未来悟飯は、過去の自分を許せない   作:M1tarash1

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02.師匠の声

食卓を囲む声が、やけに遠く聞こえた。

 

「悟飯、もっと食べないのか?」

 

 目の前に置かれた皿を見下ろしていると、孫悟空が不思議そうに首を傾げた。

 

 未来悟飯は、反射的に顔を上げる。

 

「……いえ。いただきます」

 

「そうか? なんか元気ねえなあ。腹でも痛えのか?」

 

「大丈夫です」

 

 そう答えた声が、自分でも驚くほど硬かった。

 

 悟空は少しだけ首を傾げたものの、それ以上は追及しなかった。隣では幼い悟飯が、今日の修行について一生懸命に説明している。

 

「それでね、お父さん! ピッコロさんが、もっと気を集中させろって!」

 

「へえ! そりゃすげえな!」

 

「まだまだですけど……明日も頑張ります!」

 

 幼い自分の声。

 

 父の笑い声。

 

 食器の触れ合う音。

 

 当たり前のように交わされる会話。

 

 未来悟飯は箸を握る手に、ほんの少し力を込めた。

 

 ――こんな時間が、あったんだ。

 

 自分にも。

 

 いや、違う。

 

 この世界の自分には、まだあるのだ。

 

 明日があって、修行があって、父がいて、師匠がいて。

 

 頑張れば、もっと強くなれると信じられる未来が。

 

 自分が失ったものを、目の前の自分は何ひとつ失っていない。

 

 そのことに安堵しているはずだった。

 

 この世界では、誰も死んでいない。

 

 人造人間に怯えながら暮らす必要もない。

 

 守るべきものを守れなかったと、夜ごと自分を責める必要もない。

 

 それなのに。

 

「……ごちそうさまでした」

 

 未来悟飯は、ほとんど食べていない皿を置いた。

 

「あれ、もういいのか?」

 

「はい。少し、外の空気を吸ってきます」

 

 返事を待たずに立ち上がる。

 

 背中に、幼い自分の声が届いた。

 

「お兄ちゃん、あとで一緒に修行しようね!」

 

 足が止まった。

 

 振り返れば、そこには期待に満ちた顔がある。

 

 自分を疑わず、未来を疑わず、明日を楽しみにしている顔。

 

 未来悟飯は、どうにか笑みを作った。

 

「……ああ。時間があればな」

 

 そう言って、部屋を出た。

 

 廊下に出た途端、息が詰まる。

 

 笑うことくらい、できると思っていた。

 

 父が生きている。

 

 師匠が生きている。

 

 仲間たちが生きている。

 

 その光景を見れば、自分だって少しくらい救われるのだと。

 

 なのに、胸の奥にあるものは、喜びだけではなかった。

 

 羨ましい。

 

 あの子が。

 

 何も知らず、何も失わず、これから先の未来を疑いもしない自分が。

 

 ――羨ましい。

 

 そう思った瞬間、未来悟飯は自分自身に吐き気がするほど嫌悪した。

 

 あの子は何も悪くない。

 

 自分だって、あの年頃には未来を信じていたはずだ。

 

 それなのに、今の自分は。

 

「……最低だな、俺は」

 

 誰にも聞こえない声で呟いた。

 

 そのときだった。

 

「何が最低なんだ?」

 

 背後から、低い声がした。

 

 未来悟飯は勢いよく振り返った。

 

 そこに立っていたのは、ピッコロだった。

 

 腕を組み、いつもの厳しい顔でこちらを見ている。

 

「……ピッコロさん」

 

「食事もろくに取らずに出てきたと思えば、こんなところで突っ立っている。何かあるなら言え」

 

「何もありません」

 

「嘘をつくな」

 

 即答だった。

 

 未来悟飯は言葉を失った。

 

 その言い方も、声の響きも、あまりにも懐かしかった。

 

 自分がまだ幼かった頃。

 

 厳しい修行の最中、弱音を吐けば容赦なく叱られた。

 

 けれど、本当に限界が近づいたときには、誰よりも早く気づいてくれた。

 

 自分のことを、よく見てくれていた人。

 

 自分が初めて、父以外に心から信頼した人。

 

 ――師匠。

 

 喉の奥が熱くなった。

 

 呼びたい。

 

 いつものように。

 

 ただ一言、呼びたい。

 

 けれど、目の前のピッコロは、自分の知っているピッコロであって、自分の知っている彼ではない。

 

 この人はまだ、未来の自分を知らない。

 

 自分がどんな戦いをして、何を失って、どれほど長い時間をひとりで過ごしてきたのか。

 

 何も知らないのだ。

 

「……すみません」

 

 気づけば、そんな言葉が口から出ていた。

 

「何?」

 

「いえ……すみません」

 

「だから、何を謝っている」

 

 ピッコロの声が少しだけ険しくなる。

 

 未来悟飯は俯いた。

 

「……俺が、もっと強ければ」

 

 言うつもりはなかった。

 

 誰にも話すつもりはなかった。

 

 この世界では、そんなことを考える必要すらないのだから。

 

 それでも、一度こぼれた言葉は止まらなかった。

 

「もっと強ければ、守れたものがあったんです」

 

 沈黙が落ちた。

 

「俺が弱かったから、失ったものがある。俺が……」

 

「悟飯」

 

 ピッコロが名を呼んだ。

 

 その声に、未来悟飯は口を閉ざした。

 

「お前が何を経験してきたのか、俺には分からん」

 

 ピッコロは静かに言った。

 

「だが、ひとつだけ分かることがある」

 

「……何ですか」

 

「お前は今、自分ひとりにすべての責任を押しつけている」

 

 未来悟飯の肩が、わずかに震えた。

 

「違います。俺がもっと強ければ――」

 

「強ければ何だ。すべてを救えたとでも言うつもりか?」

 

「……っ」

 

「戦いに負けた責任と、守れなかったものへの悲しみは同じじゃない。お前はその区別もつかなくなるほど、自分を責め続けてきたんじゃないのか」

 

 返す言葉がなかった。

 

 ピッコロの言葉が、胸の奥に深く突き刺さる。

 

 どうして分かるのだろう。

 

 まだ何も話していないのに。

 

 いや。

 

 きっと、この人は昔からそうだった。

 

 自分が隠そうとするほど、隠しきれないものを見抜いてしまう人だった。

 

「……俺は」

 

 未来悟飯は拳を握った。

 

「俺は、守りたかったんです」

 

 声が掠れた。

 

「みんなを。父さんを。仲間を……あなたを」

 

 最後の一言だけ、どうしても抑えられなかった。

 

 ピッコロの表情が変わる。

 

 未来悟飯は慌てて顔を背けた。

 

「すみません。変なことを言いました」

 

「悟飯」

 

「忘れてください」

 

「悟飯!」

 

 鋭い声に、身体が強張った。

 

 幼い頃から何度も聞いてきた声だった。

 

 怒鳴られることが怖いのではない。

 

 その声が、もう二度と聞けないと思っていたから。

 

 未来悟飯は唇を噛んだ。

 

 ピッコロはしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。

 

「お前が何を抱えているのか、今すぐ話せとは言わん」

 

「……」

 

「だが、ひとつ覚えておけ」

 

 ピッコロは、未来悟飯の目をまっすぐに見た。

 

「お前が誰かを守ろうとしたことまで、間違いだったことにするな」

 

 未来悟飯は顔を上げた。

 

「……え?」

 

「結果だけを見て、自分のすべてを否定するなと言っている」

 

 ピッコロの声は、厳しかった。

 

 けれど、その奥にあるものは、記憶の中の声と少しも変わらなかった。

 

「お前がどんな未来を生きてきたにせよ、俺は今ここにいる。お前もここにいる。それなら、今のお前にできることを考えろ」

 

 未来悟飯は、何も答えられなかった。

 

 できること。

 

 この世界で、自分にできること。

 

 そんなものは、いくらでもあるはずだった。

 

 人造人間の脅威は、まだこの世界には迫っていない。

 

 自分の知識を使えば、備えられることもあるだろう。

 

 父や仲間たちと協力すれば、あの未来を変えられるかもしれない。

 

 それなのに。

 

 自分は、何をしている?

 

 目の前にある幸せを、ただ眺めて。

 

 失った未来を思い出して。

 

 幼い自分を羨んで。

 

 何ひとつ、前に進めていない。

 

「……少し、考えさせてください」

 

 ようやく絞り出した言葉に、ピッコロは短く頷いた。

 

「そうしろ。だが、ひとりで抱え込むな」

 

 その言葉を聞いた瞬間、未来悟飯は俯いた。

 

 ひとりで抱え込むな。

 

 かつて、何度も言われた言葉だった。

 

 そして未来では、二度と聞くことができなかった言葉だった。

 

 ピッコロはそれ以上何も言わず、建物の中へ戻っていった。

 

 残された未来悟飯は、しばらくその場から動けなかった。

 

 やがて、震える息を吐く。

 

「……師匠」

 

 誰にも聞こえないほど小さく、呼んだ。

 

 返事はない。

 

 それでも、呼ぶことができた。

 

 その事実だけで、胸が痛かった。

 

     *

 

「おーい、悟飯!」

 

 翌日。

 

 未来悟飯が庭先で身体を動かしていると、聞き慣れた声が飛んできた。

 

 振り向くと、クリリンが手を振りながら歩いてくる。

 

「ちょっといいか?」

 

「クリリンさん?」

 

「いやあ、昨日から気になってたんだよ。悟飯にそっくりなのに、妙に大人びてるっていうか……」

 

 クリリンは未来悟飯の顔をじっと見た。

 

「なんか、いろいろあったって顔してるんだよな」

 

 未来悟飯は苦笑した。

 

「……そんなに分かりますか」

 

「分かるっていうか、まあ……俺もそこそこ長い付き合いだからな」

 

 クリリンは頭を掻いた。

 

「悟空たちには、まだ話せないこともあるんだろ? だったら、無理に聞くつもりはないよ」

 

「……ありがとうございます」

 

「たださ」

 

 クリリンは、少しだけ真剣な顔になった。

 

「悟飯がそこまで思い詰めてるのを見ると、放っておけないんだよ」

 

 その言葉に、未来悟飯は目を伏せた。

 

 放っておけない。

 

 そんなふうに言ってくれる人が、ここにはいる。

 

 自分の世界では、最後まで戦ってくれた仲間たち。

 

 命を懸けて、人々を守ろうとした人たち。

 

 その誰もが、もういない。

 

 けれど、この世界では。

 

「……クリリンさん」

 

「ん?」

 

「俺は……あなたたちに、会いたかったんだと思います」

 

 口にした途端、自分でも驚いた。

 

 ずっと、言えなかったことだった。

 

 父に会いたかった。

 

 師匠に会いたかった。

 

 仲間たちに会いたかった。

 

 もう一度、みんなの声を聞きたかった。

 

 その願いが叶ったのなら、喜べばいい。

 

 笑えばいい。

 

 なのに、いざ目の前にすると、どうしても苦しくなる。

 

「……でも、会いたくなかったのかもしれません」

 

「え?」

 

「ここにいるみんなを見ると、俺が失ったものを思い出すんです」

 

 未来悟飯は、静かに言った。

 

「生きていてくれて嬉しいのに、同時に……自分の世界では、もう誰もいないんだって思い知らされる」

 

 クリリンは何も言わなかった。

 

「そんなことを考える自分が嫌なんです。みんなが生きていることを、心から喜べない自分が」

 

「……そっか」

 

 クリリンは、ゆっくりと息を吐いた。

 

「そりゃ、つらいよな」

 

 たったそれだけだった。

 

 否定もしない。

 

 説教もしない。

 

 無理に励まそうともしない。

 

 ただ、つらいのだと認めてくれた。

 

 未来悟飯は、唇を引き結んだ。

 

「……俺は、どうすればいいんでしょう」

 

「それは俺にも分からない」

 

 クリリンは正直に答えた。

 

「でもさ、今すぐ答えを出さなくてもいいんじゃないか?」

 

「……」

 

「会いたかったんだろ? だったら、今は会えたことを喜んでもいいと思う。悲しいのも、苦しいのも、たぶん一緒にあっていいんだよ」

 

 未来悟飯は、目を見開いた。

 

 悲しいのに、嬉しい。

 

 嬉しいのに、苦しい。

 

 相反する感情を抱く自分は、間違っていると思っていた。

 

 どちらかを選ばなければならないのだと。

 

 けれど、クリリンは。

 

 両方あっていいのだと、言ってくれた。

 

「……ありがとうございます」

 

「おう!」

 

 クリリンはいつもの調子で笑った。

 

「それにしても、悟飯がこんなに大きくなってるなんてなあ。いや、見た目だけじゃなくて、なんつーか……」

 

 そこで言葉を切り、少し寂しそうに笑った。

 

「無理して大人になったみたいだ」

 

 未来悟飯は、答えられなかった。

 

 その言葉は、あまりにも正しかった。

 

 大人になりたかったわけじゃない。

 

 強くなりたかった。

 

 みんなを守れるようになりたかった。

 

 けれど、そのために何を犠牲にしてきたのか。

 

 何を諦めてきたのか。

 

 考えないようにして、ここまで来た。

 

「……俺は」

 

 声が震えた。

 

「本当は、もっと……」

 

 その先が続かない。

 

 もっと父さんと話したかった。

 

 もっと師匠に教わりたかった。

 

 もっと仲間たちと笑いたかった。

 

 もっと、普通の子供でいたかった。

 

 口にしてしまえば、もう二度と戻れないものがある気がした。

 

 クリリンは、急かさなかった。

 

 ただ、隣に立っていた。

 

 その沈黙が、ありがたかった。

 

     *

 

 その日の午後。

 

 未来悟飯は、庭の隅で幼い自分が修行する姿を眺めていた。

 

「はあっ!」

 

 小さな拳が空を切る。

 

 まだ動きは荒い。

 

 気の扱いも未熟だ。

 

 それでも、目は真剣だった。

 

 何度失敗しても立ち上がり、悔しそうに唇を噛み、もう一度構え直す。

 

 未来悟飯は、その姿から目を離せなかった。

 

「……もっと腰を落とした方がいい」

 

 思わず口を出すと、幼い悟飯が振り返った。

 

「あっ、お兄ちゃん!」

 

「力が入りすぎている。相手に動きを読まれやすいぞ」

 

「そ、そうなんだ……!」

 

「一度、肩の力を抜いてみろ」

 

 幼い悟飯は言われた通りに構え直した。

 

 未来悟飯が動きを見せると、目を輝かせて真似をする。

 

「すごい……! やっぱり、お兄ちゃんは強いんだね!」

 

 その笑顔に、胸が締めつけられた。

 

 強い。

 

 そう言われるたびに、違うのだと思う。

 

 自分は、強くなりたかっただけだ。

 

 強くなれば守れると信じていた。

 

 強くなれば、誰も失わずに済むと思っていた。

 

 けれど、強くなっても。

 

 どれほど戦っても。

 

 失うものは、失われた。

 

「……お兄ちゃん?」

 

 幼い悟飯が、不思議そうに顔を覗き込む。

 

「どうしたの?」

 

「いや……何でもない」

 

 未来悟飯は、そっとその頭に手を置いた。

 

 小さな頭。

 

 まだ何も知らない。

 

 これから先、たくさんの可能性がある。

 

 自分とは違う未来を歩めるかもしれない。

 

 その未来を守ることができるのなら。

 

 今度こそ。

 

 今度こそ、何かを変えられるのなら。

 

「……悟飯」

 

 自分自身の名を呼ぶのは、不思議な感覚だった。

 

「お前は、強くなれ」

 

 幼い悟飯は、真剣に頷いた。

 

「うん!」

 

「でも……」

 

 言いかけて、未来悟飯は言葉を飲み込んだ。

 

 強くなれ。

 

 それだけでは足りない。

 

 強くなることだけを考えて、他のすべてを置き去りにしてほしくない。

 

 自分が守れなかったものを、あの子には守ってほしい。

 

 けれど、それは。

 

 自分が本当に望んでいることなのだろうか。

 

 それとも、ただ自分の失敗を、あの子に取り返してほしいだけなのだろうか。

 

 未来悟飯は、ゆっくりと手を離した。

 

「……いや。何でもない」

 

「変なお兄ちゃん!」

 

 幼い悟飯は笑った。

 

 その笑顔を見て、未来悟飯もほんの少しだけ笑った。

 

 ほんの一瞬。

 

 心の底から、笑えた気がした。

 

     *

 

 夜。

 

 未来悟飯は、ひとりで空を見上げていた。

 

 星が見える。

 

 自分の世界では、こんなふうに夜空を眺める余裕などなかった。

 

 いつ敵が襲ってくるか分からない。

 

 いつ、誰かが助けを求めるか分からない。

 

 眠ることさえ、贅沢に思える日々だった。

 

 それでも、空を見上げることはあった。

 

 戦いが終わったあと。

 

 誰もいない街の中で。

 

 もう会えない人たちを思い出しながら。

 

「……父さん」

 

 呟いた声は、夜に溶けた。

 

 会いたかった。

 

 ずっと、会いたかった。

 

 もう一度だけでいい。

 

 父の声を聞きたかった。

 

 師匠に叱られたかった。

 

 クリリンさんの冗談に、呆れた顔をしたかった。

 

 そんな願いが叶った今、どうして自分は素直に笑えないのだろう。

 

「……俺は、どうしたらいいんだろうな」

 

 答えはない。

 

 当然だ。

 

 自分で見つけるしかない。

 

 そう分かっていても、答えを見つけることが怖かった。

 

 もし、自分が悪くなかったのだとしたら。

 

 もし、守れなかったことが、自分ひとりの責任ではなかったのだとしたら。

 

 これまで自分を支えてきたものは、何だったのだろう。

 

 自分を責めることで、何とか立っていられた。

 

 自分が弱かったからだ。

 

 自分が足りなかったからだ。

 

 そう考えれば、次こそ強くなればいいと思えた。

 

 そう考えれば、失ったものに意味を与えられる気がした。

 

 けれど。

 

 もし、それが間違いだったのなら。

 

 自分は何を支えに、これから生きていけばいい?

 

「……悟飯」

 

 背後から声がした。

 

 振り向かなくても分かる。

 

 ピッコロだった。

 

「こんな時間まで起きているのか」

 

「……少し、眠れなくて」

 

「そうか」

 

 ピッコロは隣に立った。

 

 何も聞かず、何も言わず、同じ空を見上げる。

 

 しばらくして、未来悟飯は口を開いた。

 

「ピッコロさん」

 

「何だ」

 

「俺は……強くなれば、全部守れると思っていました」

 

 言葉にするのは、ひどく難しかった。

 

「強くなれば、誰も死なずに済む。俺がもっと強ければ、みんなを守れた。そう思って、ずっと戦ってきました」

 

 ピッコロは黙って聞いていた。

 

「でも……守れなかったんです」

 

 未来悟飯は、空を見つめたまま続けた。

 

「何をしても、何度戦っても、失うものがあった。最後には……」

 

 そこで声が途切れた。

 

 これ以上話せば、もう耐えられない気がした。

 

 ピッコロはしばらく待ってから、静かに言った。

 

「強さだけですべてを守れると思うな」

 

「……」

 

「だが、守ろうとしたことまで捨てるな」

 

 未来悟飯は、ゆっくりと顔を上げた。

 

「お前が何を失ったのか、俺は知らん。だが、今のお前がここにいることには意味があるはずだ」

 

「……意味」

 

「そうだ」

 

 ピッコロは、まっすぐに未来悟飯を見た。

 

「過去を変えられるかどうかは、まだ分からん。だが、お前は今、ここにいる。ならば、ここで何をするかは、お前自身が決めろ」

 

 未来悟飯は、唇を噛んだ。

 

 決める。

 

 自分で。

 

 これまでずっと、失ったものを取り返すことばかり考えていた。

 

 もう一度会いたい。

 

 もう一度話したい。

 

 もう一度、あの日々に戻りたい。

 

 けれど、それは叶わない。

 

 ここにいるのは、過去の父であり、過去の師匠であり、過去の仲間たちだ。

 

 自分が生きてきた未来は、消えない。

 

 失ったものも、消えない。

 

 それでも。

 

 この世界の未来は、まだ決まっていない。

 

「……俺は」

 

 未来悟飯は、拳を握った。

 

「今度こそ、守りたいです」

 

 ピッコロは短く頷いた。

 

「ならば、まずは自分を見失うな」

 

 その言葉に、未来悟飯は目を伏せた。

 

 自分を見失うな。

 

 そんなことは、ずっと前にできなくなっていたのかもしれない。

 

 戦うことだけが、自分の存在理由になっていた。

 

 誰かを守れなければ、自分には価値がない。

 

 そう思い込むことで、立ち止まらずに済んだ。

 

 けれど、今は。

 

 目の前に、まだ何も失っていない自分がいる。

 

 父がいる。

 

 師匠がいる。

 

 仲間たちがいる。

 

 この世界で、自分は何を選ぶのか。

 

 誰かを守るために戦うのか。

 

 それとも、失った自分自身を取り戻すために、もう一度前を向くのか。

 

 まだ分からない。

 

 答えは出ない。

 

 それでも。

 

「……はい」

 

 未来悟飯は、静かに頷いた。

 

 ピッコロはそれを見届けると、何も言わずに歩き出した。

 

 その背中を見送りながら、未来悟飯はもう一度、夜空を見上げた。

 

 胸の痛みは消えない。

 

 失った未来も、戻ってこない。

 

 それでも、隣に立ってくれる人がいる。

 

 それだけで、ほんの少しだけ。

 

 明日を考えてみようと思えた。

 

 ――けれど、彼はまだ知らない。

 

 自分が本当に許せなかったのは、守れなかったことだけではない。

 

 あの日、最後まで生き残ってしまった自分自身を。

 

 そして、今もなお生きたいと願っている自分自身を。

 

 彼はまだ、許せずにいた。

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