神奈川県横須賀市。東京湾の入り口である浦賀水道に面した広大な軍港エリアは、かつてないほどの重苦しい鉄の沈黙に支配されていた。海パン連合軍の極東方面総司令部として接収された旧海軍基地の岸壁には、灰色の塗装を施された最新鋭のイージス駆逐艦や高速ミサイル艇が隙間なく係留され、夜間照明の白いサーチライトが黒く濁った海面を絶え間なく撫で回している。真夏の蒸し暑い夜風には、艦艇のガスタービンエンジンが吐き出す重油の焦げた匂いと、基地全体を包囲する高圧電流フェンスの微かな放電音が混ざり合っていた。
その基地の敷地最奥部、分厚い花崗岩の岩盤をくり抜いて造られた地下三階の重営倉エリアは、地上の熱気とは無縁の、氷室のように冷え切った湿気とカビの臭気に満ちていた。天井を這う剥き出しの配管からは結露した水滴が一定のリズムで石畳の床に滴り落ち、換気扇の低いモーター音だけが暗い廊下に反響している。
廊下の突き当たりにある特別独房の内部で、一人の男が冷たいコンクリートの床に胡座をかき、目を閉じて静かに呼吸を整えていた。
タクヤ、二十八歳。
ハワイ諸島オアフ島沖での大規模防衛戦において、ドミニク最高司令官からの無慈悲な殲滅命令に背き、全艦に向けて攻撃中止を叫んだ罪で最前線部隊長の任を解かれ、極秘裏にこの横須賀の基地へと移送されてきた元プロサーファーである。
薄暗い独房の非常灯の下で、彼の上半身裸の体躯が鈍い光を放っていた。身長百八十センチを超えるしなやかで均整の取れた肉体は、世界の荒波と格闘し続けてきた鋼のような筋肉で覆われている。太陽に灼かれた精悍な浅黒い肌には、ハワイで拘束される際に憲兵隊から浴びせられたスタンバトンの火傷の跡や青痣が幾つも生々しく残っていたが、彼の背筋は一本の芯が通ったように真っ直ぐに伸びていた。左肩から脇腹にかけて走る白い稲妻のような巨大な手術痕が、地下の冷気に晒されて白く浮かび上がっている。彼の腰元にあるのは、軍の囚人服ではなく、拘束された時のままの赤と黄色の鮮やかなハイビスカス柄のロングサーフパンツただ一枚であった。
タクヤはゆっくりと瞼を開き、自身の大きな両手を見つめた。
網膜の裏には、今もなおハワイのエメラルドグリーンの海面で見た光景が焼き付いて離れない。何百万本ものタングステン製の金属矢が降り注ぐ中、傷ついた後方の仲間を守るために自ら肉の盾となって跳躍し、胸板から美しい海水の飛沫を噴き出させながら塩の結晶となって消えていった男たちの姿。そして、左目に傷のあるリーダー個体が、艦橋の自分に向けて送ってきた、あのすべてを許し託すような深く静かな海の瞳。
あいつらは海そのものだ。三年前の冬、伝説の巨大波ジョーズの深淵で自分の命を救い、浅瀬へと押し戻してくれた母なる海の心そのものなのだ。それなのに、自分は何もできずにこんな地下の鳥籠の中で膝を抱えている。
その時、独房へと続く長い廊下の奥から、複数の軍靴が石畳を踏みしめる硬い足音が近づいてきた。
監視カメラの赤いランプが一度点滅し、突如としてプツリと消える。
タクヤが眉をひそめて立ち上がると、鉄格子の向こう側の暗がりから、見覚えのある一人の大柄な男が姿を現した。迷彩服の胸元に大尉の階級章をつけた、ブラジル人の副官、マルコスであった。彼の背後には、タクヤが部隊長時代に最も信頼していた極東第1迎撃部隊の若手通信兵二人が、周囲を警戒しながら付き従っている。見張りに立っていたはずの二人の憲兵は、すでに廊下の隅で気絶して床に転がされていた。
「マルコス。お前、なぜここにいる。ハワイの艦隊に残っていたはずじゃなかったのか」
タクヤが鉄格子に歩み寄って低く問いかけると、マルコス大尉は汗ばんだ浅黒い顔に苦渋の笑みを浮かべ、鉄格子の隙間からタクヤの肩を強く掴んだ。
「あなたが連行された直後、俺たち旧タクヤ部隊の連中は『思想汚染の疑いあり』として全員前線から外され、この横須賀基地の警備任務に左遷されたんですよ。ですが、結果的にはそれが幸いしました。隊長、時間がありません。とんでもない事態が起きています」
マルコスは懐から小型の携帯端末を取り出し、画面に表示された極秘の戦術マップをタクヤの目の前に突き出した。そこには、南太平洋の中央部、ポイント・ネモの海域を示す赤い二重丸と、アラスカの基地から伸びる一本の放物線が描かれていた。
「これは、うちの通信兵が最高司令部の暗号回線から命がけで傍受したデータです。現在、世界中から生き残った約三万体の黒い男たちが、中部太平洋のポイント・ネモ付近へと集結しています。そしてドミニク最高司令官と各国首脳は、今から四十六時間後に、その海域へ向けて新型の戦術熱核弾頭『ポセイドン・パージ』を撃ち込むことを決定しました」
「核、だと」
タクヤの全身の血液が、一瞬にして沸騰するような衝撃が走った。彼は鉄格子を両手で鷲掴みにし、目を剥いて画面の文字列を睨みつけた。
「ふざけるな。相手は武器一つ持たず、ただ水着を裂くだけの無抵抗な連中だぞ。しかも、あいつらの正体は純粋な海のエネルギーそのものなんだ。そんな相手に核ミサイルを撃ち込むだと。ドミニクの奴、自分たちの金儲けとプライドを守るために、母なる海を核の炎で焼き払う気か!」
「ええ。世論はすでに『ブーメランを皆殺しにしろ』というヒステリーで狂っていますから、政府もメディアも誰も止めようとしません。ですが隊長、もう一つ重要な情報があります。昨日の国際海洋学会で、あの男たちが『地球自身の免疫反応』であり、人類がブーメランパンツに戻れば戦いは終わると発表した東都海洋大学のシバタという准教授が、国家反逆罪で逮捕され、今この地下区画の最深部にある特別尋問室に監禁されているんです」
「シバタ准教授。テレビの検閲が入る直前に騒ぎになっていた、あのブーメランパンツ一丁の学者か」
タクヤの脳裏に、断片的に漏れ伝わっていた昨日の学会騒動のニュースがよぎった。自分が肌と本能で感じ取った「あいつらは海そのものだ」という確信を、科学と歴史のデータによって完全に証明してみせたという異端の学者。もしこの狂った世界の暴走を止め、核ミサイルの発射を阻止する手立てがあるとすれば、そのシバタという男が持つ知識とデータを置いて他にないはずだった。
「隊長、ここから出てください。電子ロックは通信兵がハッキングで解除しようとしましたが、ドミニク司令の直轄コードで二重に物理ロックがかけられていて、コンソールからは開きません。ですが、今のあなたなら」
マルコスが一歩後ろへ下がり、直径三センチはある高張力鋼で作られた独房の鉄格子を見上げた。
タクヤは深く息を吸い込み、冷たい空気を肺の奥底まで満たした。そして、太い鉄格子の二本の柱を、鍛え上げられた左右の掌でガシリと順手に握りしめた。
三年前のジョーズの大波、そしてリオとハワイの海で、あの男たちのマッハのバタフライを間近で見続けてきたタクヤの肉体は、彼自身も気づかぬうちに、海との共鳴によって人間の限界領域へと達しつつあった。
「うおおおおおおっ!」
地の底から響くような気合とともに、タクヤの分厚い大胸筋と広背筋、そして丸太のような上腕二頭筋が、血管を浮き上がらせて極限まで膨張した。左肩の白い手術痕が赤く充血するほどの凄まじい怪力が、鋼鉄の柱へと一点に叩き込まれる。
ギギギギギッ、と金属が悲鳴を上げる甲高い音が地下廊下に響き渡った。
マルコスと通信兵たちが目を丸くして見守る中、絶対に曲がるはずのない高張力鋼の鉄格子が、タクヤの剛腕によってまるで飴細工のように左右へとグニャリと押し広げられ、ついにはコンクリートの鴨居からバキィッという轟音とともにロック金具ごと引きちぎられたのである。
火花とコンクリートの破片が散る中、タクヤは大きく歪んだ鉄格子の隙間から、悠然と廊下へと足を踏み出した。
「す、すげえ。まるで、あの黒い男たちみたいだ」
若手通信兵の一人が、畏敬の念を込めて思わず呟いた。タクヤは肩を軽く回して筋肉の緊張をほぐすと、マルコスの目を真っ直ぐに見据えた。
「マルコス、お前たちはこのまま基地の外へ脱出しろ。ここから先は、俺一人でやる」
「なにを言ってるんですか、俺たちも一緒に行きますよ!」
「ダメだ。お前たちには家族もいるし、軍に残って内部から情報を撹乱する役目がある。俺一人の単独犯にしておけば、お前たちは気絶させられた被害者として罪を逃れられるはずだ。シバタ博士の監禁場所と、脱出に使える船の場所だけ教えろ」
タクヤの揺るぎない眼差しに、マルコスは唇を噛み、やがて軍人として最大の敬意を込めた敬礼を返した。
「分かりました。シバタ博士は、この廊下を抜けた先にある第4エレベーターでさらに地下四階へ降りた、防音尋問室の奥です。それと、地下四階の緊急排水ドックに、軍が極秘テスト中だった最新鋭のウォータージェット推進式・高速ステルス小型艇『シー・シャドウ』が係留されています。燃料は満タン、航続距離は太平洋の中央まで優に届きます。ハッチの解除コードは、俺が今からメインサーバー室へ行って死ぬ気で開けておきます」
「恩に着るぜ、マルコス。また、誰もいない綺麗な海で一緒に波に乗ろうな」
タクヤはニッと笑ってマルコスの胸を拳で軽く叩くと、マルコス自身の顎へ、寸止めのようでいて的確に脳を揺らす掌底を素早く打ち込んだ。マルコスは「頼みましたよ、隊長」と呟きながら、満足そうに床へと崩れ落ちる。二人の通信兵も自ら壁に頭をぶつけて偽装工作を整えるのを尻目に、タクヤは裸足のまま、ハイビスカス柄のサーフパンツを翻して地下迷宮の奥へと疾走を開始した。
ちょうどその頃、鉄格子の破壊音を検知した基地の防衛システムが作動し、地下区画の天井に設置された赤い回転灯が一斉に回り始めた。
けたたましいサイレンの音が鳴り響く中、第4エレベーター前の T字路を曲がったタクヤの正面から、黒い防弾アーマーとフルフェイスのヘルメットで身を固めた憲兵隊の鎮圧部隊十二人が、重苦しい足音を立てて現れた。彼らの手には、高圧電流を放つスタン・ライフルと、特殊警棒が握られている。
「いたぞ、反乱者のタクヤだ! ドミニク司令の命令だ、生死は問わん、その場で無力化しろ!」
先頭の分隊長が叫ぶと同時に、最前列の四人が一斉にスタン・ライフルの引き金を引いた。有線ワイヤーのついた電極ダーツが、空気を切り裂いてタクヤの裸の上半身へと飛翔する。
だが、今のタクヤの目には、そのダーツの軌道が止まっているかのように遅く見えていた。
彼は床を蹴って低く前傾姿勢をとると、まるでチューブ状の巨大な波のトンネルをくぐり抜けるサーファーのような滑らかで低い重心移動で、四本の電極ダーツの下を紙一重で潜り抜けた。
「なっ、速い!」
兵士たちが驚愕の声を上げる間もなく、タクヤは最前列の二人の懐へと音もなく滑り込んでいた。
彼は武器を一切持っていない。しかし、長年にわたって数トンの水の塊である大波のパワーを全身のバネで受け止め、コントロールしてきた彼の体幹と体術は、狭い室内戦においていかなる格闘技よりも凶悪な威力を発揮した。
タクヤは右足の裏で床を強く踏みしめ、腰の回転力をそのまま右の掌底へと乗せて、一人目の兵士の防弾チョッキの胸板を下から突き上げた。
ドォンッ、と鈍い衝撃音が響き、体重八十キロを超える武装兵士の身体が、防弾プレートごと天井近くまで宙に浮き上がり、白目を剥いて背後へと吹っ飛んだ。
返す刀で、タクヤは二人目の兵士が振り下ろしてきた特殊警棒を左腕のフックで内側から巻き込むように受け流し、相手のヘルメットの顎の下へ、鍛え抜かれた右の膝蹴りを正確に叩き込んだ。強化プラスチックのバイザーが砕け散り、二人目もまた声すら出せずに昏倒する。
「くそっ、囲め! ただの素手のサーファーだぞ、怯むな!」
残る十人の兵士たちが、四方から一斉に特殊警棒を振りかざしてタクヤに飛びかかった。
タクヤは一切の無駄な動きを見せず、その場でコマのように鋭く身体を回転させた。右からの打撃を最小限のヘッドスリップで躱し、左から迫る兵士の腕を掴んで背負い投げの要領で他の三人の兵士の上へと叩きつける。さらに、コンクリートの壁面を片足で蹴り上げて宙返りするように背後へと跳躍すると、着地と同時に放った強烈な後ろ回し蹴りが、ライフルを構え直そうとしていた分隊長の側頭部をヘルメットの上から的確に撃ち抜いた。
ガシャアン! ドサッ、ドササッ!
わずか三十秒足らずの出来事であった。
サイレンが鳴り響く地下廊下の床には、十二人の屈強なエリート憲兵隊員たちが、誰一人として致命傷を負わされることなく、しかし全員が完全に意識を刈り取られて折り重なるように倒れ伏していた。
タクヤは肩で静かに息を整えると、分隊長の腰からマスターキーのカードプレートを抜き取り、エレベーターを飛び越えて非常階段の扉を蹴り開け、地下四階の最深部へと一気に駆け下りていった。
地下四階、特別尋問室の内部は、白く眩しい無影灯の光で満たされていた。
部屋の中央に固定された金属製の拘束椅子に、四十五歳の海洋学者、シバタ准教授は、両手首と両足首を分厚い鉄のリングで縛り付けられていた。昨日、国際海洋学会の壇上で自らスーツを剥ぎ取った時のまま、彼の一糸乱れぬ細マッチョの肉体には、十五年モノの色褪せた紺色の競泳用ブーメランパンツただ一枚だけが纏われている。
彼の浅黒い胸板や腹筋には、昨夜から続けられていた激しい尋問の跡が赤く腫れ上がっており、割れた眼鏡のレンズの奥にある片方の瞼も少し腫れていたが、その瞳の光だけは一ミリたりとも死んではいなかった。
シバタの前に立つ三人の軍情報部の尋問官が、机の上に置かれた注射器と電気ショック装置を手に取り、苛立たしげに怒鳴り声を上げていた。
「いい加減に口を割ったらどうだ、シバタ! 貴様の大学の研究室から押収したサーバーには、肝心の最終解析データと、リオの残留物のバックアップファイルが見当たらなかったぞ! 学会で発表したあのデータの原本を、どこへ隠した! 誰に託したんだ!」
「フン。何度聞かれても同じだと言っているだろう。あんなものは、私の頭の中にすべて入っておるわ。それより諸君、そんな窮屈で不潔な軍服を着込んで、自分の魂が窒息していることにまだ気づかんのかね。今すぐその服を脱ぎ捨てて、私と同じブーメランパンツ姿になりたまえ。さすれば少しは脳の血流も良くなるだろうて」
縛り付けられているにもかかわらず、シバタは不敵に笑い飛ばし、ブーメランパンツに包まれた自らの引き締まった股間を誇らしげに突き出してみせた。
「こ、この野郎、状況が分かっていないのか! 自白剤を上限まで撃ち込んで、脳みそごとデータを吸い出してやる!」
尋問官のリーダーが顔を真っ赤にして太い注射器をシバタの首筋へと突きつけようとした、まさにその瞬間だった。
ドガァァァァン!!
厚さ十センチはある防音尋問室の強化鉄扉が、外側から凄まじい衝撃を受けて蝶番ごと吹き飛び、室内の壁に激突して轟音を立てた。
舞い上がる白い埃の向こうから、上半身裸にハイビスカス柄のロングサーフパンツを穿いたタクヤが、仁王立ちとなって姿を現した。
「な、なんだ貴様は! なぜ営倉にいるはずのタクヤがここに!」
尋問官たちが慌てて腰のホルスターから拳銃を抜こうとしたが、タクヤの踏み込みは音速の波に乗るかのように速かった。
彼は一歩で三メートルの距離を詰めると、注射器を持った尋問官のリーダーの鳩尾に重い左ボディブローをねじ込み、同時に右肘のエルボーで隣にいた男の顎を砕いた。最後の一人が引き金を引く直前に、タクヤはその銃身を素手で横から叩き折り、男の顔面に強烈な前蹴りを叩き込んで壁へと沈めた。
一瞬にして静まり返った尋問室の中で、タクヤは倒れた尋問官から拘束椅子の解除キーを奪い取り、シバタの前へと歩み寄った。
「あんたが東都海洋大学のシバタ博士だな。迎えに来たぜ」
拘束具のロックがガチャリと外れると、シバタは自由になった手首をさすりながら立ち上がり、割れた眼鏡のブリッジを中指でグイと押し上げた。彼は目の前に立つ長身の若者の鍛え上げられた肉体と、左肩の古い手術痕、そして腰に穿かれた派手なサーフパンツを上から下までじっと観察すると、ニヤリと満足そうに口角を上げた。
「ほう。君が、ハワイ沖でドミニクの命令に背いて銃を下ろしたという、海パン連合軍の元部隊長タクヤ君か。見事な大胸筋と体幹だ。だが、その下半身に纏っているダボダボのハイビスカス柄の布切れだけは、実に感心せんな。海を愛する男なら、もう少しマシな正装があるだろうに」
絶체絶命の監禁状態から救出された直後だというのに、開口一番に自分のサーフパンツにダメ出しをしてきた目の前のブーメランパンツ一丁の学者に、タクヤは呆気に取られ、そして思わず吹き出すように笑った。
「はっ、噂通りの変人だな、あんた。だが、あんたが学会で叫んだっていう言葉、俺には痛いほどよく分かるぜ。あいつらは海そのものだ。俺たち人間に、何か大切なことを伝えようとして涙を流してる」
タクヤの顔から笑みが消え、真剣な眼差しに戻った。
「博士、詳しい話は船の上で聞く。ドミニクの奴らが、あと四十六時間後に中部太平洋のポイント・ネモへ核ミサイルを撃ち込む気だ。あそこに集まっている三万体の男たちを、海ごと蒸発させるつもりだぞ」
「なんだと!? 核兵器だと!?」
さすがのシバタも顔色を変え、拳を強く握りしめた。
「愚かな! 地球自身の免疫反応である彼らを核の炎で焼き払うなど、自らの心臓にナイフを突き立てるに等しい暴挙だぞ! すぐに行こう、タクヤ君。何としてもその狂気を止めねばならん!」
「ああ。この先の緊急排水ドックに、高速ステルス小型艇がある。走るぞ、博士!」
二人は尋問室を飛び出し、警報が鳴り響く地下の最深部通路を、一人はサーフパンツ一丁、もう一人はブーメランパンツ一丁という、軍事基地の脱出劇としては前代未聞の半裸コンビで疾走した。
途中、増援の警備兵たちが通路を塞ごうとしたが、タクヤが正面から突破口を開き、驚くべきことにシバタもまた、長年の潜水調査で鍛え上げた細マッチョの脚力を活かした鮮やかなドロップキックで兵士をなぎ倒し、二人は一切足止めされることなく地下ドックの巨大な隔壁前へと到達した。
マルコス大尉が命がけでシステムを操作してくれたおかげで、分厚い水密扉はすでに開かれていた。
暗いドックの海面に浮かんでいたのは、全長二十メートルほどの、黒く鋭角的なステルス装甲で覆われた最新鋭の高速小型艇『シー・シャドウ』だった。外洋の荒波を時速百ノット以上で切り裂くことができる、モンスターマシンの一つである。
タクヤとシバタがタラップを飛び越えてコックピットへと滑り込むと、タクヤは慣れた手つきでメインエンジンのイグニッションを叩き込んだ。
キュルルルル、ゴォォォォッ! と、四基の大出力ウォータージェットエンジンが静かながらも凄まじい咆哮を上げて目覚める。基地のドックと東京湾を繋ぐ外洋水門のゲートが、マルコスの最後の遠隔操作によってゆっくりと左右へ開き、その向こうに真夏の夜の黒い海と月明かりが見えた。
「よし、出るぞ! しっかり掴まってろ、博士!」
タクヤがスロットルレバーを最大まで押し込むと、『シー・シャドウ』の船首が大きく浮き上がり、白い水しぶきを上げて地下ドックの水路から夜の東京湾へと弾丸のように飛び出した。背後では、横須賀基地の岸壁から放たれた無数の銃弾が海面を叩いたが、ステルス小型艇は圧倒的な加速力で瞬く間に射程圏外へと振り切っていく。
太平洋へと向かう夜の海の上で、人類の暴走を止めるための二人の反逆者の航海が始まった。しかし、コックピットの通信コンソールに目を落としたシバタは、すぐに新たな、そして致命的な壁が立ちはだかっていることに気づくのだった。!]