太平洋の心臓部とも呼べるハワイ諸島、オアフ島沖。
抜けるようなコバルトブルーの空と、底まで透けて見えそうなほど美しいエメラルドグリーンの海が広がる地上最大の楽園は今、硝煙と鋼鉄の匂いに満ちた巨大な要塞へと変貌していた。かつては世界中の観光客がトロピカルカクテルを片手に日光浴を楽しみ、色とりどりのサーフボードが波間を埋め尽くしていたワイキキビーチには、人影ひとつない。白い砂浜には幾重もの有刺鉄線とコンクリート製の対戦車バリケードが隙間なく並べられ、ヤシの木の陰には海パン連合軍の自動機銃座と地対艦ミサイルランチャーが不気味な銃口を海へと向けていた。
その海岸線から沖合へ約十キロメートル離れた洋上には、リオデジャネイロでの防衛戦を遥かに凌駕する規模の大艦隊が、海面を黒く染め上げるように展開していた。パナマ運河を緊急通過して合流した南米艦隊に加え、真珠湾を母港とする太平洋艦隊の主力艦艇、さらには環太平洋諸国から招集された最新鋭のイージス駆逐艦や強襲揚陸艦など、総勢八十隻を超える鋼鉄の巨艦が、オアフ島の南岸を幾重もの半円形で包囲している。海面下には数千発の最新鋭ホーミング機雷と音響魚雷が隙間なく敷設され、上空には攻撃ヘリコプターの編隊が黒い蚊柱のように旋回していた。それはもはや沿岸警備などという生易しいものではなく、一つの国家を地上から完全に消滅させるために組まれた、人類の軍事力の結晶とも呼べる絶対殲滅陣形であった。
艦隊の中央に位置する旗艦、大型強襲揚陸艦『ポセイドン』の艦橋は、凍りつくような緊張感に包まれていた。
防弾ガラスの向こうに広がるハワイの海を見据えながら、最前線部隊長のタクヤは、腕を組んで仁王立ちしていた。冷房が効いたブリッジの中で、彼一人だけが上半身裸に、赤と黄色の鮮やかなハイビスカス柄のロングサーフパンツ一丁という姿で立っている。しかし、数日前のリオデジャネイロ沖で見せていたような、ビーチの笑顔を取り戻すという熱い闘志は、今の彼の精悍な顔立ちからは完全に消え失せていた。太陽に灼かれた浅黒い肌には深い疲労の色が滲み、無造作に伸びた黒髪の下の力強い双眸は、拭い去ることのできない苦悩と迷いの影で暗く沈んでいる。彼の左肩から脇腹にかけて走る白い稲妻のような手術痕が、まるでこれから始まる惨劇を予感するかのように、鈍く疼いていた。
艦橋の中央に設置された大型戦術ホログラムテーブルの上には、地球全体の海洋マップと、衛星がリアルタイムで追跡している『黒の行進』の個体数カウンターが赤い数字で浮かび上がっていた。隣に立つ副官のマルコス大尉が、手元のタブレット端末のデータとホログラムの数値を照らし合わせながら、重苦しい溜息とともに口を開いた。
「隊長、司令部から最新の個体数推計データが送られてきました。今から二週間前、日本の首都直下から噴出した時点での総数は、推定十万体。ですが、現在地球上の海で確認されている稼働個体数は、すでに五万四千体を切っています」
マルコス大尉の低く抑えた声に、艦橋内のオペレーターたちが一斉に息を呑んだ。
タクヤは視線をホログラムの赤い数字へと落とした。十万体いたはずのあの屈強な男たちが、わずか二週間のうちに半分近くまで数を減らしている。理由は明白だった。リオデジャネイロでの対物ライフルによる射殺を皮切りに、ドミニク最高司令官が世界中の部隊に対して無制限の実弾使用と機雷原の敷設を許可したからである。
「やはり、ドミニクの言った通りだったな。あいつらには生殖能力もなければ、仲間を新しく増やす手段も一切ない」
タクヤは自分の拳を強く握りしめ、呟くように言った。爪が掌の皮膚に食い込み、じわりと汗が滲む。
「ええ。各地の海峡に仕掛けられた水中機雷や、沿岸部隊の重機関砲による十字砲火で、毎日数千体という単位で連中は消滅しています。それなのに、信じられないことに、これまで人間側の死傷者はただの一人も出ていないんです。どれほど激しい銃砲撃を浴びせられても、連中は絶対に人間に向かって反撃しない。武器を奪うことも、軍艦を沈めることもせず、ただ黙って銃弾を受け止めながら、ビーチにある水着だけを引き裂いて回っているんです」
マルコスは言葉を切り、自分の軍服のズボンの下に穿いているトランクス型の水着を意識したのか、苦渋に満ちた表情で唇を噛んだ。軍人として数々の戦場を潜り抜けてきた彼にとっても、一切の害意を持たず、ただ布切れを裂くためだけに無抵抗で死んでいく相手を一方的に撃ち殺し続けるこの作戦は、良心の呵責に耐えがたいものになりつつあった。
その時、艦橋のメインスピーカーから、冷徹で高圧的な女の声が響き渡った。ニューヨークの地下司令部から直接回線を繋いでいる、ドミニク・ハワード最高司令官であった。正面のサブモニターに映し出されたドミニクは、ボトックスで張り詰めた能面のような白人の顔に、嗜虐的なまでの満足げな笑みを浮かべていた。相変わらず首元から手首に至るまで特注の迷彩柄ラッシュガードと黒い革手袋で完全に肌を覆い隠し、灰色の冷たい瞳でタクヤを見下ろしている。
「ご機嫌いかがかしら、タクヤ隊長。そんなに暗い顔をして、まるで葬式にでも出るつもりなの? 今まさに、あなたにとって思い出深いハワイの海で、私たちが歴史的な大勝利を収めようとしているのよ」
ドミニクが黒い革手袋の指先でコンソールを叩くと、戦術マップの北西海域が大きく拡大された。ハワイ諸島へ向かって一直線に南下してくる、約一万五千体の高エネルギー反応の群れが赤い光の帯となって映し出される。
「現在、北太平洋を回遊していた主力群一万五千体が、あなたの艦隊の正面へと接近しているわ。これまでの各地での戦闘で、連中の多くはすでに傷つき、移動速度も発生当初のマッハ一・二からマッハ〇・八程度にまで落ちている。そこで私は、今回のハワイ沖防衛戦において、新型の『対人散弾魚雷』および艦載機による『高密度フレシェット弾(金属矢弾)』の絨毯爆撃を許可したわ」
「フレシェット弾だと!?」
タクヤが顔を上げ、モニターのドミニクを睨みつけた。フレシェット弾とは、一発の砲弾やロケット弾の内部に数千本もの鋭利なタングステン製の金属矢を詰め込み、空中で炸裂させて広範囲の目標を針鼠のように串刺しにする、極めて残虐性の高い兵器である。
「ドミニク司令、正気か。そんなものを海面に撃ち込めば、連中だけでなく、ハワイのサンゴ礁や海洋生態系そのものが完全に破壊されるぞ! それに、連中はすでに半数以下に減っているんだ。わざわざそんな過剰な殺戮兵器を使う必要がどこにある!」
タクヤの激しい抗議に対し、ドミニクは氷のような瞳を細め、心底愉快そうに喉の奥でクスクスと笑った。
「過剰ですって? あなた、まだ何も分かっていないのね、タクヤ。連中が半分に減ったからこそ、今ここで徹底的に、最も残酷な形で叩き潰さなければならないのよ。昨日、フランスのコート・ダジュールで行われたエレナの特殊装飾水着のテスト結果は聞いているでしょう? 連中は、私たちが誇る最高峰のファッションと科学技術の結晶を、自分の指が砕け散るのも構わずに引き裂いたのよ。あの気味の悪い執念と、銃で撃たれた時に流すわざとらしい涙の映像のせいで、世界中の軟弱な市民たちが『もしかして私たちが悪いのではないか』などと馬鹿げた同情論を口にし始めているわ」
ドミニクの能面のような顔から笑みが消え、自身のコンプレックスの裏返しである激しい憎悪が、その声をヒステリックに尖らせた。
「そんな空気を放置してみなさい。誰も二度と高価なビキニやラッシュガードを買わなくなり、数兆ドルのアパレル市場とリゾート産業は永遠に死んだままよ。だから、このハワイの美しい海で、あの完璧気取りの筋肉ダルマどもを文字通り肉片も残さずミンチにして、連中がただの醜い害虫に過ぎないことを世界中に見せつけるの。いいこと、タクヤ。目標が射程に入り次第、全艦一斉射撃を開始しなさい。もし今度ためらうような真似をしたら、あなたをその場で敵前逃亡の罪で銃殺刑にするわよ」
有無を言わせぬ冷酷な通告を残し、ドミニクは設定された作戦指揮チャンネルへと回線を切り替えた。
直後、艦橋内のレーダーコンソールが、鼓膜を突き刺すような甲高い警報音を一斉に鳴らし始めた。
「た、隊長! 前方海域、距離四千メートル! 目標群一万五千体、海面へ浮上してきます!」
オペレーターの叫び声とともに、タクヤは双眼鏡を掴み、艦橋の扉を開けて外部のウイングデッキへと飛び出した。
ハワイ特有の暖かく湿った貿易風が、タクヤの上半身とハイビスカス柄のサーフパンツを激しく揺らす。彼が双眼鏡のレンズを北西の水平線へと向けた瞬間、穏やかだったエメラルドグリーンの海面が、幅数キロメートルにわたって白く泡立ち、盛り上がった。
ザバァッ、ザバァッ、という豪快な水しぶきの音が、幾重にも重なって海面を震わせる。
白い飛沫のカーテンを突き破り、一万五千人の漆黒のブーメランパンツを穿いた男たちが、一斉にハワイの空へと上半身を跳躍させた。
だが、双眼鏡の超高倍率レンズ越しにその姿を見たタクヤは、思わず息を呑み、立ち尽くした。
そこにあるのは、かつて新宿やリオデジャネイロで見た、一点の曇りもない完璧なギリシャ彫刻の群れではなかった。
先頭を泳ぐ男――あの日、リオの艦橋のすぐ横を通り抜け、タクヤと視線を交わしたあの左目に傷のあるリーダー個体の浅黒い肉体は、見るも無惨なほどに傷つき、ボロボロになっていたのである。彼の分厚い大胸筋や強靭な肩には、各地の防衛線を突破した際に浴びたであろう機関砲の銃創が幾つも深く抉れ、そこから血の代わりに、淡いエメラルドグリーンの純粋な海水と白い塩の結晶が絶え間なくポロポロと零れ落ちていた。
彼だけではない。その後に続く一万五千体の男たちのほとんどが、機雷の爆発で片腕や片脚の一部を欠損し、あるいは腹部に大きな風穴を開けられ、身体の輪郭が青白い光を帯びて今にも崩れ落ちそうになっていたのだ。
それでもなお、彼らは泳ぎを止めなかった。
片腕を失った者は残された片腕だけで水を掻き、脚を砕かれた者は腹筋と背筋のうねりだけでドルフィンキックを打ち、隣を泳ぐ仲間と肩を支え合うようにして、一糸乱れぬバタフライで必死に前へと進み続けていた。彼らが水面から顔を上げるたび、その彫りの深い顔に嵌め込まれた瞳からは、海水の飛沫とは明らかに異なる大粒の透明な涙が溢れ出し、傷だらけの頬を伝って海へと落ちていく。
なぜだ、とタクヤの魂が叫んだ。
なぜ、そこまでボロボロに傷ついて、仲間を半分以上も失ってなお、お前たちは前に進み続けるんだ。その圧倒的な身体能力があれば、深海の底へ潜って人間から隠れることも、あるいはその怪力で俺たち人間を皆殺しにして我が身を守ることもできるはずだろう。それなのに、なぜ誰一人として人間に牙を剥かず、ただ砂浜にある水着という名の布切れを引き裂くためだけに、自分たちの命をすり減らして泳ぎ続けるんだ。
その時、司令部からの自動管制システムが作動し、前方に展開していた駆逐艦群の魚雷発射管と、上空の攻撃ヘリコプターのロケット弾ポッドが一斉に火を噴いた。
ドミニクの息がかかった艦長たちが、タクヤの命令を待たずに第一波の攻撃を開始したのだ。
シュゴォォォォッ! という無数の白煙が海面と空を引き裂き、数千発のフレシェット弾と散弾魚雷が、傷ついた男たちの群れへと容赦なく襲いかかった。
次の瞬間、ハワイの美しい海面が、地獄の釜の底のように爆発した。
空中で炸裂した砲弾から、何百万本ものタングステン製の金属矢が鋼鉄の豪雨となって海面へ降り注ぎ、同時に水中からは散弾魚雷が無数の鉄球を撒き散らして炸裂した。
ドガァァァァン! バシュシュシュシュッ!
耳を劈く轟音とともに、海面が蜂の巣のように穿たれる。
しかし、爆煙と水柱の向こう側で起きた光景に、双眼鏡を覗いていたタクヤの全身の毛が逆立った。
男たちは、降り注ぐ金属矢の雨から逃げようとはしなかった。それどころか、すでに重傷を負って泳ぐ速度が落ちていた後方の仲間たちを守るため、前列にいた数百体の男たちが海面から高く跳躍し、自らの鍛え抜かれた肉体を盾にして、無数の金属矢と鉄球を真正面から受け止めたのである。
無数の金属矢が、男たちの分厚い大胸筋や広背筋を容赦なく貫通する。
彼らの肉体から、赤黒い血ではなく、太陽の光を反射して虹色に輝くエメラルドグリーンの純粋な海水の飛沫が、まるで巨大な噴水のように一斉に天へと噴き上がった。
盾となった数百体の男たちは、うめき声ひとつ上げず、ただ後ろの仲間たちに「行け」と伝えるかのように静かに微笑むと、空中でサラサラと白い塩の結晶と光の粒子になって崩壊し、ハワイの海風の中へと消滅していった。彼らが消えた後の海面には、主を失った数百枚の漆黒のブーメランパンツだけが、黒い花びらのようにプカプカと浮かんでいる。
そして、仲間たちの尊い犠牲によって作られた血路ならぬ「純水の道」を通り抜け、左目に傷のあるリーダー個体を先頭にした残りの男たちが、涙を流しながらなおもバタフライで旗艦『ポセイドン』へと迫ってきた。
彼らが通過し、そして仲間たちが消滅して還っていった海域の海水が、硝煙と重油で汚れていたはずの海面が、瞬く間に息を呑むほど美しい太古のエメラルドグリーンへと浄化されていく。
さらに、消滅した男たちから放たれた冷涼で神聖な潮の香りが、爆風に乗って『ポセイドン』のウイングデッキに立つタクヤの鼻腔と肌を直接撫でた。
その風を肺いっぱいに吸い込んだ瞬間、タクヤの脳裏に、三年前の冬の記憶が鮮烈なフラッシュバックとなって蘇った。
ハワイ、マウイ島沖。高さ二十メートルの伝説的な巨大波「ジョーズ」の崩壊に巻き込まれ、暗い海面下で左肩の骨を砕かれたあの日。
死の恐怖に凍りつき、意識を失いかけたタクヤの身体を、深い海の底から湧き上がった温かくも力強い海流が優しく包み込み、まるで母親が赤ん坊を抱き上げるかのように浅瀬へと押し戻してくれた、あの奇跡の瞬間。あの日、自分の命を救ってくれた巨大な海の鼓動、あのどこまでも純粋で慈悲深い潮の香りと、今目の前で銃弾に貫かれながら涙を流して消えていく男たちが放つ波動は、完全に、寸分違わず同じものだったのだ。
「そういうことか。やっと分かったぞ」
タクヤの目から、熱い涙が一筋、頬を伝って流れ落ちた。
双眼鏡を握る彼の手が激しく震える。
「あいつらは、怪物でも侵略者でもない。海だ。あの日、ジョーズの底で俺の命を救ってくれた、母なる海そのものなんだ!」
なぜ彼らが、人間の肌には傷一つつけず、ただサーフパンツやフリルビキニという「余分な布」だけを引き裂き続けているのか。なぜ彼らが、最小限の布であるブーメランパンツだけを穿き、最も過酷なバタフライで全身の力を振り絞って泳ぎ続けているのか。
学者ではないタクヤには、化学組成や歴史の詳しい理屈は分からなかった。だが、誰よりも海を愛し、海に愛された一人のサーファーとして、彼らの魂の叫びが今、痛いほど明確に理解できた。
彼らは、見栄や羞恥心、そして金儲けという名の分厚い布で心を覆い隠し、海との真剣な対話を忘れてしまった人間たちを悲しんでいるのだ。もう一度、あの頃のように素直な心とありのままの肉体で海に飛び込んできてほしいと、自らの命を削って訴えかけているのだ。
「隊長! 目標群、第一防衛ラインを突破! 旗艦『ポセイドン』の正面、距離八百メートルまで接近しています!」
艦橋内からマルコス大尉の叫び声が聞こえる。
同時に、通信スピーカーからドミニク最高司令官の狂気に満ちた号令が響き渡った。
「全艦、主砲および近接防空システム『ファランクス』、目標を海面の個体群へ固定! 徹甲榴弾と劣化ウラン弾のフルバーストよ! タクヤ隊長、今すぐ発射ボタンを押して、あいつらを一匹残らず海の藻屑にしなさい! 撃ちなさい、タクヤ!」
旗艦『ポセイドン』をはじめとする八十隻の艦艇の甲板で、無数の巨大な砲塔とバルカン砲が不気味なモーター音を立てて旋回し、傷つきながら泳ぎ寄ってくる男たちの群れへと照準を合わせた。
距離五百メートル。海面をバタフライで進む左目に傷のあるリーダー個体が、ふと顔を上げ、ウイングデッキに立つタクヤを見つめた。その片方の瞳には、銃口を向けられていることへの恐怖も憎しみもなく、ただ「お前なら、俺たちの心が分かるはずだ」と信じ切るような、深く静かな海の光が宿っていた。
タクヤは踵を返し、艦橋の内部へと猛然と駆け戻った。
中央の指揮官コンソールの前では、ドミニクの命令を受けた砲術士官が、震える指を全艦一斉射撃の赤いトリガースイッチへと伸ばしている。
「撃つなあああああっ!!」
タクヤの咆哮が艦橋の防弾ガラスをビリビリと震わせた。
彼は砲術士官の腕を強い力で掴んで引き剥がすと、指揮官コンソールの前に立ちはだかり、全艦強制セーフティロックのレバーを思い切り引き下ろした。甲板上で回転を始めていたファランクスの銃身が、甲高いブレーキ音を立てて一斉に停止する。
「た、隊長!? なにをするんですか!」
驚く士官たちを前に、タクヤは全艦放送用のマイクを鷲掴みにし、艦隊のすべての兵士たちに向けて魂の限りに叫んだ。
「全艦、攻撃を中止しろ! 絶対に引き金を引くな! 目を開けてよく見ろ、あいつらは俺たちの敵なんかじゃない!」
タクヤは自分の胸を拳で強く叩き、モニターの向こうの海面を指差した。
「これだけ撃たれても、仲間を何万人も殺されても、あいつらは俺たち人間に指一本触れなかった! 血の代わりに綺麗な海水を流して、俺たちが汚した海を浄化しながら消えていってるんだぞ! あいつらは海そのものだ! 海を忘れて、くだらない見栄や布切れに縛られた俺たちに、何か大切なことを伝えようとして必死に泳いでるんだ! 海を愛する人間なら、これ以上あいつらを撃つな!」
艦橋の内部、そして通信を聞いていた八十隻の艦艇の内部が、水を打ったように静まり返った。
最前線で男たちの涙と、そのあまりにも気高く無抵抗な姿を見続けてきた兵士たちの間にも、タクヤの言葉は激しい動揺と共感の波紋となって広がり始めていた。いくつかの駆逐艦では、砲手たちが思わず照準器から手を離し、互いの顔を見合わせている。
だが、その静寂を、モニターの向こうから響いたドミニクの氷のように冷酷な金切り声が引き裂いた。
「黙りなさい、この狂人が! 波乗りのしすぎで脳みそまで海水に浸かったようね! 兵士たち、今の戯言に耳を貸すんじゃないわ! あいつは敵の精神攻撃に汚染されて発狂したのよ!」
ドミニクは手元のコンソールを叩き、艦橋の隅に控えていた司令部直属の憲兵隊員たちへと直接命令を下した。
「ただいまをもって、タクヤを最前線部隊長の任から解任し、命令違反および敵前反乱の罪で即時拘束するわ! マルコス大尉、いいえ、そこにいる憲兵隊、今すぐその裏切り者を撃ち殺してでもコンソールから引きずり下ろしなさい! 指揮権は私が直接引き継ぐわ!」
艦橋の後方扉が開き、黒い装甲服に身を包んだ六人の憲兵隊員が、スタンバトンと拳銃を構えて雪崩れ込んできた。
マルコス大尉が「待て、やめろ!」と間に割って入ろうとしたが、憲兵隊員の一人に銃床で肩を殴り飛ばされ、床へと倒れ込む。
「くそっ、放せ! ドミニク、目を覚ませ! これ以上海を殺したら、本当にとり返しのつかないことになるぞ!」
タクヤは鍛え上げたサーファーの体躯で二人の憲兵を投げ飛ばしたが、背後から押し当てられた高圧電流のスタンバトンが、彼の左肩の古傷を直撃した。
バチィッ! という激しいスパークとともに、筋肉を焼き切るような激痛が全身を駆け抜け、タクヤは膝から床へと崩れ落ちた。すぐさま四人の憲兵が彼の上から覆いかぶさり、その逞しい両腕を背後へ捻じ上げて重厚な金属製の手錠をガチャリと嵌める。
床に顔を押し付けられながら、タクヤは必死に首を捻り、防弾ガラスの向こうの海面を見た。
司令部からのリモート操作によってセーフティロックが強制解除され、八十隻の艦艇の主砲と機関砲が、再び一斉に火を噴いた。
耳を劈く砲撃音の嵐の中、傷ついた男たちが次々とエメラルドグリーンの飛沫となって砕け散っていく。それでも、残された男たちは涙を流しながら、決してバタフライの軌道を崩すことなく前へと泳ぎ続けていた。
「やめろおおおおおっ! 撃つな、撃つなあああああっ!」
タクヤの血を吐くような絶叫は、無情な砲撃音にかき消された。
彼は憲兵たちに両脇を抱えられ、ハイビスカス柄のサーフパンツが床に擦れるのも構わず、暗い艦底の営倉へと引きずり出されていった。海パン連合軍が掲げた「正義の象徴」であった英雄が、水着の虚飾に気づいて造反した瞬間であった。しかし、指揮官を失って暴走を始めた人類の軍事機械と大衆のヒステリーは、もはや誰にも止められない速度で、破滅の淵へと向かって加速していた。