ブーメラン・バタフライ   作:ろくさん

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第13話:美のプライドと矛盾

フランス、パリ八区。モンテーニュ通りに聳え立つ世界最高峰のファッションメゾン『ELENA』の本社ビル地下三階には、普段は限られた熟練のお針子とデザイナーしか立ち入ることのできない極秘のオートクチュール工房が存在する。しかしここ一週間、その優雅な空間は、まるで最先端の軍事兵器工場か宇宙開発の実験施設のような異様な熱気と機械音に支配されていた。

 

高い天井には無影灯が煌々と輝き、本来であれば最高級のシルクやカシミヤが広げられるはずの大きな裁断テーブルの上には、軍用の重厚なジュラルミンケースから取り出された黄金色の合成繊維のロールと、鈍い銀色の光を放つ超極細の金属ワイヤーのリールが幾つも並べられている。壁際には大型の工業用レーザーカッターと、ダイヤモンドコーティングされた特殊針を備えた超高出力の超音波ミシンが設置され、白衣を着た軍需産業の素材エンジニアたちが、目の下に黒い隈を作りながらモニターの数値を監視していた。

 

その工房の中央に置かれた一体のトルソーの前で、創業者兼チーフデザイナーであるエレナ・ヴァレンティノは、腕を組んで仁王立ちしていた。

三十六歳になる美の女帝は、徹夜の作業にもかかわらず、一分の隙もない完璧な装いを保っている。白磁のように滑らかな肌、氷を削り出したような高い鼻梁、そして血のように鮮やかな真紅のルージュが引かれた唇。プラチナブロンドの長い髪は後頭部で美しくまとめられ、スワロフスキーと七層のフリルをあしらった最高級のリゾートドレス水着の上から、純白のデザイナーズガウンを羽織っていた。彼女のエメラルドグリーンの双眸は、トルソーに着せられた一着の異様なビキニを、まるで我が子であり、かつ最強の復讐者を見つめるかのような激しい熱量で凝視していた。

 

「エレナ様、最終の引張強度テストおよび耐切断試験の結果が出ました」

 

秘書のクロエが、タブレット端末を胸に抱えながら小走りで駆け寄ってきた。彼女の隣には、海パン連合軍の最高司令官ドミニク・ハワードから派遣された、兵器開発部門の主任技師である初老の男が控えている。技師は興奮で上気した顔で、タブレットの画面に表示されたグラフを指し示した。

 

「驚異的な数値です、ヴァレンティノ女史。我々が提供した防弾チョッキ用の高強度パラ系アラミド繊維に、超弾性の形状記憶チタン合金ワイヤーをミクロン単位で複合撚糸し、それをあなたが考案した『七重の立体フリル構造』へと織り上げたことで、単なる防弾ベストを遥かに凌駕する防御力が生まれました。さきほど実験室で、秒速千メートルで回転する工業用ダイヤモンドカッターの刃を叩きつけましたが、一番外側のフリルの表面すら傷つけることができませんでしたよ。物理的に、地球上のいかなる刃物や怪力をもってしても、この水着を引き裂くことは不可能です」

 

技師の太鼓判を聞いても、エレナは表情を緩めなかった。彼女は一歩踏み出すと、白く長い指先で、トルソーが纏うビキニの胸元のフリルをそっと撫でた。

一見すると、それは『ELENA』のコレクションを象徴する、溜息が出るほど華麗でロマンチックな装飾ビキニに見えた。真珠のような光沢を放つ純白と黄金の生地が幾重にも波打ち、胸元と腰回りには無数の大粒のスワロフスキーと、薔薇の花びらを模した豪華なレースのリボンが隙間なくあしらわれている。しかし、その優美なフリルの一枚一枚の内部には、戦車の複合装甲にも匹敵するアラミド繊維の多重メッシュと、衝撃を分散して跳ね返すチタンワイヤーの骨格が緻密に編み込まれていた。さらに、胸のカップの内部には、女性のバストを実際の二倍近い大きさに盛り上げて見せると同時に、銃弾すら受け止める超高密度シリコンポリマーの装甲パッドが内蔵されている。

水に入って泳ぐための機能性は完全にゼロ。重さは通常のビキニの十倍近い三キログラムに達し、ただ人間の肉体を過剰な美で飾り立て、自然の脅威から絶対的に隔離するためだけに生み出された、人類の虚栄心と軍事技術の結晶であった。

 

エレナは真紅の唇の端を美しく吊り上げ、冷酷な笑みを浮かべた。

 

「当然よ。私が誰だと思っているの。ただ頑丈なだけの防弾チョッキなら、あなたたち軍人でも作れるわ。けれど、それでは意味がないのよ。あの忌々しい黒いブーメランパンツの男どもが最も憎んでいるのは、私たち人間が生み出した『装飾の美』そのものなのだから。あいつらの目の前で、これ以上ないほど贅沢なフリルと宝石を見せつけ、しかもあいつらの野蛮な手刀を完璧に弾き返してやる。この絶対防御水着『イージス・フリル』こそが、自然に対する人間の文明の完全なる勝利を宣言するモニュメントになるわ」

 

エレナが誇らしげに宣言したその時、工房の壁面に設置された大型モニターが点灯し、ニューヨークの地下司令部にいるドミニク・ハワードの姿が映し出された。相変わらず首元まで隙間なく覆う迷彩柄の特注ラッシュガードと黒い革手袋を着用したドミニクは、トルソーに輝く『イージス・フリル』を見て、灰色の瞳を満足げに細めた。

 

「素晴らしいわ、エレナ。リオデジャネイロでの戦闘以来、世論はあいつらの流した気味の悪い涙のせいで少しばかり動揺しているけれど、この水着の実戦テストが成功すれば、すべてがひっくり返るわ。連中の攻撃が一切通用しない『無敵のビキニ』が存在すると証明されれば、世界中の女性たちが再び安心して水着を買い求め、私たちのビーチと市場が蘇るのよ」

 

「ええ、分かっているわ、ドミニク。テストの準備はすでに整えてあるのね?」

 

「もちろんよ。南仏、コート・ダジュールのカンヌ近郊にあるプライベートビーチを、海パン連合軍の欧州艦隊で完全に封鎖してあるわ。現在、地中海を回遊している約百体の小集団が、ちょうど二時間後にその海域を通過するルートを取っている。世界中から厳選したメディアのカメラマンと、アパレル業界の投資家たちを防弾ガラスの観覧席に招待してあるから、そこであなたの最高傑作のお披露目をしなさい」

 

ドミニクの言葉に、エレナは女王のように鷹揚に頷いた。あの日、自分のブランドの株価を暴落させ、手塩にかけてデザインした水着をゴミのように引き裂いた黒い悪魔どもへの復讐の舞台は、ついに整ったのである。

 

それから二時間後。フランス南部、地中海に面したコート・ダジュールの特設テストビーチ。

抜けるようなコート・ダジュール・ブルーの青空の下、白い砂浜には異様な緊張感が張り詰めていた。砂浜の後方には、リオデジャネイロの時よりもさらに分厚い五重の防弾ガラスで囲まれた移動式バンカーが設置され、その内部にはエレナをはじめ、各国のメディア関係者や巨大アパレル企業の重役たちが詰めかけ、固唾を呑んでビーチを見守っていた。海岸線の両脇の岩場には、海パン連合軍の装甲車と重機関銃座が配備されているが、今日の主役はあくまで兵器ではなく『水着』であるため、兵士たちには発砲禁止の厳命が下されている。

 

そして、無人の白い砂浜の中央、波打ち際から二十メートルほどの場所に、三人の若い女性モデルが並んでいた。

左右に立つ二人のモデルは、比較実験のために用意された、通常のシルクとナイロンで作られた一般的な『ELENA』の三角ビキニを着用している。二人はいつ海からあの怪物が現れるかと、恐怖で顔を青ざめさせ、互いの手を握り合ってガタガタと震えていた。

一方、その真ん中に堂々と仁王立ちしている長身の黒髪モデル、ナタリーだけは、不敵な笑みを浮かべて胸を張っていた。彼女が身に纏っているのこそ、今朝パリからヘリコプターで空輸されたばかりの絶対防御水着『イージス・フリル』であった。

太陽の光を浴びて眩いばかりに輝く七重の純白のフリルと、何千粒ものスワロフスキー。重さ三キログラムにおよぶアラミド繊維とチタンワイヤーの鎧に守られたナタリーには、五百万ドルの特別危険手当が支払われており、さらに「絶対に一ミリも破れない」というエレナの言葉を完全に信じ切っていた。

 

バンカーの内部で、エレナはマイクを握りしめ、砂浜のスピーカーを通じてナタリーに指示を出した。

 

「いいこと、ナタリー。連中が上陸してきても、絶対に逃げてはダメよ。その場で最も美しく、最も挑発的なポージングを続けなさい。あなたのその胸元のフリルが連中の手刀を弾き返す瞬間を、世界中のカメラが最高画質で捉えるのだから」

 

砂浜のナタリーが、カメラに向かって余裕のウインクを返した。その隣で、通常のビキニを着た二人のモデルが泣きそうな顔で海を見つめる。

 

その時だった。

沖合に停泊していた観測艇のソナーが、激しい警告音を鳴らし始めた。バンカー内のモニターに、水中をマッハ一・二の猛烈な速度で接近してくる約百体の高エネルギー反応が映し出される。

穏やかだった地中海のコバルトブルーの海面が、突如として白く沸騰したかのように盛り上がった。ジェット機が通過するようなゴォォォッという衝撃波が大気を震わせ、白い水柱のカーテンを突き破って、漆黒のブーメランパンツを穿いた屈強な男たちの群れが、一斉に浅瀬へと躍り出た。

 

身長百九十センチに迫る、体脂肪率三パーセント未満のギリシャ彫刻のような肉体群。太陽の光を弾く浅黒い筋肉の隆起と、光を一切反射しない漆黒のブーメランパンツのコントラスト。彼らは水から上がっても二本の足で歩くことはせず、白い砂浜の上を豪快な砂煙と飛沫を上げながら、一糸乱れぬ完璧なバタフライで滑走してきた。

 

バンカー内の投資家たちから、思わず恐怖のどよめきが漏れる。画面越しに見るのとは比較にならない、大自然の質量そのものが迫ってくるかのような圧倒的な威圧感だった。

砂浜に立つ通常のビキニのモデル二人は、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。これまでのパターンであれば、男たちは手近にいるこの二人のビキニも含め、ビーチにあるすべての水着を均等に、淡々と引き裂いていくはずであった。

 

だが、次の瞬間、エレナと技師たちの予測を根底から覆す異常事態が発生した。

 

砂浜をバタフライで進んでいた百体の男たちが、波打ち際から十メートルの地点で、一斉にピタリと動きを止めたのである。

全員が砂の上にすっくと立ち上がった。そして、百体の男たちの彫りの深い顔が、まるで強力な磁石に引き寄せられた方位磁針のように、寸分の狂いもなく中央に立つナタリーただ一人へと向けられたのだ。左右で震えている通常のビキニのモデル二人には、誰一人として視線すら向けなかった。

 

バンカーの防弾ガラス越しに、エレナは息を呑んだ。

高倍率のモニターに、先頭に立つ一人の男の顔が大きく映し出される。その深い海の底のような黒い瞳が、ナタリーの身体を覆う『イージス・フリル』を捉えていた。

通常のビキニに対して彼らが見せるのは、いつも静かな憐れみと悲哀の眼差しだった。しかし今、七重のアラミド繊維のフリルとチタンワイヤー、分厚いシリコン装甲パッド、そして無数の宝石でガチガチに固められたナタリーの水着を見つめる男たちの瞳には、これまでに見たこともないほど深く、激しく、そして胸が張り裂けんばかりの『苦悶と執念』の光が宿っていたのである。

 

地球の純粋なる意志の集合体である彼らにとって、水着の布面積と装飾の多さは、そのまま「人類が自然との対話を拒絶する心の壁の分厚さ」を意味していた。その法則に従えば、エレナが人間の科学技術と虚栄心のすべてを注ぎ込んで作り上げたこの『イージス・フリル』は、母なる海に対する人類史上最大にして最悪の冒涜であり、何としても今すぐこの地上から取り除かなければならない「究極の虚飾の象徴」として、男たちの本能を極限まで刺激してしまったのだ。

 

男たちの全身の筋肉が、ミシミシと音を立てるほど異様に膨張した。浅黒い肌の表面から、高熱を帯びた水蒸気が白い陽炎となって立ち昇る。

 

「な、なによ、あいつら。どうして私ばっかり見るのよ」

 

さすがに異様な気配を感じ取ったのか、砂浜のナタリーの顔から余裕の笑みが消え、一歩後ずさった。

その直後だった。

 

砂浜の空気が、爆発した。

ドォンッ! という凄まじいソニックブームが炸裂し、バンカーの分厚い防弾ガラスに蜘蛛の巣状の亀裂が走った。

百体の男たちが、通常のビキニのモデル二人を完全に無視し、これまで観測された最大速度を遥かに超える――通常の三倍、マッハ三を超えるかのような神速のバタフライで、中央のナタリーただ一人に向かって一斉に殺到したのである。

 

「きゃあああああああっ!」

 

ナタリーが悲鳴を上げて逃げようとした時には、すでに彼女の周囲三百六十度は、黒い筋肉の壁によって完全に埋め尽くされていた。

先頭の男が、目にも留まらぬ速さで右腕を振り上げ、ナタリーの胸元を覆う七重のフリルに向かって手刀を振り下ろした。

 

ガキィィィン!!

 

布を切る音ではなかった。まるで戦車の砲弾が鋼鉄の装甲板に激突したかのような、耳を劈く金属音と激しい火花が、ナタリーの胸元で炸裂した。

アラミド繊維と形状記憶チタンワイヤーが織り成す『イージス・フリル』が、男のマッハの手刀を見事に受け止め、弾き返したのである。衝撃波でナタリーの長い黒髪が激しく逆立ったが、水着のフリルは一枚たりとも破れてはいなかった。

 

バンカーの中で、兵器開発部門の技師が歓喜の声を上げて飛び上がった。

 

「やったぞ! 弾き返した! 連中の手刀を完全に防ぎきったぞ、ヴァレンティノ女史!」

 

投資家たちからも割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こる。エレナもまた、強く握りしめていた拳を震わせ、勝利の確信に唇を歪めた。

 

「見たかしら! これが私の美の力よ! どんな野蛮な自然の暴力も、私のドレスの前には無力なのよ!」

 

だが、エレナの勝ち誇った声は、次の瞬間に起きた光景によって、喉の奥で凍りついた。

 

手刀を弾き返された先頭の男は、怯むどころか、その瞳から大粒の涙をポロポロと零しながら、自らの右手の指先を見つめた。チタンワイヤーの超高硬度に阻まれ、男の右手の人差し指と中指の先端が、不自然な角度に曲がり、ヒビが入っていたのである。亀裂の入った指先からは、血ではなく、純粋なエメラルドグリーンの海水がポタポタと砂の上に滴り落ちていた。

なぜ、ここまでして人間は自分を隠すのか。なぜ、鋼鉄の糸で胸を縛り上げてまで、海から逃げようとするのか。そんな悲痛な叫びが聞こえてきそうなほど、男の顔は深い悲哀に歪んでいた。

 

しかし、男は一歩も退かなかった。

彼は折れかけた自らの右手を、再び高く掲げた。それだけではない。周囲を取り囲んでいた残り九十九体の男たちもまた、一斉に涙を流しながら、ナタリーの『イージス・フリル』へと両腕を向けたのである。

 

次の瞬間、男たちの指先が、目に見えないほどの超高速で微細に振動し始めた。

彼らを構成する太古の高濃度海水と結晶化ミネラルの全エネルギーを、一点の指先に集中させることで発生させた、超高周波のプラズマ振動手刀であった。周囲の空気がイオン化して青白く発光し、キィィィンという耳鳴りのような高音がビーチ全体に響き渡る。

 

「ま、待って。なんなのその手は。いや、やめて、近づかないで!」

 

恐怖のあまり動けなくなったナタリーに対し、百体の男たちが、己の指が砕け散るのも一切厭わず、超振動する手刀を雨あられと叩き込んだ。

 

ガガガガガガガッ!! バキィッ! ズガァァァン!!

 

ナタリーの身体の周囲で、無数の火花と、男たちの指の結晶構造が砕け散るエメラルドグリーンの飛沫が同時に吹き上がった。

驚異的な精度だった。百体の男たちが、マッハを超える速度で何千回もの手刀を打ち込んでいるにもかかわらず、その衝撃波はナタリーの皮膚の手前ゼロ・一ミリの空間で完璧に相殺されており、彼女の生身の肉体には風圧以外のダメージが一切届いていなかった。すべての破壊エネルギーは、ただ一点、彼女を縛り付けている『イージス・フリル』のアラミド繊維とチタンワイヤーの分子結合のみへと叩き込まれていたのである。

 

バンカー内のモニターで、水着の耐久値を示すグラフが、真っ赤な警告音とともに猛烈な勢いでゼロへと向かって急降下していく。

 

「ば、馬鹿な! アラミド繊維が熱分解を起こしている! チタンワイヤーが金属疲労を超えて分子レベルで引きちぎられていくぞ! 連中の指先はどうなっているんだ、自分の手が砕けているのに、なんで攻撃を止めないんだ!」

 

技師が頭を抱えて絶叫した。

モニターの拡大映像には、指先から青い海水を噴き出させ、手首から先がボロボロに欠損しながらも、ただひたすらに悲しみの涙を流してフリルを引き裂こうとし続ける男たちの狂気じみた、しかしあまりにも献身的な姿が映し出されていた。彼らにとって、この水着を破壊することは攻撃ではなかった。鋼鉄の檻に閉じ込められた哀れな人間の女性を救い出すための、命がけの救助活動だったのである。

 

そして、わずか十秒後。

パァンッ! という、限界まで張り詰めたピアノ線が断ち切られるような甲高い音が、コート・ダジュールの空に響き渡った。

 

絶対に引き裂かれないはずだった『イージス・フリル』の七重の装甲が、ついに男たちの執念の前に完全に崩壊したのだ。

純白と黄金のアラミド繊維が細かい糸くずとなって爆散し、引きちぎられたチタンワイヤーと無数のスワロフスキーが、キラキラと太陽の光を反射しながら砂浜へと飛び散った。内蔵されていた分厚いシリコンパッドも真っ二つに裂け、ナタリーの身体からすべての装飾が剥がれ落ちる。

 

風が吹き抜け、砂煙が晴れた時、そこに立っていたのは、一糸纏わぬ生まれたままの素っ裸になったナタリーの姿だった。あれほど激しい金属音と火花に包まれていたにもかかわらず、彼女の白い肌には、やはり小さな引っ掻き傷一つすらついていなかった。

 

ナタリーは自分の胸元を見下ろし、そこにあったはずの三キログラムの無敵の鎧が消え失せていることに気づくと、糸が切れたように砂浜へとへたり込み、両手で胸と股間を隠して泣き崩れた。すぐ横で、最後まで指一本触れられることなく放置されていた通常のビキニのモデル二人が、呆然とナタリーの裸を見つめている。

 

周囲を取り囲んでいた男たちは、ナタリーが完全に解放されたことを確認すると、ピタリと動きを止めた。

先頭の男は、自分の右手を見つめた。その指先は、チタンワイヤーを無理やり引きちぎった代償として完全に砕け、手首のあたりからサラサラと白い塩の結晶になって崩れ落ちていく。男は残った左手で、砂の上に落ちた『イージス・フリル』の残骸――黒く焦げたアラミド繊維と曲がりくねった金属ワイヤーの塊をそっと拾い上げた。

そして、自分の砕けた右手と、そのあまりにも不自然で重苦しい水着の残骸を見比べ、ふっと深く悲しげに目を細めると、ナタリーに向かって静かに頭を下げた。やがて百体の男たちは、傷ついた身体を引きずるようにして踵を返し、再び地中海の青い波間へとバタフライで消えていった。

 

静まり返ったバンカーの中で、投資家やメディアの人間たちは、誰も口を開くことができなかった。

ただ一人、防弾ガラスの目の前に立ち尽くしていたエレナ・ヴァレンティノだけが、唇をわなわなと震わせながら、砂浜に散乱する自らの最高傑作の残骸を凝視していた。

 

「普通のビキニのモデルには目もくれず、私が作った最強の装飾水着にだけ、三倍の速度で殺到した」

 

エレナは自分の白い喉元に手を当て、掠れた声で呟いた。

 

「自分の指が砕けるのも構わずに、涙を流しながら、あの鉄のフリルを引きちぎったわ。まるで、私がデザインした美しい装飾が増えれば増えるほど、人間が自然から身を隠そうとすればするほど、あいつらの悲しみと執念を激しく刺激しているとでも言うの……?」

 

これまでエレナが信じて疑わなかった「自然とは不完全であり、人間の装飾によって初めて美が完成する」という絶対の哲学。しかし、自分の指を犠牲にしてまで、ナタリーの肌に傷一つつけずにあの重苦しい鎧を剥がし取った男たちの涙と、最後に残されたナタリーの無傷で瑞々しい裸体の美しさを目の当たりにした瞬間、エレナのデザイナーとしての根幹に、決して修復することのできない深い亀裂が走ったのだった。

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