絶招、剣聖第四極招。
友である葉雲舟、ではなくその妹の葉雲裳が趙活に伝えた技だ。
病弱であり、そうでなくても鍛錬など命じられても行わないワガママな気質からは考えられないが、葉雲裳は剣に関して兄以上の天禀を持つ。幼い頃に悪戯のため忍び込んだ先で点蒼剣聖の残した3つの剣意を盗み見て、高弟すら殆ど理解できないその真意を掴んだ。
完全に理解し悟ったのは趙活達から薬の処方箋を受け取り金へ旅立つ直前。今までよくしてくれたお礼に己の悟りを書き記した秘笈「雲裳剣法」を趙活に与えたのだ。
どんなイタズラが仕込まれているのかと身構えて読んだ趙活だったが、そこに記されていたのは点蒼派にも残らぬ点蒼剣聖第四の剣意だった。
趙活と瑞笙の絶招がぶつかり合う、技の格は互角だが、勝ったのは瑞笙だ。
当然の結果ではあった。瑞笙の技は磨き抜かれ、趙活の技は完成度が高くない。
趙活の手から短剣が弾き飛ばされる。*4
「取った!」
しかし趙活にとってその絶招すらもやはり手札の一枚に過ぎない。
無手になった趙活に瑞笙が剣を振るおうとする。だが趙活はすぐさま鏢を取り出し放った。
不意を打たない暗器など瑞笙には通用しない。
剣で鏢を弾いた瞬間──
「っ」
瑞笙の手に針が突き刺さる。趙活が鏢の投擲で隠し、追加暗器の技法で投げた無形針だ。玻璃で作られた透明な無形針は視認出来るものではない、ましてや初めて見るのなら尚の事。
所詮は針であり傷は大きくない、しかし蓄積された毒が効果を発揮し瑞笙の手が痺れた。
すぐさま趙活は追撃に出る。その手を狙い撃ちにした打撃だ。
痺れる手で辛うじて保持していた剣はその一撃を受け、吹き飛ばされた。
距離を取り内功で毒を癒すか、このまま打ち合うか、瑞笙は一瞬悩み殴り合いを選んだ。
距離を取ることを趙活が許すとは思えなかったし、離れたところで暗器の投擲もある。至近距離のままの方が良いと判断した。
実際のところ趙活は投擲出来る暗器を使い切っていたのだが、離れようとしても隙を晒すだけなのでその判断は間違いではない。
瑞笙が趙活の腕を打ち、趙活が瑞笙の顔を殴る。
瑞笙が趙活の足を払い、趙活が瑞笙の顔を殴る。
瑞笙が趙活の腹を蹴り、趙活が瑞笙の顔を殴る。
華麗な技を放つ余裕も無い至近距離の殴り合い。ただ泥臭い男の勝負だった。
瑞笙は基礎的な能力では己が勝ると思っていた。しかし趙活はこの状態でも使える技を持っている。
瑞笙の鞭のようにしなる脚は、趙活の硬気功、金鐘罩で衝撃をそのまま返される。
それにより怯むと、その間に卓越した医術による自己治癒の内功で傷を軽減する。
剣の威力がなければ突破できない。しかし趙活は瑞笙よりも先にそれを理解し戦術的に立ち回っていた。
多少の不利を負ってでも瑞笙が剣を落とした場所から離れるように戦い、すでに距離がある。回収は不可能だ。
瑞笙は己に勝利の目がないことを悟った。
趙活の拳が瑞笙の顔に突き刺さり、瑞笙の脚が趙活の腿を打ち、距離が離れた。
荒く息をつき睨み合う2人。
「はぁ……はぁ……その顔、前よりずっと良くなったな」
「はぁ……はぁ……君は何で、顔ばかり狙うんだ……」
趙活が瑞笙の顔ばかり狙ったのはその綺麗な面がムカついたから……ではなく、見ている人々にどちらが勝者かをわかりやすく示すためだ。
趙活は瑞笙を殺すつもりが無かった。慈悲ではない。目的のためにある言葉を言わせなければならないからだ。
「ふぅ……そろそろ決着を付けるか」
「……いや、私の負けだ」
戦意が全く衰えず次の手を練っている趙活とは違い、勝利がないと知った瑞笙の心は折れていた。
「負ければどうなるか分かってて言ってるのか?」
「無論だ。私は君達を殺そうとした、負ければ当然死ぬことになる。……だがせめて、死ぬ時ぐらいは見苦しくなく逝きたい」
このまま殴り合いを続けても先程までの焼き直し、それも互いに体力がなくなってより見苦しい決着になる。多少の余裕がある内に終えねば決闘を汚す横槍も入りかねない。
好敵手と華々しく戦った姿が人々の知る自分の最期の姿であってほしい。敗北が確定した瑞笙のせめてもの見栄だ。
趙活も1人の武侠としてその心境は理解できた。己の名誉を捨ててでも守らねばならないもの、それがなければの話だが。
瑞笙にはそういうものが無いのだと悟り、趙活は内心憐れんだ。
構えを解き、互いに礼をし、瑞笙はその時を待つ。
その決着に周囲はざわめく。
言葉の全てが聞こえたわけではないが、どう見ても負けたのは武林盟主だ。
決闘を台無しにしてでも盟主を助けに出るか?しかしそのようなことをしても不興を買うだけだろう。西武林盟はもちろん、武林盟からの怒りも買いかねない。結局動ける者はいなかった。
西武林盟の者は誇らしげに、武林盟の者は不安げに二人を見ていた。
「お前は殺さない」
「なっ……私は君達を殺しに来たんだぞ。唐門が無実だということも知っていた。武林盟の潮流に逆らえず、正義なき行いをしたのは私の責任に他ならない」
瑞笙は恥を知っている。武林盟を維持するために避けられないことだとは言え、自分の行いがどれほど不正義であるか自覚していた。
既に心境は好敵手に敗れた武侠ではなく、悪因悪果を受け入れる罪人のようになっていた。
「……なら、盟主として綱紀粛正を行え。今、西夏が宋を狙っている。武林盟と西武林盟、双方の力が必要だ」
10日前、崆峒派が遅参したのは官軍の危機を知り、西夏の侵攻に対抗したからだ。
責任者である丹霞子は戦況が落ち着いたあと寝る間も惜しんで馬を飛ばしたが武林盟との戦いに間に合わず、趙活に膝をついて詫び事情を話した。
そのような危機が迫る中、盟主を失った武林盟を西武林盟が吸収するよりも、盟主を生かしておいて武林盟のまま力を合わせたほうが良いと、趙活の戦術家としての面が判断した。
西夏の侵攻を聞いた瑞笙だが、動揺はなかった。彼は全く別のルートから聞いた話で西夏が攻めてくるのは知っていた。
そもそも唐門を攻撃することになったのも、西夏の侵攻に備え早急に武林盟をまとめる必要があり、内部の反唐門の声に逆らえなかったからだ。
「わかった……この借り、一生かかっても必ず返す」
頭を下げる瑞笙に趙活はもう一つの、本命の目的を達成するための話をする。
「なら、早速だが……君に嫁いだ唐門の娘、唐黙鈴を返してくれ」
その言葉を聞き、趙活の表情を見て、間の抜けた表情をしたあと、ふ、と瑞笙は笑った。
唐門と敵対する以前でも唐黙鈴が全く心を開かず、ろくに会話もできなかった理由を知ったからだ。
これほどの男が心にいるのだ、自分を相手にしないのは当然だと。
瑞笙はどうすれば良いか考えて、周囲に向けて言葉を発する。
「皆、聞け! 私は趙大挟に敗北した。しかし彼は護国の大義のため私の命を取らず、預けてくれた。この瑞笙は彼に感服した。これより武林盟は西武林盟に従い協力する!」
わかっていたことだが武林盟の人々は自分達の盟主から敗北を突きつけられ、嘆き落ち込んだ。瑞笙に近しい人々は彼が命を取られなかったことに安堵する。
「そして私事になるが! 妻、唐黙鈴の懇願を無視し実家である唐門を攻め滅ぼさんとした私の行いは義絶に値する不義だ! 私に夫でいる資格は無い! 幸い床入りもまだで唐黙鈴は清い身、離縁し唐門にお返しする!」
やむを得ないとはいえ妻の実家を攻めるのは瑞笙の名声を落とすことになる。瑞笙の支持者にはその責を理不尽にも唐黙鈴側に求め、好ましくない存在だと考える者は少なく無かった。
娶った瑞笙としても全く報いることが出来ず心苦しくもあり、勝手ながら肩の荷が下りる思いもあった。
瑞笙の宣言におお、と多少のざわめきが走った。
噂好きの人々は武林盟主と西武林代表が一人の女をめぐって戦ったのだと言いふらすだろう。
だが先ほどの敗北宣言に対しては細事だ。
西武林盟側から1人の少女が駆け出す。
「師兄、師兄、師兄。信じてた。絶対に勝つって」
りんりんと鈴を鳴らし、涙も流す小師妹だ。
感情を乱し、天地無音勢を乱し、内功を乱した彼女は、武林でも五本の指に入るその優れた外功を発揮できず、普通の少女のように走り寄る。
「小師妹、俺が君を幸せにする!」
趙活は胸元に飛び込んできた彼女を躊躇無く抱き締めた。
唐門の方から吹き出す音が複数聞こえたが、2人は気にしなかった。
巨大な障害を乗り越えた恋は燃え盛っていた。
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西武林盟主と武林盟主、そしてその友である同年代の武侠達が力を合わせた結果、西夏の本格的な侵攻は挫かれ、暗躍していた極楽教の残党もついに滅びた。
その戦いの最中、実は死の淵から蘇り墓から這い出たのち身を隠していた大師兄と、スパイとして極楽教に潜入していた二師兄が帰ってくる、なんてこともあった。
掌門が倒れ二師兄が裏切ったと思われた際に、二師兄が死にゆく掌門に飲ませた万寿屍心丹が効果を発揮して血肉となり掌門も目を覚ました。
あの決闘後に抱き合い、想い合っていると江湖中に公開した2人の結婚は既定路線であったが、様々な理由で先延ばしになっていた。
しかし極楽教が滅び掌門は目覚め、これ以上ない機会が訪れた。
すべての人に祝福され趙活と唐黙鈴は結婚した。
夜になるたび、りんりんりんりんとやかましいので、山を少し下った場所に住居を作りそこで仲睦まじく暮らしたという。
夜が一番激しいヒロインは小師妹であると私は確信しています。