ブーメラン・バタフライ   作:ろくさん

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第7話:マッハの迎撃

ブラジル連邦共和国、リオデジャネイロ。

南回帰線のすぐ北に位置するこの熱帯の巨大都市は、季節の上では冬であるにもかかわらず、空には一点の雲もなく、暴力的なまでに眩しい太陽がコパカバーナ海岸の白い砂浜を灼いていた。約四キロメートルにわたって美しい三日月形を描くそのビーチは今、人類の歴史上かつてないほど異様で、かつ狂気的な祝祭の空間へと作り変えられていた。

 

砂浜の中央には、高さ十メートルを超える巨大な特設ステージが幾つも連結されて聳え立ち、その周囲を何百台もの放送用テレビカメラと照明機材、そして天を突くような大型スピーカーの壁が取り囲んでいる。ステージの背景に掲げられた巨大な横断幕には、海パン連合軍のエンブレムと並び、英語とポルトガル語で『人類の美と自由は決して屈しない』というスローガンが極彩色で描かれていた。

スピーカーから大音量で打ち鳴らされるのは、心臓の鼓動を直接揺さぶるようなサンバの激しいパーカッションだった。スルドの重低音が砂浜を震わせ、カイシャとタンボリンの乾いた高音が熱帯の青空へと突き抜けていく。

 

そのステージの上で、褐色の肌を太陽に煌めかせた数百人のブラジル人美女たちが、一糸乱れぬ激しいステップで踊り狂っていた。

彼女たちの頭上には、孔雀の羽や極彩色の駝鳥の羽根をふんだんに使った巨大なヘッドドレスが揺れ、長く伸びた手足には金銀のラメが眩いばかりに塗りたくられている。そして、その豊満で躍動的な肢体を包んでいるのは、ブラジル政府と世界の巨大アパレルスポンサー企業が威信をかけて用意した、究極のセクシービキニであった。

胸元を覆うのは、幾重にも重なるネオンピンクやエメラルドグリーンのシルクのフリルと、太陽の光を反射して輝く無数のスワロフスキーの結晶。腰回りのショーツは、臀部の丸みを極限まで強調するブラジリアンカットが施され、両サイドは細い金のチェーンと大きなリボンで結ばれている。泳ぐための機能など一ミリも存在しない、ただ他者の視線を釘付けにし、人間の女性がいかに華やかで官能的な存在であるかを誇示するためだけに作られた、現代ファッション産業の結晶とも呼べる衣装だった。

 

ステージの後方に設けられた防弾ガラス張りのVIP観覧席では、ブラジル政府の高官や各国の外交官、そして海パン連合軍に莫大な資金を提供しているリゾート企業の経営者たちが、冷房の効いた室内でシャンパングラスを傾けながら、満足そうにその光景を見下ろしていた。

彼らの頭上にある大型モニターには、このプロパガンダ中継がリアルタイムで配信されている世界中の視聴者数が表示されており、その数字はすでに十億人を突破している。ここ一週間、世界中のビーチから人が消え、パニックと不況のどん底に突き落とされていた大衆に向けて、最新鋭の軍隊に守られたビーチで美女たちが堂々とビキニで踊る姿を見せつけること。それによって消費者の恐怖を払拭し、暴落した株価を一気に引き上げようという、強引極まりないデモンストレーションであった。

 

一方、その華やかなコパカバーナ海岸から沖合へ約五キロメートル離れた大西洋の洋上には、サンバの陽気な音楽とは無縁の、冷徹な鋼鉄の壁が築かれていた。

海パン連合軍の第一迎撃艦隊である。

中央に鎮座する旗艦の大型強襲揚陸艦『ポセイドン』を筆頭に、左右の両翼には最新鋭のイージス駆逐艦が四隻、さらにその前方には小回りの利く高速ミサイル艇と重武装の沿岸警備艇が三十隻以上も横一列に並び、コパカバーナの湾口を完全に塞ぐ形で防衛網を展開していた。

 

旗艦『ポセイドン』の艦橋で、最前線部隊長のタクヤは、首から下げた双眼鏡を強く握りしめながら前方の海面を睨みつけていた。

冷房の効いた近代的なブリッジの中で、彼一人だけが上半身裸に、赤と黄色の鮮やかなハイビスカス柄のロングサーフパンツ一丁という姿で立っている。日に焼けた精悍な顔立ちには汗が滲み、左肩から脇腹にかけて走る古い手術痕が、艦橋の緊迫した照明の下で白く浮かび上がっていた。

 

「隊長、目標群との距離、二千五百メートルを切りました! 依然として速度はマッハ一・一を維持! まったく減速する気配がありません!」

 

レーダーコンソールを監視していたオペレーターの兵士が、裏返った声で叫んだ。

タクヤが双眼鏡のレンズを覗き込むと、コバルトブルーの海面を真っ二つに切り裂きながら、幅数キロメートルにおよぶ白い泡の壁が猛烈な勢いで迫ってくるのが見えた。

次の瞬間、最前線に展開していた哨戒艇のすぐ前方、距離にして千五百メートルの海面が、まるで海底火山の噴火のように一斉に盛り上がった。

 

ザバァッ、という音が、五千人分重なって一つの巨大な雷鳴となった。

高く舞い上がった白い水柱のカーテンを突き破り、大西洋の空へと跳躍したのは、太陽の光を弾く浅黒い筋肉の群れだった。

身長百九十センチに迫る、一グラムの無駄な脂肪もないギリシャ彫刻のような肉体。分厚い大胸筋と、鋼のワイヤーを束ねたような広背筋が大きくしなり、逆光の中で無数の水滴がダイヤモンドのように煌めく。そして、彼らの引き締まった腰回りにピタリと張り付いているのは、周囲の光をすべて飲み込むかのような、漆黒のブーメランパンツただ一枚だけであった。

 

五千体の『黒の行進』が、寸分の狂いもない完璧なシンクロナイズドスイミングのような動きで、両腕を同時に前方へと振り抜き、海面へと着水する。直後、臀部から足先までがイルカの尾びれのようにうねり、再び上半身が海面から跳ね上がった。

人間の常識では考えられない、超音速のバタフライ泳法。彼らが水面を叩くたびに大気が圧縮され、ゴォォォッというジェットエンジンのような衝撃波が海面を揺らしながら艦隊へと押し寄せてくる。

 

艦橋の通信スピーカーから、ニューヨークの地下司令部にいるドミニク最高司令官の、ヒステリックでありながら冷酷な声が響き渡った。

 

「来たわね、忌々しい露出狂の悪魔ども! タクヤ隊長、まずは第一段階よ。非殺傷の音響兵器と大口径ゴム弾、一斉射撃を開始しなさい! 人類の科学力を思い知らせてやるのよ!」

 

タクヤは奥歯を噛み締め、マイクのスイッチを入れた。彼の本能が、サーファーとして長年海と向き合ってきた野生の勘が、目の前に迫る群れは断じて兵器で撃ち抜いていい相手ではないと警鐘を鳴らしていた。だが、背後のビーチには何万人もの無防備な民間人とダンサーたちがいる。ここで止めなければ、コパカバーナは大混乱に陥ることは明白だった。

 

「全艦、第一迎撃用意! 音響砲、最大出力! ゴム弾幕、海面へ叩き込め! 撃てっ!」

 

タクヤの号令とともに、三十隻を超える高速艇と駆逐艦の甲板から、一斉に咆哮が上がった。

まず放たれたのは、暴徒鎮圧用の超指向性音響兵器を軍事用にスケールアップさせた、可聴域限界の音波衝撃波だった。本来であれば、人間がこれを浴びれば三半規管が瞬時に狂い、激しい吐き気と頭痛で立っていることすらできなくなるはずの不可視の壁が、海面を滑って男たちの群れへと直撃した。

同時に、各艦の連装砲から、拳ほどの大きさがある硬質ウレタン製の対人ゴム弾が、毎分一万発を超える猛烈な弾幕となって海面へと撃ち込まれた。

 

バババババッ! という耳を劈く発射音と、海面が蜂の巣のように穿たれる水柱の列が、視界を真っ白に染め上げる。

オペレーターたちが固唾を呑んでモニターを見つめた。これほどの濃密な弾幕と音響攻撃を正面から受ければ、いかに屈強な肉体を持つ生物であろうと、泳ぎのフォームを崩して海中に沈むはずだった。

 

しかし、水煙が晴れた瞬間、艦橋の乗組員たちの口から絶望のうめき声が漏れた。

 

「う、嘘だろ。一匹も止まっていないぞ!」

 

双眼鏡を覗いていた副官のマルコス大尉が、目を剥いて叫んだ。

白い水柱の向こう側から、五千人の男たちが、先ほどと一ミリも変わらない完璧なバタフライの軌道を描いて飛び出してきたのである。

彼らには、鼓膜や三半規管といった人間の脆弱な器官など最初から存在しないかのように、音響兵器の衝撃波をまったく意に介していなかった。そればかりか、雨あられと降り注ぐゴム弾の弾幕に対し、男たちは超人的な動体視力でその軌道を完全に読み切っていた。海面から上半身を跳ね上げるタイミングをコンマ数秒単位でずらし、あるいは空中で強靭な腹筋と背筋を捻ることで、飛来する無数のゴム弾を紙一重で躱し続けていたのだ。たまさか彼らの分厚い大胸筋や肩に直撃したゴム弾も、まるで鋼鉄の装甲板に当たったかのように乾いた音を立てて弾き返され、浅黒い肌に赤い痕一つ残すことすらできていなかった。

 

男たちの顔には、怒りも、苦痛も、嘲笑すらも浮かんでいない。

ただ、彫りの深い顔に嵌め込まれた深い海の底のような瞳が、悲しげに前方のビーチを見据えているだけだった。

 

「距離、千メートルを突破! 連中、さらに加速しています! マッハ一・二!」

 

「くそっ、ゴム弾じゃ話にならん! 隊長、新兵器の『高周波ネット弾』を撃ちましょう!」

 

マルコス大尉の進言に、タクヤは険しい表情で頷いた。

 

「よし、第二迎撃陣形! 対バタフライ用・高周波ネット弾、全門発射! 連中の進路上に網の壁を作れ!」

 

駆逐艦の甲板に設置された特殊ランチャーが火を噴き、数十発の巨大な円筒形カプセルが空高く打ち上げられた。

カプセルは男たちの群れの直上、高度五十メートルで一斉に炸裂し、内部から高圧電流と高周波振動を帯びた極太のチタン合金製ワイヤーネットが、パラシュートのように広がりながら海面へと降り注いだ。海面から海底近くまでを隙間なく覆い尽くす、幅数キロメートルの鋼鉄の蜘蛛の巣である。どれほどの怪力を持つ海洋生物であろうと、この高周波で振動する金属の網に絡め取られれば、身動き一つ取れなくなるはずの、海パン連合軍が誇る最新鋭の捕獲兵器だった。

 

重々しい金属音を立てて、チタン合金の網が男たちの群れの目の前に立ちはだかる。

だが、先頭を泳ぐ男――左目の下に新宿のアスファルトでついた小さな傷跡を持つリーダー格の男は、迫り来る鋼鉄の網を前にしても、バタフライのリズムを一切緩めなかった。それどころか、彼を含めた最前列の数百人の男たちが、海面から高く跳躍すると同時に、鍛え抜かれた両腕を限界まで後方へと引き絞り、マッハの速度を超えて一気に前方へと振り抜いたのである。

 

瞬間、物理法則の限界を超えた現象が起きた。

男たちの剛腕が超音速で海面と大気を同時に叩きつけたことで、その指先の周囲の気圧が極限まで低下し、海水が一瞬にして沸騰・気化する『キャビテーション現象』が発生したのだ。何百という超高温・超高圧の真空の気泡が弾け飛び、それが目に見えない巨大な『真空の刃』となって前方の空間をなぎ払った。

 

ズガァァァン! という、砲撃にも勝る凄まじい轟音が大西洋に響き渡った。

男たちの肉体が触れるよりも早く、彼らのバタフライが生み出した真空の衝撃波がチタン合金製の高周波ネットに激突し、鋼鉄の網をまるで濡れたティッシュペーパーのようにズタズタに引き裂いて吹き飛ばしたのである。

 

「ば、馬鹿な! チタン合金のワイヤーが、ただの水しぶきと風圧で細切れになっただと!?」

 

艦橋のエンジニアが頭を抱えて絶叫した。

火花を散らして海面へと落ちていく金属の残骸の中を、漆黒のブーメランパンツの男たちは、一糸乱れぬ美しいバタフライのフォームを保ったまま悠々と突き抜けていく。

彼らの前には、もはや旗艦『ポセイドン』をはじめとする艦艇の列しか残されていなかった。

 

その時、司令部からの通信回線が割り込み、ドミニク司令官の怒りに震える金切り声がブリッジ中に轟いた。

 

「何をしているの、役立たずども! 網が破られたなら、艦の主砲と三十ミリ機関砲を使いなさい! 威嚇射撃よ、連中の鼻先に実弾の雨を降らせて、無理やりにでも進路を変えさせるのよ!」

 

「待て、ドミニク! こんな至近距離で機関砲を乱射したら、跳弾が後ろのビーチに飛ぶかもしれないぞ! それに、ただの威嚇じゃなく連中に直撃したらどうする気だ!」

 

タクヤがマイクに向かって怒鳴り返した。まだ実弾による射殺許可は出ていないはずだった。しかし、ドミニクは冷酷に言い放った。

 

「構わないわ! 海面を狙って撃ちなさい! ここで連中を上陸させたら、私の、いいえ、海パン連合軍の威信が丸潰れになるのよ! 撃ちなさい、これは最高司令官命令よ!」

 

ドミニクは強引にシステムに介入し、旗艦および各駆逐艦の自動防空システム『ファランクス』の安全装置を司令部権限で解除した。

甲板上の白いドーム型砲塔が、不気味なモーター音を立てて一斉に旋回し、海面を迫り来る男たちの群れの直前へと銃口を向けた。

 

ブォォォォン! という、悪魔の唸り声のような発射音が空を引き裂いた。

毎分四千五百発という狂気的な連射速度を誇る二十ミリ・バルカン砲が火を噴き、劣化ウラン弾を含む実弾の奔流が、男たちの進路上の海面へと叩き込まれたのである。

海面が瞬時に蒸発し、高さ数十メートルの巨大な水柱の壁が立ち昇る。硝煙の匂いが海風に乗って艦橋まで漂ってきた。それはもはや威嚇射撃などと呼べる代物ではなく、生きとし生けるものすべてを肉片に変えるための鉄の暴風だった。

 

タクヤは防弾ガラスに両手をつき、息を呑んでその水柱の壁を見つめた。

だが、次の瞬間、タクヤは自分の背筋に冷たい電流が走るのを感じた。

 

機関砲が作り出した巨大な水柱の隙間を縫うようにして、黒い影が次々と飛び出してきたのだ。

男たちは、毎秒何十発も撃ち込まれる実弾の着弾点を、海面のわずかな波紋と空気の振動だけで事前に察知し、バタフライのストロークの幅を自在に変化させることで、銃弾の雨を完全に躱し切っていた。それだけではない。進路を完全に塞がれた中央の集団約千体は、旗艦『ポセイドン』の巨大な鋼鉄の船体を避けるどころか、その垂直に切り立った舷側へと真っ直ぐに突進してきたのである。

 

「な、なんだ!? 本艦に体当たりする気か!?」

 

操舵手が悲鳴を上げた直後、信じがたい光景が展開された。

先頭の男たちが海面から大きく跳躍すると、高さ二十メートルはある『ポセイドン』の分厚い鋼鉄の装甲板に、両手と両足を付けた。そして、新宿のアスファルトを流体化させたあの未知の波動を鋼鉄の壁面に流し込み、垂直の壁をまるで滝登りをする鮭のように、白い飛沫を上げながらバタフライで一気に駆け上がってきたのである。

 

ザバァッ、ザバァッ、と甲板の縁を飛び越え、数百人の漆黒のブーメランパンツの男たちが、旗艦のフライトデッキの上へと雪崩れ込んできた。

 

「うわあああっ! 甲板に上がったぞ!」

 

甲板上で警戒にあたっていた海パン連合軍の海兵隊員たちが、パニックに陥りながらアサルトライフルを構えた。彼らもまた、軍の規律に従い、迷彩服の下には各国のカラフルなトランクスやサーフパンツを着用していた。

しかし、銃の引き金が引かれるよりも早く、甲板の表面をバタフライで滑走した男たちが、兵士たちの懐へと音もなく潜り込んだ。

 

ビシュッ、ビシュッ、ビシュッ!

 

甲板上に、布が裂ける鋭い音が連続して響き渡った。

男たちの手刀が閃くたび、兵士たちが着込んでいた頑丈な防弾チョッキと迷彩ズボン、そしてその下に穿いていたサーフパンツだけが、まるで熱いナイフでバターを切るかのように鮮やかに切断されていく。

兵士たちの肉体には、かすり傷一つつけない。手にしていたライフルすら奪うことなく、男たちはただ、兵士たちの下半身を覆う『余分な布面積』だけをミリ単位の精度で解体し、彼らを甲板の上で次々と素っ裸にしていったのである。

 

「な、なんだこいつら! 俺の迷彩服と海パンが!」

 

「ひいいっ、ケツが丸出しだ! 撃てない、こんな格好じゃ戦えるわけがないだろ!」

 

誇り高きエリート海兵隊員たちが、股間を両手で押さえながら真っ赤な顔で甲板にうずくまる。

男たちは、うずくまる兵士たちの横を無言のまま通り過ぎると、艦橋のすぐ目の前をバタフライで横切っていった。

その際、先頭を泳いでいた左目に傷のあるリーダー個体が、ふと顔を上げ、防弾ガラスの向こうにいるタクヤと視線を合わせた。

 

ガラス一枚を隔てて、わずか数メートルの距離で交錯した視線。

タクヤは息を呑み、一歩も動くことができなかった。

男の彫刻のように整った顔には、やはり敵意も憎悪もなかった。ただ、タクヤが穿いている鮮やかなハイビスカス柄のロングサーフパンツをちらりと一瞥し、深い悲しみを湛えた黒い瞳で「なぜお前のような海の男までが、そんな虚飾の布を纏っているのだ」と静かに問いかけるような眼差しを向けただけだった。

次の瞬間、男たちは艦の後部甲板から再び大西洋の海へと一斉にダイブし、艦隊の防衛網を完全に突破して、コパカバーナ海岸へと向かってマッハのバタフライを再開した。

 

「ぼ、防衛ライン、完全に突破されました! 目標群、全数がコパカバーナ海岸へ上陸します!」

 

オペレーターの絶望的な報告が艦橋に響く中、タクヤは呪縛から解き放たれたように身を翻し、ビーチの様子を映し出す大型モニターへと駆け寄った。

 

その頃、コパカバーナ海岸の特設ステージでは、洋上で響いていた砲撃音すらも演出の一部だと勘違いした観客たちが、サンバのリズムに合わせて熱狂の絶頂に達していた。

センターステージでひときわ豪華な七色の羽飾りと、宝石を散りばめた極小のフリルビキニを纏って踊っていたトップダンサーの美女、カルメンが、太陽に向かって両手を広げ、満面の笑みで決めポーズをとった、まさにその瞬間だった。

 

ビーチに打ち寄せる穏やかな波が、突如として高さ十メートルの白い水柱となって爆発した。

サンバの大音量をかき消すほどのソニックブームが砂浜を直撃し、ステージの照明機材が激しく揺れ、VIP席の防弾ガラスがビリビリと悲鳴を上げた。

 

「え?」

 

カルメンの笑顔が凍りついた。

白い水しぶきの向こうから、五千人におよぶ漆黒のブーメランパンツの男たちが、一斉に砂浜へと乗り上げてきたのである。

彼らは灼熱の白砂の上を、まるで水の中を泳ぐかのように豪快な砂煙と飛沫を上げながらバタフライで疾走し、わずか数秒で波打ち際から特設ステージの目の前まで到達した。

 

「きゃあああああああっ! 来たわ、本物が来たわよ!」

 

観客席からパニックの悲鳴が巻き起こり、カメラマンたちが機材を放り出して逃げ惑う。だが、三脚に固定されたままの数百台のテレビカメラは、無情にもその場の光景を全世界へと生中継し続けていた。

 

ステージの下までバタフライで滑り込んできた数百人の男たちが、強靭な下半身のバネを使って一斉に宙へと跳躍した。

人間の脚力では到底あり得ない、高さ十メートルを超える垂直跳び。太陽を背負った浅黒いギリシャ彫刻の群れが、黒い翼を広げた鳥のようにステージの上へと舞い降り、逃げ遅れたサンバダンサーたちの周囲を完全に包囲した。

 

カルメンの目の前に、一人の屈強な男が音もなく着地した。

百九十センチの巨躯から滴り落ちる冷たい海水が、カルメンの火照った肌に降りかかる。男は無言のまま、悲哀に満ちた瞳でカルメンの胸元と腰を覆う豪華なフリルビキニを見つめた。

 

「や、やめて。これは今年のカーニバルのために作った、最高級のビキニなのよ!」

 

カルメンが両手で胸を隠そうとした瞬間、男の両腕が黒い残像を描いて交差した。

同時に、ステージ上のあらゆる場所で、数百人の男たちの手刀が一斉に閃いた。

 

ビシュッ! ビシュッ! ビシュッ! ビシュッ!

 

サンバの音楽が止まった静寂のビーチに、高級なシルクと金のチェーンが断ち切られる涼やかな音が、まるで楽器の演奏のように響き渡った。

次の瞬間、ステージ上にいた数百人の美女たちの身体から、極彩色のフリルビキニと巨大な羽飾りのストラップが、一斉にふわりと剥がれ落ちた。

誰一人として、肌にかすり傷一つ負ってはいない。ただ、彼女たちが誇っていた人間の装飾美の極致だけが、男たちの神業のような手刀によって一片の布切れへと解体され、リオの熱風に乗って紙吹雪のように空へと舞い上がったのである。

 

一拍の静寂の後、コパカバーナ海岸は、数千人の女性たちの甲高い悲鳴によって埋め尽くされた。

 

「いやあああああああっ!」

 

カルメンをはじめとするダンサーたちが、一糸纏わぬ素っ裸になってステージ上にしゃがみ込み、両手で必死に胸と股間を隠す。さらに、ステージの下の砂浜でも、警備にあたっていた兵士や、観覧していたVIPたちのサーフパンツやリゾートドレスが次々と引き裂かれ、ビーチ全体が裸で逃げ惑う人々の大混乱へと叩き込まれた。

 

男たちは、しゃがみ込む美女たちの裸体には目もくれなかった。

彼らはステージの床に散らばった、スワロフスキーやフリルのついた派手なビキニの布切れを静かに拾い上げると、それを胸の前でじっと見つめ、自らの使命の重さと人間の愚かさを嘆くかのように、深く静かな溜息をついた。

 

全世界十億人の視聴者の目の前で、海パン連合軍が誇った最新鋭の防衛網は完全に無力化され、人類のプロパガンダは最も屈辱的な形で粉砕された。

旗艦の艦橋でモニターを見つめていたタクヤが、男たちのあまりにも鮮やかな手並みと、決して人を傷つけない徹底した規律に戦慄を覚えていたその時だった。

通信スピーカーから、プライドをズタズタに引き裂かれたドミニク最高司令官の、狂気に満ちた絶叫が響き渡った。

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