ブラジル連邦共和国、リオデジャネイロのコパカバーナ海岸は、熱帯の太陽が照りつける白昼の悪夢そのものと化していた。
数分前まで大音量のサンバが鳴り響き、極彩色の羽飾りとセクシーなビキニを纏った数百人の美女たちが踊り狂っていた巨大な特設ステージは、今や引き裂かれた色とりどりの布切れと、輝くスワロフスキーの破片が散乱するだけの廃墟となっていた。生中継用のテレビカメラが三脚の上で空しく回り続ける中、一糸纏わぬ素っ裸にされたダンサーやVIP客たちが、両手で必死に胸や股間を隠しながら、パニックになって市街地のホテルへと雪崩を打って逃げ惑っている。
砂浜を占拠したのは、大西洋の沖合に展開していた海パン連合軍の第一迎撃艦隊をマッハのバタフライで軽々と突破し、上陸を果たした約五千体の漆黒のブーメランパンツの男たちであった。
身長百九十センチに迫る、体脂肪率三パーセント未満のギリシャ彫刻のような肉体群が、白い砂浜の上に無言で立ち並んでいる。彼らの浅黒い肌からは清冽な海水が滴り落ち、鍛え抜かれた腰回りには、周囲の強烈な日差しを一切反射しない漆黒のブーメランパンツただ一枚だけがピタリと張り付いていた。
男たちは、悲鳴を上げて逃げ去る裸の人間たちを追いかけることは決してなかった。武器を振るうことも、建物を破壊することもない。ただ、砂浜に落ちている派手なサーフパンツやフリルビキニの残骸を拾い上げては、彫りの深い顔に嵌め込まれた深い海の底のような瞳でそれを悲しげに見つめているだけだった。
一方、地球の裏側にあたる日本、神奈川県の湘南に近い自宅マンションの一室。
現役女子大生インフルエンサーのミオは、遮光カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中で、膝を抱えてソファに座り込み、大型テレビの画面に映し出されるリオデジャネイロの生中継映像を食い入るように見つめていた。
数日前、湘南のビーチで生配信中に、自分のトレードマークであったパステルピンクのフリルビキニをあの男たちによって引き裂かれた彼女は、それ以来、一歩も外へ出ることができずにいた。あの時、三百万人のフォロワーの前で晒された自分の裸体への羞恥心もさることながら、彼女の心を最も強く縛り付けていたのは、自分の水着を裂いた直後にあの男が見せた、底知れぬ悲哀に満ちた眼差しだった。
ミオは白いルームウェアの裾を強く握りしめ、画面の中で無言のまま佇む黒い男たちの群れに視線を這わせた。
「どうして、あんな悲しそうな目をするのよ」
ミオの呟きは、誰の耳にも届くことなく狭い部屋の中に消えた。
同じ瞬間、コパカバーナ沖五キロメートルの洋上に浮かぶ海パン連合軍の旗艦、大型強襲揚陸艦『ポセイドン』の艦橋は、重苦しい敗北感と凍りつくような緊張に包まれていた。
最新鋭の音響兵器も、毎分一万発のゴム弾幕も、さらにはチタン合金製の高周波ネット弾や二十ミリ機関砲の威嚇射撃すらも、男たちの超音速のバタフライと驚異的な動体視力の前には何の意味も成さなかった。それどころか、旗艦の甲板に直接乗り込まれ、警備の海兵隊員たちが次々と迷彩服と海パンを裂かれて丸裸にされるという屈辱的な映像が、全世界十億人の視聴者に向けてそのまま配信されてしまったのである。
艦橋の正面に立つ最前線部隊長のタクヤは、上半身裸にハイビスカス柄のロングサーフパンツ一丁という姿のまま、防弾ガラスの向こうに広がるビーチの惨状を睨みつけていた。しかし、彼の精悍な顔立ちには、敵に対する怒りよりも、先ほど艦橋のすぐ目の前を通り過ぎていった片目の傷ついたリーダー個体の瞳に対する、深い困惑の色が濃く浮かんでいた。
その沈黙を破るように、艦橋のメインスピーカーから、ノイズ混じりの激しい怒声が轟いた。
ニューヨークの国連本部地下にある最高司令部から通信を送ってきている、ドミニク・ハワード最高司令官の声だった。大型モニターに映し出されたドミニクの顔は、普段のボトックスで固めた能面のような冷静さを完全に失い、極度の屈辱とヒステリーによって醜く引きつっていた。彼女は全身を覆う特注の迷彩柄ラッシュガードの襟元を、黒い革手袋をはめた手で引きちぎらんばかりに掻きむしりながら、カメラに向かって金切り声を上げた。
「ふざけるんじゃないわよ、タクヤ! あれが世界のビッグウェーブを制した英雄の指揮なの!? 私の、いいえ、人類の文明の象徴であるコパカバーナのステージが、あんな原始的な裸の猿どもに踏みにじられたのよ! スポンサー企業の会長たちから、今この瞬間にも何百本もの抗議の電話が鳴り響いているわ!」
ドミニクの背後では、司令部のオペレーターたちが怯えたように肩をすくめ、壁面の株価ボードが再び真っ赤な暴落のサインを点滅させているのが見えた。
タクヤはマイクのスイッチを入れると、努めて冷静な声で言い返した。
「落ち着け、ドミニク司令。見ての通り、連中はビーチにいた民間人やダンサーには指一本触れちゃいない。水着を引き裂いただけで、一人の怪我人も出ていないんだ。これ以上、市街地に近い砂浜へ向けて艦砲射撃や機関砲を撃ち込めば、逃げ遅れた民間人を巻き込むことになる。今は無理に攻撃せず、連中が海へ戻るのを待つべきだ」
「黙りなさい! これ以上、ビーチの防衛線が崩壊するのを指をくわえて見ていろと言うの!?」
ドミニクがデスクを拳で激しく叩きつけた。彼女の灰色の瞳には、理性を焼き尽くすような黒い憎悪の炎が渦巻いていた。自分たちが築き上げた数兆ドルの市場と、肌を隠すことで保たれていた人間のプライドを、あんな一本の黒い布切れしか持たない完璧な肉体の男たちに否定されたことが、彼女のコンプレックスを限界まで逆撫でしていたのである。
「いいこと、タクヤ。たった今、国連安全保障理事会の緊急承認を取り付けたわ。あの黒いブーメランパンツの集団を、人類の経済と尊厳を破壊する『武装テロリストおよび有害危険生物』と正式に認定する! これより海パン連合軍の全艦艇および地上部隊に対し、実弾による無制限の射殺許可を下すわ!」
艦橋の内部が、ざわっ、と大きく揺れた。
副官のマルコス大尉をはじめとする船員たちが、息を呑んで顔を見合わせる。これまではあくまで非殺傷兵器による鎮圧か、海面への威嚇射撃に留まっていた。しかし、実弾による射殺許可とは、あの人間の姿をした男たちの肉体に直接鉛の弾丸を撃ち込み、物理的に殺害せよという命令に他ならない。
「待て、ドミニク! 正気か!? 連中は武器すら持っていないんだぞ! ただ水着を裂いているだけの相手を、軍の重火器で虐殺しろと言うのか!」
タクヤが防弾ガラスを叩き、モニターのドミニクに向かって吠えた。だが、ドミニクは氷のような冷酷な笑みを唇の端に浮かべただけだった。
「ええ、そうよ。一匹残らず蜂の巣にして、その完璧気取りの醜い筋肉を砂浜にぶちまけてやりなさい。連中がただの肉の塊であり、人間の最新兵器の前には無力な存在だとテレビカメラの前で証明しなければ、誰も二度と水着を買って海へ戻ってはこないのよ! タクヤ隊長、あなたの部隊に配備されている特殊対物ライフルで、まずは見せしめに先頭の個体を撃ち抜きなさい。これは最高司令官からの絶対命令よ!」
「断る! そんな命令には従えない!」
タクヤは即座に拒絶し、通信コンソールの電源を切ろうと手を伸ばした。
しかし、ドミニクの動きの方が一瞬早かった。彼女はタクヤが反抗することを最初から予測していたかのように、自身のデスクにある赤いオーバーライド・スイッチを押し込んだのである。
「あなたが甘いことを言うと思っていたわ。なら、私の直轄部隊にやらせるまでよ。第二迎撃艇『バラクーダ』の特別狙撃班、聞こえるかしら? 目標はコパカバーナのステージ中央にいる個体群よ。撃ちなさい!」
「やめろ、撃つな! 『バラクーダ』、前線指揮官の俺の命令を聞け、絶対に引き金を引くな!」
タクヤは艦橋の扉を蹴り開けて外部デッキへと飛び出し、浅瀬のすぐ手前、距離にして八百メートルの海上に停泊している高速迎撃艇『バラクーダ』に向かって声を限りに叫んだ。しかし、彼の声は潮風とヘリコプターの爆音にかき消され、届くことはなかった。
『バラクーダ』の船首デッキには、揺れる船上でもミリ単位の精密射撃を可能にするジャイロスタビライザー付きの銃架が設置されており、そこに一丁の巨大なライフルが固定されていた。
口径十二・七ミリ、対物狙撃銃『アンチ・マテリアル・ライフル』。本来は装甲車の鋼板やコンクリートのトーチカを遠距離からぶち抜くために開発された、人間に対して使用すれば上半身が丸ごと吹き飛びかねない破壊力を持つ凶器である。
黒いサングラスをかけた司令部直属の狙撃兵が、高倍率スコープに右目を押し当て、呼吸を止めた。
スコープの十字線の中心に捉えられていたのは、破壊されたサンバステージの階段下で、一人の若いダンサーが落としていったエメラルドグリーンのフリルビキニを拾い上げ、じっと見つめていた一人の男だった。
その男のすぐ横には、左目の下に傷跡を持つあのリーダー個体をはじめ、数十人の仲間たちが静かに佇んでいる。これまでマッハの速度で動き回り、銃弾の雨を躱し続けていた彼らだったが、周囲からすべての水着が消え去り、自らの使命を一つ終えた安堵からか、今は完全に動きを止めて無防備に背中と胸を晒していた。
狙撃兵の指が、冷たく重いトリガーをゆっくりと絞り込んだ。
ズガァァァァン!!
大気をビリビリと引き裂くような、落雷にも似た凄まじい発射音がコパカバーナの海面に轟いた。
銃口から噴き出したマズルフラッシュの閃光とともに、音速の三倍近い初速で放たれた十二・七ミリの徹甲弾が、空間を一直線に切り裂いて砂浜へと飛翔した。
動きを止めていた男が、超人的な感覚で銃声よりも早く危険を察知し、ハッと顔を上げた。
だが、そのすぐ後ろには、まだ砂浜から逃げ遅れて腰を抜かしていた一人の民間人の少女がうずくまっていたのである。もし男がいつものように身体を捻ってこの銃弾を躱せば、その後ろにあるステージの鉄骨に弾丸が当たり、跳弾が少女を直撃することは確実だった。
男の深い悲哀を湛えた黒い瞳が、ほんの一瞬だけ大きく見開かれ、そして静かな覚悟を決めたように細められた。
男は一歩も動かなかった。ただ、手の中にあったエメラルドグリーンのビキニの布切れを強く握りしめ、鍛え抜かれた分厚い大胸筋を真正面から銃弾の軌道へと晒したのである。
ドシュッ、と重く鈍い衝撃音が砂浜に響いた。
十二・七ミリの凶弾が、男の左胸、心臓があるはずの位置を正確に貫通した。
凄まじい運動エネルギーが男の百九十センチの巨体を後ろへと大きく仰け反らせる。
旗艦のデッキから双眼鏡でその瞬間を見ていたタクヤは、息を呑んで目を見開いた。
日本のマンションでテレビ画面を見つめていたミオもまた、口元を両手で覆い、声にならない悲鳴を飲み込んだ。
銃弾に胸を貫かれた男の背中から、激しい飛沫が太陽の光に向かって噴き出した。
しかし、それは人間が流すような、赤黒く生臭い血液ではなかった。また、潰れた内臓や砕けた骨の破片でもなかった。
男の胸の風穴から溢れ出したのは、まるで熱帯のサンゴ礁の海をそのまま閉じ込めたかのような、どこまでも透き通った、一点の曇りもないエメラルドグリーンの純粋な海水の飛沫だったのである。キラキラとダイヤモンドのように輝きながら空中に舞い散ったその水滴は、周囲の熱気を一瞬で冷ますような、清冽で神聖な潮の香りを砂浜いっぱいに振りまいた。
男は苦悶の声を上げることも、うめき声を漏らすこともなかった。
ただ、胸の傷口からサラサラと止めどなく美しい海水を溢れさせながら、糸が切れた操り人形のように、白い砂浜の上へとゆっくりと仰向けに倒れ込んだ。ドサリ、と乾いた砂が舞い上がる。
倒れた男の浅黒い彫刻のような肉体から、急速に生命の張りが失われていく。それでも彼の右手だけは、先ほど自分が引き裂いたばかりの、スワロフスキーとフリルで飾られた小さなビキニの布切れを、まるで何よりも大切な宝物であるかのように胸の上で固く握りしめていた。やがて男の瞳から光が消え、その強靭だった肉体は二度とピクリとも動かなくなった。
「やったわ! 見たかしら、世界! あの怪物が倒れたわよ!」
ニューヨークの司令部で、ドミニクが両手を突き上げて狂喜乱舞する声が、通信回線を通じて全軍に響き渡った。
VIP席で震えていた政治家やスポンサーたちも、モニターに映し出された男の死体を見て、一斉に安堵の歓声と拍手を巻き起こす。無敵に見えた黒い悪魔も、所詮は実弾で撃てば死ぬただの生き物だったのだ。
「よっしゃあ! 効いたぞ、対物ライフルなら殺せるぞ!」
『バラクーダ』の甲板で、狙撃兵がガッツポーズを作り、次弾を装填するためにボルトを操作した。他の艦艇の兵士たちも、一斉に重機関砲やライフルの照準を砂浜に残る男たちへと合わせ直す。
だが、次の瞬間。
コパカバーナ海岸の砂浜で起きた信じられない光景に、引き金を引こうとしていたすべての兵士たちの指が凍りついた。
仲間の一人が凶弾に倒れたにもかかわらず、周囲にいた五千人の男たちは、誰一人として銃弾が飛んできた洋上の艦隊を睨みつけることもしなければ、身を隠して散開することも、あるいは怒りに任せて反撃に転じることもしなかったのである。
ビーチ全体を支配していた男たちが、一斉にその場での活動をピタリと止めた。
そして、左目に傷のあるリーダー個体を先頭に、近くにいた数十人の男たちが、砂浜に倒れて動かなくなった同胞の亡骸の周りへと、音もなく歩み寄って車座に膝をついたのだ。
放送用の無人カメラが、自動でズームインし、その中心の光景を世界中のモニターへと大きく映し出した。
リーダー格の男は、倒れた仲間の冷たくなり始めた胸元にそっと手を触れ、その指先で、仲間の右手が握りしめているエメラルドグリーンの派手なビキニの布切れを優しく撫でた。
そして、リーダー格の男と、周囲を取り囲む男たちは、自分たちの手の中に握られている引き裂かれたばかりのカラフルな水着の布切れと、砂浜に横たわる同胞の動かなくなった亡骸とを、ゆっくりと交互に見比べ始めたのである。
一度、二度、三度。
なぜ、こんなにも小さな、海を泳ぐ役にも立たない虚飾の布切れ一つのために、自分たちの同胞は胸を撃ち抜かれ、消えていかなければならないのか。
なぜ人間たちは、母なる海の前で素直になることをこれほどまでに拒み、銃弾を放ってまで見栄と羞恥心の鎧を守ろうとするのか。
言葉を持たない彼らの彫りの深い顔が、人間以上に雄弁な苦悩と、張り裂けんばかりの悲哀によって微かに歪んだ。
次の瞬間だった。
リーダー格の男の、長い睫毛に縁取られた黒い瞳から、透明な雫がぽろりと溢れ落ちた。
一人だけではない。亡骸を取り囲む数十人の男たち、さらには砂浜の全域で立ち尽くしていた五千人の漆黒のブーメランパンツの男たち全員の瞳から、大粒の涙が次々と溢れ出し、その彫刻のように美しい浅黒い頬を静かに伝い落ち始めたのである。
泣き声は一切なかった。嗚咽も、叫び声もない。
ただ、真夏の太陽が照りつけるリオの白い砂浜で、筋骨隆々の男たちが、引き裂いた水着の布切れを胸に抱きしめながら、死んだ仲間のために無言で大粒の涙を流し続けていた。彼らの頬を伝い落ちた涙は、砂浜に染み込むと同時に、周囲の汚れた砂を白く清らかな珊瑚砂へと浄化していく。
そのあまりにも異様で、あまりにも純粋で、そして胸をえぐるほどに神聖な悲しみの光景を前に、先ほどまで歓声を上げていたVIP席の人間たちも、銃を構えていた連合軍の兵士たちも、言葉を失って立ち尽くした。
日本のマンションでテレビを見つめていたミオの瞳からも、いつしか温かい涙が溢れ出し、頬を伝っていた。
「泣いてる。あの日、私の水着を裂いた時と同じ。あの人たちは、私たちを恨んでなんかいない。ただ、悲しんでいるだけなんだ」
ミオはテレビ画面に映る男の涙にそっと指先を触れ、自分の胸の奥に突き刺さっていた恐怖が、全く別の深い感情へと変わっていくのを感じていた。
そして、旗艦『ポセイドン』のデッキに立ち尽くしていたタクヤもまた、双眼鏡を下ろし、震える拳を握りしめていた。
三年前の冬、ハワイの巨大波ジョーズの深淵で、自分の命を救ってくれたあの母なる海の大きく温かい波動。今、砂浜で涙を流している男たちから放たれている空気は、あの日タクヤが肌で感じた『海そのものの心』と、寸分違わぬ同じ匂いがしていた。
やがて、リーダー格の男が静かに立ち上がると、亡骸の胸元からビキニの布切れをそっと抜き取り、代わりに自らの手で仲間の開いたままの瞼を優しく閉じた。
すると、胸を撃ち抜かれた男の肉体が、太陽の光を受けて青白く淡い輝きを放ち始めたではないか。まるで氷が春の日差しに溶けるように、その強靭な筋肉の輪郭がサラサラと崩れ、純粋な水蒸気と白い塩の結晶へと変わりながら、リオの海風に乗って空へと消えていったのである。後に残されたのは、彼が命と引き換えに回収したビキニの布切れと、彼が穿いていた一枚の漆黒のブーメランパンツだけだった。
リーダー格の男は、砂の上に残された仲間のブーメランパンツを拾い上げて自らの腰のゴムに挟み込むと、涙の跡が光る顔で一度だけ洋上の艦隊を――いや、デッキに立つタクヤの姿を真っ直ぐに見つめた。
そして男たちは、誰一人として人間を傷つけることなく踵を返すと、再び大西洋の荒波へと飛び込み、白い飛沫を残して深海へと姿を消していった。
「なぜ撃たなかったの! 敵は目の前で完全に足を止めていたのよ! 全滅させる絶好のチャンスだったじゃない!」
スピーカーから響くドミニクのヒステリックな叱責の声など、もはやタクヤの耳には入っていなかった。
タクヤは自分の穿いている鮮やかなハイビスカス柄のサーフパンツを見下ろし、初めてその布地の重さに吐き気にも似た迷いを覚えた。人類が最初に手にした戦果は、勝利の凱歌ではなく、世界中の人々の心に深く重く突き刺さる『一筋の涙』となって、この奇妙な戦争を次なる混沌のステージへと引きずり込んでいったのだった。