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2025年8月18日ウェブサイトにて発表
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燃え盛る太陽の光線、焼けるように熱をはらんだ砂浜、遥かな水平線がゆるく弧を描く海原、集う人々のさんざめく歓喜が白い波頭となって寄せては返す。夏の盛りの海水浴場はお盆休みの前だというのに多くの人手ににぎにぎしく、書き入れ時に浮足だった海の家のスタッフたちは猛暑などかまいなく声を張り上げ、長きに渡る不況を忘れさせる活気がビーチボールのように跳ね返っている。
ひとしきり塩水を浴びて疲労を感じ始めた私たちは、混雑する昼時を目前にした海の家に入店した。まだ空席がチラホラあるテーブル席の一角に陣取るもの、食事や飲み物を注文するものに別れて動いている。同じように海の家のテーブル席に座る男を見て、その知った顔に気づいた私は言った。
「あれ、杏西じゃね」
席確保担当として残っていた私が指差したのは、少し離れたテーブル席でおそらく同じ席確保担当として座っている様子の男だった。人数分の席が確保できるよう手荷物を一席ずつ配って歩いている友人がサングラスを持ち上げて確認する。杏西と呼ばれた男とそれに気づいた私、そしてサングラスの女は地元が一緒で、小中学校は同じ学年だった。今年度から高校に入学したことで別の学校に通うようになった男のそのあまり変わっていない外見に、約半年ぶりにも関わらずすぐに気がついたのだった。
「マジだ。てことはあの辺、風鈴の人たち?」
杏西の近くにはあと数人の男がいるようだった。見た限り、彼と同年代の男しかいない。となると、おそらく学校の友人同士でこの海へ遊びにきているのだろう。我々も同じだった。高校のクラスメイト同士で長い夏休みの一日を謳歌しに海へ繰り出しに来ている。十中八九、杏西も同じように高校のクラスメイトたちと来ている。友人と私は連想を進める。杏西は高校の友人と来ている、杏西の行っている高校といえば有名な不良校、あのあたりにいる男たちはその不良校に通う不良たち、ということになる。私たちは顔を寄せ合い、海の家に鳴り響く爆音のJポップに負けぬよう張り上げていた声をひそめ囁き合う。
「かも。どうする、場所変える?」
「もう注文しちゃったし無理くない?」
「風鈴って前はヤバかったけど今はそうでもないらしいし、大丈夫っしょ」
注文を終え、番号札をもらって帰ってきた友人たちとも相談し、結局、特に行動は起こさないことにした。正午が近づき海の家は混雑を見せ始め、互いの姿が人混みにまぎれ始めたこともあり、水着姿でのセルフィに忙しい女たちはすぐに男たちのことなど忘れたのだった。潮風に乱れた前髪を必死に手櫛で整え、流行りのポーズの角度を研究する。
「番号札30番でお待ちのお客様〜!」
「あ、呼ばれた。行ってくる」
注文担当のうちの一人が立ち上がった。食事の注文を担当していた他の友人も一緒になって席を立った。ガパオライスやポテト、トロピカルソーダやグァバジュースを受け取り席へ戻る。受け取った品を注文した人間にそれぞれ配っているところで、おしぼりや紙ナプキンを持って来ていないことに気がついた私は注文担当の友人の「ごめん!」という言葉に軽く手をあげ、セルフの水や紙ナプキンが置いてあるワゴンへ向かう。SDGsが浸透した昨今にあるまじき量の紙ナプキンを調達していると、同じく水や紙ナプキンなどのセルフサービスコーナーに立ち寄ったと思われる男が私を避けようとしたためかバランスを崩し、その手にあった焼きそばの乗ったトレーを取り落としそうになった。
「おわっ」
「おっと」
滑り落ちそうになった焼きそばのパックをキャッチする。中学校では運動部だった私は意外にも反射神経が良いのだった。出来上がったばかりであろう焼きそばは、安価な透明パック越しに持ち続けるには、まだ熱すぎた。慌ててトレーに焼きそばを戻す。その様子を見て、焼きそばを取りこぼした男が申し訳なさそうに、そして心配そうに眉を寄せながら言った。
「す、すみません! ありがとうございます!」
「いえいえ」
根元までキレイにブリーチされた金髪の男は、その髪色の明るさから想像される治安の悪さなどみじんも感じさせない謙虚な姿勢で何度も礼を言った。金髪と同じくらい派手なアロハシャツを羽織った男はよく見れば、丸い目にそばかすが特徴的なかわいらしい容貌をしていた。焼きそばの熱の余韻残る手のひらをグッと握る。何を隠そう私はこういうかわいい系の男に目がないのだった。繰り返された礼に軽く会釈をしやりとりを終えるも、男がどのテーブルへ向かうのかさりげなく追うこととする。恋人と来ているわけではあるまいな。もし男グループだったら遊びに誘われるようさりげなく近づいてもいいかもしれない。友人たちの許可を得ることなしに勝手に想像を膨らませていると、金髪の男があるテーブルの前で止まった。テーブルにいた友人と思しき別の男が焼きそばを受け取る。
「楡井、サンキューな」
「あ、杏西」
焼きそばを受け取ったのは先ほど見かけた、中学校時代の同級生の杏西だった。私たちが杏西を見てすぐに分かったように、杏西もまた私の顔を見てすぐに誰か分かったらしく、目を丸くして偶然の再会に驚いている。
「おー! 久しぶりだな、卒業式以来か?」
元気にしていたか、高校はどうか、と当たり障りのない世間話を交わす。関わらないでいようという話になった風鈴高校の人間であったことは置いておいて、このかわいい系の金髪くんが知り合いの友人であったのは僥倖と言わざるを得ない。旧友との立ち話の中に今日は高校の友人たちと来ている、少し離れたあのあたりに座っているのが友人たちだ、という内容を入れ込み、水着姿の自分に注がれている杏西の友人たちの視線を誘導する。年頃の女子が水着姿で男も連れずに遊びに来ていることをほのめかせば、簡単に一緒に遊ぼうということになった。ここまでは計画通りだ。
席に戻って友人たちに手を合わせ、風鈴高校の男たちとの交流の許可をいただくこととする。
「ナンパ〜?」
「えへ〜、かわいいの見つけちゃったんだ〜」
「お前がする側かよ」
「こいつマジ肉食」
「夏だもん」
手早く食事を終え、飲食でよれたリップを直し、ビジュを確認し合い、いざ砂浜へ。真夏の太陽よりもギラギラしている目はサングラスの下に隠し、ビーチボールで遊ぶ友人たちを見て笑っている金髪くんに近づいていく。先ほど自身の窮地を救った私の顔を覚えていたらしく、「あ、さっきはどうも」とはにかんだ。かわいい。笑うと尚更かわいい。荷物番に誘ってパラソルの下でさっそく二人きりの時間に洒落込むとしよう。しばらくこっちへ寄るな、寄らせるなという意思を持って女たちとアイコンタクトをとる。
「杏西さんのお知り合いなんですか?」
「中学まで一緒だったんだよ〜」
「へぇ! 中学時代の杏西さん、気になります!」
金髪くんはニレイくんというらしい。ニレイくんはどこからともなく手帳のようなものを取り出し、中学時代の杏西の様子を私から聞いてはその内容を書きつけていく。女と二人きりになって聞くのはクラスメイトの情報ばかりとなると、私自身には少しも興味を持っていないのだろうかと少しく不安になる。楽しそうだからいいけど。
「風鈴ってことは、ニレイくんもケンカするの?」
「オレは全然ケンカ強くなくて……、お恥ずかしいことに、いつもみなさんの足を引っ張ってばかりなんですよね」
「ふぅん」
ケンカは強くない、情報を集めることに執心している、となると、漫画によくいるデータ系キャラのようなポジションなのだろうか。クラスメイトの杏西のことを”さん”付けで呼んでいたり、終始敬語で話していたりと、もしかしたら間違えて風鈴に入ってしまってイジメられているのでは。恋愛的な興味よりも、心配の気持ちが高まりつつあった。恥ずかしそうに「あはは」とから笑いをこぼしながら、そばかすの浮いた頬を指でかいている横顔を見る。その横顔の向こうから小さな男の子が駆け寄ってくるのが見えた。
「さっきのお兄ちゃん!」
「あ! 良かった、ご家族と会えたんですね!」
「うん!」
「息子が大変お世話になりました。良かったらこれ受け取ってください」
男の子の父親と思しき男性がビニール袋を差し出す。ニレイくんは恐縮しながら袋を受け取り、男の子の頭を撫で、笑いかけた。「もう迷子になったらダメっスよ」。手をふりながら男の子は去って行った。ニレイくんも手をふりながら見送る。私もついでに手をふるフリをしながら、目尻も眉尻も下げて微笑んでいる男の横顔を盗み見ていた。
「飲み物いただきました。良かったら一本どうぞ!」
よく冷えているのだろう汗をびっしりかいたサンペレグリノの缶ジュースが目の前に差し出される。レモン味だ。迷子になっていた男の子をライフセーバーの詰所まで連れて行ってあげた、そのお礼だそうだった。何もしていない私が受け取って良いはずがないので断ろうとするも、せっかく冷えてるのにぬるくなっちゃいますから、と半ば強引にニレイくんはジュースをよこした。
「さすが町のヒーロー風鈴生だね」
「いえいえ、これくらい。ケンカでは役に立てないんスから……」
少し前までは素行の悪い生徒が多いことで有名だった風鈴高校であるが、数年前からむしろ町の自警団のような役割を担うようになったことは聞こえていた。とはいえ、暴力による治安維持らしいことも知っていた。どこそこで風鈴生と誰かがケンカしている、というような話は、周辺に住むものであれば日常的に耳に入った。しかし、ニレイくんを見る限り、暴力だけで解決しているわけでもなさそうだ。ケンカが弱いと卑下していたが、十分、誰かのヒーローとして行動している。誇って良いはずなのに、彼は恥ずかしそうに眉根をよせて乾いた笑いを漏らしている。
「最近修行もしてもらってるんですけど、なかなか……。早くみんなに追いつきたいっス」
ネイルを気にしながらでは缶のフタが開けにくく手こずっている私を見かねたニレイくんは何も言わずに缶を引き取ってフタを開けた。ぷしゅっと小気味良い音がする。イタリアレモンの爽やかな香りが溢れる缶を微笑みながら渡す。缶の飲み口からシュワシュワと炭酸がはじける音がして、それは、ちょっとした善行にむしろ後ろめたささえ感じているらしい自信なさげな男のいじらしさにざわめく胸のうちからも聞こえるようだった。
「じゃあさ」
差し出された缶を受け取る。ニレイくんの手に指先が少し触れた。缶についた水滴で私たちの手は濡れていた。
「みんなよりも先に夏を楽しんでみるってのはどう?」
受け取った缶をニレイくんの持つ缶に軽くぶつける。乾杯。この夏の出会いに。
「な、夏を、楽しむ?」
「そう。私と一緒に、あいつらがまだ経験したことないようなことしちゃうの」
ジュースを一口飲む。レモンの香りが鼻を抜ける。炭酸が喉を刺激する。冷たい液体が熱くなる一方の胸の真ん中を滑り落ちる。私の言葉の意味をはかりかねている様子のニレイくんが缶ジュース越しに見えた。爽やかで、甘酸っぱくて、刺激的。
「私、君のこと気に入っちゃった。とりあえず、連絡先交換しよ」
「あ、はい」
互いにスマホを取り出して連絡先を交換する。かなり興味を持ってしまったからには、彼の設定しているアイコンもかわいく思えた。彼はどう思っているのだろう。スマホから顔をあげると、ニレイくんと目が合う。少し引き攣った顔で笑っている。性急すぎただろうか。
「ごめん、そういうのあんまり興味ない? それか、私、タイプじゃない?」
「え! いや、その」
言葉に詰まる様子に脈なしの気配を感じざるを得ない。ニレイくんのような人は清楚な子がタイプなのだろう。こんなにグイグイくる女は好みじゃないのでは。初動を誤ったことを少し後悔する。仕方ない。かわいいと思ってしまったのだから。もう会えないかもしれないのだから。町で会っても、こうして話す機会はそうめぐってくるものではないのだから。だとしても、困らせるのも本意ではないので、はやる気持ちを押しとどめる。
「連絡するけど無理だったら断ってくれていいから」
砂浜の上に敷いたレジャーシートの上、隣に座るニレイくんの方へ向けていた体を今一度、海の方へ向ける。レモンジュースを煽る。レモンのほろ苦さが舌に転がった。冷たかったジュースはぬるくなりはじめている。早く飲んでしまおうと、もう一度缶を口に近づけた時、隣のニレイくんから声をかけられた。
「あ、の!」
「ん?」
ニレイくんの体は海ではなくこちらを向いている。パラソルの影の下でも分かるくらい、頬が赤みを帯びている。ちょうど、ニレイくんが持つアランチャータ・ロッサの缶の赤のように。ブラッドオレンジの香りがする口が開かれる。
「興味、あります。その、あなたにも」
「え?」
持っていた缶からレモンジュースが滴り落ちた。ビキニの胸にぬるいジュースが注がれる。予想外の言葉に手のコントロールがおろそかになり、ジュースをこぼしてしまったのだ。「わ、大丈夫ですか!?」と慌ててタオルを取り出し、ジュースを拭こうとするも、ジュースのこぼれたのが女の胸であることに気づき固まったニレイくんの手を思わずつかむ。
「……ガチ?」
「……ガチっス」
タオルを持つ手を引っ張る。レモンジュースがタオルに染み込む。体温で温められたジュースから、爽やかで、甘酸っぱくて、刺激的な香りが匂い立つ。タオル越しに女の胸に手を当てたことになるニレイくんは先ほどにもまして顔を赤くしている。赤い顔のまま動かなくなってしまったニレイくんの目を覗き込む。サングラスをはずしておけば良かった。本当の瞳の色を目に焼き付ければ良かった。でもそれは次の夏のお楽しみということにしても良いかもしれない。
「ニレイくんみたいなタイプも、女の子に触りたいとかチューしたいとか思う?」
「……」
返事はない。沈黙を是ととらえ、私は顔を近づけた。ブラッドオレンジとレモンの香りが混じり合う。
「いひ」
つかんでいた手を離す。ニレイくんの手が私の胸から離れた。ドクドクと脈打つ鼓動がタオル越しにも伝わっただろうか。伝わっていたらいいな。
「あ、おい、お前、楡井に手出してんじゃねぇよ!」
「ヤバ。じゃ、ニレイくん、またね。今度あそぼ!」
荷物置き場に戻ってきた杏西に見つかったので、レモンイエローの髪に名残惜しさを感じながら、熱い砂を蹴って波打ち際に逃げた。
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♪ ”Summerboy" Lady Gaga